アルティメット千早な僕が765プロのオーディションに落ちた件   作:やんや

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今回は会話回。
アイドルの卵編のようにちょくちょく蛇足部分を挟みますが、ダレないように気を付けます。

前回千早が攻めだったので今回は受けです。
特に言葉のチョイスに他意はありません。




アルティメットな初仕事その2

 ライブ鑑賞を終えたところで千川さんとは別行動になった。

 この後の予定は千川さんも聞かされていなかったため、僕からプロデューサーに確認して欲しいと言われた。

 できれば最後まで見張っていたかったと名残惜しそうに去っていく千川さんを見送りながら、僕は千川さんの用事について考えていた。

 千川さんはこの後、僕と同じ補充組アイドル二人を迎えるための準備を始めるらしい。僕と同じく今日が出社初日なのだが、二人とも学校があるため僕とは時間がずれたらしい。

 二人のうち片方は島村だろう。あんな別れ方をしたものの、同期としてまた会えるのは素直に嬉しい。今から会うのが楽しみなくらいだ。

 もう片方はよく知らない。千川さんが言うには例の二次オーディションに合格した受験者の内の残った方らしい。凄く言い難そうに教えて貰った。

 別に僕はもうその事を気にしていないんだけどなぁ。だから、千川さんもそんな風に申し訳なさそうにしなくていいと言いたかった。言ったところで押し付けになるから言わなかったけど。

 それにしても、二次オーディションで残った方の合格者か……。

 二次オーディション組と聞くとギリギリの合格に聞こえるけれど、実際は二次オーディションの方が厳しく見られると思うからそっちで残れたというのは凄いことだと思う。シンデレラプロジェクトの一次オーディションの合格枠は最大で十四人であるのに対し、二次オーディションは二枠しかなかったのだ。合格枠が少なくなっている分、二次オーディションの方が難易度は高い。

 だから、結果として最終的にシンデレラプロジェクトに受かっているその子は相応の能力を持っていることになる。

 どんな能力者か楽しみだ。シンデレラプロジェクトの他メンバーのも気になる。

 今からシンデレラプロジェクトのメンバーと会うのが楽しみだ。

 しかし、千川さん曰く、僕がメンバーに会えるのは夕方以降になるそうだ。十八時に玄関ホールでプロデューサーと待ち合わせる予定になっているから、その後にご対面という感じかな。

 当初の予定では僕にベテランのトレーナーが付いて、時間までみっちりレッスンを受けることになっていたのだけれど、突如撮影の入ったグループ(ブルーナポレオンというらしい)の調整のためにトレーナーが急遽対応することになった。その代打として僕を担当してくれることになったのがルーキーのトレーナーだったのだが、そちらは僕を受け持って一時間しない間に「体調不良」で退場してしまった。

 代わりのトレーナーを用意することもできず、一度ベテラントレーナーをブルーナポレオンから外して僕に付けるという話が上から出たそうだ。そこは途中で止められたので結局ライブ鑑賞に落ち着いたというのが一連の事情らしい。

 それにしても、いくら最初の予定だったとはいえ、先輩グループに付くはずだったトレーナーを新人の僕につけようとするなんてプロデューサーも無理をしたものだ。それだけプロジェクトメンバー達に期待してくれていることだよね。

 

 千川さんに言われた通り、プロデューサーに連絡を入れて指示を貰うとしよう。

 携帯電話を取り出し、アドレス帳からプロデューサーを探す。

 

「どちらに掛けた方がいいのかな?」

 

 アドレス帳にはプロデューサーの名前で二種類連絡先が登録されていた。

 片方が仕事用のスマホの番号で、もう片方は彼のプライベート用スマホの番号とメールアドレスだった。

 あの人は仕事とプライベートを分けて考えるタイプらしく、仕事の話以外で何か用がある時はこちらを使うようにとプライベートの番号を教えてくれたのだ。

 彼のプライベート番号を教えられた時は内心喝采を上げたものだ。だって、これは所謂アイマスゲームでいうメールイベント用のアドレスってことでしょ?

