●キーワード
『カラオケ』
『女装』
『竜巻旋風脚の人』
※一応、保険として『ストリートファイター』の二次創作という扱いにしています。
気楽にご覧ください。
きっかけは、ただの思い付きだった。
僕は生まれた時から中性的な顔立ちをしていて、しかも小柄な体躯も持ち合わせている。自分で言うのもなんだけど、衣服を取り換えるだけで性別をチェンジできるぐらいには中性的な外見をしているんだ。
だから、ふと、こんなことを思いついてしまった。
僕の女装ってどこまで通じるんだろうか――と。
思いついてからはもう止まらなかった。
僕は自分の女装姿を出会い系サイトに登録し、ものの数時間で僕と会ってくれるという男を確保。身の危険よりも好奇心に負けた僕は妹の制服を無断で拝借し、そして現在――都内のカラオケで顔を全力で青ざめさせているという訳だ。
(い、今さら罪悪感が凄くなってきちゃった……っ!)
袖の余ったブレザーと紺のプリーツスカートに身を包みながら、真っ青な顔でメロンソーダをちゅーちゅーとストローで吸い上げる僕。
そんな僕の隣には、白の道着に身を包んだ筋骨隆々な男の人が佇んでいる。さっぱりした短髪に真っ赤な鉢巻という、なんだかすごく見覚えのある出で立ちをしている彼は、何を隠そう僕と出会い系サイトで知り合った哀れな被害者ことリュウさんである。
リュウさんは検索機を器用に動かしながら、ちらっと僕を横目で見ると、
「……顔色が悪いが、どうかしたのか?」
「いっ、いえ、何でもないですよ!? あははははーっ!」
「そうか。要らない心配だったな。すまなかった」
「い、いやいや、謝らなくていいですよ!? 心配してくれてありがとうございます!」
へこへこと頭を下げる僕だが、その心境は決して穏やかじゃない。
当然だろう。何と言ったって僕はリュウさんを騙しているのだ。男のくせに女のふりをして、善良な人間であるリュウさんを自分の身勝手な行動に付き合わせている……そんな状況を作り出しているくせに、穏やかで晴れやかな心を展開できる訳がないじゃないか。
(と、とにかく、今はこの嘘を貫き通そう。最後まで気づかれなければ大丈夫なんだ。男だってばれなきゃ、リュウさんも僕も傷つかずに終われるはずなんだ……)
我がままであることは自覚している。――だけど、今はそうするしかほかに道が無いのもまた事実。
ええい、覚悟を決めろよ僕! 嘘を吐くなら最後まで全力で貫き通せ!
「怖い顔をしているが、やはり気分でも悪いんじゃないか?」
「いや、そんなことないですよ~。そんなことより、どうしてリュウさんは出会い系サイトに登録なんかしてたんですか? 凄い筋肉質だし、イケメンだし、出会い系サイトになんか頼らなくてもモテそうじゃないですか~」
イメージするのはバカな女子高生。相手の機嫌を取ることに特化した僕とは相容れない存在を意識しながら、僕はリュウさんとの会話を開始する。
リュウさんは検索機をテーブルに置くと、「そうだな……」と眉を顰めながら腕を組んだ。
「俺よりも強い奴に会いたいから、だな」
「…………自分よりも強い奴と、会いたいから……?」
「まあ、それが当然の反応だろうな」
リュウさんは照れたように頬を掻く。
「昔は自分の足で強い奴に会いに行っていたんだが、ほら、最近は情報化社会だろう? 他人と関わることができるツールがあるんだから、それを利用しない手はない」
「で、でも、それでぼk――あ、あたしと会っちゃってるのは、本来の意味とはかけ離れちゃってるんじゃ……」
「それはそうだが、しかし、後悔はしていない。――君のような可愛らしい人と二人きりでカラオケというのも悪くないからな」
「っ!? な、ななななな……」
顔が赤くなるのが自分でも分かった。爽やかな笑みを浮かべるリュウさんを直視できなくなってもいた。な、なんだこれ……僕は男なのに、どうしてこんなことで本気で嬉しくなっちゃっているんだ!?
「あ、あたしが可愛いだなんて……そ、そんなことはないですよ! あたしより可愛い子なんてそこらにたくさん居ますし!」
「ははっ、謙遜なんてしなくてもいいさ。君は自分が思っているよりも可愛いんだからな。ちょっと鏡でも見てきたらどうだ?」
「……っ。あ、ありがとう、ございます……」
「あっはっは! そうだそうだ、それでいい! 自信を持つことは良い事だ!」
バシバシと背中を強めに叩かれるが、何故だろう、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ嬉しいというか、もっとこうされていたいというか――――って、僕は何を考えているんだ!?
こ、このままじゃいけない! このままだと、自分が分からなくなってしまう!
