7Game   作:ナナシの新人

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game36 ~リスク~

『見るでやんすっ、この鍛え上げられた胸鎖乳突筋を! でやんす』

『やるな、矢部(やべ)。だけど、オイラの脊柱起立筋も負けてないぜ!』

『ほほーう、さすが奥居(おくい)くん、やるでやんすねっ。ならオイラも真打ちを出すでやんす! 見よ、この臀部――』

『だから、二人とも目の前で立たないでくれよ......』

 

 甲子園大会予選都大会まで、あと一週間に迫った六月下旬。恋恋高校野球部の女子部員たちは、男湯でアホトークを繰り広げている一部の男子たちとは違い、焦りの色を隠せないでいた。

 

『今月に入ってから実戦(まともな)練習してないけど、本当に大丈夫なのかしら......?』

 

 トレーニング後、施設内の天然温泉で汗と疲れを流しながら芽衣香(めいか)が不安を口にした。それもそのはず、ミゾットスポーツクラブへ通うようになってからグラウンドで練習する機会が、ただの一度もなかったためだ。

 この三週間の主な練習は、ウェイトトレーニング、プールトレーニング、最新器機を使ったビジョントレーニングと、普段の基礎体力トレーニングをより高度にしたメニュー。特に、ウェイトトレーニングにおいては、三つグループに分けられたナインたちに専属トレーナーが一人つき指導する徹底ぶり。そのおかげで、体つきも今までの固さが和らぎしなやかな体へ変わった。

 だが、その反面、体作りが中心のため野球からはかけ離れた生活。家で自主練(個別に東亜(トーア)が課したメニュー)はこなしてはいるが、焦るのは必然だった――。

 

『あんたたちは、どうなの?』

 

 風呂場独特のエコーがかかった声で芽衣香(めいか)は、一緒に温泉に浸かっているあおいたちに訊いた。

 

『そうだね。たしかに不安はあるけど、動きが良くなった自負はあるよ。う~ん、体が軽くなったって言うかー』

『あっ、それはあたしも。体が引き締まった気がするわ。瑠菜(るな)は?』

『私は、コーチを信じてついていくだけ』

『すんごい信頼を寄せてるわね』

『三年連続最下位に沈んでいたチームを建て直し、ペナントレース優勝。シリーズ制覇へ導いた、日本一の選手なのよ』

 

 ――当然じゃない。と瑠菜(るな)は言ってのける。

 

『まあ、確かにそうよね。成績とかホント化け物だし』

『よくよく考えるとボクたち、とてつもない人に教わってるんだよね』

『でも、どうしてコーチは引退したんでしょう?』

 

 はるかの素朴な疑問に、東亜(トーア)の右肩の故障を知らない三人は揃って――どうしてだろう? と顔を見合わせる。

 

『......それは、私も分からないけど。でも、何か特別な理由があるんじゃないかしら......』

 

 ――そう言えば......。瑠菜(るな)の頭に、東亜(トーア)と勝負した時の記憶が甦る。公園での一打席勝負。打たれると直感した東亜(トーア)は、彼女が制服姿だったことを逆手に取り、打ち気の瞬間にとある禁じ手を使い、集中していた瑠菜(るな)の心を乱して勝利を納めた。

 

『あれ、もう出るの?』

 

 急に湯船を上がった瑠菜(るな)に、あおいが訊ねる。

 

『ええ、コーチに自主練について訊きたいことがあって。まだ、ここに居ると思うから。先に上がるわ』

『待って。ボクも行くよ』

 

 結局、あおいだけではなく。芽衣香(めいか)たちも一緒に東亜(トーア)を探すことになった。

 その東亜(トーア)は、ミゾットスポーツクラブの室内練習場のマウンドに立ち、手の中で白球の感触を確かめる様に動かしている。

 縫い目に指をかけると、ストライクゾーンに設置された16分割の的を目掛けてボールを放った。

 

「さすがね」

 

 アウトローの的の中心を打ち抜いた投球に、理香(りか)が賛辞を贈った。彼女は、スマホを東亜(トーア)に渡す。

 

高見(たかみ)選手からよ」

「あん?」

 

 スマホを受け取り、ベンチに座る。

 

「なんだ」

『調子はどうだ?』

「そんなことを聞くために、わざわざ理香(りか)を通したのか?」

『それもあるけどね、本命は別さ。奥居(おくい)くんに、電話をしたけど出なかったんだよ』

「アイツらは今、風呂だ」

加藤(かとう)さんから聞いたよ。あのミゾットスポーツクラブで練習しているんだって? お前、何をたくらんでいるんだ......?』

 

 東亜(トーア)は小さく笑い、質問には答えず話題を本題へ持っていく。

 

