婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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5・ジレンマは終わらない

「…これは、朝っぱらからなんの騒ぎですか。」

 ある日、男根寮の食料庫に米を貰いに行った(虎丸の食べる量が私の予想を超えて多く、私の二週間分のお米が3日でなくなったのを見て、米だけはこちらに負担してもらう事にした)際、朝の4時という早朝であるにもかかわらず、寮の周辺がやけに騒がしかった。

 更に、食料庫の手前の厨房では、一人の塾生が走り回っている。

 と思ったら一羽の黄色いカナリアが目の前に飛んできて危うくぶつかりそうになり、思わず固まったら肩に留まってきた。

 

「あ…光!

 頼む、助けてくれ!オレには出来ない!」

 走り回っていた塾生が半泣きで駆け寄ってきて、私の足元に転がるように膝をつく。

 

「落ち着いてください。

 このカナリア、どうしたんですか?」

「椿山が飼ってた小鳥だ。

 あいつ、夜中に寮から脱走しようとして、馬之助に捕まったんだ。

 その際に馬之助がこの小鳥を没収して、オ、オレにコイツを料理しろって…。」

 馬之助…ああ、寮長の事か。

 この間松尾が、自分の班の一人が特に目をつけられて苛められていると私に相談して来たのだが、そういえばその塾生の名前が椿山と言った気がする。

 私は待遇こそ教官とほぼ同等ではあるものの、教官や他の職員の動向に意見できる権限はない。

 ついでに言えば、はたから見ている限りでは、ここの名物と呼ばれる鍛錬系授業と苛めとの線引きが結構わからない。

 

「なるほど。

 脱走とは穏やかではありませんが、確かに寮長の塾生への対応は、断片ながら私の耳にも入って来ています。

 いいでしょう。この子は私が預かります。」

 見たところ厨房の隅の方に、このカナリアを入れていたと思われる鳥籠がある。

 あれに入れて私の部屋に連れていけばいいだろう。

 

「代わりに………これを。

 ちょっと焦げてるくらいに焼いて、寮長に出してあげてください。」

 私は冷蔵庫を漁って、どう見ても食料用に養殖されたものではなくその辺の川から採ってきたのだろう蛙を取り出すと、若干形成して串に刺し、目の前の塾生に差し出した。

 

「ちょ、いくらなんでも、これはバレるんじゃ…。」

「大丈夫、多分ろくろく見もしませんよ。

 まあでも…ごめんね、後で新しいのを作ってあげますからね。」

 言いながらカナリアに指を伸ばし、首につけられた名前入りのアクセサリーを外す。

 外したそれを、串に刺した蛙の首にかけて、もう一度彼に差し出した。

 

「はい、これでも付けておけばいいでしょう。

 では、私はここには来ていません。

 寮長にも、椿山にも、他の塾生にも、他言は無用に願います。いいですね?」

 籠の入口を開けてやると、カナリアは私の肩から腕を伝って、自分から中に入っていった。

 よく躾けられている。

 

「あ、あぁ。助かったよ、光。」

 塾生はようやく蛙の串を受け取ると、私に向かって礼を述べた。

 

 

 男根寮(どうでもいいがこのネーミングはどうにかならないのだろうか)名物・竹林剣相撲を挑まれた椿山が、怒りのままに秘められた力を解放し、寮長を下したとの報せを、私が松尾から受けたのは、その日の昼の事だった。

 

 ☆☆☆

 

「押忍、失礼します。光、いつもお疲れさん。」

「こんにちは剣。なにか御用ですか?」

「特にはないが、ここはなんだか落ち着くんでな。」

「わざわざひとの執務室までくつろぎに来るのはやめてください。

 ここは元々応接室だったそうですから、調度品がいいのは確かですけど。」

 この執務室の奥の、ドア一枚隔てた部屋が私の生活圏だ。

 一応昼間はしっかり施錠してあるものの、出入りするところをあまり見られたくないので、ドア前に衝立を置いている。

 そしてその衝立のすぐそばに、今はカナリアの籠を吊り下げていた。

 勿論椿山のあのカナリアだ。

 生き物の世話をするのは初めてだったので、幸さんに頼んで手引本などを揃えてもらったのだが、後で気付いたのだが塾の図書室に同じ本があった。謎。

 

「ふうん。カナリアを飼い始めたのか。

 確かにこの部屋の雰囲気には合ってるな。」

「そうでしょう。

 時々とても綺麗な声で鳴いて、疲れた心を癒してくれますよ。」

 剣の言葉に私は適当に返事をする。

 正直あまり突っ込んで聞いて欲しくない。

 

「しかしつい最近、よく似たカナリアを見た気がするんだが。」

 だが軽い口調で言葉を返しながら、剣は、瞳に探るような色を浮かべる。

 うん、昨日ノックもなしに入ってきた松尾にうっかりこの子を見られて、あれっていう顔されてから、ちょっと嫌な予感はしていたのだ。

 一応こちらにも考えがあったので口止めはしたのだが、あまり当てにはならない気がする。

 

