このすばShort   作:ねむ井

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 時系列は、『この愚か者の日に仕返しを!』の1年後(魔王討伐後)。


この愚か者の日に仕返しを!

 ――まだ少し肌寒い、春のある日。

 いつものように昼過ぎに目を覚ました俺が、階下へと降りていくと。

 

「あっ、カズマ! ようやく起きたわね! まったく、あんたがなかなか起きてこないから待ちくたびれたわ!」

 

 昼間から酒のジョッキを手にしたアクアが文句を言ってきた。

 

「おはよう。……待ってたって、なんでだよ? というか、何これ?」

 

 広間のテーブルの上には、まるで宴会を開くかのような豪勢な料理が並んでいる。

 

「ほら、お前もこれを持て。めぐみん、カズマが起きてきたぞ!」

「お、おう……」

 

 ダクネスに差しだされたジョッキを受け取ると、その中にはなみなみとクリムゾンビアーが注がれていて……。

 

「ねえダクネス、今日は本当に昼間からお酒を飲んでもいいのよね? 今さらエイプリルフールだから嘘でしたなんて言わないわよね?」

「ああ、今日だけ特別だぞ?」

 

 ……なんて?

 

 バカみたいなアクアの言葉に、ダクネスが怒鳴りつけるのではなく穏やかにうなずいた、そんな時。

 台所からめぐみんが現れ。

 

「おやカズマ、おはようございます」

「めぐみんもこれを」

「ありがとうございます。それでは始めましょうか」

 

 ダクネスがめぐみんにもジョッキを手渡すと。

 

「「「乾杯!」」」

 

 三人がそんな掛け声とともに、手にしたジョッキをぶつけ合った。

 

「プハーッ! この一杯のために生きてるー! エイプリルフールって最高ね!」

 

 ひと息にジョッキを呷ったアクアが、口の周りに泡を付けながら満面の笑みを浮かべる。

 

「いや、お前らは何をやってんの? エイプリルフールってこういうのじゃないだろ」

 

 そう、今日はこの世界に来てから二度目のエイプリルフール。

 嘘をついてもいいというあの日だ。

 去年のエイプリルフールにはめぐみんとダクネスを騙したから、今年は仕返しだとかいって俺を騙そうとしてくるに違いない。

 そう思い、今日は警戒を絶やさないつもりでいたのだが……。

 

「何をと言われても。サプライズパーティーみたいなものですよ。カズマへの日頃の感謝を伝えようと思って、ダクネスと一緒に計画したんです。今日はカズマのためにご馳走をたくさん作りましたから、パーッと楽しんでくださいね」

 

 ジョッキを大事そうに両手で持っためぐみんが、そんな事を……。

 

「いや、なんでだよ。なんでわざわざ今日やるんだよ? お前ら、絶対なんか企んでるだろ」

「企むとは人聞きが悪いな。確かにお前に黙って計画していた事は認めるが、そこまで怒るような事ではないだろう」

「おいやめろ。ちょっとしたドッキリにマジギレする空気読めない人に向けるような目はやめろよ。さっきから微妙に核心を避けて答えてるのは分かってるんだよ! 何も企んでいないなら言ってみろよ! ほら、何も企んでませんってハッキリ言ってみろ!」

 

 しつこく追及する俺に、二人は困ったように苦笑して。

 

「落ち着いてください。サプライズパーティーなんですから、何も企んでいないとは言えませんよ。でもカズマが怒るような事はしないつもりなので安心してください」

「そうだぞ。それに、少なくともこの料理は本物だろう? 朝から頑張って作ったんだ」

 

 テーブルに並ぶ料理はどれも美味しそうだが油断はできない。

 美味しい料理の中にひとつだけ不味い料理を混ぜ、俺に食べさせるつもりかもしれない。

 ワサビ入りシュークリームだとか、からし入りタコ焼きだとか、日本でもよくバラエティ番組の罰ゲームに出てきたやつだ。

 

「んぐ……! このシャバシャバしたやつはとっても美味しいわ! これはお酒が進むわね。お代わりを飲んでもいい?」

「仕方ないな。ほら、私が注いでやろう」

 

