7Game   作:ナナシの新人

72 / 113
お待たせしました。


New game5 ~魔法~

 初回、無死三塁一塁。ヒットはもちろん、外野フライ、バッテリーエラー、内野ゴロでも点が入る場面。そして、迎えるバッターは、奥居(おくい)。ベンチからのサインを確認したあと、悠然とバッターボックスに立ち、マウンド上の久遠(くおん)を見据える。

 

「(コーチから空サインは出てない。だけど七瀬(ななせ)からは、サインが出た。徹底的にダメージを与えろ、か。ダメージとなると、一発狙うか? いや、打ち損じてゲッツー間の一点止まりになったら最悪だ。この流れが変わっちまうぞ。さて、どうすっかな~?)」

 

 流れを切らず、より大きなダメージを与える方法を模索した奥居(おくい)の中で考えがまとまった直後の初球は、外角へストレート。これを目だけで簡単に見送る。そして打席を外し、一度素振りをしてからバッターボックスへ戻る途中、さり気なくランナーの二人へ、ダブルスチールのサインを送った。

 

『ワンボールからの二球目――スライダー!』

 

 ストライクからボールへ逃げるスライダー。しかしこれも、奥居(おくい)は吊られない。しっかりと見極めて、ボールツー。

 

「(確かに、いいは変化してる。けど、ストレートのあとに外のスライダーで誘うって、葛城(かつらぎ)への配球と同じじゃないか。いくらストライクが欲しい場面っていっても単調すぎるぞ。まあ、いいや。さてと――)」

 

 奥居(おくい)はヘルメットをかぶり直し、真田(さなだ)葛城(かつらぎ)へ「次、行くぞ」とサインを送った。

 

「(また、ピンチでボール先行......僕の悪い癖だ。これじゃあ、友沢(ともざわ)さんに認めて貰うどころの話しじゃ......)」

 

 久遠(くおん)はプレートを外して、自分で間を取った。

 

「(ふむ......仕掛けて来るのなら、カウント的に次だろう。しかし逆に言えば、考えられる策は限られている。奇襲を二度続けた、十中八九重盗を臭わせてのアシスト当たりであろう。蛇島(へびしま)友沢(ともざわ)、判っておるな?)」

 

 蛇島(へびしま)友沢(ともざわ)も、守木(まもりぎ)と同じ考えを頭に入れている。ファーストランナーが走り、捕手の送球間にサードランナーがホームを狙う作戦。ただし当然のことながら守備側もホームスチールは頭にあるため、二遊間のどちらかが間で送球をカットし、サードランナーを牽制することも少なくない。そのため、併殺を逃れるためのアシスト的な作戦と言えなくもない。

 

『マウンドへ戻った久遠(くおん)ヒカル、セットポジションからランナーを警戒しつつ、足を上げた。そして、ファーストランナースタート!』

 

 投球と同時にファーストランナーの葛城(かつらぎ)は、スタートを切った。前もって決めていた通り、蛇島(へびしま)はセカンドベースへ向かい、友沢(ともざわ)はホームスチールに備えてセカンドベースとマウンドの中間地点へ。

 久遠(くおん)の投球は、やや外寄り低めのストレート。このボールを奥居(おくい)は見逃さず踏み込んで、ファーストへプッシュ気味のバントで転がした。

 

「――バント!? チィッ! 久遠(くおん)、ベースカバー!」

「はい!」

 

 完全に不意を突かれたファーストだったが、久遠(くおん)に指示を出し、自らは素早く打球の処理へ走る。

 

『いや、これは送りバントではありません! これは、スクイズだーッ! だがしかし、サードランナーの真田(さなだ)は、打球が転がったのを確認してからのスタート! スタートが遅れてしまった!』

 

 ダッシュしてきたファーストは、ホームへ向かって走る真田(さなだ)の位置を確認し、奥居(おくい)と交差する位置で捕球すると、勢いを利用してホームへ投げようと送球体勢に入った。

 

「違う! ホームじゃない、サード!」

「――えっ? はぁ!? い、居ない!?」

 

 猫神(ねこがみ)の声を聞いて顔を上げたファーストの視界に真田(さなだ)の姿はなく、キャッチャーの猫神(ねこがみ)がサードを指差していた。ミスと思われた真田(さなだ)のスタートは、ファーストからはホームへ向かって走っている姿が目に入る。スクイズだと確実に思い込ませるための擬走(フェイク)。捕球のために一瞬目を切るタイミングを見計らって身を翻し、すぐさまサードへ帰塁。躊躇なく投げていればサードでアウトも狙えたタイミングだったが、判断を誤ったことでタッチプレーになるサードは間に合わず。更にはホームへの送球体制に入っていたことで、ファーストへの送球も遅れてしまった。

 

