アルティメット千早な僕が765プロのオーディションに落ちた件   作:やんや

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飯を食う。それだけで話題を生む女。
しかし今回は食わない。

※もうしばらくはリハビリがてら日常シーンが続くと思います。


アルティメットな初ライブその5

 休憩を終えた僕達は再び城ヶ崎指導の下、合同レッスンを受けることになった。

 先程と同様にステップを刻みながら先程プロデューサーに言われた言葉を思い返す。

 僕は自分が思っていたよりはプロデューサーに評価をされていたらしい。そして、そう言われたことを喜んでいるらしい。

 そうか、僕は駄目じゃないのか。

 駄目だと言われなかっただけで嬉しいと感じる自分の軽さが今は頼もしい。

 それでも城ヶ崎から指摘を受ける回数は、やはり僕が一番多かったが……。

 指摘の回数が増えるとそのパートをやり直すことになるため、その分レッスン時間が増える。そうすると、増えた分レッスンが遅れる。それが延々と繰り返される。

 その結果、当初予定していたレッスン時間を超過してしまった。たぶん倍は行っていたと思う。

 別案件で席を外していたプロデューサーが戻って来た時に、まだ僕達がレッスン中だと知り慌ててレッスンの中断を指示しなければ夜まで続いていたかもしれない。

 レッスンが終わると同時に本田と島村がその場に崩れ落ちるように倒れた。最後の方は気力のみで踊っていたように見えたので本当に限界だったのだろう。

 

「これが、アイドルの、レッスン……」

「島村卯月……がんばり……」

 

 二人とも完全に撃沈していた。みくにゃんは死んだままだった。

 二人ともよく最後まで持ち堪えられたなと感心する。みくにゃんはそろそろ生き返った方がいい。

 最初の休憩から休みなく行われたにも拘らず、初心者の二人が最後までやり切ったのは素直に凄いと思う。

 

「ヤバ……調子乗りすぎたかも……」

 

 だからこそ、先輩の城ヶ崎までもが疲れていたのはちょっと意外だった。

 城ヶ崎から普段の余裕な雰囲気は消えており、顔には隠しきれない疲れが出てしまっていた。まさか、プロのアイドルがこの程度で疲れたなんてことあるまいし……。午前中に疲れることでもしていたのだろうか? トップアイドルなのだし、スケジュール的に忙しいのかもしれない。

 対して、僕の方は今日のレッスンを通して一度として疲労を感じなかった。そりゃ普段の自主訓練の五分の一もやっていないのだから疲れるわけがないよ。息切れすらしていない。

 本田達と動きを合わせられないもどかしさを無視すれば普段の自主訓練よりも楽なくらいだ。もっとレッスンを受けたいとさえ思える。しかし、これ以上は二人がもたない。

 物足りないけど二人に合わせると決めているので我慢しよう。

 

 そんなことを皆から少し離れた位置で整理体操をしながら考える。皆からそれとなく距離を取ったのは、近い位置にいると色々とマズイことになるからだ。主に匂い的な意味で。

 僕の五感は常人と比べてとても鋭い。特に聴覚と嗅覚は優秀で、頑張れば人間の一万倍くらいにまで設定が可能だ。仮に最高性能を発揮する場合は犬の様に無差別なものではなく、指向性を持たせてピンポイントに臭いと音を拾い上げることでその精度を獲得している。通常の強化では精々百倍が関の山である。

 そんな僕がレッスンモードも抜けきらない今の状態で激しい運動をした彼女達に近付くとどうなるだろうか。それは推して知るべしとだけ言っておこう。身体が女ということで何か問題が起きるということはないものの、精神的安寧のためにも近づかないのが吉なのだ。

 

 ところで、全然まったく関係ない話なのだけれども……。杏ちゃんは、どこかでレッスンを受けていたりするのだろうか……? 

 いや、他意はないんだけどね? 

 

「少しよろしいでしょうか……」

 

 本当に他意はないんだけど、プロデューサーの声に肩を跳ねさせてしまった。いや、これは不可抗力です。

 声の方を見れば、彼は城ヶ崎へと声を掛けていた。良かった、本当に何を心配したわけではないけれど、僕の心情を察したプロデューサーが釘を刺しに来たのかと思った。

 いや、察せられて困ることを考えてはいないけどね? 

 

「この後も撮影があるんだけど?」

 

 プロデューサーに話しかけられた城ヶ崎はと言うと、先程彼に見せた馴れ馴れしさは鳴りを潜め、少し距離を空けた態度をとっている。

 僕ほどではないにしても、異性ということもありプロデューサーも女性のニオイには敏感だろう。プロのアイドルとはいえ、年頃の少女でしかない城ヶ崎としてはあまり近付かれたくないんじゃないかな。

 

「城ヶ崎さんがお忙しいのは私も重々承知しています……。しかし、今回のレッスンの意図と今後の指導方針を早急に確認しておきたく」

「それは今じゃなきゃいけない感じ?」

「ライブまであまり時間の余裕があるわけではありませんので。これから撮影ということでしたら、城ヶ崎さんさえよければ撮影の後にどこかで打ち合わせをさせていただければと思います」

「……ふーん。まっ、そういうことなら時間作るけど。……ふふっ」

「ありがとうございます」

 

 今までの不機嫌な態度から一変、城ヶ崎の機嫌が目に見えて良くなった。唐突な態度の軟化に、ここからでもプロデューサーの困惑がわかる。良いことではあるので彼も余計な口を挟む気はないらしい。そのままこの後の予定を城ヶ崎に訊いていた。

 しかし、僕はプロデューサーとは違い城ヶ崎の心情が手に取るようにわかった。きっと彼女も今回のレッスンには思うところがあったのだろう。上手くいかなかったレッスンの打ち合わせを、その道のプロである彼とできるのだ。何かしら学べる事もあるだろうし、機嫌が良くなってもおかしくはない。

