game56 ~もうひとつの決戦~
「決勝の相手は、あかつき大学付属高校よ」
「順当だな。で、試合内容は?」
もはや恒例となった
「ちょっと待ってね」
試合内容の要点をまとめたファイルをバッグから取り出して読み上げる。
「スタメンはレギュラーメンバー、先発投手は二番手の
「
「ええそう。利き腕は逆の右だけど投球フォームから変化球の変化方向、球速、髪型まで似せて。文字通り、右投げの
説明を聞きながら
「見た目はアレだけど、実力は本物よ。今日の試合も六回まで登板して被安打4、失点はエラーが絡んでの1点のみ」
「六回コールドか」
「いいえ、七回コールドよ」
「七回?」
「そうだけど、どうかしたの?」
「いや、いい。続けろ」
――そう? と、少し不思議そうに首をかしげた
「七回表の攻撃でコールド圏内の点差をつけたあかつきは、捕手
「ふーん、投げたのか」
「あかつきの監督、
あかつきは、全試合コールドゲームで勝ち上がった。そのため投手の投球イニングも恋恋高校の投手陣と比べると実戦登板が少ない。そして明日は反対ブロックの西東京が先に決勝戦を行うため、日程が一日明くことを計算しての調整登板だった。
「調整登板ねぇ、クックック......」
「なによ、その意味深な笑いかた......?」
「俺の経験から言えば、中一日での調整登板などすべきではない。なぜなら疲労が抜けきらないからだ」
「でも球数は15球も投げていないわよ?」
「お前の言う球数ってのは、あくまでも打者へ向けて投げた投球数のことだろう」
試合中継などで表示される球数は、投手が打者に向かって投げた球数。それには試合前やイニング前の投球練習、打者走者への牽制球、ツーアウトになってからのベンチ前での肩慣らしのキャッチボールのなどの球数は含まれていない。
「たとえ打者へ向けての実戦投球は15球だったとしても、登板前の肩を作るためのブルペンでのキャッチボールや投げ込み、イニング前の投球練習を合わせれば、少なく見積もっても50球近い球数を放っている」
「50球......」
「例え、どんな楽な場面で軽く投げようとも消耗するのさ、肩や肘ってのは。結果として登板することがなかったとしても、試合展開によっては何試合も続けて肩を作らねばならないプロの中継ぎが、いかに過酷で選手生命が短いと言われる理由が分かるだろ」
これこそが、プロの中継ぎが短命と言われる理由。疲労は必ず蓄積する。だからこそ、どんな試合展開になろうとも必ず投げない日を作ることが重要。長いシーズンを戦うペナントではそう言った捨てゲームを作ることが出来るが、一発勝負の
※実際、高校野球において酷使による故障を危惧し、県によって球数制限を設けようと言う動きもあるようですが。資金源がある私立の名門校が露骨に有利になるため、球数制限導入に苦言を呈す学校も少なくないそうです。
「中継ぎが1イニングだけでそれだけ投げているんだ。先発投手は当然もっと投げる。先発投手は100球が目処と、やたらとこだわるヤツがいるが、そう言うヤツほど見かけの数字に騙されて、本質を見誤るのさ」
「......数字の盲点。正に“木を見て森を見ず”ね」
「あかつきは、投手運用に困るような学校じゃない。次期エース候補の二年に経験を積ませるチャンスを捨ててまで、エースをマウンドへ上げた。この代償は高くつくよ」
そう言って小さく笑った
「さっきから、なにを見てるの?」
「ちょっと面白いもんだ」
すっと、
「これ......」
「な? 面白いだろ。アイツらは経験しているが、
「確かに、でも微妙じゃない? 50パーセントよ?」
「確率的にはな。だが、三割打てれば優秀と言われる打率よりも確率は上だ。そして、この数字通りの
――荒れるぞ、決勝戦は......。
* * *
決勝戦前日、明日恋恋高校が戦うスタジアムで、もうひとつの決勝戦が行われていた。
『さあ西東京予選大会決勝戦、春夏連続の甲子園出場を目指す覇堂高校対パワフル高校の一戦もいよいよ大詰め! 2-1と覇堂高校がリードした状況で九回のマウンドに立つのは、この男――
球審から新しいボールを受け取り、投球練習を行う覇堂バッテリー。パワフル高校はベンチ前で円陣を組み、気合いを入れ、心をひとつにして、九回最後の攻撃に挑む。
『九回裏一点差最後の攻防が今、始まろうとしていますッ! パワフル高校は上位打線、一番
場内アナウンスが流れ、バッターボックスに立った
「気合いだけじゃ......オレの真っ直ぐは、打てねーぜ!」
大きく振りかぶった。ワインドアップから放たれる豪速球がキャッチャーミットに重く鈍い音を響かせる。
『豪快なストレート! スピードガンは150キロを計測! まだまだ球威は衰えていませんッ!』
「オッケー、走ってるぞ!」
「オウ!」
「ストライク! ストライクツー、カウントノーツー!」
「くっ......」
150km/hを超すストレート二球で追い込まれた。 そして三球目もストレート、完全な振り遅れ。高いミート力を持つ
「......先輩、お願いします!」
「よーし......!」
『先頭バッターの
「......すみませんっす。
「ああ、わかってる。
ネクストバッターの
「最後の勝負だな、
