7Game   作:ナナシの新人

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大変お待たせしました。


予選大会編
game37 ~セオリー~


『さあ、やって参りました。夏の高校野球選手権大会東東京地区予選大会ッ! パワフルテレビが全面協力のもと予選から本大会まで各試合を生中継。今年も熱く、熱くお送りして参りまーすッ!!』

 

 七月初旬、埼玉リカオンズ本拠地のミーティングルームでパソコンの画面を見る児島(こじま)の元へ、打撃練習を終えた出口(いでぐち)がやって来た。

 

児島(こじま)さん、何を見ているんですか?」

「ん? 出口(いでぐち)か。高校野球だ」

「高校野球? ああ......もうそんな時期ですか、早いもんですね」

「そうだな」

 

 まるで縁側で日向ぼっこをしながら庭を眺めるお年寄りのようにしみじみ言った出口(いでぐち)に、児島(こじま)は軽く笑みを見せてパソコンに目を戻す。

 

「テレビで見ないんですか?」

 

 出口(いでぐち)は、目の前にある大型テレビを指して訊ねる。

 

「埼玉の試合じゃないからな。ネット中継で見ているんだ」

「埼玉じゃない? あっ......! 俺も見せてもらっていいですかっ?」

「ああ」

 

 気づいた出口(いでぐち)は椅子に座っている児島(こじま)の後ろに立ち、パソコンのディスプレイを覗き込んだ。そこに写し出されていたのは、東東京予選のライブ映像だった。

 

『東東京予選の一回戦。恋恋高校対バス停前高校の試合開始まであと10分あまりとなりました。両校共に、試合前の練習を終えてベンチへ下がって試合開始の時を待っていますッ! ウーンッ、試合開始が待ち遠しいッ。この胸の高鳴り、わたくし興奮を抑えきれまセンッ!』

 

「このアナウンサー、相変わらずハイテンションっすね。それにしても、一回戦なのにずいぶん客入りがいいみたいですね」

 

 出口(いでぐち)の言うように、球場のスタンドはほぼ満員。開幕試合でもない無名校同士の試合とは思えないほどの人たちが居る。

 

「今年は、女子部員の試合参加が認められた特別な年だからな。特に恋恋高校は女子部員が多い注目もひときわだろう」

「なるほど。言われてみれば確かに、色んな学校の制服姿の女の子が目立ちますね」

 

 例年は学校OBと保護者の割合が高いが、今年は小学校・中学校・リトル・シニアで野球をしている女子の姿が多く見受けられた。

 それはあおいと芽衣香(めいか)を中心にした恋恋高校野球部が主導して、女子部員の公式戦参加を認めてもらうための署名活動を行っていたからだ。

 その活動は徐々にだが全国各地へと広がり、ついに成し遂げられた。そしてそれはあおいたちだけではなく、スタンドで観戦している彼女たちにも希望を与える活動になっていた――。

 

「あん? あ、あっ、ああぁーッ!」

「どうした? 出口(いでぐち)、急に大声を出して」

 

 画面に写ったベンチの映像を見て、出口(いでぐち)が声を荒げた。

 

「い、今、恋恋高校のベンチに渡久地(とくち)が座ってたんっすよッ!」

「――何ッ!? 渡久地(とくち)だって!?」

「ほら、ここっすよっ、ここっ!」

 

 出口(いでぐち)が指を差した場所を児島(こじま)も見る。そこには確かに、恋恋高校のユニフォームを身に纏った渡久地(とくち)東亜(トーア)が、面倒そうな表情(かお)でベンチにもたれ掛かるようにして座っていた。

 

「本当だ......渡久地(とくち)だ!」

「アイツ、なんでベンチに......。前に聞いた時、コーチ契約は六月末までの契約だって――」

「うむ......。分からないが、何か理由(ワケ)があるんだろう」

「理由......見当もつかないっすね。それにしても――」

 

 画面に写る東亜(トーア)を見て、出口(いでぐち)はあること思った。

 

「おっ、出て来たぞ」

 

 球審と塁審がホームベース前へ現れ、号令を聞いた両校のベンチから駆け出したナインたちが、グラウンドに一列になって整列。

 

「先攻、バス停前。礼!」

 

