紅糸清澄   作:茶蕎麦

9 / 19
 また99が出ました。
 そのためだけではないですが、遅くなって申し訳ありません。
 今回は風越、引いては新99さん、いや99ちゃんのお話です。


第九話 たべる

 

 彼女は孤独ではなかった。何時も一人きりではなく誰かが近くに居て、笑顔泣き顔共にする。そのため日々が楽しくあったことは間違いない。

 しかし、並べて同じく扱われ、同じく行動させられる、それが嫌になったのは、どうしてか。それは、純粋無垢な彼女には分からなかった。ただ、衝動のままに少女は皆から抜け出し、あえて孤独になる。

 そして、遊んだのはデパートの中。誰に倣うことなく、誰に真似られることもなく。思う通りに彼女は楽しむ。独りも面白いものだと、存分に満喫したのだ。

 だが、次第に一人きりの寂しさをも味わうようになった。好きな皆を探そうと何処にも居ない。それは酷くつまらないことで。知らず知らずの内に、彼女の眦は湿潤していった。

 

「大丈夫? 誰かと逸れたのかな?」

 

 そんな彼女を見咎めてくれた人。高い目線を低く合わせて、そして怖がらせないように柔らかく笑んでくれた彼。

 後で聞いた名前は須賀京太郎。大きくて格好良くて、何より優しい。そんな彼と出会えたことが嬉しくて、彼女は一緒の筈だった皆とそれを共有する。

 しかし、今一つその気持ちを同じくすることは出来なかった。幾ら語っても、彼女ほど二人に熱が点ることもなく。やがて、少女は気付くのである。

 ああ、この気持ちは私だけのものなのだ、と。だからその初恋を大切に、彼女は今日も京太郎を想うのである。その深みに周囲の誰も気付くことなく。

 

 

 

 

 風越女子高校麻雀部は長野県内随一の強豪として有名である。

 昨年龍門渕高校に敗れたという瑕疵が広く認められていても尚、全国大会常連校としての認識変わらず人気に溢れており、部員数八十を越える大所帯は県下に類を見ない程のものだった。

 そんな風越麻雀部の目下の目標は昨年覇者の龍門渕に団体戦でリベンジを果たすこと。そのための闘牌には各々熱が入っており、三年生でキャプテンの福路美穂子の自らの練習時間を削ってでも行う献身もあって皆の士気高いものだった。

 

「だが、それだけじゃあ足りねえ……」

 

 外が宵闇に覆われる中、自動麻雀卓の数々によってどこか狭くすら感じられるがその実広く取られた部室の中にて釣り目をキツくし、ロングの金髪を苛立たしげに掻きあげながら、部のOGでコーチでもある、久保貴子は独り呟く。

 その手には、校内ランキングや牌譜、そして対戦相手毎の得点の出入りが一目で分かるように纏められたグラフ等の資料が握られている。

 最近の部員の成績を俯瞰すると、二年生が台頭著しく、そして一年でも相当に伸びてきているものが少なからず見受けられた。

 しかし、三年は並べて大して変わらず。そして、一・二年が幾ら強かろうともキャプテンでランキング一位でもある福路美穂子に敵うというようなこともなく。このままでは、美穂子一強としてチームの組み合わせを考えざるを得ないだろう。

 それこそ、龍門渕に負けた前年と同じく。

 

「まあ仕上がり次第だが、相手が変わらないっていうのに、正直なところ去年よりむしろ劣ってるんだよな……」

 

 そう、順風満帆な以前から、去年に予選敗退という逆風を受け、どれだけ奮起し皆が力を上げるか貴子は多少なりとも期待していたのだが、粒揃いだった昨年と比べてむしろ今年は全体的に弱くなってしまっていた。

 貴子はあえて強く当たっているが、しかし彼女等が強豪風越麻雀部として恥ずべき腕前であるという訳では決してない。比較対象が悪いといえばそうだった。

 風越麻雀部の念願である全国制覇が今年こそ叶うのではないかと思えた程に戦力が整っていた去年。そしてそんな彼女達をすら軽々と上回って行った龍門渕。それと比べたら、今の麻雀部の面々は何と小粒なことだろうか。

