紅糸清澄   作:茶蕎麦

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 このお話の京太郎は師匠の存在その他によって麻雀強めです。
 ……はい、サイコロのせいでそうなってしまいました。

 急いで書き上げたのと無知なために、闘牌描写に間違いがあったらすみません。


第五話 そして糸は撚られる

「さて、どうするか……」

 

 京太郎は、十四の牌を前にして悩む。配牌の時点でタンヤオを中心として役を絡めていくという方針は出来ていて、その通り真っ直ぐに進んできたが、しかしここで彼は問題にぶつかる。

 五巡目にして一向聴にまで漕ぎ着けたが、しかし周囲の様子がどうにもおかしい。別段聴牌気配の全てを敏に感じ取れるほど京太郎は麻雀に完熟してはいないが、それでも捨て牌や周囲の気配からある程度読み取る事は出来るようになって来ていた。

 今は訳あって仕切り直しの半荘東場一局目。下家で親番の優希は一巡前に既に牌を曲げていた。彼女の河に置かれているのはヤオチュウ牌とまた一発でツモれなかったじぇ、と捨てた六筒のみ。

 先に白を切っていたために現物は既になく、自分の手を進めるには八筒を捨てなければならないが、しかしそれは悪手であると京太郎は直感していた。

 まずは明らかに機嫌の良さが伺える分かりやすい親の手の高さ、そして東を鳴いて最初から萬子に索子の中張牌を処理している上家の和が既に染め上げているだろうという予想もあって軽々とは切れずに。更に、一つ対面の相手の存在感にも問題があった。

 

 ひと悶着起きてから静かに座す咲、その姿は京太郎から見ると何時ものものと一向に重ならない。

 まるで、違う生き物と相対しているような感覚。怪物、魔物。人とは思えぬその麻雀の腕前は時に気配にすら表れる。京太郎は既にそれに覚えがあった。

 

「衣さんや靖子さんと同じ、だよな」

 

 ぽつりと、京太郎は呟く。そして、師の教え通り、絶対に危ないと感じるこの八筒は切るまいと決め、対子になっていた二萬を半ば直感的に選んで河に捨てる。

 誰からも和了宣言はなく、京太郎はそれにほっと一息ついた。そして、そのまま椅子に寄りかかり、優希の捨てた牌を流し見た、その瞬間。

 目の前の咲から溢れ出る威圧感が一段増した。彼女は小さく口を開き、呟く。

 

「ロン」

 

 そう、優希が捨てた八筒は咲の当たり牌であった。整列した十三の牌は、静かに倒される。

 

「ピンフ、タンヤオ、イーペーコー、三色同順、ドラ1。跳満、一万二千点です」

「うわー……咲ちゃんもテンパってたのかー。やられたじょ」

 

 点棒を受け取りながら、咲はじっと対面を見る。これでいいんだよね、という意味の篭った強い瞳に対し、京太郎はゆっくりと頷くことで答えた。

 

 

 

 

 約束の放課後。咲と京太郎は、部活勧誘が盛んな新校舎から逃げるように出て、並んで旧校舎へと向かっていた。

 京太郎が途中の川を覗き込む咲を急かしたり、緩い坂の上に建つ歴史ある元校舎を二人してしばし見上げたりしてから、彼らはゆっくりと麻雀部の部室へと行く。

 しかし、その歩みは遅すぎたのか、いざ部室に入る前となって、その扉の向こうから聞こえる先着者らしき人達の話し声が複数あった。それら全ては京太郎には覚えがあるものだったが、咲にとっては初めてのものばかりで。

 少し及び腰になった咲に気付いた京太郎は、先に言われた通りに彼女の手を引きノックをしてからノブを捻ってドアを開け放つ。

 

「失礼します、須賀京太郎です。部員候補連れてきましたー」

「わ、わっ。京ちゃん。手、手ぇ離して……」

「手を離しては駄目、とか言っていたのはどこのどいつ……いや、そんなに恥ずかしがるなよ。分かった、離すって」

「あっ……」

 

 京太郎は四人の目が向いた中で、咲と繋いだ手を優しく解く。そして、笑顔を知り合いの皆に向ける。しかし、彼の視線は誰とも合わさらない。何故なら彼女達は、部室に入って来た少女を見定めていたのだから。

