アルティメット千早な僕が765プロのオーディションに落ちた件 作:やんや
このエピソードは原作でも5分程度のエピソードでしかなく、延々こねくり回すような場面ではないと。
私は正気に戻った。
まずはどの程度まで動けるか、バックダンサー組の習熟度を確認するためにいきなり踊ることになった。
僕、本田、島村の三人が並び、前に立つ城ヶ崎の動きに合わせて踊る感じだ。この陣形が実際のステージでのスタンダードかつスタート位置になる。もちろん僕達バックダンサー組の適正を見た後でポジションチェンジをすることもあるらしい。
てっきり僕達だけで踊り、それを城ヶ崎が見るのかと思っていたら合わせることになり少し焦る。こちらを見ることなく、前面を向いている様子から彼女にトレーナーとして教えるという気はないらしい。
まあ、それならそれで構わないけど。とりあえず合わせてみて、そこから課題を探すというのがプロのやり方なのかな?
ずっと独学でやって来た僕にプロのやり方はわからない。それでもこんな風に僕が余裕を持てているのは、今の時点で自分のダンスが完璧に近いと確信しているからだ。今この瞬間にライブでステージをやれと言われても対応できる自信があった。
物心ついた時から多くの時間を費やして来た独学の訓練。一時期トレーナーのようにあれこれと口を出してくれた人がいたので、ギリギリ格闘漫画みたいな内容からは離れられてはいる。それでもチートありきで形作られた練習メニューは他のアイドルからすると歪に見えることだろう。
それでも結果は付いて来ているから何も問題はないと思う。今こそ僕の自主訓練の成果を見せる時が来たわけだ。
そう思っていた時期が僕にもありました……。
あれ?
「ワン・ツー・スリー……そこ、動き遅れてるよ」
「はい」
あれれ?
「今度は速い。もっと二人に合わせる」
「はい」
ちょっと待って欲しい。
「ズレてるズレてる!」
「はい」
なーにーこれー?
それに気付いたのは、レッスンが始まってすぐの事だった。
驚く程に僕は本田と島村に動きを合わせられなかったのだ。
何をどうしても、二人の動きとズレてしまう。
ダンスの内容自体に問題は無い。手本として観たライブ映像で動きは完全に覚えているし、曲の入りから終わりまで、どのポジションになっても大丈夫なくらい習熟済みである。
だから、最初の頃は多少ズレていても、時間が経てば合わせられると思っていた。僕にはダンスの才能が無いとはいえ、幼い頃から積み重ねて来た物があると自負していたから。焦らずに踊り続けていればそのうち合わせられると思っていたのだけど……。
「……テンポが遅れてるよ!」
「はい」
振り付けの中で全員と合わせるパートで動きのズレた僕に城ヶ崎姉のチェックが飛ぶ。
僕はすぐに返事を返すが、何をどうすれば直るのかはわからない。だから何も改善できないまま躍り続けるしかない。
「ワン、ツー、スリー! っ……そこ、タイミングがズレてるよ!」
「はい」
……。
「今度は速い。もっと二人に合わせる」
「はい」
……。
「ズレてる!」
「はい」
もう何度目になるのか数えるのも億劫になるほどのチェックに律儀に返事をしながら今の動きの悪いところを頭の中で反芻する。しかし、これと言ってダメなところがわからずに検索結果は該当無しで終わった。脳内で思考を分割し、それぞれに別視点から試行させてもそれは変わらなかった。つまり、僕の中では問題無しということになってしまう。これはおかしい。
それでも、先程から僕ばかり注意を受けているし、実際ズレているのは僕なので一番注意を受けるのは当然と言えた。二人に比べて倍以上注意を受けている。
どう直せば良いかわからず、あれこれと合わせようと努力することで余計動きが合わなくてなってしまった。
本田と島村に合わせようとしても、頭に思い描いた動きと実際の動きに差異があるせいで合わせられない。その回で修正できたと思っても、次やってみると今度は別の箇所がズレてしまう。何度修正しても二人の動きに合わせられない……。
何だこれ。どうして二人の動きに合わせられないんだ?
