紅糸清澄   作:茶蕎麦

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 二年ぶりに失礼します!
 遅くなってすみません……ブランクがありますが、番外の別ルートを描いてみました。
 サイコロで二番目になった、あの人のお話です。

 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいですねー。


番外 異織
番外話① 笑顔の材料


 

 

 負けるのが楽しいというのは、ありえないことだ。そう、片岡優希は思っている。

 確かに辛酸舐めて、勝利の価値を知るものだとは思う。けれどもどうしたって、負けるのは面白いことではない。それが、好きな人達相手であっては尚更だ。

 出来れば、格好いい姿を見せつけたい。自分がおつむに背どころか舌すら足らないことは分かっている。でも、頼ってほしいし、任せて欲しかった。足りないで迷惑ばかりかけているのは、嫌だったから。

 それでも、大好きな彼はそんな優希だって好きだと言ってくれる。それどころか皆みんな、泣きたくなるくらいに優しくって親身に悩みを訊いてくれた。

 曰く、大丈夫。ああ、口々に言われるそれを信じようじゃないか。ここまで言われて、負けるのを怖がるなんてもう、バカらしい。負けても、克てばいいだけじゃないか。そう、少女は理解した。

 前を向いて、少女は花開く。

 

「……頑張るじょ!」

 

 だから、そんな優希がエースばかり選ばれるとされる先鋒を皆から任された時。彼女がどう思ったかは分かりきったことだった。

 

「あははっ」

 

 その時の、全ての悩みが吹っ切れたかのような笑みは、何より朗らかであって、まるでそれは、雪に負けずに咲いたクロッカスの可憐。

 

「良かったな、優希」

 

 そんな少女の笑顔に京太郎が惚れ込んでしまうのもまた、仕方のないことであったのかもしれなかった。

 

 

 

「チー!」

「ふむ……」

「……ここで鳴くか?」

 

 高校麻雀大会長野県予選、決勝。他校からの疑問の視線を受けながら、優希は元気に鳴いて三萬を持っていく。同時に手牌から披露されたのは、二萬と四萬。ドラは見えなかった。

 

「なるほど……」

 

 目算が通ってほころぶ優希に反し、二巡目での強引とも取れる親の鳴きに他家は警戒を深める。捨てられたのが么九牌であるのは、彼女らにとって何ら救いに感じられない。

 こと純にはひしひしと感じられる濃厚な、聴牌気配。優希の喜色からは、手の高さも透けて見えるようだった。タコスパワーがどうのこうのと言っていたことを、彼女なりのジンクスだろうと軽く見ていたことを、美穂子は恥じる。

 まだ、はじまったばかりで癖をつかめてもいないこの状況。しかし、美穂子はそっと両の目を見開いた。紺碧の右目が、見定めるかのように、優希を望む。

 

「そうね……」

 

 ドラは萬子の六。理牌が素直だと仮定しての恐らく程度の予測であるが、視線とその辺りでの手の彷徨わなさから、ドラで雀頭かひと面子が揃っているだろうと仮定できる。

 そして、先の九萬の出どころを思うと、萬子の揃いが良い様子だ。そして、揃えながら最初に捨てた客風牌の北の出場所を思う。それを総じて考えるに、どうにも字牌の待ちはなさそうではあった。

 

「ごめんなさい、はい」

 

 とはいえ、そんな不完全な予測にその全身を預けられるほど美穂子も軽くはない。彼女は他校が九萬を捨て終えていたことに気づいてから止まっていた手を動かし、対子になっていた北をためらいなく河に捨てる。

 その、次。山から牌を引いた際の優希の瞳の輝きに、美穂子は強く目を惹かれた。

 

「ツモ、だじぇ! タンヤオ、ドラ3、4千オールだじょ!」

「ったく、ツイてんな……」

 

 喜色満面な優希を見ながら、純が零してしまうのも仕方がない。ドラを三枚配牌から持っていたのもそうだが、ツキが見える彼女にとって、今の優希はまるで幸運を纏っているかのよう。

 あからさまにこれはそういう能力なのだろう。それでいて、門前で待たずに手を伸ばす油断のなさ。これは、生半可な紛らしでは邪魔できない。純がそう確信してしまうに充分なものだった。

 

「とはいえ、連荘されたくはねぇな」

 

 持っていかれている感は、ある。けれども純に運がないということはなかった。先は鳴かず飛ばずだったが、今度は二向聴でほぼ三色揃った手牌とまずまずだ。

 無理にでも鳴いていけば或いは先に。そう思うのも当然。しかし、そんな希望を()()()()()()()()()()()()()()()()()()優希は一蹴する。

 

「ダブルリーチ、だじぇ!」

「は?」

 

 改めて語らずとも、純はツキ、というものが見えてしまうのに間違いはない。そして、この日この場において、それはむしろマイナスにしか働かない。

 なぜなら。

 