「カナリアなんてどれも対して変わらないでしょう。」

「確かにそうだが、愛情持って飼ってるやつが言う台詞じゃないな。」

 剣が言いながら、籠の外から指を伸ばすと、カナリアは嬉しそうにその指に寄ってきた。

 元の飼い主が男性であるからか、私が同じ事をする時より反応がいい気がする。滅べ。

 

「中々痛いところを突きますね、あなたも。」

「そもそも『疲れた心を癒してくれる』なんて白々しい台詞、素でおまえの口から出てくるとも思えない。」

 この野郎、白々しいとか言うな。

 自分でも少し思った事だが言うな。

 

「リィコちゃん、剣が私を虐めます。」

「リィコちゃん、ねぇ…。」

 と、ドアの外からドカドカと、誰かが走ってくる音が聞こえ、その音が一番大きくなって止まったと思ったら、

 

「ピ、ピーコちゃ───ん!!」

 大きな声で叫びながらドアを破らんばかりに、1人の身体の大きな塾生が、執務室に飛び込んで来た。

 

「椿山!?」

 さすがの剣も驚いたような表情を浮かべる。

 

「ま、間違いない、この子はボクのピーコちゃんだ!

 松尾と山田の言ってた通りだ!

 光が助けてくれたんだってね、ありがとう!」

 滂沱の涙を流しながら鳥籠ごと抱きしめる椿山に、私は小さくため息をつく。

 これは私のリィコちゃんですと誤魔化そうにも、カナリアの反応が私や剣に対するものとは明らかに違う。

 恐らく椿山はこの子を、雛の時から餌を与えて育てたに違いない。

 

「…なるほど。他言無用と口止めした筈なのに、彼らはあなたに言っちゃいましたか。

 これは、処分を考えないといけませんね。」

 声のトーンを抑え、脅し気味に言う。

 

「え……光?」

「あの後であなたの様子を観察していました。

 この子がいなくなった後のあなたは、以前に比べて見違えるほど、自信に満ちて立派になったと思っていたのですが。

 これでまたこの子をあなたの元に戻して、その後あなたはどうなるんでしょうね?

 また、元に戻ってしまう事も考えられますよね。

 そういった事を考えて、この子が生きている事を敢えて、あなたに内緒にしていたのに。

 特にこの子を料理しろと寮長に言われて、できないと半泣きで私に助けを求めてきたくせに、その私の恩を仇で返すように、こちらの構想をぶち壊してくれたあの子には、どういった処分を下すべきでしょう。

 山田って言いましたっけね。」

 勿論本気じゃない。

 けど、私はこの椿山から、どうしても引き出してやりたい感情があった。

 

「そっ、そんな!

 山田は、ボクの気持ちを考えてくれて…!」

「ならばどうします?

 実力を示して、私を思いとどまらせますか?」

「うっ…。」

 私の言葉に、椿山は蒼白になり、ぶるぶる震えだす。

 

「何を躊躇する事があります?

 ここにいるのは、非力なチビの事務員で、リーチも腕力もあなたには遠く及ばないというのに。

 念の為、剣には手を出させませんよ?」

 話を振られた剣は頷き、そのまま空気でいる事を了承してくれた。

 黙って事の次第を見守ってくれるようだ。

 多分、結果までもう少し。

 

「そんな事はない…光が、本当は強い事くらい、ボクにだって肌でわかるよ…でも!

 ボクの事を心配してくれた仲間を、守らなければいけないなら、ボクは…!」

 …そう、この言葉を引き出したかったのだ。

 震えながら私に向かって構え出した椿山に、私はようやく笑いかけた。

 

「………どうやら、もう大丈夫みたいですね。」

「え?」

 椿山が、もともと丸い目を更に丸くする。

 

「あなたは、私の力が見極められるレベルまでには強くなった。

 その上で、敵わないとわかっても、仲間の為に戦おうとした。

 今のあなたの強さは本物です。

 ていうかね、椿山。

 私も確かに、教官と同程度の待遇で、ここの仕事をさせていただいてますけど、塾生の処分を決定できる権限なんて与えられてないですから。」

「ひ、光…?」

 椿山はまだ震えていた。私が言葉を続ける。

 

「ただし、寮は原則ペットの飼育は不可な上、あなたが寮を脱走しようとしたのは事実で、それがあれだけの騒ぎになってしまって、今更なかった事にはできないでしょう。

 騒ぎにしたのは勿論、寮長に責任がありますけど、一応彼の行動にも一旦の理はあります。

 特例を認めるには恐らく、あなたの側の非も多すぎる。

 あと、個人的にはこの子を再び、寮長の目に入る場所に、置きたくないというのもあります。

 そういう事で申し訳ありませんが、この子をあなたに返す事、今はできません。

 あなたがここを卒業する時まで、責任持って私がお預かりします。

 それで勘弁していただけませんか?」

 私の言葉に、椿山は悲しそうな表情で、私とカナリアを交互に見た。

 鳥籠を抱えながら、その場に蹲る。

 

「あ…あ、ピーコちゃん…。」

 愛情をかけて育ててきたのだから、納得できないのも道理だろう。だが。

 

「…ねえ、椿山。

 確かに寮長の行動は行き過ぎです。

 けれど、もしあなたがもう少し、周りに目を向けていれば、ここまでの騒ぎにはなっていなかったと思いませんか?