踊った後に動きを修正しても、次の回ではまたズレが生じてしまっている。
何度繰り返しても、その度に修正箇所が見つかり満足に踊りきることすらできない状況に陥っていた。
修正を繰り返すことだけに時間を費やした結果、レッスンが始まってからそれなりの時間が経った今でも満足に踊れていない。
「ちょっと休憩しよっか?」
結局一度も合わせられないまま、城ヶ崎の提案により休憩を入れることになった。僕は一切疲れていないので続けて欲しいのだが、本田と島村の息が上がっているので仕方なく従う。僕と違って二人は体力に難ありみたいだ。……いや、これでは体力があるくらいで優越感に浸っているように聞こえるか。実際は体力なんて自主練習をしていれば自然とつくものだ。
それに、二人がここまで疲弊しているのは僕に付き合ったからだし……。それで二人に対し上から目線で居るなんて性格が悪いにも程があるだろう。
僕が合わせられないことで同じ箇所を何度もやるハメになり、そのせいで通してやる予定が何度もやり直しすることになってしまったのだから、レッスン時間が伸びたのは僕が原因だ。つまり二人が疲労しているのも僕のせいということになる。
「はぁ〜、疲れたぁ」
本田が大袈裟なアクションとともにその場に倒れ込む。
声の感じと無駄な動きをしていることから、まだ余裕があるように見えた。本当に疲れた時はしゃべる余裕もなく無言で倒れるものだ。意識を失うのは体の安全装置が働いているからで、本当の本当に疲れると疲労している自覚すらなくなる。疲れを感じていないのに身体に力が入らず、意識を失うことすらできずに倒れたまま硬直するのだ。こればっかりは体験しないと理解できないやーつ。
だから声に出せている時点で本田はまだまだいけるというのがわかる。むしろ、本田の横で無言で突っ伏している島村の方が重症だ。何故かその横で同じくみくにゃんが倒れているのは知らん。たぶんレッスンの見学がてら同じ動きをしようとしてダウンしたとかだろう。今は島村ともども三村とツインテに介抱されている。
ここで僕がコミュニケーション強者だったなら二人に声でも掛けるところなのだろうけれど、僕は自他ともに認めるコミュ障なのでそんな真似はしない。
学生時代は下手に声を掛けて相手をイラつかせるなんてこと日常茶飯事だった。単純に間が悪かったのか、それとも僕の言葉のチョイスが悪かったのか……。その相手とは以後一度も会話をすることが無かったのでわからずじまいだ。
今回は声を掛けて機嫌を損なわれてしまうのを避けるためにも話しかけるのはやめておこう。過去の経験をきちんと活かせる僕であった。
「大丈夫ですか?」
自分のコミュ障が改善されつつあるのを自覚していると、プロデューサーが話し掛けて来た。その顔はいつにも増して険しく見える。
何か懸念でもあるのだろうか?
やはり僕の動きが悪かったから、それを指摘しに来たとか?
やだなぁ……。何が嫌かって、プロデューサーに才能が無いところを見られるのが嫌だ。せっかく見出してくれた彼に申し訳なくなるから。
「えっと、あまり上手くできませんでした……それに改善点もわかりません」
下手に誤魔化してもこの人には筒抜けだろうから正直に伝える。僕がダメダメなことは見ていてわかっているだろうし。さらに改善点もわからないと教えるのは心苦しかった。
「いえ、そういう意味ではなく……そうですね、如月さんの動きは悪くはありませんでした」
しかし、プロデューサーから返って来た言葉は僕の予想とは違っていた。
「悪くなかった、ですか?」
「はい。きちんと振り付けを覚えていましたし、付け焼き刃ではないしっかりとした技術が動きの端々に見受けられました。これは一朝一夕の努力では身に付かないものでしょう」
「そんな……。私はただ足りない分を補おうとしていただけで……」
予想外のプロデューサーからの高評価に謙遜じみたことを言う。どこかズレた答えだというのはわかっていたけれど、自分ではダメダメだと思っていたことを褒められるとこうなっちゃうと思うんだよね。それが他ならぬプロデューサーからだったからなおさら動揺してしまう。
「如月さんは私が見える範囲だけでも、とても努力されていることがわかります。その努力の量をここで言及はしませんが、その努力に見合った成果は確かに出せていると思います」
「はい……」
プロデューサーの評価を素直に受け取りたい。でも、今日の自分の成果を思い返すとそれができない。
プロデューサーのことを信じている。でも、自分の実力を信じることができない。
だって、僕は才能に乏しいから。
「本田さんと島村さんに合わせるのは難しいですか?」
「はい。どうしても合わせられません」
プロデューサーにメンバーに合わせるように言われてやってみたけれど、結果は散々だった。ここまでダメダメだといっそのことソロでやった方が良いんじゃないかとすら思えてくる。ソロなら誰かに合わせる必要が無いから楽だし、迷惑だってかけずに済む。