「セーフッ!」

 

 一塁塁審は、水平に両腕を伸ばす。

 

『セ、セーフ、オールセーフです! 奥居(おくい)の内野安打! これで全ての塁が埋まりました、ノーアウトフルベース!』

 

 足の速い奥居(おくい)が一歩勝り、内野安打をもぎ取った。

 

「くっ! おいキサマ、伝令だ!」

「は、はい!」

 

 このピンチに守木(まもりぎ)は、すぐさま伝令をマウンドへ向かわせる。

 

「(......よもや、三度続けての奇襲とは。あり得ぬ、このチームにセオリーなど通用しないとでも言うのか? そもそも、監督(ベンチ)からサインらしきモノは出されていなかった。では今の奇襲は、選手が独断で動いた策......であるとすればあの男、我輩には出来なんだことを選手に浸透させている――)」

 

 守木(まもりぎ)は怪訝な表情(かお)で、恋恋高校ベンチでふんぞり返っている東亜(トーア)を見る。

 

「フッ、尺の決まったアンタの物差しじゃ勝負は計れねーよ。さーて、仕掛けといくか」

 

 マウンド上で話し合いが行われている最中、今度はしっかりと、空サインを出した。同調して、はるかが本物をサインを出す。ネクストバッターの甲斐(かい)は了解と頷いて、バッターボックスへと向かう。

 

「今の作戦が、仕掛けなの?」

「まーな。この試合を優位に運ぶための、とっておきの魔法さ」

「ま、魔法......?」

「まあ、覚悟を決めたアイツらへの対価といったところだ。楽しみにしておけよ」

 

 東亜(トーア)らしくないメルヘンな台詞に、理香(りか)は眉をひそめて首をかしげた。

 その頃マウンドでは、守木(まもりぎ)の指示が伝えられていた。

 

「『まだ初回、浮き足立つ場面ではない。とにかく、まずひとつアウトを取れ』と」

「多少の失点はやむを得ない、と言うことか?」

 

 友沢(ともざわ)の質問に、伝令に出された二年生は「ああ」と返事を返した。彼らのやり取りを腕を組んで聞いていた蛇島(へびしま)は、右手をアゴに持っていった。

 

「そうは言っても、やはり無失点で切り抜けるに超したことはない。ノーアウトフルベース、逆に守り易くなったとポジティブに考えるべきだろうね。それに相手は、久遠(くおん)くんを警戒している。この奇襲の連発こそが、正に証拠。相手の策に嵌まり、監督の言う通り、浮き足だってしまうことは相手の思う壺だよ。キミは、名門・帝王実業の背番号を勝ち取ったんだからね」

「は、はい!」

「(まったく、初回から試合を潰されたらかなわないからなぁ......)」

 

 蛇島(へびしま)のフォローを受け、ピンチに動揺していた久遠(くおん)の目に少し力が戻った。そこへ球審が、注意を促しに来る。帝王ナインは礼を言って、各ポジションへと戻っていく。

 

「して、どうだ?」

「はい。蛇島(へびしま)先輩のフォローのおかげで気合いが入っていました。おそらく、立ち直れるかと思います」

「......そうか。ご苦労」

 

 伝令から報告を受けた守木(まもりぎ)は、ショートを守る友沢(ともざわ)を見たあと、蛇島(へびしま)に視線を移して憂いを帯びた表情(かお)を見せた。

 その理由は、入学当初投手として才能を発揮していた友沢(ともざわ)。彼の肘が芳しくないことをいち早く見抜いた守木(まもりぎ)は、アーム投げ(テイクバック時に肘が伸びた状態のフォーム)故に、肘へ負担の掛かるスライダーを投げることを制限していた。しかし結局、肘を故障してしまい、友沢(ともざわ)は野手への転向を余儀なくされることとなる。その故障の原因を作った一人が今、二遊間を組む蛇島(へびしま)。プロのスカウトの前で恥をかかされたことへの報復。

 しかし、とある学校の選手に、蛇島(へびしま)を三振に切って取った決め球のスライダーを完璧に打たれてしまったことで、プロへ行くためには、今のスライダーをより完璧なモノにさせる必要があると痛感し。己の肘の状態を知りながらも、スライダーを磨くため無茶な投げ込みを続けてしまう結果となった。

 

「(――蛇島(へびしま)のフォローか。確かに頼りになる存在だが、彼奴の勝利への執念・執着は危うさと表裏一体。裏目に出なければ良いが......)」

 

 守木(まもりぎ)の思いなど関係なく、試合は再開される。

 

『さあ、ノーアウトフルベースで試合再開です! 恋恋高校は先制点、大量得点のチャンス。帝王実業にとっては、大量失点の大ピンチ! このチャンスをモノに出来るか、それとも切り抜けられるか!? 注目して参りましょーッ!』

