時系列は、11巻1章。
――ある日の夜遅く。
王城に用意された俺の部屋に、俺はクレアと二人きりでいた。
クレアが恥ずかしそうに、俺の方をチラチラと見ながら。
「はあ……はあ……。す、すまない。私はこういった事は初めてで……。その……、今まで誰にも見せた事なんてなかったんだ。……変じゃないだろうか?」
「変なわけないだろ。そ、その……、すごく……可愛いと思う」
俺の言葉にクレアは照れながらも微笑み。
「そ、そうか。では次はカズマ殿の番だぞ。ほら、そちらも……出してくれ……」
「お、おう……。って言われても……俺に出せるのは……」
俺が出せるものをポロっと出すと、クレアは顔を真っ赤にし目に涙まで浮かべて。
「もうそんなに大きく……! ああ、そんな……、そんな……!」
「目を逸らさずに……ちゃんと見ろよ! これから……大きくなる…………に……入っていくんだぞ!」
「やめてくれえ! そんな事になったら私は死んでしまう!」
「お前も辛いかもしれないけど、でも…………、……大好きなんだよ!」
「……ッ! もう私の事などどうにでもしてくれ……!」
――と、そんな時。
部屋のドアが外から開かれ、アイリスが踏みこんできた。
「そ、そこまでです! 二人きりで何をやっているんですか!」
*****
――アイリスの護衛任務をやり遂げた俺達は、このところ王城で優雅な生活を送っている。
俺達の功績がようやく正当に評価され、自堕落な生活を送っていても以前のように文句を言われる事も追いだされるような事もない。
優雅な王城暮らしを送っていたある日の事。
めぐみんの爆裂散歩にアイリスとともに付き合った俺は、王城に戻るとクレアに呼び止められた。
「カズマ殿、少しいいだろうか? そ、その、もし良ければ今夜も……」
「おっ、またか。しょうがねえなあー」
コソッと耳打ちしてきたクレアにうなずくと、クレアは嬉しそうに微笑む。
「では、また後で」
どこかウキウキした足取りで去っていくクレアの背中を見ながら、アイリスが少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべて。
「あの、クレアはお兄様のタイプの女性なのですよね? さっきはクレアと何を話していたんですか?」
おっと、可愛い妹の嫉妬かな?
モテる兄は辛いな。
「アイリスが心配するような事は何もないから安心してくれ。ただ今夜あいつが俺の部屋に来て、夜通し話をするってだけだ」
「お、お兄様の部屋にクレアが!? 夜通しお話を! お頭様、お兄様がこんな事を……!」
アイリスが俺におんぶされているめぐみんに声を掛けるも。
「……寝てるな」
爆裂魔法を使って疲れたのか、めぐみんは俺の背中で眠っていて。
「俺はこいつを部屋に置いてくるけど、アイリスはどうする? 俺と一緒に訓練場にでも行って、俺の事を『けっこう負けるクセに教えたがりな変な客人』呼ばわりした兵士達に目にもの見せてやらないか?」
「いえ、私は……。あの、お城の兵士を虐げるような真似は控えてほしいのですが……。と、とにかく私は部屋に戻りますね。夜に備えてお昼寝をしようと思います」
名残惜しそうにしながらも、アイリスは自分の部屋へと戻っていった。
……夜に備えて?
