7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました。
今回は、聖タチバナの話しが中心で短めになっています。



New game12 ~名は体を~

 三回戦前夜、聖タチバナ学園宿舎の一室。

 サウスポー三本柱のひとり、夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)は、全体ミーティングが終わったあとも恋恋高校の戦力分析を行っていた。片手にタブレット端末、テーブルには束になった資料とノートパソコンが置かれ、地区予選と甲子園の試合動画が同時に映し出されている。

 

「姉さん、何か収穫はありましたか?」

 

 優花(ゆうか)のひとつ下の妹和花(のどか)が、二人分の飲み物を持って部屋に入ってきた。

 

「予選とは、まったく別のチームになっているわ。刹那の判断力と決断力が格段に上がっている。本大会までの短期間で、いったいどんな方法で身につけたのかしら?」

 

 飲み物をテーブルの隅において隣に座った和花(のどか)は、優花(ゆうか)がまとめた資料の一部を手に取った。

 

「やはり、この方の......渡久地(とくち)監督の手腕なのでしょうか?」

「影響は間違いなく受けているでしょうね。相手の不意を突く奇襲、浮き足だったところを決して逃さない勝負眼。初戦の帝王実業で見せた、油断してオーバーリードした蛇島(へびしま)を刺した絶妙な牽制なんて――」

『なんですってー!?』

 

 廊下から響く大声に話しを遮られた優花(ゆうか)は、小さくタメ息をついた。いったん、話しは中断。和花(のどか)は澄まし顔のまま席を立ち、部屋を出ていく。

 廊下では、湯上がりの二人の女子が大きな声で言い争いをしていた。

 ひとりは、二年生でエースナンバーを付ける(たちばな)みずき。もうひとりは、彼女を含めた投手陣をリードする捕手、六道(ろくどう)(ひじり)

 

「プリンの方が、いいにきまってるって!」

「きんつばが至高だ。だいたい、みずきはプリンばかり食べ過ぎだぞ。最近、足が太くなったんじゃないか?」

「な!? あ、あんただって人のこと言えないっしょ! この、きんつばオバケ! お腹周りがたるんできたんじゃないの!」

「なーっ!?」

「お二人とも、騒がしいですよ」

 

 部屋を出た和花(のどか)は、廊下で言い争っている女子二人の元へ向かう。

 

「あっ、和花(のどか)、ちょうどいいところに!」

「うむ。きんつばとプリン、どちらがお風呂上がりの甘味に相応しいか......」

「どちらでも同じです、就寝前の間食は太りますよ。それより、お話があります」

 

 無慈悲かつ的確な一言で不毛な言い争いに終止符を打った和花(のどか)は、二人を部屋に招き入れる。

 

「姉さん、連れてきました。新島(にいじま)先輩は、明日に備えて既にお休みになられたそうです」

「そう、ご苦労さま」

優花(ゆうか)先輩、なんですかー?」

「私たちに、何か用事か?」

「恋恋高校戦についての話しよ。明日の一番手は、私が行くわ」

「ちょっと待ったーっ」

 

 恋恋高校との試合を一番楽しみにしているみずきは、優花(ゆうか)の発案に異議を唱えた。

 

「先発投手は、私と優花(ゆうか)先輩、佐奈(さな)先輩の三人で話し合って決めるって約束でしょっ?」

佐奈(さな)からは、了解を得ているわ」

 

 優花(ゆうか)のスマホには、今ここに居ない三本柱最後のひとり、佐奈(さな)あゆみから一言「了解でぇす」と書かれたメッセージが表示されていた。

 

「むぅ~......理由はっ?」

 

 納得していないみずきに、帝王実業戦で鳴海(なるみ)山口(やまぐち)から満塁ホームランを打ったシーンを見せながら理由を説明する。

 

「わざわざ打ちやすいストレートを捨てて、決め球のフォークボールを打った。結果はアウトだったけど、前の四番が打ったのもフォークボール。この二人は明らかに、山口(やまぐち)の決め球、ストライクからボールになるフォークボールを狙っていた。そして、エースの決め球を打ち砕くことで勝負を決めたのよ」

「帝王実業の守木(まもりぎ)監督は、絶対的エースがホームランを打たれ、点差も大きく広がったことで試合を諦めた。あの一打を受けて、秋以降へ向けたチーム作りへとシフトチェンジしたんですね」