「それで、用件はなんだ?」

『今日、壬生へ行ってきた、春の準優勝校のね。そこでとんでもない収穫があったから知らせておこうと思ったのさ。加藤(かとう)さんのタブレットにデータを送っておいた、見てくれ』

「これよ」

 

 東亜(トーア)が見やすい様にタブレットを持って、理香(りか)は隣に座った。彼女の持つタブレットの液晶画面に写っていたのは、数年前のガラリアンズのとある選手の打席。緩い変化球にタイミングを外され、泳がせられながらもホームランを打った時の動画。

 スピーカーに切り替え、フリーハンドで三人での会話。高見(たかみ)は、奥居(おくい)に聞かれたことを話してから、動画について触れる。

 

『これが壬生の沖田(おきた)の“加速するバッティング”の正体さ』

「これは? 何年も前の映像みたいだけど?」

「2010年、ガラリアンズの安倍(あべ)が捕手でありながら年間44本塁打を記録した年の動画」

『そう。安倍(あべ)捕手は、現代の日本......いや世界でも極稀な、とあるバッティング理論を駆使し本塁打を量産した。その理論は――ツイスト理論』

 

 ツイスト理論は、スイング途中で腰を逆に捻ることによりバットヘッドを瞬間的に加速させるバッティング理論。

 近年では、一部のプロゴルファーが飛距離を伸ばすために取り入れている打ち方でもある。

 

『僕の見立てでは、ローテイショナルとツイストの複合打法だね』

「そんな打ち方があるのね。でもこれは――」

「諸刃の剣。確実に選手生命を削るだろうな」

『ああ、そうだ。不自然に反転させる訳だから、腰への負担は通常のスイングの比じゃない。年齢を重ねたこともあるけど、近年、安倍(あべ)選手は捕手としてほとんど出場していない』

「それを中学出たての高校生が、そんなリスクの打ち方を......指導者は――」

『いや、それは違うよ。他の部員は、普通のリニアウェイトスイングだった』

 

 生徒を預かる指導者としての責任を咎めようとした理香(りか)の言葉を遮り「レベルは高かったけどね」と、高見(たかみ)は笑った。

 

『あれは教えて簡単に身に付くものじゃない。彼はきっと天然物だろうね』

「ガキの頃から自然と身に付いた打法(もの)ならば、体への負担は最小限だろう」

『だろうな、で――勝てるのか?』

 

 タブレットから目を外して理香(りか)も、東亜(トーア)に注目する。しばしの沈黙――妙な緊張感が閑散とした室内練習場を包み込んだ。

 

「――無理だな。100パーセント負ける」

 

 相手は甲子園優勝候補、力の差は歴然。こう言う答えになることは覚悟していた言え、可能性はゼロとハッキリ言われた理香(りか)は、肩を落とし、大きなタメ息をついた。

 彼女の分かりやすい落胆に、受話口の向こうの高見(たかみ)は「女性をいじめるのは関心できないな」とクスッと笑い。東亜(トーア)は、めんどくさそうに短く息を吐いた。

 

「現段階での話だ。甲子園出場を決める頃には三割くらいにはなってるさ」

 

 ――まあ、()()()次第だけどな。

 

 

           * * *

 

 

「コーチ」

「あん?」

 

 高見(たかみ)との通話を終えたところで、風呂上がりの四人がやって来た。

 

「あら、あなたたち早いわね。集合時間までまだあるけど?」

「コーチにお訊きしたいことがありまして」

「だそうよ」

 

 東亜(トーア)に振る。

 

「なんだ?」

「えっと......」

 

 あおいと芽衣香(めいか)は、いざ東亜(トーア)を目の前にすると、彼が醸し出すオーラに言い淀んでしまう。

 そこで東亜(トーア)から、話を切り出した。

 

「不満、いや不安か」

「......はい」

「お前もか?」

 

 瑠菜(るな)にも訊く。

 

「いえ、私は、新しい練習メニューの追加をお願いに来ました」

 

「同じようなものじゃないか」と東亜(トーア)やや呆れ顔を見せたが、このまま不安を抱えたままでは練習に支障をきたすことが考えられる。それに、ちょうど良い機会だと考えた。

 

「なら勝負と行くか。お前らが勝てば、不安を払拭出来る練習メニューに切り替えてやる」

「......あの、負けた場合は?」

 

 あおいは、控えめに挙手をして、恐る恐る訊ねる。

 

「予選大会を辞退する」

 

 あまりの衝撃に言葉が出ない三人の代わりに、はるかが東亜(トーア)に確認した。

 

「......コーチ、本気なのですか?」

「当たり前だ、リスクの無い勝負に意味などない」

 

 その返答に迷うことなく即答したのは、もちろん――瑠菜(るな)

 

「やります」

 

 あまりにもリスキーで得の無い一方的な条件に、あおいと芽衣香(めいか)は慌てて止めに入り、やや距離をとる。

 