 また悪いのは、去年全員が一年だったために、現在は二年生で龍門渕のメンバーが揃って健在であることだろう。もし彼女等が去年よりも腕前を上げていたとすると、このままでは勝ち目など殆どないため、また全国行きを逃す事に成りかねなく。

 自らが手をこまねいていれば、その未来が訪れる事は間違いないために、貴子も四の五の言っていられなくなっていた。

 

「仕方ねえ。何もしないであいつ等をむざむざ負けさせちまうこともないからな」

 

 教導時には、優しさを滅多に見せずに鬼コーチとして部のメンバーの育成に当たっていたが、その実貴子は余所の誰よりも一人一人を想っていて、何よりも彼女達の努力を認めていたのだ。

 教え子の奔走が成果として誰からも認められるために、コネクションを使ってより良い指導者を皆に当てることだって、少し自身の力不足が痛感されるが、ためらうようなことではないと貴子は割り切る。

 そして、貴子はスマートフォンをタッチして、今一番の成長株とされるプロ雀士、藤田靖子へと連絡を取ったのだった。

 

 

 

 

「ど、どうして雀荘に藤田プロと一緒に、須賀が居るんだし!」

「そういえば、華菜さんって風越の麻雀部でしたっけ……」

「質問の答えになってないし! 須賀って藤田プロの関係者なのか? 結構付き合い長いのに、あたし一度も聞いていない……ひっ」

「池田ァ! 藤田プロの前で恥かかせるんじゃねえ、大人しくしてろ!」

「は、はいぃ……」

 

 翌、日曜日。花曇り、僅かにどんよりとした空気を引き裂くように、大声が続いて響いた。

 怒号の前に響いた声の主は池田華菜という少女のものである。彼女は風越麻雀部の団体戦にて一年生の時から大将を任されていた部員であり、今回修行のチャンスとして靖子の弟子として当然のように居合わせている京太郎とは、既知の間柄だった。

 そんな様子は傍からも伺えたが、だからといって、目上の前での無礼を黙認できるものではない。礼節を意外と気にする池田にしては珍しいと思いながらも、貴子は分かりやすく激した。

 

「その体育会系な指導、相変わらずみたいだな」

「藤田プロもお変わりなく……という訳ではないですね。リーグでの躍進、拝見させていただいています。そして、その少年が電話で話していたお弟子さん、ですか?」

「まあそうだ。勉強させるためにも今日は同席させてもらうが……君達は構わないかな?」

 

 コーチと仲良さそうに話していたプロの瞳が自分らに向く。そのことに一瞬緊張する風越の選抜メンバーらであったが、一人少しも臆せず視線を交錯させる者もあった。

 片方だけ開かれた茶色の瞳は、自信と許容を大いに湛えている。美穂子は両手を顔の前で閉じ合わせ、嬉しそうに笑った。

 

「ええ、藤田プロのお弟子さんと同卓出来るなんて、光栄です」

 

 つられるようにして、皆、頷く。キャプテンの彼女の言うことなら倣うのが当たり前ということもあるが、そもそもこの場において靖子の意向を否定できる者などいない。

 皆、内心男子でどれだけの腕前を持っているのか半信半疑ではあったが、認めざるを得なかった。だが、そんな中、再び華菜は京太郎に突っかかっていく。

 

「キャプテンが言うのなら……でも須賀、お前ってまともに打てるのかー?」

「まあ、俺はまともに打つ、っていうタイプではないですけれど……師匠の面目を潰さない程度には頑張ろうと思っています」

「ちゃんと打てよ、とは思うけれどその意気はよし、って感じだし……うわっ!」

 

 何が気に食わないのか、或いは何を気に入っているのか、先の言いつけを守らず華菜は京太郎に気安く当たる。教育充分、自身が下に置かれているような場では、常に猫を被ったかのように大人しくなる彼女にとって、これは本当に珍しいこと。