 空気を読まないアクアが、俺達のやりとりを気にせず料理を褒め、ダクネスがそんなアクアに酒を注いでやる。

 

「カズマも何か食べませんか? 今日のは自信作ばかりですよ」

 

 二人のやりとりを見ていると、めぐみんに料理を勧められ……。

 

「……俺もあれが食べたい」

 

 俺はアクアが食べている料理を指さした。

 誰かが口を付けたものなら、変なものは入っていないはずだ。

 

「どうせお前らは、去年の仕返しとか言って俺を騙そうとしてんだろ? 今日一日、俺はお前らの言う事は信じないからな!」

「まあいいですけど、料理に変なものは入れていませんからね? カズマは素直にパーティーを楽しんだらいいと思います」

 

 警戒する俺に、めぐみんが苦笑しながらそんな分かりきった嘘を……。

 …………。

 

 ……あれっ?

 

 嘘じゃない……だと……?

 

 

 *****

 

 

 エイプリルフールを警戒していた俺は、昨日のうちにセナに無理を言って、嘘を感知する魔道具を借りてきている。

 今、その魔道具は俺が座っている椅子の下に隠してある。

 誰かが嘘をついたら反応するはずなのに、今のところ魔道具は鳴っていない。

 それに、これだけ手間暇掛けて準備したパーティーなのだから、本当に二人が俺への感謝を伝えようとしているだけという可能性も……。

 いや、俺への感謝を伝えたいだけなら、わざわざエイプリルフールを選ばなくてもいいはずだ。

 嘘をつかなくても人を騙す事はできる。

 めぐみんもダクネスも、何も企んでいないと断言はしなかった。

 今日を選んだという事は、このパーティーには裏の目的があるに違いない。

 それが何かは分からないが……。

 

「……!」

 

 その時、俺に電流走る……!

 もしも俺が嘘を感知する魔道具を借りてくる事が、めぐみんに知られていたとしたら?

 俺が寝ている間に、俺の部屋に侵入し魔道具を偽物とすり替えられた可能性がある。

 クソ、最大の武器がいきなり信用できなくなった!

 ……いや、大丈夫だ。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 俺の名は佐藤和真。

 数多の魔王軍幹部と渡り合い、ついには魔王を倒した勇者だ。

 仲間からのちょっとした仕返しくらい、華麗に乗りきってみせる……!

 

「カズマさんカズマさん」

 

 決意を固める俺に、アクアが呑気な口調で話しかけてくる。

 

「なんだよ? 俺は今戦いに臨む決意を固めてるとこだから、そっとしておいてくれよ」

「ちょっと何を言っているのか分からないけど、その美味しそうなやつ、食べないんだったら私が貰ってもいい?」

 

 いつの間にか、俺の目の前には美味しそうな料理が置かれている。

 ……怪しい。

 俺に食べろと言わんばかりに目の前に皿を置くなんて、この料理に何かしら仕掛けがあるとしか思えない。

 

「いいよ」

「本当? ありがとうね!」

「えっ……」

 

 俺がアクアに料理を手渡すと、俺の隣に座っているダクネスが声を上げた。

 

「な、なんだよ。これを俺に食わせたかったのか?」

「ああ、それはお前のために私が作った、ダスティネス家の秘伝の料理だったんだが……。いや、気にしないでくれ。エイプリルフールにこんなパーティーを開いたのだから、こういう展開も予想はしていた」

 

 ……えっ。

 

 そんな事を言われると、まるで俺が悪い事をしているみたいじゃないか。

 いや、きっとあの料理はすごく辛かったり苦かったりするはず……!

 

「……? なーに? どうして私の事をジッと見ているの? これはもう貰ったんだから私のものよ。やっぱりナシって言っても遅いからね」

 

 俺のもとから料理を取っていったアクアは、料理に口を付けると首を傾げ。

 

「すごく美味しそうだったけど、なんだか普通なんですけど」

「……!?」

 

 そんなアクアの言葉に、ダクネスが衝撃を受けていた。

 

 

 

 ――ダクネスの料理は普通だった。

 

 二人は嘘をついていないのだろうか。

 エイプリルフールだなんだと気にしているのは俺だけなのか?