 僕だってプロデューサーに付きっ切りでアイドルの相談ができる機会を貰えたら機嫌が良くなるもの。さすがはニアトップアイドルというだけある。仕事に対して真剣なところは素直に評価できるね。

 

「珍しくそっちから誘ってくれるじゃん。ちょっと意外だったかな」

「ええ、まあ……そんなに珍しいでしょうか?」

「昔はこっちから誘わないと絶対来なかったよ。むしろ誘っても来ないことだってあったし?」

「その件は大変申し訳ありませんでした」

「別にいいよ。こうして誘ってくれたんだから。……何か心境の変化でもあった?」

 

 プロデューサーと城ヶ崎は楽しそうに会話を続けている。強いて言えば城ヶ崎の方がご機嫌に見えなくもない。……これでプロデューサーの方もあからさまにご機嫌だったらちょっと問題だが。

 どちらにせよ、城ヶ崎の機嫌が良くなるというのなら好都合だ。この後も彼女主体で指導するかはわからないが、また今日みたいなレッスンが続くというならば色々と考えないといけないところだった。

 是非ともプロデューサーにはこのまま城ヶ崎のご機嫌取りに尽力して欲しい。

 

「彼女達のプロデューサーとして、必要なことだと思いましたので」

「……今回はレッスン前に言った通りまず合わせてみようって思ったからそうしただけだし。今後の指導方針はトレーナーが来た時にそっちでやればいいじゃん」

 

 プロデューサーの回答に、それまで緩んでいた城ヶ崎が顔を痙攣らせる。まさにテンションが急転直下。勢いが付き過ぎて床突き抜ける威力だね。

 これが俗にいうバッドコミュニケーションというやつだ。さすがプロデューサー。

 

「城ヶ崎さん」

「お疲れ様! あと、アタシの予定押さえたいならこっちのプロデューサーを通してね? じゃあね……CPのプロデューサー」

 

 捨て台詞のような挨拶だけを残し、城ヶ崎はレッスンルームから出て行ってしまった。

 残されたプロデューサーは所在なげに首に手を当てている。何と声を掛ければ良いのやら……。いや、僕が声を掛けて良いのかすらわからないか。

 これは次回のレッスンも同じ感じになりそうな予感がする……。果たしてこんなレッスンで上達するのだろうか? そんな疑問を抱いてしまう。

 何の進歩も見せていない僕が言うのも烏滸がましい話であるが、ただ漫然と動きをなぞるだけのレッスンに何の意味があるのだろうか。特に負荷を掛けているわけでもないので体力作りにすらならない。トレーナーの方も今日は顔見せができていない。

 突発的に始まったこととはいえ、もう少し纏まりが欲しいところだ。

 何が原因なのやら。

 

「ふぅ」

 

 鬱屈とした気持ちから知らず溜息が漏れる。

 これまで誰かと一緒に練習する機会がなかった僕は、誰かに合わせるということをしたことがない。いつだって一人でやって来たのだ。学校の授業だって二人組を作る必要があっても頑なに一人でやった。アイドルの練習だって一人だった。

 FAQ2でボスを倒すようになるまで、僕は誰かと一緒に何かを成し遂げたという経験がなかった。完全なるソロ志向の人間だ。いつかキョウに『チハヤはプログラム相手には強いけど、人間が相手だと途端にポンコツになるよね』と言われたことを思い出す。決められた動きをパターン化して覚えるのは秒でできる反面、人相手のランダム性がある事柄には滅法弱い僕は、ゲームのパーティ戦での動きはボロボロだった。ソロ時代にウェイウェイしていた僕が自分のダメさ加減に打ちひしがれているのを見かねたキョウが付きっきりで連携を教えてくれたおかげで段々と改善していったのだが……。

 

「お疲れ様。タオル、良かったら使って」

「三村さん……」

 

 一人過去の栄光に浸っていると、ぽっちゃり改め三村がタオルを差し出して来た。

 何を目的としているのか読み取れないが、断るのも悪いので受け取る。

 相手の意図が不明のままタオルで顔を拭く。拭いている間、三村の表情を窺えば、どうもプロデューサーの方を気にしているらしい。あっちは城ヶ崎の件でフリーズしてしまっていてしばらく帰って来ない気がする。こういう時頼りになる本田の方は復活にもう少しかかりそうだ。島村もダメっぽい。みくにゃんは死んでいる。

 とりあえず、この中でプロデューサーの方をどうにかできる人間が居ないことがわかった。

 

「ありがとうございます。洗って返しますね」

 

 タオルは可愛らしい花柄をしており、どう見ても彼女の私物にしか見えない。

 僕が普段使うタオルなんてお店の御中元の品だし。他はFAQ2の柄物とか。とてもアイドルが使う物ではない。小物一つにも可愛らしさを演出するのがアイドルってやつなのか。

 

「ううん、これくらいいいよ。私が勝手にやってることだから」

 

 僕が話しかけると三村はプロデューサーから視線を外し、タオルは洗わずに返しても良いと言って来た。

 そうは言うが、常識的に考えて借りたタオルは洗って返すものじゃないのかな。そのまま返すのって申し訳なくなるんだけど。

 と言っても僕が洗濯するわけではないが。昔は僕が出す衣類は優が洗濯してくれていたのだけれど、最近になって拒否されるようになった。まさかの反抗期? 