 確か前世の記憶では、ゲーム版にはアイドルからの個人的なメールを受信できるという要素があったはずだ。

 つまり、これを貰った僕は正式にアイドルとして認められたということにほかならない。

 他のアイドル達からも来ると思うし、あまりプライベートメールを送らないつもりでいたのだけれど、意外にもプロデューサーからメールが来ることが多かった。

 アドレスを教えて貰い、僕からも番号を教えた日から、「今どうしているか」とか「体調に不安はないか」など、その日から決まった時間に他愛ない内容の連絡が来るようになった。

 こうしてアイドル皆の状態を把握しているのだろう。その仕事に対する真摯かつ熱い姿勢に改めてプロデューサーは有能な人なのだと感心した。

 でも、体調とかの確認は仕事の一環だろうから、プライベートではなく仕事用でするべきじゃないかなとは思う。プライベート用では通信量とか請求できないだろうし……。

 プロデューサーが何人のアイドルとやり取りをしているか知らないけれど、負担になっていないかが心配だ。

 ここは仕事用にしておこう。お昼休憩中とはいえ仕事場での連絡なわけだし。

 仕事用の番号にかけると一コール目で繋がった。

 

「如月です。おはようございます、プロデューサー」

 

 相手に繋がったと同時に挨拶を口にした。

 アドレスを教えて貰ってからプロデューサーと電話越しに話した回数はそれほど多くはない。元々家族と春香以外に電話を掛ける相手が居なかったのもあり未だに電話は緊張する。

 少し早口になっていた気がする。

 

『……如月さんですか。貴女から掛けて来られるのは珍しいですね。どうかなさいましたか?』

 

 プロデューサーの声音からは特に忙しそうという空気は感じなかった。少しでも忙しそうにしていたら挨拶だけして切ろうと思っていたので安心する。

 それにしても、相変わらず良い声をしている。僕が男だったらこういう声質で生まれたかった。

 

「先程、千川さんから午後の予定をプロデューサーから聞くようにとご指示いただきましたので、ご連絡いたしました。……今、お時間大丈夫でしょうか? お忙しいようでしたら後ほど掛け直しますが」

『いえ、丁度手が空いたところなので大丈夫です。それよりも、本来ならもっと早くにこちらから連絡を入れておくべきでしたね。気が利かず申し訳ありませんでした』

「いいえ、そんなことはありません。プロデューサーがお忙しいのは私も理解しております。こうしてお時間をいただけただけ幸いです」

 

 たまに電話やメールで交わされるプロデューサーとのやり取りの中で、彼が日々激務を熟していることは察していた。直接忙しいということを言われたことはないけれど、会話の端々に混じる仕事絡みの話から読み取れた。

 そうなると僕と話すのは負担にはならないかという罪悪感から、今後は連絡を控えた方が良いか訊いてみたことがある。すると、プロデューサーから至極当然という感じにアイドルとのコミュニケーションも大切な事だと返された。本人が問題ないと言うのだから良いのだろう。それでも、あまり負担にならないように僕の方から掛けることはあまりしないようにしていた。

 

『前にもお伝えしたと思いますが、私に対してそういった気遣いは不要です。私は貴女のプロデューサーとして、貴女をサポートする義務があります。ですので、如月さんが必要だと感じたならば、遠慮などせず電話なりメールなりしていただいて構いません。……ちなみに、義務といっても私自身がちゃんと如月さんとの会話を楽しんでいますので、そこは誤解されないように』

「あ、はい」

 

 この間の一件以来、プロデューサーが今みたいに自身の発言に対して注釈を入れることが増えた。今もプロデューサーが「義務」と言ったことに対して僕が気に病むと思ったのか、わざわざ訂正を入れてくれている。実際に義務=負担になっていると受け取りかけていたので適切な対応だったと思う。さすがプロデューサーだ。僕の考えを熟知し始めている……。

 

「それは良かったです。……私も、プロデューサーとお話しできるのは嬉しいですから」

『……』

 

 プロデューサーとの会話は凄く楽しい。

 優以外の同性の知り合いがいない僕には同性の話し相手がもっと必要だと思うんだ。

 ついこの間まで、異性との会話がコンビニの男性店員からの「レシートは要りますか」に対して「いいえ」と答えるくらいの会話しかしたことがなかった僕だ。それ以外の同性との会話となると、中学生時代に男性教師と一言二言会話した時にまで遡る。

 ……クラスメイトの男子? はて、そんな生物が居たかなぁ(目を逸らし)。

 だから、数少ない男の知人枠であるプロデューサーとは仲良く会話できる仲になりたかった。

 

「あ、申し訳ありません、それでこれからの予定についてなのですが……」

 

 手が空いたとはいえ仕事中なのは変わりないのだから、あまり雑談に興じるのも悪い。手早く予定を聞いておこう。

 

『……そうですね。ところで、今如月さんは昼食の方はもうお済みでしょうか』

「お昼ですか? ……まだですね」

 

 今はお昼時から少し遅れた時間だ。しかし、今さっきまでライブ鑑賞をしていた僕はまだお昼ご飯を食べていなかった。

 

『でしたら、まずは昼食を取って下さい』

「はい」

 

 そう言えば今日は何も食べていないことを思い出す。春香が収録のために朝早くから出て行ってしまったので、一緒に食べる相手もいないなら……と朝ご飯を食べなかった。

 お昼も面倒だから抜いてしまってもいいかな。

 