 ――お願いします! と頭を下げて、バス停前高校と先発メンバーでない恋恋高校ナインたちはベンチへ戻る。捕手の鳴海(なるみ)は球審からボールを受け取り、マウンドで足場を慣らし終えた先発ピッチャーのあおいにボールを放った。

 

「先発は、あおいちゃんか」

(いつき)、この子どんなピッチャーなんだ?」

 

 児島(こじま)たちと同じく本拠地のミーティングルームで、タブレット端末で試合観戦をしている千葉マリナーズの高見(たかみ)とトマス。

 

「高い制球力とシンカーを得意にしているアンダースローの投手さ」

「へぇー、アンダーか。珍しいな」

「そうだね。ただ――」

 

 先日東京遠征の際、久しぶり東亜(トーア)理香(りか)とバーで話しをした高見(たかみ)は、あおいのインコースへの投球恐怖症になっていることを知った。

 

「インコースへの投球が課題か。投手としちゃあ致命的な欠点だな」

 

 話を聞いてからまだ数日、そう簡単に克服出来ていないと踏んでいた高見(たかみ)だったが......。

 

「......だが、渡久地(とくち)が何の策も講じずにマウンドへ上げるとは思えない」

「確かに、渡久地(アイツ)は欠点すら利用してくるタイプだからな」

「何かあるんだろう」

「そう考えるのが自然だな。それにしても――」

 

 画面に写し出された東亜(トーア)見て、出口(いでぐち)もトマスも同じこと思っていた。

 

 あのユニフォーム姿、全然似合ってねーな、と。

 

 

           * * *

 

 

「ついに始まるのね、恋恋高校(あの子)たちの戦いが......!」

 

 グラウンド中央で整列しているナインたちを見て、東亜(トーア)の横に立つ理香(りか)も気合いが入る。

 

「なあ、帰っていいか?」

「ダメに決まっているでしょっ!」

「俺が居なくても四回戦までは余裕だ」

「ダメ。あの子たち、今日までまともな実戦練習をしてきていないから、あなたがベンチに居ないと不安なのよ。そもそも甲子園出場を破棄して、甲子園優勝と監督を引き受けることを条件に、新しい取引を持ちかけてきたのはあなたでしょ?」

「......まあ、面倒だが仕方ないか。はるか」

「はい、何でしょう?」

「サインは覚えているか?」

「はい。みんなと一緒に聞いていましたので」

 

 その答えを聞き東亜(トーア)は、事前に考えていた悪巧みを実行に移すことにした。

 

「今日のサイン。全部、お前が出せ」

「わ、私がですかっ?」

「はあ? 何を言い出すのよっ」

「そう目くじらを立てるな。何も采配しろと言っているワケじゃない。俺が伝えた采配を、はるかがサインにして出すだけだ。スタンドを見てみろよ」

 

 東亜(トーア)が、アゴで差した外野スタンドの一画には、ビデオカメラをセットした学生の姿が幾つか見受けられた。

 練習試合とはいえ、春の甲子園ベスト4の覇堂の木場(きば)を打ち込み、コールドゲームにしたことなどを警戒して、シード校を含めた各校から偵察が来ている。

 

「既に勝負は始まっているのさ。特に恋恋高校(うち)は、動画配信でチーム事情をさらけ出して戦ってきた。つまり、今までのサインは全て筒抜けってワケだ。かと言って今さら、一からサインを新しく作り、覚え直すのは効率が悪い。そこで通常、監督が出すモノだと思い込んでいるサインを別の人間が出す」

「なるほどね。はるかさんが本物のサインを出して、渡久地(とくち)くんがテキトーな空サインを出して相手を混乱させる。言うなれば、“迷彩(ステルス)采配”ってことね」

「そんなところだ。まあ今日は、サインを出す状況は来ないと思うけどな」

 

 思惑を話し終えたところで、スタメンを外れたナインが戻ってきた。

 

「今日の試合、お前ら全員を使う。いつ出番が来ても良いように準備しておけ」

 

「――はい!」と全員で声を揃えて返事をしてベンチに座ると、守備に着いたナインたちへ声援を送り始める。

 グラウンドでは、最後の投球練習を終えたあおいの元へ鳴海(なるみ)が行き、直接ボールを手渡して声をかけていた。

 