 溜息を禁じられずに、手近な位置にある頭を鷲掴みにして貴子は華菜をこちらへと向かせた。

 

「はぁ。池田ァ……どうしたってんだ。前に出るなって、さっき言ったよなぁ……」

「あ……す、すみません、コーチ!」

「まあ、いいじゃないか。最近男子麻雀のレベルは落ちているからな、その池田とやらが不安に思うのも仕方ない。――――だがしかし、私の京太郎がそこら辺の連中と同じだとは思うなよ?」

 

 その言葉が発された途端、一様に強い風が通ったような覚えを感じる。その啖呵に篭められた思いは、存外威圧感というものを受け取る能力に欠けている華菜以外の全ての人間に感じ取れた。

 プロの圧力を風越メンバーの若干一名を除いて影響を受け恐れている中、達者であると評されている当の京太郎はどこ吹く風と、苦笑いをする。

 

「あんまりハードル上げないで下さいよ。ただでさえ慣れない場所、慣れない相手ということで緊張しているのに」

「まあ、大丈夫だろう。この中でお前の相手になるのは精々二人くらいだ」

「……それは流石に聞き捨てなりませんね。こいつらの殆どが、力不足だと?」

 

 旧知の仲とはいえ、それは認められないと貴子は眉をひそめて靖子を見つめた。顔に険が出やすいために、彼女は意図して抑えているのだが、それでも怒気を感じさせる表情となったコーチに周囲は僅かに息を呑む。

 だが、むしろ靖子はその贔屓の気持ちを引き出せたのをよしとして、笑んだ。好んで嫌われ者をやっている物好きから、悪役を取り上げてしまうのは、バランスというものを考えていないだろう貴子のためでもある。

 そして、後はせっかく来てもらった風越の面々と京太郎のために、直ぐ後ろに空いた自動雀卓を靖子は指し示した。

 

「まあ、それは直ぐに証明してみせよう。京太郎に、池田と、そこのキャプテンに……私も入ろうか。それほど時間は要らない、半荘一度で充分だろう。他はちょっと後ろで勉強してもらおうか」

 

 促す靖子に、皆は従う。しかし、その言に疑問に思うものも多々あった。

 通常ならば、半荘一回程度でそうそう実力が発揮されるものではない。その際に、余程の異能が顕にでもならなければ。しかし、男子でそんなものを持つものなどまず聞かない。

 訝しげな様子の貴子の視線を受け流し、靖子は場決めのためにも先に席へと着いた。

 

 

 

 

「テンパイ」

「テンパイ」

「……テンパイ」

「ノーテンです」

 

 三人が牌を広げ、最後の一人は裏返し。最終的な手牌の状態は、靖子、京太郎、華菜、美穂子の順に説明された。

 美穂子が皆に千点棒を配る間に、靖子と京太郎が理牌しそれぞれ晒した十三牌を見つめた華菜は、苦い顔をする。

 

「やっぱりバッチリ持ってるし……」

 

 靖子が跳満をツモ和了りしたために起家の京太郎から変わって親となった東二局もこれで二本場となる。先から続く、テンパイまで持ってきていても、一向に和了れない状況。その原因が再び目の前で顕になったことで、華菜は困惑すら覚えた。

 前回はリーチをしたから警戒されても仕方ないが、今回は二面待ちで、五巡目からヤミで待っていたというのに、当たり牌が出てこなかったのは、師弟の二人と恐らくは笑顔で牌を戻している美穂子が掴んで離さなかったからだったのだ。

 表情にも出していなかった筈のテンパイ気配をどうして三人揃って察せたのか。観察眼に優れた美穂子とプロが自分の手牌を見通すのは理解できる。だが、年下の男子にそれをやられたのは屈辱よりも驚きが勝った。

 

 そして、前回に京太郎が周囲の表情を変えさせた、鳴きも何だか怪しいと華菜は思う。自分のリーチ後二巡経った時に行われたあのポン。あれにどうもツモとともに流れをズラされたような気がしてならない。

