7Game   作:ナナシの新人

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game63 ~翻弄~

 スリーアウト目を取った二宮(にのみや)は急いでベンチへ戻ると、すぐさま打席の準備に取りかかる。

 

(すすむ)、手伝え!」

「はい!」

「おい、猪狩(いかり)――」

『四回の裏、あかつき大学附属高校の攻撃は――』

 

 話しかけようとしたところで場内にアナウンスが流れる。

 

二宮(にのみや)、話をしている暇はないぞ。キミも準備を急げ」

「......ああ、わかってる!」

 

 時間短縮のため(すすむ)にプロテクターを外すのを手伝ってもらうもネクストバッターの猪狩(いかり)と会話を交わす時間は取れず、二宮(にのみや)はバッターボックスへ向かわざるを得ない。

 

「(嫌な形で失点した直後だってのに、まともに話しも出来やしねぇ......クソ!)」

 

 絶対的エース猪狩(いかり)の四失点。攻撃が四番三本松(さんぼんまつ)で切れることは想定外のことだったとは言え、バッテリーが並ぶ打順を組んだことを、千石(せんごく)は悔やんでいた。

 

「(要所要所で嫌に絡みついてくる。こうも裏目に出てしまうとは......しかし、今さら悔やんだところで遅い。今は、あの投手を攻略しなければ......頼んだぞ二宮(にのみや)、突破口を開いてくれ)」

 

 瑠菜(るな)の投球練習が終わり、二宮(にのみや)は右のバッターボックスに入ってバットを構える。

 

「(地区予選で、しかも新参相手にこうも良いようにやられるだなんて......。次の回は、九番の女子からか。ひとつは取れるとして、問題は上位打線だ。これ以上の失点は絶対にしちゃいけない。クリーンナップの前にランナーを溜めないようにして――)」

 

『あかつきは、五番二宮(にのみや)から下位へと向かっていく打順。しかし! バッターボックスの二宮(にのみや)、ネクストバッターの猪狩(いかり)、八番五十嵐(いがらし)と一発のある強打者が揃っています! 下位打線と言えど気は抜けませンッ!』

 

 二宮(にのみや)にチラッと目をやり、鳴海(なるみ)はすぐさまサインを出す。うなづいた瑠菜(るな)も、間髪入れずに投球モーションに入った。

 

『ストライク! なんと初球は、ど真ん中のストレート! 』

 

 タイムを要求した二宮(にのみや)は、打席を外す。

 

「(......やっちまった、余計なこと考えてたらど真ん中を見逃しちまった。今は打席に集中しねぇーと、点差を詰めることが最大の援護なんだからな......!)」

「(ん? 構えの迷いがちょっと薄れたかな? これは甘いところは確実に狙ってくるよ。これで誘おう)」

「(――ええ)」

 

 瑠菜(るな)の二球目――アウトコースから逃げるシュート。ボール球に手を出してファール。恋恋バッテリーは理想通りの組み立てで、二宮(にのみや)を二球で追い込んだ。

 

「(ほぼ同じ球速から逃げるシュート......なまじ球速がない分多少のボール球にもつい手が出ちまう。次は何で来る? 一球遊ぶか、それとも三球勝負に来るのか......?)」

 

『さあ、バッテリーのサインが決まりました! マウンドの十六夜(いざよい)瑠菜(るな)、初球とは打って変わってゆったりと投球モーションに入る!』

 

 三球目、バッテリーは三球勝負を挑んだ。選んだ球種は、右バッターへクロスして入ってくるインコース高めのストレート。

 

「(インハイの真っ直ぐ、三球勝負! けど甘ぇ、ここから変化してもストライクゾーンの中だ......!)」

 

 ミートポイント手前で逃げるように小さく沈んだ。練習で奥居(おくい)を三振に仕留めた、見極めが難しいインハイからの低回転ストレート。しかし二宮(にのみや)は、持ち前のバットコントロールで左手を払うようにして瞬時に対応してみせた。

 

『打球は、三遊間のサード寄りの強いゴロ! サードの葛城(かつらぎ)、腕を伸ばして捕球! そのまま一回転して難しい体勢からの送球も正確です、ワンナウト! 二宮(にのみや)上手く捉えましたが、ここはサードの好プレーに阻まれましたーッ!』

 

 先頭バッターをしっかりアウトに取ったが、今の一打を見た東亜(トーア)が動く。藤村(ふじむら)にブルペンへ行くよう指示を出した。藤村(ふじむら)新海(しんかい)の二人が動いたのに合わせて、ライトに入っているあおいも軽くストレッチを始める。