「スゴい応援だね」

「うん、ホントだね。がんばって期待に応えないと......!」

「そうだね。体は熱く、でも頭は冷静にいこう」

「うんっ」

 

 味方ベンチとスタンドを埋める観客からの歓声に少し気負い戸惑ったあおいだったが、胸に手を当てて、一つ大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 そして――。

 

「プレイボールッ!」

 

『今、球審の右手が上がりましたー! いよいよ試合開始ですッ! 先攻バス停前高校の先頭バッターがバッターボックスで構えます。対する恋恋高校の先発は、今年から正式に参加が認められた女性選手――早川(はやかわ)あおい! いったいどんなピッチングで観客を、熱盛(あつもの)の胸を熱くしてくれるのでしょーカァッ!』

 

 鳴海(なるみ)は、いつものようにバッターをじっくり観察してからサインを出す。

 

「(先ずは、これで行こう)」

「(うんっ)」

 

 サインに頷いたあおいは、鳴海(なるみ)が構えるミットを見据えノーワインドアップから初球を投じた。

 

早川(はやかわ)の初球は、甘いコースから外へ逃げるカーブ。バッターは空振り、球審の右手が上がりました! ワンストライク!』

 

「オッケー、ナイスボール!」

 

 ボールを投げ返されたボールをキャッチして、あおいは笑顔を見せて。パソコンで試合を見ている出口(いでぐち)は、恋恋バッテリーの入り方に声をあげた。

 

「おいおいっ、初公式戦で初球を変化球かよっ? しかも、しっかりストライクを取りやがった......!」

「ずいぶんと落ち着いているな、このバッテリー」

「それだけじゃないっすよ。打ち気がなかったんだから外のまっすぐでもらっとけば良いのに。あのキャッチャー、打ちごろの甘いボールと思わせてボールになる変化球(カーブ)をわざわざ振らせたんすよ、相手の力量を測るために! こんなの高校生の発想じゃないっすよ!」

「ふっ、間違いなく渡久地(とくち)の影響だな。とにかく、これでバッテリーは完全に優位に立った訳だ」

 

 相手に心理を読んでストライクを奪った配球に、児島(こじま)はどこか嬉しそうに一瞬笑みを浮かべ、再び画面に目を戻した。

 

「(よし、狙い通り振らせられた。次はこれで――)」

 

 あおいはサインにうなづくと、そのままテンポよく投球モーションに入る。二球目は、外角低めのストレート。バッターは、タイミングが合わなかったことに加えて低いと判断して見逃した。しかし、無情にも球審の手は上がる。

 

「ストライク!」

「――ッ!?」

 

 球速は120km/hにも満たないが、アンダースロー特有のまるで浮き上がるような軌道を見極められず、たったの二球で追い込む。

 理想的な形で追い込んだバッテリーは、数多くの選択肢を残したまま相手に考えさせる時間を与えず、すかさずサイン交換を済ませて、三球目を投じた。

 

「ストライク、バッターアウトッ!」

 

 遊び球は使わず、三球勝負。

 制球を重視した二球目よりもやや甘いコースだったが、二球目よりも速いストレートで空振りを奪い、一つ目のアウトを奪った。

 

「ナイスボール! 走ってるぞー!」

「いいぞー、あおいー!」

「ワンナウトー!」

「ナイピー!」

 

 内野を守る奥居(おくい)たちからの声援を受けて気を良くしたあおいは、先頭バッターを三振に取った勢いそのままに二番三番も打ち取り初回を三者凡退と上々の立ち上がり。

 

『恋恋高校の早川(はやかわ)、初の公式戦とは思えない落ち着いたマウンド捌きで三者凡退に打ち取りました。ウーン、大変素晴らしいピッチングを見せてくれます! 対するバス停前高校ピッチャーは模部(もぶ)、どんな立ち上がりになるのか注目してまいりましょう!!』

 

「へぇー、なかなかやるな。相手に自分のバッティングをさせなかったぞ」

「見慣れないアンダースロー特有の軌道に加え、あの球持ちの良い投球、一発勝負のトーナメント戦。少ない打席で捉えるには、事前にそれ相応の対策を講じていなければ難しいだろうね。しかし――」