「今回は城ヶ崎さんにお任せしているので私から何かを伝えることはいたしませんが、近いうちに時間をいただければ、その時にでもアドバイスできたらと思います」
「ありがとうございます。プロデューサーのアドバイスというのはとても助かります」
プロデューサーのアドバイスは凄い。僕が笑えると気付かせてくれたのもプロデューサーだ。彼の言葉だけは僕のアイドル道に波紋を来さない。
これまで頑なに自己流を押し通してきた僕がプロデューサーの意見だけは素直に受け入れている。実際日々のトレーニングに彼の意見を取り入れた物もあるのだ。それくらい僕はプロデューサーの言葉を信頼していた。
しかし、今回の彼の評価は努力に対する結果に対してである。それも完璧だとか、素晴らしいとかではなく「よくできている」である。努力に見合った程度の結果でしかない。
だから僕の心が晴れることはない。
努力をしなければ。
努力をしなければ、努力をし続けなければすぐに周りから置いていかれてしまう。
今日のレッスンだってなんとか形を取り繕っただけで、実際は本田と島村に必死に喰らい付いていただけだ。
だから僕は努力する。泳ぎ続けなければ溺れて死んでしまう回遊魚のように……。そうしなければ死んでしまうと己に言い聞かせる。
誰よりも才能に恵まれない僕だから、誰よりも努力をするべきなのだ。
「ありがとうございます。プロデューサーの言葉で自分が何をすべきかわかりました」
彼の言葉で改めて自分に何が足りないかわかった。
「そうですか。何か気になる点があれば遠慮なく話してください」
「はい、その時になれば必ず」
「……私は島村さんの方を見に行きますね」
やはり倒れているからか、プロデューサーは島村の方が気になるようだ。当然あちらを優先すべきというのは僕も理解しているので視線でプロデューサーを促す。と言うか真っ先にあちらを心配してあげて欲しい。
島村を見ると、半目状態で床に倒れ込んでいる。耳をすませば小さな声で頑張りますと繰り返しているのが聞こえる。
ホラーかな?
早足で島村の下へと向かうプロデューサーを見送っていると、交代するように城ヶ崎がやって来た。
「どうだった? 何か難しいところとかなかった?」
他のみんなが居るからだろうか、今の城ヶ崎は気の良い姉ちゃんという態度を見せている。間違っても敵意を抱いているようには見えない。僕だってあんな姿を見ていなければ半信半疑のままだっただろう。
本当に、最初から相手に悪意があると思って事に当たる癖をつけておいてよかった。
そうじゃなければ今でも城ヶ崎の敵意に半信半疑だっただろう。それではここぞという時に一手後れをとったかもしれない。
今だって城ヶ崎の立ち位置が本田達やプロデューサーから顔が見えない位置になっているのを気付くことができた。
僕みたいな奴は相手の悪意に敏感でなければならない。そうしなければ詰む生き方をして来たから自然と身に付いた習性だ。最近まで忘れていたそれを思い出した僕は相手を警戒することを思い出した。
さて、城ヶ崎の態度はともかく、彼女からの質問に答えないといけないだろう。相手は先輩で、今回の指導役でもあるのだから無視はいけない。現に僕の返答が遅いからなのか、城ヶ崎の表情から笑みが消えかけている。鍍金剥げるの早いね。敵意を抑えるの慣れてないの?
で、質問の答えだけれど……。
「いえ、特には」
ダンス自体に特筆するような難しさは無かった。表現力や地力が必要な振り付けでもないし、この程度なら一発で覚えられるレベルだ。だから難しいという認識は無い。
ただし、そこにソロ限定とだけ付け加えるならばだけど。
「そっか。特に無いなら良いんだけど……アタシも教え慣れているわけじゃないから、レッスン中に少しでも得られるものがあったなら良いんだけど」
「得られるものですか」
「……もしかして、あんまり無かった?」
率直に言うと、今のレッスンの中で城ヶ崎から得られるものはなかった。
別の言い方をすると、城ヶ崎から学ぶものが何もなかった。
僕がレッスンで得た物と言えば、僕にはダンスの才能が本当に無いことが分かったくらいだ。それ以外は無い。
「レッスン受けておいて無いと言われちゃうと……」
明確に答えたわけでもないのに僕の雰囲気から察したのか困ったように苦笑いを浮かべる城ヶ崎。他所から見ればやれやれ系のお姉さんキャラに見えなくもない。しかし、僕の角度からは彼女の目が微かに細まったのが見えていた。
「強いて言えば、私にはダンスの才能が無いことが分かりました。それが分かったことが得られたもの、と言ったところでしょうか」
誤解のないように弁解しておくけど、僕は別に城ヶ崎を怒らせたいわけではない。敵意を持たれているのがわかった今でも敵対しようとは思っていない。
だから城ヶ崎の質問に答えようとした。取ってつけたような物とはいえ、特に無しよりはましだろうという考えで。
「……ダンスの才能が……無い?」
しかし、回答を聞いた城ヶ崎は怪訝な顔で僕の顔を穴が開くように見詰めて来るのだった。