*****
――その夜。
王城に用意された俺の部屋に、俺はクレアと二人きりでいた。
クレアが恥ずかしそうに、俺の方をチラチラと見ながら。
「はあ……はあ……。す、すまない。私はこういった事は初めてで……。その……、今まで誰にも見せた事なんてなかったんだ。……変じゃないだろうか?」
「変なわけないだろ。可愛いアイリスを写真に残しておきたいと思うのは自然な感情だ。そ、その……、小さい時のアイリスもすごく可愛いと思う」
そう、それはクレアが作ったというアルバム。
華美な装飾が施された表紙をめくると、そこには幼いアイリスが少しずつ成長していく過程が数々の写真で記されている。
写真機は高価なものらしいから、これだけのアルバムとなると……。
……いや、掛けた金額がどうのなんていうのは野暮な話か。
俺の言葉にクレアは照れながらも微笑み。
「そ、そうか。では次はカズマ殿の番だぞ。ほら、そちらも可愛らしいアイリス様の話を何か出してくれ」
「お、おう……。って言われても、お前ほどアイリスとの付き合いが長いわけじゃないし、俺に出せるのはエルロードに行ってた時の話くらいだぞ?」
「構わない。いや、もっと話してくれ。……そうだな、ドラゴンと戦った時の話など……」
「またかよ! その話なら何度もしただろ! 一撃だったよ!」
「……ッ! さすがはアイリス様! アイリス様は何か大きな事を成し遂げる方だと、私はずっと思っていました……!」
拳を握り、くう……! と何か込みあげてくるものを堪えるように目に涙まで浮かべるクレアに。
「そ、そんなにか……。いや、ちょっと待ってくれ。こんなんでそこまで感動するんなら、最初からちゃんと話した方がいいかもしれん。長くなるけどいいか?」
「なんと……! まだ話していない事があったのですか? アイリス様の話ならどれだけ長くなっても構いませんよ!」
「よし分かった。……そうだな、エルロードでは最初、ベルゼルグへの援助を打ちきろうとしていたって話はしたよな? 俺達もいろいろとやったんだけど失敗して……。それで、キレたアイリスが聖剣持って向こうの王城に殴りこみを掛けたんだ。……出てくる衛兵を薙ぎ倒しながら王子のもとまで辿り着くとアイリスはこう言った。『この国において、最も大きな被害を与え、最も強大なモンスターを教えてください。このベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスが、必ずや退治してみせます』ってな」
俺が語るアイリスの武勇伝に、クレアは顔を真っ赤にし目に涙まで浮かべて。
「あ、ああ、あの小さく可愛らしかったアイリス様が、もうそんなに大きく成長されて……! ああ、そんな……、そんな……! くっ、成長されたアイリス様を誇らしく思う気持ちもあるが、しかし……アイリス様にはいつまでも小さなお姿のままで、クレア大好きと言っていてほしい……」
「目を逸らさずにアイリスの成長をちゃんと見ろよ! これからもっと大きくなると、きっとアイリスは反抗期に入っていくんだぞ! そしたらクレアの事なんか嫌いとか言うようになるんだ!」
「やめてくれえ! そんな事になったら私は死んでしまう!」
「お前も辛いかもしれないけど、でもそれはお前の事を信頼しているからこそなんだ。何を言っても嫌われないって思っているから、お前の事を嫌いだなんて言えるんだ。心の底ではお前の事が大好きなんだよ。……どうだ? 表面的にはすごくツンツンしてるけど実は内面はデレデレなアイリスって可愛くないか?」
「……ッ! そうだな、それはもう私の事などどうにでもしてくれという気になってくるな」
――と、そんな時。
部屋のドアが外から開かれ、アイリスが踏みこんできた。
「そ、そこまでです! 二人きりで何をやっているんですか!」
そんなアイリスに気づかず、俺達はピーマンを食べる時のアイリスの話でヒートアップしていて。
「分かる! 分かるぞ! エルロードへの旅の間にもピーマンを食べる機会があったんだが、その時もアイリスはすごく嫌そうな顔をして食べていて……。でも俺が見てるって気づくと、全然食べられますよっていう顔をするんだ!」
