ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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流星の如く煌めく光と、未知の力が今ここに。









Ep.5 二刀流と無限槍

 

 

 

 

 この場にいるメンバーはアキト、アヤト達、《風林火山》の合計十一人。

 先程の《軍》との人数差は殆ど無く、何よりボス戦をする程のパーティー構成と比べると圧倒的に人数は少ない。しかしこの場には、一度はボス部屋までのフロアを踏破した五人がおり、そして現役攻略組であるクラインのギルドのメンバーもいる。

 途中運悪くもリザードマンの集団との戦闘があったが、それを差し引いても初見の頃と比べて、最上部付近までに辿り着いた時間は大幅にカットされたといえよう。

 それでも、そのモンスターとの戦闘が尾を引いて、結局それまでに三十分近くが経過していた。

 

 

 「……」

 

 

 無言のままのアキトだったが、その脳内では一つの光景が焼き付いていた。

 それは、三十分前の安全エリアでの出来事。疲労し切った仲間を引き連れて最前線の最上部まで上り詰めようとしていた《軍》の一人、コーバッツとの一件だった。

 自身を《中佐》と呼称し、仲間を“部下”と呼び、自身の目的の為にその仲間を蔑ろにしているように感じたあの男の一部分に、アキトは自身と似た何かを感じていた。

 それは、守るべきである仲間の事が見えていない、その部分だった。

 

 憧れに出会い、その強さを求め、いつしかそれだけに固執したあの頃の自分がフラッシュバックする。

 仲間を守る為───自分が、自分一人が守る為と、そう考えて。その所為で、守るべきはずだった仲間の想いを考えていなかった、何一つ見えていなかった、あの時の自分を思い出して。

 強くなったと自覚した頃には、もう何もかもが遅過ぎた。

 それを求めた理由が、気が付けば消えて無くなっていたのだ。コーバッツには分かって貰えなかったのかもしれない。けれど、アキトはそんな彼に知って欲しかったのだ。

 

 

 戦う理由を───自分が何の為に強さを求め、また戦うのか。それを忘れないで欲しいと。

 

 

 “自分のようには、ならないで”と。

 

 

 

 

 「アキト」

 

 「……アヤト」

 

 

 いつの間にか、集団の最後尾まで下がって来ていたらしい。気が付けば、アキトを除いた全員が前へ前へと進んでいる。

 アヤトは、歩く速度が遅くなってきていたアキトを見兼ねてここまで下がってくれたようだ。彼は眉を寄せながら、アキトの顔を覗いた。

 

 

 「大丈夫か?」

 

 「ん……平気」

 

 「そっか」

 

 

 アヤトはそれ以上何も言う事は無かったが、ただアキトの隣りに並んだかと思うと、同じ速度で歩き始めたのだ。その何処か女の子がキュンとしそうな行動に彼の優しさを感じ、アキトは小さく笑った。

 

 初めて出会ってから、ずっとアヤトに気を遣われているアキト。

 けれど彼を見ていると、嫌でもこの場所が何なのかを考えてしまうのだ。自分に対してこんなにも優しくしてくれる彼を、偽物だと感じたくは無いのに。

 それでも、自分の知る世界に彼は存在していなかった。いや、アキトが知らないだけで実際はいるのかもしれない。それはコハルに対しても同様だった。

 けれど、あの場所でアキトは、アヤトやコハルの名前を一度として聞いた事が無い。こうして75層前ではキリトと肩を並べ、最前線で攻略組として戦っているというのに。

 アキトが《アークソフィア》に着いた時には、もうキリトはいなかった。みんな悲しみにくれ、そればかりだった。その間に一度も、アヤトとコハルの名前を聞かなかった。

 

 アキトは最初、ここは《カーディナル》が作り出したインスタントマップで、舞台は過去を再現したクエストなのかもしれないと思っていた。何をすればクエストクリアなのか、その目的は今のところ分からないが。

 けれど、聞いた事も見た事も無いアヤト、コハルを見てしまうと、どうしてもその考えが間違っているように思えてならないのだ。

 

 

 ここは、クエストの為に《カーディナル》が作り出した世界とは全く違うのでは────と、思わせる存在。

 彼こそが、ここがSAOの世界と良く似た“異世界”なのではないかと、そんな有り得ないおとぎ話を信じてしまいそうになる理由になっていた。

 もし本当にそうならば、明確なクリア目的があるクエストとは違い、勝利要件が存在しない事になる。そうなれば、アキトは帰る為の方法を失った事になるからだ。

 彼がいるから、そう思ってしまう。有り得ない話だと、そう笑うべきなのに。

 

 

 「っ……」

 

 

 アキトは、アヤトを見つめる自分のその瞳が酷く濁っていた事を自覚し、自己嫌悪に陥った。

 自分の知る世界に彼はいなかったからと、見た事が無い存在を、異物と感じてしまう自分が堪らなく嫌だった。

 彼はこうして自分に寄り添い、心配してくれているというのに。

 

 

 ────もしこの場所が、アキトの介在していない世界だとしたら。

 

 

 考えたくは無いけれど、もしここが自分の知る世界では無かったら、これまで歩んで来た歴史は、アキトの知るものとは違うのかもしれない。

 《はじまりの街》の《生命の碑》を思い出す。そこに自分の名前が無かった事が、益々この世界に対する疑念を強くしてしまうが、大事なのはそこではなかった。

 

 

 そこに記されていた名前、ケイタとサチ。

 アキトが救う事の出来なかった存在が、この世界では生きている。それは、自分の知る歴史とは違う過去がこの世界で起きていた事になる。

 アヤトは《月夜の黒猫団》を知っていた。それもとても親しそうに話す。もしかしたら彼は、ケイタとサチ、それに他のメンバーとも何かしらの関係があったのかもしれない。

 もしかしたら、あの日────《月夜の黒猫団》が全滅した時にも、アヤトが関わっているのかもしれない。だからケイタとサチだけは生きていて、キリトもこうしてしっかり前を向けているのかもしれない。

 

 

(アヤトは……助けられたのかな……)

 

 

 自分は救えなかった。唯一の大切な場所だったのに。

 再びアヤトを見る。彼は真っ直ぐに目の前の道を見据えており、辺りの警戒すら怠らないという完璧な立ち回りをしていた。

 歳も変わらないであろう彼に、ふと何故か、劣等感染みた何かを感じた。

 

 

 そうして最上部の回廊まで辿り着くと、一同は口を噤んで視界に映る景色を見た。暗く冷たい印象を思わせる薄青に照らされた回廊は、真っ直ぐにボス部屋まで続いているように思える。

 彼らは揃って首を左右へ回し、《軍》が何処にいるのか確認する。だがしかし、彼らの影が見つかるどころか、途中で追い付く事すら無かった。

 奥までは暗くて良く見えない。だがここから先はボス部屋まで一本道だった。

 

 

 「あれ?いない……?」

 

 「《軍》の奴らここに居ないなら、ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃねぇか?」

 

 「……かもな。なら良いんだけど」

 

 

 おどけたように言うクラインに対して、アヤトはそうあって欲しいと思いつつボヤく。しかし確かにそれが一番理想的だし、あのボス相手にあの人数では話にならない。変なちょっかいを出すよりは撤退を選択した方が、判断としては遥かに聡明だろう。だが、クラインが告げたそれはあくまで希望的観測だ。

 

 

 「……」

 

 

 アキトは堪らず一歩、彼らより前に足を踏み出した。周りがそんな彼に思わず目が奪われる中でも、彼は構わずまた一歩と床を踏み締める。

 少しでも、可能性があるなら。危険が迫っているのなら。そう思うと足が動いた。みんなが足を止めている中でも、アキトは足を動かすのをやめなかった。ただひたすらに、ボス部屋へと足が向かう。

