「
「忘れ物は、無いわね?」
「はい!」とナインたちは、声を揃えて返事。
「よろしい。それじゃあ、行きましょう」
八月某日、恋恋高校野球部一同は東京発新大阪行の始発列車に乗り、宿舎のある兵庫県へ向けて出発。ほぼ貸し切り状態の列車内に、
東京駅を出発した列車は程なく、隣駅の品川で停車。荷物を抱えた学生の集団が、車両の前方から歩いてくる。その集団の先頭を歩く男子に、
「
「なんだよ、お前たちも同じ電車だったのかよ。おい、先行ってくれ」
「やれやれ、手短に済ませろよ」
ナインたちを
「同じ列車なら、教えてくれりゃ良いじゃねぇーか」
「いや、連絡先知らないし」
「じゃあ今、交換しちゃいましょーっ」
「
「迷惑かけないように見張っとけって、
「あのヤロウ......オレは、小学生かっつーの」
恨み言を漏らしながらも連絡先を交換し、
「いつ当たるか判んねーけど、
「まあ、そうでなるように最善を尽くすよ」
「お、なんだ? 妙に落ち着いてるじゃねーか」
「まあね。ね、あおいちゃん」
「あの特訓の後だから。今なら、どこと試合しても負ける気がしないよっ」
「だね」
「へぇ、言うじゃねーか。どんな特訓してきたか知らねーけど、そりゃ楽しみだ! アレも気にしてねぇみたいで安心した」
「アレって?」
今度は反対に、
「高校野球の特集記事?」
「あっ、それって、毎大会恒例出場校別の戦力分析してる雑誌だよね。ボクたちは?」
「ちょっと待ってね。ええーと、あった」
雑誌を捲り、恋恋高校の記事を開く。見出しに書かれていたのは――。
「――Cランク。『王者あかつきを撃破し、激戦区東東京を制した新星! しかしながら、やはり、選手層の薄さは否めない。勝負師、
「Cランクって言うと?」
「三段階評価の一番下のカテゴリーだね」
「まあ、初出場校は大抵そうだから気にすんなよ」
「だってさ。覇堂は......Bランク? Aランクじゃないんだ」
「はぁ!? おい、ちょっと貸してみろ!」
「おっと」
雑誌をぶんどり、わなわなと肩を震わせながら覇堂高校の記事を読み上げる。
「『攻守ともにバランスの取れたチーム。あえて不安要素をあげるとすれば、エース
「兄ちゃん、ウルサイ、他の乗客もいるんだからっ」
「ケッ、くだらねぇ......!」
「Aランクは、全部で五校。春夏連覇を狙うアンドロメダ、夏連覇がかかる壬生。後は、天空中央、西強高校。それと、帝王実業――」
「やっぱり、Aランクなんだね」
「大したことねーよ。オレら、春にボコってるし」
「あ、そうなんだ。ん?」
新横浜に停車。するとホームには、早朝にも関わらず大勢の人だかりが出来ていた。
「何かな?」
「たぶんアレですよ、神楽坂大附属。親会社の神楽坂グループの御曹司がエースピッチャーって話しですし」
「朝早くから総出でお見送りか、たいそうなこった。さてと、そろそろ戻る」
「ああー、うん。雑誌......」
「やるよ。
「じゃあお言葉に甘えて。ありがとう」
「おう。じゃあな」
「お騒がせしましたー」
停車している間に、
「――帝王実業。『名将
「春に倒したって言ってたよね? ちょっと調べてみるね」
あおいはスマホを操作して、覇堂高校対帝王実業の試合結果を調べる。
「春の甲子園大会二回戦、試合結果は8対2。立ち上がりに先制を許したけど、相手の先発が早い回で降板、二番手以降のピッチャーを攻略して逆転勝利だって」
「エースが早い回で降板って、故障かな?」
「うーん、その辺りの詳しい理由は載ってないや。だけど、今のエースと同じ人だよ」
「そっか」
「もう、うるさいわね~。寝れないじゃなーい」
二人の前の席に座っている
「ごめんごめん」
「昨夜、寝れなかったの?」
