7Game   作:ナナシの新人

2 / 113
game2 ~契約~

渡久地(とくち)!」

「あん?」

 

 名前を呼ばれて、振り向く。彼を呼び止めたのは、かつてのチームメイトでバッテリーを組んでいた捕手、出口(いでぐち)

 東亜(トーア)は今、沖縄を離れ自身がオーナーも務めた「彩珠リカオンズ」の球団事務所へ数ヵ月ぶりに訪れていた。彼の訪問を球団職員から知らされた出口(いでぐち)は、キャンプ前の自主トレを切り上げて会いに来た。

 

「お前、今までどこにいたんだよ。優勝が決まる直前にベンチから居なくなりやがって。日本シリーズにも顔を出さねぇしよー」

「どうでもいいじゃねーか。俺抜きで勝ったんだから」

「そういう問題じゃ......まあ、いいや。ここに来たってことは、リカオンズに復帰するんだろ?」

「その逆だ。正式に引退の手続きを済ませたところだ」

「......は? はぁーっ!? 引退!?」

 

 引退と聞いて、出口(いでぐち)は盛大に取り乱す。

 

「ちょっ、なんでぇー!?」

「何を騒いでいるんだ」

 

 東亜(トーア)をプロ野球へ引き込んだ張本人――児島(こじま)が、騒ぎを聞き付けやって来た。

 

「久しぶりだな。渡久地(とくち)

「ああ、しばらく」

児島(こじま)さん、聞いて下さい! 渡久地(とくち)のヤツ――」

「ああ、聞いてる。正式に引退するんだってな」

 

 球団トレーナーから事前に引退の話しを聞いていたため児島(こじま)は冷静に、出口(いでぐち)をなだめる。落ち着いたところで出口(いでぐち)は改めて、東亜(トーア)に引退の真意を伺う。

 

「だけど、どうして今さら手続きに来たんだ?」

「必要になったから来たまでさ」

「いや、わけわからん......」

 

 困惑する出口(いでぐち)に対して軽く鼻で笑うと身を翻して、球団事務所を後にした。入口を出たところで、あとを追いかけて来た児島(こじま)が問いかける。

 

渡久地(とくち)! お前、野球は――」

「さーな。まあ、そのうちわかるさ。じゃあな」

 

「楽しみにしていろ」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて言った東亜(トーア)の遠ざかっていく後ろ姿を、児島(こじま)はただただ立ち尽くして見送ることしかできなかった。

 

渡久地(とくち)......」

「こ、児島(こじま)さーん!」

出口(いでぐち)、どうした?」

「こ、これを見てください!」

 

 息を切らせた遅れてきた出口(いでぐち)の手には、A4サイズの一枚の資料。資料を受け取った児島(こじま)は、書かれている内容に目を丸くする。

 

「あの野郎......」

「本気、ですかね?」

「アイツが、今まで本気じゃなかったことがあるか?」

 

 東亜(トーア)はどんな無謀な状況下であっても必ず有言実行を貫き、二人はそれを間近で見て、共に戦ってきた。だからこそ、この資料に書かれていることも必ず成し遂げると確信をしている。

 

「ですよね。あいつ、本気で......」

「行くぞ、出口(いでぐち)渡久地(とくち)が動き出したんだ、俺たちもうかうかしていられないぞ!」

「は、はい!」

 

 児島(こじま)は持っていた資料を握りしめ、出口(いでぐち)と共に室内練習場へ戻っていく。

 

「(待ってるぞ、渡久地(とくち)。お前の教え子たちが、プロの世界へ殴り込んでくる日を......!)」

 

 資料の内容は、東亜(トーア)が提出した学生野球研修参加申請書のコピーだった。

 事務所を出た東亜(トーア)は、駐車場に用意された車の助手席に乗り込む。運転席に座っているのは、加藤(かとう)理香(りか)

 

「やっぱり時間かかったのね」

「いや、少し立ち話をしてた」

「そう。じゃあ行きましょ」

 

 車は埼玉県から東京都へ向かい走り出した。

 

「で、どうだった?」

「あんたのお望み通り納得させたさ」

「よくすんなり行ったわね」

 

 プロアマ規定――。

 一度でもプロ野球に所属した者は、一定の研修を受けなければ学生野球の指導者になれない制度がある。

 これが、理香(りか)にとって一番の懸念だった。

 現役時代プロ野球会のドンと呼ばれる人物に喧嘩を売った東亜(トーア)の研修参加拒否は十分ありえると思っていたため。

 そして、彼女の懸念は当たっていた。だが、東亜(トーア)はリカオンズのオーナー権利を放棄して正式に辞任。そして今後、二度とプロ野球界に復帰しないことを条件に研修参加を認めさせた。

 

「俺の方は条件を果たした。次はあんたらの番だ」

「分かってるわ。すで理事長も了承してるし、各方面への根回しも済んでいるわ」

「ずいぶん仕事が早いな」

「キミなら、どんな手を使っても認めさせると信じていたからね」

 