「全部“外”だったな」

 

 トマスの言う通りあおいの投球は、外の出し入れを中心とした配球だった。唯一インコースへ行ったボールも真ん中付近から甘いインコースへ落ちるシンカーだけだった――。

 

「まずまずだな」

 

 ベンチへ戻ってきた鳴海(なるみ)に、東亜(トーア)が声をかけた。

 

「今のところ、あおいのボールは悪くない。だがこの相手はともかく、一巡のうちにスタンドの連中は気づくだろう。そうなればお前のリード次第だ」

「はい、分かってます。あおいちゃん」

 

 うなづいた鳴海(なるみ)は、ベンチに座ってフェイスタオルで汗を拭っているあおいの隣に座って、今後の配球について話をする。

 東亜(トーア)は投球練習を見てから他のメンバーを集めて、サインのことを伝え、先頭バッターの真田(さなだ)に指示を与える。

 

「お願いしますッ!」

「うむ」

 

 ジャスミン学園戦の教訓から必ず球審に対し、メットを取って丁寧に一礼することをチーム内で決めた。しっかり挨拶をしてから真田(さなだ)は、左バッターボックスに立つ。

 

『一回の裏恋恋高校の攻撃は一番レフト――真田(さなだ)。チームで一・二位を争う俊足の持ち主とのことです』

 

 バス停前高校のピッチャーの初球――。

 

「ボール」

 

 全く打ち気のない真田(さなだ)に対し、そのボール球から入った。続く二球目もボール、更に三球目もストライクが入らず、カウント3-0。

 

『おっと、これはいけませんっ。立ち上がりで焦ったか、ストライクが入りません。次は入れたいところ、しかし制球は乱れています。バッターは一球待つでしょうか?』

 

 アナウンサー熱盛(あつもり)の考えとは真逆で、真田(さなだ)には気合いが入っていた。

 

「(監督(コーチ)の指示は――相手投手は制球が定まっていない、三球見逃した後のストレートを狙え......!)」

 

 四球目、ストライクを取りに来たストレートを狙い打ち。打球は、内野の頭を越えて右中間を真っ二つに切り裂いた。

 真田(さなだ)は快足を飛ばして一気に三塁を落とし入れ、ベース上で小さくガッツポーズ。

 

『先頭バッターの真田(さなだ)、ノースリーから打ってきました! スリベースヒット! ウーン、ナイスなバッティングを魅せてくれます!』

 

 先制のチャンスに盛り上がる恋恋高校ベンチ。

 

「さすが狙い通りね」

「球種が分かっているんだから当然だ。ノースリーは、投手の制球が乱れているから四球を頭に入れつつ様子を見ろということらしいが。ハッキリ言って愚作だ。『ノースリーは待て』じゃない『甘いコースに来たら打て』だ」

 

『ノースリーは、一球待て』これが野球のセオリー。相手チームもセオリーが頭にあるから、力を抜いたボールでストライクを取りに来る確率が高い。

 このセオリーを逆手に取って東亜(トーア)は、真田(さなだ)に置きに来たストライクを狙わせた。

 

「完全なボール球ときわどいところは見逃せばいいのさ。だが、打てる甘いボールをわざわざ見逃して、カウントを悪くして、相手投手を助ける必要はない」

「日本の場合、ノースリーから手を出して凡退すると怒られるものね」

「フッ......ベンチが選手を萎縮させてどうする、愚かことだ。さて、はるか、サインを出す」

「はい」

「サインは、“無し”だ」

 

 二番バッターの葛城(かつらぎ)がバッターボックスへ入る前にベンチを見る。東亜(トーア)はテキトーな空サインを出して、本命のはるかは何もしない。つまり――。

 

「(自由にやれ、か。よっし......!)」

 

 葛城(かつらぎ)は、ヘルメットの鍔を触って了解と伝えて、バッターボックスに立った。

 

「さて、どうするか見ものだな」

 

 東亜(トーア)は、一・二番がベンチからの指示もなく、ノーサインでどう先制点を奪うか。

 この状況を楽しむように、ベンチから小さく笑みを浮かべて戦況を見守っている――。


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