アルティメット千早な僕が765プロのオーディションに落ちた件   作:やんや

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アルティメットな初ライブその6

 トレイを持って帰って来た僕を皆は笑顔で迎えてくれた。

 買い出しに行く前よりも明るい彼女達の顔を見て、席を外した甲斐があったと満足する。これは良いガス抜きができたみたいだね。良いことだとは思うが、買い出しに付き合ってくれた三村は機会が失われたことになる。そこだけが少し心配だった。

 

「待たせてしまったかしら。混んではいなかったのだけれど、作り置きがなくて料理を貰うまで時間がかかってしまったわ」

「ううん、そんなことないよ。むしろ早いくらい。そんな急がなくても良かったのに……」

 

 本田の答えにもう少し遅く戻れば良かったと後悔する。もしかしたらちょうど話が盛り上がっていたタイミングで帰って来てしまったのかもしれない。今度からもっと時間をかけて買い出しに出かけよう。

 三村が各々の飲み物を配るのを手伝いながら、自分のタイミングの悪さに昔の苦い思い出が蘇り顔をしかめそうになる。こういう時動かない表情筋は役に立つね。顔に出ないということは相手にこちらの心情がバレないから。

 

 席に座ると目の前の野菜炒めに目を落とす。作り置きではなくできたてのアツアツのそれは普通の人なら食欲をそそるのだろうけれど、僕にとってはただ胃袋の容量を圧迫する邪魔物でしかない。

 

「如月さんは本当にそれだけで足りるの?」

 

 この異物をどう処理しようかと思っていると、野菜炒めを見て本田が量が足りるのかと訊いてきた。

 足りるも何も、すでに溢れそうなんですが? それでも約束だから食べているのですが何か!?

 

「私はあまり量を食べられないから、これくらいで十分なのよ。むしろこれ以上食べるとお腹が張ってしまうわ」

 

 やろうと思えば一瞬で”何もお腹に入っていない状態”に身体を戻せるとはいえ、食べ物を無意味に無駄にする理由はない。

 

「でも、アイドルって体力勝負って言いますし、食べないと体がもたないと思います」

 

 今度は島村が食事量に言及して来た。確かにアイドルは体力勝負だ。食べないとやっていけないところもあるだろう。しかし、僕にはそれが当てはまらない。だって僕は完結しているから。

 

「それで足りるように鍛えているから大丈夫なんですよ」

 

 僕が当たり障りないように答えると、島村は少し寂しそうな顔をして「そうですか……」と言って口を閉ざした。

 あー、せっかくの助言を切って捨てたように聞こえたかな? 

 誰だって親切心を袖にされたら良い気分はしないだろう。島村とてそれは同じだ。ここは少しフォローを入れておいた方がいいのかな。

 

「でも、プロデューサーにも食べるように言われているし、島村さんの言うことも尤もだと思うから……少しずつ食べるようにしてみますね」

「あ……は、はいっ。がんばります!」

 

 何が? 

 頑張ってならともかく、頑張りますはちょっと意味がわからないのだけれど……。まあ、島村だしそんなものなのかもしれない。それよりも急にテンションが上がったことに驚く。何かこの一瞬の間に嬉しいことでもあったのかな。

 

「プロデューサーさんと言えば、如月さんはプロデューサーさんとよくお話ししているけど、普段どんなことを話しているのかな? あ、答え難いことなら無理に答える必要はないから」

 

 今度は三村がプロデューサーについて話を振って来たぞ。何だ、あの人のことを知りたいのかな。付き合いならそちらの方が長いと思うんだけど。期待されても僕もそこまで詳しくないんだけどなぁ……。

 

「プロデューサーとは普段はアイドルの仕事について話していますね。今後どんなことをするのか、具体的に教えていただけるわけではないけれど方向性などを聞いたりして自主訓練のメニュー作りの参考にしています」

「そうなんだ。如月さんは凄く勉強熱心なんだね」

 

 熱心というか、それくらいしかできることがないだけだ。熱量は確かにあるかもしれないけど、その熱のほとんどは現状に対する焦燥感が占めている。背中に火が付いた状態で熱い熱いと走り続けているだけだ。だから三村が想像しているような立派なものではない。

 

「えっと、あの、如月さんは……」

 

 え、ツインテも話に加わって来るの? 

