7Game   作:ナナシの新人

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大変お待たせしました。


対そよ風高校戦
game51 ~対策~


 準々決勝翌日。恋恋高校ナインは準決勝へ向けて、恋恋高校のグラウンドで軽いウォーミングアップを行っていた。

 

「オイラ、ちょっと声援に答えてくるでやんすー」

「ダメに決まってるでしょ、そんなヒマはないんだかんね!」

 

 勝ち進むにつれて確実に増えている報道陣と恋恋高校のファン。グラウンドを隔てたフェンスの向こう側からは、多くの黄色い声援が送られている。そのなかでも多いのは、あおいと瑠菜(るな)への声援。それも野郎からよりも年下の女子が多かったりする。

 そんなグラウンドの様子などまったく気にもせず鳴海(なるみ)は、ベンチで気だるそうに深く座る東亜(トーア)に試合内容の報告をしていた。

 

「気づいたのは、三打席目か」

 

 ベンチに閉じられたまま置かれたスコアブックには目もくれず東亜(トーア)は、鳴海(なるみ)伊達(だて)攻略の糸口を掴んだ場面について確認をした。

 

「はい、そうです。軽く合わせただけで思った以上に速い打球が飛んだんで、もしかしたらと思って」

「その確信を得るため、観察力の高い瑠菜(るな)にバスターをさせた。バスターの構えで強制的に一度オープンスタンスにさせ、球筋を見極めさせるために」

 

 鳴海(なるみ)はうなづいて答え、東亜(トーア)は小さく笑う。

 

「えっと......」

「もう、言いたいことがあるならちゃんと伝えてあげたらどうなの?」

 

 戸惑う鳴海(なるみ)に、理香(りか)は助け船を出す。

 

「バスターと言うアイデアは悪くない。だが――気づくのが遅いな。もっと早く気づくべきタイミングはいくらでもあった。遅くとも、二打席目までには気づけたハズだ」

「......バックスクリーンのスピードガンの数字ですか?」

「他にもあるだろ。と言うより、お前が気づかないといけない“サイン”を、相手バッテリーは試合中常に出していた」

「俺が気づかないといけない“サイン”、ですか......?」

 

 やや斜めに目を落とし、真剣な顔で東亜(トーア)に言われたことを考え込む。

 

「(他のみんなじゃなくて、俺が気づかないといけない......なんだろう? スピードガン以外に球威や球速を知る方法――)」

 

 考え出して一分ほどが経過したあと東亜(トーア)は、鳴海(なるみ)が考え込んでいる間に理香(りか)に頼んで昨日の試合データを表示させたタブレット端末を見せた。

 

「これでわかるだろ」

「これ、関願バッテリーの打者別の配球データと打席結果ですよね?」

 

 データを見せられても、鳴海(なるみ)はまだピンと来ていない。

 

「なんだ、まだわからないのか? おい、前の試合のも見せてやれ」

「はいはい、ちょっと待ってね。はい、出たわよ」

「どうもです。んー......ん? あれ?」

 

 食い入るようにタブレットディスプレイを見る。あることに気がついた鳴海(なるみ)は、更にもうひと試合前のデータを見て、東亜(トーア)の言ったことを理解した。

 

「あ、あぁーっ! そ、そうか、そうだったんだ!」

 

 あまりにも大きな声にナインと観客たちの目がベンチに集まる。「こっちは気にしないでそのまま続けて」と、理香(りか)は手を軽く振ってウォーミングアップに戻らせた。

 

「ようやく気づいたか。そうだ。このバッテリーは、投球練習中には何度もあったバッテリーエラーを本番では、ただの一度も犯していなかった。パスボールはもちろん暴投すらな。それはつまり、どういうことだ?」

「......キャッチャーが確実に捕球できるコースと球速でしか投げていない。ストライクゾーンへ投げる逆球はともかく、完全な逆球をボールゾーンへ投げる時は必然的に球速と球威を落とす必要があった、キャッチャーが確実に捕球できるように。だから、強い打球が飛んだ――」

「そうだ。あれだけ荒れていながらバッテリーエラーがないという違和感を、キャッチャーのお前が一番に感じ取らなければならないことだったな」

「......はい」

 

 指摘されてうなだれる鳴海(なるみ)に、東亜(トーア)はまた小さく笑みを見せる。

 

「ベンチでも、グラウンドでも、ただの観客でいてはならない。どこにつけ入る隙があるかを注意深く観察し、ほんの些細な違和感も見逃さず感じ取り攻略の糸口を掴む。そして、確実に叩き潰せ」

「――はい!」

 

 力強くうなづいた。

 

「攻撃に関してはそんなところだ。守備に関してはまあ無難と言ったところか。最終回四番に、変化球を要求しなかったことは褒めてやる」

「あ......はい!」

「で?」

 

