「ストライクバッターアウトッ!」
六回表九番バッターのあおいは、
「む~......」
「あおいちゃん、どうしたの?」
「なんでもないよっ。そんなことより早く行くよっ、ほらぐずぐずしない!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って、ミットが――!」
手を取られた
「あおい、どうしたんでしょうか?」
「フッ、さっき打席でキャッチャーに挑発されたのさ」
「挑発ですか? 特に話している様子は見受けられませんでしたが......」
「挑発は何も言葉や態度だけという訳じゃない。
あおいの打席、
当然あおいも覚えているから意図してやられたと即座に察した。
「まあ帰り際に挑発された可能性は高いがな」
そう、恋恋高校ベンチからは
「ええーいっ!」
「――おっと!」
イニング間投球練習の初球はワンバンドのストレート。いきなりの暴投を捕球した
「あおいちゃん」
「なにっ!?」
「(うわぁ......完全に頭に血が上っちゃってるよ)」
「早くボールちょうだいっ」
「あ、うん、ごめんごめん」
今はどんな言葉をかけても無駄と判断して
「フフーン、いい感じに乱れてるわね~。さすがあたし! あーはっはっは!」
「さすがぶちょうッス、絵に書いたような見事な悪役ぶりッス!」
「おい失礼だぞ、ほむほむ! 部長は、いつもと変わらないぞ!」
「ちーちゃん、それフォローになってないッス!」
「な、なんだってーっ!?」
「うっさいわね! そんなことより
「うん、行ってくるよー」
ニッと白い歯を見せて笑った
『さあ六回の裏。聖ジャスミンの攻撃は七番バッター、
「あんっ、もうっ!」
イラつきによる力みで思うようにストライクが入らない。
「あおい、ずいぶん荒れてるね」
「お陰さまで」
「あっはっは、だけど、手加減はしないよ? あたしたちは、本気で甲子園を狙ってるんだから......!」
「当たり前だ。言っておくけど、あおいちゃんはこんなことで自滅するような投手じゃない」
「――そうこなくっちゃね!」
そう言って笑顔を見せた
「(さてと、ああは言ったモノの今のあおいちゃんを説得するの難しいぞ。どうするかなー? コーチは......)」
目線だけベンチに向ける。
「(......笑ってる。この状況を
「タイムお願いします!」
「うむ、タイム」
「ん?」
顔を上げた
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよっ。サインだしてよ、サ・イ・ン!」
「ああ~、ごめん、どうやって抑えようか考え込んでた」
「もぅ~、しっかりしてよねっ?」
「わかってるよ」
あおいからタイムを取ってくれたことで
「何か、言われたの?」
「......って」
「え? なに?」
「ボクのシンカーより、ヒロぴーのシンカーの方が凄いって言われたんだよっ」
「あ、ああ~、それでかぁ」
同じ配球で打ち取られたあげく、さらに自信を持っている自分の決め球を持ち球のひとつでしかない相手にも劣ってると言われたことが憤慨の理由だった。
「それならこの試合を勝って証明しよう。
「......うんっ!」
力強く大きくうなづいたあおいを見て「もう大丈夫」そう思った
『さあ恋恋バッテリー、ボール先行の打者有利なカウントで何を選択するのでしょーか? マウンドの
「(ここでカーブかぁ......。得意の
「(当然偶然なんかじゃないさ。あおいちゃんは、必死にこの低めの制球力を身に付けたんだから――!)」
* * *
予選開幕一週間前。ミゾットスポーツクラブで一通りのトレーニングを終えたあおいは、
先日、緒戦の先発を予告されたあおい。しかし、それはあくまでも
「お前の課題は“内角”だ」
「――っ!?」
思わず息を飲んだ。
様々な要因が重なったとは言え、
そこが課題と言う
「ホームプレート上に16分割の的を用意した。的の両端を打ち抜くことが出来ればクリア。チャレンジは一日20球までだ」
「20球......」
あおいは、マウンドに立って的を見る。ひとつの的の大きさは大体ボールひとつ半ほどの小さな的。仮にバッターが立てば更に小さく、それでいてバッターにとても近く感じる位置に設置されている。相当な制球力を要求されるターゲットだ。
「どうする?」
「......やります」
「そうか。おい、準備はいいか?」
奥に向かって呼び掛けた。
すると「はいっ」と返事が聞こえて、マネージャーのはるかが現れた。
「はるかっ? どうして居るのっ? それに、その格好――」
はるかは、ヘルメットを被り手にはバットを持っている。