「ちょ、ちょっと待ってっ」

「あんた、何考えてんのよっ」

「別に。私は、今の私の実力を知るいい機会だと思っただけよ。それに、それくらいの覚悟がなきゃ甲子園優勝なんて夢のまた夢よ」

「そ、それはそうかもだけど......だからってっ」

「そうよっ、いくらなんでもムチャクチャよ!」

「あおいも、芽衣香(めいか)も、瑠菜(るな)も、みんな落ち着いてくださいっ」

 

 意見が揃わない三人と、言い合いを止めようと必死のマネージャーに、愉快そうに笑う東亜(トーア)。当然こうなることは、計算通り。

 

「どうする気なのよ?」

「アイツらの答え次第だ。心配するな、お前との新契約は果たすさ」

「......なら、いいけど。ところで、彼女のことは、いつ話すの?」

「経過は?」

「きわめて良好。先日、実戦をこなしたそうよ」

「ふーん......」

 

 テキトーに返事をすると東亜(トーア)は、まだ話し合っている四人に声をかけた。

 

「お前ら、いつまでそうしているつもりだ」

「まだ勝負の内容も聞いてないでしょ」

 

 ――そう言えば、と四人の動きがピタリと止まった。そしてちょうど、他のナインたちが着替えを済ませてやって来た。時間切れ。全員が揃ってから施設の外へ出て、他の客の邪魔にならないところで集まる。

 

「予選までもう間もないから、体調やケガには十分気を付けるように。それじゃあ気を付けて帰りなさいね」

「はい、ありがとうございましたー!」

「はい、おつかれさま。あおいさん、ちょっと残って」

 

 鳴海(なるみ)の挨拶の後に『ありがとうございました!』と全員で声を揃えて、一礼。背を向け家路に着く中、理香(りか)に呼び止められたあおいは用件を訊く。

 

「なんですか?」

「来週開催の予選だけど。緒戦の先発は――あなたで行くつもりよ」

「......えっ?」

 

 時が止まったかのような、一瞬の静寂のあと、あおいは、力強く返事をした。

 

「は、はいっ!」

 

 ――やった......! ギュっと右手を握り喜びを噛み締める。

 

「言っておくが、まだ正式に内定した訳じゃない。俺の出す課題を、お前がクリア出来ればの話だ」

「課題ですか? いったいどんな――」

「そう気負うな、そんな難しい課題(こと)じゃない。内容は明日伝える。グラブを用意して来い」

「......わかりました。失礼します」

 

 あおいが、バス停で待っていた鳴海(なるみ)たちと合流したのを見届けると。東亜(トーア)理香(りか)は、いつものバーへ歩いて移動した。

 

「あかつき大附属のエース――猪狩(いかり)(まもる)の攻略のカギを握るのは、あおいさん」

「アイツが立ち直れなければ、あかつきには勝てない」

「あの試合以来トラウマになっているインコースへの投球......彼女は、乗り越えられるかしら?」

「さあな。まあ四回戦までにダメだったら、別の方法を取るまでだ」

「別の方法って?」

「フッ......」

 

 小さく口角を上げ、グラスを口に運ぶ。その東亜(トーア)の笑みに、どこか不気味さを感じた理香(りか)は、あらかじめ釘をさす。

 

「言っておくけど、あの子たちをキズつけるようなことは許さないわよ」

「なら、上手く行くように祈っているんだな」

「......そうさせてもらうわ。それで、初戦の相手だけど――」

「興味ねぇよ」

「あっそ。じゃあ勝手に話すわ」

 

 手提げバッグからファイルを出して、読み上げる。

 

「初戦の相手は『バス停前高校』」

「は? 何だそりゃ」

「あら、興味ないんじゃなかったのかしら?」

 

 対戦校の名前を聞いて、東亜(トーア)は興味を持った。それもそのはず「○○高校前バス停」と標記されことは多々あるが「バス停前高校」などと「バス停」がメインに名前をつけることは、普通の感覚ならあり得ないからだ。

 

「ここ十年間の成績は、春夏ともに毎年一回戦敗退の弱小校。勝った場合の二回戦の相手も、どちらも無名校が相手よ」

「くじ運は良いんだな、鳴海(アイツ)

「でも、四回戦は第二シードで優勝候補の一角『激闘第一高校』なのよ。最悪は避けられたけど......」

「気のするな、むしろ幸運に思え。あかつきとやるまで十分な時間がある」

 

 テーブルに置かれたファイルのトーナメント表を見ると、本命のあかつき大附属とは逆のブロック。対戦するのは決勝戦と言うことだ。対策を講じるには十分な時間があると、東亜(トーア)は踏んでいた。

 そして実は、東亜(トーア)が幸運に思えと言ったのには、もう一つ理由があった。

 それは、三回戦の後に明らかになる――。




次回から、予選開始の予定になっています。
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