「バケモンかよ……」

 

 東場において或いはチャンピオンにまで届きかねない程の単純な強運。その片鱗を見通してしまえば、自分の得意の鳴きずらしすら蟷螂の斧としか思えないものだったから。

 

「ポン」

「むっ」

 

 しかし、同卓でそんな魔物じみた実力を純と同じように感じていたとしても、津山睦月のやることは一つ。次に間違いなく来るだろう被害の軽減、それのみだ。

 無理にでも鳴いた二索。そして、一切悩むこと無く彼女は客風牌の処理をする。これで一発は消えた。とはいえ、そんな程度で逃げられるほど優希のツキは甘くはない。

 

「ロン!」

「ふむ……8千か」

 

 六筒・西待ち。意外なところといえばその通り。とはいえ、この程度は仕方がないと割り切れるのが睦月の強み。

 ネット麻雀でも大会でも勝利以上に数多の敗軸を重ねてきた彼女に、いくら相手が強いからといって諦める理由などにはならない。そんなことで、睦月が作ってきたしっかりとした芯は微塵も揺れ動くことはないのだ。

 淡々と打ち、腐らない。もう、彼に縋ったあの日の甘えは捨てたのだ。たとえ彼女として見てもらえなくても、年長者として快く思ってもらうことを諦めることはないのだから。

 だからこそ、もしそんな彼女を折ることが出来るものがいるとするならば。

 

「あ」

「どうかしたの?」

「いやー……ごめんだじぇ、おねーさん達」

 

 取ってきた牌を整理してから、少し困ったように優希は笑う。何事か問う美穂子を他所に、睦月は猛烈に嫌な予感を覚えた。

 あっけらかんとした様子で、優希は口を開く。

 

「もう、和了ってたじょ」

 

 そして彼女が披露した十四の牌は、それはそれは綺麗に揃っていたのだった。

 

 

 誰より早く和了る。それこそ麻雀をする人間の目指すところ。東場において圧倒的に優れた優希に衝突するような能力を持つ相手もない現況、彼女に圧倒的なアドバンテージがあるといえた。

 

「これか?」

「ポン」

「……で、次はこっちと」

「ロン。1600」

「はいよっと」

「むぅ……狡いじぇ」

 

 とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のであれば、その速度が不完全で付け入る隙が出来てしまうのも否めない。

 優希を他所にして行われた牌の移動、その結果による点数の支払い。コンビプレー地味たやりとりに、僅かに優位者の表情が曇る。

 そして、そのメンタルに起きた隙。必然的に起きる速度の遅れ。それを逃すものなどこの場には存在しなかった。

 

「……ツモ。6千オール」

「ロン。3900ね」

「ほいっ、ロン。7700」

「くっ、ツモ。満貫だじぇ」

 

 それに何より、優希には明確に南場になって勢いが落ちる、という弱点がある。

 それでも、彼女が和了るためにあがくことを止めなかったのは良かったのか、悪かったのか。

確かに一度和了れはしたが、連荘されることも多く、五分間の休憩時に優希が溢したのは気弱な言葉だった。

 

「随分と、差を詰められちゃったじぇ……」

 

 巧者たちに執拗に狙われ、それでも三万点程度の差は開いている。しかし、これを果たして自分は後半も維持できるのだろうか。

 一人その場に残った優希は緊張に締め付けられる胸元を覚えるのだった。

 

 確かに、優希はもう負けを恐れはしない。なら、どうして今身体を固くしているのか。それは、必要以上に気負ってしまっているからだった。

 自分が浮き沈みさせている点数。それが自分だけのものだと勘違いしていられたら、もっとのびのび出来たのだろう。

 しかし、弱点の点差の計算をそらで出来るようになった上で先鋒を任されたことにより、自覚を持った今の優希はしゃちほこばっているようなところがあった。

 

「はぁ」

 

 気づけば、表情も固くなる。格好いいところを見せたい。でも、本当に負け続けだった自分に勝ち抜けることなんて本当に出来るのだろうか。

 どうしようもない不安。思わず優希は空に手を彷徨わせて。

 

「ほら、タコス」

「じょ?」

 

 気づけばその手に大好きなモノを、一番大好きな相手によって握らされていた。温さを感じて一気に、少女は発奮する。

 

「京太郎、タコス持ってきてくれたのかー!」

「ああ。そろそろ優希にタコスが足りてないんじゃないかって、思ってな」

「よく分かったじぇ……あむ」

 

 もぐもぐ、ごくり。笑顔でソースの旨さと肉の味わいを感じていたところ、その全てを京太郎に見られていたことに優希は遅れて気づく。

 

「ん? どうしたんだきょうた……じょ!」

 