「もちろん、あおいの手伝いですよ」
「手伝いって......」
「打者が居なければ意味がないだろう。しかし、他の連中はやることがある」
「そう言う訳です。さあ時間は限られているんですから、さっそく始めましょう」
「始めましょうって言われても......」
「投げられないと試合に出られないんですよ?」
「そ、それは、そうだけど......」
親友のはるかに押しきられる形で、あおいは覚悟を決めた。
「さすがにこれはちょっと荒療治が過ぎるんじゃないの? 下手すればトラウマが深まるだけよ」
「気にするな、これは治療が目的じゃない」
「内角への投球恐怖症を克服するための治療じゃない......?」
「俺が言ったことを覚えているか?」
「ええ、的の両端を――。あっ、そう言うことなのねっ」
「はるかには、5球ごとに打席を入れ換えるよう指示してある。あとはアイツが気づくかどうかだ」
いつも以上に緊張した表情のあおい。それは当然だった。バッターボックスに立っているのが、親友のはるかだからだ。彼女はお世辞にも運動神経が良いとは言えない。
もし仮に投げミスをして体のどこかに当たりでもすれば大ケガにつながりかねない危険がある。普段から身体を避ける
そしてこの日、あおいは、内角どころか外角の的にも当てることすら出来なかった。
翌日、制球にさほど改善は見受けられない。
間違っても身体には当てられないと言う重圧が頭の中を支配し、腕の振りと指先の感覚を鈍らせる。最後の一球も一番外のフレームを叩いて、今日の挑戦が終わった。あおいは、一人ベンチに座って顔をふせた。
「はぁ......」
「お疲れさま」
「へっ?」
はるかとは違う女子の声に顔をあげる。そこに居たのは、
「調子はどう?」
「......ぜんぜんダメ。はるかが打席に入ってるとストライクにすら入らないんだ」
「そう」
「はるかが打席に入っていない時は、どうなの?」
「え? さあ、いつもそのまま投げてるから」
「じゃあ試してみましょう」
「でも、20球って制限があって......」
「それは、課題に挑戦している時の条件でしょ。ただの練習なら問題ないハズよ」
条件の穴を突いた
「両端に投げられたわね」
見事、両端の的を打ち抜いた。
「うん、こんな風に投げられたら良いんだけど」
「......ねぇ、あおい。先ずはアウトコースの精度を高めるのはどうかしら?」
「アウトコースを? でも、ボクのピッチングの課題はバッターのインコースなんだよ?」
「わかっているわ。だけど課題は両サイドだから、先ずははるかが居てもアウトコースへしっかり投げられるようにするの」
「――うん、そうだね。でも、どうして......?」
あおいと
「別に、悩んでいる友達に手を差し伸べるのに理由なんて必要ないでしょ」
「......ありがと」
「それは、しっかり投げられようになってからにしなさい。それと言っておくけど、甲子園決勝の先発は譲らないわ」
「――ボクだって負けないから!」
闘志を持って見つめ合っていた二人はいつの間にか、どちらからともなく笑顔に変わっていた。
そんな二人の姿を室内練習場の入り口に身を潜めて覗いていた
「ちょっと出て行けない雰囲気だね」
「ふふっ、そうですね。
「ん? なに、はるかちゃん」
「甲子園、絶対にいきましょうねっ!」
「――もちろん!」
* * *
あの日から、あおいは徹底的に低めの制球力を磨いた。
「(まああの時は結局、インコースは投げられなかったんだけど)」
その真意は、一定の球数で打席を入れ換える
「(あの時は、インコースへ投げれてないのにどうして合格だったのか俺も、
バッティングカウントからの四球目。
『ストライクーッ! 指にかかったストレートが内角低めにビシッと決まったー! これには
「(今度は、インローのストレート。ここは偶然で投げられる
「オッケー、ナイスピッチ! 走ってるよー!」
「うんっ!」
返球して腰を下ろし、サイン交換。
「(そう、あの課題の真意は――)」
『2-0から一転たったの二球で2-2平行カウント! 好打者、
サインにうなづいたあおいは、ゆったりとまったく力みなくモーションを起こす。
「(――低めの制球力。弱点を克服した今のあおいちゃんは、左バッターのアウトコースを投げるのと同じ感覚で右バッターのインコースへ寸分の狂いもなく投げれてる。正に、正確無比の“精密機械”だ......!)」
「(行くよ、ヒロぴー。これがボクの――)」
「(きっと今のあおいを打つには難しい。だけど――)」
『ピッチャーの
――
――あたしが打って突破口を開く、絶対に!