 

 

 「アキト……」

 

 「アキト君……」

 

 

 キリトとアスナの声が後ろから聞こえる。

 彼自身は知らないが、傍から見た彼の表情は怯えと焦燥だった。何かを失ってしまう事に対する恐怖、それを感じさせるものだったのだ。

 すると、そんなアキトの背を追うように、アヤトがそこから前に出る。続けてキリト、アスナ、コハル、そしてクラインと、ボス部屋に向かって歩いていく。

 

 

 「────っ」

 

 

 そして半ば程まで進んだ時、アキトが急に足を止めた。

 続いていたアヤト達は、突如立ち止まったアキトに困惑しつつ同様に足を止めた。一体どうしたのかと、アヤトが口を開こうとした時だった。

 ふと、何かの音がした。咄嗟に彼らは耳を澄ませる。

 

 

 

 

『うああぁぁぁぁぁ……』

 

 

 

 

 ────遠くから、微かに聞こえたのは悲鳴だった。

 アキト達の不安が的中した事を知らせる悲鳴、それは回廊内を反響しながら彼らの耳に届いていた。

 聞いただけで分かる。死を目の当たりにして絶望する、プレイヤーの嘆きの叫び。

 この先はボス部屋のみ。そこから聞こえる悲鳴という事はつまり────

 

 

 「……くそっ!」

 

 「っ、アキト!?」

 

 

 今、どういう状況なのか。その場にいた全員が理解した時には既に、アキトは誰よりも先に先行して、その床を蹴り飛ばしていた。

 キリトが呼ぶのも既に遅く、アキトは一瞬でその場の全員を置き去りにした。

 

 

 「馬鹿がっ……!」

 

 

 アヤトはこの先にいるであろう《軍》に対して舌打ちをして、アキトを追う形で走り出す。続けてキリト、アスナとコハルもそれに続くように一斉に駆け出した。

 敏捷パラメータが高いアヤト、アキト、アスナ、コハルはクライン達を引き離すような形になるが、この際構ってはいられない。

 

 

 だが────

 

 

 「っ……アキト……!?」

 

 

 アヤトが目を見開く。

 目の前のアキトと、次第に距離が離れていく(・・・・・・・・)。現在攻略組であるアヤト達が、攻略組志望というアキトに追い付けないのだ。寧ろ距離は離されていき、アキトは小さくなっていく。

 アヤト達は彼に追随するべく、全員更にそのスピードを上げた。システムアシストの限界ギリギリの速度で、殆ど地に足をつけていない。飛んでいるに等しい速度なのだ。

 

 

 ────なのに、アキトに追い付けない。

 

 

 「な、何だあの速度……!」

 

 「私達よりも、速い……!?」

 

 「アキトさんっ……!」

 

 

 キリト達も、アキトが視界から消える程の速さで走っていった事に驚いているようだ。それもそのはず、今日から攻略組志望であるアキトが、自分達よりレベルが高いはずがないのだ。

 だが、それでもアキトは彼らを置き去りにして行った。ちょっとやそっとのレベル差じゃこれは有り得ないのだ。

 

 

(アキト……お前は一体……)

 

 

 アヤトは小さく歯軋りしつつ、アキトに追い付こうと全力で青く光る濡れた石畳を疾駆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

(くそっ……くそっ、くそっ!)

 

 

 アキトはただひたすらに、ボス部屋に向かって走っていた。後ろにいたアヤト達を置き去りにしてしまった事でレベル差が露見するかもしれないという問題など些事に思えた。

 

 

『うわあああぁぁぁああ!!』

 

 

 「っ……くっ!」

 

 

 ボス部屋へと向かっている時も、悲鳴は迷宮区に反響して止まる事は無く、その絶叫は辺りに響き渡り続けていた。

 何故、どうしてと、アキトは焦燥入り混じる顔で唱えた。それはコーバッツに対するものだけではない。自分に対してのものでもあった。

 どうして、もっと強く止めていなかったのだろう。

 あの時、もっと必死に言っていれば、と。

 

 

 あの時のキリトや、自分の言葉。

 何も感じてくれてなかったというのか────

 

 

 「っ……ぁ……!」

 

 

 視界の先に、あの大扉が見える。

 だがその二枚扉は既に左右へと開かれていた。ボス部屋の扉はプレイヤーがアクションを起こさねば開く事は無く、自然に開かれる事は無い。つまり、彼らは間違いなくあの扉の先へと足を踏み入れたのだ。

 扉内部の闇の中から、青く揺らめく炎が見て取れる。その奥に蠢くのは巨大な悪魔の影、

 耳に入り込むは断続的に響く剣戟の音、そしてそれ以上の、悲鳴。

 

 

 

 

(……なんで)

 

 

 

 

 ────足を止めた先の光景を見て、アキトは絶句した。

 辿り着いた扉の先にあったのは、正しく地獄絵図だったのだ。

 床一面に広がるのは、今も噴き出し続ける青い炎。数人のプレイヤーを蹂躙したその巨大な影は、部屋の中央で屹立していた。

 

 

 《The Gleameyes(ザ・グリームアイズ)

 

 

 その角聳える山羊の頭部からは禍々しくも燃えるような呼気を放ち、悪魔の部分である右手には巨大な剣が収められていた。それを今も尚アキトの目の前で、多数のプレイヤー達に振り回している。その度に聞こえるのは必死な叫び。命乞いに等しい、魂の叫びだった。

 悪魔と比べると余りに小さく、無力に見える人の影。間違い無く、先程アキトが見送ってしまった《軍》の連中だった。

 アキトは震える足を無理矢理動かして前に足を踏み出す。そして、すぐさま顔を上げてボスのHPバーを確認するも、絶望的な事に三割も減っていないようだった。

 そしてその時点での軍のこの動きは、明らかに統制がとれているものではなかった。

 

 

 「っ……!」

 

 

 そうして見渡して、アキトは恐るべき事実を知る。

 

 

(……二人、足りない……)

 

 

 ────それは、人数。

 安全エリアで出会った時点では、軍の人数は十二人だった。それだけでボスに挑むなど無謀極まりない事を、アキトはあの時コーバッツに向けてあれ程諭したにも関わらず、彼らは進んだ。そんな彼らの現在の人数は、十人。そう、二人足りないのだ。

 

 

 「ぁ……ぁ……」

 

 

 もし逃げたのならばアキトが今立っているこの扉しかない。が、ここに来るまでの道で軍のプレイヤーなど、アキトは見ていない。

 通常なら、命の危機を感じて先に転移結晶を使って離脱したのだと判断するだろう。

 けれど、アキトは知っている。この層のボス部屋から新しく加わった、絶望的な仕様の事を。

 

 

 

 

 「ぁ……ぅ、ぁ……!」

 

 

 

 

 その予想は、間違いでは無かった。震える声と瞳が、目の前の光景を現実のものとして受け入れている。

 そう、この部屋は《結晶無効化空間》、転移結晶は使えない。一度入ってしまえばもう、後戻りは出来ない部屋へと変貌を遂げたのだ。

 つまり、この場にいない二人のプレイヤーはもう既に消滅して────

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うあああああああああああああああああああああああっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の惨劇を目の当たりにしたアキトは、自分でも驚く程の雄叫びと共に、気が付けば背中の《リメインズハート》を引き抜いていた。そして、今にも足元のプレイヤーに斬馬刀を振り下ろさんとしている悪魔目掛けて一気に走り出した。

 アキトの持つスキルの最大火力は《二刀流》だが、ウインドウを展開して《ブレイブハート》を取り出している時間など無い。だからこそ、次点で火力のある《剣技連携(スキルコネクト)》の使用に躊躇いは無い。

 

 

 「らあっ!」

 

 

