彼には1人のライバルがいた。強敵にして良き友が。
いつも皆から好かれ、みんなの為に働く者。
それに対し、彼は誰からも好かれず理解されず日陰に生きる者だ。ただし今は寝たきりで体もゲッソリと痩せていたが。
「げほっ、げほっ、…この 俺様が…あんなものに…」
始まりは一週間前。それは突然だった。その日もいつもと変わらず村に行き適当な奴をいじめて”彼”が来るのを待つだけだったんだ。そう。いつもと変わらない。変わったのは…
前日”彼等”は村にやって来た 。動物達が共存していたこの村に、”ニンゲン”という猿の仲間がやって来た。
初めは言語を解することに衝撃を受けていた。
そして、文明があることに驚いた。全てが意思を持ち、それらが全て共栄しているということは衝撃だったらしい。
ただ、あるものだけは、村に馴染めないらしい。村に来てはイタズラでは済まされない”悪行”をする者がいると村のものが言うと、”ニンゲン”達は一つのビンを取り出した。変わった形の瓶で、取っ手を引くと中の液体が噴出される、そういったものらしい。中身は”除菌剤”と言っていた。
村人はその中身をよく知らなかったが、懲らしめることが出来るならとその瓶を頂いた。さらに、その”悪者”の手下も倒す為に、地面に除菌剤を撒いてもいいかと尋ねられた。これも了承した。散布するだけで効果があるらしい。すぐに村中に撒かれた。誰も彼も”悪者”の悪行には耐え難いものがあったのだ。
そして、何も知らない”悪者”はいつもの如く村へと来た。金槌一つで作り上げた機械の調子は絶好調だ。さて、今日は誰を襲おうか。本当は村には何人か手下のカビルンルンから防御の薄いヤツの情報があるのだが今日は何故かそれが無かった。
(くそっ、アイツらサボってるのか?全く〜。)
相方のドキンちゃんも今日はいないため彼1人で誰かを探すことにした。しばらく空中を飛んでいると一人で歩いていたちびぞうくんを見つけた。
(ま、アイツでいいか。)
特に深く考えず、彼はちびぞうくんに襲いかかった。後ろから捕まえ、顔の前に持ってくると、
「アンパンマンが来るまでお前はここでいてもらおう。」と言った。それに対しちびぞうくんは
「見つけたんだゾウ!バイキンマン! 」
そう言ってちびぞうくんはポケットから今日の朝母親からもらった瓶を出した。そして言われた通りノズルを引いた。液体がバイキンマンの顔に噴出される。雫が目に入ったバイキンマンは機械の手を緩めた。その隙にちびぞうくんは機械の腕から抜け出すと、
「バイキンマンが出たゾウ!」
と大声で叫んだ。何かまずい。バイキンマンは直感的にそれを感じたが、先程の液体で目が痛くてしょうがなかった。
大声を聞き、たくさんの村人が駆けつけると、みんな一斉にバイキンマンに同じ液体をかけた。全方位から、時には石粒を投げられた。数々の罵倒とともに。
「目障り」「騒音がうるさい」「子供に悪影響を及ぼすから消えろ」「反省しろ」「死ね」
無数の罵詈雑言を聞きながら、バイキンマンはなんとか目を開けるとすぐに離陸した。これは危険だと本能が悟る。だが、離陸してもなお、石が投げつけられ、その1個はバイキンマンの耳に当たった。鈍い痛みに耐えながら、なんとかその場を後にした。残された村人達はしばらく喜びに満ちていた。
その日からバイキンマンは寝込んだ。ホラーマンやドキンちゃんが介護してくれたが症状が風邪などと全く違うため手を焼いていた。
その症状はトイレに行こうと立った時に体のあちこちから激痛がし、数日後には立とうと力を入れただけで骨が折れた。尿糞は垂れ流しとなり、寝たきりとなり、食欲不振からタダでさえムラサキのバイキンマンの体はどす黒く変色していた。
”彼”は”悪者”の居なくなった世界にいた。
「バイキンマンがいなくなってもう一週間か…」
”ヒーロー”アンパンマンはパトロールをしていた。
一週間。バイキンマンがいなくなり、かわりに人間達が村に来ていた。村は人間達の文化を教えてもらいお金のやり取りや土地資産の所有権などがもたらされた。
