7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました。


Final game2 ~光明~

 甲子園に、四度目の校歌が流れているのをベンチの外へ出て聞きながら理香(りか)は、大きく息を吐いた。

 

「ふぅ、紙一重の戦いだったわね。今日の木場(きば)くんは、練習試合の時と違って、球速も球威も最後まで落ちなかったわ」

「ロースコアの展開は、予定通り。まあ、想定よりも粘られたのは事実だけどな」

 

 球速や球威にムラのあった「爆速ストレート」の弱点を克服した「爆裂ストレート」を会得した絶対的エース木場(きば)を擁する覇堂高校との一戦を、劇的なサヨナラゲームで勝利を収めた恋恋高校は準決勝へと駒を進めた。

 

「相当走り込んできたんだろうよ、アレは。ただ、序盤から真っ直ぐに頼りすぎた。もっと点を奪えると見越してのリードだったんだろうが、結果的に、超軟投派投手三枚と戦った恋恋(ウチ)にとって、典型的な速球派の木場(きば)のピッチングは、狂った感覚を取り戻すためのちょうど良い調整(リハビリ)になった」

 

 ストレートにタイミングが合っていないと見ると、先発の瑠菜(るな)とは練習試合で対戦していることもあり、キャッチャー水鳥(みずとり)は序盤から、木場(きば)の爆裂ストレートで強気に攻めた。しかし、先発投手の瑠菜(るな)を思うように攻略することは出来ず、試合は投手戦。最終回、疲れの見え始めた木場(きば)を攻略してのサヨナラ勝ち。

 

木場(きば)も成長していたが、当然瑠菜(るな)も成長している。最速はあまり変わらないが、練習試合の頃と比較すると約8キロ、最大15キロ近くストレートの緩急の幅が広がっていた。一度対戦していることもあって、序盤から積極的に早打ちで来てくれたおかげで節約も出来た」

 

 ロングリリーフに据える予定だった、片倉(かたくら)のアクシデント。しかし、想定外に球数を抑えられたことで僅かながら光明が差す最高の結果で、試合を終えることが出来た。

 

「次の相手は、この後の試合の勝者。本命は去年の夏の覇者、壬生高校。ただ......」

 

 バックスクリーンに表示されている学校名を見つめる、理香(りか)

 

「壬生高校の対戦相手の御陵高校は、今大会ナンバーワンスラッガーと評されていた清本(きよもと)くんを筆頭に超強力打線の西強大学附属高校を完封して八強まで勝ち上がった。それに何やら、ただならぬ因縁があるとの噂よ」

「興味ねーよ。他人の私情(いざこざ)なんてどうでも良い。勝者は、どちらか一方。勝ち上がってきた方を叩くまでのこと」

「それもそうね。さあ、校歌が終わったわよ。応援団に挨拶を......って、また居ないじゃないっ」

 

 理香(りか)が振り返った時には既に、東亜(トーア)は、ベンチ裏へと姿を消していた。と言う訳で試合後の取材は、部長の理香(りか)が代理で受けることが恒例行事。彼女も、記者たちも慣れたもの。活躍した選手たちと一緒に、違和感なく受け答えをする。

 その頃他のナインたちは、帰り支度を済ませてロッカールームを退室し、バスが待つ停車場へ向かって通路を歩いていた。

 

「あれ? 藤堂(とうどう)くんだ」

「え? ああ......」

 

 藤堂(とうどう)に声をかけたのは、廊下の向こう側から歩いて来た集団の中のひとり、かつてのチームメイト、沖田(おきた)。久しぶりの再会に、とても人なつっこい笑顔を向ける。

 

「あはは、久しぶりだね~」

「そうだね。卒業式以来だから半年ぶりくらいかな?」

「もう、そんなに経つんだね」

 

 しみじみ言う沖田(おきた)に、壬生の主将近藤(こんどう)が、やんわりと促す。

 

沖田(おきた)。旧友との再会を懐かしむのもいいが、急げよ」

「あ、はーい。すぐに追いますんで、どうぞお先に」

「やれやれ。お疲れのところ申し訳ないです」

 

 近藤(こんどう)は一番近くに居たはるかに向かって、礼儀正しく丁寧に頭を下げた。

 

「いえいえ~、ご健闘をお祈りしています」

「ありがとうございます。藤堂(とうどう)、またの機会にゆっくりと話そう」

「はい」

「うむ。では、失礼します」

 

 もう一度頭を下げ、早足で集団の列の中へと戻っていく。

 

「相変わらず硬いでしょ」

「そう見たいだね。今日、投げるの?」

「ううん、投げないよ。それにほら僕、八番だし」

 