『くれぐれも、面倒だからと言って食事を抜くのは止めてくださいね』

「……はい」

 

 バレてる。

 この間会社のホームページに載せるプロフィールのためにプロデューサーから色々と訊かれたのだが、その時に僕の体重が四十kgも無いと知られてしまった。それ以来、プロデューサーはこうして僕の食事に口を出すようになってしまった。

 せっかく食べずとも死なない身なのだから、もっと有効活用して行きたかったのだけどプロデューサーから食べろという指示を受けたからには食べないといけない。残念だ。

 これでまた死にスキルが増えてしまった。使えないチートはあってないようなものだ。

 

『この間提出していただいた貴女がこれまでされていた自主練習の内容ですが……。正直目を疑いました。とても正気の人間がやるような物ではありません』

 

 まあ、チートを使っているからね。

 でも正気を疑われるレベルではなかったはずだけど。これでも中学時代より抑えた内容なのに……。

 

『そして同じく提出していただいた日々の食事内容についても、自主練習程ではないにしても酷い内容でした。私もアイドルに関わる身として、少しですが栄養学について学んでいますが……いえ、そんな知識がなくともわかります。どう考えても、貴女は栄養が足りていません。運動量に対して足りていないということではなく、人が生きていく上で必要な分すら足りていない』

 

 僕が嘘を吐いているという思考に彼が至らないことを恨む。

 

『で、あるならば、足りないエネルギーは他所から持って来るしかありません。常識では信じられませんが、貴女はそれができている』

「……」

 

 信じられないなら信じなければ良いだけなのに、この人は僕が嘘を吐いてないとわかっている。

 そして、プロデューサーから確信を突く問いが投げられた。

 

『……貴女は何を削ってそれを行っているのですか?』

 

 生まれて初めて、誰かにそれを言及された。

 プロデューサーが言う通り、僕の出せるパフォーマンスと摂取エネルギーは釣り合っていない。一の栄養補給に対して十の出力を行っている。本来そんなことは不可能なはずだ。一般人には当然できないことだろう。

 それはチートを持つ僕ですらできないことだった。

 さすがに体内で無限にエネルギーを創り出すようなチートは持っていない。僕は超能力染みた力こそ持ってはいるものの、超能力者でもなければ魔法使いというわけでもないのだ。ただ、汎用性と発展性が超仕様のチートを持っているだけに過ぎない。

 だから、本来僕が何かするためには、それに見合うだけのエネルギーが必要になる。だが、僕が求める出力に対して同等のエネルギーを補給するとなると、某野菜人間達のような爆食いが必要になってしまう。それはちょっと現実的ではない。

 しかし、栄養補給ができないからと言って、出力を諦めるのは僕にはできなかった。足りない物が多すぎる僕にはチートしか無いのだから。

 ……だったら削るしかないだろう。

 

「……お昼ご飯はちゃんと食べます」

『如月さん……』

 

 プロデューサーの問いに僕は答えることができなかった。

 親身に接してくれるプロデューサーに不義理な態度をとりたくない。あの頃の様にこの人を拒絶するのは今の僕にとって苦痛だ。それくらいにはプロデューサーに慣れてしまっていた。

 でも、どうやって削っているのか、それを知られることで彼に化物を見る様な目をされるのが怖かった。

 そして、それ以上に……何を削っているのかを知られたくなかった。

 

「ちゃんと、食べますから……」

 

 これ以上は聞かないで(踏み込まないで)欲しい。

 

『如月さん、私はプロデューサーとしてだけではなく、一人の人間として貴女を心配しています。これは、食事面だけの話ではありません』

 

 プロデューサーの声は優しいままだ。

 こんな態度をとる僕に変わらず接してくれることに安堵と申し訳なさと、喜びを感じる自分が浅ましく思える。それでも、この優しさに甘えてしまう。

 

『貴女のアイドルに対する想い入れや意気込みを、私は素晴らしいと思っています。ですが、貴女のそれは自身を蔑ろにし過ぎています。私は立場上それを看過することはできません。わかりますね?』

「はい……」

 

 本当はよくわかっていないのに有無を言わせないプロデューサーの声に反射的に答えてしまった。

 彼の言う「わかりますね」という言葉の意味はわかる。でも、それで僕はどうすればいいのか、それを考える力が僕には無い。

 僕にはこれしかないのに、これを取られたもう何も残っていないのに……。

 

 それとも、チートの無くなった僕でも貴方は必要としてくれるのですか?

 

 喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 訊いたところで意味はない。チートのことを知らないプロデューサーに訊けるわけがなかった。

 それに、もし訊いて、彼が意味を理解してくれて……拒絶されたら?