 あなたは、自分の事を判ってくれるのは、この子だけだと言っていたそうですね。

 でも、もし本当にそうであれば、多分今この子はここにはいない。

 あなたが可愛がっている小鳥だと知っていたから、山田はこの子を殺せなくて、私に泣きついたんですから。

 だから私が口止めしたにもかかわらず、この子が生きている事を、あなたに告げずにはいられなかった。松尾もそう。

 彼らだけじゃない。

 ここにいる剣も、他の塾生たちも、あなたが寮長に目の敵にされているのを、心配していませんでしたか?

 あなたの目に、彼らの存在がちゃんと映っていて、自分が一人じゃないと知っていたなら、少なくとも寮を脱走する決意を固めるところまで、あなた自身が追い込まれる事はなかったのでは?

 本当はもう、判っているのでしょう?

 あなたは、私から仲間を守ろうとした。

 男は、自分一人では強くなれない。

 そしてここは、男が強さを学ぶ場所です。

 強くある為、強くなる為、仲間と絆を深めてください。

 私も微力ながら、何かあれば相談に乗ります。

 それにこの子に会いたければ、いつでもここに来ていいですから。」

 そう言って、私は俯く椿山の肩に手を置いた。

 その肩が震えている。泣いているのだろうか。と、

 

「光……いや、光さん!」

「…はい?」

 椿山はやおら立ち上がると、肩に置かれた私の手を、いきなり取った。

 

「わかりました!

 ピーコちゃんはあなたに預けます!

 そしてボクの…いえ、俺の命もあなたに預けます!」

 取られた手が、彼の大きな両手に包まれる。

 見上げると、やはり滂沱の涙を流した椿山が、私を無駄にキラキラした目で見つめていた。

 何故だろう。その頬が赤い。

 

「あ、あの……?」

「か…感動しました!

 あなたは、なんて素晴らしい漢だ!

 俺はあなたに惚れました!

 あなたに一生ついていきます!

 あなたに死ねと言われれば死にます!

 あなたになら掘られたって構いません!

 いえむしろ俺が掘ります!」

 いや待て。

 

「いやその決意は要りませ…ちょ、椿山!?

 重いです、退いてください!

 って、どこ触って…こ、この………っ!!?」

 身の危険を察した時は遅かった。

 椿山はソファーに私を押し倒すと、私の着ている制服に手をかけた。

 勢いで胸が掴まれる。

 一応サラシで巻いて抑えてはいるから揉まれはしなかったものの、脱がされて晒されたら明らかに、男のものでないとばれてしまうだろう。

 などとそもそも考えている余裕もなかった。

 私は反射的に、手に氣の針を溜めていた。だが。

 

「ごふっ!」

 次の瞬間、私が何もしないうちに椿山は、私の身体の上から転がり落ち、ソファーの足元にのびていた。

 見上げると剣がそばに立ち、手を手刀の形に構えている。

 どうやら、彼が椿山を気絶させてくれたらしい。

 

「……危なかった。

 椿山のやつ、頭に血が上って、俺がいる事をすっかり忘れていたようだな。」

「あ…ありがとうございます、剣。」

 起き上がると同時に、乱れた胸元を慌てて直す。

 少しサラシも緩んだようだ。後で巻き直さなければ。

 

「光に礼を言われる筋合いはないぜ。

 俺が助けたのは椿山の方だ。

 …今、一瞬本気で殺ろうとしただろう?

 見かけによらず恐ろしい奴だな、おまえは。」

「一応、犯されそうになった身として、当然の反応と思ってはもらえませんかね。」

 呆れたように言いながら、少し睨むように私を見る剣に、理不尽なものを感じつつ私が答える。

 椿山をきれいに気絶させた手腕といい、私のうちに生じた殺気をあの一瞬に感じ取れたというなら、彼は余程の達人だろう。

 普段から只者ではないと見せているそれ以上に。

 

「…私には、あなたの方がよっぽど恐ろしいですけど。

 その目がどこまで見えているのか、その手にどこまでの力を隠しているのか、まったく見えてこない事が、本気で。」

 わからない、という事は、私ではこの男のレベルに、遠く及ばないという事だ。

 そもそもどういう手段で近づいたとしても、この男を殺せる気がしない。

 剣は少しの間、怖い目で私を見つめていたが、やがてその瞳から力が抜けると、いつも通りの柔らかい笑みを唇に浮かべた。

 

「…フッフフ、今日は寮に帰るか。

 椿山を送っていかなきゃいけないしな。

 じゃあまた、光。明日また来るぜ。」

 言いながら、のびたままの椿山の腕を取り、器用に背中に担ぐ。

 その背中が部屋から出て行くのを見送ってから、私は溜息のように呟いた。

 

「…いや、ちゃんと授業受けてくださいってば。」




書いてる自分でもまさか、この子とフラグ立てる事になるとは思ってなかったwww
ノーマルカップリングなのにBLってなんぞwww

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