「ほう……! それはカズマ殿に子供扱いされたくないからと無理をされていたのでしょう! 私やレインの前では、気を許してくださっているのか今でもピーマンはこっそり横に除けていますね! ただ料理人に申し訳ないと思っていらっしゃるようで、その時の困った顔と言ったらたまりませんよ!」
「なんだよそれ! お前ばっかりズルい!」
「何を言いますか! カズマ殿だってアイリス様が頑張ってピーマンを食べた時の食べられますよという顔を見ているではないですか! 私だってちょっとお姉さんぶったアイリス様を見たい! あなたこそズルい!」
「……いや、こんな事で俺達が争うのはバカげているよ。アイリスは頑張ってピーマンを食べている時も可愛いし、食べたくなくて横に除けている時も可愛い。それだけの話だろう?」
「……そうだったな。すまない、熱くなってしまったようだ」
「いいって事さ。お前もそれだけアイリスの事が好きなんだろ? もっと俺が知らないアイリスの話を聞かせてくれよ」
話を続けようとする俺達に。
「二人でなんの話をしているのかと思ったら……! なんなんですか! もう! もう!」
恥ずかしそうに顔を赤くしたアイリスが声を上げた。
*****
「まったく! 二人して何をしているんですか!」
俺とクレアの間に割りこむように座ったアイリスが、そんな事を言う。
「しょうがないだろ、兄としてアイリスの事はなんでも知っておきたいんだよ」
「すいませんアイリス様。私もこれほど話が合う相手は他にいなかったので……。それに、アイリス様が幽霊の噂を聞いて眠れなくなった話や、勇者のおとぎ話に憧れて城の宝物庫から聖剣を持ちだした話はしていませんのでご安心を」
「何それ詳しく」
「お兄様!? や、やめてください! その話は本当にダメです!」
よほど恥ずかしい話なのか、クレアの袖を掴み止めようとするアイリス。
そんなアイリスに幸せそうな表情を浮かべたクレアが、
「よしクレア、交換条件だ。その話を聞かせてくれるなら、エルロードへの道中でアイリスと餃子を作った話をしてやろう」
やっぱりやめようと言う前に俺は言った。
「ダメです! ダメです! 怒りますよ!」
アイリスが可愛らしく怒る中、クレアはさっきまでの幸せな表情をかなぐり捨て。
「アイリス様と料理だと? 食べたのか? 貴様アイリス様の手作り餃子を食べたのか!」
「すまんね。アイリスの初めての料理は俺がいただいちまった。……おい待て! 剣を抜こうとするのはやめろよ! 食ったのは俺だけじゃなくて仲間もだぞ! というか、ついさっき俺達が争うのはバカげてるって言ったばかりじゃないか!」
「す、すまない。あまりにも羨ましくて我を忘れたようだ。旅の間とはいえ王族に料理をさせるなど言語道断だと言いたいところだが……。しかし、そうか……。あの小さかったアイリス様が料理を……、…………」
慈しむような目をアイリスへと向けながら、クレアがそっと目頭を押さえる。
「ク、クレア……、あまり小さかった頃の事を言われるのは恥ずかしいのだけれど」
そんなクレアに苦笑しながらも、アイリスは少しだけ嬉しそうにはにかんでいて……。
「アイリスの作った餃子は美味かったな。アイリスがどんな変わり種餃子を作ったか知りたくないか?」
「変わり種! 初めてだというのに変わり種餃子だと……?」
ちょっといい雰囲気の中に俺がぶっこむと、クレアが即座に食いついてくる。
「……あれはアイリス様が今よりも幼かった頃の事だ。城内に幽霊が出るとの噂が広まってな。城の者の中には怯えて仕事にならないなどと言いだす者まで出て、当時はちょっとした騒動になったのだ」
「ほうほう」
「その幽霊の噂が、どこからかアイリス様のお耳に入ってしまってな……。怯えるといけないからと私達は知られぬようにしていたのだが……。しかしアイリス様は、怯えるどころかもしも幽霊がいるのなら自分が退治すると言われたんだ! 城の者が怯えているのだから王族である自分がなんとかしなければと! その頃からアイリス様は王族としての責務をこなそうとされていた……!」
「お、おお……!」
俺の妹かっこいい!