 それは嫌だなぁ。

 

『だから、まずは食事をきちんと取って下さい』

「……はい」

『待ち合わせは食堂です。午後の予定はその時にでもご説明いたします』

「……はい。………ん゛?」

 

 今何か変なセリフが聴こえた気がするのだけれど。

 待ち合わせ?

 

「あの、プロデューサー?」

『何でしょうか?』

「今……待ち合わせとか聞こえた気がしたのですが」

 

 電波が悪くて聞き間違えたのかもしれないと念のため聞き返す。

 

『今回は私がお目付け役として、きちんと如月さんが昼食を取ったか監視させていただきます』

「はぃー……」

 

 ヤダ、プロデューサーからの信用低すぎっ!?

 プロデューサーは僕が嘘を吐くと思っているのだろうか。さすがにご飯を食べる食べないで嘘を吐くような人間ではないぞ。

 ……優相手にやってたわ! 僕そういう人間だったわ!

 

「私は約束を守らないような人間ではないですが……」

 

 だよね?

 嘘はともかく、ちゃんと約束したことは守る人間だってわかってくれてますよね?

 

『……そうですね。貴女は昔から約束を守る方でした』

 

 そうでしょ?

 短い付き合いとはいえ僕が約束を守るタイプだとわかって貰えていて良かった。ただ、僕って何だかんだと約束を守れない状況に陥ってしまうだけなんだって。

 

『如月さんが約束を破ると思っているわけではありませんが、貴女の場合は外的要因で約束を守れないことが多い気がするので……』

 

 ヤダ、プロデューサーからの理解高すぎっ!?

 ちょっと僕のこと把握し過ぎじゃないですかね。これは誰かからタレコミがあったと見て間違いないな。

 親か?

 お母さんあたりからプロデューサーに僕の話が行っているのかも知れない。

 ありがとうと言うべきか恥ずかしいからやめてと怒るべきか迷うところだ。

 

『ご迷惑、でしたでしょうか?』

 

 心なしかトーンが下がったらしいプロデューサーの声に罪悪感を覚えるのは何でだろう。

 その訊き方は正直ずるいと思うんだよね。

 プロデューサーが僕のことを考えて申し出てくれたとわかっているから、余計罪悪感が湧いてしまうのだ。わざわざ僕を監視するためだけに使う時間があるのだろうか。

 電話越しに聞こえる音の感じからして、プロデューサーは結構高い場所──敷地内なら本社ビルの三十階くらい──に居るのだと思う。確かそこにプロデューサー室があると言っていた。そこから食堂までは来るのは負担にはならないのか。

 

「わかりました。元より嫌ということでは無かったので問題ありません……お手数をお掛けいたします」

『いえ、私の方もこれから昼食にしようと思っていたので丁度良かった』

 

 貴方も食べるんかい。

 ただプロデューサーが監視だけと言ったら断れたかも知れないのに、彼もこれから昼食なのだと言われたら断る理由がないじゃないか。最初からそう言ってよ。無駄に申し訳ない気持ちになったわ。

 いや、と言うかだよ?

 今回もこれからお昼だから一緒に飯行こうぜ。あ、ちゃんと食べるか見張ってるからな。とかにすれば僕も素直に頷いたよ。無駄な問答要らなかったよ。

 

「プロデューサー、こういう場合は監視とかそういう言葉を使うのではなく、もっと気の利いた言い回しがあると思うのですが?」

『そうでしょうか?』

「そうですよ。監視だなんて、たとえそれが主目的であったとしても言うべきではないです。もっとオブラートに包むなり、別の目的で隠すとかしないとダメですよ?」

『なるほど。大変参考になります』

 

 ……なんで僕はプロデューサー相手に言葉のチョイスの講義をやっているんだ?

 偉そうに講釈垂れるほど僕にコミュ力は無いぞ。まあ、それ以上にプロデューサーの言い方が悪いことが多いので、気が付いた時にこうして訂正を入れることがここ最近何度かあった。

 僕よりコミュ障とかやばいので。

 プロデューサーが言葉の選び方を改善してくれれば、今後誤解を受ける回数も減るだろうから、ウザくない程度に訂正して行こう。……それでも完全に誤解を受けなくなる気がしないのは何でだ。

 

『では、改めて。……如月さん、この後食事でもどうでしょうか? 貴女と二人の時間を過ごしたいのです』

「……」

 

 ……。

 いや、そうはならんやろ。

 何で余計酷くなってるの?

