燦々と、ぎらぎらと照りつける太陽は、容赦なく太陽光を家の屋根に降り注がせる。
直接は当たっていないものの、やはり暑い。
田舎すぎるとはいえ、クーラーや扇風機等の空調設備は整っていたので、クーラーをきかせながら、外との温度の差を感じつつ、畳の上にお互い座って向かい合う。
こうして見ると、本当に綺麗な女性だ。
都会に出ていたら、ほぼ確実にナンパの被害にあっていることだろう。
まぁ、俺もナンパまがいのことを言ったので、言えるような立場でもないのだが。いや、それもそれでダメだわ。
ドスッ、と軽く音を立てるほどには重い荷物を置いて、座る。
「よし、じゃあ俺がここに来た理由だよな? えっと……まず、俺は列車に乗って来たんだ。小さな旅行にね」
「あぁ、なるほど。だから、重い荷物を……」
宿泊するにあたっての準備は揃えて来ているので、当然荷物は重くなる。
しかし、これは一泊二日か二泊三日、長くて三泊といった具合の荷物持ちだ。
さらに一人分なので、そこまで重すぎる、ということはないが。
「あぁ。で、列車の中で向日葵畑を見ていたんだよ」
「……どんな感じがしましたか?」
「どんな、って……ただ花が同じ方角向いて並んで見えただけだったよ」
「そう、ですか」
向日葵畑の話をして、少しだけ声のトーンが落ちる彼女。
まずかっただろうか。向日葵が好きだとか、花が好きだったのだろうか。
如何せん、俺の女性とのコミュニケーション能力は低いようだ。悲しきかな。
全く、この左手薬指には、いつになったら指輪が付けられるのだろうか。心配にもなるが、その時はその時だ。
「それにしても、旅行に来たのに、早速列車で寝ちゃうんですか? ふふっ」
「あ、あはは……自分でも呆れてしまうよ」
実際、俺はこうやって寝すぎて、終点のこの夢見村前まで来てしまったわけだ。
返す言葉もない。彼女が来てくれなかったら、今頃どうなっていたことか。
暑さにやられて、熱中症になってしまってもおかしくはないだろう。
旅行に来て、列車で寝てしまったことが原因で熱中症、なんて話は笑えない。いや笑えるかも。いや、やっぱりねぇな。
会社の同期に話したところで、「バカじゃないの?」で終わりだ。
話のネタになることもない。
「そこに……私が来た、と」
「そうそう。ほんっとうに助かったよ。ありがとう!」
最大限の感謝を込めて、座ったまま深く頭を下げる。
熱中症にならないのも、この彼女が駅で声をかけてくれたお陰だ。
「い、いいんですよ! 私から声をかけたんですから! ね? それに、こうやって話を聞かせてもらっていますから」
「そう、か……それで満足させられるなら、俺はいくらでも話すよ」
何と心の広い女性なのだろうか。涙が出てしまいそうだ。
聖人とも、女神とも言える人の慈愛で満たされている俺は、さぞ幸せ者なことだろう。
クーラーの吐き出す涼風が、
俺は個人的に、金属製の南部風鈴も良いと思うが、それよりもガラス製の江戸風鈴の方が、音が好きだ。
体感的な意味でも、耳で聞く意味でも涼しさを感じつつ、彼女との会話を再会させようか。
「それで、俺はしがない小説家をやっているんだよ。内容が閃くままに列車でプチ旅行、ってわけさ」
「へぇ、物書きさんなんですか。……私も、貴方の書く本を読んでみたいです」
物書きさん、って言い方がもう可愛い。
控えめに、優しく向けられた笑みは、底知れず俺の心をくすぐっていく。
こういう乾いた笑いも、満面の笑みも、彼女の笑みにはどこまでも心を奪われる。
それが一目惚れ、というものなのだろうか。
「おう、いつか俺の書く本、見てくれよ」
「……えぇ、いつか。読んでみたいです」
「なんなら、俺が読み上げてもいいんだぜ?」
「そうですか? じゃあ、自分で書いた文を自分で読み上げて、私に聞かせてくださいよ? 絶対ですよ?」
「ごめんやっぱ恥ずかしいわ」
さすがに自分で読み聞かせるのは、恥ずかしいところがある。
いい年してそんなことをするのにも、別の意味で抵抗がある。
そうやって、ずっと彼女と話をした。
笑って、驚いて、時には皮肉を言って。
そんな何気ない会話でも、楽しく過ごすことができた。
何よりも、彼女が俺の話に笑って耳を傾けてくれていることが、嬉しかった。
ふと、部屋に斜陽が差し込んでいることに気付いた。
風鈴の単独演奏はそのままに、気温だけが低くなっていることに遅れて気付く。
山並みの隙間からほんの少しだけ顔を出した太陽は、オレンジ色の陽光を輝かせながら沈んでいく。
神秘的とも思えるその光景は、毎日見るような夕焼けとは違った。
光り輝くネオンと秋波を送る女性の、連なる町並みで見る、それとは違って。
車の排気ガスで燻ってしまう、それとは違って。
人々の歓声や金切り声、弾む声などの多種多様な声に掻き消されてしまう、それとは違って。
この村だからこそ、見られるこの光景の意味は。
焦燥感に駆られ続ける都会では絶対に見られない、この光景の意味は。
人々の感情という感情を先行させて、消えゆくそれとは、かけ離れた青天井の魅力を漂わせていた。
「……ここって、いい村なんだな」
「……? どうして、ですか?」
自然に漏れ出した声に、彼女が反応して白いワンピースを風で揺らす。
既に切られていた冷房の風は、窓を解放されて通り道のできた通過風と還元されている。
恩恵を全面に受けた彼女も、魅力を持っていた。
「忘れていないから。全ての原点を」
「……そうですか。それは、よかったです」
開拓に開拓を重ね続ける町並みには、持ち得ない美しさを感じられた。
それがひどく幻想的で、夢のようだった。
忘れてしまった風景が、まだここには残っていた。
そう思うと……この村は、変に都会な場所よりもずっといい環境なのだろう。
だから、田舎というところはいい。都会は便利ではあるが、忘却の彼方に消えたものが多すぎた。
俺は、そう思う。
――須らく、忘れてはいけないものだ。
――間違えたのだろう、人間は。度を失ってしまった、人間は。
――