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一色いろはは一歩踏み出す

「送辞、在校生代表一色いろは」

 

「はい」

漸くこの時がやってきた。散々わがままを言いお世話になった先輩方への別れの挨拶。

せんぱいだけじゃない、雪ノ下先輩に結衣先輩、葉山先輩に戸部..戸部先輩。あの人たちがいたからこそ今の私がいる。ここでこうして生徒会長として立てているのも全部この人たちがいたからこそなのだ。

 

私が返せるものなんて何も無い、結局のところ自己満足だ。醜い自己満足をこの場で押し付けようとしている自分に嫌気がさす。けど、その醜さをお互いに許容できる関係こそが”本物”だと私は思っている。

せんぱいはどう思うだろうか、先輩達はどう思うだろうか。

 

ここでそれを考えたところで意味はない、私は私が思う”本物”の為に今少し踏み出す。

 

 

ふぅ

 

 

「厳しい寒さがまだ残りつつも、日差しの春の訪れが感じられる季節となりました。このような佳き日に卒業生の皆様が晴れて高等学校の全過程を了えられご卒業を迎えられましたことを在校生一同、心からお祝い申し上げます。

 

希望を胸にこの総武高校の門をくぐってから早三年、かけがえのない様々な思い出が走馬灯のように、頭に浮かんでいることでしょう。そして新たな生活への期待で先輩方の胸は、いっぱいになっていることと思います。お別れに際して目を閉じると、私たち在校生にも先輩方と共に過ごした数々の思い出が蘇ってまいります。入学したばかりで右も左もわからない私たちに優しく声を掛けてくださったあの時から、先輩方は常に私たちの模範でした。文化祭や体育祭においてもリーダーシップを発揮され、私たちの先頭に立ってくださり、勉強だけでは得ることが出来ないものを教えてくださりました。そこで学んだものは、これからの人生で必ず活きてくることでしょう。

 

また、毎日遅くまで教室や図書館で必死に勉強されている先輩方の姿があり、そのひたむきに努力する姿を拝見し、進路希望を実現することの厳しさと、夢に向かって頑張るという強い意志を感じることが出来ました。この先、先輩方は進学に就職にと、それぞれの道を進まれるわけですが、先輩方の前途には素晴らしい未来が開かれているとともに、その道は決して平坦なものではないと思われます。しかし、素敵な先輩方ならきっと乗り越えることが出来ると私たちは思っています。

 

最後に卒業生の皆さまのご健康と、さらなるご発展を心よりお祈り申し上げ、在校生代表の送辞とさせていただきます。

 

平成28年3月1日

在校生代表 一色いろは」

 

ここまでは予定通り、しかしここからが本番だ。原稿なんか書いてないし卒業式のプログラムにもない。完全な自己満足で関係ない人からしたら何を言ってるのかすらわからないだろう。

 

だけど私は私の為にやらなくてはいけない、せんぱい達に伝えなければならない。

あぁ、後で平塚先生から怒られるんだろうなぁ..

 

「と、ここまでは生徒会長一色いろはとして贈る言葉を述べさせていただきましたが、ここからは 2-C 一色いろはとして言葉を述べさせていただきたいと思います。

勝手なことをしているとは思いますが、少々お時間をください。」

 

横目で先生達のほうを見てみると、平塚先生以外は怪訝な顔をしている。平塚先生と目があったが先生はゆっくり目を瞑った。多分大丈夫なのだろう、あの人は私がこれから何をするか察しがついているだろうし止められることはないと思う。

 

よし、ちゃんと言い終えた後はせんぱいに褒めてもらおう。それなら私も怖気づかずに頑張れる。

 

「改めまして、卒業生の皆様ご卒業おめでとうございます。

私は1年の頃から生徒会長をしてますが、最初はやりたくありませんでした。一つだけ言わせてもらうと『負けたくなかった』ただそれだけの為にこの役職に就いたのです。

しかし今では総武高初の2期連続生徒会長として自分の意思で、誇りを持ってこの任に就いています。そう思えたのも偏にある大切な先輩方に出会えたからです。

 