 くるりと背を向け、背番号を見せて笑った。

 

「けど、驚いたな~。進学校へ進むって聞いて、それだけでも驚いたのに。まさか、あかつきを倒して、ここまで来ちゃうなんて思いもしなかったよ」

「コーチが......新しく就任した監督が、思いがけない人だったから」

「あの、渡久地(とくち)選手だもんね。本当に驚いたよ。どんな指導か聞きたいけど、もう行かないと。近藤(こんどう)さんだけじゃなくて、あの人に怒られちゃうし」

「ああ~......恐いもんね」

「相変わらずね、いや、磨きが掛かったかも。ああ、そうだ」

 

 チームへ合流するため背を向けた沖田(おきた)だったが、思い出したように振り向いた。

 

藤堂(とうどう)くんも、ちょっと変わったよね」

「そうかな?」

「うーん、何となくだけど向こう見ずって言うか、もっと積極的なスタイルだったから。ほら、先陣を切って駆ける切り込み隊長! みたいな。でもまあ、チーム内での役割とかもあるもんね。さてと、本当に行かないと。じゃあ明後日、甲子園(ここ)で会おう。お姉さんも、引き止めちゃってすみません!」

 

 一礼した沖田(おきた)は、爽やかな笑顔を見せながら去って行った。

 

「笑顔が素敵な、賑やかなお方ですね」

七瀬(ななせ)先輩。すみません、時間を取らせてしまいまして」

「いいえ、さあ行きましょう」

「あら。どうしたの?」

 

 取材を終えた理香(りか)瑠菜(るな)たちが、二人と合流。事情を話しながら、停車場へと向かう。

 

「じゃあ、さっき通路ですれ違った選手が、沖田(おきた)くんだったのね」

 

「はい、そうです」と、理香(りか)の質問に藤堂(とうどう)は頷いて答えた。

 

「だけど、明後日会おうだなんて、凄い自信だね。準々決勝は、眼中に無いってことなのかな?」

「そんなことはないとは思いますけど。だけど普段から、プレッシャーとは無縁な性格なので」

「あ。そう言えば、お話ししている間も、ずっと笑顔を絶やさない方でしたよ」

「そう。無邪気......それとも、恐いもの知らずなのかしら?」

「さあ、話しの続きはバスの中でなさい」

 

 バスが待つ、停車場に到着。ナインたちは既に乗車済み。東亜(トーア)は居ない。「先に戻っていていい」と、理香(りか)にメッセージが届いていた。窓から、あおいと芽衣香(めいか)が顔を覗かせる。

 

「あ、来たよ」

「遅ーい。早くしないと、試合始まっちゃうわよ。見る前に、お風呂で汗を流したいんだからっ」

「ごめんごめん。急ごう」

「みんな、忘れ物は無いわね? お願いします」

「では、出発します」

 

 出待ちのファンの黄色い声が飛び交う中鳴海(なるみ)たちが乗り込むと、バスは宿舎へ向かって走り出した。

 

 

           * * *

 

 

 臨時の選手会会議を行っていた、ホテルの一室。

 他球団の代表選手を見送って戻って来た児島(こじま)出口(いでぐち)は、テーブルを挟んで対角上に置かれた椅子に深く腰を降ろした。

 

「どうにか、賛同を得られましたね」

「ああ。しかし、ここからが本当の勝負だ。何としても、新規参入企業を見つけ出さねば......」

 

 財界に太いパイプを持つ田辺(たなべ)を黙らせることが出来る程の大企業は、日本に数えられるほどしか存在しない。加えて、根強い人気を誇る球団が存在する関西では、リカオンズと同じ様な市民球団としての再出発は望めない。そもそも、“サイン盗み”という悪質な行為のため印象は最悪、困難を極めることは必至。

 

「単なる経営破綻なら、まだ楽だったんだが」

「......ですね。そう言えば、渡久地(とくち)は何て?」

「ん? ああ、『あっそ。まあ、せいぜい足掻いてみろよ』と、渡久地(とくち)らしい返事だったさ」

「あのヤロウ、人事だと想いやがって......」

「素直に激励される方が不気味だろう。テレビ、付けていいか?」

「ええ、どうぞ」

 

 断りを入れた児島(こじま)は、テレビの電源を入れる。

 甲子園大会の試合が映し出され、試合は既に始まっていた。

 