 向き直り、すると彼がおもむろに頬に手を伸ばしてきて、彼女は慌てる。こんな、カメラが普通にあるところでまさか。そう勘違いした優希は再び身を固くするが、そんな様子をすら笑って、京太郎はその頬を手で拭ってから言った。

 

「相変わらず、優希は頬にソースつけてるな。最初に会ったときのこと思い出すよ」

「うう、恥ずかしいじぇ……どうもがっついちゃうんだじょ」

「優希」

「じょ?」

 

 そして、照れる優希の頭に、京太郎は大きな手を置く。遅れて自分を撫でているのだと気づいた彼女は彼の瞳に慈しみを見つける。

 克明に全てを照らすための数多のライトの光を背に、京太郎は、続けた。

 

「お前は、それで、いいんだ」

「それで、いい?」

「そうだ。皆を信じて、優希は自分のやりたいようにやっていいんだって。それで、出来たら何時もみたいに笑っていてくれ」

 

 真摯にその鳶色の視線を真っ直ぐに向け。そして、皆もきっとそうだろうが、と前置きしてから彼は言う。

 

「何より俺はそんな、片岡優希のことが、一番好きなんだからな」

 

 どうしようもなく愛おしくて、だから場も弁えずに、間違えてしまったかのように告白は起きる。

 勿論、そんなものをあっさり受け止められるような用意をしている乙女など居やしない。けれども、それでも優希はにっこりと微笑んで。

 

「そっか。なら――――楽しんでくるじぇ!」

 

 再び、前を向くのだった。

 

 

 

 

「京太郎、疲れたじぇー」

「おいおい、こんな暑い中ひっつくなっての……周りの視線、凄いぞ?」

「私は気にしないじょ!」

「俺は気にするんだがな……そんなに、居残り辛かったのか?」

「テスト小テストで大変だったじょー……ん?」

「疲れてるだろうと思ってな。ほら、タコス買っといたぞ」

「おおっ、流石はダーリンだじぇ!」

「ダーリンは止めろって……」

 

 暮れの山間に、元気な声が響く。タコスを包みごとかぶりつくように頂いてくるり。彼が愛した笑顔は、今日も何より彼の近くで花開く。

 通りがかりの陸上部の面々は、そろそろ周知されてきた京太郎と優希のラブラブぶりを眺め、凸凹だけど似合いだなという感想とともにすれ違っていった。

 そう、二人は先の麻雀県予選の時より付き合うことになっていた。そして、そのままぴったり離れず一年と少し。部員でごった返すようになってきた部室の外ではこんな風に仲良く過ごしているのだった。

 

 ぺろりと大好物を平らげて後、しばしの歩み。とことこ左右に膨らんで足早に進んでから、優希は京太郎に振り返り言った。

 

「それにしても、麻雀部の部長を京太郎が引き継ぐようになるとは思わなかったじぇ……京太郎は大変じゃないか?」

「まあ、大変といえばそうだけれど、まあ何とかやってるさ。実績的には優希がなっても良かったはずなんだがな……」

「そこは京太郎が2連覇中の男子チャンピオンだから、推されても仕方ないと思うじょ?」

「魔窟の女子個人チャンピオン様の方が、冠に価値があると思うんだがな……まあ、適材適所ってところか」

「そうだじょ! あ、京太郎! のどちゃんが副部長をやってくれてるからって、鼻の下をのばすんじゃないじょ?」

「……ノーコメントで」

「何っ、京太郎、私の身体に飽きたのかー!?」

「人聞きの悪い事言うなっての! 単にその、やっぱり見惚れることくらいあるってことで……」

「むむっ! 相手がのどちゃんとはいえ、余所見は厳禁だじょ! ……本当に京太郎、私のこと好きなんだよな?」

「そりゃあもう、優希、お前のことが一番好きだよ。……だから、そんな顔すんなって」

 

 元気から一転しおらしくなった優希に、京太郎は慌てだす。

 意外に小心なところのある恋人を慮って近寄る彼。しかし当の優希は背を向けながら含み笑いを一つ。そして。

 

「ふふ、私も京太郎のことが、一番大好きだじょっ!」

 

 振り返り、ひまわりの笑顔を見せた。雪割って、小さく咲いた筈の花はどこまでも大輪に育ち、何時までも彼はそれに魅せつけられる。

 

 もう二人に言葉は要らず。二人の抱擁は熱く、そして強いものとなった。

 

 

 

 タコスの具材はミートに野菜。決して揃わぬそれら(二人)を、ソース(時間)が馴染ませトルティーヤ()が包んで一緒くたにして。

 彼女の笑顔の材料は、そんな素敵なもので出来ていた。

 

 

 




 ダイスの結果……片岡優希 61

 片岡さんは17、99、61と続いた感じですねー。
 93、13、88の原村さんに惜しくも負けてしまった感じでした。

 麻雀久しぶりに学び直したので、間違いやらありましたら教えて下さい!

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