 そして打席では、内野ゴロに打ち取られた二宮(にのみや)と入り替わりで猪狩(いかり)が入った。初球は、外角のストレートを三塁方向へファール。二球目は、高めのストレートに手を出して空振り。二宮(にのみや)と同様に、理想的に二球で追い込んだ。

 

「(強引に振ってくるなぁ、まあこっちとしてはありがたい。三球勝負で球数を抑えたいけど、でもここまで振られるとストライクゾーンでの勝負はちょっと行きづらいな......)」

 

 サインを出して、外角のボールゾーンへミットを構える。

 

『ファール! 少々(リキ)んでいるのでしょーか? 完全なボール球に手を出してしまいました』

 

「(こんなボール球にまで手を出してくるのか、だったら振ってもらおう)」

 

 サインにうなづいた瑠菜(るな)の四球目――。

 瑠菜(るな)の投げたボールは、鳴海(なるみ)のミットに収まることなくライトへ上がった。

 

猪狩(いかり)、打ったー! 低めの変化球を掬い上げて引っ張った打球は、ライトの上空へと上がったーッ!』

 

 打球を追っていたあおいは足を止めて、頭上の遙か上を越えていく打球を見送る。矢部(やべ)の打球をスタンドまで運んだ追い風に乗り、ライトスタンドの中段で弾んだ。

 

『入りましたー、ホームラーンッ! 猪狩(いかり)(まもる)、今大会二本目のホームランは、自らを援護するソロホームラン! 特大の一発で点差を再び二点差と詰め寄りますッ!』

 

 ダイヤモンドをゆっくりと一週して、ネクストバッターの九十九(つくも)とハイタッチを交わし、ベンチへ戻ってくる猪狩(いかり)を、あかつきナインたちは総出で迎える。

 

猪狩(いかり)、見事なバッティングだ」

「ありがとうございます。二宮(にのみや)、肩を温めたい」

「おう、先に行ってるぞ」

 

 二人は次の回の話しをしながらベンチ前で軽めのキャッチボールを行う。一方の恋恋高校は、ここでも伝令は使わずにバッテリーの二人でだけでの会話に留めた。

 

「今のは、打った猪狩(アイツ)の勝ちだな。もう一度打てと言われても簡単に打てる球じゃない」

「ストライクからボールになる膝下への縦のカーブだったものね。あれを打たれたら仕方ないわね」

「フッ、まあアイツらが勝負を焦ったことに変わりはない。多少ミスと意地が重なった結果だな。しかし、起こってしまったことはもう戻らない」

「ここからどう取り戻すかが重要ね」

 

 それは鳴海(なるみ)も、瑠菜(るな)も、重々承知している。だからこそ東亜(トーア)は、伝令は出さなかった。主審が注意に来るギリギリまで言葉を交わし、鳴海(なるみ)はポジションへ戻る。

 瑠菜(るな)は前の打席ヒットを打たれている九十九(つくも)をセカンドライナーに打ち取り、リベンジを果たしてツーアウトまでこぎ着けた。だが七番の五十嵐(いがらし)には、バスターからの小さなスイング、さらに完全に芯を外すも持ち前の腕力(パワー)で詰まりながらレフト前へ運ばれてしまう。

 

『ツーアウトランナー一塁。ここで六本木(ろっぽんぎ)の当場です。そしてさっそく、バットを寝かせました。例のごとくバントの構えでバッテリーを揺さぶります! はたしてバスターか? それともセーフティバントをしてくるのでしょーか?』

 

 初球、外角低めへ逃げるシュートに対して六本木(ろっぽんぎ)は、寝かせたバットを引いてバスターを試みた。無駄のないバッティングで捉えた打球は、やや弱い当たりながらも一・二塁の間をゴロで抜けて行く。

 

『ここで連打、連打です! ツーアウトながら下位打線が繋がりチャンスを作りました! そして打順は一番に戻って、今日二打数二安打と好調の八嶋(やしま)(あたる)がバッターボックスに立ちます! あかつき応援団の大声援と共に、私のボルテージも上がって参りましたーッ! この対決一瞬も目が離せませンッ!』

 

「よーし! おいらで同点に――」

『恋恋高校、選手の交代をお知らせいたします』

「あ、ありゃ? 今、代えんの?」

 

 場内に流れたアナウンスに試合が止まる。良い流れを作り勢いのまま行きたかったあかつきに取って、肩透かしのようなタイミングでの選手交代。交代するのは――。

 

