五回終了後のグラウンド整備が済み、帝王実業ナインがグラウンドに出てきた。内野と外野に分かれてキャッチボールを行い。そして、最後に姿を現したバッテリーが、ゆっくりと投球練習を始めた。
「(......追いつき追い越せなかったことは、誤算。よもや、あの回の中で対策を講じてくるとは。しかし――)」
投球練習を見守っていた
「(ブラッシュボールを要求するキャッチャーも、きっちり投げきるピッチャーも肝が据わっている。おそらくもう、同じ戦法は通用しない。キャッチャーがミットを動かさないほどの制球力を持っているのだから当てはしないだろうが、狙われたという事実は残る。むしろ、狙って投げてくるとなれば厄介この上ない。新たな攻略法を見つけ出さねばならぬ、早急に――)」
――
数え切れないほどの試合経験を踏まえ、新しい攻略法を見出すべく、保ちうる知略の全てを巡らせる
「あの、大きく上げる足が邪魔なんだよなー」
先頭バッターの
「だね。どうしても気が取られる。セットの時は、小さくなっていたけど。ワインドアップになると、本来のダイナミックさが際立つ。アーム式特有の遠心力を最大限活用して投げ下ろす、速球とフォークのコンビネーション」
「そもそもあれってさ、不正投球に当たらないのか? なーんか、途中で一瞬モーションが止まってるように見えるんだけど」
「完全停止しているって訳じゃないから。大きく左足を蹴り上げるから、身体のバランスを保つのに少し腕が遅れてくるってだけで。それがまた、絶妙なタメになってる。タイミングを合わせ辛い要因だよ」
「まあ、結局のところ実際対峙してみて掴むしかねーか。とりあえず、泥臭く粘ってくるか......!」
名前をアナウンスされた
「(なんだ、これは......三番とキャッチャーが、ベースコーチに......? またしても奇策を打ってくるか......!)」
二人の姿を見た
「二人とも、ブルペンへ入れ。いつでも行けるよう準備しておくのだ」
「はい、判りました。行くぞ、
「は、はい!」
二人がブルペンへ向かったのと時を同じくして、試合再開のコール。
ワインドアップのモーションから左足を豪快に蹴り上げ、寄りかかるように軸足に全体重を充分に乗せ、タメた反動を最大限利用し、
『
外角低目のストレートで、見逃しのストライクを奪う。
「(......やべー、ぜんぜんタイミング掴めねぇぞ? なんて弱音を吐いてても、何も始まらないっての! とにかく振る!)」
決意を新たに気合いを入れ直す
「ファールッ!」
「くそっ!」
タイミングが合わず、振り遅れのファウル。
「(......振ってこられたか。確かめたかったが、仕方ない)」
新しいボールを受け取り、軽く足場を整えてからプレートを踏む。三球目は、タイミングを外すカーブを選択。
『ボールです! 膝下のカーブに、バットが出かかりましたが、ここは何とか堪えました。ツーストライク・ワンボール!』
一度首を振り、四球目を投げる。初球、二球目と同じ外角のストレートを選択。
「(......付いてくるか。前回の攻撃といい、しぶといバッターが揃っている。いくか――)」
五球目――フォークボール。
「き、消えた......!?」
『空振り! が、しかし、キャッチャーは後ろへ逸らしているぅーッ!』
「あっ!?」
「おっ、ラッキー!」
狙い通り空振りを奪ったフォークは、ホームプレートに当たり大きく弾んで、
「くっそー! ファースト!」
「ダメだ、投げんなーッ!」
ファーストは、両手でバツを作って送球を止めた。俊足の
「すみません......」
「いや、今のは仕方がない。それよりも聞きたいことがある」
マウンドへ来た
「外角のストライクゾーンのことだ。本当に狭かったのか?」
「えっと......正直オレは、あまり狭いとは思いませんでした。ただ、初回にストライクゾーンでボールを一球も受けられなかったので......」
「そうか、判った。おそらく、相手は盗塁を仕掛けてくるだろうが気にしなくていい」
自分のフォームの特性上、二盗を刺すことは難しいと判断し、バッターとの勝負に専念することを伝える。頷いた
「
「バレたかな?」
「たぶんな。確かめに来るぞ」
「ああ、判ってるよ」
ベンチに戻った
「(今度は、四番がコーチャーに......いったい、何を企んでおるのだ? あの男は――)」
当然のことながら、采配をしないと宣言している
「走るか?」
「カウント次第だな。とりあえずは、見極めに専念する」
「そうか。ならオレは、上半身を重点的に見る。お前は、下半身を頼む」
「了解。この回で仕留めるつもりで行くぞ......!」
「ああ、そのつもりだ。長引きさせるつもりなど毛頭ない」
二人は、サードコーチャーの
「(この走者は、地区予選で盗塁成功率10割を誇る盗塁のスペシャリストだ。防ぐことは、容易ではないだろう。カウントを悪くするのは悪手。ストライク先行で組み立てるぞ)」
「(はい!)」
それでも警戒を怠らず、モーションに入る。初球はなんと、フォークボールから入った。甘いと思ったところから落ちる変化球を空振る。
「(......初っぱなからフォークか。振り逃げやられているのに、なんて強気なヤツだ)」
ベースへ戻った
「どうだった?」
「やはりモーションは小さくなる。ワインドアップと比べると球威も格段に落ちるな。そっちは?」
「......見つけた」
「本当か!?」
「ああ。ただ、まだ確証が持てない。お前も一緒に確かめてくれ。あと、
「判った」
「(むっ......リードの歩幅が小さくなった。次は、ストレートと読んだか? ならば望み通り、ストレートでカウントを稼がしてもらうぞ)」
『ストライク! 際どいコースへズバッと決まりました!