 どうして彼はその選択肢を選んでしまったのか。どうして選んだ結果が口説いているような台詞になってしまったのか。そもそも言ってておかしいと思わないのか。

 発想が理解できない。

 オブラートに包みすぎて口に入りきらないレベルだ。窒息不可避である。

 これも千川さんの教育の賜物ってやつだろうか。

 

『……いかがでしたでしょうか?』

 

 そんな採点を待つ生徒みたいに訊かれてもね。

 これ、僕がどう答えても変な感じになるやつじゃないかな。

 

『駄目、でしたか?』

「いえ……では、お昼行きましょうか……」

 

 結局どう答えても間違いだと思ったので昼食に行くという話の方で纏めた。

 

 

 

 

 食堂に着いた。

 時間的にお昼時を結構過ぎてしまっている。プロデューサーとの会話で想像以上に時間をとられた結果だった。

 プロデューサーとの会話はたまに心臓に悪い時があるから困る。

 胸のあたりを押さえると今も心臓がドキドキしているのがわかる。いや、ドキドキというかヒヤヒヤというか……。

 いつかあの人は誰か相手にやらかすと思うんだよね。それで逆上した相手に刺されて死にそう。

 何とか矯正して貰おうと色々言うのだけど、今のところ上手くいったためしがない。プロデューサーが天然過ぎて自分が何を言ったのか理解していないのが問題だった。

 これは最終的に千川さんに責任をとってもらうしかないな。代わりに刺されろとは言わないので、矯正役を代わって貰いたい。できないなら結婚しろ。

 

 さて、プロデューサーの方は少しだけ遅れて来るそうなので先に食券だけでも買っておくかな。

 食欲が無いのであまり気乗りしないものの、プロデューサーとの約束もあるので食べないわけにはいかない。いったいいつまでこの不調は続くのだろうか。

 さっそく貰ったカードを活用するとしよう。確か食堂のメニューがこれ一枚で食べ放題という話だったよね。食券式みたいなのでこのカードを券売機に使えばいいのかな?

 メニューの確認のために食堂前に設置されている券売機の前に立つ。

 この券売機なのだが、定食屋のチェーン店にあるような料理名だけのシンプルな物ではなく、液晶画面に料理の説明や使用している材料が画像付きで表示するようなハイテクなやつだった。

 しかもメニュー自体も結構色々と種類がある。麺類のようなオーソドックスなものから創作料理みたいな珍しいものまで取り揃えられている。下手なファミレスよりも種類が豊富なんじゃないかな。

 これはどれを食べるか迷ってしまう。

 安定の日替わり定食とかどうだろうか?

 それともこの「大和撫子48変化 下総国の風とともに豚の気持ちになる定食」というイギリス風牛料理なんて程よく狂っていて興味が湧く。豚要素ないじゃん!

 無料だからどんな冒険もし放題だ。

 メニューがありすぎて迷うなぁ……。

 

「ここの食堂はAランチがお勧めだよ」

 

 迷っているとどこかで聞いたことのある声でお勧めを言われた。

 Aランチ?

 また地味な名前のメニューを勧めるものだと思ったところで、自分がずっと券売機の前にいたことに気付いた。

 新人の僕が券売機と言えど一つの場所を占有するのは拙い。きっとこの声の主はあまりに時間を掛ける僕に業を煮やして「もうAランチにしておけよ」と言って来たに違いない。

 申し訳ないことをした。すぐに謝ろうとと慌てて振り返ると、何とそこに居たのは最終面接にいたナイスミドルさんだった。

 あの最終面接の場所で一人だけ纏う空気が違った人だ。他の人は僕に対して挑発的というか懐疑的な目を向けていたので余計印象に残っている。

 最終的には僕の歌を聴く流れにしてくれた人なので僕の中ではこの人は救世主扱いだ。

 

「申し訳ありません、今どきます!」

 

 慌てて場所を譲るために横に避けるとナイスミドルさんは人の良さそうな笑顔を浮かべて首を振った。

 

「いやいや、特に急いでいるわけではないから構わないよ。じっくり選ぶといい」

「ですが……」

「混雑する時間はとうに過ぎているからね。それによく周りを見てみなさい、券売機はそれ一つではないよ?」

 

 言われて気付いた。

 周りを見れば券売機の前に居るのは僕とナイスミドルさんだけで、その券売機もこれ一台だけではなく等間隔に何台も設置されていた。

 つまり、この人は本当におすすめのメニューを教えてくれていたということになる。

 顔が熱くなるのを感じる。悪意を向けられていると勘違いしてしまった。恥ずかしい。

 

「ハハハ。一直線なのは良いことだが、視野を狭くしてはいけないよ? ……面接の時みたいにね」

「その節はどうも……ご迷惑をお掛けいたしました」

 