 ギャラリーの反応を鑑みるに、それは一見おかしいが、しかし後で見回せば納得できるようなものだったようだ。美穂子が引いた華菜がツモる筈だった牌は場に最後まで出なかった。それも考慮すると答えは自ずと分かる。

 無理に鳴いてまでツモ順をズラす理由はそう多くない。華菜は、京太郎が自分のツモ和了りを何らかの理由で察してそれを意図して邪魔したのだということを解していた。

 信じがたいことだが、プロの弟子ということを考えると多少の特別があっておかしいことはない。自分が以前敗北した天江衣と比べたらそんな小手先の技術など可愛いものとすら思えた。

 

「面白くないな」

 

 誰にも聞こえないように、ポツリと華菜は呟く。そんな特別な存在が、須賀京太郎という少年であることを彼女は今一つ受け入れることが出来ない。

 華菜にとって、京太郎はでっかい弟。自分の下に置いて安堵するような、そんな存在だった。彼は自分の妹たちに大人気のお兄ちゃん。身近だからこそ、下に見てしまうのも自然なことなのである。

 二年生にして強豪風越の部内ランキング二位。OGとの練習試合ですらトップ率三十パーセントを上回るその腕前は確かなものだ。そんな華菜は、自分の実力を京太郎に見せびらかして、彼に褒めてもらおうと思っていた。

 

 しかし、現在点棒的には多少勝っているが、いいところなどまるでなしの状況。未だ続く親番にて、京太郎の目も覚めるような実力差を見せつけてみたいところである。

 そして、その念通じたのか、先より一巡早い四巡目。そこにて華菜はテンパイにまで辿り着く。形としてはピンフに三色同順が確定。ダマで待つのも良いだろうが、しかしどうせ避けられてしまうのであれば、リーチしても構うまい。

 そう思って千点棒を取り出し準備してから、華菜は二索を河に捨てて曲げる前に宣言をした。

 

「リーチ……」

「ロン。タンヤオ、ピンフ、赤一。二本場で四千五百点です」

「なっ! ……くっ、はい」

 

 しかし、それは京太郎の当たり牌。華菜がリー棒として使うはずだった千点棒は、支払いのために彼へと渡る。

 早い段階でのダマテンにしてやられた華菜は苦みばしった顔をしているが、反して供託棒を入れても原点に僅か届かない状況ということで京太郎は喜色よりもやる気に満ちた面構えをしていた。

 二人共に、メンタルが打牌に作用するような打ち手ではない。だが、次第に互いの表情はそのまま深まり。最終的に京太郎は靖子に届かず、華菜は誰にも及ばず最下位となった。

 

 

 

 

「はぁ。凄いですね、彼は」

「ん。そうだろ?」

 

 土曜の午前を、記録をとらせつつ入れ代わり立ち代わり打ちに打つことに使わせてから、部員たちに与えた休み時間。昼休みになって出前のカツ丼を食んでいる靖子の隣の椅子に座って、貴子は嘆息しながら話しかける。

 ここのは揚げがイマイチだな京太郎に作らせた方がよっぽど旨い、と呟く靖子は貴子の言葉に無関心なようでその実少し自慢気だ。それもそうだろうと、彼女は思う。男子で、全国の頂点を目指す女子の上澄みに及ぶというレベル。

 それはつまり、男子高校生では最強格といっても過言ではないのだから。

 

「切り間違いは多いですしハッキリ言って、未熟ではあります。しかし、それを補って有り余るくらいにヒキが良く、場況を察して動くのが余りに巧い。またあの鳴きずらしの正確さ、そのための対子順子が集まってくる強運は真似出来るものではありません」

「ごちそうさま。……まあ、京太郎も全部ではないとはいえ上手く自分の能力を使えているとは思うよ。そのために感性を磨かせたが、それでもアイツが自分の力に見せているものの大体は人の劣化コピーだったりするからな」