「(フッ、やはりな。これではっきりした。あの球審は、決して贔屓などしていない。アウトコースをしっかり取ってくれる球審だ。おそらく、
今の一球で確信を得たのは、マウンドの
『
「(......フォークだ!)」
一度プレートを外し、間を空けてからの
『
セカンドベースカバーへ向かった
「くっ......!」
黒土と芝生のちょうどつなぎ目の辺りで捕球し、素早く体制を整えるも......。
『
土埃を払う
「(......なんだ? 今のはいったい、どういう意味だ?)」
『しかし、試練は続きます。バッターは
「(――三番。コイツが、このチーム最強の打者。強と巧の資質を持ち合わせる天が二物を与えたバッターだ。最初から全開で行くぞ......!)」
気合いを入れて挑んだ、
『走ったーッ! なんと、初球ダブルスチール!』
今の一球で
「このバッターは、敬遠する」
「塁を埋めて、あえて四番と勝負するんですか?」
「ああ......」と、
「おそらく、球種を読まれている」
「えっ!?」
「まさか、サインの伝達行為を?」
「いや、フォームの欠点を見破られたんだろう」
「欠点?」
マサカリ投法の欠点。
大きく蹴り上げる足に目を奪われがちになるが、タメが長い故に、体重を乗せる軸足の膝裏から球種の握りが露呈してしまうという欠点が存在する。
「
ワンテンポ遅れて伝令に来た
「は、はい。満塁策も視野に入れろとのことです」
帝王実業のブルペンでは、
「(この回もう、既に十球。敬遠を入れると、十三球......か。しかし――)」
座った状態で二球、外のボール球を続けてスリーボール。
「(次の攻撃は、クリーンナップに回る。ここをゼロで乗り切れば、充分にチャンスはある......)」
四球目もきっちり外して、
『ここは
「やっぱり、歩かせたわね」
「当然だろう」
内野の守備は鉄壁。打球を押し戻す“浜風”の影響で、左打者の引っ張りの長打は難しい。故障を抱えているとはいえ
打席に入った
「(内野はゲッツーシフト、ライトは定位置より少し前のポジショニング。低目を打たせて、内野ゴロ狙いか)」
その読み通り、帝王バッテリーは低目へのピッチングで内野ゴロを狙いにいく。初球は、内角低目のストレートでストライクを取り。二球目からはフォークを多投し、1-2と投手有利のカウントを作った。
「(......なぜだ、なぜ、ここまでする?)」
セカンドから、
「(肩に故障を抱えているクセに、負担のかかるフォークの連投するなどと......)」
低目を意識させたところで、高目の釣り球。
「くそっ!」
「任せてください!」
フェンス際、果敢にスライディングキャッチを試みた
「(
額の汗をユニフォームの袖で拭い、帽子を被り直し、セットポジションに着いた
「――ッ!?」
『低目のフォークを捉えたー! 引っ張った打球は、ピッチャーの横を抜け、ライナーで二遊間を破り――いや、捕ったー!
火の出るような当たりを掴み取った
「(......なんだ、今のは? 身体が勝手に動いた。そうか、そうだったのか。ボクはただ、上手くなりたかったんだ。誰よりも上手くなりたい、その一心で......。それなのに、いつしか――)」
「
「なんでもない、大丈夫だ。それよりも、あとアウトふたつ、しっかり取って攻撃へ繋げるぞ。
「ああ......!」
どこか嬉しそうに口角を上げた
「すまない、仕留め損ねた。後手に回ると、大胆にやられるぞ」
「......オッケー。終わらせてくるよ――」
落ち着いた声で言った
『ノーアウト・フルベースからワンナウト・フルベースに変わり、打席には五番
「(――ストレート。これじゃない......!)」
『アウトローへズバッと決まった! 147キロ! ピンチでギアを一段上げてきましたッ!』
タイムを要求していったん、打席を離れる。
「(ここを乗り越えられたら、息を吹き返し兼ねない。だから今、確実に潰さなきゃならないんだ――)」
大きく息を吐いて、バットを握り直してから、打席に戻った。二球目のフォーク、三球目のストレート、球種が読めていることも相まって、際どいコースを見極めた。
「(――
「(
「(ゼロに抑え、そして無事に戻って来い。キサマの力投、決して無駄にはせぬ......!)」
一度サインに首を振って、
――
やや内より膝下へ落ちる完璧なフォークボールを狙い澄まし、迷い無く振り抜いた。完璧に捉えた打球は、浜風の逆風などものともせず、青空を切り裂いて飛んでいく。
打球の行方を見届けながら心の中で、
――俺たち全員で出した、答えです。
* * *
バックネットの前には、恋恋高校ナインが整列。
甲子園に、恋恋高校の校歌が流れる。
「あの子たちが出した答えは、満足のいく解答だった?」
「フッ......」
いつも通り澄まし顔で、小さく笑みを浮かべる
「試合前俺は、ふたつの道に例えた」
ひとつは、奥に光りが見えるが、足の踏み場が無いほどに棘が張り巡らされた道。
ふたつは、等間隔に灯る
「傷を負うか、恐怖の中を進むか。道は、ふたつ。しかし、アイツらは――」
ナインたちに視線を向ける。
「壊してしまうかも知れないと云う恐怖、リスクを覚悟した上で暗い道に入り、
「じゃあ、試験は――」
「ああ」
校歌が流れる中、
――俺の役目も、終わりの時がやって来たってことさ。
P.S.
※野球規則5.03では、プロは指定の二人までと定められていますが、高校野球等アマチュアには交代制限はありません。
※マサカリ投法の本家・村田さんは、その欠点を逆手に取り、ストレートからフォーク、フォークからストレートへとテイクバック時に握り変え、相手に的を絞らせない工夫をしていたそうです。