幸せって、何かしら?


それは、それはまどかが、生きてくれた世界……

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※pixivにも投稿しています。
※彼女が誰なのかと言えば、暁美ほむら本人なのか、暁美ほむらのミームを継承した誰かなのか、暁美ほむらの形をした魔女の類なのか、記憶の一部を消した暁美ほむら本人なのか、暁美ほむらの模倣者なのか、はたまた事情を知っていて暁美ほむらに似ているだけの誰かなのか、使い魔だったりするだとか、自身の魔女としての形を暁美ほむらに書き換えた誰かなのか、等々、どれでも構いません。


 つまり



「私は、私にだけ見える世界をみんなに見せるための機械だ」
-ジガ・ヴェルトフ-


そこに暁美ほむらが居ないと、誰が言ったのか

 

 

 

 

 

 まどかが存在する。ただそれだけの事だけど、私は深い感動を覚えた。

 私が私である以上、それは全く避けられない気持ちだった。もちろん、この気持ちから逃げるつもりだって微塵もない。

 

 ここに私が居るのは、まどかを助ける為だ。

 この世界のまどかには助けが必要だろう。だから私が現れたのだ。私が誰なのかなんて些細な事で、まどかさえ本物なら全く問題はない。

 だから、まどかが居てくれるだけで私は十分に満たされている。

 

「こんにちは」

 

 先んじて挨拶をし、一歩近づいた。

 この世界にも暁美ほむらが居るのだろうか、まどかは驚きを隠さず、ただ呆然としている様子だった。

 まどかの指先を真っ先に確認し、大いに安堵する。絆創膏が一枚貼られている以外は、綺麗でかわいらしい指だった。

 

「ほむらちゃん……?」

 

 愛おしい声に、自然と表情が柔らかくなった。

 突然目の前に現れた私を怖がるでもなく、まどかは目を丸くして、じっと私を見つめている。

 もう一歩、近づいてみる。

 まどかは少しずつ私に近寄り、あと数歩という所で一気に駆けだしてきた。

 

「ほむらちゃん!」

 

 飛び込んできたまどかは思い切り私へとぶつかり、抱きついてくる。

 崩れかけた姿勢を立て直し、まどかが怪我をしない様に受け止めると、まどかは両手で私を拘束した。

 ぎゅうぅっ。

 そんな音が聞こえてくるほど、まどかの腕には力が入っていた。

 

「あ、あっ、えっ、あの」

「凄く心配したんだよ? 一体どこに行ってたの?」

 

 顔を上げたまどかの目には、涙が浮かんでいる。

 もう一度私の胸元に顔をうずめると、まどかは震えた。

 

「でも良かった……ほむらちゃんにまた会えた……」

 

 その、感極まった声と腕へ秘められた感情の強さに、思わず抱きしめ返しそうになった。

 しかし、全力で衝動を堪えて、まどかを両手でやんわりと突き放す。

 

「あの、ごめんなさい。私は、暁美ほむらではないわ」

 

 そんな残酷な言葉に、まどかは目を何度か揺らせる。

 まどかは私の顔をまじまじと見つめ、まるで理解できないと首を傾げた。

 私と暁美ほむらの見分けはついていない様子だ。無理もない。間違いなく、姿は殆ど同じなのだから。

 

「えっ……? でも、ほむらちゃん、だよね?」

「いいえ。そっくりだと思うけれど、別人よ。ほら、暁美ほむらとは目の色とか、違うでしょう?」

「……」

 

 私が自分と暁美ほむらの違いを告げる度に、だんだんとまどかの顔色が変わっていく。

 残念そうな、失望とも取れる色合いだった。見ているだけで心苦しいけど、我慢して反応を待った。

 やがてまどかは私から飛び退いて、勢いよく頭を下げる。

 

「ごっ、ごめんなさい!」

「いいの。それより、その様子だと暁美ほむらはここには居ないのかしら?」

「は、はい……ええっと……はい」

 