 いや、よく考えろ佐藤和真。

 あの料理は美味しかったのではなく普通だった。

 ダクネスは不味い料理を作ろうとしたのに、失敗して普通の料理を作ってしまったのかもしれない。

 警戒を解くのはまだ早い……!

 

「どうしたんですか、カズマ。食べないのですか? 美味しいですよ」

 

 と、俺が内心で葛藤していると、めぐみんが少し心配そうに声を掛けてくる。

 ……これは本当に心配しているのか? それとも、心配している振りをして俺がうろたえるのを面白がっているのか?

 二人が本当に俺のためにパーティーを開いてくれているのだとしたら、警戒しすぎて台なしにするのは最低だ。

 いまだにクズマとかゲスマとか呼ばれる俺でもどうかと思う。

 

「い、いや、別になんでもないよ。……でも、そうだな。俺はまだ起きたばっかだから、もう少しあっさりしたやつを食べたい気分なんだよ」

 

 二人を嘘つき呼ばわりする事に気が引けてきた俺が、そんな言い訳を口にすると。

 

「……仕方ありませんね、もう一品作ってきてあげますよ。あっさりした料理ですね? ちょっと待っていてください」

 

 俺のわがままに、めぐみんは怒る事もなく立ちあがると、台所へと歩いていった。

 

 ……えっ。

 

 どうしよう、至れり尽くせりすぎる。

 起きたばかりで食欲が湧かないからと待ってもらい、その間に料理を見定めようと思っての言い訳を真に受けられるとは……。

 わがままを素直に受け入れられると罪悪感がある。

 ひょっとして、二人は本気で俺のためにパーティーを開いているだけなのか?

 というか、俺はいつまでこんな事で悩み続ければいいんだよ。

 もういいよ。

 例え騙されていたとしても、これだけ楽しいパーティーを開いてくれたならいいよ。

 悩むのが馬鹿らしくなってきて、何もかも投げだしてしまいそうになる。

 だが待て佐藤和真……!

 これこそがあいつらの狙い通りだとしたら……?

 考えすぎだとは思うが、最近のめぐみんは俺の事を見通している節がある。

 ここで考える事をやめて、油断したところで何かしら引っ掛けられたら悔しい。

 ……いいだろう。

 今日一日だけ、警戒し続ければいいだけだ。

 そもそも悪いのは俺ではなくて、エイプリルフールなのに俺への感謝を伝えたいなんて言いだした二人の方だ。

 

「お前らが何を企んでいるのか知らないが、どうせ俺を騙そうとしてるんだろ? 今日一日はお前らの言う事は信じない。料理も誰かが口を付けたやつしか食べないからな!」

 

 覚悟を決めた俺は、お酌してくれようとしていたダクネスにそう宣言した。

 そんな俺に、ダクネスは手にしていた酒を自ら飲んでみせ。

 

「まったく、お前という奴は……。ほら、飲んでみせたぞ? これで安心だろう?」

 

 何も仕掛けていない事を証明すると、俺が持つジョッキに酒を注いでくれた。

 

 ……どうしよう、やっぱりちょっと心が痛いんですけど。

 

 

 *****

 

 

「あはははは! 美味しいわ! この料理はとっても美味しいわね! お酒が進むわ!」

 

 俺が警戒し飲み食いするのを控えている分、アクアがいつもより早いペースで飲み食いし、あっという間に酔っ払った。

 

「ほらカズマ。せっかくダクネスが昼間からお酒を飲んでもいいって言ってるんだから、あんたも変な顔の練習してないで楽しんだらどう?」

「これは変な顔じゃなくて難しい顔をしているんだよ。お前、よく警戒もせずに飲み食いできるな。辛いものとか仕込まれてたらどうすんだよ?」

「今日の私は気分が良いから、辛いものを食べたら必殺の火吹き芸を見せてあげるわ!」

「お前に訊いた俺がバカだった」

 

 ダメだ、こいつは心からパーティーを楽しんでいる。

 エイプリルフールにパーティーなんて、どう考えても怪しいのに……。

 

 …………。

 

 ……俺の心が汚れているのか?