 繰り出したのは単発技《レイジスパイク》。突進力のある基本技であり、発動の溜めが少ない。故にその一撃で、アキトは瞬時にボスの足元まで辿り着いた。

 迷う余地無くそのまま白銀に輝く剣を悪魔の膝下を突き刺す。戦場に現れた新たな参加者に、悪魔はギロリと眼を向けた。

 

 

 「貴様っ……!」

 

 「はあっ!」

 

 

 コーバッツの声に反応を示している余裕など微塵も無い。そのまま体術スキルを連携で繋げる。左手で発動したのは《エンブレイザー》。黄色い炎のようなエフェクトを纏い、動きを止めていた右手の斬馬刀を思い切りかち上げた。

 悪魔の上体が剣の重さで仰け反る。その瞬間、アキトは目を見開いて軍に告げた。

 

 

 「全員逃げろ!俺が時間を稼ぐ!生き延びる事だけ考えろ!」

 

 

 半ば感情に身を任せて飛び出したアキト。考えるより先に身体が動いていたはずだったが、頭は冷静だった。

 この中で誰よりもレベルが高いアキトは、一番最初にこの部屋に来た時もキリト達がいるなら少人数でも勝てるつもりでいた。だが今のこの惨状を見てしまうと、如何にして自分の考えが愚かだったのかを痛感する。だが、この中で誰よりも囮に適任であろう事は明白だった。

 

 

 「────おい、アキト!何やってんだ!」

 

 「っ……アヤト、キリト……!」

 

 

 部屋の入り口を一瞬だけ見やると、そこには今辿り着いただろうアヤトやキリト達が立ち尽くしており、この地獄絵図を唖然として眺めていた。

 倒れ伏し動かない者、HPが危険域に突入し、端で震えている者すらいる。考えずとも視界に広がる光景だけで、誰もがこの現状を理解しただろう。

 入り口とは反対側に追い詰められている軍のメンバーは、最早戦意を喪失していた。

 

 

 「な……何してるっ、早く転移結晶を使え!」

 

 

 アヤトが空気を吸い込んでそう叫ぶと同時に、ボスが空いた左手をアキト目掛けて振り下ろす。すぐさまバックステップで回避すると、アヤトに対して首を振って返答した。

 

 

 「駄目なんだアヤト!結晶アイテムは使えない!」

 

 「何っ!?」

 

 「《結晶無効化空間》か……くそっ!」

 

 

 アヤトは驚愕を顕にし、キリトは舌打ちをする。

 迷宮区で稀に見れるトラップだが、彼らからすればボス部屋でそうであった事は無いだろう。

 アキトは知っている。ここから先のボス部屋は、全てその仕様なのだと。

 

 

 「そ、そんな、なんてこと……」

 

 「今まで、そんな仕様無かったのに……!」

 

 

 アスナとコハルは、口元を抑えても尚震える声を抑えられない。

 そう、今まで───73層まではそんな仕様は無かったのだ。だからこそ攻略組は何度もボスに挑んでは離脱し、そのボスのスキルの有無や攻撃傾向、そしてその対策を練れていたのだ。だからこそ、ここまで死者を抑えて進む事が出来たのに。

 未来を知っているアキトは、歯軋りするしかない。もう、ここより先の敵相手にはそれすら許されない。彼らは今、これからは真の意味で命懸けの戦闘しか、出来ないのだと突き付けられたのだ。

 彼らは息を呑む。これでは迂闊に助けにすら入れない。

 だが、既に部屋で軍を守りながら戦っているアキトだけは違う。今も尚必死にボスの攻撃を躱し、脱出の道を作ろうとしている。

 

 

 「ぐっ……このっ……!」

 

 

 再び降ろされた斬馬刀を、剣を横にして受け止める。だが、その重い一撃は、アキトを潰さんと襲い掛かっていた。その力は段々と増していき、他のプレイヤーのステータスを軽く凌駕しているアキトの膝を、意図も容易く折ったのだった。

 

 

(くそっ……この層の安全マージンなんて、とっくに超えてるってのに……!)

 

 

 レベルだけでは倒せない────それを痛感する。本当に、キリト達が入れば勝てると思っていた最初の自分をぶん殴ってやりたい。額に汗を掻きつつ、アキトはその斬馬刀をどうにか地面へと受け流す。だが、その瞬間次々とその巨体から考えられない連続攻撃が繰り出され始めた。

 拳、斬馬刀、そして足。その巧みな連携はまるでアキトの《剣技連携(スキルコネクト)》だ。本気を出さねば、ここにいる全員を逃がせない。

 アヤト達はまだ入り口に立ち尽くしているが、それで良い。彼らには逃げてくる軍のプレイヤー達を迎えるのに必要だ。ならば、ここは全て自分が担う────!

 

 

 システム外スキル : 《未来予知(プリディクション)

 

 

 今まで培ってきた全ての戦闘経験記録から相手の次の動きをデータに基き予測する。この青眼の悪魔に近い攻撃パターンを持っていた敵を記憶から算出して照らし合わせる。億数を越える戦闘経験が、目の前の敵の思考、動きのパターン、感情までをも教えてくれる。

 よく見ろ、読み切れ、すり減らせ。全ての動きを見落とさず忘れるな。そして次に奴がどうするのか、その感受性をも把握せよ。

 

 

 「っ!

 

 

 迫る拳を《閃打》をぶつけて相殺し、次に出された悪魔の足を《ホリゾンタル》で跳ね飛ばす。足を動かされてバランスを崩した奴が次に取るであろう動きを予測する。

 ボスがその体勢を整えようと上体が傾く瞬間、アキトは《ホリゾンタル》の余韻から体術スキル《飛脚》を繋げる。一瞬で悪魔の胸元まで飛び上がると、そこから《スラント》を繋げる。頭部の角めがけてそれを一気に振り下ろし、火花を散らす。

 

 コネクト・《弦月》

 

 再び《剣技連携(スキルコネクト)》による体術スキルの蹴り上げで、山羊の顎をかち上げる。それにより視界をガラリと変えられた青眼の悪魔が目にしたのは、足元に転がる非力な軍のプレイヤー。目が合ったその男は「ひっ……!」と声にならない悲鳴を漏らす。

 瞬間、ボスはアキトから視線を奴へと向ける。ヘイトがシフトしたのだ。

 

 コネクト・《ヴォーパルストライク》

 

 その僅かな筋肉の機微すら見逃しはしない。

 アキトは空中でそれを発動し、その突進力で一気に急降下する。剣の先にいたのは、ボスが狙いを変えた軍の男。空気を切り裂いてボスの斬馬刀より早く男の元に辿り着き、その腕を取って地面を蹴り飛ばす。

 そのコンマ一秒後、奴の剣がその場所に突き刺さった。まさに紙一重、後少しでもアキトが辿り着くのが遅かったならば、HPが危険域だったこの男は死んでいた。

 

 

(いける……このまま、全員逃がすまでっ……!)

 

 

 攻撃をぶつける度に反動や力の差によって生じるダメージがHPに刻まれる。気が付けば既に注意域(イエロー)にまで減少しているが、それでもここに至るまでの善戦で手応えを感じた。

 上層へと上がるにつれて複雑化する、ボスの攻撃パターン。異質で異常なアルゴリズムの変化。まるで人と変わらない思考能力。直前になってヘイトの対象が変わる、まるで気が変わったかのように変わる攻撃の軌道や行為の予測まで、今のアキトの集中力は可能にしていた。

 

 

 「す、スゲェ……」

 

 「アキト、さん……」

 

 

 入り口付近でそれを見ていたクライン達《風林火山》や、コハルはそこで繰り広げられるボスとプレイヤーの一対一を呆然と見ていた。周りの軍のプレイヤーを庇いながら戦闘しているアキトの姿は、他の者を圧倒している。

 

 

 「……なに、あれ……」

 

 「っ……」

 

 「……」

 

 

 アスナは勿論の事、キリト、アヤトも何も言えずにただ目を見開いてそれを眺めていた。攻略組志望というアキトの実力が、もしかしたら自分達よりも高いかもしれない事実に、身動きが取れない。

 そして、あの連撃は何だ、と問わずにはいられない。キリト達には、あの剣と拳を交えた連携速度は、間違い無く一つのソードスキルに見えた。だが、あんなに縦横無尽に空中を駆け巡る剣技を彼らは知らない。それにその一撃一撃は既視感が強く、良く知る単発技に見える。まさか、複数のスキルを硬直無しに重ねているのか────!?