 あの時の僕の態度は今思い出しても酷いものだった。面接の最初の方は緊張のし過ぎで自分でも何を言っているかわからなくなっていたし、最後は最後であの「いいから私の歌を聴け。それが答えだ」という啖呵である。いくら相手が喧嘩腰だったとしても、面接を受ける側がそれに応じてやり合うのは駄目だよね。最後は全力チートで歌ってからプロデューサーに交渉を丸投げするというクソっぷりである。我ながら酷いを通り越して気が狂っていたとしか思えない面接内容だった。

 普通なら落とされても文句は言えない。それでも今こうしてここに居るということは受かったからなんだけれど。それはそれで面接官が狂っているとしか思えないわけで。

 

「いいや、迷惑を掛けたのはこちらの方だよ。最後は面接官側が惚けて居るだけだったからね。……もちろん私もその一人だった」

「……」

 

 どこか遠くを見ながら染み染みと語るナイスミドルさんの顔には穏やかな笑みが絶えず浮かんでおり、面接時のあの険のある感じは嘘のように消えていた。本来の性格はこちらで、面接の時だけアレなのかもしれないね。

 最後に部屋の空気が一変していたことから、アレは一つの圧迫面接だったのではないかと思っている。

 これからの僕のアイドル人生を考えて、あえて厳しい態度で面接をすることでアイドル候補の覚悟を試すとかなんとか。

 だと言うのに勝手に覚悟を決めてイキったのが僕です。

 あー、これは黒歴史決定だ。何年後かに布団の中でバタバタ暴れる案件。また一つ、僕の黒歴史が増えた。やったね千早ちゃん!

 

「さて、私も食券を買うことにしよう」

 

 新たな黒歴史に脳内で暴れている僕をよそに、ナイスミドルさんが隣の券売機を操作し始めた。

 僕も何か選ばないと。

 ナイスミドルさんはAランチがお勧めだと言っていた。メニューの「Aランチ」という文字の下には品目が書かれており、Aランチのメインはハンバーグであることがわかった。

 正直ハンバーグを食べる気にはなれない。今肉類を食べたら胃もたれで死ぬ。文字通り死ぬ。

 でも明らかに目上の人間からお勧めと言われたからにはAランチを頼んでおいた方がいいのだろうけど……。

 そう言うナイスミドルさんは何を頼んでいるのか。横目で見てみるとBランチを選択しているのが見えた。

 手元の液晶でBランチの品目を確認すると野菜炒めとあった。

 

「……」

 

 格差凄っ!?

 Aランチはハンバーグなのに対してBランチは野菜炒めとか。しかもAランチはハンバーグのほかにグラタンも付いているぞ。Bランチはお新香だ。

 Bは何か悪いことでもしたのかと心配になる。

 思わずナイスミドルさんを見ると僕の視線に気づいたナイスミドルさんと目が合った。

 

「私は昔からBランチ……野菜炒めが好きでね」

 

 恥ずかしそうにナイスミドルさんはBランチを選んだ理由に言い訳をしていた。

 別に野菜炒めをディスるつもりなんて無いよ。僕だってハンバーグと野菜炒めなら野菜炒め食べたいもの。

 

「あー……何と言うかだね」

 

 何と答えたら良いかわからず答えに困っていると、ナイスミドルさんの方も続く言葉が思い浮かばなかったのか困った顔をしている。

 自分よりいくつも年上の人のこういう表情を見ると少し落ち着く。僕が何かをする度に大人達からは厳しい目で見られて来たので、こうして僕がしたことに対して優しい目を向けられるとむず痒くなる。

 ナイスミドルさんは何かを迷うように視線をさ迷わせ、目を閉じ、少しして目を開けるとこちらを真っすぐと見た。

 

「君は……アイドルになりたいからアイドルになったのかな?」

「えっ?」

 

 ナイスミドルさんからの突然の質問に思わず聞き返してしまう。

 僕の反応を予想していたのか、表情を変えることはせず、ナイスミドルさんが言葉を続ける。

 

「君の歌は素晴らしい。歌唱力だけで言えば、すでに行き着くところまで行き着いている。……人の持つ可能性の終着点に君はその若さで立っている。恐ろしいことにね」

 

 唐突に語り始めるナイスミドルさん。これは長くなるやつだ。

 

「君の歌は人の心を変える力を持つ。君が歌うだけで人は君を賞賛するだろう。人が持つ信念や覚悟、自信、自負……それら全てを駆逐して薙ぎ払うくらい鮮烈に君の歌は相手の心を揺り動かす。相手が望む望まないに関係なく、文字通り君の歌は心を、人を変える」

 

 どうしよう、この人いきなり人を自然災害みたいに呼び出したぞ。

 流石の僕でも天災扱いは御免なんだぜ。あと言葉のチョイス。

 