 ちなみに今は春香がやってくれているので洗濯物が溜まることはない。さすがに脱ぎっぱなしの衣類を放置する程僕は無精ではない。

 しかし改めて今の状態って料理だけではなく洗濯までしてもらっているわけだから春香には負担を掛けているなぁ。一度大変ではないかと訊いたことがあるが、春香曰く「実績作りだから問題ない」とのこと。

 花嫁修業ってやつかな。いつか春香が誰とも知らない男と結婚なんて日が来たら僕はどうするのだろうか……。

 まあ、相手が誰であっても、春香を幸せにしてくれるならそれでいい。もし不幸にするようなら、僕の抹殺のラストブリットが相手の顔面へと直走るだろう。

 

 春香への友情はさておき、三村のことをどう扱ったものかと、受け取ったタオルで顔を拭き続けながら考える。……汗をかいてないからここまで執拗に拭く意味もないけど。

 僕の中で三村に対するスタンスの結論が出せていない。

 直感と観察結果を信じるならば、三村からは少なくとも否定的な意思を感じない。表情もこちらを気遣う気持ちが浮かんでいるだけでそれ以外は見えて来ない。

 しかし、経験に従うならば彼女の内面は測れない。これまで何度も信じては否定されて来たのだ。今更笑顔一つで相手を信用するほど純粋ではない。

 

 ちなみに、このタオルを使ったら何度も次のタオルが手渡されるとかはないよね? 

 

「如月さんって、今ノーメイク?」

 

 一通り顔を拭う──そもそも汗はかいていない──と、僕の顔を見ながら三村が訊いて来た。

 ノーメイクかって訊かれても……普通レッスンする時にメイクする奴居る? 

 

「そうですけど」

「そうなんだ。……良かった」

「良かった、ですか?」

「えっと、顔色が良いから良かったなって。もし体調が悪くて、それをメイクで隠していたのなら今みたいに顔を擦ったら落ちちゃうんじゃないかと思ったから」

「なるほど」

 

 わからん。

 三村が何を言いたいのか理解できない。僕が化粧しており、それが落ちることを懸念する理由がわからない。もし仮に化粧が落ちたとして、顔色が悪い云々に思考が至る理屈がわからない。

 これが世に言うガールズトークの謎会話というやつか。僕には一生理解できない気がする。

 

「ありがとうございます。タオル、本当に洗わずに良いんですか?」

 

 一通り顔を拭う所作を見せた後、タオルを返す前に三村へと確認をとる。

 

「うん、良いよ。わざわざ洗って持ってくるのも手間だと思うから」

「実は社交辞令的なアレで、実際は洗って返すのが常識とか」

「え? ううん、そんなこと無いから安心して」

「そうですか。私は昔からそういう暗黙のルールというのに疎いので、何かやらかしてはいないか心配なんですよね」

 

 暗黙またはローカルルールとでも言うべきか、言葉にせずとも伝わるべき事柄というものに僕は疎い。学生時代にクラスの暗黙の了解的な物を無自覚に破っていた実績があるので、三村の言葉に裏の意味があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 でも、本人にここまで確認したのだから七割くらい大丈夫だろうと思い三村へとタオルを畳んでから返した。

 

「……」

「どうかしましたか?」

「ううん。……ただ、きちんとできているのに心配するんだなって思っただけだよ」

「……できていますか」

 

 初めて言われたかもしれない。

 両親には常識がないと言われ、優には困った人扱いをされる。春香には言われたことはないけど、フォローされることが多いということは内心そう思っているのだろう。

 

「初めて言われたかもしれません」

「は、初めてなんだ……」

 

 しかし、三村は僕がきちんとできていると言ってくれた。

 それが何に対してなのかはわからないが。

 

「如月さんはそんな変なことするような人には見えないけど……?」

 

 三村がこう言うのもわからないでもない。今のところ僕は彼女に対して非常識な言動をとっていないから。

 

「明確に記されたルールなら問題ないんです。ですが、その場の空気と言うか、暗黙のルールのようなものがわからないことが多くて。指摘されてから気付くなんてことも少なくないんです」

「そっか、私もよく知らずにやっちゃうことがあるけど、神経質に気にすると疲れちゃうからあんまり考えないようにしているかな」

 

 人間的に真っ当な感性を持っているはずの三村ですらやらかすことがあるらしい。だったら僕ができないことがあっても仕方がないと言える。

 いやー、やらかし仲間がいると知って少しだけ気が楽になった気がする。今後三村のことはソウルブラザーとでも呼んでしまおうか。

 

「なるほど。三村さんの考え方、参考にさせていただきますね」

「うん!」

 

 笑顔で頷く三村にコミュニケーションが上手く取れたことに安堵する。良かった、これは大丈夫な会話なんだな。

 なんだ、僕もやればできるじゃないか。

 

「ちなみに、どんなことがわからなかったりするの?」

「私と話したらハブられるとか、私が使ったものはゴミ箱行きとかですね」

「……え?」

「私由来のルールですと、そもそも私のところまで話が来ないのでわからないんですけどね」

 

 たまたま話す機会があったクラスメイトからガチでコミュニケーションを拒否られた時にお情けで教えて貰うまで知らなかったルールだ。そもそも教えてくれる人が居なければわかりようがないルールだとしても、破ったというだけで罰せられるのが世の常だ。僕が悪いで済むならそれで済むのだけれど、僕のせいで無関係な相手が罰せられるのはよろしくない。

 知らずにやらかしてクラスメイトに迷惑をかけたことがあるんだよね。そういう理由もあってルールには少し神経質になっていた。

 まあ、もう学校も行ってないから関係ないんだけど。今更学校に行く気にもならないし。行く暇も無いし。行っても意味ないし。

 僕の居場所はこっち側なのだから。

 

