7Game   作:ナナシの新人

77 / 113
New game10 ~解答~

 五回終了後のグラウンド整備が済み、帝王実業ナインがグラウンドに出てきた。内野と外野に分かれてキャッチボールを行い。そして、最後に姿を現したバッテリーが、ゆっくりと投球練習を始めた。

 

「(......追いつき追い越せなかったことは、誤算。よもや、あの回の中で対策を講じてくるとは。しかし――)」

 

 投球練習を見守っていた守木(まもりぎ)は、恋恋高校のベンチから山口(やまぐち)の投球練習を注視している、恋恋ナインへ視線を移した。

 

「(ブラッシュボールを要求するキャッチャーも、きっちり投げきるピッチャーも肝が据わっている。おそらくもう、同じ戦法は通用しない。キャッチャーがミットを動かさないほどの制球力を持っているのだから当てはしないだろうが、狙われたという事実は残る。むしろ、狙って投げてくるとなれば厄介この上ない。新たな攻略法を見つけ出さねばならぬ、早急に――)」

 

 ――山口(やまぐち)の肩が、限界を迎えてしまう前に。

 数え切れないほどの試合経験を踏まえ、新しい攻略法を見出すべく、保ちうる知略の全てを巡らせる守木(まもりぎ)をよそに、恋恋ナインは山口(やまぐち)の欠点を見つけ出すことだけを考えていた。

 

「あの、大きく上げる足が邪魔なんだよなー」

 

 先頭バッターの真田(さなだ)は、ネクストバッターズサークルへは行かずに、他のナインたちと意見を交わす。彼のあとを打つ葛城(かつらぎ)が、同意。

 

「だね。どうしても気が取られる。セットの時は、小さくなっていたけど。ワインドアップになると、本来のダイナミックさが際立つ。アーム式特有の遠心力を最大限活用して投げ下ろす、速球とフォークのコンビネーション」

「そもそもあれってさ、不正投球に当たらないのか? なーんか、途中で一瞬モーションが止まってるように見えるんだけど」

「完全停止しているって訳じゃないから。大きく左足を蹴り上げるから、身体のバランスを保つのに少し腕が遅れてくるってだけで。それがまた、絶妙なタメになってる。タイミングを合わせ辛い要因だよ」

「まあ、結局のところ実際対峙してみて掴むしかねーか。とりあえず、泥臭く粘ってくるか......!」

 

 名前をアナウンスされた真田(さなだ)は、ヘルメットを被ってバッターボックスへと向かう。彼のあとに続いて、奥居(おくい)鳴海(なるみ)も、ベンチを出た。奥居(おくい)は一塁、鳴海(なるみ)は三塁のコーチスボックスに着き、軽く身をかがめて山口(やまぐち)を注視。

 

「(なんだ、これは......三番とキャッチャーが、ベースコーチに......? またしても奇策を打ってくるか......!)」

 

 二人の姿を見た守木(まもりぎ)は、犬河(いぬかわ)と二年生の控えピッチャーを、ブルペンへ送り込む。

 

「二人とも、ブルペンへ入れ。いつでも行けるよう準備しておくのだ」

「はい、判りました。行くぞ、犬河(いぬかわ)!」

「は、はい!」

 

 二人がブルペンへ向かったのと時を同じくして、試合再開のコール。

 ワインドアップのモーションから左足を豪快に蹴り上げ、寄りかかるように軸足に全体重を充分に乗せ、タメた反動を最大限利用し、猫神(ねこがみ)が構えるミット目がけて豪快に投げ込んだ。

 

猫神(ねこがみ)のミットが、重そうな音を響かせます! ワンストライク!』

 

 外角低目のストレートで、見逃しのストライクを奪う。

 

「(......やべー、ぜんぜんタイミング掴めねぇぞ? なんて弱音を吐いてても、何も始まらないっての! とにかく振る!)」

 

 決意を新たに気合いを入れ直す真田(さなだ)。しかし山口(やまぐち)は、別のことに気を取られていた。気になったことを確かめるため、もう一度同じコースへストレートを投げ込む。

 

「ファールッ!」

「くそっ!」

 

 タイミングが合わず、振り遅れのファウル。

 

「(......振ってこられたか。確かめたかったが、仕方ない)」

 

 新しいボールを受け取り、軽く足場を整えてからプレートを踏む。三球目は、タイミングを外すカーブを選択。猫神(ねこがみ)の構えたミットから、やや内側に外れた。

 