 答えにくそうに返すと、まどかはもう一度私の顔を眺める。

 腕や足、胴体にも目を向けた後、まどかは顔を近づけた。

 

「あの、ほむらちゃんとは、お知り合いなんですか?」

「まあ、ね。ちょっとした親戚よ。よく似てるでしょう?」

 

 事実とは違うが、まどかが納得するならそれでいいだろう。

 実際、まどかはそれでひとまず追求をやめて、何となく理解を示してくれていた。

 

「彼女が見滝原に居ると聞いたから、会いに来たのだけれど……居ないのね」

「はい。去年から」

「貴女、見滝原中学の何年生なの?」

 

 思わず問いかけて、まどかを困惑させてしまう。

 続く言葉に少し詰まり、迷いながらも言い訳をした。

 

「突然だったわね、ごめんなさい。暁美さんが今幾つなのかが分からなくて。貴女、同級生なんでしょう?」

 

 ちょっと無理のある話だと思ったが、まどかはさほど疑問に思わなかったらしく、あまり気にせず答えてくれる。

 

「えっと……三年です」

「…………そう」

 

 暁美ほむらの身に何があったのか、分かった気がした。確信には程遠い単なる予想ではあったけど、きっと間違いではないだろう。

 しかし、その事をまどかに聞くのは躊躇いがある。私の事をどうしようもなく眩しく見つめる瞳の色合いは、あまりにも綺麗で、見ほれてしまいそうで、出来る限り曇らせたくなかった。

 この気持ちをまどかに伝えようとは思わない。ただ、素直な感動をもって相対し、不快にさせない程度に距離を寄せる。

 

「あの、彼女とは、どういう関係なの?」

「友達です」

 

 即答だった。

 明るく、誇らしげな笑顔が溢れていた。まどかは自信満々で、本当に嬉しそうだった。

 

「友達、そう。随分と仲が良かったのね」

「はいっ、とっても」

「……そう。それは、いい事ね」

 

 嘘をつける様な子ではない。

 暁美ほむらはこの子と素晴らしい関係を築いたのだ。それが羨ましくもある。

 

「彼女、いい子でしょう。貴女の事を一番に考えてて。私が言うのも何だけど、一度友達になった相手の事は大切にする子なのよね」

 

 まどかはこくこくと頷き同意をしてくれる。

 まどかの中に残る微かな警戒心が目に見えて無くなっていった。ここまで簡単に心の距離を近づける事が出来てしまうと、まどかの柔らかな心を愛おしく思う反面、もう少し気を付けて欲しいと思ってしまう。

 そんな所もまどかの魅力だ。つまり、とても素敵ないい子なのだ。

 

「ほむらちゃんとは、よく会ってたんですか?」

「昔はね。最近は私が色々な所に行っていたから、全く交流が無かったの。久しぶりに会おうと思っていたのだけれど」

 

 全て嘘だ。息を吐く様に嘘を吐ける。

 しかし、相手がまどかだと思うと、胸の奥で痛む物は確実にあった。まどかにはもっと誠実に接したいのに、本当の事は何一つ言えないのは心苦しい。

 それでも、まどかと会話をするのは楽しかった。思わず、もっと話がしたいと思うほどに。

 

「その、良かったら、暁美さんの話を聞かせてくれないかしら」

「話、ですか?」

「ええっ。友達から見て、彼女はどういう子なのかとか、いつ出会ったのかとか、色々……ええ、色々と聞いてみたいの」

 

 私の頼みを、まどかはちゃんと考えてくれた。こんな怪しい人間の事なんて、断って逃げてもいいのに。

 

「どうかしら?」

 

 あまり迷わず、まどかが頷く。

 

「大丈夫です。わたしも、ほむらちゃんの話がしたいと思ってたんですっ」

「そう? なら、どこかで座って話しましょうか。立ったままよりは楽でしょう?」

 

 そっと横に並んで歩けば、まどかが私の手に触れた。

 