 何故、これほどのプレイヤーが今まで無名だったのか。アキトは本当に、ここより下層のプレイヤーなのか。

 そう考え眺める中、アキトのHPがイエローから赤になりかけるギリギリのところまで減少している事を彼らは見つけた。必死に時間稼ぎをしているアキトの為にも、軍に退避を促そうとアヤト達が口を開いたその時だった。

 

 

 

 

 「──── 邪魔をするなっ!」

 

 

『っ!?』

 

 

 

 

 アヤトやキリト達の考えを吹き飛ばすような雄叫び。

 ふと、その部屋の中央付近でそんな野太い声が放たれた。全員、その視線を声の主へと向ける。剣を高く掲げて怒号を上げながらそこに居たのは、間違い無くコーバッツだった。

 見れば、誰一人として撤退出来ていない。そう、アキトの必死の防戦は、何一つ功を奏しておらず、徒労に終わった───否、終わらせられたのだった。

 

 

 「我々解放軍に撤退の二文字は有り得ない!!戦え!!戦うんだ!!」

 

 

 アキトの、彼らが逃げるまでの必死の時間稼ぎを無視したリーダーあるまじき発言に、誰もが耳を疑う。彼の声に従っているのか、はたまた目の前の恐怖によって冷静な判断が出来ていないのか、その場のプレイヤー達は逃げに徹し切れていないように見えた。そうさせているのはコーバッツだけではないが、アヤトは歯軋りし、キリトは思わず叫んだ。

 

 

 「あ、あいつ……!」

 

 「馬鹿野郎……!!」

 

 

 もう二人死んでいる。絶対にあってはならない事態を引き起こしたのは間違い無くコーバッツだ。人数も少なく、攻撃パターンすら読み切れていない。ずっと下層に入り浸り、攻略すらして来なかった連中がいきなりしゃしゃり出てボス部屋に挑戦する。最早笑い話にもならない。

 人が死んでいるのに、あの男は今更何をほざいているんだ────!

 そんな彼の無責任さに、憤りを覚えるアヤト達。

 だが、怒りを顕にしたのは彼らだけではなかった。

 

 

 

 

 「ふざっ、けるなぁ!」

 

 

 

 

 コーバッツのすぐ近くに立つアキトの、そんな怒号が響いた。コーバッツよりも大きな声で、部屋の外にいるアヤト達さえも身体を震わせた。

 アキトのその瞳はボスから離れてコーバッツのみを見据えていた。そこに宿っていたのは確かな怒り。

 

 

 

 

 「仲間をっ……人の命を、何だと思ってるんだ!」

 

 

 

 

 それは、正し過ぎる怒りだった。

 この場にいたはずの二名の命を、コーバッツは既に失っている。なのに、この無謀な挑戦を未だやめずにいるのは、そんな二人の仇討ちなどでは決してない。

 彼は《アインクラッド解放軍》と称し、プレイヤーの解放が目的と告げた。だが、彼はそんな自分の事を“中佐”などと宣った。コーバッツは、自身の身分の確立の為に仲間を利用したに過ぎないのだ。《軍》をこの世界一のギルドに───そんな理想があったのかは分からない。

 けれど彼の目的、思想は決して、ゲームクリアだけではなかった。私情が混ざっていて、それに他者を巻き込んだのだ。

 自分の目的に疲労した仲間を付き合わせ、あまつさえ死なせた彼はまだ、この現状を理解していない。

 それが、アキトには許せない。まるで人を道具のように扱う彼の所業に────

 

 

 「っ!?アキト君!」

 

 「───っ!ぐあっ!」

 

 

 アスナの叫びと、アキトが跳ね飛ばされたのはほぼ同時だった。HPが大きく現象してアキトの身体は簡単に宙へと舞い、重力に逆らわず落下する。地面を滑る身体は摩擦による熱さを感じ、アキトは痛みに目を細めた。

 

 

 「アキト!な……何とか出来ないのかよ……!」

 

 

 アキトが地面を転がる様を見て、駆け出しそうになる足をどうにか抑えてクラインは告げる。だが、それはクラインだけが考えていた事ではなく、アヤトとキリトも理解していた。

 ここから斬り込んで行けば、あの悪魔の意識は当然此方にも向く。つまるところ、連中から意識を逸らす事は確かに可能なのだ。その間、連中の退路を拓く事も出来るかもしれない。

 だが転移結晶による緊急脱出が不可能なこの空間で、こちらに死者が出てしまう可能性はゼロではない。ボスに挑むには、明らかに戦力が少な過ぎるのだ。

 

 

 そうアヤトとキリトが逡巡していた瞬間、その視界に入ったのは今も変わらずボスを見上げるコーバッツ一同だった。見れば、どうにか部隊を立て直したらしい。彼らは一斉に陣形らしいものを作っていた。

 

 

 「……っ、な、にを……!?」

 

 

 倒れ伏し、起き上がったアキトの視界の中央で、その光景はとても良く目に焼き付いた。

 現在生き残った十人の内、二人は危険域のHPのまま床に倒れている。残る八人が半分ずつに分かれて横列に並び、その中央に立ったコーバッツが剣を翳して口を開きかけている。

 ────これから何をするつもりなのか、容易に想像出来た。

 

 

 「や、やめ────」

 

 「全員……突撃……!!」

 

 

 アキトのその声は、コーバッツによって遮られた。アヤト達の必死の叫びすら、最早届かない。ただ事実としてあったのは、無謀な指示で突進していく軍の姿と、それを見て絶句していたアヤト、キリト達だった。

 

 

 ────ほんの、一瞬だった。

 

 

 八人同時攻撃という、満足に剣技も繰り出せない突進によって得たものは皆無だった。悪魔は途端に口から眩く噴気を撒き散らし、青白い炎の輝きに包まれ怯んだ八人の突撃を緩ませた。その遠隔攻撃によって連中が態勢を崩した瞬間に、右手の巨剣がすかさず突き立てられた。

 その中で一人だけすくい上げられるようにきり飛ばされ、比喩でなく人が宙を舞う。

 

 

 「ぁ……」

 

 

 最早、声も出せない。

 悪魔の頭上を弧を描きながら飛び越えアキトの、そしてアヤトやキリト達の眼前に、鈍い音を立てて激しく落下した。

 

 

 それは、コーバッツだった。

 

 

 HPバー透明色へと変貌し、消滅。装着していた兜は悪魔の一撃で呆気無く耐久値を潰し、一瞬で砕け散った。

 彼のその表情は、酷く曖昧なものだった。呆然としていて、まるで自分の身に何が起きたのか理解出来ないという、そんな表情だった。

 そんな中、ゆっくりと口が開かれ、告げられた言葉。

 

 

『────……有り得ない』

 

 

 その声は、アキトの耳には聞こえなかった。この瞬間のみ、静寂が世界を包む。コーバッツの身体は硝子のように簡単に、聞き慣れる事の無い神経を逆撫でするような破壊音と共に無数のポリゴン片となって四散した。

 

 

『……』

 

 

 呆気無い消滅に、誰もが何も言えなかった。短い悲鳴を上げる者、悔しげに目を逸らす者。

 その中で────

 