 さて、三村との会話もこのくらいで切り上げて、この後は何をしようか考える。彼女の方も特に会話を続ける雰囲気でもないみたいだし、無理に相手をする必要性も感じない。

 とりあえず、家に帰ったら今日のレッスン内容を振り返りながら自主訓練でもするかな。今日はまだ日課の分を熟していないのでそちらもやっておきたい。

 自分の努力不足を今日のレッスンで把握した。これでは一人前のアイドルになろうなんて夢のまた夢だ。

 窓に目を向けると空はまだ茜色に染まり始めた程度で、夜になるまでは時間がある。つまり明日になるまで時間があるということだ。これなら今から訓練を始めたとしても日付が変わるまでには一通りの自主訓練はできるだろう。まずは日課の自主訓練のノルマを熟す。今日のレッスンで削れた自主訓練時間を回収するためにも、この後の訓練に力を入れなければならない。アイドルとしてレッスンや仕事をする中で自主訓練の時間をどう確保するかが今後の課題だ。それに加えてその時受けている仕事の内容に則した別訓練も都度取り入れなくてはならないのだから、今後も時間の捻出に頭を悩ませることになる。

 とりあえず今日のところは普段日中にやる自主訓練をこの後に回せばいいとして、夜にやっている分は夜中に回せばいいかな。そして夜中にやっている分は……。

 

「よしっ、休憩おわり! そろそろ行こっか」

「……はい?」

 

 この後の予定を組み立てていた僕の肩に復活した本田が手を置いて来た。

 肩越しに振り返れば笑顔の本田のアップが視界に入る。先程まで死にかけに見えていた顔も復活していた。これが若さゆえの回復力か。

 

「行くって、どこにかしら……? この後レッスンは入っていなかったと思うけれど。それとも居残りでレッスンをするつもり? それなら付き合うわ……」

「やだなー、さっきプロデューサーに言われてたじゃん? と言うか、もうこれ以上はレッスンは無理かな……」

 

 げんなりした顔をする本田。

 はて、プロデューサーに言われていたこと? 

 何かあっただろうか。

 

「ご飯食べに行くよ!」

「え」

 

 本田の言葉に思考が停止する。今まさに立てていた予定が助走付きタックルで吹っ飛ばされた気分だ。

 そう言えばレッスン前に本田がプロデューサーにそんなことを言っていた気がする。あれって社交辞令的なやつじゃなかったの!? 

 

「待って、本田さん。私はこの後」

「いいお店知ってるから。ほら、しまむーも行こう!」

「はい。確か未央ちゃんのオススメのお店って言ってましたよね?」

 

 島村も多少無理をした表情をしていているが復活していた。これが若さ──。

 

「そうそう。前から探しておいたんだよねー。如月さんも絶対気に入ると思うから期待しててね?」

「いや、あの、私は」

「あ、その前にシャワー浴びていきませんか? さすがにこのままだと……」

「確かに。汗だくで行くわけにもいかないしね」

「聞いて」

「じゃあ、まずはシャワー浴びに行こっか。荷物も取ってこないとだね。あ、プロデューサーお疲れ!」

「プロデューサーさん、お疲れ様でした!」

「はい、お疲れ様でした。……お二人とも、如月さんをよろしくお願いします」

「もちろん! まっかせて~!」

「はい、任せて下さい!」

 

 この場には難聴系主人公みたいな奴しかいないみたいだな。ふぅ、これなら唐突にラブコメが同時多発的に始まったとしても主人公不足にはならなそうだ。

 優……どうしたらいい? 皆が僕の言うことを無視するんだ。こんなの久しぶり過ぎて対処の仕方がわからないよ。

 鋭い系主人公を自負する僕には三人があえてやってるということがわかる。島村がこちらをチラチラ見ているせいで、今この場がそういう”空気”になっていることがわかる。

 つまり空気読みを強いられているんだ。

 

「……」

 

 僕に許された返答は一つだけだった。

 

「ハイ」

 

 

 

 

 シャワールームは当たり前だが男女で分かれていた。

 衝動的に男性用に逃げ込みたくなるも、さすがにそれをやったらアイドル的に大問題というのは理解しているのでやらない。と言うかこちら側に男性用のシャワー設備はない。

 当たり前のように一緒にシャワールームに入ろうとする本田と島村から何とかして逃げられないか試したものの二人に両側をがっちりガードされているため逃げられなかった。

 春香以外の女の子の着替えを見てしまうのは心苦しいというか……場所が場所だけに下手するとそれ以上が見えてしまう可能性がある。それは色々な意味で困る話だ。

 二人は僕を女だと思っているから気にしていないとだろうけど、僕は中身は男なわけで。

 だがしかし、それを理由に逃げるなんでできるわけもなく。さりとて受け入れたら立場を利用した変態になってしまう。

 こんなことなら春香でもっと慣れておけばよかった。今度女の子に慣れるために春香に裸を見せて欲しいと頼んでみるか? 

 無理だろうなぁ。春香が無意味に他人に裸を晒すとは思えない。何でもするからと頼み込んだところで頷くとは思えない。

 

「想像はしていたけど、それ以上にキツいレッスンだったね。初日に受けたトレーナーのも相当だったけど……。やっぱり、ライブに出るためのレッスンとなると違うもんなんだって思ったよ」

「はい……ヘトヘト、という感じです。あんなに大変だなんて想像していませんでした」

 

 シャワーを浴びながら二人は今日のレッスンの感想を言い合っている。

 個々に仕切りになっているのでシャワーを浴びている姿を見ることはない。しかし、両隣から女の子がシャワーを浴びている音が聞こえるこの状況は心臓によろしくない。く、止まれ、僕の心臓! 

 僕が下心満載の男のままだったら今の状況に喜んでいたのだろうけど、そんな心の余裕も体の機構もないので無理な話だ。それをもったいないと思うような未練も無い。

 

「それにしても、如月さんはすごく体力あるんですね」

 

 話の流れが僕の話に移った。

 

「毎朝走っているって言ってたけど、レッスン中ずっと疲れてなかったよね」

「私も走った方がいいのかな……」

「しまむーはもっと体力つけなきゃだね」

「うー……私が一番レッスン歴長いのに、一番体力がないなんて……。如月さんが体力あるのはわかりましたけど、未央ちゃんも最後まで付いて行ってましたよね」

「いや~、実はアイドルになるにあたって予行演習て言うか、色々と準備してたんだよね」

 

 どうやら本田は前々から準備をしていたらしい。だから体力面で島村を上回っていたのか。

 

「それでも如月さんには勝てなかったけど……」

 

 そういうのは勝ち負けではない気がするが。

 そもそもアイドルの勝ち負けってなんだろう? 

