八月の夢見村   作:狼々

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遅れてごめんよ(´・ω・`)
テスト期間やら風邪やらで書けなかったのです(´;ω;`)


揺れ始める心

 普段よりも随分と早い、朝の閃光。

 一身にそれを浴びて、田舎独特の新鮮な空気を吸いあげるべく、布団を抜け出す。

 不意に鼻腔に運ばれる、久方ぶりの()()の香り。

 古風ながらも、日本人としての安息を呼び起こされる。

 

 静けさの境界に、二つ静かに聞こえる音。

 一つは、早朝を感じさせる上品な雀の囀り。

 一つは――隣で静かに立てられる、彼女の寝息。

 

 どこかあどけなさの残る寝顔に、視線が釘付けにされる。

 

「ん、みゅぅ……」

 

 思わず鳴ってしまう喉。あまりの可愛いらしさに、意識まで刈り取られてしまいそうになる。

 さすがに就寝時は帽子を枕元に置いているようだ。

 きめ細やかで、柔らかそうな黒髪が、朝の陽光によって煌きを帯びている。

 

 心拍は跳ね上がり、落ち着くことを忘れてしまっていた。

 心地良いはずの、い草の香りは感じられず、甲高くか細い囀りも聞こえない。

 ただ目の前の女性にのみ、俺の全神経は集中される。

 

 ここで、自分の中での欲が湧いた。

 襲ってやろう、などという愚行ほどではないのだが。

 

 自らの指を彼女へと伸ばし――頬を軽く突く。

 ふにっと柔らかな感触が指先から広がり、僅かな熱も。

 形が変わる頬に、少しづつ沈みゆく指を眺める。

 

「ん、んぁぁ……」

「ぉっと……」

 

 漏れ出した彼女の声は、妖艶とも思えてしまう自分が汚い。

 寝顔の可愛さに溺れ、程よい弾力の頬を突いて何しているのか、自分でもわからなくなりそうだ。

 が、意に関わらずに動き続ける指。

 

 もうそろそろ起きてしまいそう。いつバレるのだろう。

 そう考えると、今起こす行為に高ぶりを感じた。

 突いていたい、もっと可愛らしい顔を見たい気持ちに、スリルの拍車。 

 織りなす相乗効果の波に、抗えない自分がいた。

 

「ぁ、んぅっ……」

「やっぱ、可愛いよなぁ……」

 

 呟き、気付く。

 これ、犯罪チックになってきた、と。

 どう考えても言い逃れは不可能、さすがにそろそろ自重すべきか。

 

 彼女の寝顔を背にして、部屋を出る。

 そして、俺は事実を見逃していた。

 

 ――布団が一弾指、ほんの僅かながら動いたことに。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 まだまだ特有の寒気が残る空気。

 掠れて感じるそれを、布団の中で仰向けのまま、肺いっぱいに吸い込む。

 少し、早く起きすぎただろうか。

 肺に取り込んだ普段のそれよりも、温度が低い。

 

 静かに物語る空気を意識から遠のけ、移動する意識は隣の音へ。

 まだ起きていないようで、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。

 

「あ……寝てる、のかぁ」

 

 昨日の呼吸音からは予想できない、可愛らしい細い呼吸。

 つい、笑みが溢れてしまう。

 

 と、突然。

 隣の布団が大きく擦れる音がした。

 内心驚いて、狸寝入りを始める。

 音を一切立てず、呼吸はなるべく自然に。

 

 恐らく、見られている。

 その空想に思いを馳せていると、急に恥ずかしくなってきた。

 狸寝入りとはいえ、寝顔を見られてしまっていることに。

 

 ……なんで。どうして、こんなことをしているんだろう。

 わざわざ、隠れる必要なんてないのに。

 そんな疑問が横行したとき、無意識に変な声まで出てしまう。

 

「ん、みゅぅ……」

 

 さらに辱めを受けたように羞恥。

 頬が赤く、熱を帯びていることが自分のことながらわかってしまう。

 彼が部屋を出てしまうまで、このままでいよう。

 そう思ったとき、頬が押された。

 

 微かな暖かみがあるそれに、決して強くはない圧力をかけられる。

 それ押しては引きを繰り返され、頬は凹んで戻ってを繰り返す。

 ……指?

