東東京予選大会、対そよ風高校戦。
五回裏ツーアウトながら三塁一塁とこの試合初めてのチャンスを作った恋恋高校。この場面でバッターボックスに立つのは、一番センターで先発出場の
『ツーアウト三塁一塁! この場面、どう打つか、どう凌ぐか! ンンーン、目が放せませンッ! さあ、注目の初球――初球、真ん中からアウトコース低めへ変化するアバタボール! しかし、わずかに外れましたー!』
指示通り低めを見逃して、ワンボール。
「ふぅ......」
ひとつ息を吐く、
「オッケー、いい変化してるぞ!」
「(それにしても、きわどいコースだったのに簡単に見逃したな。つーか、みんなそうだ。高速ナックルにはほとんど手を出さない、そう言う作戦なのか......?)」
「おーい、はよサインだしてーな!」
「あっ......ああ、悪い」
急かされたサイン交換は一回で決まり、
『アバタボールを連投、今度は決まりました! ワンエンドワン!』
二球目は、外のボールゾーンからストライクゾーンへ滑るようにして低めへ食い込んできた。これも見逃して、ストライク。そして三球目も、アバタボール。
「ボール!」
球審は首を横に振る。これでツーエンドワン、打者有利のカウント。出されたサインに一度首を振って、次のサインに頷いた
「(――来た、高め!)」
ここで、狙っていた高めのアバタボール。
低めに比べると変化が小さい高速ナックルを決して当てにはいかず、確実に振り切った。インパクト寸前でややインサイドへ食い込んできた。打ち上げないように上から叩く、やや詰まった打球がサードの前へ転がる。
『サードが前へ出てきて打球を捕球、そのままランニングスローでファーストへ! しかし、これはきわどいぞー!』
「セ、セーフッ!」
一塁塁審が腕を横に伸ばす。
『セーフ、セーフです!
打ち取られていた当たりではあったが、逆に詰まったことが幸いし、送球がグラブへ収まる前に俊足を飛ばして、ファーストベースを駆け抜けた
「めっちゃ速いなー、アイツ。自分より速いんとちゃうか?」
そう言ったのは、この試合をスタンドから観戦している青を基調とした「あかつき大学附属高校野球部」のジャージを身にまとい、葉っぱを口にくわえた長髪の男子――
「さあ~? まあけど、おいらなら右中間に弾き返して三塁打にしてたぜ」
「ほぅー、そらまたエラい自信やな」
「まあな~」
「まったくお前たちには、緊張感と言うものがないのか? オレたちは、ただ試合観戦している訳ではないんだ。どちらが勝ち上がって来てもいいように、しっかりとデータを集めなくては――」
苦言をていしながらメガネに軽く触れ、ノートパソコンを操作するのは――
「相変わらず堅いやっちゃな。力抜くときは抜かんと試合前にへばるで?」
「お前が軽すぎるんだ。それにオレの計算では、今日の試合の勝率は100パーセントだ」
「自分の方が自信過剰ちゃうか? 油断しとると足すわれるで」
「フッ、心配無用だ。データは嘘をつかない、不安要素など微塵もない......!」
「それが自信過剰って言うんや」
「二人とも、その辺にしておきなよ。もう試合は再開されているんだよ。ちゃんと観ておかないと」
試合をそっちのけで言い合う二人をなだめたのは、
「む......そうだな。無駄な争いは止めて、データ収集に戻るとしよう。で、
「なんや?」
「あの投手とは、顔馴染みだと言っていたが――」
「その頃から、高速ナックルを投げていたのか?」
「いーや、中学ん頃は投げとらんかったで。
「ふむ、最後の大会を前にその努力が実を結び、強力な武器を手に入れたということか。なかなか厄介な相手になりそうだ」
「はっはっは!
豪快に笑って言ってのけたのは、チームの中軸を打つファースト、
「お前もそうだろう?
――
「オレは、どちらかと言えば恋恋の方がやりやすいネ」
「むぅ......どうした? いつになく弱気だな、お前らしくない」
「ただ事実を言ったまでヨ」
多少芯を外しても腕力で飛距離を伸ばせるタイプの
『見逃し三振ッ! フルカウントまでいきましたが、最後は低めのアバタボールで
あかつきナインたちが話し合っている間も試合は進み、五回の攻防が終わった。そして、五回の終了後のグラウンド整備が職員たちによって行われる。
「15個のアウトのうち11個が三振、見事な殺られっぷりだな」
ベンチに座って、まるで他人事のように愉快そうに笑う
「もう、あなたの指示でしょ?」
「クックック、そう目くじらをたてるな。エサは撒き終えた、もう必要ない。おいお前ら、次の回で
ナインたちは『はい!』と、声を揃えて返事。
「そこでだ、
「あ......はい、わかりました!」
「そのあとは、お前たちの好きにすればいい。なんかあるんだろ?」
『大変お待たせいたしました。間もなく試合再開となります――』
「さあ時間よ、急いで準備をなさいっ」
* * *
「やっちゃん、ナイスピッチや!」
「おう、サンキュー」
同点・逆転のピンチを凌いだ
「ハァ、さすが準決勝や。控えもしぶとーてかなわんわ」
「やっぱり占い通り苦労しそうやね。でも、最後は三振に取ったやん。五回で三振11個やで、今までにないハイペースやっ」
「ワイの“アバタボール8号”は魔球やからな!」
『大変お待たせいたしました。間もなく試合再開となります――』
「あ、グラウンド整備終わったみたいやね。みんな、追加点とってやっちゃんを楽にしてあげてなーっ」
「おおっ!」
「任せとけ、
ナインたちが声をかける中、この回の先頭バッターの五番だけは、どこか気負った様子で準備をしていた。
「(......さっきの失点は、俺のミスだ。バッターの鋭いスイングに惑わされて