 特に、三対の目に篭められた感情の強さを京太郎は不思議に思う。更には、自分達が入って、会話がぷつりと途切れてしまったことにも。

 見られている当の咲はというと、恥ずかしさに負け手放したが、名残惜しく感じているのか没収されていく京太郎の掌をじっと見つめていた。

 

「ほ、ほら。急に目の前でラブな展開が始まって皆困ってるじぇー。京太郎、その女の子、誰なんだじょ?」

「……そうじゃな。二人して手ぇ繋いで入って来たけぇ、驚いたのう。しっかしその可愛げな子はひょっとして京太郎がよく話していた……」

「宮永咲さん、ですね?」

「へぇ……貴女が、昨日須賀君が話していた子なのね」

 

 気味の悪い沈黙を嫌い、それを破ったのは優希。彼女の発言を呼び水にして、会話は繋がっていく。

 だが初対面の相手が交わしているそれが自分に対するものになっていくことに咲は驚き、京太郎の背に隠れるようにしてから身を縮こまらせた。

 咲のそんな些細な行動が三人の少女の心を乱していくのだが、そんなことには気づかずに、彼女は素直に京太郎に対して疑問を呈す。

 

「うぅ……京ちゃん、私どうして出会ったこともない人達皆に知られてるの?」

「悪い。俺、咲のこと結構話のだしに使ってたわ」

「もう、京ちゃん!」

 

 あっけらかんとからくりを口にする京太郎に怒った咲は、彼の大きな背中をバシバシと叩く。笑顔で小さなその痛みを彼は受け取った。

 喧嘩するほど仲がいい、その体現。そんな二人の気安さは、周囲に毒を生む。胸の中に湧いた嫉妬という名の猛毒に冒されるのを感じながらも、久は笑みを作って彼と彼女を引き離すために口を開く。

 

「それにしても、嬉しいことね。宮永さんが入ってくれたらこれで一気に部員が四人も増えることになるわ。ふふ、今日からは一年生だけで卓を囲むことだって出来るわね」

「……そうじゃのう。団体戦にも出られるようになるし、こりゃあ喜ばしいことじゃね。後は……京太郎からは聞いちょらんかったけれど、宮永さんが経験者じゃったりしたら尚嬉しいんじゃが」

「あ、それなら大丈夫です。咲は小学生の頃から打つのを止めているみたいですど、経験者ですし……聞いた限りだと多分強いんじゃないですかね? ただ……」

「ただ、何なのかしら?」

「コイツ色々とポンコツなんで点数計算なんか忘れているんじゃないかって不安なんですよね……って抓るなって。流石にそれは痛いだろ」

「京ちゃん、だからそうやって初対面の人に悪いイメージを植え付けようとしないで! 麻雀なら昔散々やったからちゃんと覚えてるよっ!」

「へぇ……なるほど。それなら今直ぐ卓に付くのも不可能じゃないわけね。そうね……須賀君以外の実力を本当のところはよく知らないし、これから一年同士で半荘一回やってみる、っていうのはどうかしら?」

「はぁ……別に良いですけど」

 

 久は一つ提案をして、激する咲から言質を取り、にやりと笑う。

 その微笑みの薄黒さを感じ取れなかった咲は、麻雀部に入るということで闘牌する覚悟自体はとうに済んでいたがために、実に気軽に受諾していた。

 勿論、丸々一年共にあったまこが、久のわざとらしい笑みから何らかの謀りを感じないということはあり得ない。自動麻雀卓の側に集まって場所決めを始めている一年生達を眺めながら、小声で彼女はこの場に一人の最上級生に話しかける。

 

「……悪い顔しとるのぉ。ひょっとしたらこのまま、和の実力を伝えて注意をせん気か?」

「あら。須賀君が詳しく言っていなかったらだけれど、和の肩書きに萎縮されないままに、伸び伸びと宮永さんの実力を見せてもらう、良い機会じゃない。それに……どうも和はやる気みたいよ? 出来れば牌譜だけではなく実際に彼女の実力も見ておきたいところだったし、一石二鳥じゃないかしら」

「京太郎は見違えるほどに上手くなっちょるが、それでもきっと和の一人勝ちじゃぞ。宮永さんに麻雀嫌いになられてもわしは知らんよ?」

「今もそんなに麻雀が好きなようには見えないけれど。それに、きっと大丈夫よ」

「そりゃあどういう……」

 