それにより村は高度な文明を手に入れることに成功した。ただ、
「うわーん」
アンパンマンはそこで聞きなれた泣き声が聞こえた。
(これは…カバオくんの声…一体…)
アンパンマンは声のする方へ行ってみた。すると案の定カバオくんが泣いていた。
「どうしたの?」
「あ、アンパンマン。僕、2日間何も食べてないんです。お腹空きました 。」
「2日間も!?なにか食べさせてくれなかったの?」
「僕のお父さんは飛脚の仕事をしてたんです。でも人間達が車って言うのを持ってきたから仕事が無くなっちゃってお金が無いんです。」
「…お金が無かったら何ももらえないの?」
「うん、いくらパン屋のおばさんに頼んでもお金が無いとあげられないって言うんです。」
カバオくんの話を聞いているうちにアンパンマンはこれでいいのだろうかと思った。もちろん生活は便利になった。車はいつの間にか必需品となっていたし、鉱山の開発で取れた金や銀で人間達との貿易が始まっていた。
だけど…生活が良くなっていく一方で村の人たちは何か大切なものを忘れていっている気がする。かつてはそこにあるのが当たり前だったのに。
「じゃあ僕の顔を食べてよ!」
アンパンマンはいつものように自分の顔をちぎった。
そしてそれをカバオくんに渡した。
何故か少し悲しそうにそれを受け取ると
「わ、わあっ、ありがとうアンパンマン!やっぱりアンパンマンはアンパンマンですね!」
「えっ、それはどういうこと?」
「だって、村の人たちみんなどこか怖くなってしまいました。お金だお金だ、って。お父さんもお母さんも必死になってました。ここんとこは仕事探すのに徹夜してましたからね。…ねぇ、アンパンマン。お金って…そんなに大切なものなのですか…?」
アンパンマンは顔が上がらなかった。そうだと答えても違う気がするし、違うといっても現実と矛盾してしまう。つまるところアンパンマンにはカバオくんの質問への良い回答というのが思い浮かばなかったのだ。
そんなアンパンマンの気持ちを察したのか、カバオくんは立ち上がると
「じゃあ僕帰りますね!ありがとうございました!」
そう言ってカバオくんは走っていった。
次の日、アンパンマンがパトロールに行くと何やら村が騒がしかった。不思議に思って行ってみると何故か村の人から変な目で見られた。
「?あの。どうかしたのですか?」
アンパンマンはとりあえず手近にいた人に尋ねてみた。
だが、
「ひっ、近づかないで!」
その村人は怯えていた。いや、怯えと拒絶と軽蔑の混ざった、そんな目をしていた。
「あの、」
「来ないで!」
アンパンマンはその剣幕にたじろいだ。一体どうしたと言うのだろう。幾つもの?が脳内に浮かぶが同時にある1人を思っていた。いつも”悪者”だった、ある1人の敵。
(もしかしたらバイキンマンが…?)
村人からこれ以上聞くのも申し訳ないと思ったアンパンマンは別の人を探した。しばらく行くとちびぞうくんがいた。アンパンマンはちびぞうくんに話を聞くことを決めて地面に降りた。
「ねぇ、ちびぞうくん。村で何があったか知ってる? 」
「…っ。アンパンマン…」
何故か声を出すちびぞうくんの体は震えていた。
「昨日、カバオくんに顔をあげた?」
「え、それはどういう…」
「いいから!…答えるゾウ。」
「…あげたよ。お腹がすいてて泣いてたんだ。それがどうかしたの?」
「…カバオくんは今日の朝死んだゾウ。人間達が調べてくれたんだけど死因は食中毒だって。アンパンマン…今の 自分の顔…どんなのか知ってるゾウ?」
「自分の…顔…?」
「見てないんだね。見てみなよ。それで分かるからさ。 」
ちびぞうくんと別れた後、ちびぞうくんに言われた通り自分の顔をみてみた。森の中の泉を覗き込むとそこには
「こっ、これが僕の顔!?」
そこにいたのは変わり果てた自分だった。所々がカビつき腐敗しており、黒く変わっていた。こんなものを食べてしまったら…と、そこまで考えてちびぞう君の言いたかったことが分かった。