『おっと、先発の十六夜(いざよい)瑠菜(るな)がマウンドを降りるようです。代わりにマウンドへ上がる選手は......今日、ライトで先発の早川(はやかわ)あおいの名前が告げられました! 渡久地(とくち)監督、このピンチの場面でエースナンバーを背負う、早川(はやかわ)を送り込みますッ!』

 

「こんな形で申し訳ないけど、あとはお願いするわ」

「うん、任せて!」

 

 ボールを受け取ったあおいは足を踏み出す位置を測り、マウンドを降りた瑠菜(るな)は、そのままライトの守備へ回る。ピッチング練習を終えて、セットポジションに着いて試合再開。

 この試合中一度も座ることもなく立ったまま憮然な表情(かお)で腕を組む千石(せんごく)は、自分とはまったく対照的に、余裕しゃくしゃくな表情(かお)でベンチでふんぞり返っている東亜(トーア)に目を向ける。

 

「(ようやく目が慣れてくる三巡目でアンダースローのピッチャーへ切り替えて来た。イニングの途中での交代......最初から二巡目までと決めていたのかは測りかねるが、良い流れをリセットされたことに変わりはない。どこまでも狡猾な采配を打ってくる。だが、タフな場面であることは変わらない。あの投手は、ブルペンに入っていない。緊急登板だ、勝機は十分にある......!)」

 

 しかし、千石(せんごく)の思惑は無情にも叶わなかった。

 瑠菜(るな)とはまた違う超変則のアンダースローの軌道に、八嶋(やしま)は翻弄された。

 

『セカンドゴロ! セカンドの浪風(なみかぜ)からベースカバーの奥居(おくい)へトスしてスリーアウトチェンジ! 八嶋(やしま)、見逃せばボールのシンカーを引っかけてしまいました! ライトから緊急で登板した早川(はやかわ)あおい、一打同点のピンチを物ともせず冷静に打ち取りましたー!』

 

「残念だったな、名監督さんよ。そう思い通りにことはいかねーよ。クックック......」

 

 緊急登板に思えたが実は、あおいはイニング間の守備練習などでセンターの矢部(やべ)を相手に軽く投げ込みをしており、いつでも行けるように予め肩は作っていた。そして、藤村(ふじむら)新海(しんかい)がブルペンへ行ったことが登板が近いと言う合図と決めており、心の準備も万端でマウンドへ上がった。

 

「ナイスピッチ、あおいちゃん!」

「うん、ありがとっ」

 

 ピンチを切り抜けた二人は、グラブとミットでタッチを交わして一緒にベンチへ戻る。

 

「どうだった? あのピッチャーの印象は」

 

 こちらもベンチへ戻った四条(よじょう)は守備の準備をしながら、八嶋(やしま)に打席での印象を訊ねる。

 

「遅いし、低いと思って見逃したらストライクを取られるし、同じコースを振りにいったら変化球(シンカー)を打たされた。正直おいらには、こっちの方が打ちづらいぞ」

「そうか、うちはアンダースローのピッチャーはいないからな。見極めに苦労しそうな相手だな」

「て言うか、練習試合でも対戦したことなくない?」

「いや、一度だけあった。ただ、オレたちが一軍へ上がったばかりの頃だったから、厳密に言えば二宮(にのみや)だけだ」

 

 その二宮(にのみや)は、既にグラウンドで猪狩(いかり)とピッチング練習を始めていた。

 

「......仕方ない、次回の頭に訊くとしよう。さあ、オレたちも行くぞ」

「はいよー」

 

 二人は、グラブを付けてグラウンドへ駆けて行く。

 恋恋高校のベンチでは、東亜(トーア)鳴海(なるみ)が裏の守備ついてを振り返っていた。

 

「確かに上手く拾われたが、急ぎすぎたな」

「はい、一球インサイドを見せておくべきでした。俺の配球ミスです、あれは防げた失点でした」

 

 わかりやすく顔を伏せて、大きなタメ息を吐く。

 

「フッ、終わったことをいつまでも引きずるなよ、まだ二点リードしてるじゃねーか。それに下を向いてちゃ見逃すことになるぞ」

「えっ? あっ......!」

 

 顔を上げた鳴海(なるみ)は、東亜(トーア)が見ている空を同じように見上げた。試合前から空を覆っていた薄暗い雲がより深くなっていた。そして――。

 

「ん?」

「どうした? これは......」

 

 帽子から伝わった異変に気がついた猪狩(いかり)は、一旦手を止めて空を見上げる。二宮(にのみや)は、右手を前に差し出す。その手のひらが僅かに濡れる。

 

「さあ、来たぜ」

 

 どんよりとした灰色の雲から、透明な雫が降りてきた。

 この試合の勝敗を左右することになる、雨が降り出した――。

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