 かなり気後れした様子でツインテが会話に参加して来た。あまりこの子との会話方法考えてなかったから戸惑う。

 

「あの、いえ、えっと……」

「頑張れー、ちえりんー」

 

 なかなか話を切り出さないツインテに見かねたのか本田が小さく声援を送っている。こういう小さいフォローの積み重ねがコミュ強を作るのかな。

 

「あのっ」

「はい」

「……しゅ、趣味は……何、かな?」

「いや、お見合いかーい!」

 

 何とか絞り出したという感じのツインテの質問はお見合いの席などで定番のやつだった。溜めに溜めて放ったのが気円斬だったくらい微妙だ。本田も思わず手をビシッと振ってツインテへとツッコミを入れている。

 しかし、当のツインテはやり切ったという顔で息を吐いていた。これがこの子の限界なのか……。

 と言うか、なんで皆、僕に質問して来るのだろうか? 

 雑談のネタが無いにしても、僕に質問するって自分で言うのもアレだけど時間の無駄遣いだと思う。時間はもっと有意義に使うべきだ。時間というのはそれだけ大切で替えが効かない物だから。

 まあ、今回は質問に答えるけれども。

 

「趣味は自主訓練ですね」

「自主……訓練?」

 

 こてんと音が聞こえそうな角度で首を傾げるツインテ。僕の答を上手く咀嚼できていないようだ。

 

「自分でトレーニング内容とか考えてやるのが好きなんです。暇な時はだいたいトレーニングをして過ごしていますね」

「えっと、でも、それだと疲れちゃうんじゃ……?」

「疲れたら、疲れた時用のトレーニングをやります」

「倒れちゃいそう……」

「倒れたら倒れた時用のトレーニングをやるんですよ」

 

 当たり前だろ。

 本番で倒れてからどうしようか考えても遅いんだから、倒れた時の訓練しておくのは当然だ。避難訓練だって何でも無い日にやるだろ。地震で逃げ惑う中「これから避難訓練します」とか言ってたら変でしょ? 

 

「それは……そうなの、かな?」

 

 いまいちツインテは納得していない様子だった。いつかわかるよ。

 

「いやいや。如月さん、ちえりんは素直だから信じちゃうって」

「え……? あ、冗談だったんだ……よかった、本当に倒れるまでトレーニングしているのかと思った」

 

 本田が苦笑いで的外れな訂正を入れると、ツインテが安心したようにホッと息を吐いていた。

 

「騙されるのはしまむーくらいだけかと思ってたけど、ちえりんもそっち系かぁ」

「う~……! それは言わないでください……!」

「如月さんの冗談は独特だからね」

 

 どうやら今の話は冗談と受け取られたらしい。心外だと不快に思うことはないが、何故信じて貰えなかったのかがわからない。僕は至極真面目に趣味を語っただけなんだが? 

 

「他に趣味と言える物と言えば……ゲームとか、でしょうか」

 

 その他に趣味と言えるものがあるとするならばゲームくらいか。その中でもFAQ2は色々な意味で僕の中で大きな存在になっている。

 

「ゲームが趣味なんだ。うちも兄弟がゲームやってる時にたまに交ざるけど、如月さんも兄弟とかいたりする感じ?」

 

 あれ、もしかしてゲームが趣味ってあんまり良くないイメージだったりする? 

 今のご時世ゲームする=オタクという考えも減っているはずなんだが。ちなみに僕はオタクである。

 

「え、ええ……弟が居るわ」

「やっぱり? 如月さんの弟かぁ。如月さん一人っ子っぽいイメージだったから、弟君がどんなのかちょっと想像しにくいかなぁ」

「とても良い子よ。……最近はあまり会えてないのだけれど」

 

 最近会ってなかったから今の会話で優に会いたくなってしまった。今度寝顔でも見に行ってみるかな。一晩中優の寝顔を眺めていれば、ここ最近下がりっぱなしだっなテンションも少しは上向きになることだろう。

 

「会えないってことは、如月さんって実家が遠いの? みくもアイドルするためにこっちに来てるから家族に会いたくなるのはわかるかも」

 

 ここぞとばかりにみくにゃんが話に加わって来た。食い気味に言って来たので謎の圧が凄い。隣の本田が「やった!」と拳を握っている。そうか、みくにゃんお前、声が出たんだな……。

 という茶番は置いといて。

 

「いいえ、今借りているアパートから実家はそれほど離れていないんですよ。歩いて三十分くらいです」

 

 隣町だからね。車ならもっと早く行き来ができるから、いつか車の免許を取得しようとか思っていたりする。

 走った方が早いけど。

 

「え? でも、だったらなんで……」

「それは……」

 

 ……なんでだっけ? 