僕は検索機を手に取り、ランキングから適当に曲を選び、そして目にも留まらぬ速さでマイクを構える。
「そ、それじゃあ、そろそろ歌いましょうか! 最初はあたしからいきますね!?」
「ああ。どんな綺麗な声で歌ってくれるのか……楽しみに聞かせてもらおう」
「~~~っ!」
顔が真っ赤になるのを自覚しながら、僕は腹の底から全力でシャウトした。
数時間後、僕とリュウさんは駅のホームに立っていた。
結局、僕が男であることをリュウさんに気付かれることなく二人きりでのカラオケを終えることには成功した。最初は姿を隠すことに必死だったけど、途中からはそんなことなど忘れ、二人で思い切りカラオケを楽しむことができていた。
「今日は楽しい時間を過ごすことができた。感謝する」
そう言って、リュウさんは僕に笑みを向けてくる。
彼の何気ないそんな行動が僕にはどうしようもなく嬉しくて――そしてなにより、そんな彼を騙している自分に嫌気が差してくる。
本当のことを言わなければ――それは分かっているのだが、どうしても言葉が吐き出せない。真実を知った彼が僕を軽蔑するんじゃないかと思ってしまって、どうしてもあと一歩が踏み出せない。
ああ、僕はなんて弱い人間なのだろう。謝罪の言葉すら口にできないなんて。ごめんなさい、実は僕は男なんです――そんな簡単な言葉すら吐き出せないだなんて。
後悔が心臓を締め付け、罪悪感が自然と顔を俯かせる。きっと目尻には涙が浮かんでいることだろう。
「おっ、電車が来たな。それじゃあ、君とはここでお別れだ。今日は楽しかったぞ、ありがとう」
「あっ……」
右手を挙げ、そしてリュウさんが僕に背中を向ける。
駄目だ、ここで彼を行かせちゃあ。ここで何もできなかったら、僕はきっと永遠に後悔する事になる―――ッ!
「ま――待って、ください!」
「……なんだ?」
気づいた時には大声を出していた。
不思議な顔でこちらを振り返るリュウさん。彼が乗ろうとしていた電車は無情にも駅から去って行った。
電車よりも僕を優先してくれたリュウさんに安堵しつつ――そして同時に今にも潰れてしまいそうな心臓を服の上から右手で押さえつけながら、僕は勇気と声を振り絞る。
「じ、実は……実は僕、男なんです! こんな格好をしているけど、本当は生粋の男で……ええと、出会い系サイトに登録したのは、僕の可愛さがどこまで通じるのかを試したくなったからで……ええと、ええと……と、とにかく、ごめんなさいッッッ!」
彼の視線から逃れるように首を垂れる。でも、僕はついに言ってやったんだ。自分の非を認め、そして彼に真実を告げることに成功したんだ。ただの自己満足だけど、僕は弱い自分に打ち勝つことができたんだ!
「ゆ、許してほしいとは思いません。で、でも、このまま嘘を吐いたままであなたと別れたくはなかったんです。――本当に、申し訳ありませんでした!」
頭を下げたまま、二度目の謝罪を口にする。
その間、リュウさんは一言も言葉を発さなかった。きっと、僕に対して怒っているんだろう。当然だ。だって僕は、彼を騙していたんだから。
恐る恐る、頭を上げる。ゆっくりと、彼の顔を下から見やる。
彼は、リュウさんは―――――
「ああ、気づいていたぞ?」
―――――何故か笑っていた。
それはもう純粋に、それはもう爽快に。邪気なんてどこにもない、怒気なんて欠片も無い。どこからどう見てもプラスの感情しか感じられない、そんな笑みを、リュウさんは僕に向けていた。
動揺と驚愕、そして混乱によって思考に空白が生じる僕。
そんな僕にリュウさんは笑いかけたまま、
「俺は始めから君が男だと気づいていた。これでも人生経験は豊富な方なんだ。少しの変装ぐらいで騙される俺じゃあないさ」
「じゃ、じゃあ何で……何で僕に付き合ってくれたんですか!? あなたにプラスなんてないはずなのに……っ!」
「プラスならあったさ。さっきも言っただろう? 俺は、俺よりも強い奴に会いに行きたいんだ、とな」
「い、意味が分かりません。僕があなたより強いだなんて、そんなことはあり得ない……」
「君は強いさ。俺なんかよりもずっとな」
ふぁさ、とリュウさんの無骨な手が僕の頭を優しく撫でた。石よりも硬いその右手の感触は何故だかとても心地良い。
「自らの非を認め、犯した罪から決して逃げない。これは誰にでもできる事じゃあない。君は、自分の弱い心に打ち勝ったんだ。しかも、こんなにも短時間で。……俺なんかよりも十分に強いと俺は思うぞ?」
「リュウさん……」
「今日も俺は俺よりも強い奴に会う事が出来た。俺はなんて幸せなんだろうな」
ああ、駄目だ。涙で視界が滲んでいく。嬉しさで心臓が今にも爆発しそうだ。
胸を押さえ、涙で地面を濡らす僕。
――と、その時、電車の到着を知らせるブザーが辺り一面に鳴り響いた。
「おっ、と……それじゃあ、今度こそお別れだな。またどこかで会えることを願おう」
「……リュウさんはこれからどこに行かれるんですか?」
「そんなの決まっているさ」
そして、リュウさんは言い残す。
今後、僕の頭から決して消えることのない、彼の名言を。
「――俺よりも強い奴に会いに行く」