甲子園に、四度目の校歌が流れているのをベンチの外へ出て聞きながら
「ふぅ、紙一重の戦いだったわね。今日の
「ロースコアの展開は、予定通り。まあ、想定よりも粘られたのは事実だけどな」
球速や球威にムラのあった「爆速ストレート」の弱点を克服した「爆裂ストレート」を会得した絶対的エース
「相当走り込んできたんだろうよ、アレは。ただ、序盤から真っ直ぐに頼りすぎた。もっと点を奪えると見越してのリードだったんだろうが、結果的に、超軟投派投手三枚と戦った
ストレートにタイミングが合っていないと見ると、先発の
「
ロングリリーフに据える予定だった、
「次の相手は、この後の試合の勝者。本命は去年の夏の覇者、壬生高校。ただ......」
バックスクリーンに表示されている学校名を見つめる、
「壬生高校の対戦相手の御陵高校は、今大会ナンバーワンスラッガーと評されていた
「興味ねーよ。他人の
「それもそうね。さあ、校歌が終わったわよ。応援団に挨拶を......って、また居ないじゃないっ」
その頃他のナインたちは、帰り支度を済ませてロッカールームを退室し、バスが待つ停車場へ向かって通路を歩いていた。
「あれ?
「え? ああ......」
「あはは、久しぶりだね~」
「そうだね。卒業式以来だから半年ぶりくらいかな?」
「もう、そんなに経つんだね」
しみじみ言う
「
「あ、はーい。すぐに追いますんで、どうぞお先に」
「やれやれ。お疲れのところ申し訳ないです」
「いえいえ~、ご健闘をお祈りしています」
「ありがとうございます。
「はい」
「うむ。では、失礼します」
もう一度頭を下げ、早足で集団の列の中へと戻っていく。
「相変わらず硬いでしょ」
「そう見たいだね。今日、投げるの?」
「ううん、投げないよ。それにほら僕、八番だし」
くるりと背を向け、背番号を見せて笑った。
「けど、驚いたな~。進学校へ進むって聞いて、それだけでも驚いたのに。まさか、あかつきを倒して、ここまで来ちゃうなんて思いもしなかったよ」
「コーチが......新しく就任した監督が、思いがけない人だったから」
「あの、
「ああ~......恐いもんね」
「相変わらずね、いや、磨きが掛かったかも。ああ、そうだ」
チームへ合流するため背を向けた
「
「そうかな?」
「うーん、何となくだけど向こう見ずって言うか、もっと積極的なスタイルだったから。ほら、先陣を切って駆ける切り込み隊長! みたいな。でもまあ、チーム内での役割とかもあるもんね。さてと、本当に行かないと。じゃあ明後日、
一礼した
「笑顔が素敵な、賑やかなお方ですね」
「
「いいえ、さあ行きましょう」
「あら。どうしたの?」
取材を終えた
「じゃあ、さっき通路ですれ違った選手が、
「はい、そうです」と、
「だけど、明後日会おうだなんて、凄い自信だね。準々決勝は、眼中に無いってことなのかな?」
「そんなことはないとは思いますけど。だけど普段から、プレッシャーとは無縁な性格なので」
「あ。そう言えば、お話ししている間も、ずっと笑顔を絶やさない方でしたよ」
「そう。無邪気......それとも、恐いもの知らずなのかしら?」
「さあ、話しの続きはバスの中でなさい」
バスが待つ、停車場に到着。ナインたちは既に乗車済み。
「あ、来たよ」
「遅ーい。早くしないと、試合始まっちゃうわよ。見る前に、お風呂で汗を流したいんだからっ」
「ごめんごめん。急ごう」
「みんな、忘れ物は無いわね? お願いします」
「では、出発します」
出待ちのファンの黄色い声が飛び交う中
* * *
臨時の選手会会議を行っていた、ホテルの一室。
他球団の代表選手を見送って戻って来た
「どうにか、賛同を得られましたね」
「ああ。しかし、ここからが本当の勝負だ。何としても、新規参入企業を見つけ出さねば......」
財界に太いパイプを持つ
「単なる経営破綻なら、まだ楽だったんだが」
「......ですね。そう言えば、
「ん? ああ、『あっそ。まあ、せいぜい足掻いてみろよ』と、
「あのヤロウ、人事だと想いやがって......」
「素直に激励される方が不気味だろう。テレビ、付けていいか?」
「ええ、どうぞ」
断りを入れた
甲子園大会の試合が映し出され、試合は既に始まっていた。
『準々決勝第四試合、この試合の勝者がベスト4最後の切符を手にすることとなります。壬生高校対御陵高校の一戦は、一回表が終了し、先攻の御陵高校が幸先よく二点を先制。いきなり追いかける形になった壬生高校初回の攻撃、早い回で一点を返したいところでしょう! 守る御陵高校のマウンドに立つのは、エースの