(僕が…殺したのか……)
バイキンマンからの攻撃が無くなったため一週間は顔を変えなかった。一週間も同じパンを、しかも常時大気に触れた状態のパンが衛生的にいいはずが無い。考えれば分かることだったのだ。カバオくんがアンパンマンの顔を受け取った時悲しげな表情だったのはこんなものを食べなきゃいけない絶望感故だったのだろうか。
「カバオくん…人の命より…お金が尊いなんてあるもんか…。一言…汚いって…こんなもの食べられないって…いってくれたら…」
アンパンマンの顔が少しふやけた。
アンパンマンはそこでパトロールを切り上げ、パン工場に戻る事にした。顔を変えなければいけない。そういえばバイキンマンから攻撃される以外で顔を変えるのは初めてかもしれない。
しばらくして、アンパンマンはパン工場に帰ってきた。
だが、中に入れずにいた。なぜなら、中にはドキンちゃんがいて、
「それで、バイキンマンの様子は?」
ジャムおじさんとバタ子さんがドキンちゃんと話していたからだった。
「かなり悪いです。なんか液体をかけられたらしいんですけど劇薬か何かで骨がよく折れていつもイタイイタイって言ってるんです。」
「そうか、じゃあ復帰は…」
「復帰、というより生還と言った方がいいと思いますけどこのままじゃ死んでしまいます。ここの所ほとんど何も食べてませんし。」
ええっ、とアンパンマンは叫びそうになった。バイキンマンが死にそう?”除菌剤”というので追い払ったとは聞いていたが殺す必要があったのかと、心が痛む。
「…では、やはりアンパンマンの顔を?」
ドキンちゃんはそう言った。僕の顔についてなにか知っているのだろうか。
「…ああ、一週間変えていない。」
「それじゃパンとして…!」
「今の状態のアンパンマンの顔を食べれば最悪死ぬ。」
どういうことだ。ジャムおじさんは知っていたのか。今の自分の顔がとても危険だということを。だったら何故教えてくれなかったのだろう。知らなかった故に今、その”最悪”が起きてしまったのだから。
「…何故、何故変えてあげなかったのです!?このままではアンパンマンの信用はなくなり、バイキンマンの努力が…!」
そう言ったドキンちゃんの言葉に耳を疑った。
バイキンマンの努力?何のことだろう?いまは自分の顔の話ではなかったのか?
「分かっている、分かってはいるんだ…。でも、別に濡れたわけでもないのに汚いからって言うのも不憫だろう?顔の交換は起きている時にしかできないんだから。…バイキンマンが、彼がアンパンマンに水をかけて交換が一番いいんだ。」
…そういう事か。アンパンマンの脳内ですべてが繋がった。アンパンマンの顔は衛生上1日、もって2日しか食べられない。そして、その為に周期的に交換が必要となってくる。ただ、汚いからと露骨に言うと、アンパンマンが傷つくからとバイキンマンがあえて攻撃をしてダメにさせ、変えさせるのだ。
「…残念ですが、バイキンマンは…もう…」
「……」
バイキンマンの”努力”とはそういう事だったのだ。
”正義”を守る為の”必要悪”。それがバイキンマンの使命だったのだろう。
そう思うとバイキンマンはどんな気持ちでアンパンマンと戦っていたのだろう。”悪者”としてしか認識されない自分をどう思っていたのだろう。
アンパンマンの目から涙が出てきた。
(なにが…正義の味方だ…。僕は…何を…。本当に優しい心を持っていたのは、バイキンマンの方じゃないか。…正義の味方になるべきは…僕なんかじゃ…なかった。)
アンパンマンは静かに飛び立った。行く先は…
雨が降ってきた。だが、ここは海の上。どこも雨をしのげる場所はない。体に力が入らない。ともするとすぐに海に落ちてしまいそうだ。だけどそれでも、別にいいかな、とも思った。パンの身である自分は小魚達の餌になる。バイキンマンがいなくなったらどの道自分は要らなくなるのだ。
(…それでも、僕は、もう1度バイキンマンに会いたい!ちゃんと、お礼を言いたい!バイキンの彼なら、きっと、僕の顔を食べてくれる…!)
