7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました。


New game2 ~ランク~

加藤(かとう)先生、全員揃いました」

「忘れ物は、無いわね?」

 

「はい!」とナインたちは、声を揃えて返事。

 

「よろしい。それじゃあ、行きましょう」

 

 八月某日、恋恋高校野球部一同は東京発新大阪行の始発列車に乗り、宿舎のある兵庫県へ向けて出発。ほぼ貸し切り状態の列車内に、東亜(トーア)の姿はない。自由にタバコが吸えないと言う理由で、自家用車で直接宿舎へ乗り入れの予定。

 東京駅を出発した列車は程なく、隣駅の品川で停車。荷物を抱えた学生の集団が、車両の前方から歩いてくる。その集団の先頭を歩く男子に、鳴海(なるみ)は声をかけた。

 

木場(きば)?」

「なんだよ、お前たちも同じ電車だったのかよ。おい、先行ってくれ」

「やれやれ、手短に済ませろよ」

 

 ナインたちを水鳥(みずとり)に任せて、木場(きば)は通路を跨いだ空席に腰を降ろした。

 

「同じ列車なら、教えてくれりゃ良いじゃねぇーか」

「いや、連絡先知らないし」

「じゃあ今、交換しちゃいましょーっ」

 

 木場(きば)の妹静火(しずか)が、鳴海(なるみ)に向かってスマホを差し出した。

 

静火(しずか)、お前、いつの間に......!」

「迷惑かけないように見張っとけって、水鳥(みずとり)先輩が」

「あのヤロウ......オレは、小学生かっつーの」

 

 恨み言を漏らしながらも連絡先を交換し、木場(きば)は、改めて話しを切り出した。

 

「いつ当たるか判んねーけど、覇堂(ウチ)と当たるまでコケんなよ?」

「まあ、そうでなるように最善を尽くすよ」

「お、なんだ? 妙に落ち着いてるじゃねーか」

「まあね。ね、あおいちゃん」

 

 鳴海(なるみ)は澄まし顔で、反対隣のあおいに同意を求める。あおいも同じような顔で頷いた。意味ありげな二人の表情に、ますます疑問が深まる木場(きば)は、腕を組みつつ首をひねる。

 

「あの特訓の後だから。今なら、どこと試合しても負ける気がしないよっ」

「だね」

「へぇ、言うじゃねーか。どんな特訓してきたか知らねーけど、そりゃ楽しみだ! アレも気にしてねぇみたいで安心した」

「アレって?」

 

 今度は反対に、鳴海(なるみ)たちが聞き返す。静火(しずか)は「これのことですよー」と雑誌を、鳴海(なるみ)に手渡した。

 

「高校野球の特集記事?」

「あっ、それって、毎大会恒例出場校別の戦力分析してる雑誌だよね。ボクたちは?」

「ちょっと待ってね。ええーと、あった」

 

 雑誌を捲り、恋恋高校の記事を開く。見出しに書かれていたのは――。

 

「――Cランク。『王者あかつきを撃破し、激戦区東東京を制した新星! しかしながら、やはり、選手層の薄さは否めない。勝負師、渡久地(とくち)東亜(トーア)の采配に注目! 未知数のためCランクだが、今大会のダークホースとなれるか!?』だってさ」

「Cランクって言うと?」

「三段階評価の一番下のカテゴリーだね」

「まあ、初出場校は大抵そうだから気にすんなよ」

「だってさ。覇堂は......Bランク? Aランクじゃないんだ」

「はぁ!? おい、ちょっと貸してみろ!」

「おっと」

 

 雑誌をぶんどり、わなわなと肩を震わせながら覇堂高校の記事を読み上げる。

 

「『攻守ともにバランスの取れたチーム。あえて不安要素をあげるとすれば、エース木場(きば)。大会を通じて安定感のあるピッチングを披露出来れば充分に優勝を狙える。彼の出来が、勝負のカギを握ることになるだろう』だとッ!? これ書いたの、どこの記者だ! 節穴の上にビー玉詰まってんだろッ!」