 

「ん、んぁぁ……」

「ぉっと……」

 

 頬を突かれて、私の声は漏れだす。

 それに反応するように、彼の声も弾む。

 彼に、私の頬を突かれている。その事実の認識は、私に更なる羞恥を植え付けた。

 

「ぁ、んぅっ……」

 

 くすぐったさか、はたまた別の何かか。

 私の心をざわつかせて、かき乱してゆく何か。

 もどかしく、恥ずかしいのに、快感にも似た感覚は駆け抜ける。

 

 そんな落ち着かない私に、さらに追い打ちをかけられる。

 

「やっぱ、可愛いよなぁ……」

 

 ……ドキッ、とした。

 可愛い、なんて言われたことがない。

 いや、少々訂正しようか。『異性に』言われたことがない。

 まさか、頬を突かれながら異性に可愛い、なんて言われるとは思わなかった。

 

 ――そしてその一言だけで、自分の心がこんなにも揺れるとは、思わなかった。

 

 頬が熱い。心臓が早く、煩い。

 耳元で鳴っているんじゃないかと、錯覚してしまう。

 静かに意識した呼吸も、少し気を抜けば音を立ててしまいそうだ。

 

 半ば耐えるような時間を過ごしていると、指はやがて離れた。

 畳の足音の次に、戸の開く音、そして廊下の足音と続く。

 

 その瞬間、虚無感。

 不意の訪れに、不安定な疑問を抱く私。

 寝返って、戸を背に向ける。

 

 高鳴る心臓、胸の前をきゅっと押さえつけた。

 心拍数は異常なほどの数に達し、血液は活発に循環する。

 そして、また一人呟く。彼のいない、この部屋で。

 

「どうしちゃったんだろう、私……」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 朝食をとって、彼女の部屋にて談笑。

 食事の時間はズレた。彼女には、朝にも入浴を楽しむ清潔な習慣があるようで。

 彼女の入浴の間に食事、彼女の食事の間に荷物整理。

 

 よく考えなくとも、かなり図々しい。

 人様の家に上がり込んでおきながら、食事をズラすとは。

 自分でもそう思い、抗議にも似た声を上げた。が、両親は口を揃えてこう言ったのだ。

 

 『むしろ、そうしていただけると助かる』、と。

 

 そこまで言われて、断るのは逆に失礼になるのでは。

 考えた俺は、ご厚意に甘えることになったのだが。

 

「いやぁ~、朝が和食ってのも、久しい気がするよ」

「そうなのですか? うちは毎日和食ですよ?」

「まぁ、大体わかるよ。うちは基本パンかそもそも食べないからな~」

 

 ここでもジャパニーズ精神は訪れる。

 和の朝食も、中々に美味だった。

 

「ダメですよ~? どんなに忙しかったりお腹が空いていなくとも、朝食を抜いたら~」

 

 白ハットを付けたワンピースの彼女のお説教も、中々に美味。

 いつまでも受けていたい、という甘い願望も抱いてしまう。

 

 午前八時三十分を回った。壁掛け時計の針はただ一点のそこを指す。

 まだまだ日は上がっている途中。今日もこれからだ。

 爽やかな、夏の涼しい風も吹き付ける。

 この時間の風が、一番涼しく気持ちがいい。

 

「――あっ、そうだ! お昼に、外に出かけませんか?」

「ん? いや、まぁ俺は別にどこまでも」

「ふふっ、いいところに連れて行ってあげますよ!」

 

 両腕をいっぱいに広げながら、似合う笑顔を携える彼女。

 さて、今日の昼の予定は決まったようだ。


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