7Game   作:ナナシの新人

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New game6 ~認識~

「よし、よくぞ二点で留めた!」

 

 守木(まもりぎ)は、戻ってきたナインたちを褒め迎えた。

 無死満塁から二点失点を喫したが、致命傷とまでは言えない点差。なぜならば、攻撃はまだ九回丸々残されているから。

 

「先発投手のデータは、頭に入っておるな?」

 

 帝王ナインたちは「はい!」と返事。その力強い答えに満足そうに頷いた守木(まもりぎ)は、ナインたちに指示を与える。

 

「彼奴らは、奇襲を仕掛けてきおった。奇襲とは、弱者が強者に衝撃を与えるため兵法。しかし、実力の差は歴然である。こちらは普段通りの試合運びでゆくぞ。敵の策に惑わされてはならぬ! 猫神(ねこがみ)、相手は制球力のある選手だが、勝負球以外はあまりコーナーを突いて来ない。打てると判断したコースは積極的に狙ってゆけ。よいな?」

「はい!」

 

 指示に頷いた猫神(ねこがみ)はヘルメットを被り、バッターボックスへ向かう。左打席に立って、ゆっくりとバットを構えた。

 

「プレイ!」

 

 球審のコールを聞いた鳴海(なるみ)はさっそく、猫神(ねこがみ)をじっくりと観察。

 

「(キャッチャーで先頭バッター、間違いなく足のあるタイプだ。ただ、体格と構えから見て、長打はあまりなさそうだ。加藤(かとう)監督とはるかちゃんがまとめてくれたデータ通り、足を活かしたミート重視のグラウンダーヒッタータイプ)」

 

 データと実際に対峙してみた印象を踏まえてサインを出し、内角低めにミットを構える。出されたサインに頷いた瑠菜(るな)は、ゆったりとモーションを起こした。

 

十六夜(いざよい)の足が上がった! 注目の初球は――変化球!』

 

 初球は、縦のカーブ。真ん中外寄りのやや甘いコースから、構えたミットは殆ど動くことなく収まった。球審の右手が上がる。見逃しのストライクを奪ったのは良いが、鳴海(なるみ)は違和感を感じていた。

 

「(何だろう? 最初は打ち気だったのに、瑠菜(るな)ちゃんがモーションに入った途端急に迫力が消えた。あの打ち気は、ブラフ?)」

 

 若干疑問に想いつつも「オッケー、走ってるよ!」と、瑠菜(るな)にボールを投げ返し、腰を降ろしてから再び猫神(ねこがみ)に目を向ける。すると今度は、あまりにも覇気がない表情(かお)をしていた。

 

「(何なんだ? このバッターは......。今度は、まるでやる気を感じないぞ)」

 

 要領を得ない猫神(ねこがみ)の挙動に警戒してサインを出し、外角低めへミットを構えた。そのミットへ向かって、瑠菜(るな)はストレートを投じる。

 

『ファール! アウトコース低めのストレートを打ちに行きましたが、仕留めきれず三塁方向へのボテボテのファウル。バッテリー、ここは理想的な形で猫神(ねこがみ)を追い込みましたー!』

 

「(今度は振ってきた......って、また打ち気満々の構えに戻ったぞ? いったい何なんだ? このバッターは――)」

 

 まったくと言っていいほど経験のないタイプの選手に、鳴海(なるみ)は眉間にしわを寄せて頭を捻る。その様子に守木(まもりぎ)は、してやったりの表情を浮かべた。

 

「(フフフ、悩んでおる悩んでおる。かく言うこの我輩も、猫神(ねこがみ)のことは把握しきれなんだ。だがひとつ言えることは、キサマらの奇襲は戦略であるが、気分屋である猫神(ねこがみ)にとっては、この無自覚な奇襲こそが彼奴のスタイルなのだ)」

 

 ――気分屋。猫神(ねこがみ)は、極度と言っていいほどの気分屋。事打席においては、一球ごとに気分が変わるため挙動と動作が一致しない。使う側としても、守る側としても、とても極端過ぎる故に扱いづらい厄介なタイプ。しかし守木(まもりぎ)は、あえて猫神(ねこがみ)を先頭バッターに抜擢し、自由にプレイさせることで自然体の奇襲役という役割を見出した。

 

「......極度の気分屋。相手の挙動を読んで試合を組み立てる鳴海(なるみ)くんには、厄介な相手ね」

「確かに、面倒なタイプではあるが、対処方法は幾らでもある」

「どうするの?」

「一番手っ取り早いのは、無視して勝負する」

 

