ディレイド気味のスチールを決められてしまった
「(やられた。まさか、あのタイミングのスタートでセカンドを奪われるだなんて......)」
だがそれは、ほんの僅かな時間。大きく深呼吸をし、瞬時に気持ちを切り替えた。セットポジションに着き、改めて、八番バッター
『ストライク! アウトコースいっぱいにストレートが決まりました! カウントを平行へ戻しました』
「切り替えの速さは、なかなか目を見張るものがある。伊達に戦略家を気取っている訳ではないらしいな」
「相手を褒めるのは結構だけど。みんなは、“次の一手”のことが気になるみたいよ」
試合そっちのけで
「そんなたいそうなことじゃねーよ。タイム。
「はい!」
内容を伝え、
『おっと、恋恋高校、
バッターボックスを離れた
「(このタイミングで、攻撃の伝令。いったい、何を仕掛けてくるつもりなのかしら......?)」
「
「――え、ええ」
可能性がありそうな戦術を思い浮かべながら、肩が冷えないように軽くキャッチャーボール。指示を受けた
「プレイ!」
球審のコール。試合再開。
試合再開直後の初球は、エンドランを警戒して、大きく外角へウェスト。
「(......僅かな反応すらない。エンドランは無さそう......決めつけは厳禁。カウント、球種のどちらかで仕掛けてくる可能性もあるわ。だけど、一番ダメなことは、警戒し過ぎて自滅してしまうこと。ツーアウト、バッター勝負に集中――)」
四球目、アウトコースのスライダーで見逃しのストライク、カウントを戻した。
「これで、ツーエンドツー、速球系でカウントを整えた。スクリューで決めに来る確率が高まったわね」
「間違いなく投げるさ。ここで信用して投げられないようなボールなら、この試合は難なく片が付く。後続も、滅多打ちだ」
一度のサイン交換で頷いたマウンド上の
「――ストライク! バッターアウト、チェンジ!」
『見逃し三振! 最後は、スクリューボール!
一打先制のピンチを脱した
「それで、どうだった?」
「あ、はい。
「スクリューは、“ボール球”でした」
「フッ、やはりな」
「だが、球審のジャッジは、ストライク。ここから見ていても、逆球は一球たりとも無い。コントロールが良いと、バッチリ印象付けている。つまり、キャッチャーの高い捕球技術と制球力の合わせ技だな」
「それじゃあ追い込まれたら見逃せないし、打ちにいけばボール球を打たされるってことじゃない」
「まあ、そうなるな」
遅いという致命的な弱点を補い、余るほどの長所に替えた投球術。
元々打たせて取る軟投タイプの三投手、当然、内外野共に守備は堅い。現に二回戦も、少ないチャンスをものにし、僅差で勝利を収めた。地方大会も同じ戦術で勝ち上がってきたチーム。
「とりあえず守ってこい。攻撃の話しは、その後だ」
――はい! と元気よく返事をして、グラウンドへ駆けてナインたちを見送った
「スクリューが狙いって言っていたけど。ボール球なら、他の球種を狙った方がいいんじゃないの?」
「
「......少々面倒な相手、その言葉通りの相手ね」
「攻略法はある。あるにはあるが――」
それは――
* * *
この回先頭バッターの八番をフォアボールで塁に出し、ラストバッターの
そして、二番バッター
『
詰まった打球は、まるでプッシュバントのように内野で一番処理の難しい投手、一塁手、二塁手のちょうどド真ん中、トライアングルのエリアへ打球が転がった。
「セカンド! ファーストは無理、バックホーム!」
ピッチャー
「(しっかり軸足に体重を乗せて、脇を締めて......!)」
「ストップ! ストップッ!」
サードベースを蹴ったセカンドランナーは、サードコーチャーの指示で急ブレーキ、サードベースへ引き返す。ノーバウンドのストライク送球がホームへ返って来た。記録は、内野安打。ツーアウトながら三塁一塁。