 まこがは思わず繋げようとした言葉を失う。それは彼女がそっと、京太郎が西家に座ったことを確認している間に、久の笑みの質が変わっていたからだ。

 先程までの表の黒さが薄闇だとしたら、今の笑顔はまるで暗黒を湛えているかのよう。余人には伺いきれない強い感情を隠して、久は笑んでいた。

 

「私はそんなに簡単に成果が崩れてしまうほど、程度の低い賭けをした覚えはないから」

 

 彼に匹敵するくらいの結果が手に入れられていたとしたら嬉しいのだけれど、と零して久はそのまま笑みを深める。そして、彼女は大したことがなかったらどうしちゃおうかしら、という考えを内で転がした。

 

 

 

 

 卓に着いてから京太郎は、咲に手加減をするなと伝えておくことを忘れていたことに気付く。彼は聞いていた。点数調整、即ち勝ちも負けもないプラスマイナスゼロを目指す麻雀を彼女がしていたということを。

 もっとも、自分と遊ぶためだと言っていたが、部に入るということは麻雀に対するやる気が出たみたいであることだし、流石にそれを続けるとは思えない。なら別にわざわざ口に出す必要はないかと京太郎が思い、南家の咲を見た時。

 途端、心の臓が凍りつくような思いがした。

 

「さ、咲?」

「どうしたの、京ちゃん?」

「そうか、咲だよな……」

「ど、どうしたんだー、京太郎。ちょっとおかしいじょ」

「優希も前からちょっと変だと思うけれどな」

「大丈夫ですか? なら……始めましょう」

 

 しかし、咲から現在進行的に発せられている恐ろしい程の威圧感による京太郎の動揺は、誰にも共有されることはない。普段の印象すら歪みかねない程に強烈なそれが、錯覚である筈もなく。

 ならば、これは師によって強制的に磨かされた自分の感覚によるものかと、京太郎は理解する。今まで隣にあった相手が魔物であったことに今更ながらに気付き、彼は苦笑い。

 また、優希の態度が初対面の気安さから一歩引いたような風であるのも気にかかるが、しかしその理由まで解するには時間がなかった。

 卓に着いたからにはすることは麻雀ばかり。京太郎の様子を訝しがりながらも東家の和が南を捨ててから、この局は始まった。

 

「リーチ、いくじぇー」

 

 そして、三巡目。あまりに早く優希の牌が曲げられた。いかなるオカルトか、東場に強い彼女は南場に向かうまでヒキ等がすこぶる良くなるのだ。今も配牌の不要牌を三枚真っ直ぐ捨てることしかしなかったのだから、その程度が伺えるものである。

 京太郎はニコニコと機嫌よく笑う優希を見てから、早いだけではなくその打点が低くないことに気付き、これは調子づかせるのは危険だと感じて、鳴きを敢行した。

 

「ポン。すまないな。一発は消させて貰ったぜ」

「むぅ。小癪なやつだじぇ」

「どこ見て言ってるんだ?」

「えっとその子、そう咲ちゃんを見てたんだじょ」

「私?」

 

 対決している者同士、視線のやり取りが行われるかと思いきや、どうしてだか優希はそっぽを向いている。実は彼女なりに京太郎を意識しないようにと振る舞っているのであるが、当人以外にはさっぱりその意図は分からなかった。

 急に視線と水を向けられた咲などは困惑してしまっている。つい、場を混乱させてしまった優希は頭を振って前を向く。

 

「うぅん。まあ、飛ばされた訳でもないし、鳴かれてもツモればいいだけだじぇ……あ、これは」

「それもポン、だ」

 

 気を取り直して、優希が引いて来たのは東。自分の当たり牌でなかったためにそっと河に捨てたそれも、鳴かれて京太郎に持って行かれる。

 京太郎が晒しているのは、二萬三枚に、東三枚。河には一索に九筒、五筒に西が一枚。そして今もう一枚の西が捨てられた。

 果たして染めているのか或いはトイトイにでも持っていっているのか。東のみで流そうとしているようにも取れる。

 

「何だか嫌な感じだじょ……またツモれなかった」

 

 リーチをかけているのに及び腰になって来た優希は、次も自力で和了牌を持ってくるようなことはなかった。流石に三連続では鳴かれず、そのまま静かに東一局は進んでいく。

 優希は二副露している京太郎が振り込むことを期待するが、意外にも彼から当たり牌が転がり出てくるようなことはなかった。

 やがて、六巡目に優希が捨てた牌を見て、和が口を開く。

 