「どうしたの?」

「あ、ごめんなさい。つい……」

 

 手を繋ぎたかったのだろうか。私ではなく、暁美ほむらと。

 そうやって共に歩く程度には、親密な関係だったらしい。幾ら見た目が似てるからって、私が代わりになってはいけないだろう。

 

「……」

 

 何も言わず、まどかに肩を近づけた。

 まどかは一瞬驚いて、すぐ受け入れてくれた。心なしか、幸せそうだった。

 

+

 

 まどかと一緒なら、どんな椅子でもふかふかのソファより柔らかく感じる物だ。

 事実、この椅子は木製だったけど、今の私には座り心地が良すぎるくらいだった。

 それはバス停だ。ちょうど二人分だけの椅子が置かれていてで、他にバスを待っている人間も存在しない。とてもちょうど良かった。

 

「ほら、こんな物で良かったら」

「いいんですか?」

「ええ。もちろん」

「ありがとうございます。いただきます……」

 

 座ると同時に、まどかへココアの缶を差し出す。すぐ隣の自販機で買ったが、あまり良い品揃えではなかったので、満足に選べなかった。

 缶の暖かさと、まどかの肌の暖かさを感じながらプルタブを開けて、口をつける。甘い。

 喉に残る甘さを感じながら、横目でまどかの姿を捉えてみると、彼女は私の事をじっと見つめていた。

 

「何?」

「あっ、いや、その。やっぱり、よく似てるなって思ったんです」

 

 懐かしそうな声でそう告げて、まどかはちょっとだけ笑う。かわいい。

 しかし、慌てて私の顔を見るなり、「し、失礼しました!」と真面目そうな様子になる。

 

「鹿目まどか。話しにくいなら、もっと砕けた感じでいいわ」

「そうなの? あ、そうなんですか?」

「ほら、言いにくそう。何だったら、私の事を暁美ほむらだと思って話してもいいわ」

 

 まどかがパァっと顔色を明るくする。

 良かった。喜んでくれた。

 安心した所で、うっかり彼女の名前を呼んでしまった事に気づく。このまどかとは初対面なのに、気持ちが先行しすぎてしまう。

 だが、まどかも嬉しそうな雰囲気で、疑念を抱かれる事はなかった。

 

「……うん。じゃあ、そうするね。ごめんなさい、どうしても、ほむらちゃんと話してる気持ちになっちゃって」

「いいの。貴女がやりたい様にして。その方が気分良く話ができるわ」

 

 まどかは私の事をすっかり信じていて、問いかければ何でも答えてくれそうだった。

 ここまで無条件に気を許してくれるなんて、一体まどかはどこまでいい子なのだろう。私が、少なくとも彼女の知る暁美ほむらではない事は納得している筈なのだが。

 

「それで、彼女とはいつ、どこで知り合ったの?」

「去年だよ。ほむらちゃんは転校生でね、カッコ良くて、運動もできて、勉強も完璧で。本当に凄い子だったんだ」

「そうね。彼女はそういう風に振る舞うのが得意な人よ」

「そうそう! ああ、勉強も手伝ってくれたんだ。一生懸命教えてくれて……」

 

 まどかは我が事の様に暁美ほむらの事を語りだした。脳裏には彼女の姿が浮かんでいるのか、時折目を瞑り、なぜか私の顔を見つめている。

 

「でもね、よく話してみたら完璧とかじゃなくて、ちょっと不器用な所もあって、なんだか親近感を感じちゃったっていうか」

「それで仲良くなったのね」

「うん。きっかけは何だったのか分からないけど、ほむらちゃんと話してる内に……」

「友達になった。素敵ね」

 

 まどかは深く頷いた。彼女が私から僅かにも目を逸らそうとしないので、思わず身じろぎしてしまう。

 椅子の端まで逃げた所で、まどかがこちらへ腰を寄せてきた。

 