 

 「ぁ……ぁ、ぁぁ……」

 

 

 アキトはただ、瞳を揺らした。言葉にならない声が、口から漏れる。

 目の前で四散したコーバッツの破片が、アキトの視界から消えてくれない。

 その光の粒子達が告げるのは、たった一つの事実。

 

 

 ────コーバッツが、死んだ。

 

 

 その事実を受け入れるのに、どれだけ時間を有しただろうか。だが、アキトの胸に去来するのは負の感情のみだった。後悔、怒り、悲しみ。それらが綯い交ぜになったアキトの瞳は、僅かに潤んでいた。

 

 

 どうして、あの時もっと必死になって説得しなかったのだろう。

 

 

 どうして、嫌がる彼らを無理矢理にでも止めなかったのだろう。

 

 

 どうして、最後の最後に諦め、彼らを見送ってしまったのだろう。

 

 

 未来を知っていた自分が、誰よりもこうなる事を理解していたのに────

 

 

 

 

 「……」

 

 

 

 

 ────ゆらりと、物言わず立ち上がる。

 剣を手にし、前髪から覗く瞳は真っ直ぐに青眼の悪魔を見据える。リーダーを失った軍は、忽ち瓦解し混乱していた。既に全員のHPが半分を切り、喚き声を上げながら必死に逃げようと、震える身体を動かしていた。

 そんな彼らを見たアキトは、もう我慢ならなかった。

 

 

 

 

 ────限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁああああああああああああああああああぁぁぁああああああぁぁあぁあぁぁぁっっっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

『っ……!?』

 

 

 ビリビリと空気を震わせる獣のような雄叫びの主はアキトだった。

 アヤトも、キリトも、アスナも、コハルも、クライン達も、軍のメンバーさえもが驚愕と困惑を綯い交ぜにした瞳を見開き、ボスに向かって突撃していくアキトを見た。

 出会ってからずっと温厚だったアキトの、確かな怒り。それを彼らが感じる最中でも、アキトは止まらない。

 

 

 この場の誰よりも早く、速く、その鮮やかな真紅の剣を悪魔に向ける。あの人殺しの悪魔に────

 

 

 「ああああああああぁぁぁ!!」

 

 

 片手剣十連撃《ノヴァ・アセンション》

 

 紫色に輝く刀身が、通常のモーションに比べてまるで出鱈目に動く。一心不乱、まるでアキトの今の心を体現しているようだった。

 宙に飛び上がって放たれたそれは、悪魔の背中に全て吸い込まれていった。肉を斬り裂き、赤いエフェクトを撒き散らし、HPバーを明確に削り取る。

 それはボスのヘイト値を稼ぐには充分過ぎた。青眼の悪魔は怒りの叫びと共に向き直り、アキトを標的として視界に捉えた。

 

 

 「ぐるああぁ!」

 

 

 コネクト・《アーク・デトネイター》

 

 空中で回し蹴りを放ち、ボスの横顔を抉るように弾き飛ばす。奴の瞳が怒りと同調するように光を放つも、アキトは全く怖気付く事無く睨み付ける。

 着地した瞬間にボスが再び咆哮を上げ、アキトは剣を構えた。HPの回復はしておらず、自動回復でも未だイエローの域を出ない。だが、関係無い。アキトの瞳が再びボスを捉えた。これは《未来予知(プリディクション)》の予備動作だ。

 その咆哮と同時に、アキトは地面を蹴った。ボスの視線を他へと逸らさせない為に。ヘイトを他に向けさせない為に。

 

 

 「っ、アキト!」

 

 

 そうして漸く、入り口にいた一人が足を踏み出した。手にした剣《クラレット》を掲げて飛び出すは、この世界で出会ったプレイヤー、アヤトだった。

 

 

 「アヤトッ!」

 

 

 続いてキリトが、友が飛び出したのを皮切りに走り出す。身も凍る恐怖を味わいながらも、必死に足を動かして。

 

 

 「っ!キリト君っ!」

 

 「アヤト!」

 

 「お、おい……もう、どうとでもなりやがれ!!」

 

 

 キリトに続いて、アスナとコハルが武器を取り出し疾風の如く駆け出し、クライン達も半ば自棄染みたときの声を上げつつ、刀を引き抜いて追随してくる。

 しかし彼らがボスへと辿り着く前に、アキトとボスの剣は交錯していた。けたたましい金属音を響き渡らせながら、何度も何度も火花を散らす。

 アヤト達よりもレベルがかなり高いアキトではあるが、どうやら目の前の敵のステータスには及ばないようで、交える度にHPの減少があるのはアキトのみのようだ。加えて、ダメージディーラーであるアキトのステータスでは囮として戦える時間はかなり少ない。突撃してきてくれているアヤト達の中にも壁役となれるプレイヤーはゼロ。軍は頼りには出来ない。

 ならば、自分の持てる全てを駆使してやるしかない。この、無謀な役回りを。

 

 

 「うああああああああああああぁぁぁ!」

 

 「っ……!」

 

 

 その痛々しい雄叫びを続けるアキトを、もう見ていられない。一見互角に見える実力も、圧倒している動きも、HPの減少が目に見えて多いのはアキトなのだ。既に危険域に到達しそうなHPバーは、自動回復スキルじゃ間に合わない。

 

 

 「下がれっ!」

 

 

 アキトに降り注ぐ悪魔の次弾。迎え撃とうとするアキトとの間に強引に割り込んだアヤトは、ギリギリのタイミングでボスの攻撃軌道を僅かに逸らす。気が遠くなるような、途方もない重量と衝撃に、アヤトは目を細める。

 

 

 「くっ……!」

 

 

 擦れ合う度に刀身から生じる火花と共に、その大剣は後ろのアキトから少し離れた床へと突き刺さり、深い孔を穿つ。

 

 

 「アヤト……!」

 

 「早く回復しろっ、馬鹿が!」

 

 

 アヤトが次の攻撃に備え、剣を寝かせて構える。すぐさま迫ってきた追撃は、一撃一撃が致死とさえ思わせる圧倒的な威力。受ける度にアヤトのHPが減少し、受ける手の衝撃に歯軋りする。

 

 

 「はああっ!」

 

 

 アヤトを助ける為にその悪魔の背を、キリトが斬り付ける。その額には、恐怖と焦燥によって発生した汗が滲んでいた。ボスはそんな彼らを嘲笑うかのように、目を細めて見下ろした。

 青眼の悪魔(グリームアイズ)の使用する技は両手剣技ではあるが、異質なアルゴリズムと微妙にカスタマイズされた型のせいで予測がままならない。全神経を集中させ、アヤトとキリトは目配せしながらパリィとバックステップ、スイッチを繰り返して防御に徹する。だが、その一撃の威力が凄まじく、動きも速い。攻撃パターンの把握すら出来ておらず、反撃の余地が無い。

 身体を掠める刃と、その一撃の衝撃によって、ジリジリと減るのはこちらのHPのみ。

 

 

 ────アキトは、こんな出鱈目なモンスターの攻撃を予測していたのか。

 

 

 アキトを見れば、先程の怒涛の攻撃の反動かその場に崩れ落ちており、アスナとコハルが駆け寄っている。視界の端では、クライン達が倒れた軍のプレイヤー達を抱え、部屋の外へと移動しようとしているが、中央でボスが暴れている為に動けずにいた。

 いつ気が変わるかも分からないボス相手に、ヘイト稼ぎを失敗出来ない極限状態。もし失敗すれば、武器を持てないクライン達に防御の術は無く、軍のプレイヤー達の残り少ないHPを削りかねない。