『六回の表そよ風高校の攻撃は、五番――』
「(ミスはバットで返してやる......!)」
球場に流れたアナウンスを聞き、強い気持ちを持ってバッターボックスへ向かった。
『グラウンド整備が終わり、試合は六回の攻防へと入ります。そよ風高校は、五番からの攻撃。恋恋高校のマウンドには
「なんや、ピッチャーかわらんのかいな。さっきブルペン準備しとったのに」
「でもこれ、うちらにとってはチャンスと違うん? あのピッチャーから、さっき二点取ったんやしっ」
「まあ、せやな。もう三順目やし、目も慣れてきた頃や。こら行けるで!」
五番がバッターボックスで構えて、球審がコールすると、間髪入れずに投球モーションに入った。
「(ストレートを思い切り――投げる!)」
「(えっ? もう投げるのか?)」
ストレートを投げ込むと最初から決まっていたため、サイン交換の時間がなかったことに若干戸惑ったバッターを後目に、初球が投げられる。高めボールゾーンのストレート。
『指にかかった勢いのあるストレート! ボールゾーンでしたが、バッター、思わず手を出してしまい空振り! そして今のが、140km/h! ここで今日の最高速を記録しましたーッ!』
バックスクリーンに表示された球速に、両校のベンチ、そして球場全体から少しどよめきが起こる。
「あの子、本当に投げたわ......140キロを!」
「別に驚くことじゃない。トレーナーからの報告書には140キロを投げられるだけポテンシャルは十分にあると記述されていた。ただ、ひとつだけ不幸なことがあった」
あおいと
さらに、あおいと
「俺は、130キロ出るか出ないで精一杯だったからな。速いボールの投げ方なんて教えられない。だから
「140km/hという明確な数字を出したのは、コントロールという概念を一度頭の中から外させるための言葉。大きな壁を乗り超えて、ひとつ成長してもらうために」
「それだけじゃねーよ。今の一球は、今後の試合展開に大きな意味を持つ」
球速140km/hを計測した効果は、もうすでに現れていた。今までの最速は「138km/h」上がったのはたったの「2km/h」だけ。だが、130キロ台と140キロ台では、やはり数字の見映えとしてのインパクトが違う。当然バッターは、それを意識してしまう。
「(ヤバい、思わずボール球を振っちまった。それに140キロって......)」
今までもより速いストレートに対応するためややバットを短めに持ち直したのを、
『インコースのストレートに窮屈なスイングを強いられ、空振りの三振! 一年生バッテリー、ここは三球で仕留めて見せました、ワンナウト! そして今のも、140キロを計測しましたーッ!』
「また140キロっ? でも今の、そんなに力入ってなかったみたいに感じたけど」
「ええ、
突然の球速アップに疑問を抱く、あおいと
「実際に経験したからだ。どういうワケか人ってのは、一度超えてしまうと今までの苦労が嘘だったかのように続けざまに力を発揮することが少なからずある」
「そう言うものなんですか?」
「お前、自分で経験したじゃねーか」
「ボクが?」
「あれだけ投げられなかったインコースを、もう気にせず投げれるようになっただろう」
「――あっ!」
対ジャスミン戦において、復活した
「
「まあ、そう言うことだ。さてと、ここからが見物だな」
先頭バッターの五番を打ち取ったが、ここから左バッターが続く。左バッターに若干苦手意識を持っている
しかし、この回は違った。
六番バッターを、自信をつけたストレート攻めて内野ゴロに打ち取ると。七番バッターも、ストレート二球で追い込んだ。
『ファール! 三球目、仕留めにいったアウトコースのストレートをカットしました!』
「(当てられたか。でも、必死に当てに来てるだけ。今の調子ならストレートで押しきれる。まっすぐで勝負しよう)」
しかし
「(あれ? ストレートにこだわらないんだ。じゃあ、これで――)」
二回目のサインはあっさりと頷いた。
それは五回の攻撃の最中ベンチで話していた、一回でも長いイニングを投げるため対左バッターへ対策。
『さあ足が上がった。ピッチャー
「(――緩い、ストレートじゃない、カーブだ!)」
勝負球に選択したのは、左から空振りを奪えないことを悩んでいた、カーブ。やや内よりに来た。速いストレートに合わせて、短めにバットを握っていた左バッターにとって当てやすいコース。
「(もらった――えっ?)」
狙って振ったにも関わらず、バットは空を切った。
『空振り三振ーッ! この回は三者凡退で退けましたー!』
「よっし!」と、マウンド上で小さくガッツポーズを見せる。
「おい、アイツ、縦のカーブなんて投げれたのか?」
「私、投げ方を聞かれたことがあります、左バッターへの武器が欲しいと。学校の昼休みとかに練習はしていました」
打ち取った球種は、
「ふーん」
「それがどうかしたの?」
「狙って投げたのなら別にいい」
そう言うと
「さっき言った通り、この回で沈めるぞ」
『はい!』
「
「三人でって......それは、さすがに無茶なんじゃないの?」
しかし誰ひとりとして、今まで
「心配するな、撒いたエサに食いつく。
「......はい!」
『六回裏恋恋高校の攻撃は、三番
『さあバッターボックスに
球審のコールのあと、そよ風バッテリーはサイン交換を行う。ここで
『初球打ち、ノーアウト二塁!
「本当にストレート......! どうしてわかるの?」
「単純なことだ。ベンチで面白くなさそうな顔をしていたからな。
「さて、次は点を奪うぞ」
そしてベンチへ戻ると、不敵な笑みを浮かべながらグラウンドに目を戻した。