 ライブ対決とかだろうか。なぜかこの世界にはあるみたいだし、いつか出られたら出てみたいとは思う。

 

「みくちゃん大丈夫?」

「ひどい目に遭ったにゃー……」

「耳付けたままだよ」

 

 シャワールームに新たに人が入って来た。声から三村とみくにゃんとツインテだとわかる。

 おいおい、今でさえ肌面積が過剰で進行中なのに、これ以上増えたら僕はどうしたらいいって言うのさ。

 何もしないのが正解! 

 

「みくにゃん達もシャワー浴びに来たんだ?」

「うん。やっぱり汗かいたままだと帰ることすらできないし……って、未央ちゃん置いていくのは薄情過ぎない!? みく、あのあと暫く倒れたままだったよ」

 

 にゃ、はどうした。

 耳を外すと人間になるのか。ビジネス猫娘なのか。

 自分をガチの猫娘だと思い込んでいるやべー奴じゃなくて安心すればいいのか。

 

「如月さんを逃がさないためにも、みくにゃんには尊い犠牲になってもらったんだ」

 

 そう、みくにゃんは犠牲になったのだ。……つい先程交わされた本田とプロデューサー……その約束の犠牲にな。

 一番の犠牲者はここに居るが? 

 

「勝手に犠牲にしないでほしいにゃ!」

 

 みくにゃんが吠えているが、レッスンに参加していち早く脱落し、その後復活しなかった輩が何か言ってもさもしいだけだ。

 あと密閉空間で叫ばないで欲しい。耳が痛くてかなわない。

 

「ごめんごめん。今度はみくにゃんを引き摺ってでも連れていくから」

「それはやめて」

 

 ところで僕はいつまでシャワーを浴びていればいいのだろうか。会話に加わるでもなく、ただ頭からお湯を被り続けることに意味はあるのだろうか。それに広いシャワールームとはいえ、六人も使えばそこそこ埋まってしまう。追加で団体が追加されたらあぶれてしまう人が出て来るかもしれない。

 ここは僕が率先して場所を譲るべきだろう。元々汗を掻いていないので長く使い続ける必要もないしね。

 

「私は先に出ているわね」

 

 お湯を止め、一言断りを入れてからシャワールームを出ていこうとする。その際、みくにゃん達がバスタオルを巻いただけの姿で通路に居たので、可能な限り目を向けないようにする。

 本田と島村もそうだけど、この子達は同性とはいえ肌の露出に対して無防備過ぎない? 

 目のやり場に困るんだけど。自分の身体で見慣れているとはいえ、そこは他人と自分では裸の価値が違う。

 僕は目を背けたままみくにゃん達の隣を素通りすると脱衣所へと出た。

 

「はぁ……」

 

 シャワールームに充満していた水気と女の子のにおいが含まれた空気から脱したことで安心したのだろう、無意識に入っていた体の力を溜息とともに吐き出す。

 緊張した。

 凄く、凄く、緊張した。

 下手をすると春香とお風呂に入った時よりも緊張したと言っても過言ではないくらい心臓に悪い時間だった。友達でもなんでもない相手と裸の付き合いをするのは本当に負担でしかないわ。

 本音を言えばもったいないと思わなくもないけれども……。まあ、今の僕には分不相応な状況とだけ言っておこう。

 

 

 

 

 汗を流しさっぱりした後はお待ちかね(?)の食事タイムである。

 が、ここで少し予定が変わってしまった。

 当初は本田が言っていたおすすめのお店に行く予定だったのだが、急遽三村達三人も参加することになり、行く店を変えることになった。どうやら本田の言うお店は席数的に六人も入れない場所だったらしい。そんな狭い店この辺りにあるのかね? 

 では代わりにどこのお店にするかという話になり、手近な場所として346プロダクション敷地内の食堂が選ばれた。下手に外で騒ぐよりも敷地内の方が安心できるってわけだ。

 そうか頑張れ、という感じでどさくさ紛れに別行動をとろうとしたら再び本田と島村に両側を押さえられてしまった。しかも今度は三村が背後に陣取っている。……なにこれ。

 捕獲された宇宙人のごとく連れ歩かれながら、食堂への道をワイワイと雑談をしながら進む。もちろん僕がそれに混ざるなんてことはなく聞き専になっていた。話題の主軸は今日のレッスンについて。流れで各々が普段どんな練習をしているかという話にもなった。皆それぞれよく考えているんだなと感心する。その時知ったのは、みくにゃんが予想よりもガチめに自主トレをしていたことだった。ごめん、君はキャラのコンセプトに似合わず真面目だったんだね。

 

 そうやってお互いの情報を教え合っていると食堂へと着いた。

 夕方ということもあり席には結構な余裕があり、わざわざ探すまでもなく全員が座れる場所を確保できた。

 席に着くなり本田、島村、みくにゃんの三人は軟体動物の様にテーブルへと貼り付いている。若さとモチベーションでここまで来たのだろうけれど、シャワーを浴びた程度ではレッスンの疲労から回復しなかったらしい。擬音を文字にするならベチャリという感じだろうか。もう力が入りませんという空気が三人から伝わってくる。

 現役のアイドルが見せていい態度ではないが、これが僕が付き合わせた結果だと思うと申し訳ないという思いを抱いてしまう。

 

「皆はそのまま休んでいて。私は食べ物を買いに行ってくるから。ついでに飲みたいものを教えて貰えたら持ってくるけれど……」

 