「劣化、コピー?」

 

 贔屓目抜きにして、貴子が連れてきたこの選抜メンバー達は全国クラスの打ち手である。その相手を十分以上に務められて大概を負かせられる、その力が下手なモノマネでしかないというのは、最早悪い冗談としか思えない。

 確かに、絶対強者たる小鍛治健夜や新進気鋭の藤田靖子らプロの闘牌と比べたら京太郎の麻雀も霞んで見えてしまうかもしれないが、それでも一般的な見地からでは十分強い。果たして彼は何の真似をしているというのか。

 鳴きで流れを操る、という辺りに龍門渕の先鋒を思い出したが、しかし彼女に京太郎が負けているとも思えない。そして、貴子が目下最大の敵手である小さな魔物のことを苦く想起し始めた時に、靖子が続けた。

 

「ああ、そうだ。正確には、縁という細い糸から伝わってきたものを使用しているからその全てを受けて使うことが出来ていないということなのだろう。端的に言うと、京太郎の主な能力は糸紡ぎのようなものだ。それでアイツは良縁から相手の力の影響を受け入れてヒキを良くしたり流れの把握をしたりしている」

「糸紡ぎ? それに流れの把握はまだしもヒキは操れるもの、なのですか?」

 

 貴子は靖子の言葉から、カラカラと周る紡錘を思い出した。目に浮かぶのは繋がった繊維を撚り集めて糸としてその体に巻くだけの、そんな装置。

 目の端に映る、挑み負け続けて落ち込む華菜を、美穂子と一緒に表情豊かに慰めている京太郎は、そんな味気ないものではないだろう。だが、何となく、彼が縁を集める人間であるということには、納得できていた。

 

「牌に愛された子、とかみたいに私が呼んでいる造語だから少し恥ずかしいが、大体合っているだろう。まるで糸を紡ぐかのように、京太郎は深いところまで干渉した相手の力を受け取ることが出来るんだ。その逆もな。勿論か細く得るため、全てではないが」

「なるほど……完全ではないから劣化、と呼んだのですか。それでは、ヒキを良くするとは?」

「……場を支配するまで、それこそ能力といえるくらいの力を持った高校生は少ない。しかし、自分に場の流れを引き込む程度の力を持ったもの……一般にヒキが良いと呼ばれる域に居る打ち手は殊の外多かったりするんだよな。お前の所の池田って奴もその類だ。あれは大成するタイプだな……話が逸れたか。まあ、京太郎はその数少ない能力持ちの、更には魔物クラスの打ち手達と深く繋がっているから、その影響を受けて自身への流れくらい変えられるようになって、ヒキを良くすることが出来ている。後は、真似ているのが場に作用する力でその劣化だから、他家の流れも何となくは判るみたいだな」

「オカルトな話ですね。でも確かに、そう言われると腑に落ちる部分が多い……しかし、もしそうだとして、京太郎君はその能力を厭ったりはしないのですか?」

「確かに、知った時は勝つための近道へだと教えてくる感覚が他人頼りっていうことを嫌ったりはしていたな。それでも、出し入れ出来るものではない。受け入れさせるのに、私も少し苦労したよ」

 

 守破離の大事を知っている貴子でも、その昔力を上げるためとはいえ人真似をするというのには僅かながらも抵抗があったのだ。思春期の男子が他力本願を嫌うのはおかしくもなんともないと彼女は思う。

 しかし、京太郎は縁にて手繰れた力の一部を行使して麻雀をしている。過去そこに苦手があったことは知れたが、しかし今この場で誰よりも麻雀を楽しんでいるのは彼だろう。

 笑顔で勝ち負けつくことを喜んで、そしてどんな相手にも礼を持って全力で当たる。競技に真剣に成りすぎると忘れがちになるものを、京太郎は何より大事にしているようだった。

 

「靖子さんは何と諭したのですか?」

「それでも勝つのも負けるのも選べるんだ、とは言ったな。糸は勝手に紡がれても、結果を織るのは自分なんだと語ったら、後はただ真剣に勝負に当たるようになったよ」

 