捻くれているけど誰よりも他人を思いやれるせんぱい、強く凛々しく誰よりも綺麗な心を持った先輩、誰よりも優しく感情の機微を悟ることに長けている先輩。

この方たちと出会えたことで今まで自分が生きてきた15年間がひっくり返ってしまいました。しかしそれは自分にとって良い影響を与えてくれたと確信しています。

 

そんなせんぱい方と今日を機に離れてしまうのをひどく寂しく感じます。

もっと一緒にいたかった、、あの教室で笑っていたかった、、、”本物”の、かん、、けいをつく、、、りたかったっ、」

 

もう堪えきれそうもない、ここでやめないと折角の祝いの場なのに変な空気にしてしまう。

“本物”と言った瞬間あの人は うげぇ とでも言いたげな顔をしていた。

伝わるべき人に伝わった。それだけで今は満足だ。早く褒めてもらおう。

 

「これで一色いろはとしての送辞を終えます。最後に皆様にとって新しい生活が輝きに溢れるものになればと心からお祝い申し上げます。

お時間をいただきありがとうございました。 2-C 一色いろは」

 

疎らだが拍手が聞こえる、あの陽だまりのような場所で共に過ごしたあの人たちだといいな。

まだ伝えきれたわけじゃない、早く会いたい。

 

 * * * *

 

特別棟の廊下を抜けたところで話し声が聞こえてくる、雪ノ下先輩達だと思う。

相変わらずせんぱいの声は聞こえない。もしかしたら帰ってしまったのだろうか、近づけたと思っていたのは私だけでせんぱいからすれば、ただの面倒事を運んでくる厄介な後輩程度にしか思われていなかったのだろうか。

 

そう思うと酷く不安になる。

けどせんぱいだけじゃない、この教室にいる大切な先輩達にも伝えきれてないのだ。

 

「こんにちわ〜、雪ノ下先輩に結衣先輩、ご卒業おめでとうございます〜

あとついでにせんぱ...い?あれ?せんぱいはいないんですか?」

 

「ありがとう一色さん。比企谷君は今外してもらってるわ」

「やっはろ〜いろはちゃんありがと〜」

 

そう言う先輩達の目は赤く腫れていた。別れを惜しんだ為に泣いたのか、別の理由で泣いてしまったのか、その場にいなかった私にはわからない。聞く権利もない。

 

たったこれだけのことなのに距離を感じる、私だけが勝手に好意を寄せてるだけで先輩達からはただの後輩としか思われてないのではないか。自己満足と割り切ってはいてもやはり辛いものがある。

そうやって思考の渦に飲み込まれそうになっていると

 

「一色さん、送辞素晴らしかったわ。

なんというか、その...私も、一色さんのことを大切に思っているし一緒に卒業できないのが残念で仕方がないわ」

「あ!あたしも!!あたしもいろはちゃんのこと大好きだよ!!!!」

 

やっぱりこの人達はこうなのだ。欲しい時に欲しい言葉を掛けてくれる。そのせいでさっき少しは返したつもりでいた恩が倍以上になって返ってきた。

 

ほんとままならない。

 

今まで我慢してきたはずの涙が止め処なく溢れてくる。

 

「先輩、嫌です、、置いていか、、ない、、、、で、

せんぱ、、い達が、、っ」

 

不意に両側から先輩達が抱きしめてきた

結衣先輩柔らか、、ってそんな場合じゃない。

 

「いろはちゃん、あたし達は卒業しちゃうけどこれで終わりじゃないんだよ?

確かに東京の大学に行っちゃうけど、奉仕部で過ごしたことは変わらないしまたいつでも会えるじゃん!」

「そうよ一色さん、この場だけが全てじゃないわ。一色さんも奉仕部にとって大切な存在だし、私にとっても可愛い後輩なのよ。私からも連絡するし、寂しかったらいつでも会いに来ていいのよ」

 

「雪ノ下先輩っ、結衣先輩っ、本当に今までありがとうございました」

 

「ふふっ、それはそうと一色さん?その..由比ヶ浜さんだけ名前で呼んでるのになんで私は名字...なのかしら」

 

え?なにこの生き物可愛い?!これは嫉妬ってやつなのだろうか。素でこうなのだから本当にずるい。

 

「えっ、いや、特に意味はなかったんですけど。ずっと呼んできたからってだけで

.....雪乃先輩!これからもよろしくです!!」

 

「ええ、いろはさん。これからもよろしくね」

 

「あ〜いろはちゃんだけずるい!あたしもゆきのんから名前で呼ばれたい!