 いや、家を出た理由は覚えている。765プロに落ちて塞ぎ込んで、見当違いの声援を送ってくる両親を疎んだ僕が彼らを拒絶したからだ。今でもその時の件から距離感が掴めずにいる。

 でも、それは当時の話で、今は問題がないのだから実家に帰っても良いはずなんだよね。そうすれば優に毎日会えるし。

 何故かその理由が一番厄ネタとして扱われて家に帰れないでいるわけだが……。

 だから、今でも一人暮らししている理由が何でと訊かれたら、

 

「親に、言われて」

 

 そう答えるしかないよね。

 

「親に言われてって、どういう……」

 

 流石に端的に言い過ぎたか? 

 でもオーディションに落ちて発狂したので家を出ましたとか、理由が謎過ぎて信じて貰える気がしないしなぁ。

 あ、家に帰れない状況を思い出して優に会えない寂しさが込み上げて来ちゃった。

 どれだけ求めても優との生活は遠い夢の彼方……。それでも、僕は他の”如月千早”に比べれば恵まれているんだけどさ。だって優は生きているのだから。これまでの優との思い出があるから今日も生きていけるのだ。

 ……でもやっぱり寂しいよー! 生の優じゃないと物足りない体なんだよね。……って、前に言ったら優にめっちゃ怒られたけど。

 もう一緒に住んじゃおうよー。優がしたいこと何でもしてあげるからさぁ。

 

「如月さん……!?」

 

 優への恋しさを脳内で叫んでいると慌てた様子の三村に名前を呼ばれた。

 

「え……?」

 

 そこで気付いたのだが、いつの間にか僕は泣いていたらしく、目の前が涙で滲んでいた。目の下に手を当てて確かめるとめちゃくちゃ湿った感触がする。結構大号泣じゃん!? 

 どうやら僕が優を求めたことで、僕の中の”如月千早”が記憶の中の優との思い出を見てしまったらしく、絶賛大発狂中らしい。優との楽しい思い出を自分のことのように無理やり追体験させられた上に、それが自分の思い出ではない自覚があるのだから辛いに決まっている。

 僕にとっては泣く程のことじゃないのに、”如月千早”のせいで僕まで涙が出てしまった。僕が泣いているのを見た皆が顔を硬らせている。質問したみくにゃんなんて顔色が悪いってレベルじゃないよ。

 

「今の話は忘れて下さい。ただの家族間の約束事ですから」

「……」

 

 上手いフォローが浮かばず適当な事を言うと場の空気がさらに重くなってしまった。皆の顔が明らかに暗い。もっと上手く言えたら良いのに。あいにく僕のコミュ力ではフォローし切れなかった。でも、どう取り繕ったところで僕は実家に住んでいないし、その原因は変えられない。嘘で蓋をしても、いつか何かの拍子に誰が開いてしまうかもしれない。そう考えれば、このタイミングでカミングアウトできたことは致命傷を避けられたとも考えられる。

 

「……ふぅ」

 

 まあ、遅かれ早かれこうするべきだったのだ。やはり僕にはこの空気は合わない。肌に合わないのではなく資格が足りない。僕の在り方が大勢と何かをするのに適していない。心も体も歪な存在だから。一対一ならば柔らかい面を見せれば済むのに、大勢が相手だとどうしても歪な面を晒さずにはいられない。会話一つとってもそれが顕著に現れる。

 本当に、ダメだなぁ。

 

「ごめんなさい、空気を悪くしてしまったわね……」

「そんな、元はと言えばみくが無神経に聞いたからだし……本当にごめんなさい」

「私も家族の話を考えなしに聞いちゃったから……ごめん!」

 

 みくにゃんと本田がガチガチの謝罪を入れて来る。二人の様子からかなり気に病ませてしまったことが伺えた。本当に君達が気にすることじゃないんだ。僕って言うか、頭の中の人が勝手に発狂しちゃっただけだから。

 と言うか、勝手に重い話にしないで欲しい。

 

「いえ、実際会おうと思えば会えるんですよ? ただ家から追い出されているだけで……」

「追い出されて!?」

 

 いや、そこだけ抜き出すと僕が凄く不憫な奴みたいになるじゃん。言い方が悪かったね。

 

「ごめんね……こんなこと、軽々しく聞いて良いことじゃないよね……」

 

 ツインテが言うとなんか本当にそれっぽくなるからやめてください。違うんだって、僕の家は普通なんだって。

 

「私は如月さんの味方だよ?」

 

 僕の手を両手で掴み力強く言う三村。その言葉は本当なら嬉しいはずなのに、どうしてかな……なんか素直に受け取れないわ。

 まるで意図せず詐欺行為を働いているような、そんなおかしな罪悪感が湧いて来る。

 皆良い子だから、僕の何気ない言葉でこんなにもショックを受けてしまっている。

 どうした。いつもなら悪い方に受け取られる言葉が今回に限って明後日の方向に飛んで行ってるぞ。コミュ障仕事しろ! ……したからこのザマなわけか! 