 愛玩を眺めるが如くに京太郎を見つめている靖子の視線を追いかけて、目を逸らしている間に何があったのか恥ずかしがる華菜を話題にして未春と仲良くしている様子の彼を貴子は認める。

 確かに靖子の言葉の通りなのだろう。能力の優位があろうとも、手を抜けば負けることなんて簡単なこと。それに、勝負を楽しむに、油断や慢心、迷いは要らない。ましてや自分の生来の武器に疑問を持つなんてナンセンスである。

 能力に麻雀を打たされるのではなく、自ら力を使うことを選んで勝負に挑む。それが本気で楽しむということ。受動能動、小さいようで大きな違いがそこにはある。それを師匠の言葉から知ることが出来た京太郎は幸運だろう。

 

「須賀君が出会ったのが藤田プロで良かったですね。感覚を言葉に出来る方はそう居ませんから」

「別に、貴子でも京太郎を導けたと思うぞ? その場合少し、苦労しただろうけれどな」

 

 言われ、貴子は自分がくよくよする京太郎を都度叱り飛ばす姿を頭に描く。怒声は直ぐに悩みの解決に繋がらない。けれども、無理にでも頭を下げて一時考えさせるのには一役買うだろう。

 果たして京太郎は貴子の教育方針でもその力を開花させられただろうか。もし、靖子の言うとおりであるのならば苦楽を共に出来たのに違いなく、そうして犬のように笑って寄ってくる彼を撫でる自分をまで彼女は想像した。

 

「それも、悪くはなかったかもしれませんね」

 

 普段なら、似合わないと唾棄すべき自分の姿。しかし、それが思ったよりも快よさそうであって。興味深そうに視線を向けてくる靖子の隣で、貴子はそう零しながら口角を上げていた。

 

 

 

 

「いたー。きょーたろーおにーちゃん!」

「えっと、緋菜ちゃんかな?」

「菜沙も城菜もきょうはいっしょのかっこうしているのによくわかったし! やっぱりあたしたちはあかいいとでむすばれているんだねー!」

「いや、二人共居ないし、ここまで懐いてくれているのは緋菜ちゃんくらいだからね。それと、どうしてここに来たのかな? 華菜さんから聞いていたのかい?」

「んー。なんとなく!」

 

 入り口辺りから騒動の気配がしたと思えば、そこから抜け出てきたのは、少女一人。自分の年齢を教えるのに片手で三つと見せるのが好きな彼女は池田緋菜。先ほどまで負けてしょげた後に褒められ照れていた池田華菜の三つ子の妹の内の一人である。

 唐突な幼子の乱入に、店の人もお客も風越の面々も驚き慌てるが、その間を縫って緋菜は京太郎の下へと辿り着いて、足元にて抱きつく。

 小さな小さな包容を受け止めて、よじ登られながらも京太郎は緋菜に優しく幾つか尋ねた。返ってきたその答えは幼さゆえに不確かで。しかしそれは、実は誰にとっても都合のいいことだったのだ。

 少女がそれこそ赤い糸とも取れるくらいに強く結ばれた縁を感じて、危なげに近所の雀荘へとやって来たのだということを知るのに、今の京太郎は少しばかり覚悟が足りていなかったから。

 

「緋菜、どうやって来たんだ! 菜沙と城菜はどこなんだし!」

「おねーちゃん! おにーちゃんがちかくにきたってこともわからない、あのふたりとおかーさんはおうちにおいてきたし!」

「……おい、池田。やっぱりそれってお前の妹なのか?」

「コーチ。は、はい……どうしてかあたしにも分からないんですけれど、一人でここまで来ちゃったみたいです」

「……はぁ。仕方ない。私が連絡を入れておく。家に帰るまで、お前が確り面倒みるんだぞ?」

「わ、分かりました!」

 