『準々決勝第四試合、この試合の勝者がベスト4最後の切符を手にすることとなります。壬生高校対御陵高校の一戦は、一回表が終了し、先攻の御陵高校が幸先よく二点を先制。いきなり追いかける形になった壬生高校初回の攻撃、早い回で一点を返したいところでしょう! 守る御陵高校のマウンドに立つのは、エースの三木(みき)! 最速150キロのストレートを主体に、スライダー、カーブ、フォーク、シュート、チェンジアップと多彩な変化球を操る、プロ注目のピッチャーです!』

 

 三木(みき)は、その多彩な変化球を武器に的を絞らせず、一番二番を連続で打ち取った。そして、三番沖田(おきた)を迎える。

 

「お願いしまーす」

「うむ、プレイ!」

 

 左打席に立った沖田(おきた)に、キャッチャー篠原(しのはら)が声をかけた。

 

「監督が嘆いていたぞ? お前と藤堂(とうどう)は、自分について来てくれると思ってたってさ」

「あはは、すみませーん。でも藤堂(とうどう)くんは、判るんですよ。地元だし、進学校だし、将来のこととか考えると東京の進学校を選んだのも納得出来るんですよね」

「あん? 何の話しだよ?」

「何って、御陵(おたく)の指導者の話に決まってるじゃないですか」

 

 ――話し振ってきたのは、そっちでしょ? と、小首をかしげる。

 

「指導方針の違いで袂を分かったとか、ぶっちゃけ理由なんてどうでもいいですけどね。僕には、関係ないことだし。ただ、許せないんですよ。横やり入れて、戦力を引き抜こうっていう不義理な裏切り行為みたいなやり方は――」

 

 御陵高校の現監督は元々、壬生でヘッドコーチを務めていた人物。しかし、異常なまでに規律を重んじる育成方針に疑念を抱き、自身の理想を形にすべくコーチの職を辞し、数名の部員を引き連れて現在の御陵高校へと異動。東亜(トーア)と同じく、四ヶ月で結果を残したのだが。実態は、数年前から有望な選手たちを「選手資格規定」に引っかからないような引き抜きや独自にスカウトも行っていた。

 

「ああー、そう言えばあなたも、その口でしたよね......?」

「――ッ!?」

 

 打席で構える沖田(おきた)の背中から殺意に似た、ただならぬ雰囲気を感じ取った篠原(しのはら)は、慎重にボール球から入った。立ち上がって、大きく息を吐き、心を落ち着かせ、改めて配球を組み立てる。

 

『ストレート、変化球、左右高低を巧みに使い分けて追い込みました! しかし沖田(おきた)は、まだ一度も振っていません。御陵バッテリー、どう攻めるか?』

 

 振るどころか、まったく反応すらしない、不気味なほどに。

 

「(みんな、下がれ......!)」

 

 無意識に内外野を下がらせ、カウント・ツーエンドツーから胸元へストレートを外した。

 

「これで、フルカウント。出口(いでぐち)、どうする?」

「どうするって言われても、四球覚悟でストライクからボールになる変化球しかないですよ。て言うか、ストライクなんて死んでも要求できない......ヤバすぎですよ、コイツ」

 

 画面越しにでもひしひしと伝わる、とてつもない威圧感。それは、一番間近で見ているキャッチャーが肌で感じていた。焦がすような日差しが照らす中、まるで凍りつきそうな異質な空気を醸し出している。

 

「画面越しなのにまるで、高見(たかみ)とか、天海(あまみ)を相手にしてるみたいな圧迫感を感じます......」

「......確かに、な。やや小柄な体格だが、入学半年足らずの一年生とは思えない風格がある。このピッチャーの持ち球だと、フォークかチェンジアップといったところか」

「チェンジアップです。フォークは、抜ける恐れがある。ここはもう、アウトローのチェンジアップしかありません......!」

 

 出口(いでぐち)の読みは、的中した。バッテリーは、プロの出口(キャッチャー)と同じ配球、外角低めのチェンジアップを決め球に選んだ。

 

「(よし、完全にタイミングを外した! 三振、良くても内野ゴロだ――)」

 

 緩い変化球に泳がされたように思えた沖田(おきた)だったが、バットを振りながら腰を反転させ、瞬時にタイミングのズレを修正。若干沈むチェンジアップをボールゾーンで捉えた打球は、ライナー性の当たりでセカンド方向へ飛んだ。タイミングを計ってジャンプ一番、痛烈な打球に飛びついた。

 

『おおっと! 上手く捉えましたが、これはセカンド服部(はっとり)の守備範囲内! 御陵高校、今大会と屈指の重量打線と評される壬生打線を初回三者凡退に打ち取りました。スリーアウトチェンジです!』

 