この顔はアレだ。自分の想定していた物とは違う答えを言われた時にするやつだ。学生時代によく教師が僕に向けた顔でもある。
「今……ダンスの才能が無いって言った?」
城ヶ崎はそれまでの苦笑いを消すと、今度は真面目な顔をして訊いて来た。
「はい」
実際その通りなので城ヶ崎の変化に疑問を持たずに素直に頷く。
僕のステータスって歌特化だからね。次に高いのが耐久でその次が筋力だ。スタンドなら近接パワー型だし、念の系統なら強化系。だから他の才能と比べるとダンスの才能は無いと言えた。
「へぇ、そうなんだ……」
いよいよもって城ヶ崎の表情が変わった。それまで取り繕っていた仮面に罅が入ったように見える。
何がそんなに気に入らないのか。城ヶ崎の態度が明らかにおかしい。
「もう少し休憩したらレッスン再開するからね」
その疑問が晴れることなく、城ヶ崎はそれだけを言い残すと島村達の方へと向かって行った。一応あちらにも何かしら声を掛けるつもりなのだろう。今はプロデューサーも付いていることだし、あちらはあちらで何かしらディスカッションでもするつもりなのかもしれない。
そうなるとレッスン再開まで手持無沙汰になるなぁ。
休憩も必要ないしやることがない。勝手に一人で練習を始めてしまうというのも考えたが、そうすると他のメンバーに圧が掛かるだろうから自重する。
仕方なく時間を潰すために先程三村に教わった準備運動でもしておこうか。
足回りから始めようかな。ステップの踏み過ぎで足首に少し負担をかけ過ぎたらしい。疲労骨折程度を恐れることはないけど、レッスン中にボキッとか音がしたら拙いものね。足回りは念入りにやっておこう。
ストレッチのために壁際まで移動すると、そこには先客として本田が壁を背にして座っていた。
僕はそれを見て一瞬だけ動きを止めてしまう。何か違和感がある光景に思えたからだ。
本田は辛くも楽にも見えぬ真顔だった。片膝を立ててリラックスしているようにも見えるけれど、彼女の表情から余裕が欠けていることが読み取れた。
これはコミュ障とか言って避けるわけにもいかないか……。これまでの人間とは違い本田は仲間なのだし、こういう時に声を掛けるのは当然の対応だった。
「大丈夫?」
あちらの集団を横目に、本田へと社交辞令的な気遣いの言葉を投げかける。
これでスルーされたら帰るわ。
「いやー、アイドルになったら厳しいレッスンが待っていると聞いてはいたけどさ、これだけキツいのは予想外だったかなって」
……良かった、無視されなかった。このパターンで無視されなかったのって生まれて初めてかもしれない。
あと本田の言葉だけど、それはたぶん、何度もリテイクしたからだと思う。アイドルならばこれくらいのカロリー消費は当然なのだろうけど、まだデビューすらしていない新人に課すには少々飛ばし過ぎな気がしないでもない。当然僕はチートがあるので余裕だが。
「如月さん全然疲れてないように見えるけど、何かやってたりする?」
「そうね。毎朝少しだけ走っているわ」
立ったまま見下ろして会話するのもおかしな話なので、本田から幾分か距離を取って床へと座る。当然ストレッチなんてやる暇はない。
体力作りのためにやっているのは毎朝のランニングくらいだ。それ以外だと違うカテゴリのレッスンになる。運動していることには変わりないので、ある意味一日中体力作りをしていると言ってもいい。
「毎朝?」
「毎朝」
「うわ。それは体力付くね。私も走ろうかな……」
「体力があればとりあえずなんとかなるわ。アイドルは体力勝負なところがあるから」
「確かに……。レッスン内容を思えば体力が大事なことだって思えてくるよね!」
わりと脳筋な僕の言葉にあっさりと納得するところを見ると、本田も脳筋なのかもしれない。物を考えられる脳筋とか強いな。
「よし、如月さんに負けないように私も体力作り頑張ろっと」
「それはとても良い考えね」
今の会話だけで体力作りに意気込みを見せた本田の姿勢に素直に感心した。この子はアイドルというものに真摯に取り組んでいるんだね。
そして、彼女の素直な反応にこれまで以上に好感を持つ。こういう気質が人に好かれる秘訣なのだろうか。見習いたいものだ。
「……」
しかし、そうやって尊敬の眼差しを向けていると、ちらりとこちらを見た本田と目が合った。
こちらを窺う視線。
値踏みとは違う、相手の本質を見定めようとする鑑定の目。それを本田の視線から感じた。
同時に、先程から覚えていた違和感の正体がわかった。
僕のイメージする本田ならば、今頃は倒れている島村の介抱に加わっているはずである。それを三村達に任せて僕の方に来るのは不自然だ。それが違和感となっていた。
なんだろう。彼女らしくない――と言うほど親しい間柄ではないにしても、この短い付き合いの中で彼女の人となりは把握していたつもりだった。しかし、今こうして僕の予想とは違う行動をとっている。
まったくもって理解し難い状況だった。
何か……彼女の中で優先すべきことがあるとでも言うのだろうか?