 京太郎の胸元にへばり付く緋菜を問題にして、華菜と貴子は何時もよりも気安めのコミュニケーションを取る。それも当然のことだろうか。教授している麻雀のことでもないし、そもそもわざわざ幼児の前で怒声を張ることもないのだから。

 貴子は緋菜と京太郎の親子のような姿を見て、ついその隣に自分を置く想像をしてしまったが、頭を振ってそれを遠ざけ、連絡のためにも携帯電話を取り出した。

 忙しなくなった貴子を横目に、可愛い物好きな靖子は小さく愛らしい緋菜に近寄り撫でて、思わず笑んだ。しかし、果たして京太郎の胸の内の少女はその愛撫を嫌う。

 

「なんだなんだ。これは随分と可愛らしい池田だな。緋菜ちゃんっていうのか?」

「さわるなだし!」

「おっと、これは嫌われたな……どうして、そんなに嫌がるんだい?」

「だって……おばさん、おにーちゃんをみるめがこわいし。てれびのらいおんさんとおなじだから……」

「……はは、京太郎は人気だな。後、おばさんじゃなくて、お姉さんだぞ?」

「おばさんはおばさんだし」

「こら、緋菜! すみません、藤田プロ。後で言って聞かせますので……」

「いや、まあ正直なところそう見えるのかと落ち込むが、本音ならば仕方ないだろう。池田……お姉ちゃんの方は気にしなくていい」

「ありがとうございます」

「ふん、だし」

「はは……」

 

 謝罪するお姉ちゃんの意思を無視してそっぽを向く緋菜に、京太郎は苦笑い。何時もは天真爛漫な姿しか見せない彼女のそんなひねた様は、むしろ可愛らしいもの。

 ごしごしと自分の胸元に頭を擦り付けてくる幼児を、彼女が持つ愛情の強さを知らずに、京太郎は微笑んで認めて撫で付ける。その愛撫は、喜んで受け入れられた。

 そんな二人を、靖子は変わらずライオンさんの瞳で見つめる。

 

 

 

 

「文堂もすーみんも、緋菜の面倒を見てくれてどうもありがとう……助かったし!」

 

 半荘を戦い抜き、牌譜の検討を終えてから、華菜は緋菜が後輩と同級生と一緒に遊んでいた所へと戻る。

 華菜の低頭な感謝に驚き慌てている細目の少女は文堂星夏。彼女は一年ながら校内ランキングを勢い良く駆け上がっているホープである。

 そして、のんびり構えている、ちょっと太めの二年生は深堀純代。彼女は緋菜の両脇に手を入れ高い高いをして楽しませていた。

 

「頭を上げて下さい! 毎回全員は卓に付けませんから、余った時間緋菜ちゃんと遊ぶことで、気を張らずによく休めたくらいですよ」

「緋菜ちゃん、須賀君のことを気にしてばかりだったけれど……確かに、私も見た目は好みなんだけれどね……」

「すーみんの面食いが出たし! まあ、須賀は悪いやつじゃないけれど……いや、妹達に悪影響を及ぼすあいつは悪人だ!」

「悪影響、って何です?」

「まだまだ恋愛は早すぎるっていうのに、緋菜達を誘惑して……」

「ゆうわく、ってなんだしー?」

「華菜の軽口の方が悪影響だと思うけれど……」

 

 華菜が発した知らない言葉に小首を傾げる緋菜に、純代は何でもないよと言いながら、普段はいいお姉ちゃんやっているのに須賀君のことが絡むと駄目だな、と思う。

 純代が溜息を呑み込んでいると、急いで来た華菜に続いて一緒に卓を囲んでいた美穂子と、未春がやって来た。二人は少し、興奮気味だ。

 