「兄ちゃん、ウルサイ、他の乗客もいるんだからっ」

「ケッ、くだらねぇ......!」

 

 木場(きば)が面白くなさそうに雑誌を放り投げた雑誌を静火(しずか)に頼んで取って貰い、鳴海(なるみ)は目次の一覧表に目を通す。

 

「Aランクは、全部で五校。春夏連覇を狙うアンドロメダ、夏連覇がかかる壬生。後は、天空中央、西強高校。それと、帝王実業――」

「やっぱり、Aランクなんだね」

「大したことねーよ。オレら、春にボコってるし」

「あ、そうなんだ。ん?」

 

 新横浜に停車。するとホームには、早朝にも関わらず大勢の人だかりが出来ていた。

 

「何かな?」

「たぶんアレですよ、神楽坂大附属。親会社の神楽坂グループの御曹司がエースピッチャーって話しですし」

「朝早くから総出でお見送りか、たいそうなこった。さてと、そろそろ戻る」

「ああー、うん。雑誌......」

「やるよ。水鳥(みずとり)が同じ雑誌持ってから」

「じゃあお言葉に甘えて。ありがとう」

「おう。じゃあな」

「お騒がせしましたー」

 

 停車している間に、木場(きば)兄妹は荷物を肩に担いで、覇堂ナインが居る車両へ向かっていった。二人を見送ったあと、再び雑誌に目を戻す。

 

「――帝王実業。『名将守木(まもりぎ)監督率いる伝統校。エース山口(やまぐち)を中心に鍛え上げられた鉄壁の守備陣。特に二遊間は、高校球界最強との呼び声も。更に打線も強力、蛇島(へびしま)友沢(ともざわ)猛田(たけだ)のクリーンナップは歴代ナンバーワンの破壊力!』か......」

「春に倒したって言ってたよね? ちょっと調べてみるね」

 

 あおいはスマホを操作して、覇堂高校対帝王実業の試合結果を調べる。

 

「春の甲子園大会二回戦、試合結果は8対2。立ち上がりに先制を許したけど、相手の先発が早い回で降板、二番手以降のピッチャーを攻略して逆転勝利だって」

「エースが早い回で降板って、故障かな?」

「うーん、その辺りの詳しい理由は載ってないや。だけど、今のエースと同じ人だよ」

「そっか」

「もう、うるさいわね~。寝れないじゃなーい」

 

 二人の前の席に座っている芽衣香(めいか)がシート越しに、目を細めて批難の声を上げる。

 

「ごめんごめん」

「昨夜、寝れなかったの?」

「寝たけど、起きたのも早かったから。いつもならまだ寝てる時間だし」

「これ、貸してあげる。その代わり座席を反転させて」

「オッケー、ありがと」

 

 隣の瑠菜(るな)からヘッドフォンとアイマスクを受け取り、座席を反転させてから目を閉じた。

 

「その雑誌、私にも見せてもらえる?」

 

「どうぞ」と、瑠菜(るな)に雑誌を渡す。

 

「殆ど常連校だけど。ひとチームだけ、女子選手が中心のチームがあるわ」

「ほんとっ?」

 

 瑠菜(るな)の言葉を聞いて、あおいが身を乗り出した。

 鳴海(なるみ)は気を利かせ、瑠菜(るな)と席を入れ替わると、車窓へ顔を向けた。

 

 

           * * *

 

 

 新大阪駅からマイクロバスで移動。滞在先の宿舎に到着すると、事前に振り当てられた部屋に荷物を置いて、周辺の散策へ出かけて行った。

 ナインたちを見送って宿舎へ戻った理香(りか)は、エントランスでスケジュール表に目を落とす。そこへ、予定よりも少し遅れてやって来た東亜(トーア)が、彼女の向かいの席に座って足を組む。

 

「真剣な顔して、何を見てるんだ?」

「今後の予定を確認しているのよ。それにしても遅かったわね」

「渋滞に嵌まった」

「渋滞? そう、渋滞にねっ」

 