 せめてこれくらいは謝罪の意味も込めてやらせてくれるようお願いした。最初は皆遠慮していたのだが、席取りに誰かしら残らねばならず、食事をする人間が僕しかいないとなれば僕が取りに行くのが自然だと半ば強引に納得させた。

 役割が決まると残った者達の会話を聞かないために早足でその場から離れる。友人同士の会話事情に疎い僕でも、この後展開される会話はある程度予想ができる。

 元から居た人間の内、一人がその場を離れたら後に残った側がどんな会話をするかを僕は知っている。

 まだ僕が学生だった頃にも、僕が教室から去った瞬間から一部の女子が僕の話をしていた。内容は当たり障りのない話から、明らかに僕を侮蔑する内容まで多岐に渡っていたが、どちらにせよその場を去った僕を話題にするものだった。本人達は聞かれていないと思っていたようだけど、僕の耳はその頃から良かったので丸聞こえだった。

 だから、僕について何か話し始める前にこの場を立ち去ったのだ。

 アイドルになる子って基本良い子が多いから、直球で僕の悪口を言うなんてないとは思うのだけれど、愚痴の一つくらいは吐いてしまうだろう。

 でも、それでいい。溜め込まれるよりも定期的に吐き出して貰った方が良い。何なら面と向かって言ってくれたって構わない。

 溜め込んだ末に爆発される方が嫌だ。それで「もういい」と切られる方が致命傷だから。

 

 やはり食堂の券売機前に人の姿はほとんど見られなかった。

 客が居なくても光を発し続ける券売機の姿に、観客ゼロの中でステージライブの練習をしていた頃の自分を姿を重ねる。あの頃は愚直に練習だけをしていられた。自分の才能を信じて、まっすぐに頑張れた。

 それが今では自信は揺らぎ、歪んだ思いだけが残っている。

 それに比べたら券売機の何と健気で真っ直ぐなことか。誰も用が無いのに常に準備万端で居るのだから。券売機師匠凄いわ。

 

 お昼も抜いているので色々と食べた方が良いのだろうけど、三村のお菓子攻めを受けたせいで結構お腹が一杯になっている。普段の食事量からすると爆食いと言ってもいい。そんなお腹事情でこれ以上食べるのはキツいんだけどなぁ……。でも、プロデューサーと約束しちゃったし、何か食べないといけないわけで。

 仕方なく無難に野菜炒めを選んだ。麺類で済ますという手もあったが、初対面の人間が居る中でズルズルと麺を啜る姿を見せる勇気が僕には無い。

 お金は当然入館証を兼ねた電子カードで支払った。敷地内の全ての施設で使用可能なこのカードは手持ちのお金が少ない僕には非常にありがたい存在だ。これがなければ野菜炒めすら買えないところだった。

 

「あ、如月さん。良かったら手伝うよ」

「三村さん……」

 

 あとは頼まれた飲み物を人数分買うだけとなったところで、料理の受け取りカウンター前で三村と鉢合わせた。

 

「一人だと皆の分の飲み物運ぶの大変だと思って」

 

 どうやら僕が六人分の飲み物を持てるか不安で様子を見に来たらしい。何だぁ良い子かぁ? 

 

「このくらい大丈夫ですよ」

「でも、トレイ使っても人数分持つの大変だと思うよ?」

 

 三村は当たり前のように手伝いを申し出て来る。やろうと思えば何人分でも運べるため、やんわりとお断りするのだが三村は納得しない様子だ。

 本当に問題ないんだけどなぁ。

 と言うか、そもそも何のために手伝おうなどと思ったのだろうか? 

 僕を手伝ったところで彼女にメリットなど一つもありはしないだろうに。手伝う私って良い子ムーブをするタイプにも見えないけど。

 

「……それじゃあ、お言葉に甘えて飲み物を幾つか持って貰えると助かります」

「うんっ、任せて」

 

 目的がわからない行為に警戒心を持つことは大切だ。それが悪意によって為されることなのか見極めないといけないから。そして、どの程度の悪意なのか、それの深度で対応を決めなくてはならない。

 わざわざここまで来たのだから手伝う気はあるのだろう。手伝うと言いつつ後で「手伝わされた」と事実と異なる報告をするとも考えにくい。こういう程度の低い嘘って、吐く者も大概だけど信じる方も信じる方でアレだよね。

 学生時代はそんな奴ばっかだったけど。

 

「とりあえず食券だけは買っておきますね」

 

 やりたいと言うのだからやらせてみることにした。

 とりあえず食券だけはまとめて買っておく。手分けして買うのも非効率的だからね。

 そちらも当然電子カード払いだ。ついこの間までゲームの課金以外でお金を使う機会がなかったような人間だ。貯金だってほとんど残っていない。そのお金だって、この間春香と一緒に夕食の食材を買う時に使い切ってしまっている。

 そんな僕が買い食いのためのお金を用意するわけがない。だからこのカードは僕にとって生命線と言える物だ。

 

「あれ? ……そのカードって」

 

 僕が食券を買っていると隣でそれを見ていた三村が電子カードについて訊いて来た。不思議そうな顔をして僕の持つカードを見つめる表情は、まるでこのカードのことを知らないみたいに見える

 もしかして、三村はカードのことを知らない? 

 ……いや、そんなことはないか。シンデレラプロジェクトのメンバーは皆これを貰っているはずだ。千川さんもそんなこと言ってたし。きっと三村は手作りのお菓子を持参するような子だから、カードを使う機会がないから知らなかっただけだろう。だからこれの仕様を知らないんだ。

 仕方ない、ここは僕がこのカードの仕様を教えてあげよう。

 

「……便利ですよね。346の施設の利用が全部無料になるなんて。私もついこの間教えて貰ったのですが、凄く驚きました。さすが346プロといった感じですね」

 

 ここで「えー! カードの使い方も知らないの? プークスクス!」みたいな回答をする程僕は性格が悪くない。もっとオブラートに包んで、相手も知っている体で話を持って行く。

 

「……」

 

 僕の答えに三村は絶句し、僕の顔とカードを交互に見ていた。驚愕という表情をしていることから本当に知らなかったのだということがわかる。

 皆の前で無知を晒さなくて良かったな。これでタオルの借りは返したことにしてね? 