「ええ、その通りよ」

 

 あの時、山口(やまぐち)が満塁ホームランを打たれた時、まさかという想いと戸惑いの中、守木(まもりぎ)の心の片隅には若干ほっとしていた感情が存在していた。山口(やまぐち)に肩が壊れずに済んだこと、決め球であるフォークボールを捉えられたことで降板の理由付けが出来たことに......。

 満塁ホームランを受け、腹をくくることが出来た守木(まもりぎ)は、ベンチ入りメンバー全員を使い、しっかりと下級生たちに経験を積ませた。春にまた、甲子園へ戻ってきて、今度は優勝を目指して戦えるように、と。

 

「ふーん、で。それと、優花(ゆうか)先輩が先発になる理由と何の関係あるんですかー?」

 

 じとーっと疑念の目を向けるみずきのことを気にする素振りなど微塵も見せず、手元の資料を手に取った優花(ゆうか)は、眉をひそめて難しい表情を見せる。

 

「相手は、調べても調べても力量の底が知れない。二回戦なんて酷いものよ、一方的過ぎて何も得るものは無かった。私は、勝つための情報を得るための捨て石になれる。みずき、あなたに出来る? 出来るのなら、先発は任せるわ」

「......わかりましたー、優花(ゆうか)先輩にお願いしますっ」

「最初から素直にそう言えばいいのよ」

 

 テーブルの上に拡げられた資料を片付ける優花(ゆうか)を横目に見て、みずきは(ひじり)に小声で話しかける。

 

優花(ゆうか)先輩って、名前と違って優しくないわよね?」

和花(のどか)も、あまり和かじゃないぞ」

「聞こえているわよ」

「聞こえてます」

 

 優花(ゆうか)和花(のどか)という名前とは正反対に「吹雪姫」と「氷結姫」と呼ばれている夢城(ゆめしろ)姉妹は、冷静な分析能力や判断力だけではなく、耳の方も良かった。

 

 

           * * *

 

 

『さて、本日お届けするゲームは、恋恋高校対聖タチバナ学園! 両校共に、今大会から出場が認められた女子部員が活躍するチーム同士の対戦! この新たな歴史を見届けようと、この対戦を待ち望んだ大勢のファンが朝早くから詰めかけ満員御礼です!』

 

 恋恋高校対聖タチバナ学園の一戦。後攻の恋恋高校のブルペンに入っているのは、帝王実業戦でリリーフ登板した一年生片倉(かたくら)。受けるキャッチャーは、鳴海(なるみ)。今日は打順をひとつ下げて、六番に入っている。

 

「あっれー? 先発一年の男子じゃん。早川(はやかわ)さんでも、十六夜(いざよい)さんでもないじゃん」

「油断しない。あの投手は、育成に切り替えたとはいえ、名門・帝王実業を相手に三回一失点に抑えた実績を残しているわ」

「データでは、回を追うごとに尻上がりに調子を上げていくタイプですね。ストレートの最速は140キロ、通常のカーブに加えて、縦のカーブを持ち球に勝負する右の本格派です。いかに早い回で得点を積み重ねられるかが、勝敗を別けることになるでしょう」

「オーダーも変えてきているぞ。セカンドがピッチャーと同じ一年生の、控えの女子が入っている」

「ベンチでの振る舞いを見る限り、レギュラーの欠場は、故障の類いではなさそうね。おそらく、勝てば連戦になる準々決勝へ向けての休養といったところかしら」

「なにそれ、私たちことは、最初から眼中に無いってことっ? ムカつく~!」

「いちいち目くじらを立てない。後悔させてあげればいいだけのことよ。さあ、行くわよ」

 

 両校の選手たちは、バックネット前に整列し、挨拶を交わす。

 先発投手片倉(かたくら)の投球練習が終わり、聖タチバナ学園の一番バッターがバッターボックスに入って、球審のコール。

 

「プレイボール!」

 

 ベスト8を賭けた戦いが今、始まりを告げた――。




※シナリオの都合上。
優花(ゆうか)新島(にいじま)佐奈(さな)は三年。
みずき、(ひじり)和花(のどか)は二年になります。

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