 どこか可笑しそうにクスクスと笑う、理香(りか)東亜(トーア)は、いったい何がそんなに可笑しいんだかと若干呆れ気味。

 

「アイツらは、出かけたのか?」

「ええ、少し前にね。お昼を食べたら戻ってくるわ。ちょっと休憩を取ってから、甲子園へ向かう予定よ。練習時間も決められているから、少し早めに移動して準備しておくことになるわね」

 

 四十以上の出場校があるため、各校、持ち時間は三十分と規定で定められている。その限られた時間の中で、投手はマウンドの感触を。野手は、守備の注意点等を頭に入れなければならない。

 

「最初は素直に弾むけど、時間が経つと結構気を使いそうだ」

「そうだな。整備が入るとはいえ、特に後半はイレギュラーバウンドに気をつけよう」

「あっ、そうだ、奥居(おくい)。トスの時、もう少し早めにボール見せて。黒土とグラブが重なってボールの出所が見辛い」

「判った。こんな感じでどうだ?」

「オーケー、ずいぶん見やすくなったわ。あたしも、同じようにするから」

 

 内野陣は黒土のグラウンドのバウンドの感触、二遊間を組む奥居(おくい)芽衣香(めいか)は、コンビプレーも確認。

 

「行くでやんすよー!」

「よっしゃ、来い!」

 

 レフトの真田(さなだ)に合図を送ったセンターの矢部(やべ)は、真上に向かってボールを高く放り投げた。ボールは甲子園の独特の強い浜風に流され、左中間の真ん中辺りに落下した。

 

「思った以上に流されるな」

「そうでやんすね」

「ただのフライでこれだけ流されるんだから、送球も意識しておいた方が良さそうだな。次は、ゴロの感覚を確かめようぜ。藤堂(とうどう)、行くぞ!」

「はい!」

 

 わざとバウンドするよう、ライトへ向かって強めに投げる。投げたボールは人工芝のグラウンドと違い、天然芝に勢いを奪われ、藤堂(とうどう)へ届く前に止まってしまった。

 

「ってことは......」

外野手(オイラ)たちの前へ来た打球は、前に出て取った方が良いでやんすね」

「だな。じゃあ、次はクッション対応な」

 

 外野陣はフェンス際のクッション処理の確認へ移行、ホームベース付近では、バッテリーが話し合っている。

 

「マウンドは、どう?」

「すごく投げやすいよ。でも、やっぱり暑い......」

 

 あおいの意見に、瑠菜(るな)たち投手陣も頷く。

 時刻は午後一時過ぎ、気温がピークに達する時間帯。光りの反射を抑える反面、熱を溜め込む黒土は、白土のような反射熱とはまた別種の暑さがある。

 

「水分補給は、こまめにした方が良さそうだね。用意する水筒の数も増やそう」

「タオルも買い足した方が良さそうね。何枚あっても足りないわ。明日、組み合わせ抽選会が終わったら買い出しに行きましょう」

「うん。あと、日焼け止めも! 多めに用意したつもりだったけど全然足りないよ」

「ですですっ。これじゃあ汗で全部落ちちゃいます......」

 

 試合以外の面も話し合っていたところへ、『恋恋高校、練習時間残り十分です』と場内アナウンスが流れた。ベンチを出た理香(りか)は、ナインたちを呼び集めた。

 

「とりあえず一通り確認出来たわね。バッティング練習で終わりにしましょう。一人一打席ずつね。順番は、背番号順。あおいさんからよ」

「はい!」

「あの、バッティングピッチャーは?」

「ああ、それなら――」

「よし、やるか」

 

 左手にグラブを付けた東亜(トーア)が、マウンドに立っていた。

 

「コーチが投げるんですか......?」

 

 甲子園出発前に行われた特訓が、ナインたちの頭を過る。

 

「心配するな。気持ちよく打たせてやるよ」

 

 その言葉通り全員がヒット性の当たりを打ち、練習は終わった。

 そして翌日、全参加校が集められた施設で、組み合わせ抽選会が行われた。

 

 恋恋高校、初戦の相手は――帝王実業。


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