 打率三割を超えれば一流と評される。しかし裏を返せば、一流でも七割近い確率で凡打する。

 

「打ちにいった場合、一流バッターでも七割は失敗する。だが、四死球は打率に関係なく十割出塁させてしまう。面倒な相手には、下手にカウント悪くして自分の首を絞めるよりも、さっさと打たせちまう方がいい。加えてコイツは左バッター、引っ張って外野手の頭を越えるような長打はまず無い」

甲斐(かい)くんの打球を押し戻した、“浜風”ね。となると――」

 

 勝負は必然的に、インコース。

 恋恋バッテリーは、追い込んでからの三球目は二球目よりも外に外してカウントを整え、カウントワンエンドツーからの四球目――内角のシュートを選択。

 

『一二塁間を破るライト前ヒット! 先頭バッター猫神(ねこがみ)、内角の難しいコースの変化球を上手く打ち返しました! 帝王実業、こちらも負けじとノーアウトからランナーを出します!』

 

 当てただけのヒッティングだったが、足があると言うことでライン寄りに詰めて守っていた結果のヒット。出塁を許してしまったが、バッテリーとしては想定内。すぐに切り替えて、次のバッターへ神経を注ぐ。

 

「(最初からバントの構えか。ランナーは......)」

 

 右打席に入った二番バッターから、ファーストランナーの猫神(ねこがみ)へ視線を移す。

 

「(ずいぶんリードが大きいな、単独の盗塁も充分に考えられる。だけど、警戒し過ぎて仕掛けやすくしたら本末転倒。バント失敗を狙いつつ、仕掛けてきたら刺す)」

 

 サインに頷いた瑠菜(るな)は、猫神(ねこがみ)の足を警戒を怠らず、クイックモーションで初球を投げる。インコースのストレート。バッターは、送りバントを試みるも――。

 

『あーっと! 上げてしまった! キャッチャー鳴海(なるみ)、ファウルグラウンドで掴んで......ワンナウト!』

 

 送りバントを決め損ねた二番バッターは悔しそうな表情(かお)を滲ませながら、ベンチへ戻る途中ネクストバッターの蛇島(へびしま)と言葉を交わす。

 

「バント巧者のキミが、送りバントを失敗するなんて珍しいね。難しいボールだったのかい?」

「いや、ボール自体は大したことない。だけど、相当出所が見辛い。早めに準備した方がいい」

「なるほど......」

 

 監督(ベンチ)からのサインを受けてバッターボックスに入った蛇島(へびしま)は、じっくりと足場を慣らしてからバットを構える。

 

「(猫神(ねこがみ)は、オールグリーンスタート。ボクには、これと言った指示はなしか。ならばここは、きっちりポイントを加算して置きましょうか)」

 

 蛇島(へびしま)の態度を見た東亜(トーア)は、はるかを通じて鳴海(なるみ)へ指示を送る。

 

「珍しいわね。守備で注文を付けるなんて」

「一番のヤツが想定外なタイプだったんでな、仕方なくだ。それに蛇島(ヤツ)は、魔法をかけるには打って付けの相手。むしろ好都合だったと言える。“幻影”という名の魔法をかけるにはな」

「幻影?」

「フッ、見てりゃ判るさ」

 

 意味深に言うと、東亜(トーア)は不敵に笑って見せた。

 

『バッターボックスには帝王実業不動の三番、蛇島(へびしま)桐人(きりと)! 高い打率はもちろん、場面によって打ち分けることの出来る柔軟性、そして、抜群の選球眼を持っています! この場面、いったいどのようなバッティングを見せてくれるのでしょーか!?』

 

 

「(珍しく、コーチから守備で注文が出た。このバッターだけは、必ず外角で仕留めろ。なら、インコースでカウントを整えて、最後に外で仕留めるのが定石。だけど、そうそう狙い通り仕留められる相手じゃないから勝負は焦らずに行こう)」

「(ええ、判ったわ)」

 

 先ずは牽制球を投げ、バッターへ初球を投げる。外角のストレート。蛇島(へびしま)は、手を出さずに見送った。判定は、ボール。

 

「(......ふむ、確かにタイミングを測りづらい。あながち、仕留め損ねた言い訳では無かったということか。しかし、掴むことが出来れば打てないボールではない。タイミングを取る一番の方法は、合わずとも多少強引に振って感覚を掴む。振らなければ、何も得るものはない)」

 

 構え直した蛇島(へびしま)への二球目は、外から更に逃げるシュート。振りに行ったバットを止める。鳴海(なるみ)は、ハーフスイングを主張。球審は、一塁塁審に判断を委ねた。