「……あの?」

「あっ、ごめんなさい」

 

 まどかが気まずそうに俯いて、私の心にも苦い物が広がった。

 ただ、これ以上の接近は私が自分を抑えきれない。まどかに優しい私でありたいのだ。だからこそ、どんなにまどかが望んでいたとしても、彼女を傷つけかねない行動は避ける。

 もちろん、まどかに私の内心は伝わっていないだろう。彼女は少し落ち込んでいる様子で、見ていて辛かった。

 それでも私が微笑みかければ、彼女は穏やかに答えてくれる。

 

「……今思うとね、ほむらちゃん、最初から私の事を大切に思っていてくれた気がするの。何となくなんだけど……それにわたしが気づいたから、友達になれた気がする」

「……彼女については、多分、その認識で正しいと思うわ」

「そう? そうかな。それなら嬉しいな」

 

 まどかに向かって、私は自然と頷いていた。

 思い出話に浸るまどかは、とても切なくて、素敵だった。楽しそうだったからだ。

 暁美ほむらの存在を私に伝えようとして、私に同意を得ようと頑張ってくれる所が、本当に眩しい。この子からは神様の様な荘厳さや慈悲深さは感じられないけど、それがむしろ良かった。

 

「間違いないわ。彼女の事はよく分かる。貴女の事が大好きだった筈よ」

 

 まどかは本当に嬉しそうな表情で、笑ってくれた。

 それだけで私は救われた気分になる。

 

「ほむらちゃんと一緒に居るのはね、とっても楽しかったんだ」

 

 そこまで言うと、まどかはほんの少しだけ俯いた。

 話を聞いた限り、暁美ほむらの存在はまどかの中で過去の物になっている。本当に楽しげな一方で、それは全て昔の事だった。

 だから、だろうか。彼女の視線は私からなかなか離れない。それこそ飲み物を口にしている時も、今こうして俯きがちに頭を向けている時でさえ、私の存在を確認し続けている。

 

「……彼女、貴女にも何も言わずに居なくなったの?」

 

 それがまどかを寂しい気持ちにさせるかもしれない。分かっていても問わずにはいられなかった。

 そして、まどかは私の瞳を捕まえる様に見つめると、小さく肯定した。

 

「……うん」

「何か、きっかけがあったのかしら」

 

 黙り込んだ後、まどかは静かに語りだした。

 

「あの、前に見滝原でひどい嵐があったの、覚えてる?」

「ええ。テレビで見たわ。ビルが吹き飛んで突き刺さっていたそうね」

 

 もちろん、全くの嘘だ。見た事はない。

 だが、何が起きたのかは完全に理解した。恐らくは起きたであろう事象を告げて、まどかが否定しなかった事で、それは確信となった。

 

「ほむらちゃん、その嵐の日から行方不明になっちゃったんだ」

「……ごめんなさい。いい思い出ではない様ね。辛かったら、話さなくて良いわよ」

「ううん、話したいの。話させて欲しいの」

 

 まどかは目を瞑る。私から視線を逸らし、どこか遠くを見つめた。

 

「あの日、ほむらちゃんは避難してなかったみたい。住んでた家も無くなっちゃって、みんなは、逃げ遅れたんだって……」

「……それは、まあ、何というか」

 

 かける言葉が見つからない。

 その日、暁美ほむらの姿が見あたらない事に気づいた時、まどかはどう感じただろう。数日経っても暁美ほむらが姿を見せないと気づいた時、何を思っただろう。

 

「まどか、その、暁美ほむらは……」

 

 気遣う言葉を出そうとして、同時に唇を噛んで口を噤んだ。

 私には、ああ、まどかには絶対に伝えるべきではないけど、暁美ほむらが何をしたのかの確信を得て、そう、心の奥で、喜びや、敬意に似た物を口に出しそうになったのだ。

 まどかには絶対に気づかれない様に目を閉じて、漏れそうになった声を我慢した。

 気取られてしまっただろうか。いや、まどかは自分の話に夢中で、私の内心までは見えていない。

 