 アクアのように無邪気に受け入れるのが人として正しいのだろうか?

 

「お、おいアクア。いくらなんでも酒を飲みすぎではないか? 少し控えた方が……」

「なんでよ! ダクネスはお酒を飲んでも止めないって言ってたじゃない! 今さら止めたって遅いわよ! 嘘つき! せっかく楽しい気分なんだから止めないでちょうだい!」

「いや、私はお前の体の事を考えてだな……」

 

 いつもより早いペースで酒を飲むアクアを、さすがにダクネスが止めようとする。

 

「いいダクネス、アクシズ教の教えにはこうあるわ。『汝、我慢することなかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい』……私は体の事を考えて我慢するより、今を楽しく過ごすためにお酒を飲むわ。我慢するのは体に毒だもの。体の事を考えて我慢したら体に悪いのよ? そういうわけだからお代わりをください」

「まったく……。今日だけだぞ? 明日からは節制するように……。おい、耳を塞いで聞こえない振りをするな」

 

 ダクネスの小言に耳を塞いだアクアは、体ごとそっぽを向いて聞こえない振りをする。

 そんなアクアに苦笑すると、ダクネスはアクアのジョッキに酒を注いでやって。

 

「カズマはどうだ? この酒はアクアも飲んでいるから、警戒しなくてもいいだろう?」

「お、おう……。それなら貰おうかな」

 

 ……さっきから酒も食べ物も俺より先にアクアが飲み食いしていて、俺のために開いてくれたパーティーのはずなのにアクアが真っ先に楽しんでいるのはちょっとモヤっとする。

 どの口が言ってんだって話だが。

 酒のビンを持ったダクネスは、俺の隣に腰を下ろすと。

 

「他に何か欲しいものはないか? その、今日はお前の望みをできるだけ叶えてやろうと思っていてだな……。多少は無理を言ってくれて構わない」

 

 少し照れくさそうな表情を浮かべ、おずおずとそんな事を言いだした。

 

 ……ほう?

 

 今日のダクネスは俺を甘やかしてくれるらしい。

 これも俺を油断させ、エイプリルフールの嘘を仕掛けるための罠なのだろう。

 そっちがその気ならこっちにも考えがある。

 

「今日は俺への感謝を伝えたいっつってたな? だったら態度で示してくれよ。お酌してくれるんならメイドの格好でやってくれ」

「ああ、そのくらいなら構わない。少し待っていてくれ」

 

 調子に乗った俺のわがままに、ダクネスは少しだけ悩んでからうなずいた。

 ……マジで?

 

 

 

 ――しばらくして。

 一度自室へと戻ったダクネスが再び現れると、いつか俺が交換条件のために着せた、サイズが小さいメイド服を身に着けていた。

 丈の短い特別仕様を着用したダクネスは、エロ担当の名に恥じない色気を醸しだしている。

 

「あ、あまりジロジロ見ないでくれ……」

 

 ダクネスが恥ずかしそうに言いながらも、俺の隣に腰を下ろし酒のビンを手にした。

 

「ほら、酒を注いでやるからジョッキを出せ」

「違うだろ。メイドなんだから俺の事はご主人様と呼べ」

「……!?」

 

 すかさず言い返す俺に、ダクネスは。

 

「……失礼しました。お酒を注がせてください、ご主人様」

 

 恭しく頭を下げるとそう言った。

 

「う、うむ。苦しゅうない」

 

 ヤバい。

 何がヤバいってヤバい。

 ダクネスに酒を注がせる俺の姿をジッと見ていたアクアが。

 

「……カズマさんが、大人のお店でお姉さんに嫌われるようなダメなおじさんにしか見えない事をやっているんですけど」

「ななな、何言ってんだ! いいんだよ、今日は俺への感謝を伝えるためにパーティーまで開いてくれてるんだから、全力で楽しむのが礼儀ってもんだ」

 