 一度要請を断わった東亜(トーア)が、なぜこんな話しになっているかと言うと。

 それは数日前のあの日に遡る――。

 

 

           * * *

 

 

 ――断わる。

 理香(りか)の条件に対する東亜(トーア)の返事は拒否。

 

「......理由は? 野球に未練はないの?」

 

 東亜(トーア)は目をつむり、やや面倒くさそうにタメ息を吐く。数秒の間を開けてからベンチを立ち、理香(りか)に背を向けた。

 

「ギャンブルは、ワンナウトだけじゃない」

 

 東亜(トーア)にとってワンナウトは数多くある選択肢の中の一つでしかなかった。手術を受けず保存治療を選んだのも、ワンナウト以外のギャンブルに支障をきたさないため。仮に手術を受けた挙げ句、指先の感覚にわずかでも狂いが生じれば、ギャンブラーとして致命的となる。

 

「ふふっ、そんなこと言って自信がないんでしょ? 稀代の勝負師と謳われるわりには勝てる勝負しかしない臆病者だったのね」

 

 理由を聞いた理香(りか)は笑って、東亜(トーア)を挑発。足を止めた東亜(トーア)は、軽く鼻で笑う。

 

「フッ、臆病者(チキン)か」

 

 やる気にさせるための安い挑発。東亜(トーア)はもちろん、挑発の意図を理解していた。通常であれば乗るわけもない、とるに足らない下らない戯れ言。しかし、この挑発(セリフ)を無視しなかった。売られた勝負から逃げることは、ギャンブラーとしての性分がそれ許さない。

 

「いいぜ、受けてやる」

「そう来なくちゃっ!」

「ただし、条件がある」

「条件? 何かしら?」

 

 東亜(トーア)から出された条件。

 ――俺のやり方に一切口を出すな。

 この条件を二つ返事で飲んだことで仮契約が成立。二人が乗る車は今、理香(りか)が保健医を勤める学校へ向かっている。

 

「これ、一応目を通しておいて」

「なんだ、これ?」

「学校案内と野球部関係の資料」

「要らねーよ」

 

 渡されたファイルを後部座席へ放り投げた東亜(トーア)は、シートを倒した。

 

「寝る。着いたら起こしてくれ」

「はあ~......。はいはい、おやすみなさい」

 

 高速道路を走ること数時間後、駐車場に車を停めた理香(りか)は、隣で眠っている東亜(トーア)の体を揺さぶった。

 

「起きて、着いたわ」

「......ああ」

 

 二人は車を下車。東亜(トーア)は首を二、三度傾けて音を鳴らしてから建物に目を向けた。

 赤レンガ造りのスタイリッシュな新しい校舎。

 ここが東亜(トーア)が指導者として着任する高校――恋恋(れんれん)高校。

 二年前まで女子校だったため男子生徒が極端に少なく、野球部の部員もギリギリの状態。昨年とある事件により一時的に公式戦出場停止に追い込まれたが、ルール改正により処分が解かれた。

 

「こっちよ」

 

 理香(りか)の後に続いて校内へ。理香(りか)は、一際豪華な造りの扉の前で止まりノックをした。

 ――どうぞ。と渋みのある返事があり、二人は室内へ入る。

 部屋の奥の机に白髪混じりで気品のある初老の男性が座っていた。

 

「失礼します。理事長先生、連れてきました」

「ご苦労様。キミが話しに聞いた、渡久地(とくち) 東亜(トーア)くんだね。まあ座ってくれたまえ」

 

 洒落たガラステーブルを挟んでソファーに座る。

 

「理事長の倉橋(くらはし)です。さっそく契約の話しをさせてもらうよ。加藤(かとう)くん」

「はい」

 

 理香(りか)は契約書をテーブルに置いた。

 契約の話しは事前に取り決めていたこともあり、東亜(トーア)は目を通すことなくサインした。理事長は契約書を確認して頷いた。

 

「うむ。これで契約成立だ」

 

 理事長は立ち上がり握手を求めるが、東亜(トーア)はそれに応じない。理香(りか)は焦りを見せたが、理事長は愉快そうに笑う。座り直して、東亜(トーア)に訊いた。

 

「それで実際どうかね? 甲子園は......」

「さあな」

 

 適当に答え。若干前屈みで理事長を見据える。

 

「だが俺は、最終的に勝ちで終わらせてきた」

「......なるほど、十分な回答だ。ようこそ恋恋高校へ、我々はキミを歓迎する」

 

 こうして、東亜(トーア)は正式に恋恋高校の野球部の指導者として着任する事となった。

 

 契約内容。

 東亜(トーア)に野球部の全権を委任。

 野球部関連の要求には可能な限り務める。

 契約期間は今年度の4月の初めから6月末の三ヶ月。

 

 以降この契約を三ヶ月(ワンクール)契約と定める。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。