『ボールです! 膝下のカーブに、バットが出かかりましたが、ここは何とか堪えました。ツーストライク・ワンボール!』

 

 一度首を振り、四球目を投げる。初球、二球目と同じ外角のストレートを選択。真田(さなだ)は辛うじてカットし、ファウルに逃げる。

 

「(......付いてくるか。前回の攻撃といい、しぶといバッターが揃っている。いくか――)」

 

 五球目――フォークボール。瑠菜(るな)へ投げたコースよりも低目のフォークに、真田(さなだ)のバットは空を切る。

 

「き、消えた......!?」

 

『空振り! が、しかし、キャッチャーは後ろへ逸らしているぅーッ!』

 

「あっ!?」

「おっ、ラッキー!」

 

 狙い通り空振りを奪ったフォークは、ホームプレートに当たり大きく弾んで、猫神(ねこがみ)のミットを弾いてバックネットへ転がる。

 

「くっそー! ファースト!」

「ダメだ、投げんなーッ!」

 

 ファーストは、両手でバツを作って送球を止めた。俊足の真田(さなだ)、一塁へ到達。空振りを奪われるも、結果的に先頭バッターが塁に出た。

 

「すみません......」

「いや、今のは仕方がない。それよりも聞きたいことがある」

 

 マウンドへ来た猫神(ねこがみ)を気づかいながら山口(やまぐち)は一瞬、ベンチの久遠(くおん)を見て聞いた。

 

「外角のストライクゾーンのことだ。本当に狭かったのか?」

 

 猫神(ねこがみ)は、少し言いづらそうな表情(かお)をして正直に答える。

 

「えっと......正直オレは、あまり狭いとは思いませんでした。ただ、初回にストライクゾーンでボールを一球も受けられなかったので......」

 

 東亜(トーア)が初回に出した“ストライクゾーンは見逃さずに打て”の指示が、猫神(ねこがみ)の判断を鈍らせた。久遠(くおん)と言い争いになった際、しっかり意見を伝え切れなかった理由がこれ。

 

「そうか、判った。おそらく、相手は盗塁を仕掛けてくるだろうが気にしなくていい」

 

 自分のフォームの特性上、二盗を刺すことは難しいと判断し、バッターとの勝負に専念することを伝える。頷いた猫神(ねこがみ)はポジションに戻り、真田(さなだ)の防具を受け取った奥居(おくい)は、一塁塁審にベースコーチの交代を告げて戻る道中、葛城(かつらぎ)と言葉を交わしていた。

 

山口(やまぐち)が、ベンチの久遠(ピッチャー)を見た」

「バレたかな?」

「たぶんな。確かめに来るぞ」

「ああ、判ってるよ」

 

 ベンチに戻った奥居(おくい)は、急いで打席の支度を整え、ネクストバッターズで備える。奥居(おくい)の代わりに今度は、甲斐(かい)がコーチスボックスに立った。

 

「(今度は、四番がコーチャーに......いったい、何を企んでおるのだ? あの男は――)」

 

 当然のことながら、采配をしないと宣言している東亜(トーア)は、いっさい噛んでいない。これは、ナインたちが全て独断で行っていること。しかし守木(まもりぎ)が、その真実に辿り着くことは不可能。何故なら、セオリーを無視した奇襲・奇策を仕掛けてくる相手だと思い込んでしまっているため、決して辿り着けない。

 

「走るか?」

 

 甲斐(かい)に問いかけに、真田(さなだ)は両膝に軽く手を添えて答える。

 

「カウント次第だな。とりあえずは、見極めに専念する」

「そうか。ならオレは、上半身を重点的に見る。お前は、下半身を頼む」

「了解。この回で仕留めるつもりで行くぞ......!」

「ああ、そのつもりだ。長引きさせるつもりなど毛頭ない」

 

 二人は、サードコーチャーの鳴海(なるみ)と頷き合って意思の疎通を図る。葛城(かつらぎ)がバッターボックスに入ると、真田(さなだ)は大胆にリードを取った。

 

「(この走者は、地区予選で盗塁成功率10割を誇る盗塁のスペシャリストだ。防ぐことは、容易ではないだろう。カウントを悪くするのは悪手。ストライク先行で組み立てるぞ)」

「(はい!)」

 

 それでも警戒を怠らず、モーションに入る。初球はなんと、フォークボールから入った。甘いと思ったところから落ちる変化球を空振る。

 