 ポツリと呟いたアクアの言葉に図星を突かれ、強めに否定する。

 そう、これはいわゆる威力偵察ってやつだ。

 こいつらが俺への感謝を伝えたいなんていう嘘のためにどこまでやるつもりなのか確かめているのであって、セクハラではない。

 

「他には何かありませんか、ご主人様」

 

 恥ずかしそうにしながらもメイドになりきったダクネスが、微笑みを浮かべてそんな事を言ってくる。

 ダクネスはいい加減に拒否してくれないと本当にヤバいと思う。

 

「じゃあ胸を触らせてくれ」

「……! ……あ、ああ、構わない」

「ほらやっぱりダメなんじゃねーか! これに懲りたら軽々しく男の望みを今なんて?」

 

 断られるつもりで言った俺の提案に、顔を真っ赤にしたダクネスがこちらに胸を突きだすかのように身を反らし。

 

「……だから、触っても構わないと言ったんだ。そ、その……、好きなだけ揉んでくれ」

「!!!!????」

 

 なんだコレ。

 いつも腕力にものを言わせているあのダクネスが、妙にしおらしくて色っぽいんですけど。

 さ、さすがに冗談だろ? 本当に揉もうとしたら指をポキッてされるんだろ?

 

「お、おおお、お前、いいのかよ? アレだぞ、いくらエイプリルフールだからって、俺の指を折るのはシャレになってないからな? 越えちゃいけないラインってやつを考えろよ?」

 

 そんな俺の言葉に。

 ダクネスは両腕を後ろに回し目を閉じた。

 

「……!?」

「わ、私だって恥ずかしいんだ。触るなら早く触ってくれ……」

「エロネス! やっぱりお前はエロネスだ!」

 

 本当に、越えちゃいけないラインってやつを考えてほしい。

 

「ああ、そうだとも。私はエロい。お前に触られる事をいつも期待しているくらいエロい。だから、早く……」

「い、いいんだな? 本当にいいんだな?」

 

 俺がダクネスの胸に手を伸ばしたその時――!

 

「いいわけないでしょう! 人に料理を作らせておいて、あなた達は何をイチャコラしているんですか!」

 

 台所から戻ってきためぐみんが声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「知ってたよ! どうせこんな事だろうと思ってたよ! ああ、まったく期待なんかしてなかったね! お前らどうにかして示し合わせてたんだろ!」

 

 手にしていた料理の皿をテーブルに置くと、めぐみんが呆れたように。

 

「そんな事してませんよ。何があったのかは知りませんが、大体想像はつきます。エイプリルフールだろうがなんだろうが、カズマとダクネスがイチャコラをするのを私が見逃すはずないでしょう」

「ちちち、ちがー! これはそういうのじゃなくて、俺への感謝を伝えるなんていう嘘のためにお前らがどこまでやるのか確かめてやろうと……!」

「まだ疑っているんですか? 私達は本当に日頃の感謝を伝えたいのであって、騙すつもりはないと言っているではないですか。まあ、そういうところもカズマらしいですが」

 

 料理を取り分けながら苦笑するめぐみん。

 クソ、やっぱり手玉に取られている気がする……!

 俺に胸を触らせようとしているところをめぐみんに目撃されたダクネスは、ちょっと顔を赤くしながらも。

 

「……あ、すまないめぐみん。カズマは私達が料理に良からぬものを入れるのではないかと疑っていてな。誰かが口にした料理しか食べないと言うんだ。先に私が食べてもいいか?」

「それでカズマが納得するなら構いませんよ」

 

 いつもなら仲間を疑うのかと怒りだしそうな事を言っているのに、めぐみんはあっさりうなずいた。

 ダクネスが料理を口にするが、やはりおかしな味はしないらしい。

 

「ほら、カズマ。おかしなものは入っていないだろう? 美味しい料理だ。好きなだけ食べてくれ」

 

 ……どうしよう、心が痛い。

 俺は間違っているのか?

 エイプリルフールなんかに惑わされないで、こいつらを信じるべきなのか?