「私は……何だったんだろうね。それまで確固として持っていた、持っていたつもりだった何かが君の歌を聴いてから無くなってしまったよ」

「私の歌で……それは、その申し訳ありません」

「ああ、いや! 別に責めているわけではないよ。……これは、私の中にあった古くからある慣習と先人への間違った気遣いから出た膿のようなものだからね。逆に無くなったことでさっぱりした気分だよ」

 

 そう言って歯を見せて笑うナイスミドルさんの顔は確かに一片の曇りもないくらい澄んでいるように見えた。

 

「結局私の考えなんてものは、古臭い骨董品のようなものなのかもしれないね。良かれと思ってやって来たつもりだったが、君の歌を聴いたことで、それは私の独りよがりに過ぎなかったと思い知らされたよ」

 

 だが次の時には自嘲気味に目を伏せてしまった。過去の自分を振り返り、その在り方を自分自身で全否定するのは辛いことだ。この人の年齢になってからそれをするというのはどれ程の苦痛なのだろう。

 確かに歌に自信はあるとは言ったけれど、ここまで追い詰める程のことをしたつもりはない。

 ただ僕は歌っただけだなのに。

 全力で。

 それだけなのに……。

 

「私のやって来たことはこのBランチの様に古臭いものだった。新しい相手に端に端にと追いやられるだけの惨めなものだった」

「……」

「最後にはAランチの名前まで失った。君は知らないだろうが、元々BランチはAランチだったんだよ。それが今ではBランチと名前を変えてお情けで残っている状態だ」

 

 ナイスミドルさんは手に持ったBランチと書かれた食券を悲しそうな目で見ている。

 それがどういった理由からなのか、根本的なところで僕は理解できていない。僕はこの人をよく知らないし、この人の立場も知らない。この人の歩んだ道程を僕は知らない。

 きっと、この人自身と、この人と深く関わった人達にしかわからない何かがあったのだろう。それは良いことではなかったのかも知れない。

 僕にはこの人がBランチにどんな意味を込めているかなんてわからない。この人に何か救いになる言葉を掛けることはできないのだ。

 だから、僕が選ぶ選択肢は一つだった。

 ……使い方がシンプルで良かった。

 

「それは……」

 

 券売機のボタンを押して食券を取った僕の手元を見たナイスミドルさんが息を呑んだ。

 僕が買った食券はBランチだった。

 

「私はBランチを食べたいと思いました。Aランチではなく、Bランチが良いと思いました」

 

 僕にできるのは空気も読まずに自分の話をするだけだった。

 いつだって僕はそうして来た。相手の事情なんて気にしないで、自分の思ったことだけを語って来た。

 今回だってそうだ。ナイスミドルさんの事情なんて知ったことじゃないし、仮に知ったところで僕に何かができるとは思えなかった。

 だったらいつも通りやるだけだ。

 

「……」

 

 ナイスミドルさんは黙って僕が話すのを聞いてくれていた。

 

「確かに、Aランチが好きな人の方が多いのでしょう。でも、そうじゃない人も居ます」

 

 僕みたいにね。

 

「ここの人気メニューなんて知りません。皆さんがそれが良いと言っても、私にはそんなもの知らないし、関係がありません。そんな物で選ぶ物を変えるつもりはありません」

 

 人気メニューだからハンバーグを食べろなんて言われたら僕は嫌だ。ハンバーグは嫌いじゃないけど、今の僕は野菜炒めが食べたいのだ。

 

「それに、結局のところ美味しいからここにあるのでしょう」

「君は……」

「私はBランチが食堂に残っていてくれて良かったと思っています」

 

 ナイスミドルさんの目をまっすぐ見詰めながら言い切った。

 ゲテモノかハンバーグしか選択肢が無い食堂とか悪夢だろ。

 

「私、野菜炒め好きなんですよ」

 

 美味しいし。

 あと安いし。

 ナイスミドルさんが求める答えだったかはわからないけれど、あくまでBランチの話として語るならば、僕の考えは今言った通りだった。

 

「……そうか。……そうだな」

 

 でも、ナイスミドルさんにはそれで十分だったらしい。

 僕の言葉を聞いたナイスミドルさんは、何かを堪えるように上を向いた。そして、何かを噛み締める様に何度も頷いていた。

 

「確かにBランチとして居る間は、Bランチの仕事をしなければいけないよなぁ……」

 

 しみじみと呟いたナイスミドルさん。

 

「ありがとう、如月君。私は答えを得たよ」

 

 座に帰るんですかね。

 

「それに、Bランチだってこのまま終わっていいと思っているわけではないんだよ」

 

 どうでもいいけれど、もう少し良い例え先はなかったのでしょうか。

 僕は思ったことを言っただけで、貴方の事情なんて何も考慮してないですよ?