「ロン。ピンフ、タンヤオ、ドラ1。五千八百点です」

「うぅ。この待ちで和了れないなんて、不運だじぇ……タコス力が足りていないのかもしれないじょ」

「お昼に食べたばかりじゃないですか……」

 

 言葉の通りに優希は一、四、七索の三面待ちを取っていた。対して、和は普通の両面待ち。恐らくは聴牌速度でも勝っていた筈なのに、負ける。それも麻雀であるといえばそうであるが、落胆は残った。

 しかし、後ろで全体を俯瞰していた者には優希が和了れなかったのが、ただの不運によるものとは思えない。その原因を、久とまこは京太郎と咲に見た。小声で、彼女らは話し合う。

 

「それにしても、須賀君が鳴かなかったら優希が一発でツモっていたわね。代わりに一索が回ってきた宮永さんも、不要牌だったのにちゃんと最後まで抱えて回し打っていたし……二人には何か、確信でもあったのかしら?」

「さあのう。ただ、京太郎の守りは師匠譲りじゃが、知らん内に鳴きを何処かで教わってきたみたいじゃ。時折、一発消し以外にも妙に上手いタイミングで鳴くことがあるの」

「須賀君は多芸ねぇ。宮永さんは……一局ではまだ分からないか。でもまあ、あの二人が待ち牌の殆どを手放さなかったのだから、それじゃあ優希が和了れる筈もないわね」

 

 そう、幾ら相手が多面で待とうとも、当たり牌の大体を離さず持っていれば、相手が和了る率はずっと下がる。だが、それは相手の待ち牌を確信するほど予期していなければならない。

 京太郎と咲は、二人してそれほどの嗅覚を持っているというのだろうか。もしそうだとしたら、と考えると、久の笑みは深くなる。

 

「ひょっとしたら、麻雀部全員で全国に行けるかもしれないわ」

「どうじゃろうか……女子には龍門渕の天江みたいな規格外もおるしのぉ。京太郎一人を送り出すようなことになったら、笑えんぞ?」

「ふふ。そうね、気を引き締めないと……あら?」

 

 二人して話に興じながら眺めていると、次の局に向かおうとする皆を手で制した京太郎の姿が見て取れた。何事かと手を止める三人に対し、京太郎は左隣の咲を見つめている。

 その瞳の真剣さに、気持ちの向かい様に、近くでそれを見ている和などは特に気分を悪くしていたが、しかしその強い意思を無視することは誰も出来なかった。

 

「二人にはすまないが……大事なことなんで、ちょっといいか?」

「別に、構いませんが……」

「どうしたの、京ちゃん?」

 

 よく分からずに、咲は少し怯えたまま首を傾げる。そこに、いや先からずっと喜色がなかったのが、京太郎は気にかかっていた。

 そして、京太郎の師匠であるプロ雀士をすら越えかねない程の威圧感を放っておきながら、咲が持っている筈の誰からも判るくらいに鮮烈に映るだろう特殊な力を欠片も見せなかった、その有り様もおかしい。

 スロースターターである可能性もあるが、それは違うと京太郎は確信していた。咲の感情の向きくらいは彼も判るのだ。何しろ、一番深く付き合っている、友人なのだから。

 

「あのな、咲。やっぱり麻雀、つまらないか?」

「え? そんなこと……ないけれど」

 

 思わず、咲は慌てる。こんなにも麻雀が大好きそうな面々の中で、楽しくないなんて口にすることはとても出来ない。しかし、真摯に向けられた京太郎の瞳に抗うのは難しく。そこから、彼女は目を逸らしてしまった。

 京太郎は、それに苦笑いして、語る。

 

「なら、楽しもうとしてみてくれ」

「どう、やって?」

「簡単だ。本気になればいい。そうすれば負けも勝ちも悔しいし、面白いんだ」

 

 俺は負けが多いけれど、咲ならきっと勝ちを楽しめるだろ、と京太郎は更に繋げた。

 しかし、後半の言葉を聞き流し、咲は京太郎の表情に注目する。何故なら彼の表情は得意げでもあったが、例えようもないくらいに楽しさを湛えていたから。

 それが、咲は羨ましくも思え、気づけば頷いていた。

 