 と、ダクネスとは反対側の隣にめぐみんが腰を下ろし。

 

「ダクネスの胸を触りたかったんですか? そんなに触りたいのなら、私の胸を触ってもいいですよ。ダクネスに比べると物足りないかもしれませんが……」

 

 両目を恥ずかしそうに赤く輝かせながら、そんな事を……。

 …………。

 

「い、いや、ちょっと待て。お前らどうしちまったんだよ? どうして今日はそんなに積極的なんだ? 嘘なんだよな? 触ろうとして手を伸ばしたら、指をポキッてやられるんだよな? 力のステータスではお前にもダクネスにも勝てないからな……」

「どうしてと言われても。……触りたいんですか? 触りたくないんですか?」

「そりゃ、俺は紳士だからな。触りたいか触りたくないかで言えば触りたいけど、がっつくような事はしないよ」

 

 そうだ、俺にはサキュバスのお姉さんという心強い味方がいる。

 彼女達の事を思えば、ちょっとくらいエロい誘惑にも耐えられる。

 これまでせっかくのパーティーを心から楽しめなくても耐えていたのに、今さら隙を見せるわけには……。

 

「いいんですよ。今日だけは何も考えないで、やりたい事をやればいいんです。私もダクネスも怒りませんから」

 

 めぐみんは誘うように微笑みながら、胸を見せつけるかのように前屈みに……!

 

 ――と、そんな時。

 

「ねえー、私もそれ食べたいんですけど! 私のお世話もしてほしいんですけど!」

 

 ダクネスに小言を言われ手酌で飲んでいたアクアが声を上げた。

 

「私を仲間外れにして三人だけでイチャコラするのはどうなんですかー。……べ、別に私はカズマさんの事なんてなんとも思ってないけどね。でも私達は苦楽をともにし、ついには魔王を討伐したパーティーの仲間でしょう? パーティーの要である私を仲間外れにするのはどうかと思うの」

「いや、お前は酒飲んでりゃ満足なんだろ? ひとりで飲み食いしてればいいじゃないか」

「なんでよー! めぐみんとダクネスにチヤホヤされたからって調子に乗るんじゃないわよ浮かれニート!」

 

 あかん。

 アクアがいるとエロい雰囲気になるわけがない。

 ……いや、これは助かったと思うところなのか?

 

「二人とも、カズマさんがなんだか変な顔をしているから心配なんでしょう? まったく! カズマさんはまったく! 仕方ないわね、私のとっておきの必殺芸を見せてあげるから元気を出しなさいな。さあお立ち会い! このいつもの広間に、なんと! 皆大好き初心者殺しが登場しますよ!」

「「「ちょ!?」」」

 

 バカな事を言いだしたアクアを、俺達は同時に立ちあがり制止した。

 

 

 *****

 

 

 ――深夜。

 一日中続いた宴会もようやく落ち着きを見せ、広間はいつも通りに戻っていた。

 酔いつぶれたアクアがソファーによだれを垂らして眠っている。

 宴会はもう終わりといったところだが……。

 

「な、なあ、その……。さっきの話だけど」

「なんの話だ?」

 

 興奮を抑えた俺の言葉に、酒ではなくお茶を淹れていたダクネスが首を傾げる。

 相変わらずメイド服姿のダクネスは、酒で目が潤み、白い肌が赤く色づいていて…………すごく……エロいです……。

 

「だ、だから、……胸を触ってもいいって言ってた件なんですが。あれって……」

 

 邪魔をしてきそうなアクアは寝ているし、めぐみんは台所で宴会の片づけをしている。

 いつもなら間違いなく怒りだすであろう事を言いだした俺に、ダクネスが穏やかな微笑みを浮かべ。

 

「まったく……。仕方のない奴だな」

 

 そう言って俺の方へと身を乗りだし……!

 

「そこまでですよ。時間切れです」

 

 俺の手がダクネスの胸に触れる直前、静かな広間にそんな声が響いた。

 皿洗いを終えて台所から戻ってきためぐみんが。

 

「日付が変わったので、胸に触ってもいいという話はナシです」

「……は?」

「なんというか、お前らしいというか……」

 

 ダクネスが苦笑しながら身を引く。

 

 …………えっ?