 

『塁審の判定は、スイング! 蛇島(へびしま)、ハーフスイングを取られました。ワンエンドワン平行カウントからの三球目......一塁へ牽制! 猫神(ねこがみ)、手からベースへ戻ります。十六夜(いざよい)、ランナーの警戒も怠りません!』

 

「(球威が無い分、コントロールはかなりのものを持っているようだ。牽制も、まずまず上手い)」

 

 目でしっかりランナーを牽制しての三球目。

 

『再三ランナーを警戒してからの三球目は――外のストレート! ファウル! 厳しいコースのストレート、捉えるきることが出来ません!』

 

 タイミングを合わせられず、差し込まれてファウル。

 

「(三球続けて速球系のアウトコース攻め、盗塁を警戒しての配球か? しかも、どれも際どいコースの投球大したものだ。しかし、そろそろインコースを挟みたいところだろう。おそらく、緩いカーブ――)」

 

 読みに反し、四球目は大きくウエスト。鳴海(なるみ)猫神(ねこがみ)を牽制し、瑠菜(るな)へボールを返す。

 

「(......ここで外して来るとは、よほど盗塁を警戒しているようだ。しかしこれで、投手有利のカウントから五分に戻ったわけだ。となると――やはり、勝負は内側)」

 

 一旦打席を外し、バットを握り直して戻ってきた蛇島(へびしま)を観察して、サインを出す。頷いた瑠菜(るな)は、鳴海(なるみ)が構えたミットを目がけて投げ込んだ。

 

「(――なっ!? アウトコースだと!?)」

「(よし、完璧!)」

 

 インコースを予測していたところへ裏をかく、五球連続アウトコース。

 

「(......裏をかかれた。しかし、ここは遠い――)」

 

 蛇島(へびしま)は出しかけたバットを必死に止め、ミットは乾いた音を響かせた。間髪入れず、球審のコール。下された判定は――。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「――なっ!?」

 

『見逃し三振ッ! 恋恋バッテリー、好打者蛇島(へびしま)を退けましたー! ツーアウト』

 

「(ボクは今、自信を持って見送った。今のコースが、ストライクだと......?)」

 

 下された判定に立ち尽くしていた蛇島(へびしま)は、殺気を帯びた視線を一瞬球審へ向けるも、態度には出さずに素直に後した。入れ替わりで打席へ向かう友沢(ともざわ)に、すれ違い様に情報を伝える。

 

友沢(ともざわ)くん。あの球審は、外にストライクゾーンが広いようだ」

「そうですか。判りました、頭に入れておきます」

 

 ベンチへ戻った蛇島(へびしま)は、守木(まもりぎ)にも外のストライクゾーンが広いことを報告。

 

「そうか。選球眼のいいキサマが言うのなら間違いないな。久遠(くおん)、今日の球審は外のゾーンが広いそうだ。戻り次第猫神(ねこがみ)にも伝えるが、次の回からは踏まえて組み立てるのだ。よいな?」

「はい! キャッチボール、お願いします」

「ああ」

 

 控えの捕手に頼み、久遠(くおん)は肩を作り始めた。

 打席では、スイッチヒッターの友沢(ともざわ)が右のバッターボックスへ。

 

蛇島(へびしま)は倒れましたが。まだ、この男が残っています! 名門帝王実業で二年生にして四番に座る、友沢(ともざわ)(りょう)! 彼の守備はもちろん、そのバッティング技術は既に高校生のソレを遥かに凌駕していると評されています!』

 

 打席で構える友沢(ともざわ)に、鳴海(なるみ)は息を呑んだ。

 

「(......何てリキみの無い構えなんだ。七井(なない)とはまた違うけど、これは苦労しそうな相手だ)」

 

 瑠菜(るな)も、鳴海(なるみ)と共通の感想を持ち。初球は、慎重にアウトコースのボール球から入った。

 

『ファーストライナー! 火の出るような痛烈な当たりでしたが、これは不運にも野手の正面! スリーアウトチェンジですッ!』

 

「くっ......!」

 

 仕留め損ね、悔しさを滲ませる友沢(ともざわ)。そんな彼とは対照的に、鳴海(なるみ)はキョトンとした表情(かお)を浮かべつつ、ベンチへ帰る。

 

瑠菜(るな)、ナイスピッチ!」

「ありがと」

 

 瑠菜(るな)にドリンクとタオルを渡したあおいは、スポーツドリンクを飲みながらグラウンドを見つめている、鳴海(なるみ)の隣に座った。

 