 

「よし! ……私、そこの売店でお菓子買って来るよ!」

 

 突然本田が立ち上がったと思ったらお菓子を買って来ると高らかに宣言した。

 

「未央ちゃん……うん、私も付き合うね!」

「かな子ちん!」

 

 息を合わせたように三村も立ち上がる。なんだ、その我が意を得たみたいな顔は。そして本田も百の仲間を得た元孤高の主人公みたいな顔で頷くの? 

 

「私はカフェの方でケーキとか買って来ます!」

「みくも行く!」

「あ、私も……」

 

 島村、みくにゃん、ツインテも続いて買い出しを宣言していた。

 決まればあとは早さ勝負と言わんばかりにダッシュで方々に散って行くみんなを僕は呆然と見送るしかなかった。

 なんだぁこのぉ展開はぁ? 

 

 結局ぼっち飯ってことですかね……。

 とりあえず冷めないうちに野菜炒めを食べる。

 

「……」

 

 相変わらず野菜炒めは安定した味をしている。昨日と変わらず、明日も変わらない、そんな味に安心感を覚える。

 

「……」

 

 食べるという行為は僕にとってただの栄養補給に過ぎない。食べる喜びというものを感じないわけではないが、普通の人が感じるほどの喜びは無い。今ではただの人間っぽさの延長線上にあるだけだ。

 

「……」

 

 だから、無理矢理食べさせようとする人達が苦手だ。

 春香の手料理だって、春香が作ってくれたから嬉しく食べているだけだ。その行為と好意を喜んでいるだけで、料理の味自体に感動を覚えることはない。

 

「……」

 

 砂を食べていると形容するほどの無味ではない。

 しかし、味に一喜一憂する程の味の違いを感じない。

 

「……」

 

 いつも何かを口にする度に覚える違和感。

 果たして、この行為に意味はあるのか。

 

「お待たせー!」

「美味しそうなお菓子たくさんあったよー」

 

 僕が思考の渦に囚われかけたタイミングで、本田と三村が帰って来た。その手には売店のらしきビニール袋が下がっている。

 本当に買い出しに行ってたのか……。ワンチャン買い出しと言ってそのまま帰った可能性も考えていた。いや、荷物は席に置いたままだったね。昔を思い出してつい疑ってしまった。

 

「たくさん買ったんですね」

 

 パンパンとまではいかずとも、二人が両手に持つ袋にはかなりのお菓子が詰め込まれているように見える。どれだけ食べるつもりだ。僕が食べているのを見てお腹減ったの? 

 

「まあねー。六人分としてもちょっと多めだけど、結構食べられるでしょ」

「なるほど……六人分?」

「ちゃんと如月さんの分もあるよ」

 

 僕には野菜炒めがあるよ。これで足りるよ。

 

「お待たせしましたー!」

 

 時をおかずして島村達三人も帰って来た。その手には各々持ち帰り用のケースを持っている。お菓子の上にケーキも食べるとか。

 

「如月さんの好みがわからなかったので色々買って来ちゃいました」

「イメージとしてはチョコレートだと思うよ」

「モンブランとか……似合いそうかな」

 

 何を当たり前のように僕の分まで買って来ているのかな……。

 いや、待って。この流れはもしかしなくてもアレか? 

 アレなのか? 

 

「あの、皆……気を遣って私の分まで買って来てくれたのは嬉しいのだけれど、私は野菜炒めもあるから……。よければお菓子とケーキは皆だけで」

「如月さん」

 

 僕がなんとかスイーツ地獄を回避するために、言葉を尽くして訴えてかけていると、三村が満面の笑みを浮かべた。

 

「美味しいから大丈夫だよ」

 

 やだああああ!! 

 

 

 

 

 

 なかなか上手くいかないものだ。一人家への帰り道を歩きながら今日一日の自分の活動を振り返る。

 初めての合同レッスンに最初は胸が躍った。蓋を開けてみればあまりの自分の情け無さに気落ちしてしまった。回復していた自信も吹き飛んだ。

 今回指導をしてくれた城ヶ崎的には僕のダンスはダメダメに見えたということなのだろう。自分としては結構頑張ったと思うんだけど、城ヶ崎から見たらまだまだ粗を見つけられるわけだ。

 プロデューサーが褒めてくれなかったらもっと沈んでいたことだろう。

 そんなプロデューサーと城ヶ崎が見せた不穏な空気も気になる。やっぱり過去二人には何かあったのだろうか……。

 あんまり興味がないので他所でやってくれという感じだが。

 

 それにしても、今日は爆食いしてしまったな……。あんなに食べたのなんて生まれて初めてかもしれない。ケーキとかチョコレートとかポテトチップスとか、お菓子と名の付く食べ物をかたっぱしから口に放り込まれた気がする。断っているのに皆次々に僕にお菓子を投入して来た。

 何で皆あんなにも僕に物を食べさせようとしたのだろうか?