ねぇゆきのん、結衣って呼んでくれない?」

 

あ〜始まった。ゆるゆり。そんな上目遣いしてたら雪乃先輩くらいすぐ落ちちゃいますよ。

この人も素でこんなことやっちゃうんだよなぁ、はぁ。

 

「わ、わかったから少し離れてくれないかしら....ゆ..結衣さん」

 

「えへへ〜ゆきのんっゆきのんっ」

 

「それにしてもせんぱい遅いですね〜、ぼっちなのに行くところがあるんですかね〜」

 

「あ、それはね、あたし達がヒッキーに告ってフラれちゃったからなんだ。

わかってはいたんだけどね〜やっぱり泣いちゃった。けどね、友達になったの!

 

『お前らの事は大切に思ってる。けど恋愛感情かと言われたらそれとは違う

付き合えないけど友達になってくれないか?』

 

だって〜ありえないよねヒッキー、フった相手に友達になってくれなんて、けどなんかそれがヒッキーらしくて嬉しかったんだ」

 

「あ〜なんかせんぱいらしいですね、雪乃先輩もせんぱいと友達になったんですか?」

 

「そうよ、誠に遺憾ながら。

いろはさん、比企谷君を探してきてくれないかしら、あなたも話す事があるでしょう?」

 

「はい、ありがとうございます。話し終えたら此処に戻ってきますね」

 

 * * * *

 

雪乃先輩と結衣先輩の告白を断ったのかあ。

せんぱいが勘違いとか言わずにフったってことは少なくともせんぱいにとっての本物になってたのだろう。だったら尚更私の告白を受けてくれるとは思えない、1年も過ごしてる時間が少ないんだ。せんぱいの性格からしたらフった相手には気まずくなる。雪乃先輩達のようにまた今まで通りに過ごせるはずがない。

 

私はせんぱいにとっての本物ではないから。

 

今はそれに耐えられない、だから私は私らしく、本音にスパイスを振った一色いろはであざとく可愛く。

 

そうこう考えているうちにせんぱい曰くベストプレイスが見えてきた。ここにいなかったらどこにいるか分かんないんだけどなぁ、連絡先も知らないし..

 

あ、アホ毛だ。せんぱいだ。よかった。

 

「せ〜んぱいっ、卒業おめでとうございます」

 

せんぱいも少し目が腫れている 

 

「一色か、ありがとさん。つーかなんでお前がここにいるんだ?」

 

「やだなぁ、そんなのせんぱいに会いたかったからに決まってるじゃないですか〜」

 

「あざとい」

 

「むぅ、それはそうとどうでしたか?私の送辞

私はちゃんと生徒会長できてましたか?」

 

早く聞きたい。頑張ったなって褒めて欲しい。せんぱいに認められれば頑張った甲斐がある、今抱えている不安もなくなる。

 

「その..なんだ...よかったぞ、頑張ったな」

 

相変わらずだ。けどその言葉が一番欲しかった、頭を掻いてるってことは恥ずかしいってことですもんね。せんぱいの癖くらいもう知ってますよ。

 

「そう、ですか、、、それならよかったっ、、、で、、すっ」

 

「おい、泣くなよ。ありがとな一色」

 

そう言うとせんぱいの手が頭に乗ってきた。気持ち良い、暖かい。ずっとこうしていたい

けどそれは今じゃない、雪乃先輩や結衣先輩に申し訳ない。大切な人相手にそこまでずるくなれない。

でも、あと少しだけなら、、いいよね。

 

「すみませんせんぱい、もう大丈夫です。ありがとうございます」

 

「そうか..お前が頑張ったおかげで小町も楽しそうだ。これからも頑張れよ生徒会長」

 