 それでも良いと仰るならば僕からは何もありませんけど。

 

「さて、いつまでも時間を取らせるのも悪いね。私はもう行くよ。久しぶりに後ろめたくない気分で野菜炒めを食べられる」

「あ、はい。……お疲れ様でした」

「お疲れ様。……本当にありがとう」

 

 最後に丁寧過ぎる程に頭を下げて来たナイスミドルさんに慌ててこちらも頭を下げる。

 今まであえて触れなかったけれど、明らかに偉い人っぽいし、そんな相手に一方的に頭を下げさせるとか拙い。

 爽やかな空気を纏ったナイスミドルさんが去っていくのを僕は頭を下げたまま送り出した。

 良かった、一緒にお昼を食べようとか言われなくて。断るにしても一緒するにしても面倒事になっただろう。

 

「お待たせいたしました」

 

 背後から声を掛けられたので振り返るとプロデューサーが立っていた。

 少し息が上がっているのを見ると急いで来てくれたのだろうか。そんな急がなくても幾らでも待つのに。

 

「先程まで何か話されていたようですが……一体何を?」

 

 ナイスミドルさんとのことを訊かれた。遠目に見えていたのかな?

 

「特にどうということは話していませんよ。この間の最終面接の話くらいです」

「そうですか」

「あとは、えっと……」

「やはり、何か言われましたか?」

 

 え、何その言い方。僕ってばあの人から何か言われる可能性があったの?

 実は受からせる気なんてなかったのに受かるなんてとか?

 でも、何も言われなかったということはプロデューサーの考えすぎだったということだよね。あの人そんなこと言うタイプには見えなかったもの。

 

「いえ、好きなメニューについて語り合ったというか、私が一方的に語ったというか」

「はぁ、なるほど?」

 

 プロデューサーが不思議そうな顔をする。

 当然そういう反応になるよね。僕も意味わかんなかったもん。

 

「ところで、ナイスミ……先程の方はどういった立場に居る方なのでしょうか? 最終面接の時にもお聞きする機会がなくて……」

 

 良い機会だしプロデューサーにナイスミドルさんの事を訊いてみた。いつまでもナイスミドルさんと呼ぶわけにもいかないしね。

 僕がナイスミドルさんを知らなかったと知っても、プロデューサーは特に驚くことはなかった。

 むしろ知らなくて当然という感じで教えてくれた。

 

「今の方は、この346プロダクションの専務ですよ」

「……へ」

 

 専務相手に最終面接で啖呵切って、今度はお勧めメニュー蹴った挙句好き勝手に語ってしまった。

 

「……オッフ」

 

 僕終わったかも知れない。

 

 こうして、僕の黒歴史がまた一つ増えたのだった。




今回は会話回。
CPメンバーとの出会いは次回以降に持ち越しです。本当は一気に進めたかったのですが、今後の武Pとの絡みを薄めるためにここで会話させておく必要があったので会話パートを入れました。
千早の武Pに対する感情は70%がビジネスライクで残り30%は同性に対する気安さでできています。ホモじゃないので恋愛感情はありません。
中学時代に男子生徒と会話をしたことが絶無の千早は家族以外でまともに会話した相手が武Pが初めてになります。そのため武Pに懐いているのですが、これまで優や女性としか接してこなかったので同じ接し方をしてしまいます。
女子高出身の女の子が共学の大学に進学したようなものですかね。よく知りませんが。
対男性への接し方を知らない+元男+男に飢えている(意味違う)千早は無防備に武Pに接近するので、その言動の意味深さも合わさり目撃者(ちひろ)が「っべーぞ、これマジっべーぞ」と胃を痛めることになります。
今後さらに酷くなるので、ちひろの胃は常にオラオラッシュを受けている状態に……。
どうしてちひろさんだけがこんな酷い目にあうんだ!

あと、今回ちょっとだけ出て来たナイスミドルの専務さんは千早の最終面接時に居合わせた被災者の一人です。
たぶん最終面接回以降は常務が出て来るまで出番がないと思います。
彼が語ったBランチの話はよくある競走に負けて名ばかりの閑職に回された人間のあれこれだと思ってくだされば。武P視点で余裕があれば語られると思います。
色々燻っていた人間の膿を洗い流し再び熱を灯すことでシンパに作り直す千早。それが現体制に対する元対抗馬筆頭というところが天性の破壊者たる所以。別にアイドルに被害はないのでいいんですけどね。常務が可哀想になるだけですし。

次回は武Pとの昼食に続きます。
そしていよいよCPメンバーとの顔合わせ。
そしてそして、とうとう彼女の登場となります。
ある意味最も悪い意味で千早の影響を受けてしまった彼女ですが、果たして二人の邂逅はどのようなものとなるのか……。

千早「見ろ! 僕が作った最強の爆弾だ!」※ただし、前編に限る。

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