 これ以上の死は有り得ない。誰一人として死なせるつもりのないアヤトは、悪魔の背後を取っているキリトとアイコンタクトを取る。

 現在、敵を挟んでいる有利な状況なのに、この巨体から感じる威圧感が二人を襲う。隙なんて無い、そう思わざるを得なかった。

 

 

 「「っ!」」

 

 

 瞬間、ボスは動き出した。

 巨大な斬馬刀を光らせたかと思えばその刹那、横に寝かせたその巨剣が水平に旋回したのだ。大剣技《サイクロン》、その巨躯からは想像出来ない程の速度で、ボス後方のキリトに襲い掛かる。

 

 

 「ぐ、おあああああぁぁぁっ!」

 

 

 今まで飽きる程見てきたはずのスキルなのに、その初動のモーションを見切る事が出来なかった事に歯軋りするも、どうにか剣でそれを受け止める。

 だが、この戦闘で初めて敵が使用したソードスキルは、これまでの攻撃とはまるで重さが違っていた。

 

 

 「キリト……っ!」

 

 

 キリトが気圧され、ジリジリと後退するのを見たアヤトは即座に床を蹴る。片手剣《クラレット》を掲げてボスの足元に辿り着くと、その切っ先を足首目掛けて斬り払う。片手剣四連撃────《ホリゾンタル・スクエア》だ。

 透き通るような水色のエフェクトが四角を描き、ボスがよろけたのを確認したキリトは、瞬時に剣を受け流して離脱した。

 

 

 「チィ……!」

 

 

 瞬間、ボスは予備動作も無く一瞬で、くるりとアヤトに向き直った。アヤトは僅かに目を見開くが、すぐに防御姿勢を取る。だが、ボスのその巨剣の一撃一撃は、とても重いものだった。

 ギィィン───!と甲高い音を立てながら、アヤトはどうにか奴の攻撃をパリィする。にも関わらず、その悪魔は跳ね上がった右手の剣を両手で掴み、そのままソードスキル《アバランシュ》を放って来たのだ。

 

 

 「なっ……」

 

 

 あまりに虚をついた動きと剣速に、アヤトは身動きが取れない。ただ瞳に映るのは、目の前の悪魔の剣が、こちらを斬り裂かんと迫ってくる光景だった。

 キリトも、コハルも、アスナも、クライン達も一斉にそれを見て、思わず目を見開く。誰もが彼の名を叫び、間に合わないと知っていても手を伸ばさずにはいられない。

 そのまま振り下ろされた大剣は、アヤトの右肩から斜めに吸い込まれるように────

 

 

 

 

 「────せああぁっ!」

 

 「!」

 

 

 

 

 ────黒い影が、アヤトの目の前に鈴の音と共に現れる。

 その声と共に身を踊らせたのは、アヤトの後方で回復中だったはずのアキトだった。誰もが届かない距離にあるその斬馬刀を、誰もが達し得ないその速さを持って、紅い剣で待ち受ける。

 アヤトが驚きに目を丸くするのも束の間、アキトの剣の刀身は、鮮やかな光を纏っていた。振り上げたそのソードスキルは単発技《バーチカル・アーク》。その剣は光と共に弧を描き、悪魔の巨剣を弾き返した。

 

 

 「くっ……!」

 

 

 しかし、後方へと仰け反った悪魔が繰り出したのは反撃の蹴り。そのまま左足を地面から引き剥がし、真っ直ぐにアキトの腹を狙う。アキトはわずかに早く反応し、《剣技連携(スキルコネクト)》で体術スキル《掌破》を発動し防御するも、力の差に耐え切れずに後方まで飛ばされた。

 

 

 「うおっ……!」

 

 「きゃあっ!」

 

 

 アキトがボスに蹴り飛ばされ、その真後ろにいたアヤトとコハルはそれに巻き込まれて吹っ飛ばされた。そのまま三人揃って地面を滑り、入り口手前辺りまで転がった。

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 

 「みんなっ!」

 

 

 悪魔の一撃による三人の後退を目撃したキリトは、瞬時に走り出す。彼らへのヘイトをこちらに逸らさねばと駆け出して、剣を構えた。しかし、また気が変わったかのように今度はキリトへと振り返った青眼の悪魔に、アヤト同様居をつかれたキリトは目を見開いた。

 瞬間、敵の一撃がキリトの身体を捉えた。痺れるような衝撃を、交差した剣の火花と共に感じる。HPが根こそぎ奪われる。

 

 

(くそっ……もう迷ってる場合なんかじゃない!アキトは、アイツは最初からずっと……!)

 

 

 弾き飛ばされたアキトを見て、この世界のキリトはふと、アキトの今までの行動全てを思い出していた。出会って間も無いはずなのに、何処か親近感を覚える彼の姿。そして軍相手にも物怖じしない態度に、純粋なる優しさと正義感。

 彼が言ったあの一言に、キリトは心に突き刺さる何かを感じていたのだ。

 

 

 ────『失ってからじゃ遅い』

 

 

 そう。後悔先に立たずと、そんな当たり前かつ真理である言葉。彼の見た目やギルドマークも相まって、自分自身に告げられた一言に思えたのだ。そんな彼は、決して最後まで諦めずにコーバッツを諭していた。

 攻略組志望のアキトが、攻略組である自分達が来た時には既に、ボス部屋に入って軍を逃がそうとしていたのだ。アキトは、自分の言葉と信念に則って行動を起こしている。後悔しないようにと、その言葉を行動で示している。

 そう、自分だって同じだ。後悔しないようにと、そう決めたはずなのに。

 キリトは、チラリとボスの向こうを見る。そこにいたのは、今も尚地面に伏している黒髪の少年。自分によく似た姿の、優しいヒーローのような少年。

 

 

 

 

 ────彼は最初から、迷ってなんていなかった。

 

 

 

 

 「っ……、アスナ、クライン!頼む、十秒だけ時間を稼いでくれっ!」

 

 

 

 

 気が付けば、キリトは叫んでいた。

 《エリュシデータ》を強張してグリームアイズの攻撃をどうにか弾く。アキト、アヤト、コハルが態勢を立て直す時間と、そしてこちらの準備の為の時間稼ぎを、アスナとクラインに託した。

 

 

 「分かった!」

 

 「任せろ!」

 

 

 キリトは無理矢理にブレイクポイントを作って、床に飛び込むように転がる。交代するようにキリトの横を駆けて行ったクラインが刀を構えて応戦を開始した。

 ここから先の操作に一つのミスも許されない。本来ならば、二人だけで時間を稼ぐのすら危ういのだ。キリトは頭にまで届く早鐘のような鼓動を抑え、ウインドウを開いた。アイテムリストをスクロールし、そこにある一本の剣《ダークリパルサー》を選択する。スキルウインドウを開いて、武器スキルを変更する。

 

 

 「よしっ!!良いぞっ!!」

 

 

 全ての操作が完了し、キリトは急いで顔を上げる。クラインは悪魔の腹部に斬撃を穿ったが、跳ね飛ばされてHPを減らしている。後退したのを見たアスナが入れ替わるように悪魔と対峙するが、ほんの数秒でHPの五割を削り取られていた。

 キリトの声に背を向けたまま頷いたアスナは、裂帛の気合と共に突きを放つ。

 

 

 「せあぁぁぁ!」

 

 

 純白のライトエフェクトを放ったその一撃は、青眼の悪魔の斬馬刀と空中で交差し、火花を散らすと共に敵をノックバックさせ、間合いを作った。

 

 

 「アスナ、スイッチ!!」

 

 「っ!」

 

 

 そのタイミングを逃しはしない。キリトは悪魔の正面に飛び込み、硬直から回復したボスの大剣を右手の愛剣で弾き返す。

 そして────

 

 

 

 

 「せやああぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 

 