「こんにちは、緋菜ちゃん」

「みほこおねえちゃん!」

「私も居るよー」

「みはるん! あれ、きょーたろーおにーちゃんは?」

「ふふ。須賀君は、牌譜の読み書きに苦労しているみたい。あれほど麻雀が上手なのに、そこら辺はアンバランスね」

「そうですねー。彼が麻雀を始めて半年くらいだって聞いて、私、びっくりしちゃいました」

「えっ! みはるん、本当に須賀ってそれだけしか麻雀やっていないの?」

「華菜ちゃん……確かにそう言っていたけれど……」

「あたし、初心者に負けたのかー。うー、自信なくすし……」

 

 再び塞ぎ込む華菜。せっかく、さっき恥ずかしい言葉まで使って皆で気持ちを復活させたのに、と眼鏡のつるを弄くりながら未春はげんなりする。その横で、しかし美穂子は笑顔だった。

 

「須賀君、本当に強かったわ。彼が全国に出たら、私達も一緒出来るかしら。男女長野で全国制覇、とか出来たらいいわね。それを抜きにしてもいい子だったし、交友を結ぶ切っ掛けが出来て良かったわ」

「全国制覇か……そういえば、キャプテン、料理の話題で盛り上がっていましたね。私は華菜ちゃんのお話とかで笑わせて貰いましたけれど」

「……みはるん。そういえば全部聞こえなかったけど、アイツなんて言っていたんだー? もしかして、言っちゃいけないって言ったあの事とか喋ったんじゃ!」

「あ、元気になった」

 

 今泣いた烏がもう笑う、ではないが京太郎に感情をかき混ぜられて、華菜は機嫌をまた違う方に損ねる。怒った華菜は猫のように、貴子に牌譜のことを教えて貰っている京太郎を睨みつけた。

 しかし、そんな様子はユーモラスで他人を和ませるところがある。目尻を下げる純代の腕の中で、緋菜は思わず身じろぐ。そして京太郎が皆の中心になったことを確認し、彼女は笑った。

 

「ふふ」

「あ、緋菜ちゃんが笑ってる」

「ん? どうしたんだ、緋菜」

「きょーたろーおにーちゃんがにんきでうれしいし!」

 

 並ぶことのない程の恋は孤独である。どうして何でそこまで。その答えはきっと、どこにもない。理解者など、何処にもいないのだ。

 それでも、程度が低かろうが近くに好意を認められれば、少しは慰められた。ああ、きっとこの想いは間違っていないのだろうと、そう考えられたから。

 

「緋菜ちゃんはそんなにも、須賀君が好きなのね。凄いわ」

「だいすきだから、みんなそうだとうれしー」

「でも、藤田プロは駄目なんだよね。どうしてだろう……」

「らいおんさんにすきになられたらたべられちゃうし!」

「なるほど」

 

 その言葉に、皆少しは納得する。多分、緋菜は自分と違う大人の女性を知らず恐れているのだろうと。そして、大好きなお兄ちゃんが取られてしまうことを怖がっている。

 しかし、当然そんなことはなく。緋菜は同じものを持った相手を強敵として睨んでいるばかりに過ぎない。だから、次の言葉は彼女らの度肝を抜く。

 

 

「だって、あたしがおにーちゃんをたべるんだから!」

 

 

 緋菜は皆の中心で、そんな爆弾発言をしたのだった。

 

 

 




 内容で判ったでしょうか。そう、99は池田さん家の緋菜ちゃんです。

 ダイスの結果……池田緋菜 99

 咲日和とっても面白いですね。自分は大好きです。しかし、それにばかり出ている彼女をこんなに書くことになるとは思いませんでした。
 気の迷いで振ったら大変なことになった感じです。

 因みに、他の風越関係の方の結果はこうです。

 久保貴子 71
 池田華菜 35
 福路美穂子 64
 吉留未春 64
 文堂星夏 37
 深堀純代 11

 池田菜沙 52
 池田城菜 77

 城菜ちゃんが凄いですが、他の方々がまだ控え目に思えるのは感覚が麻痺しているためでしょうか。

 ゾロ目は大分捻くれた好意となります。そんな感じで、例えばこの場合純代さんは見た目だけが好きな状態ですね。城菜ちゃんは皆一緒の時の京太郎が好きです。

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