 アレかな、食べて嫌なことを忘れようというやつだろうか。あとは贖罪の意味もあったのかもしれない。

 僕は食べ物で釣られるような人間ではないのだが? 

 まあ、本当に久しぶりに大勢の人と食事をしたのが楽しくなかったかと言えば嘘になるけど。いつも一対一か一人で食べるのが普通だったから皆と食べるというのはとても新鮮だった。

 だが量が多いのは何とかならなかったのだろうか。シェアしたから一つ分の量は減っていたけれど、種類が多いせいで最終的な量は何人分だよって感じだった。野菜炒めすら残っている状態であれらを食べ切った僕を誰か褒めてほしい。

 あの後も二次会みたいなノリで夕食に誘われたけれど、さすがにもう入らないので丁重にお断りを入れておいた。これ以上は本当に吐く。

 何だか今でもお腹が重い気がする……。

 食べた分動かないと太るなんてことは無いが、消化を助けるためにも運動はしておく必要がある。

 

「とりあえず、訓練でもして消化しようかな」

 

 家に着き時計を見ると、まだ七時を回った程度だった。日はすっかり落ちているが、今から訓練を始めたとしても日付が変わるまでには一通りの自主訓練はできると思う。

 家に帰ったのも束の間、僕は荷物を置くとトレーニングウェアに着替え、自主訓練をやりに外へと飛び出した。

 僕には努力が圧倒的に足りないという思いに突き動かされて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっちゃったにゃ……」

「仕方ない……って、言っていいかわからないけど……みくちゃんが気にし過ぎたら、如月さんも困っちゃうかも」

「確かに。如月さんは人を拒絶するタイプに見えるけど、実際は気遣いしいなところあるからね」

「はい。相手のことを気にし過ぎて空回りしちゃってるようにも見えました……」

「みく、最初如月さんに嫌われてると思ってたから、なんとか会話しようと思ったけど、逆に気を遣わせちゃった」

「そんなに自分を責めない方がいいと思うよ……」

「うーむ……謎多きアイドル如月千早か……どういう生活をしているか気になりますなぁ」

「未央ちゃん……」

「あ、いやいや、冗談だって。うん、さっきの話聞いて興味本位で聞いちゃいけないってわかったから」

「……」

「かな子ちゃん……どうかした?」

「そう言えばかな子ちゃんはいつの間にか如月さんと仲良くなってたよね」

「仲良く、と言えるかわからないけど。少しだけ如月さんが人と距離を置く理由を知っちゃったから……もし私が如月さんだったら、同じように相手との距離感がわからなくなるなぁって」

「かな子ちんがそこまで言うなんて、如月さんには何か事情があるってことなんだね。それは家族の話以外ってこと?」

「うん。私が勝手に言っていいことじゃないから言えないけど、如月さんは人と話すこと自体が緊張することなんだと思う。何が言っていいことで、何を言ったらダメなのか、それがわからなくなっちゃってるのかなって……そう、考えたらどう接すればいいか私もわからなくなっちゃいそう」

「どうするも何も、そんなの決まってるじゃん」

「え?」

「相手が嫌がるまで向き合う。それで怒られたら謝る。もういいって言われるまでぶつかりに行く。それしかないでしょ」

「未央チャンって結構怖いもの無しだよね……」

「いやー、それほどでも!」

「褒めてないにゃ」

「……そうだね。ぶつかっていくしかないよね。うん、怒られちゃうかもしれないけど、私は如月さんにぶつかっていくね」

「その意気だ、かな子ちん! ぶつかって行こう!」




珍しく会話回。

千早は生まれて初めて他者に囲まれた中で食事をしたはずです。春香や武Pと食事をしてもそれは1対1の話です。
今回大勢の中で食事をしたことで、自分がちゃんと大多数の中に存在するということを実感しました。同時に食事をするということの楽しさを思い出したことでしょう。
それがどういう意味を持つのか千早本人に自覚はないでしょうし、、他の子達もこれがどれだけ千早に影響を与えたのか知りません。
しかし、千早を人間へと近づけたのは確かです。



とても残酷な話ですね。

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