「お願いしまーす」
「うむ、プレイ!」
左打席に立った
「監督が嘆いていたぞ? お前と
「あはは、すみませーん。でも
「あん? 何の話しだよ?」
「何って、
――話し振ってきたのは、そっちでしょ? と、小首をかしげる。
「指導方針の違いで袂を分かったとか、ぶっちゃけ理由なんてどうでもいいですけどね。僕には、関係ないことだし。ただ、許せないんですよ。横やり入れて、戦力を引き抜こうっていう不義理な裏切り行為みたいなやり方は――」
御陵高校の現監督は元々、壬生でヘッドコーチを務めていた人物。しかし、異常なまでに規律を重んじる育成方針に疑念を抱き、自身の理想を形にすべくコーチの職を辞し、数名の部員を引き連れて現在の御陵高校へと異動。
「ああー、そう言えばあなたも、その口でしたよね......?」
「――ッ!?」
打席で構える
『ストレート、変化球、左右高低を巧みに使い分けて追い込みました! しかし
振るどころか、まったく反応すらしない、不気味なほどに。
「(みんな、下がれ......!)」
無意識に内外野を下がらせ、カウント・ツーエンドツーから胸元へストレートを外した。
「これで、フルカウント。
「どうするって言われても、四球覚悟でストライクからボールになる変化球しかないですよ。て言うか、ストライクなんて死んでも要求できない......ヤバすぎですよ、コイツ」
画面越しにでもひしひしと伝わる、とてつもない威圧感。それは、一番間近で見ているキャッチャーが肌で感じていた。焦がすような日差しが照らす中、まるで凍りつきそうな異質な空気を醸し出している。
「画面越しなのにまるで、
「......確かに、な。やや小柄な体格だが、入学半年足らずの一年生とは思えない風格がある。このピッチャーの持ち球だと、フォークかチェンジアップといったところか」
「チェンジアップです。フォークは、抜ける恐れがある。ここはもう、アウトローのチェンジアップしかありません......!」
「(よし、完全にタイミングを外した! 三振、良くても内野ゴロだ――)」
緩い変化球に泳がされたように思えた
『おおっと! 上手く捉えましたが、これはセカンド
予想外の打球だったはいえ、結果的に打ち取ったキャッチャーは安堵の表情で、大きく息を吐き出した。一方、打ち取られた
「あーあ、やっちゃった。余計なことしなければ一点で済んだかもしれないのに」
やや同情するような視線をセカンドへ向けつつ、ファウルゾーンへ放り投げたバットを拾って、ベンチへ戻って行く。
『おや、これは......ビッグプレーを見せた
異変に気づいたチームメイトたちは、急いで
「診せてください!」
「つっ......」
「これは――」
肩の具合を診て、
「監督、どうなんですか!?」
「......左肩を脱臼しています。試合中の復帰は、まず望めません」
「そんな......」
「マネージャー、彼を医務室へ。付き添ってあげてください」
「は、はい! 私に掴まってっ!」
マネージャーの手を借りて、医務室が完備されているダグアウトへと入っていく。
「(打球を弾いて衝撃を逃がしていれば、彼の身体能力の高さが仇に......いえ、
守備の要であり、攻撃でも中軸を担う
『四番
エース、次期エース、大会を通じて防御率ゼロ点のクローザーをも打ち砕き、更に点差を広げ、終わってみれば......。
「18対2、圧勝でしたね」
「失点も初回の奇襲だけか。しかし、試合開始早々チームの要を一枚を失ったとはいえ、これ程までの実力差を見せるとは......」
「ドラフトで、何人かかるんすかね?」
「スタメンの三年全員が指名されてもおかしくないだろう。ウチのスカウトも注目している。しかし、これ程完成度の高いチームが存在するとは――」
「ここまで、ですかね......?」
「どうだろうな。ただ、
テレビを消した
「俺は、俺たちは、己が為さねば成らぬ事をだけを考えるんだ......!」
「――はい!」
彼らがホテルを出た頃、甲子園球場近くの喫煙所で一服していた
「失礼します、
「フッ、そうかい」
「ですが、彼らは、私の期待通りの働きをしてくれました。あなたなら、きっと――いえ、何を言っても負け惜しみですね。最後に一言だけ、ご健闘をお祈りしています」
――それでは、失礼します。と言って踵を返し戻っていく。
火のついた煙草を灰皿に押し付けた