 

「皆も待っているでしょうし、カウンターに貰いに行きましょう」

 

 相手が無知を晒したことを指摘せず、さも気付いていませんよという空気を出して移動を促す。

 

「如月さんは──」

 

 しかし、途中で三村に呼び止められ足を止める。

 何か言いたいことでもあるのだろうか。教えてくれてありがとう的なやつかな? できれば気遣いはさりげなく受け取って欲しいのだけど。

 

「はい? なんでしょうか」

「…………ううん。なんでもない! ……ただ、何て言うか、今までずっと疑問だったことが一つ解決したかな?」

 

 困ったように笑う三村に内心首を傾げる。

 疑問? ああ、カードの仕様のことね。どうして皆金払わないんだろうとか思ってたのかな? 

 自分だけが真実を知らなかったというのは結構来るものがあるよね。今更だけど知らなかったことを知れて良かったね。

 

「如月さんが言う通り皆が待っていると思うし、メニュー貰いに行こ? 私先に飲み物の方受け取って来るから食券貰っていいかな?」

「ええ、お願いしますね。戻るときは半分持ちます」

「大丈夫? 結構多くなっちゃうと思うけど……」

「問題ないですよ」

 

 疑問が晴れたからなのか、晴れやかな表情へと変わった三村と言葉を交わしながらカウンターへと向かう。

 何だかんだで今回は良いコミュニケーションがとれた気がする。相手の無知を指摘せず、さりげなく事実を伝えられた。これで僕もコミュニケーション強者へと少し近づけたね。

 

「そっかぁ……そういうレベルだったんだね」

 

 しかし、最後に三村が呟いた言葉の意味はよくわからなかったが。




三村ルートは無い。
三村ルートに進んだ千早は人間になってしまうから。
人間の千早はミリシタの千早になります。優が生きている上にミリシタ状態の千早とかいうぬるま湯精神では今のストイックさを維持できないので、ただのトップアイドルくらいまでしか育ちません。
千早に依存せず、千早を依存させず、千早を客観的に評価でき、千早に優位に立てる人間、三村かな子。
最強キャラが決まったかな?
唯一問題があるとすれば、三村には友情ルートしかないこと。千早が三村に惚れた場合は色々な意味で三村が大変なことになるかもしれません。

千早がクラスメイトと話さないのはアイドルになるために切り捨てていたというのもありますが、本話のような扱いを受けていたというのもあります。
そのこと自体を千早が気に病まなかったのは相手を人間だと思ってなかったからです。巣から落ちた雛鳥を助けてしまうと、人間の臭いが雛についてしまい親鳥がその雛の相手しなくなるという話を聞いて、人としての価値観では変だと思いつつ、獣とはそういう生き物なのだから仕方ないと納得するのと同じです。
暗黙のルールの存在を気にしつつ、クラスメイト相手には「自分(人間)未満の下等生物が自分達のルールで何かやってんな」程度にしか認識していないので気に病まなかっただけ。学生時代の千早が本当に狂っていたという証拠ですね。

雑談できる会話のネタがアイドル関連とゲームのみ、その中身もわかる人間にしかわからない内容というコミュ障陰キャの極みなので雑談に普通に混ざることができず雑談パートでは空気になる千早。
じゃれ合う少女たちに混ざる気概があればいいのですが、当たりの強さが0か100しかないので適度な会話ができません。今回の本田と前川のようなじゃれ合いの会話はキョウとしかできていません。







以下は今回の別視点
相変わらずネタバレ要素あり。そして安定の三村視点。


※本当に蛇足なので読まなくても問題ありません。
 三村達が一緒に食堂に行くことになった裏話なだけです。

 また、読むことで他キャラの心情が見えてしまい千早視点を純粋に楽しむことができなくなる恐れがあるため、それが嫌な方は19話はここまでにしてください。別視点以外書いてないです。






智絵里とともにみくを支え何とかレッスンルームからシャワールームの脱衣所まで到着した。
完全に脱力し切っている人間は想像していたよりもずっと重い。ここまで運ぶだけで、レッスンに参加しなかったというのに額に汗が滲む。意外にも智絵里の腕力が強いことは見て見ぬふりをした。

「ご、ごめんね」
「大丈夫だよ? みくちゃん軽いし」

レッスンルームを出た時からここまでずっと謝っていたみくに気にするなと答えながら、彼女がここまで疲労したことにかな子は内心驚いていた。
みくが倒れるほどに疲弊するのは本来ありえないことだった。アイドルになってから今日までまともなレッスンを受けられていないかな子達だが、それは今回のような本格的なレッスンであって、体力作りなどの基礎的なものはシンデレラプロジェクトのメンバーとして受けている。
本物のアイドル事務所で受ける本物のレッスンに当初プロジェクトメンバーは皆嬉々としていたが、それが数か月もの間延々と繰り返されると段々と嫌気がさしてくるのは当然である。サボる者こそ出ていないが、最近では皆のモチベーションが下がっているのをかな子は知っていた。まあ、それもプロジェクトがスタートしたことでとりあえずの解消を見せたが。もう少し遅ければ脱落者が出ていた可能性すらある。