 

 左打席で、四番甲斐(かい)がバットを構える。

 蛇島(へびしま)から励ましを受けた、久遠(くおん)の初球は、アウトコースいっぱいのストレート。

 

「ファールッ!」

 

 やや振り遅れた打球は、三塁側の応援スタンドで弾んだ。甲斐(かい)は打席を外し、バックスクリーンを見る。

 

「(ジャスト140キロか、想ったよりも差し込まれた。だけど)」

 

 打席へ戻って、平然と構え直す。新しいボールを受け取った久遠(くおん)はひとつ息を吐いて、モーションに入った。

 

「(猪狩(いかり)木場(きば)と比べれば、比にならないほど軽い......!)」

 

『――打った! 内角のストレートを引っ張った打球は、ライト上空へ上がったーッ!』

 

 ライトの猛田(たけだ)は、打球を追ってバック。ラインより定位置やや後方の位置で足を止めた。落ちてきた打球を捕球、同時に真田(さなだ)はタッチアップ。

 

「うおりゃーッ!」

 

 猛田(たけだ)は、中継を飛ばしてバックホーム。ツーバウンドで猫神(ねこがみ)のミットへ収まるも、当然、間に合うハズもなく。

 

『先制点は、恋恋高校! 四番甲斐(かい)、ライトへ先制の犠牲フライ! そして猛田(たけだ)のバックホームの間に、セカンドランナー、ファーストランナーはそれぞれ進塁。一死三塁二塁とチャンスは続きます!』

 

「......あ、あれ? うぉっ、やっちまったーッ!」

 

 守木(まもりぎ)、中継に入った蛇島(へびしま)ともに若干呆れ表情(かお)。ネクストバッターの鳴海(なるみ)真田(さなだ)とタッチを交わし、打席へ向かう。

 

「(今のが、あの東條(とうじょう)がライバル視してる、猛田(たけだ)慶次(けいじ)? 怠慢プレーって言うより、直情的なタイプかな? 打席だと厄介なタイプかも......と、自分のバッティングに集中しないと)」

 

 鳴海(なるみ)は打席に入る前に、サインを確認。甲斐(かい)に出されたサインと同じサインが出された。了解、とヘルメットのツバを触ってから打席に入る。

 

「(甲斐(かい)くんに出されたのと同じサイン――ストライクゾーンのボールは必ず振れ!)」

 

 初球、外のシュートを迷いなく振り抜く。久遠(くおん)の足元をかすめてセンター前へ抜けようかという打球を、ショートの友沢(ともざわ)が、ショート寄りセカンドベースの後方で捕球。ホームは諦め、そのまま一回転してファーストへスロー。

 

『アウトーッ! ショート友沢(ともざわ)、ナイスなグラブ捌きでアウトにしてみせました! しかし、送球の間にサードランナー葛城(かつらぎ)はホームイン。その差二点と広がります!』

 

 ファインプレーでアウトに取られた鳴海(なるみ)が悔しそうに、ベンチへ戻ってくる。

 

「くそー、ヒット一本損した。抜けてれば、もう一点入ってたのに」

「ドンマイ! 今のは、仕方ないよ」

「そうね。今のは、ショートが上手かっただけよ。それより、受けてもらえる?」

「うん。すぐ準備するから」

「ボクも、手伝うよ」

「ありがとう」

 

 あおいに手伝って貰い、守備の準備を急ぐ。

 そして試合は、ツーアウトランナー三塁で六番矢部(やべ)の打席。

 

矢部(やべ)くんにも、同じサイン?」

「当然だろ。はるか」

「はいっ」

 

 例によって東亜(トーア)はテキトーな空サインを、はるかが本物のサインを伝達。そのサイン通り、矢部(やべ)もストライクゾーンのボールを見逃さずに打った。結果は、平凡なセカンドフライ。恋恋高校の長い攻撃は、犠牲フライと内野ゴロの間の二点という形で終わった。

 

『恋恋高校、ノーアウトフルベースから二点を奪い、攻守交代! 恋恋高校の先発投手、十六夜(いざよい)瑠菜(るな)がマウンドへ上がります!』

 

 帝王実業ナインはベンチへ戻り、入れ替わりで恋恋ナインが守備に向かう。東亜(トーア)は、鳴海(なるみ)を呼び止める。

 

「この投球練習中、極力ミットを動かすな。あとは好きにして構わない。思い通りにやって来い」

「はい、判りました!」

 

 他のナインたちから少し遅れて、グラウンドへ駆け出していった。投球練習が終わり、帝王実業の先頭バッター猫神(ねこがみ)が、打席に立つ。そして、球審のコール。

 

 ――さあ、時間だ。魔法がかかるぞ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。