「(......初っぱなからフォークか。振り逃げやられているのに、なんて強気なヤツだ)」

 

 ベースへ戻った真田(さなだ)は声を潜めて、甲斐(かい)と言葉を交わす。

 

「どうだった?」

「やはりモーションは小さくなる。ワインドアップと比べると球威も格段に落ちるな。そっちは?」

「......見つけた」

「本当か!?」

「ああ。ただ、まだ確証が持てない。お前も一緒に確かめてくれ。あと、鳴海(なるみ)葛城(かつらぎ)にもな」

「判った」

 

 甲斐(かい)はさり気なく右足に触れて、二人にサインを送った。二人は、そのサインに「了解」と、ヘルメットのツバに軽く触れる。

 

「(むっ......リードの歩幅が小さくなった。次は、ストレートと読んだか? ならば望み通り、ストレートでカウントを稼がしてもらうぞ)」

 

 山口(やまぐち)の二球目、外角低目のストレート。

 

『ストライク! 際どいコースへズバッと決まりました! 葛城(かつらぎ)、手が出ません! たったの二球で追い込みます!』

 

「(フッ、やはりな。これではっきりした。あの球審は、決して贔屓などしていない。アウトコースをしっかり取ってくれる球審だ。おそらく、蛇島(へびしま)は彼らに利用されただけだ。恐ろしいチーム......しかし、これで攻勢へ転じられる)」

 

 今の一球で確信を得たのは、マウンドの山口(やまぐち)だけではなかった。鳴海(なるみ)たちも、気づいてしまった。山口(やまぐち)の致命的欠点を――。

 

山口(やまぐち)猫神(ねこがみ)とサイン交換を行いセットに入った。ファーストランナーを警戒しつつ、足を上げる!』

 

「(......フォークだ!)」

 

 葛城(かつらぎ)は、プレート上に来たフォークに手を出しかかるも見送る。猫神(ねこがみ)はスイングを主張、球審は一塁塁審にジャッジを委ねた。塁審のジャッジは、ノースイング。カウントはワンボール・ツーストライクへ移行。

 一度プレートを外し、間を空けてからの山口(やまぐち)の四球目、モーションに入るのとほぼ同時にファーストランナー真田(さなだ)が、スタートを切った。投球は、外角へボールひとつ分外したストレート。

 

葛城(かつらぎ)、ボール球を逆方向へ押っ付けた! 打球は、一・二塁間の真ん中!』

 

 セカンドベースカバーへ向かった蛇島(へびしま)は、急遽方向転換、斜め後ろに打球を追いながらグラブを付けた左腕を思い切り伸ばし、飛びついた。

 

「くっ......!」

 

 黒土と芝生のちょうどつなぎ目の辺りで捕球し、素早く体制を整えるも......。

 

蛇島(へびしま)、追いつきましたが投げられません! オールセーフ! しかし、ガッツ溢れる見事な横っ跳びでした!』

 

 土埃を払う蛇島(へびしま)からボールを受け取った山口(やまぐち)は、グラブを向けて軽く頷いた。その行為に蛇島(へびしま)は、若干の戸惑いの表情(かお)を見せる。

 

「(......なんだ? 今のはいったい、どういう意味だ?)」

 

『しかし、試練は続きます。バッターは奥居(おくい)、ここまで三打数一安打。前の二打席は凡退しましたが、どちらも外野の奥まで運ぶビッグな当たりでした! このチャンスの場面、当然狙ってくるでしょー!』

 

「(――三番。コイツが、このチーム最強の打者。強と巧の資質を持ち合わせる天が二物を与えたバッターだ。最初から全開で行くぞ......!)」

 

 気合いを入れて挑んだ、奥居(おくい)への初球――。

 

『走ったーッ! なんと、初球ダブルスチール!』

 

 真田(さなだ)葛城(かつらぎ)は、山口(やまぐち)のモーションを完全に盗み、初球から仕掛けた。投球は、フォークボール。ベースの手前でワンバウンド、猫神(ねこがみ)は身体で止めるだけ精一杯で送球することさえ出来なかった。

 今の一球で山口(やまぐち)は、全てを察した。ベンチがタイムをかけるよりも先に、自ら内野陣をマウンドへ集める。

 

「このバッターは、敬遠する」

「塁を埋めて、あえて四番と勝負するんですか?」

 