「でも、ほむらちゃんはわたしの近くに居る気がするの」

 

 まどかは手元の缶のプルタブを見つめ、コツコツと床を鳴らす。

 まだ私に意識を向けていない。その間に感情をコントロールし、表に出てはいけない気持ちは全て閉じこめた。

 まどかが改めてこちらを見た時、私はただ、沈痛かつ厳粛な面持ちを作っていた。

 

「まどか、近くにいるっていうのは……?」

「うん。何となくなんだけど、いつでもわたしを見守ってくれてる気がする。だから思うの、きっと、いつかまた会えるって」

「それは、幽霊みたいな?」

 

 私がそう尋ねると、まどかはどこか不快そうな空気を纏った。

 

「ごめんなさい」

「う、ううん。そう思うよね。そうだよね……でも、わたしには分かるんだ。みんな違うって言うけど、分かるの」

 

 まどかは、周囲の人達の言葉よりも強い意志を持っている様子だった。

 実際に何か証明できる事はあるのか。それを聞きたいとは思わない。まどかは頑固な子だと思う。あえて衝突したくはない。

 それがどういった形の根拠を持つ確信なのかは知らないが、まどかは心から分かっている、のだろう。

 そして、だからこそ私を見つけた時、あそこまで歓喜の声をあげたのだ。察した時、私は頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「え……?」

「いいえ。ただ、貴女をガッカリさせてしまったわ」

「そんな事ないよ! ……久しぶりにほむらちゃんと会えた気がして、とっても嬉しかった」

「なら、私も嬉しいわね」

 

 暁美ほむららしく笑いかければ、まどかはそれに答えてくれる。顔を付き合わせ、こうして話しているだけでも、やっぱりまどかと一緒にいるのは幸せな気持ちになる。

 その為か、彼女に代わって聞きたくなった。

 

「……今、幸せ?」

 

 まどかは、特に苦しんでいる様には見えなかった。

 暁美ほむらの様に友達を失った苦しみに心を揺らされる事もなければ、周囲とは違う認識を持ちながらも自分を疑う事はせず、確信を胸に生きている。

 それは彼女の芯にある強さで、暁美ほむらにはない物だ。尊く輝く彼女の意志であった。

 

「うん、幸せだよ」

 

 そしてまどかは、明るくそう告げるのだ。

 

「勉強は……大変だけど。学校は楽しいし、新しい友達もできたし、あ、最近ね、料理もちょっとずつだけどちゃんと作れる様になってきたんだ。パパも褒めてくれたんだよ」

「あら、まどかの料理はとっても美味しそうね。誰かに食べさせてあげたの?」

「うん、パパとママに。あと、さや……友達にも」

 

 私に向かって語りかけているというより、私を通して別の誰かに話しかけている風だった。

 

 それでいい。

 

 そして、まどかは楽しげに語り続けた。

 クラスメイトの話や、最近あった気になるニュースに、お気に入りの歌手の新曲、苦手な勉強や、昔の友達の事、父親や母親、弟が少しずつ色々な言葉を喋る様になってきた事も。

 この一年間で起きた多くの話をして、私はその一つ一つに頷いて答えた。

 話の内容に大げさな物はない。そのどれもが、普通で、ありふれていて、

 しかし、まどかが得る事のない筈だった沢山の幸福だった。聞いているだけで嬉しかったのだ。

 

「……でもね」

 

 ふいに、まどかは言葉を潜めた。素晴らしい笑顔も、ほんのり切なげな色合いに変わる。

 

「ほむらちゃんが居ないのは……うん、モヤモヤするかな。きっといつか会えるって信じてるけど、やっぱり、話もできないのはちょっと寂しくって。料理も、ほむらちゃんと一緒に練習したかったかも」

 