「なかなか合わないね」
僕から目を離し、居住まいを正した本田が呟いたであろう言葉が僕の胸に突き刺さった。
まさに不意打ちと言うやつである。自分が悩んでいたことを本人から言われるとダメージって増すものだよね。
もっと上手くやらなくちゃと思っても、どうすれば良いかわからない。合わせようとしても、二人の動きに僕が追い付かない。いくらダンスが素人だからって、養成所に通っていた島村どころか同じ素人の本田にダンスで明らかに劣っていたというのは衝撃だった。もう少し力量が近いと思っていた。あまりの事態に自分の中にあった自信がマッハで減少して行く。仮に自信メーターなるものがあったならば、ガリガリギュルギュルと音を立てて下降していることだろう。
僕は自分の才能を過信していたのかもしれない。本当は才能なんかなくて、むしろ無能側の人間なのかもしれない。
僕の実力はチートがあってもこの程度なのか……。
「ごめんなさい。どうしても動きを追えずに遅れてしまうわ」
「え? あ、別に如月さんを責めて言ったわけじゃないからっ。そんなこと言ったら私だってリズムが先走っちゃってたし!」
僕のネガティブ発言を本田が慌てた様子で否定する。謝ったつもりが逆に気を遣わせてしまったようだ。
わたわたと手を顔の前で振る本田を見て、自分の言葉選びの拙さを自覚する。
いつもの僕ならば、ここでコミュ障を発揮してむにゃむにゃと言葉を濁して終わらせていたところだが、今回は本田相手ということでフォローをすることにした。
「いいえ、城ヶ崎さんから注意を受けた回数だけでも私の方が多かったわ。そのせいでアレだけやり直しをすることになったのだから、今の状況は私のせいと言っても過言ではないでしょ?」
「いや。過言じゃないかな……」
せっかくのフォローが一秒で無駄になった。
「……回数が多いのは事実よ」
「それもなんだか不思議な話ではあるんだけどね」
「不思議?」
「いや、だって、如月さんへの注意ってさ」
「ハーイ、休憩おわり! 続きやるよ!」
本田が何かを言いかけたタイミングで城ヶ崎がレッスン再開を告げたため話はそこで終了となった。
ダンスのスタート位置へと移動する間、本田が何か言いたそうにしていたが、集合がかかっている中で話すのは無理だ。彼女もそれを理解しているのか無理に話しかけてくることはしてこない。微かなモヤモヤを抱えたまま僕達はレッスンを再開した。
千早「く(*'ω'*)へシュバッ」 本田「く(; ・`д・´)へ」 島村「く(;´・ω・)へガンバリマス」
千早「へ(*'ω'*)ノシュバッ」 本田「へ(; ・`д・´)ノ」 島村「へ(;´・ω・)ノガンバリマス」
千早「へ(*'ω'*)へバーンッ」 本田「へ(; ・`д・´)へ」 島村「へ(;´・ω・)へガンバリマス」
千早「(^▽^;)ダンスの才能無いんですぅ」 本田「(;´Д`)」 島村「_(:3」∠)_ガンバリマス」
美嘉「……」
城ヶ崎姉の内面が不明のため千早は今回何がバッドコミュニケーションだったのかわかっていません。この時点の千早に城ヶ崎の心情を慮ることは不可能です。原作の知識があれば城ヶ崎の立場などがわかりますが、千早側に原作知識がないため敵意の在り方が想像できていません。
相手の敵意に敏感でも、その理由まで考察する意欲が千早の方にないです。根本のところで対象に心があることを失念しています。正確には、親しい者以外の心にも多様性があるという考えが欠けています。己に敵意を向ける者がいる=自分にだけ問題があるという固定観念が考察を邪魔していて、敵意にも色々あるということがわかっていません。
次回は本田と約束?した食事回です。
物食うだけで一エピソードになる主人公。