 東亜(トーア)が訊いているのは、七回表の守備に関して。繊細な指先で球速・回転数をコントロールをする瑠菜(るな)のピッチングスタイルは、スタミナの低下に伴い、生命線とも言える握力が低下し、指先の感覚が鈍り制球の抑えが利かなくなっていたにも関わらず、逃げずにストレートを要求しつづけたことについて。

 

「あの四番は、ずっと瑠菜(るな)ちゃんのストレート......と言うよりフォームそのものにタイミングが合っていませんでした。確かに初回から飛ばしていた疲れから制球力は落ちていました。でも、下手に変化球を投げると逆にタイミングが合ってしまう可能性を考えました」

「それで?」

「......どうせ打たれるなら、“ストレート”の方がマシだと思いました......」

 

 更に突っ込んで訊かれた鳴海(なるみ)がやや言い難そうな表情(かお)で言った返答に、東亜(トーア)は声に出して満足そうに笑った。

 持っていかれたと思った初球の失投から予想外にも早い段階でノーツーと追い込めてしまった、あの局面。鳴海(なるみ)の頭の中には、「もうここでなら、ホームランを打たれてもいい」と言う考えが頭を過った。タイミングが合っていないバッターを追い込んでからの四球で、相手に流れが変わることを嫌ったからだ。それだけはしたくなかった。もし仮にホームランを打たれてもランナー無しから仕切り直せる。後続を抑えれば、七回裏の攻撃は二番から始まる好打順。十分にサヨナラゲームを狙えると計算してのことだった。

 

「クックック......それでいい。ブレーキだった四番の一発。それもコールド回避の起死回生の一打となれば勢いづくだろう、応援スタンドはな。だが、そこまでだ。あとが続かない。あの局面絶対にしてはいけなかったのは、“逃げて打たれる”こと。変化球に逃げてホームランを打たれていたら、自らのワガママでマウンドに立っていた瑠菜(るな)精神(メンタル)が死んでいた。仮に打たれるならストレート、その選択は正しかった」

 

 タイミングが合っていなかったストレートを打たれたなら仕方ないと割り切れる。だが、もし変化球を投げて打たれたなら確実に悔いが残った。そして今度、同じような場面に出くわした時、必ずその時のことが頭に過ってしまう。迷った時点で良い結果は生まれない、勝負する前からもう気持ちで負けている。

 

「お前、バントしてくれてラッキーって思っただろ」

「あ、はい。結果的にエラーで出塁されましたけど。あれでもう、何も起こらないと確信しました」

「そう。あのバントはあり得ない。あんなヘロヘロなピッチャー相手に打てませんと自ら白旗を挙げたも同然の行為だからな。チームのためにプライドを捨てた、と言えば聞こえはいいが。せっかくノーアウトでスコアリングポジションへランナーを出たのにも関わらず、あのバントで勢いを殺してしまった」

 

 三振しても思い切り振られる方が嫌だった。なぜなら、まだ攻めの姿勢を見せることが出来るからだ。本気でコールド回避を狙うなら、あの回で一気にひっくり返すくらいの気概が必要だった。

 結果的にエラーで一三塁にはなったが、送りバントが成功して三塁に進められても、どちらにせよ三塁走者の一点はいいと割り切れる。そして一点をくれてやるかわりに、次のバッターを狙い通り併殺で仕留めて逃げ切った。

 

「まあ、こんなところか。さてと、理香(りか)

「ええ。みんな、集合よ!」

 

 理香(りか)の呼び掛けにナインたちは、駆け足でベンチ前に集まった。

 

「さて、次の試合だが――」

 

 このあと東亜(トーア)から発せられた言葉に、ナイン全員は驚愕することになる。その言葉とは――。

 

 ――次の試合、一年全員をスタメンで使う。

 

 

           * * *

 

 

「じゃあ始めるとするか。はるか」

「はい。こちらの準備は出来ています」

 

 ミゾットスポーツクラブに移動した恋恋高校一行は、貸し切りの室内練習場で準決勝対策を行おうとしていた。いつでもボールをセットできるようにピッチングマシーンの横に立ったはるかは、東亜(トーア)が用意した、重心をずらした特製のボールを手に準備万端と言った様子。

 

葛城(かつらぎ)、お前からだ」

「うーす!」

 

 恋恋高校には二年生の部員がいない。そして一年生は、全部で六人。全員をスタメンで使ったとしても三人足りない。その三人を補う内の一人が今、東亜(トーア)に指名された、葛城(かつらぎ)。あとの二人は、鳴海(なるみ)近衛(このえ)が指名されている。

 

「それでは、いきますよー」

「おう!」

 

 ピッチングマシーンからセットされたボールが放たれる。球速は130km/hに満たないボール。しかし、東亜(トーア)に指名されバッターボックスに立った葛城(かつらぎ)は、そのボールに戸惑い、スイングすることすら出来なかった。

 