 そこまで口にすると、まどかは私と一緒に缶の中身を飲み干した。

 彼女は私の返答を待っている。口の中の甘味をゆっくり咀嚼しながら言葉を頭に浮かべ、まどかの両手を握る。

 まどかは抵抗せず、私を待っている。そして私は躊躇わず、彼女にかけるべき言葉をかけた。

 

「安心して。貴女が暁美ほむらを大切な友達だと思っている事、彼女にもきっと伝わってるわ」

 

 そう、暁美ほむらが言わなかったかもしれない内容を、私は代わって口にした。

 

「貴女はめいっぱい幸せに、家族や友達に囲まれて、誰よりも明るく過ごしなさい」

 

 そこまで言い切り、まどかの反応を待った。

 彼女はボウっとした顔で私を眺めている。

 

「……」

「何?」

「あっ、えっとね……本当に、ほむらちゃんじゃないの? ほむらちゃんもね、時々、家族や友達を大切にして、今の幸せを大事にするべきだって言ってたから」

「きっと、まどかの事が大好きだったのね」

 

 私もまどかの事が大好きだ。彼女が私と同じ内容を告げたなら、気持ちも同じだっただろう。

 その為か、私の、暁美ほむらの気持ちは確かにまどかへと届いた。

 

「……えへへ、ありがとう」

「お礼なんてしなくても、私はただ、素直に言っただけよ」

 

 そして、バスが来た。屋上にも客席のあるタイプで、風通しが良さそうだ。

 私達の前で止まったそれは乗客を降ろし始める。特に不自然な点はなく、運転手も当然ながられっきとした人類だ。

 

「そろそろ行くわ」

「もう?」

「ええ。行く所があるの」

 

 一足先に私が立ち上がり、ゴミ箱に缶を投げ込んだ。綺麗な放物線を描いて入った缶が音を立てる。

 まどかも遅れて立つと、丁寧な仕草で缶を捨て、名残惜しそうに私の姿を見た。私も、まだ一緒に居たかった。しかし、これ以上はこの世界の暁美ほむらに悪いだろう。

 何より、まどかとの過度な接触は彼女に知らなくていい事を知らせてしまうかもしれない。

 暁美ほむらがここに居ないのは理解した。もう用事もない。まどかには、二度と会う事もないだろう。

 

「いつかまた、彼女に会えるといいわね」

 

 片足を軸にまどかから背を向け、階段に一歩足を乗せる。

 背後のまどかの気配を、今までより強く感じた。それはもう一歩足を進めた時にもっと大きな物となり、私に張り付いている。

 こんなにも期待してくれているのに、振り払うのは辛かった。しかし、踏ん張って足を進め、彼女から離れようとする。

 

「待って!」

 

 まどかが叫び、私の服を掴んで強引に振り向かせた。

 その一瞬で、私の目から涙が溢れた。

 

「待って、ほむらちゃん!」

「私は彼女ではないとさっき……っ」

 

 視線に息まで止められる。

 深く強い感情が私を貫いた。視線の中に彼女の魔法少女としての強い素質が見え隠れして、圧倒された。その中に金色の光がないのは良いが、ただ、気配を漂わせるだけでも戦慄する程だった。

 

「……何、かしら?」

「あの、また会えるかな?」

 

 まどかの言葉を正面から受け止め、私はしばし考えた。そして、バスの乗客が全員降りた所で決心した。

 

「連絡先、交換しましょう」

 

 眩しい笑顔になったかと思うと、彼女はポケットから勢いよく携帯端末を取り出す。楽しそうに、幸せそうに。

 私も、さっき手に入れたばかりの端末を取り出し、口の中で息を吐いた。

 期待されてしまうと、つい答えてしまう。

 この子には、勝てそうもない。

 

 

 

 