「ああ......」と、友沢(ともざわ)の疑問に頷いた。

 

「おそらく、球種を読まれている」

「えっ!?」

 

 猫神(ねこがみ)たちだけではなく、友沢(ともざわ)蛇島(へびしま)たちも驚きを隠せない。何せたったの二イニング、正確には八番の藤堂(とうどう)から打席の奥居(おくい)までたったの五人の打者を相手にしただけで球種を盗まれるなど、思いもよらないイレギュラーな事態。

 

「まさか、サインの伝達行為を?」

「いや、フォームの欠点を見破られたんだろう」

「欠点?」

 

 マサカリ投法の欠点。

 大きく蹴り上げる足に目を奪われがちになるが、タメが長い故に、体重を乗せる軸足の膝裏から球種の握りが露呈してしまうという欠点が存在する。

 

久遠(くおん)、ブルペンの準備は進んでいるな?」

 

 ワンテンポ遅れて伝令に来た久遠(くおん)に、山口(やまぐち)は問いかけた。

 

「は、はい。満塁策も視野に入れろとのことです」

 

 帝王実業のブルペンでは、犬河(いぬかわ)と二年生投手が、急ピッチで肩を作っている。時間をめいっぱい使って、各々ポジションへ戻って行く。

 

「(この回もう、既に十球。敬遠を入れると、十三球......か。しかし――)」

 

 座った状態で二球、外のボール球を続けてスリーボール。

 

「(次の攻撃は、クリーンナップに回る。ここをゼロで乗り切れば、充分にチャンスはある......)」

 

 四球目もきっちり外して、奥居(おくい)を空いている一塁へ歩かせた。

 

『ここは奥居(おくい)を歩かせ、四番甲斐(かい)との勝負を選択しましたー! この選択、吉と出るか? それとも凶と出るか? 注目してまいりましょーッ!』

 

「やっぱり、歩かせたわね」

「当然だろう」

 

 内野の守備は鉄壁。打球を押し戻す“浜風”の影響で、左打者の引っ張りの長打は難しい。故障を抱えているとはいえ山口(やまぐち)のストレートは、久遠(くおん)よりも格上、流し打ちではレフトの定位置がいいところ。何より、狙われても空振りを奪えるフォークとのコンビネーションがある。

 打席に入った甲斐(かい)は、さり気なくグラウンドを右から左へ見渡す。

 

「(内野はゲッツーシフト、ライトは定位置より少し前のポジショニング。低目を打たせて、内野ゴロ狙いか)」

 

 その読み通り、帝王バッテリーは低目へのピッチングで内野ゴロを狙いにいく。初球は、内角低目のストレートでストライクを取り。二球目からはフォークを多投し、1-2と投手有利のカウントを作った。

 

「(......なぜだ、なぜ、ここまでする?)」

 

 セカンドから、山口(やまぐち)の後ろ姿を見つめる蛇島(へびしま)

 

「(肩に故障を抱えているクセに、負担のかかるフォークの連投するなどと......)」

 

 低目を意識させたところで、高目の釣り球。甲斐(かい)は狙いを悟られないため、この釣り球を打ちにいった。しかし捉え損ねてしまい。三塁側へ上がった打球を、友沢(ともざわ)とサードが必死に追いかける。

 

「くそっ!」

「任せてください!」

 

 フェンス際、果敢にスライディングキャッチを試みた友沢(ともざわ)だったが、あと一歩届かずファウルグラウンドでボールは弾んだ。グラブで地面を叩き、悔しそうに唇を噛みしめる。

 

「(友沢(ともざわ)......お前には、来年があるじゃないか。それなのになぜ、そうも必死なんだ? なぜ......)」

 

 額の汗をユニフォームの袖で拭い、帽子を被り直し、セットポジションに着いた山口(やまぐち)は、サインに首を振って勝負球を投げる。

 

「――ッ!?」

 

『低目のフォークを捉えたー! 引っ張った打球は、ピッチャーの横を抜け、ライナーで二遊間を破り――いや、捕ったー! 蛇島(へびしま)、超ファインプレーッ!』

 

 火の出るような当たりを掴み取った蛇島(へびしま)は、倒れ込んだまま動かない。友沢(ともざわ)は、なかなか立ち上がらない蛇島(へびしま)を心配して駆けよる。

 

「(......なんだ、今のは? 身体が勝手に動いた。そうか、そうだったのか。ボクはただ、上手くなりたかったんだ。誰よりも上手くなりたい、その一心で......。それなのに、いつしか――)」

