『……♪♬……ふん、ふん……♩……』
あの時あたしが口ずさんでいたのは、何の曲だったっけ。
子供の
『…………ら、ららららん、らん、らんらんらん♩』
ああ、『くるみ割り人形』の『行進曲』か。未練だねぇ。今でも鼻歌を歌うと、まず出て来るのはクラシック曲だ。他の子はK-POPとかドラマの主題歌歌ってるのにさ。全く勘弁して欲しいや。ははは。
『らった、らった、らった、らった♬らった、らった、らった、らった♪』
……白と黒だけの世界。
くしゃくしゃにした紙みたいな空に、人間の目の様な赤い太陽が浮かんでいる。
軽やかなスキップで追いすがって来る黒い触手から逃げつつ、鼻歌混じりに剣を次々相手に投げつける。
ふと、脇腹を見れば、鋭く尖った枝がぐっさり刺さっている。
痛みが全くないのが何だか笑えて、本当に面白くなって来ちゃって、腹から抜いた枝で、もう二・三か所、胸や腕を刺してみた。どくどくと血が溢れ出し、それを手ですくって顔に塗ったくった。
まどかは結界の隅の方で、自分の身体を抱えてぶるぶる震えてる。
杏子は口を閉じるのも忘れて突っ立ってる。
『だん♪だだだだん♬だん♩だんだんだん♬』
機嫌よさげに歌いながら、まだぴくぴく動いている黒い塊を剣でばんばんぶっ叩く。
……何やってんだろうな、あたし。
やがて魔女の死体は動かなくなった。
『……………はあ、痛みを消せるってのも中々面白いもんだね』
あたしがそう呟いた瞬間、それから鋭い刃が飛び出した。
『……んー? どうなったんだ?』
口ではそう言っていたが、本当は分かっていた……
魔女には巨大な槍が突き立てられ、完全に事切れている。杏子がトドメを刺したらしい。
……その隣に、首を失ったあたしの身体だけがぼへっと突っ立っていた。
身体をこっちに呼び寄せ、落ちて転がってる頭を拾わせる。不思議な感覚だった。
すぐにくっつけようかと思ったが、その時ふと、まどかがこっちを見て固まってるのに気づく。泣きそうな顔が、ちょっとだけ嗜虐心を刺激して、イジってやりたい気分が湧き起こった。
『ははは、何だこれ、ウケる。見てみまどか、ほれ、ほれ』
ヤケクソになってるあたしは自分の首をまどかに投げてパスするふりをしたり、首をわざと変な角度に付けて見せたりする。
その度にまどかはひいい、とか何とか悲鳴を上げた。
『いい加減にしろよ……!』
そんな事をやって遊んでいたら、変な角度、後ろ斜め60度位の位置から声がする。
首を付け直して顔を真正面に向けると、杏子に胸ぐらを掴まれていた。
『いくら身体から魂を抜かれたからってな、進んで人間を捨てようとしてどうすんだよ』
『他人の事なんかどうでもいいってのがあんたの流儀じゃなかったっけ? あたしの事もほっといてよ』
突っぱねた。突き飛ばして、手を放させた。ついこの間まで冷血ぶってたくせに、ぶっきらぼうな言葉の端から見える善意がウザくてしょうがなかった。
杏子はちょっと言葉に詰まったが、放っておいてくれようとはしなかった。
こいつの事情は聞いた。あたしとは思考回路が違うだけで、悪い奴ではないんだ。……分かってるけど。
『……目障りなんだよ。あんたみたいなぶっ飛んだ奴が近くにいたら……』
『おまえ何様だよ。佐倉杏子』
だけど、あたしももう少しで限界の所で、最後の意地が残ってて、おそるおそる差し出された素直じゃない好意をぶん投げてしまった。
『あんたに何を言われようが、人を襲う魔女を倒してるだけあたしの方がマシでしょ? あんたみたいな……他人の命だろうが平気で犠牲にする、クズみたいな魔法少女が多すぎるから! あたしが埋め合わせをしなくちゃならないんだっ!』
あたしは最後まで正義の味方でいなくちゃならない。
目に涙が溜まっても、先輩に託された意志を無駄にしない為に、こいつみたいに現実に妥協して生きる訳には行かなかった。
『ほんとの人でなしってのは! あんたみたいな奴を言うんだよ! ばーか! 魔女に喰われて死んじまえ! ……まどか行こう、もう用は済んだ』
子どもみたいにぶちまけると、涙をさっと拭ってあたしはそっぽを向いた。
結界がゆっくり崩れて行く中、あたしはとっとと歩いて行こうとしたが、急にクラっと来て転びかける。まどかがあたしの身体を支えてくれた。
『あー、ありがとう』
豪雨が暗い夜を洗い流して塗り替えようとしてる。
あたし達の戦いは、誰にも知られず、闇に溶けて行く。
帰り道の間、まどかはずっとあたしに話しかけて来た。
『さやかちゃん、あんな戦い方ってないよ……』
『しょうがないよ、あたしまだ弱いんだから』
『でも、あんな事続けてたら、さやかちゃんがどうにかなっちゃう……』
『どうせもうヒトじゃないんだから同じなんだってば!』
どうしてあなたたちはかえすもののないあたしにそんなにやさしいの?
あの頃のあたしは、自分の中の矛盾と戦ってたなぁ。
本当は、
そしていい友達に一番恵まれていた時期でもあった。
記憶って厄介なもんだね。ひとつ思い出そうとすると、余計なのがいっぱいついてくる。
忘れたいけど記憶に焼きついて離れない。っていうか忘れちゃいけない。
もっと色々やり方あっただろ、あたし。黒歴史だな。
あー、やっぱやめよう、この話。また謝りあいになっちゃうよ。
……最近思うのは、あたしは世界なんか全然守れてなかったし、大したもんも残せなかった。それでもさ。
これから世界を救う誰かの力になる事はできると思うんだ。
奈尾はね……あの子が生きていてくれるからさ、あたしがしてきた事は無駄じゃなかったんだって、思う事ができるんだ。
……
あの子は、責任持ってあたしが面倒見るから。
「というわけで、3話はさやかちゃんがナレーターで~す!」