「寝たけど、起きたのも早かったから。いつもならまだ寝てる時間だし」
「これ、貸してあげる。その代わり座席を反転させて」
「オッケー、ありがと」
隣の
「その雑誌、私にも見せてもらえる?」
「どうぞ」と、
「殆ど常連校だけど。ひとチームだけ、女子選手が中心のチームがあるわ」
「ほんとっ?」
* * *
新大阪駅からマイクロバスで移動。滞在先の宿舎に到着すると、事前に振り当てられた部屋に荷物を置いて、周辺の散策へ出かけて行った。
ナインたちを見送って宿舎へ戻った
「真剣な顔して、何を見てるんだ?」
「今後の予定を確認しているのよ。それにしても遅かったわね」
「渋滞に嵌まった」
「渋滞? そう、渋滞にねっ」
どこか可笑しそうにクスクスと笑う、
「アイツらは、出かけたのか?」
「ええ、少し前にね。お昼を食べたら戻ってくるわ。ちょっと休憩を取ってから、甲子園へ向かう予定よ。練習時間も決められているから、少し早めに移動して準備しておくことになるわね」
四十以上の出場校があるため、各校、持ち時間は三十分と規定で定められている。その限られた時間の中で、投手はマウンドの感触を。野手は、守備の注意点等を頭に入れなければならない。
「最初は素直に弾むけど、時間が経つと結構気を使いそうだ」
「そうだな。整備が入るとはいえ、特に後半はイレギュラーバウンドに気をつけよう」
「あっ、そうだ、
「判った。こんな感じでどうだ?」
「オーケー、ずいぶん見やすくなったわ。あたしも、同じようにするから」
内野陣は黒土のグラウンドのバウンドの感触、二遊間を組む
「行くでやんすよー!」
「よっしゃ、来い!」
レフトの
「思った以上に流されるな」
「そうでやんすね」
「ただのフライでこれだけ流されるんだから、送球も意識しておいた方が良さそうだな。次は、ゴロの感覚を確かめようぜ。
「はい!」
わざとバウンドするよう、ライトへ向かって強めに投げる。投げたボールは人工芝のグラウンドと違い、天然芝に勢いを奪われ、
「ってことは......」
「
「だな。じゃあ、次はクッション対応な」
外野陣はフェンス際のクッション処理の確認へ移行、ホームベース付近では、バッテリーが話し合っている。
「マウンドは、どう?」
「すごく投げやすいよ。でも、やっぱり暑い......」
あおいの意見に、
時刻は午後一時過ぎ、気温がピークに達する時間帯。光りの反射を抑える反面、熱を溜め込む黒土は、白土のような反射熱とはまた別種の暑さがある。
「水分補給は、こまめにした方が良さそうだね。用意する水筒の数も増やそう」
「タオルも買い足した方が良さそうね。何枚あっても足りないわ。明日、組み合わせ抽選会が終わったら買い出しに行きましょう」
「うん。あと、日焼け止めも! 多めに用意したつもりだったけど全然足りないよ」
「ですですっ。これじゃあ汗で全部落ちちゃいます......」
試合以外の面も話し合っていたところへ、『恋恋高校、練習時間残り十分です』と場内アナウンスが流れた。ベンチを出た
「とりあえず一通り確認出来たわね。バッティング練習で終わりにしましょう。一人一打席ずつね。順番は、背番号順。あおいさんからよ」
「はい!」
「あの、バッティングピッチャーは?」
「ああ、それなら――」
「よし、やるか」
左手にグラブを付けた
「コーチが投げるんですか......?」
甲子園出発前に行われた特訓が、ナインたちの頭を過る。
「心配するな。気持ちよく打たせてやるよ」
その言葉通り全員がヒット性の当たりを打ち、練習は終わった。
そして翌日、全参加校が集められた施設で、組み合わせ抽選会が行われた。
恋恋高校、初戦の相手は――帝王実業。