蛇島(へびしま)先輩――」

「なんでもない、大丈夫だ。それよりも、あとアウトふたつ、しっかり取って攻撃へ繋げるぞ。山口(やまぐち)、もうひと踏ん張りだ!」

「ああ......!」

 

 どこか嬉しそうに口角を上げた山口(やまぐち)。彼とは対照的に、あと一歩のところで阻まれた甲斐(かい)は、申し訳なさそうな表情(かお)を見せる。

 

「すまない、仕留め損ねた。後手に回ると、大胆にやられるぞ」

「......オッケー。終わらせてくるよ――」

 

 落ち着いた声で言った鳴海(なるみ)は目を閉じて、ゆっくり静かに深呼吸して、バッターボックスへ。

 

『ノーアウト・フルベースからワンナウト・フルベースに変わり、打席には五番鳴海(なるみ)! エース山口(やまぐち)、踏ん張れるか? それとも、頼れるキャプテンが、打ち崩すのかーッ!?』

 

 鳴海(なるみ)への初球は――。

 

「(――ストレート。これじゃない......!)」

 

『アウトローへズバッと決まった! 147キロ! ピンチでギアを一段上げてきましたッ!』

 

 タイムを要求していったん、打席を離れる。

 

「(ここを乗り越えられたら、息を吹き返し兼ねない。だから今、確実に潰さなきゃならないんだ――)」

 

 大きく息を吐いて、バットを握り直してから、打席に戻った。二球目のフォーク、三球目のストレート、球種が読めていることも相まって、際どいコースを見極めた。

 

「(――山口(やまぐち)先輩!)」

「(山口(やまぐち)......!)」

「(ゼロに抑え、そして無事に戻って来い。キサマの力投、決して無駄にはせぬ......!)」

 

 一度サインに首を振って、山口(やまぐち)はモーションに入る。帝王実業の願いを一身に背負い、打者有利のカウントからの四球目、バッテリーが選択したのは――フォークボール。

 

 ――渡久地(とくち)コーチ。これが、俺の......。

 

 やや内より膝下へ落ちる完璧なフォークボールを狙い澄まし、迷い無く振り抜いた。完璧に捉えた打球は、浜風の逆風などものともせず、青空を切り裂いて飛んでいく。

 打球の行方を見届けながら心の中で、東亜(トーア)に問われたことに答える。

 

 ――俺たち全員で出した、答えです。

 

 鳴海(なるみ)の放った打球は、歓声が沸き起こるライトスタンドの応援団の中へ飛び込んだ。

 

 

           * * *

 

 

 バックネットの前には、恋恋高校ナインが整列。

 甲子園に、恋恋高校の校歌が流れる。

 

「あの子たちが出した答えは、満足のいく解答だった?」

「フッ......」

 

 いつも通り澄まし顔で、小さく笑みを浮かべる東亜(トーア)

 

「試合前俺は、ふたつの道に例えた」

 

 ひとつは、奥に光りが見えるが、足の踏み場が無いほどに棘が張り巡らされた道。

 ふたつは、等間隔に灯る松明(たいまつ)だけが頼りの、足下も見えない暗い道。

 

「傷を負うか、恐怖の中を進むか。道は、ふたつ。しかし、アイツらは――」

 

 ナインたちに視線を向ける。

 

「壊してしまうかも知れないと云う恐怖、リスクを覚悟した上で暗い道に入り、情報(たいまつ)を持って引き返した。そして、その松明で、光りが見える道に張り巡らされたイバラを焼き払ったのさ。山口(やまぐち)が壊れる前に、試合を潰してしまえばいい。自ら新しい道を切り開いた」

「じゃあ、試験は――」

「ああ」

 

 校歌が流れる中、理香(りか)に背を向け、ダッグアウトへ下がっていく。

 

 ――俺の役目も、終わりの時がやって来たってことさ。

 




P.S.
蛇島(へびしま)の改心は、名将甲子園の帝王実業学校で見られます。新鮮だったので、シナリオに組み込みました。

※野球規則5.03では、プロは指定の二人までと定められていますが、高校野球等アマチュアには交代制限はありません。
※マサカリ投法の本家・村田さんは、その欠点を逆手に取り、ストレートからフォーク、フォークからストレートへとテイクバック時に握り変え、相手に的を絞らせない工夫をしていたそうです。




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。