 予想外の打球だったはいえ、結果的に打ち取ったキャッチャーは安堵の表情で、大きく息を吐き出した。一方、打ち取られた沖田(おきた)は、というと――。

 

「あーあ、やっちゃった。余計なことしなければ一点で済んだかもしれないのに」

 

 やや同情するような視線をセカンドへ向けつつ、ファウルゾーンへ放り投げたバットを拾って、ベンチへ戻って行く。

 

『おや、これは......ビッグプレーを見せた服部(はっとり)ですが、膝を付いて立ち上がれません! 左肩を抱え込むようにして苦悶の表情を浮かべています。何か、アクシデントが起こったのか!?』

 

 異変に気づいたチームメイトたちは、急いで服部(はっとり)の元へ駆け寄り、慎重に二人がかりで両脇を支える用意して、ゆっくりとベンチへ連れて戻る。ベンチに座らせると、監督の伊藤(いとう)がすぐに状況を確かめに来た。

 

「診せてください!」

「つっ......」

「これは――」

 

 肩の具合を診て、伊藤(いとう)は言葉を失った。

 

「監督、どうなんですか!?」

「......左肩を脱臼しています。試合中の復帰は、まず望めません」

「そんな......」

「マネージャー、彼を医務室へ。付き添ってあげてください」

「は、はい! 私に掴まってっ!」

 

 マネージャーの手を借りて、医務室が完備されているダグアウトへと入っていく。

 

「(打球を弾いて衝撃を逃がしていれば、彼の身体能力の高さが仇に......いえ、沖田(おきた)くんが放った強烈な打球がさせてくれなかった。逃がす前に、肩を持っていかれてしまった。この短期間の間に元々驚異的だった瞬発力に加えて、爆発力を兼ね備えてしまうとは。なんと、末恐ろしい......)」

 

 守備の要であり、攻撃でも中軸を担う服部(はっとり)が、試合開始早々に戦線離脱。このアクシデントの影響は、多大なるモノだった。戦力ダウン以上に、精神的ダメージが大きい。狙い通りタイミングを外し、ボール球を打たせた上でなお、負ってしまった故障。そしてそれが、内野でも比較的浅いポジションのピッチャー、ファースト、サードではなく。内野で一番深く守っていた二塁手に起きたという衝撃の事実。脳裏に恐怖を焼き付けるには、充分すぎる一撃だった。

 

『四番近藤(こんどう)のホームラン! 快音を響かせ、レフトスタンド中段まで持って行きましたーッ! これで二桁十点目! しかし、これで攻撃の手は緩めることはありません! 壬生の狼は、獲物を仕留めるまで容赦なく襲いかかります!』

 

 エース、次期エース、大会を通じて防御率ゼロ点のクローザーをも打ち砕き、更に点差を広げ、終わってみれば......。

 

「18対2、圧勝でしたね」

「失点も初回の奇襲だけか。しかし、試合開始早々チームの要を一枚を失ったとはいえ、これ程までの実力差を見せるとは......」

「ドラフトで、何人かかるんすかね?」

「スタメンの三年全員が指名されてもおかしくないだろう。ウチのスカウトも注目している。しかし、これ程完成度の高いチームが存在するとは――」

「ここまで、ですかね......?」

「どうだろうな。ただ、渡久地(とくち)は、絶望的な状況下においても最終的に勝利で終わらせてきた。今回も、きっとやってのけてくれると、俺は信じている......」

 

 テレビを消した児島(こじま)は、席を立った。

 

「俺は、俺たちは、己が為さねば成らぬ事をだけを考えるんだ......!」

「――はい!」

 

 児島(こじま)出口(いでぐち)は、決意を新たにホテルを後にした。

 彼らがホテルを出た頃、甲子園球場近くの喫煙所で一服していた東亜(トーア)の前を、御陵高校一行が重い足取りで歩いていた。列の最後尾を歩く監督の伊藤(いとう)が、東亜(トーア)の存在に気づいた。

 

「失礼します、渡久地(とくち)監督。あなたの作ったチームと戦いたかったですが、残念ながら叶いませんでした」

「フッ、そうかい」

「ですが、彼らは、私の期待通りの働きをしてくれました。あなたなら、きっと――いえ、何を言っても負け惜しみですね。最後に一言だけ、ご健闘をお祈りしています」

 

 ――それでは、失礼します。と言って踵を返し戻っていく。

 火のついた煙草を灰皿に押し付けた東亜(トーア)はただ黙ったまま、遠ざかっていく伊藤(いとう)の背中を見えなくなるまで見つめていた。

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