「……分かった、やってみる」

「これで、仕切り直しかー、なら、最初からやってみようじぇ。本気なら半端に始めるのは良くないじょ!」

「ゆーき。負けているからってそんなこと……今、私が親の一本場なのですが」

「ま、まあ、のどちゃんがいいなら、だけれど」

「……そうですね。別に構いませんよ」

 

 ついさっきまで京太郎に距離近く諭されている咲を睨みつけることを必死に堪えていた和だったが、しかしここで彼女はふわりと笑う。

 美しい笑みを間近で見た三人は、それに驚き、特に一人は照れを覚えた。そして、その成果を受けて、上機嫌になった和は、更に笑顔を深めて頬を掻いて視線を逸らす京太郎を見つめながら、言う。

 

「楽しい時間が続くのは私も嬉しいですから」

 

 良いですよね、先輩方、と言の葉紡ぎながら、しかし和は誰にも有無を言わせることはなかった。

 

 

 

 

 半荘一回。されどもその八局は非常に熱の篭ったものだった。

 東場で暴れる優希をそれぞれの力で御し、そして南場で疲れた彼女を抜き去り。そのまま三つ巴で争い続ける、その最後に和了ったのは、やはり彼女だった。

 

「三色同刻、嶺上開花自摸、四千、二千点です」

 

 嶺の上にて花が咲く。本日三度目のそれによって、勝負は決した。

 

「ふぅ……やられたな」

「捲くられましたか」

「いや、二人共、咲ちゃんおかしいじょ。どうして当たり前のように嶺上開花なんて役で和了っているんだじぇ!」

「偶然ですよ」

「まあ、なんだ。そういうものだと思わないと後々苦労するぞ?」

「うぅ……誰も驚きを共感してくれないじぇ。部長に染谷先輩はどう思う?」

「彼女が味方で良かった、という一言しか思い浮かばないわね」

「同感じゃ」

 

 余人の手届かない嶺上牌を支配して和了る、そればかりではなく素の運の強さも尋常ではない、その様子。今は俯いていて表情すら判らないが、それでも咲は明らかに強者である。

 それを、この場の誰もが理解していた。悔しくも、彼女は誰よりも強く、そして彼に近い。嫉妬のように濁った昏い感情を、三人は覚える。

 

「あの、私、勝ったの?」

「……そうだな。咲。お前は勝ったんだよ。俺に勝つなんて、やるじゃないか」

「そう、なんだ。あ、あれ。なんだろ。涙が……」

「それが嬉し涙、だな。俺がハンドで決勝行き決めた時のと同じだ。あの時は京ちゃん泣き虫、とか言いやがって……」

「うう、そんな昔のことなんて忘れてよ……でも、そうなんだ、これが。嬉しいな、麻雀やって良かった」

「だろ?」

 

 涙を零しながら、咲は笑顔を作る。それに、京太郎は満足を覚えた。何しろ、彼は麻雀が好きだ。その気持ちを一番の友達と共有できたのが、喜ばしくないわけがなかった。

 だが、京太郎は咲の本当の想いを知らない。京ちゃんと同じ感情を味わうことが出来て嬉しい、という言葉は紡がれずに呑み込まれる。

 

「……今回は完敗、ですね」

「のどちゃん?」

「何だか妬けちゃうわね」

「本当に、のう」

 

 咲の涙をハンカチで拭わせる京太郎を三者三様に見つめながら、思いは言葉を吐き出させていく。

 負けを認めた和の言葉は震え、うそぶく久の視線はしかし強く、まこの感情は深淵に落ち込んだ。

 

 

 こうして、恋する彼女達が求めて伸ばした赤い糸は、互いにぶつかりあって錯綜する。

 それを知らずに撚り集める彼、京太郎は誰の思いも知らずに麻雀と親しみ続けていく。しかし、ふと目を上げた、その時に気付くのだろう。赤い糸から伝わる、清く澄んだ熱い想いに。

 果たして誰の糸が、彼と繋がっていくのだろうか。

 

 今日も、運命の賽は転がっていく。

 

 

 




 これにて第一章はお終いです。
 二章はまたお話の色が変わる予定ですが、ダイスの出目の自由さは変わりません。
 そう、既に数度転がしたのですが、おかしい数字が出るのに変化はなかったのです。

 因みに師匠のサイコロの出目はこうなりました。

 ダイスの結果……99

 次の話を書くのが楽しみなような、怖いような。

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