「な、なんすか? 今の......」

 

 彼が戸惑ったのも無理はない。ストレートと思っていたボールが、途中から大きく揺れて変化したからだ。

 

「ナックルってヤツさ」

 

 ナックルボール。

 爪を立て、押し出すようにして極力回転を殺して投げる変化球。投手から打者まで殆ど無回転に近い状態で投げることで、進行方向へ向かう際にシームが自然と空気抵抗を拾い、それによりボールの後ろを流れる圧力に不規則な乱れが生じて揺れるような変化が起こる。

 ナックルは、キャッチャーに到達するまでの間に1/4回転が理想とされており、1/2回転を超えた辺りからブレが小さくなってしまい山なりの棒球なってしまうことから取得も非常に難しく、また投げた本人すらどう変化するかわからないため、キャッチャーの捕球もままならないことから現代最後の魔球と称されている。

 

「こいつは、ボールに細工をして擬似的に再現したナックル擬きだ」

「で、でもナックルって100km/hくらいのスピードなんじゃ......」

「通常はな。だが次の対戦相手の投手は、今のスピードとほぼ同じ130km/h近い球速で変化するナックルを投げる」

「......マジっすか?」

 

 そんな魔球を打てるのかと、三人の三年生と一年生たちのあいだに動揺が走る。それも当然。準決勝の相手、そよ風高校のエースピッチャーの阿畑(あばた)やすしは、アバタボールと言う高速ナックルを操り勝ち上がって来た。ここまで失点も、エラーや四球が絡んだ単発の3失点と打ち込まれたことがない。

 

「打てるかはお前たち次第だ。だが、ひとつだけ間違いないことがある。阿畑(コイツ)を打たなければ負けるということだ」

「......七瀬(ななせ)、頼む!」

「はいっ、いきますよー」

 

 葛城(かつらぎ)は気合いを入れ直し、はるかに再開するように頼んで、通常の緩いナックルよりも10km/h以上も速い、高速ナックル攻略の特訓を始めた。

 

「本当に大丈夫なの? 一年生(あの子)たちに、あんな重責を背負わせて......」

「この程度で臆するようなヤワな鍛え方をしてきたつもりはねぇよ。確かに厄介な投手ではあるが。相手は、その投手の力だけで勝ち上がって来たワンマンチームだ。打撃と守備は大したことはない。今まで戦って来た連中よりも確実に格下だ。アイツらだけ十分にやれるさ。それに――」

 

 東亜(トーア)は、高速ナックル打ちを特訓しているゲージから離れた別のゲージで、高見(たかみ)のスランプ脱却時にした山なりの超スローボールを打っている、レギュラー陣に顔を向けた。

 

「フッ、確かに高速ナックルだなんてモノを放る厄介な投手ではあるが、幸か不幸かそのお陰で割り切れた。決勝の相手――猪狩(いかり)(まもる)を打ち砕くことに専念できるとな」

 

 

           * * *

 

 

 翌日、今日も朝からミゾットスポーツクラブで練習を行っていた。時計が十二時を回り、食堂で昼食をとり、午後の練習に入った。

 

「どうだ? 調子は?」

「あ、はい。正直、当てるのも難しいです」

 

 ゲージの外で待機していた鳴海(なるみ)が、やや苦笑いで答える。

 

「でも、変化が小さくなる高めは当てられるようになりました」

「なら、低めは全部捨てればいい。その代わり高めに来たら当てに行くなんてセコいことは考えるな。三振しても構わない、一発で仕留める。それくらいの気持ちでしっかりスイングしろ」

「はい、わかりました。みんな、今聞いた通りだよ、しっかりスイングしよう。いいね!?」

 

「はい!」と、揃って返事をした一年生たちは練習に戻る。東亜(トーア)は、レギュラーがいるゲージへ足を運ぶ。

 

「これで、どうっ」

 

 芽衣香(めいか)は、超スローボールをキレイにセンターへ弾き返した。

 

「おお、いい感じじゃねぇか。よーし、オイラも負けてられないぞー!」

「オイラも、やってやるでやんすー」

 

 ――こっちも順調みたいだな、と東亜(トーア)は小さく笑みを浮かべ、近くのベンチに腰を落ち着けた。

 なぜ今、この超スローボールを打っているかと言うと、伊達(だて)を攻略するために多用した悪球打ちで崩れかけたフォームを矯正するため。猪狩(いかり)対策を本格的に行う前に修繕しておく必要があったからだ。

 しばらくして、理香(りか)がやって来る

 

渡久地(とくち)くん、こっちの準備は整ったわよ」

「そうか。おい、お前ら」

 

 東亜(トーア)の声に注目が集まる。

 

「さあ始めるぞ。猪狩(いかり)(まもる)対策をな」

 

 東亜(トーア)の言葉に、ナインたちの顔色が凛々しい表情(もの)変わった。

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