 そこに足を踏み入れた時、あまりの惨状に笑ってしまった。

 瓦礫に、破片、そして多種多様な破壊の痕跡が散らばっている。何も知らない人間が見れば、ここで誰かが戦争を起こしていたのだと感じるかもしれあい。

 雨が降っていたのだろうか、瓦礫の間に水たまりがある。私の足下も水と泥で濡れていた。

 若干の湿気を肌で感じながら、ちょっとした高台へ上る。砕けたビルの、恐らくは屋上だったであろう場所。ちょうどよく、周囲を見渡せる位置に転がっていたのだ。

 

 そこからは、暁美ほむらの奮闘がよく見えた。

 突き刺さったビル群の真ん中。そこに出来た大穴が、戦いの壮絶さを物語っていた。

 

 私は、改めて姿勢を正し、幾つかの敬意と尊敬をもって花束を投げ込む。

 束ね方が甘かったのか、それは途中で解けてしまい、花は散らばりながら穴へと落ちていった。

 

 数ヶ月経ても消える事のない、ワルプルギスの夜の残滓。その中にほんのりと感じる、紫の輝き。比べてしまえばあまりにもちっぽけで、でも、猛烈な意志は消える事がない。

 この風景も、気配も、暁美ほむらがここに居て、ワルプルギスの夜と戦った事実を教えてくれる。

 

「貴女は、やり遂げたのね」

 

 これは、望みを貫き通した魔法少女への花束だ。

 誰かと一緒だったのかとか、何をどうやって戦ったのかとか、そこは最早分からないが、とにかく彼女は悲願を成し遂げた。

 恐らく、私の知る暁美ほむらより、その暁美ほむらは強かったのだろう。固定された未来を打ち砕き、己の足で運命を踏破するほどに強かった筈だ。

 

「ワルプルギスの夜を倒し、まどかに未来を送る事ができた……魔法少女の残酷な未来からも、あの子を守ったのね」

 

 彼女は、鹿目まどかを守りきったのだ。彼女を神様に変える事もなく、神様と世の理に対して叛逆する事もないままに。

 ただ暁美ほむらとして、一人の魔法少女として、自分の希望で因果とやらをねじ伏せたのだ。

 これが、賛美しなくてどうしろと言うのだろう。

 

「おめでとう。心の底から、貴女を尊敬するわ」

 

 それは勝利だった。暁美ほむらにとって全く最高の形で、たまらなく眩しい栄光の道だ。

 ワルプルギスの夜を倒し、まどかを守り、魔法少女の存在を知らせもしない。自分はただ静かに何も言わず、まどかは自分を助けようと魂をかけた誰かに気づく事もなく、ただ優しい人達に囲まれて、愛おしい人生を送る。

 ああ……なんて理想的な結末だろう!

 

 しかし、それほど愛おしい未来を掴んだというのに、本人の姿は見あたらない。

 

 彼女はどこへ行ったのだろうか。

 あるいは、次の鹿目まどかを守る為に飛んだか。

 あるいは、その魂を代価にまどかの未来を掴んだか。

 あるいは……

 

「ここにいない貴女へ祝福を」

 

 どれでも、同じ事だ。

 暁美ほむらが生きていようと死んでいようと、ここに居ようと居なかろうと、まどかは、生きてここにいる。

 

「……私も、まどかの未来を守る為にやるべき事をするわ」

 

 まどかの連絡先は、大事に残してある。消そうとも思ったけど、あの喜ぶ顔を頭に浮かべてしまうと、どうしても捨てられない繋がりになってしまった。

 まどかの未来に私は要らない。それなのに、私は彼女との繋がりの痕跡だけでも残そうとしている。

 これは私の弱さだ。この世界の暁美ほむらはどうだったのか。乗り越えたから勝ったのか、乗り越えないままに貫き通したから勝てたのか。

 当人の姿がない以上、もう尋ねようがない。

 

「……」

 

 髪をかき上げ、もう一度風景を眺める。

 恐るべき戦いの痕跡。しかし、いずれは何事もなかった様に消え去るだろう。まどかは暁美ほむらを過去の存在にして、見滝原はワルプルギスの夜を忘れるのだろう。

 それでも私がここに来た。私は忘れない。私だけは忘れてはならない。全てを覚えておかなければならない。

 