シスコンも相変わらずだ。そんなことより聞きたいことが沢山ある。

 

「よかったですね〜せんぱいにもお友達ができて

結衣先輩から聞きましたよ。あんな素敵な人たちをフるなんて刺されても文句言えませんよ」

 

「まぁそうだな、けどあいつらは違うんだよ。大切なのには変わりないがな」

 

「せんぱいの言うこともわかりますけどね〜

昔のせんぱいなら『友達なんか作ると人間強度が下がる』とかいいそうですけど」

 

「俺は鬼いちゃんじゃねーよ、てかよく知ってたな」

 

「まぁ人並みに嗜みますからね〜

 

 

.....せんぱいにとっての”本物”は見つかりましたか?」

 

 

「唐突だな、送辞の時もそうだったが。

 

あぁ、見つかったよ。これで全てだとは思ってないけどな」

 

 

「そうですか、それはよかったです。

さぁ、部室に戻りましょう。雪乃先輩達が待ってますよ」

 

ここで自分も”本物”になれていたかなんて聞く度胸も勇気もない。

けどここで終わりになんてさせない、形はどうあれいつかせんぱいの”本物”になるために

 

「あ、せんぱい。連絡先教えてください。もう会えなくなっちゃうんで..

偶に葉山先輩についての相談もしたいですし」

 

ここでも葉山先輩を使ってしまった。本当に醜い。こんなずるばっかしてたら”本物”になることが叶わないことくらいわかっているのに。自分が思う”本物”にすら嘘をついて..

 

「そうだな、ほれっ

使い方よくわからんから自分で打ってくれ」

 

「わかりました。

...はい、できましたよ」

 

「げ、お前も由比ヶ浜みたいなことすんのな」

 

「いいじゃないですか〜私とせんぱいの仲じゃないですか〜」

 

「はぁ、もういいから戻るぞ」

 

 * * * *

 

「雪乃先輩ただいま戻りました〜」

 

「おかえりなさい、いろはさん。

その男から変なことされなかったかしら?」

 

おかえりなさいがこんなに嬉しかったことはない。こういう些細なことが奉仕部の一員として認められてる気がして幸せな気持ちになる。

 

「おい雪ノ下。さすがの俺も卒業式にそんなことしたりしねえよ」

 

「あら、最低限の分別はついていたのね犯し谷君」

 

「だからしてねえって

ったく、てかお前らいつから名前で呼び合ってんの?」

 

「それがあなたに関係あるのかしら?」

 

「さいですか」

 

「ねぇヒッキー、奉仕部のみんなで写真撮ろうよ!」

 

「いいわね、ほら比企谷君。ここに並んで」

 

「あ、私が撮りますよ!皆さん横に並んでください」

 

「あのな一色、その...あのだな、なんつーかお前も写真入れよ

なんだその、お前も奉仕部の一員というかいないと落ち着かねえというか

だから...な?」

 

「はぁ、あなたはまともに言えないのかしら

いろはさん、一緒に撮りましょ」

 

「そうだよ!いろはちゃんいてこそ!だよ!!」

 

雪乃先輩と結衣先輩からは奉仕部にとって大切な存在だと言われてたから写真を撮るって聞いたとき、少しは期待していた。我ながらなんて面倒くさい。

けどまさかせんぱいがそんなことを言ってくれるなんて思っていなかった。

 

”本物”になれているかはわからない、けど奉仕部の一員だと思ってくれていた。

それだけで今は充分だ。

 

「ではお言葉に甘えて一緒に写らせてもらいますね。

セルフタイマーにするのでもう少し待っててください

 

出来ました!行きますよ!!」

 

 

 

5.4.3.2.1.パシャッ

 

 

雪乃先輩、せんぱい、結衣先輩、私の順で写っていて

目を腫らしてはいるがいつになく綺麗な笑顔だ。せんぱいの目も腐ってない。

隣で写れなかったのは少し残念だけれどこの写真は私の一番の宝物になる。

人が全く来ない特別棟の小さな陽だまりの部屋は

 

ずっとずっと私たちの心の中に残り続ける。

 


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