 ────背中に宿る新たな重み、その白銀の剣の柄を握り、抜きざまにその一撃を悪魔の胴体に見舞った。

 ズドン!と、およそ剣戟によって発生したとは思えない轟音が響く。凄まじく重い一撃が悪魔の上体を跳ね飛ばし、その足元には黒い剣士が構える。

 アスナも、クラインもその姿を凝視していた。目の前で、本来ならば有り得ない立ち振る舞いをするキリトの姿があったからだ。

 

 

 

 

 《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》をその手に構えた彼は、青眼の悪魔のHPを、目に見えて削り取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 「うっ……ぐっ……」

 

 「アキトさん……大丈夫、ですか……?」

 

 

 ボスに蹴り飛ばされたアキトに巻き込まれて吹き飛んだアヤトとコハルは、起き上がってアキトに駆け寄ってくれていた。目を見開けばアキトの目の前には、心配そうにこちらを見つめる二人の姿。

 そして更にその向こうには、注意を逸らさんと奮闘するキリト、アスナ、クラインの姿があった。

 必死になって剣を交える彼らを見て、アキトは悟った。今、彼らがあんなになっているのはきっと、自分のせいなのだと。

 

 

 「大、丈夫……まだ、戦える……」

 

 「アキトお前、まだちゃんと回復してないだろ!早くポーションを……」

 

 「アヤト、私が出すよ」

 

 「悪い、頼む」

 

 「大丈夫だって……そんな、事より……早く、行かないと……」

 

 

 アヤトとコハルを振り切るように腕を払い、立ち上がろうと足を動かす。だが、身体全体が正体不明の震えに襲われ、思うように身体が動かせない。

 片足を突き立てた途端、バランスを崩して再び崩れ落ちる。両手でどうにか支えるも、恐怖の際に生じるような大きな震えが、もどかしくも身体の制御を妨げていた。

 それでも無理矢理に身体を起こそうとするアキトを、二人は慌てて制止する。

 

 

 「ま、待って下さい、アキトさん!」

 

 「そんなHPで何言ってんだ!どう考えたって回復が先だろ!」

 

 

 アキトのHPは、先程のボスの一撃で危険域に突入していた。あの悪魔の攻撃力を考えるに、自動回復スキルではまず間に合わない。このまま回復せずに戦えば最後、攻撃を掠めるだけでも致命打になる。

 そんな思いを乗せたコハルとアヤトの叱責も、アキトは聞き入れない。アキトの眼前にはもう、自分のせいで命を賭すキリト達の姿しか映らなかった。

 けれど、そんな抵抗も長くは続かない。アキトの肩を、アヤトが強く掴んだのだ。振り払おうにもその力は強く、レベル差があるはずのアキトを驚かせる。目線を上げれば、アヤトがこちらを強い視線で見つめている。気が付けば、コハルもアキトの剣を持つ右手首を両手で掴んでいた。

 

 

 「……放して」

 

 「っ……」

 

 

 コハルはそんなアキトの冷たい言葉に一瞬だけ震える。だがその隣りにいたアヤトは変わらずこちらを見据え、更に肩を掴む力を強めた。

 

 

 「お願いだから……行かせてよ……っ」

 

 「回復してからだって言ってるだろ!何意地張ってんだよ!」

 

 

 ────“意地”。

 

 

 アヤトから放たれたその一言に、アキトは動きを止めた。全身に張っていた力が急に緩まり、アヤトとコハルは不思議に思いながらもアキトから手を放す。

 そんな中でアキトは一人、熱くなっていた頭が一気に冷めるのを感じた。その間ずっと、アヤトの言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 

 

 「……アキト、さん?」

 

 

 コハルの声に、小さく反応する。そうして、目の前の現実全てを冷静に把握し、受け止めて、漸く自分の心を理解した。

 

 

 ────ああ、そうだ。これは意地だ。

 死んでも貫き通さなきゃならない、身勝手な我儘なんだ。

 

 

 

 

 「……助け、たかったんだ……」

 

 

 

 

 ポツリと、震える唇からそう溢れ出た本音。同じく震える身体の原因は寒さからでも、ましてや恐怖からでも無い。

 アヤトは黙って、そんなアキトの背中を見つめた。

 

 

 

 

 「ヒーローみたいに、なんて言わない……けど、手の届く範囲は、必ず助けたいんだ……“僕”は、手の届く場所に居た……絶対に助けなきゃいけなかった……っ、二度と同じ過ちを……後悔をしない為に……僕の力は、その為の力なんだっ……!」

 

 

 「アキト……」

 

 

 

 

 気が付けば頬から流れ出た涙。そのまま頬の下まで滴り、冷たい床へと落ちていく。それは、悔しさと悲しさが混ざり合った涙だった。

 アキトは、この先に起こりうるであろう事象を知っていた。この場にいる誰よりもこの状況を打破出来た可能性があり、その術を持っていた。なのに、結局三人も自分の目の前で死なせてしまった。

 もっと強く止めていれば。力づくで言う事を聞かせていれば。そんなタラレバを考えた所でもう遅く、そんなタラレバを生まない為の行動を選択するべきで、それがアキトの定めた誓いだったのに。彼らには、後悔しないようにと諭していたのに。

 助けられた命だった。既に死んでいた二人を除いても、コーバッツだけは助けられたはずなのだ。あの場に立って、彼を無理矢理にでもボスから引き離して、全員で逃げ切る為の判断材料が自分にはあったはずなのだ。

 

 

 “ヒーロー”という酷く曖昧な単語。アキトにとってはキリトや父親であり、それは数多の人間を救える力を持つ者だった。強く気高く優しい者。アキトが憧れ、目指した存在。どうしてそうなりたいと思ったのか、その理由さえ曖昧なものだ。

 それはアキトが『誰かに認めて欲しい、ちやほやされたい、目立ちたい』といった自己承認欲求があった訳では無いからだ。

 

 

 アキトはただせめて、自分が知りうる限りの世界では、誰にも涙して欲しく無かったのだ。誰かの笑ったその顔が、とても綺麗だったから。

 アキトは、ヒーローになりたかったから人を助けようとしていた訳じゃ無い。困っている人、泣いている人を簡単に助けてしまう存在がヒーローだったから、そんな存在に憧れた。

 

 

 「……なのに……っ」

 

 

 理想は、理想だからこそ遠い。

 この結末は、元々自分がいた世界と同じ結末なのだろうか。自分が介入してもしていなくても、コーバッツは死んだのだろうか。寧ろ、自分がこの場に来た事で彼が死んだ可能性は無いのだろうか。

 なら、自分がこの場所に放り込まれた理由は何なのだろう。仲間だった人達から初対面の態度をされ、帰るべき前線は未だ到達していないという。この場所はアキトにとって、真の意味で孤独をかんじる場所だった。

 何も変えられず、何も救えず、レベルに物を言わせたチームワークを逸脱した暴走行為を働いてまで尚、彼らに迷惑をかけて。

 そうして帰るべき手段すら不明のまま。

 

 

 「僕はっ……何の為に、ここまで……!」

 

 

 帰りたい。ただそれだけだったはずなのに。

 どうしてこんな思いをしなければならなかったのか。どうして、目の前にいた人を助けられなかったのか。まるで、何一つ成長していないみたいだと、そんな負の感情が頭の中を支配する。

 どうして、なんでと、そんな感情ばかりが───

 

 

 

 

 「────しっかりしろよ、アキト」

 

 

 「っ……アヤ、ト……」

 

 

 

 

 空気を裂くような真っ直ぐな声。

 凍った心に熱を宿すかのような温かな言葉が、アキトの耳に入り込む。顔を上げれば、そこには優しげにこちらを見据えたアヤトがいた。震える瞳はそんな彼を捉えて動かない。

 しっかりしろと、そう律されただけなのに、こうも安心するのか。

 

 