「ひょっとしたら、辛い戦いになるかもね」

 

 たった一人での戦いとなるだろうが、恐れる事もない。

 

「貴女に比べればずっと楽だと思うわ」

 

 私は彼女の存在を疑わないし、自分の記憶を疑わないし、寂しいと思う必要もない。

 だって、まどかがそこに居てくれるのだ。それだけで、どれほど楽になるか。

 

「……じゃあね」

 

 戦い抜いた暁美ほむらへ別れを告げて、私は意識を切り替える。

 私の戦いは、これからだ。

 

 私は決意と共に右手で髪をかき上げ、風景から背を向けた。

 そして、足を撃ち抜かれた私は、崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 悲鳴をあげる時間さえもないままに、水たまりへ頭から転げ落ちる。

 泥が顔に跳ね、何が、いや、誰が居るのかを理解した。

 一瞬の時間差も前触れもない射撃と共に、その人は現れていたのだ。

 

 気づいた瞬間に水たまりへ目を向ける。

 長い髪、短めのスカート、伸びた足、何より、その腕に着けられた丸い盾と、握られた拳銃。

 時間が止まった。いや、止まっていた。今、私の背後に近づき、私の動きを封じ込める為に、時間が止められていた。

 

「…………そう。そうなのね。あなたは……」

 

 何のことはない。

 暁美ほむらは、鹿目まどかを救う為に存在しているのだ。ワルプルギスの夜はまどかの人生の終わりだが、それを乗り越えた今、まどかの人生にはこれからがあり、未来の数だけ、希望も絶望もそこにある。

 ならば暁美ほむらが戦わなければならない敵とは、まどかの未来を阻む全てであって、魔女ではない。

 ワルプルギスの夜は始まりに過ぎない。その先にこそ、まどかから幸福を奪うものどもが存在するのだ。

 それに比べれば、彼女がまだ時間操作の魔法を行使できるという疑問など大した事ではない。

 

 あのまどかは、やはり膨大な素質を持っていた。間違いなく、彼女には暁美ほむらの抱えた因果の糸が絡んでいた。それほどの素質を、なぜ、インキュベーターが放置しているのか?

 誰かが、まどかを守っているのだ。彼女を脅かす全てから。

 

「そんな貴女が、まどかに近づく怪しい存在を許す筈がないわよね」

 

 私がまだ消されていないのは、彼女の弱さなのだろう。

 彼女がどんな想いを胸に戦ったのかがよくわかる。

 これからも自らの弱さを飲み込み続け、全存在をかけてまどかに尽くし、まどかを影から見守り、まどかの人生を守っていくのだろう。

 まどかが過ごす全ての為に。

 

「あの子と……連絡先を交換してしまったの」

 

 視線だけを動かして、彼女の顔をしっかり確認する。

 冷たい表情だ。しかし、私にはその顔がどうにも悲しげに見えた。

 

「貴女が、使って。幸い、まどかには私達の見分けが付けられない様だから」

 

 起き上がる事はできなかったが、私の携帯端末だけは辛うじて取り出せた。

 まどかとの連絡手段は、持っていても損などない筈だ。

 

「私が居なくなっても、まどかには、ナイショよ……?」

 

 彼女の足音が僅かに遠ざかる。

 今も銃を向けられているのは分かるが、撃たないつもりなのか。私は一向に構わないというのに。

 しばらく待っていると、彼女は私へと再び近づいて、転がっていた端末を握った。

 そして、私の手にそれを乗せると、逃げる様にして下がる。

 

「いらないの」

 

 か細い呟きが耳に届く。

 

「……まどかには、私の存在すらも知らせないわ」

 

 寂しげな、本当に小さな声だった。

 我慢のしすぎだ。本当に、自分に厳しい人だ。

 

 ちょっと、笑ってしまった。


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