「......そうだね、最後の勝負だ。ボクは必ずキミを打つ。そして――」
ネクストバッターズサークルで自分が出塁することを信じて準備をしている
「
「言ってくるじゃねーか。なら先ず、お前がオレを打って見せろ......!」
「当然だよ。さあ勝負だ、
初球は、150キロを超える爆速ストレート。
『ふらふらっと上がった打球は三塁側スタンドに入って、ファール! ワンストライク!』
「(くそっ、まだ振り遅れている。もっと始動を速めないと......!)」
タイムを要求し、打席を外した
「ありがとうございます」
「うむ。プレイ!」
『さあ仕切り直し、バッテリーの選択は――爆速ストレート! これもファール! しかし、先ほどよりもいい当たりでした! タイミングが合ってきているのか?』
「よし、もう少しだ......!」
打席で手応えを感じている
「(
プレートを外し、ロジンバッグを弾ませながらパワフル高校のベンチを横目で見る。そこには精一杯声を張り上げ、
「(
ロジンバッグを投げ捨てる。
「(だけどな――)」
サイン交換を行い、
「(ボクは、打つ......ボクを受け入れてくれた。みんなのためにも――!)」
「(オレにも、負けられねぇ理由があんだよ!)」
『足が上がった、勝負の一球!』
バッテリーの選択は、三球続けて爆速ストレート。アウトローいっぱいの見逃せばストライクの完璧なコース。
「ぐっ......いけーッ!」
「フェア、フェアーッ!」
『
「ストップ! ストップ!」
「いや、行く!」
「あっ! おいッ!」
一塁コーチャーの指示を無視してセカンドへ向かった。ツーベースヒット。しかし、これはパワフル高校の監督にとっては想定外の出来事だった。
「どうしてなんだ?
次はこの試合の先制点を叩き出した、四番の
「先輩......」
「心配しないで大丈夫だよ。
息を整えながらプロテクターを後輩に預け、マウンドに集まった覇堂内野陣を見つめる。
「うまく打たれたな」
「ああ、最後の最後で押し込みやがった。当てにいくだけならファールフライで終わってたってのに、やってくれるぜ」
「さて、一塁が空いているな。ここは完璧に抑え込んでいる
「ああ?」
「四番から逃げて甲子園に行くくれーなら、死んだ方がマシだ!」
「フッ、奇遇だな。俺も同じことを考えていた」
「あん? なんだよ、お前らしくねぇな」
「簡単なことだ。俺はお前が、四番に二度も打たれるとは思っていない。それだけのことだ。それに、ここで打たれるようなら......
「......ああ、その通りだ!」
他のナインたちも二人と同じ考えを共有していた。各々
『さあ試合再開です。一打同点、一発が出れば逆転サヨナラの場面で四番の
「......いいのか? 敬遠しなくて――」
「忠告感謝する。だが生憎俺たちは、
「フッ......」
どこか嬉しそうに笑った
「ファ、ファール!」
間一髪で打球をかわし、一塁塁審は両手を広げる。
『ファールです! 鋭い当たりでしたが一塁線へ切れてファール! パワフル高校、ついに土俵際まで追い込まれてしまったーッ!』
しかし、ここから
『な、なんと、追い込まれてからファールで粘り、ボール球を見極め、遂にフルカウントまでこぎ着けました!』
しかも、確実にタイミングが合ってきている。
この時、
『フルカウントからの勝負球――あーっと! なんと、
ランナーを無視してのワインドアップ。
だが、セカンドランナーの
「これで......終わりだーッ!」
「――フッ!」
『
「――よ」
「あり得ねぇよ......」
ライトの足が止まった。
「――ホームランはな」
フェンスの手前で振り向いたライトは、グラブを掲げ、フェンスの手前で打球を捕球。同時にマウンドへ向かって全速力で駆け出した。
『試合終了ーッ! 勝ったのは、栄光を掴んだのは覇堂高校ーッ!
左腕を空へ向かって伸ばし、大きくガッツポーズをとる
「......負けた、か」
「お疲れ、
「......いえ、力及ばず申し訳ないです」
うつむき悔しさに唇を噛み締める
「2対1、覇堂高校! 礼!」
球審の号令の後「ありがとうございました!」と、両校はお互いの健闘を称え合う。
「負けたよ、
「
「ボクたちに勝ったんだ。初戦で負けたら許さないからね」
「ったりめーだ! つーか......」
「アイツらにリベンジするまで、ぜってぇーに負けねぇ......!」
そこに居たのは、かつて練習試合でコールド負けという大敗を喫した、恋恋ナインたちの姿があった。
「あれ? なんかボクたち、睨まれてる?」
「みたいだね」
「オイ、オメーら! オレは約束は果たした、次はお前たちの番だ! あかつきなんかに負けたらブッ飛ばすからな! っておい、
「うっさい、キャプテンなんだから最後までちゃんとしてよっ!」
マネージャーで妹の
「ちょっとちょっと激励って言うか宣戦布告されちゃったわよっ?」
「へへっ、こりゃ負けられねーな」
「最初から負けるつもりはないわ」
「うん、ボクもだよ」
「当然オイラもでやんす......!」
「だね。じゃあ帰ろう。明日は、俺たちの番だ」
恋恋高校ナインたちは席を立ち、球場をあとにする。
その去り際、
――決着は、プロの世界でつけよう、と。