アンパンマンは悲鳴をあげる体に鞭打ち、なんとか飛び続けた。気づけば雨は止んでいた。
島が見えてきた。彼の顔を模した島、だけどその島は所々から黒煙が上がっていた。
「バイキンマン!」
なんだか嫌な予感がする。ボロボロとなった体だが、風体など気にしない。なんとか島に着陸すると急いで駆け出した。辺りには焦げた嫌な匂いが立ち込めていた。
(ああ、黒い…。暗い…。熱い…。喉が焼けるようだ。は、はは、これがバイキンである自分の宿命か。全く損な役回りだよ。ああ。喉が渇いたな。腹もすいた。)
「ドキンちゃん、何か、食べ物を…。お腹がすいたよ…。 」
蚊の泣くような声で呟くもなんの返事もない。
(答えるわけないか。さっきの爆音は、なんだろう?ミサイルでも落とされたのかな?地下シェルターにいたから良かったけど…。ドキンちゃんは大丈夫かな?…眠くなってきたな…。)
バイキンマンの頭に浮かぶのは1人のライバル。彼こそがバイキンマンにとっての存在意義であり、存在証明なのだ。ま、それももう終わりだ。あの人間達はアンパンマンのいる理由をもみ消すだろう。アンパンなんて古めかしいものなど忘れ去られるのが運命だろう。そう、終わったんだ。何もかも。どこかで、アンパンマンの声が聞こえた気がした。…会いたい。俺様は、アンパンマンに会いたい。最期くらい、彼と話がしたい。今まで敵としてしか向かい合わなかったが1回ぐらい友達として話がしたい。けど、
(分かってる。それは。叶わぬ願いなんだ。さんざん好き勝手やってきたんだ。)
バイキンマンの目は静かに閉じゆく。だが、朧気な意識の中、確かに聞こえた。彼を呼ぶ声。その声の主は
「バイキンマン!」
「……アン…パンマン…。」
夢ではない。確かに、ここに、アンパンマンがいる。ボロボロの体、そして、雨に濡れたのかふやけて、さらに、菌にやられたのか変色した顔。だが。彼は、間違いなく。
「…なんで、お前がここに…。俺様を…笑いに来たのか?」
バイキンマンは布団に寝たまま皮肉をいう。本当は泣いて嬉しいが、どこか気恥しい。
「バカ、そんなんじゃ…ない、そんなんじゃ…」
アンパンマンは泣いているようだった。寝たきりのバイキンマンに近づく。
「馬鹿!それ以上近づくな!」
いまのバイキンマンは腐食が進み、体内に宿しているバイキンが体外に放出している状態のバイキンマンは食べ物であるアンパンマンにとって毒でしかない。
「…全部、分かったんだ。バイキンマンが今まで、なんで村を襲ってたのか。全部僕の為だったんだね。僕は…。君みたいな優しい、本当の優しさを持っていた君こそ、ヒーローに相応しかったんだ。ごめんよ、今まで気づけなくて。」
「………どこでその話を?ジャムおじさんには口止めしてたはずだけど?」
「うん、盗み聞きした。」
「それって正義の味方としてどうなんだ?」
「いいんだ。僕はもう、正義の味方じゃなくなったんだ。僕は…」
「言うな。…何があったかぐらい、分かる。いずれ、こんな日が来ることもあるかもしれないと思っていた。今日とは思わなかったけど。で、村の人たちは?どんな反応だった?」
「みんな、怯えた目をしてた。怒りとか、憎悪とか、そんなのもあるにはあるんだけど…怯えてた。その目が、僕には一番怖かった。」
「…やはりか。あいつらはそうするだろうな。つくづく、バカで無能な民衆ってのは救いようがない。迷惑をかけまくった俺様はともかくこれまで散々助けられたアンパンマンを一つのミスで突き放すなんて。…アンパンマン、さっき、俺様がヒーローになるべきって言ったけどな、俺様は御免だぜ。なんでそんな事しなきゃなんないんだ。信頼、絆、なるほど、確かに綺麗ではある。が、そんなもの、すぐに壊れてしまう。恐怖という本能の圧倒的な力によって。何年、何十年かけて信頼を作っても、1回間違えたらそこで何もかも失っちまう。そんなものに何の意味がある?正義の味方?ただのエゴイストだろ?誰が正しいかなんて正義なんて大層なもん掲げてなきゃ拳を振るえないなんて、なんて弱いんだろうな。」
「…バイキンマン…。」
「…ところで…アンパンマン、お前何しに来たんだ?」
「バイキンマン…僕の頭を食べて…。一週間変えてなかったから汚れてバイ菌だらけになっちゃったけど、だからバイキンマンは食べられると思うんだ。」
「…お前……それだけの為にここまで…」
「最後にバイキンマンに会いたかった。それが理由だよ。お願いだ、僕を、食べて…。君に…食べられたいんだ。」
アンパンマンは顔を差し出す。
バイキンマンは先程なんとか今日の分のご飯を食べたところでおなかはいっぱいだ。けど…
「けど、ここで食べなきゃ、男じゃないよな。」
バイキンマンは勢いよくアンパンマンにかじりついた。
「…、だめだ、アンパンマン、しめってるぞ…」
返事はない。そこには満足そうな顔を浮かべたアンパンしかなく、体は空中に溶けていった。
「は、どこが汚くなっただ。充分綺麗すぎて、俺様も…眠くなっちまったじゃねえか。」
タダでさえ湿っていたアンパンは更に濡れ、それを食べていたものも空中に消えた。残ったのは少しカビたアンパンのみだった。
最後はやはりバッドエンドで。作者的にグッドエンドよりバッドエンドの方が書きやすいって感じです。
長文読んでいただきありがとうございました!