そんな危うい状態だったプロジェクトメンバーの中で、ただ一人、みくだけは停滞期中も燃えていた。自主的に別メニューを組み、トレーナーに頼み込んであれほどやった基礎レッスンの復習までするなど、人一倍精力的に取り組む姿は彼女のアイドルにかける想いの表れだった。
みくはずっと腐らずに、いつか来るであろうデビューを深謀強く待ち続けていたのだ。
今日も未央達が来る前に一人で自主練をしていたことをかな子と智絵里の二人は知っている。それでせっかく受けられるようになったダンスレッスンを途中でリタイアしてしまったのは実に彼女らしいが……。

だから、上記の理由があるとはいえ、努力を積んで来たみくを超える結果を出した三人(卯月は微妙だが)にかな子は素直に称賛の念を送っていた。
千川ちひろに聞いた話では、三人のうち卯月以外はついこの間まで養成所にすら通っていなかった一般人だったと聞いた時は驚いた。未央のフィジカルは素人離れしていたし、千早にいたっては汗一つかかず涼しい顔で踊っていたからだ。
あれが補充要員だというなら納得である。体力面だけで言えばすでに自分達よりも上にいるだろう。
そんなに体力があるなら、できれば未央達にもみくを運ぶのを手伝って欲しかったと思わなくもなかったが……。すぐに出会って間もない相手に頼む勇気が自分にも智絵里にも無いと、シャワールームの中から聞こえて来る楽し気に会話の声に考えを霧散させる。

(それにしても、未央ちゃんと卯月ちゃんの声しか聞こえて来ないのはなんでだろう?)

シャワールームからは二人の声だけが聞こえて来る。
確か先ほど見た限りでは千早も二人に連れられてシャワールームに向かっていたはずだ。だと言うのに、彼女の声が中から聞こえないということに、かな子は内心で首を傾げる。

「一人で脱げる?」
「そ、それはさすがに大丈夫……」

智絵里が服を脱がすことまで手伝おうかと尋ねているのを止めるためかな子は意識をそちらへと向けた。





「ごめんごめん。今度はみくにゃんを引き摺ってでも連れていくから」
「それはやめて」

みく本人は軽い口調で言ってはいるが、あの時のみくは本気で気を失っていた。それを置いていくことを薄情とまでは言わないが、千早を連れていくのと比べてそちらを優先したと堂々と言われると、かな子は少しモヤモヤする気持ちが芽生えた。みく本人が気にしていないようなので自分から何か言うつもりはないが。

「私は先に出ているわね」

そこで初めて千早がシャワールームにいることに気付いた。
自分達が来るまで未央と卯月の会話しか聞こえなかったことから、ずっと千早が黙っていたことがわかる。そのため、千早が二人の会話に混ざれずに気まずい思いをしていたのではないかと心配になった。

「……」

千早は二人の返事も待たずにシャワールームを出て行こうとする。その際、みく達の横を通り過ぎたのだが、自分達に一瞥を寄越すこともなく素通りしていった。まるでお前たちに興味が無いと訴えるようなその態度にみくが傷ついた表情をしているのが視界に入る。
かな子は千早が他人を気遣える良い子なのだと思っているのだが、初めて顔合わせをした日のこともありいまいち確証が持てずにいた。あの時の態度は室内を凍り付かせるに足るほどの塩対応だった。あそこまでコミュニケーションを拒否されるとどうしたらいいのかわからない。コミュニケーション能力が高いきらりですら千早とどう接していいか計りかねている。
先程千早にタオルを貸した際のやり取りを思い出して、彼女が他者とコミュニケーションをとらない理由はなんとなく察していた。あんなルールを自分の知らないところで作られていたと知れば、他人との付き合いを断ち切ったとしても不思議ではない。もし自分がそんなことをされたらと考えると泣きそうになってしまう。それを実際されていた千早の心情を思うと胸が締め付けられそうな思いだ。
なんとかプロジェクトメンバーとだけでもコミュニケーションをとってくれるようになればいいと思う。
今日のレッスン内容を見ると、先輩アイドル相手には無理かも知れないが。

今日受けたレッスンは、かな子が想像していたアイドルのレッスンとは何か違う感じがした。そういうものだと言われてしまえば、未だまともなレッスンを受けていない自分が否定できるものではないが、どうしてもアレが本来のレッスンだということが信じられなかった。
先輩であり、346プロの誇るトップアイドルとして憧れていた城ヶ崎美嘉のレッスン。346プロに入った新人が夢にまでみた物である。それを受けられると知ったみくが天にも昇る気持ちでいたことはよくわかった。だから、今回は彼女のサポートに回ろうと思い自らは参加しなかったのだが、結果は前述した通り期待していた物とはかけ離れているものだった。
ほとんどが千早に対するダメ出しで構成されたレッスン。時折大きく動きを崩した未央と卯月にはアドバイスらしき物を送っていたが、千早には一つもなかった。
まあ、その理由もなんとなく想像がついたが。
何かアイドル間に嫌なものが蠢いている気がしてならない。

それに千早が語った過去の話も気になる。
千早は当たり前のように口にしていたが、普通あんなことをルールにするだろうか。千早と話をしたらハブる。彼女が使用した物は捨てるなど、かな子にはとても信じられないものだった。
そして、彼女の口ぶりからしてそれがまかり通る環境に居たということが窺える。

(もしかしたら、如月さんが皆を拒絶する理由って……)

長年他人からの悪意に晒されて来た環境のせいで、千早は他者とコミュニケーションをとることを拒絶しているのかもしれないとかな子は考えた。
未央と卯月の様子から、二人もあまり上手くコミュニケーションがとれているとは言えない状態に思える。
ならば、ここは自分が動こう。
何故か不思議とそんな考えが浮かんだ。

「あの、未央ちゃん。確かこの後如月さんとご飯を食べに行くって言ってたよね?」

まずは一緒にご飯を食べるところから始めてみよう。それでわかる物がきっとあるはずとかな子は思うのだった。




かな子はイイ女だよ。

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