「どうしたの?」

「あ、うん、何か拍子抜けって言うか......」

「私も、同じ感想よ」

 

 あおいの隣に座った瑠菜(るな)が、二人の会話に加わる。

 

「どうして、あんな不用意に手を出してきたのかしら......?」

「だよね。友沢(ともざわ)程の実力者なら、手を出すようなボールじゃない」

「そんな考え込むような理由じゃない。この回の攻撃で解るさ。おーい」

 

 東亜(トーア)は、グラウンドへ行こうとしていた芽衣香(めいか)を呼び止めた。

 

「はい?」

「初球は、必ずアウトコースへストレートが来る。それはボール球だ。釣られるなよ」

「はーい、わかりましたーっ」

 

 改めてグラウンドへ出ていった芽衣香(めいか)を、不敵な笑みで見送る。久遠(くおん)の投球練習が終わり、場内に芽衣香(めいか)の名前がアナウンスされた。

 

「お願いしまーすっ!」

「うむ。プレイ!」

 

 打席に立つ芽衣香(めいか)と対峙している久遠(くおん)は、初回とは違って心なしか落ち着いている。

 

「(外を広く使えるなら、そんな楽なことはない)」

「(うーん、あんまりそんな印象は無かったんだけどなぁ。まっ、いいか。じゃあ、これで)」

 

 猫神(ねこがみ)のサインに頷いた久遠(くおん)の初球――アウトコースのストレート。指示通り、芽衣香(めいか)は見送った。

 

「ボール!」

「えっ?」

 

『初球は、アウトコースのストレート。帝王バッテリー、慎重にボールから入ってきました』

 

「おしいおしい、ボールは走ってるぞー!」

「あっ、うん......」

 

 久遠(くおん)はサインに首を振って、二球目を投げる。またしてもアウトコースのストレート。ほぼ同じコースへのピッチングも、判定はボール。二球続けてのボール判定に、久遠(くおん)は戸惑いを隠せない。続く三球目は、前の二球よりも明らかに大きく外れた。

 

『ボール、ボールです! 久遠(くおん)、ストライクが入りません! 次は是が非でもストライクが欲しいところです』

 

 不審に思った守木(まもりぎ)は、ベンチぎりぎりまで身を乗り出した。

 

「クックック......今さら何をしようと無駄だ。もう、魔法にかかってしまったのだからな。この魔法は、簡単には解けない」

「魔法......ですか? あっ! もしかして、ジャスミンとの練習試合の時の!」

 

 鳴海(なるみ)が言ったのは、球審の機嫌を損ねて相手に有利な判定をされることになった、ジャスミンとの練習試合のこと。その答えに、東亜(トーア)は鼻で笑う。

 

「いいや、別に特別な配慮などされていない。むしろ公平な判定を下している。名審判と言ってもいい」

「どういうことなの?」

「だから、見たままじゃねーか。単純にボールなんだよ、久遠(アイツ)が投げている球がな」

 

『あーっと、これも外れてしまいました! ストレートのフォアボール! この回先頭バッターの七番浪風(なみかぜ)、一度もバットを振ることなく一塁へ歩きます。ノーアウトランナー一塁』

 

 その後も久遠(くおん)の異変は止まらず、八番バッターの藤堂(とうどう)にもボール先行のピッチングが続く。そして、ストライクを取りに行ったところを一二塁間へ打たれるも、セカンド蛇島(へびしま)の守備範囲内。しかし、アウトはファーストの一つだけで、ラストバッターの瑠菜(るな)を迎える。

 

『またしてもボールが先行します! いったい、どうしたと言うのでしょーか?』

 

「(......そっか、そういうことだったのね!)」

 

 初球で、瑠菜(るな)は気がついた。

 

瑠菜(るな)は、気づいたらしいな」

「あのー、いったいどう言うことなのでしょうか?」

「言っただろ? ストライクゾーンは変わっていないし、審判の判定に贔屓があるわけでもない。しかし、唯一変わったことがある。それは――」

 

 東亜(トーア)は、帝王実業のベンチに顔を向けた。

 

「――帝王実業(アイツら)の意識。外にゾーンが広いと思い込んでいる」

「えっ? そういえば、友沢(ともざわ)も外角のボール球に手を出してきた......」

「誤った認識を広めてしまったヤツがいるのさ。それが、()()()だ」

 

 東亜(トーア)の視線の先に映るのは、セカンドを守る蛇島(へびしま)だった。

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