 

「はあああああー!? 散々引っ張ってこんなオチかよ! やっぱり嘘だったんじゃねーか! 知ってたよ! 別に俺は期待なんかしてなかったよ!」

「嘘というわけではなかったのだが……。期待してくれなかったのか?」

「べべべ、別に期待してねーし! ただお前らが嘘つくためにどこまでやるのかって思っただけだよ! それで、結局これってどういう事だったんだ? もうエイプリルフールは終わったんだし、そろそろネタバレしてくれてもいいだろ」

 

 俺の言葉に、めぐみんとダクネスは顔を見合わせ。

 

「私達は何も嘘は言っていないぞ。今日は本当に、いつも世話になっているカズマを労おうと思っただけだ」

「ダクネスと一緒に去年の仕返しを考えていたんですが、カズマも警戒しているでしょうし、騙すのは難しいという結論になりまして。……それで、もう普通に過ごす事にしたんですよ。その方がカズマには効果的だろうと。どうでしたか? 今日は普通の宴会でしたが、カズマは素直に楽しめましたか?」

 

 イタズラっぽい微笑みを浮かべながら、口々にそんな事を言ってくる。

 ……つまり、エイプリルフールなのに普通にパーティーをやる事で、俺が勝手に二人を疑って空回りさせるように仕向けたと……?

 

「まあ、私はともかくダクネスは素直ではありませんからね。嘘をついてもいい日だから、カズマにお礼を言ったりチヤホヤしたりできたんですよ」

「そ、それは……。私は日頃から、けっこうカズマへの感謝を示していると思うぞ」

 

 確かに、今日の俺は騙されないようにずっと警戒していて、せっかくのパーティーも素直に楽しむ事ができなかった。

 アクアはどうだか分からないが、この二人が珍しく労ってくれていたのに……!

 なんの問題も起こらなかった、楽しい宴会だったのに!

 

 ……というか…………。

 胸を触ってもいいというのも嘘じゃなかった……と……?

 

「畜生! 分かったよ、今年は俺の負けだよ!」

 

 敗北宣言する俺に、二人がクスクスと笑う。

 

「まあ、今日はエイプリルフールですからね、どこまでが本音でどこまでが嘘だったかは分かりませんよ?」

「そうだな。いくらなんでも、お前に触られるのをいつも期待しているなどというのが本音のはずはないからな」

 

 と、二人が笑いながら言った、そんな時。

 

 ――チリーン。

 

 俺の椅子の下から鈴が鳴るような音がした。

 

「「…………」」

 

 二人が無言のまま俺を見てくる。

 

「ええと……、ほら、今日ってエイプリルフールだろ? お前らが去年の仕返しをしてくるだろうと思って、嘘をつくとチンチン鳴る魔道具を借りてきてたんだけど……」

 

 魔道具を取りだしながらの俺の言葉に、二人が真っ赤になった顔を両手で覆った。

 

 

 *****

 

 

「――しょうがないじゃん! お前らが俺の事を騙そうとしてくると思ってたんだからしょうがないじゃん!」

「我が左腕に頼んで記憶を失うポーションを手に入れてきてもらいましょう」

「こんな事でアイリス様の手を煩わせるわけには……! この際頭に強い衝撃を与えるというのはどうだ?」

「お前らふざけんなよ! 大体、お前らが変なサプライズを考えるからこんな事になったんだろうが! それで逆ギレするってどうなんだ? ……よし分かった。掛かってこいよ! でも俺にはドレインタッチってスキルがある事を忘れるな。勝負するって言うならどこに触っちまってもセクハラじゃないからな? そんなに触ってほしいならめちゃくちゃ揉みしだいてやるよこのエロネスが!」

「この男、ぶっ殺してやる!」

 

 ――俺がいきり立った二人に立ち向かう中。

 

「……プークスクス! 三人ともそんなに慌てなくてもいいのに! 初心者殺しを出すなんて無理に決まってるんですけど! ……エイプリルフールの嘘なのでした! プークスクス。クスクスクス……」

 

 ソファーの上のアクアが、寝言を漏らしながら寝返りを打ったが誰も気づかなかった。

 


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