 「アキトは、俺を助けてくれただろ?」

 

 「ぇ……」

 

 「さっきだよ、お前が吹っ飛ばされた時。俺を庇ってくれた。だから、サンキューな」

 

 「……」

 

 

 アヤトは再び、呆然とするアキトの肩にポンと手を置いた。ビクリと身体を反応させた子どものようなアキトを見て、励ますような声で告げた。

 

 

 「お前だけのせいじゃない。コーバッツが死ぬまで眺めてるだけだった俺達にも責任はあるんだ。……アキトは迷わず、アイツらの為に戦ってくれてたのにな……」

 

 「っ……」

 

 「あんなに必死になってたのに、気付いてやれなくてゴメン。一人でやらせて……助けてやれなくて、悪かった」

 

 

 それは、彼が心の底から思っていた事のように思えた。切実な謝罪と、大きな後悔がその声に乗ってアキトに届いた。本当に、あの時飛び出さなかった事を、後悔しているように見えた。

 アヤトはきっとあの一瞬、天秤にかけてしまったのだ。正義感に基づいて飛び出す事と、みんなで助けに行く事でこちらに犠牲が出るかもしれない事を。それを恐れた結果、コーバッツが死に、アキトが乱心するまで身動き一つ取れなかった。助けられた命だったはずと嘆いていたのは、アキトだけじゃなかったのだ。

 

 

 「“後悔しないように”。お前が、教えてくれたばっかりだったのにな」

 

 「……アヤ、ト……?」

 

 

 アヤトは小さく笑うと、ゆっくりと立ち上がる。アキトとコハルが見上げる中、アヤトは振り返ってボスを睨み付けた。

 そして、キリトがウインドウを操作し終えて飛び出すのと、アスナがその時間稼ぎをしているのを確認すると、アヤトもアイテムウインドウを開いたのだ。

 

 

 「な、にを……」

 

 

 彼の突然の動作に困惑を隠せないアキト。コハルを思わず見るが、彼女もこんな時にアヤトが何をしているのかが理解出来ていないようだった。

 しかし、次の瞬間だった。突如、アヤトの向こう側から轟音が響いたのだ。部屋を揺るがす程の振動がビリビリと肌に伝わる。アキトが思わず顔を上げた先には、上体を仰け反らせる青眼の悪魔。

 

 

 そしてその先にいたのは、黒の剣士の真の姿────

 

 

 

 

 「キリト!準備は良いな!」

 

 

 「ああ!」

 

 

 

 

 手順の最後であるOKボタンを押したアヤトは、顔を上げてめいいっぱい叫んだのだった。キリトがそれに応えた瞬間、アヤトの手元の武器が消える。

 その手にあったのは、片手剣《クラレット》とは違う。新たな光が手中の武器を包み込み別の形となって顕現する。現れたのは深みのある藍色の武器。

 だがそれは剣と呼ぶにはあまりにも細く、長く、鋭い────。

 

 

 「……槍?」

 

 

 コハルの発言は正しかった。

 現れたのは両刃の槍。先端は四方向に棘が付き、持ち手にはレリーフが施されている。シンプルに見えて、それでいて幻想的な槍。

 その名は、《ライト・コンダクター》。

 

 

 

 

 「っ────!」

 

 

 

 

 ────悪魔の咆哮で、一同顔を上げた。

 その青眼の悪魔は、仰向けに倒れ伏すのを辛うじて踏ん張って、再びキリトを視界に捉えようとする。

 その瞬間、アキトの目の前にいたアヤトの姿が消えた(・・・)

 

 

 「────はあっ!」

 

 

 その声がしたのは、ボスの近く。

 思わず視線を動かせば、アヤトの姿を捉える事が出来た。だがその場所はボスの背中辺りの空中だった。

 先程まで入り口付近に倒れたアキトの目の前にいたにも関わらず、瞬きする間も無くあんな一瞬で────

 

 

 「!」

 

 

 アヤトの槍から放たれたのは、ソードスキルによる光。次の瞬間、突き立てたその槍の先端がボスの背中を深く抉るように突き刺さった。

 そして、それが神速の如く連続で繰り出されたのだ。一、二、三、四撃目───アキトですら目で追えない程の連撃速度。

 槍が突き刺さるその瞬間、そのタイミングが把握出来ない。陽炎のように先端がブレて、槍が何本にも見える程の速度。

 

 

 「やああぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 最後の一撃が、ボスの背の中央を穿つ。

 爆発にも似たエフェクトがごうっ!と飛び出し、アヤトはその風圧に身を任せて空中で回転しながら後退する。悪魔はその衝撃で、キリトの方へと俯せに倒れ込んだ。

 

 

 「せやああぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 今度はボスの向こう側から裂帛の気合いを感じ取る。

 そこにいたのは、黒の剣士キリトだった。左右の剣を携え構えたその瞬間、それが白銀に輝き出す。

 

 

 「っ……」

 

 

 アキトは目を見開く。自分はそれを良く知っているから。

 誰よりも理解しているからこそ悟る。その力こそ、彼に相応しいのだと。

 あのソードスキルを、アキトは知っている。

 

 

 二刀流十六連撃奥義技

 《スターバースト・ストリーム》

 

 

 倒れ込むボスの胸元を抉り取るかの如く切り付ける。星屑の煌めきを宿し、光の速さで踊るように。

 あれが、あれこそが英雄の姿────

 

 

 「アヤト……君は……」

 

 「あ、アヤト……?」

 

 

 アキトは衝撃の連続で、未だ動けず唖然とするばかり。

 視線はキリトと────そしてアヤト。コハルも彼が気になったようで、彼から目が離せない。

 彼は先まで、ずっと片手剣を使っていたはず。それなのに何故か、槍に持ち替えた際の瞬間火力の総量が尋常ではなかったのだ。ボスのHPは一瞬で削れ、そしてそのソードスキルの速度もアキトにさえ視認出来ない。

 何より、槍のソードスキルにしてはあまりにも連撃数が多かったのだ。あれは、本当に一つのソードスキルだったのか────いや、違う。目で追えぬ速さで何度も何度も敵を刺し続けるあの異常な力。そして、途中からライトエフェクトのカラーが変わったのを、アキトは見逃さなかった。

 そう、あれは既存のソードスキルを繋げる、アキトの《剣技連携(スキルコネクト)》のような力。だが、彼のソードスキルは既存のスキルとも違って見える。

 まるで、元々あったソードスキルの連撃数が倍になったかのような────

 

 

 

 

 「っ……」

 

 

 

 

 アキトには、何一つ分からなかった。

 けれど、一つだけ分かった事がある。この衝撃を、この異質な力の本質たるものを、アキトは知っているのだ。

 自分も有しているであろう、その力の正体を。

 

 

 

 

 「……“ユニークスキル”」

 

 

 

 

 アキトが、小さくそう呟く。

 それを聞いたコハルの瞳が見開かれ、二人揃ってアヤトを見る。

 彼らだけじゃない。アスナも、クライン達も、そして軍のプレイヤー全てが、青眼の悪魔を挟んだキリトとアヤトに驚愕の視線を向けていた。

 悪魔が咆哮し、周囲の空気を震わせる。だが、決して物怖じしない二つの英雄の影を、アキトはただ眺めていた。

 

 

 そんなアキトとコハルをチラリと見たアヤトは、槍を構えた後、小さく笑って口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エクストラスキル : 《無限槍》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見ててくれ、二人とも。──── 必ず勝つ」

 

 

 







IFストーリーの方で、アニメ記念でアリシゼーション編のプロローグを書く事にしました。4、5話程度の構成で、現在2話ほど投稿しています。
心の広い方々のみにオススメ出来る拙いストーリーなので、感想を求めるのは烏滸がましいですが、読んで頂けると嬉しいです。




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