「あれ? あのセカンドって、肩があんまり良くなかったんじゃないんですか? 結構、良い送球でしたよ?」
「少なくとも、地区予選の頃はそうだったわ。あれから、多少改善されたみたいね」
しかし、今のプレー以上に気がかりに感じていることが、彼女にはあった。
「(攻撃の伝令......結局、何も仕掛けて来なかった。“待て”のサインだったのなら、わざわざ伝令を消費してまでするような
グラブを持った
「キャッチボール、お願い」
「分かった」
「みずき。あなたも、準備しておきなさい」
「えっ? でも、まだ一イニングありますよ?」
「今日は、継投を繰り上げることも想定しておかなければならない相手よ。
「......分かりましたー」
ベンチを出たところで、
「お待たせしましたぁ~」
「遅ーい! いったい今まで、何やってたんですかっ?」
「メイク中に気になったので、ヘアスタイルのセットをしてました~」
「それ、今やることですか?」
「乙女の常識でぇす」
言っても無駄と頭では分かっているため口にしないが、「どうせ、帽子を被るんだから意味ないじゃない」と、正論を思いつつ、ネクストバッターの
『ツーアウトながらも三塁一塁。そして迎えるバッターは、先ほどレフト前へヒットを放っている
「よろしくお願い致します」
丁寧に頭を下げて左打席に入った
「(この回は、初回二回と違うセオリー通りの戦術。今度こそ、揺さぶりは止めたのかな? けど、ツーアウトで三塁一塁だし。何かと仕掛けやすいアウトカウントなのは間違いない。とにかく、先手先手で行くよ。カウントが有利になれば、相手の策を絞り込める)」
サインに頷いた
初球は、アウトコースのストレートから入った。
『見逃して、ストライク!』
続く二球目は、初回にヒットを打たれた横カーブとは別種の、より縦に変化するインコースのカーブ。やや甘く入ったが、大きな落差が功を奏し、空振りを奪った。
「(ツーナッシング。仕掛けてくるなら、ここだ。一球、様子を見よう)」
サインを出し、アウトコースのボールゾーンにミットを構えた。
「(――外角。際どい、ここはカットですね)」
バットの先端で軽く合わせ、三塁側へのファウル。四球目、一球前よりやや外寄りのコースのストレートを同じようにカットして、ファウルを打った。
「(明らかに、前に飛ばすつもりのないスイング。四球狙い......なら今のは、見逃がすハズ。となると、狙いは内角? 引っ張って三塁一塁を保ったまま、四番へ回すことが狙い。四番に回すのは悪手、このバッターで流れを切ることがベスト!)」
そして、勝負は五球目。
「(――内角のカーブ、来ましたね。狙い通りです)」
足をオープンに開いて、持ち手の間隔を広げバットを立てた。
「――なっ!?」
『なんと! ここで、セーフティスリーバントだーッ!』
「(
空振りしたカーブよりも横へ変化するカーブを、狙い通り一塁線へ転がした。一塁ランナーが居たため、ファースト
「ウォッチ! 間に合わない!」
『一塁線のライン上にピタリと止まりました! 先制点は、聖タチバナ学園学園!
本来得意とする奇襲攻撃で先制点を奪われ、なお、ランナー二塁一塁とピンチを背負ったまま追う展開。
「よし!」
狙い通り作戦が決まったことに、ブルペンの
「先制点を取ったぞ!」
「ええ、これで少しだけ立ち回りに余裕が出来るわ。さあ、本格的に肩を作るわよ」
「私は次ぎ、ネクストバッターなのだが?」
「追加点は無理よ。仕込んだ策はここまで、良くて外野フライといったところね」
『ライトフライ、上手く掬い上げましたが、ここは一歩打球に伸びが足りませんでした。しかし、ツーアウトから
ベンチへ戻ってきた
「すみません、セーフティも警戒しておくべきでした......」
「済んじまったモノは、悔やんだところで戻らねーよ。さて、あの投手の攻略法だが――」
――ストライクからボールになるスクリューを思い切り振り抜け。