本人はやめてやめてと言いながら両手で顔を覆っているが。
「それで、幽霊は夜に出るものだからと、アイリス様は幽霊を退治したがり興奮して眠れなくなってしまってな。……いや、あの時は世話係を始め私達は大変だった」
大変だったと言いながら、クレアは当時の事を嬉しそうに話す。
恥ずかしがったアイリスが、そんなクレアの肩を掴んでガクガクと揺さぶって。
「や、やめて! 子供の頃の事じゃない! やめなさいクレア! 王女の命令です!」
「もう大丈夫ですよアイリス様。カズマ殿も満足したでしょう。……さあ、私は話したぞ! 次はあなたの番だ、アイリス様が餃子を作ったという話を聞かせてくれ!」
揺さぶられているのにもかかわらずクレアが言うが……。
「お、おう……。それはいいけど、お前本当に大丈夫か? なんか顔の残像が生まれてる勢いなんだが。そんなんで本当に俺の声が聞こえているか?」
「ととと、当然だ。アアアイリス様の話であれば魂で聞き届けてみせるとも! アイリス様、もうちょっと手加減していたたただくわけには行きませんか? だ、だんだんと気持ち悪くなってきて……、…………」
残像のせいでたくさんあるように見えるクレアの顔が青くなっている。
「いや、ダメだろ。おいアイリス、揺さぶるのはやめてやれ。そいつ弱いくせにちょっと酒飲んでるから、下手に揺さぶると吐く事になるぞ」
俺の忠告に、アイリスは安全なクレアの背後に回ると。
「だったらお兄様こそ私の話をするのはやめてください! クレアが何かを吐く事があれば、ベッドが汚れて困るのはお兄様ですよ!」
「アアア、アイリス様! カズマ殿に影響を受けるのはどうかと思……! ……ッ!」
アイリスの頭脳プレイに、クレアが揺さぶられながら注意をしようとし、込みあげるものがあったらしく両手で口を塞ぐ。
「おいマジかよ! 我慢しろよクレア! もしも俺のベッドが汚れる事になったら、今晩はお前の部屋で寝るからな!」
「!!!!????」
吐きそうなクレアを脅す俺に、アイリスは驚愕の表情を浮かべ。
「ダ、ダメですよお兄様! クレアの部屋に行って何をするつもりですか!」
「何って言われても……」
寝るだけですけど。
「まあ、アイリスがクレアをこのまま揺さぶるのをやめてくれるなら、そんな事にはならずに済むんだけどな」
俺の言葉に驚いたアイリスはクレアを揺さぶるのをやめていて。
アイリスの手から解放されたクレアは、せめてベッドだけは汚すまいという気遣いなのかヨロヨロと部屋の隅へ行くとうずくまり……。
「いや、何をやり遂げた顔をしてんだよ? 言っとくけどベッドを汚さなくても、俺は臭い部屋で寝るなんてごめんだからな。お前が吐いたら俺はお前の部屋に行くけど文句は言わせないぞ」
「ダメですダメです! クレア、頑張って……!」
原因を作ったアイリスに励まされ、クレアが両手で口を押えたまま穏やかに目元を緩める。
……何もかも諦めた表情にも見えて怖いが……。
「ふう……。ありがとうございますアイリス様、お陰で落ち着きました。カズマ殿、いくら私とあなたの仲とは言え、私にも有力貴族の娘としての立場がある。あなたを私の部屋で寝かせるわけには行きませんよ」
無事に口から手を離したクレアが、ひと息つくとそんな事を言ってくる。
「わ、私とあなたの仲! 二人はどういう仲なんですか! まさか、クレアまでララティーナのように……」
そんなクレアの言葉にアイリスが声を上げ。
「ち、違います! 私とカズマ殿は、ともにアイリス様を敬愛する同志なのです! こうして毎晩のようにアイリス様が幼かった頃の話をしたり、アイリス様がいかに可愛らしいかを熱く語り合ったり……。まあそういった仲ですね。アイリス様が思っているような事はまったくありませんのでご安心ください」
「ク、クレア? 全然安心できないのだけれど……。というか、毎晩こんな事をやっていたんですか? その、さっきのような話を……?」
恐る恐るといった感じに問いかけるアイリスに、俺とクレアは同時にうなずいた。
「……ッ! ダ、ダメです! そういうのは禁止です! 王女の命令です!」
「そ、そんな……! アイリス様、お考え直しください!」
よほど恥ずかしいのか、珍しく強権を振るおうとするアイリスに俺は。
「お断りします」
「「えっ」」
キッパリと拒否の言葉を告げる俺に二人が声を上げる。
「お兄様!? どうしてですか!」
「カ、カズマ殿? その、さすがに王族の命令に逆らうのは……」
「だって俺はアイリスの話をまだまだ聞きたいからな。アイリスは俺の昔の話をいろいろと聞いたのに、俺がアイリスの話を聞くのはダメってのは不公平だと思う。それともベルゼルグ王国のドラゴンスレイヤーは、権力を笠に着て横暴な事を言いだすような、そんな残念な人なんですかねえ?」
「……ッ!」
痛いところを突かれたのかアイリスが言葉に詰まる中。
「貴様、アイリス様を残念扱いするとは! そこへ直れ、叩き斬ってやる……!」
アイリスを悪く言われた事に激高し、クレアがふらつきながらも立ちあがる。
「いや、なんでお前がキレるんだよ。お前だってもっとアイリスの話をしたいだろ? こんな中途半端なところで止められちまっていいのかよ?」
「そ、それは……。しかし……」
アイリスの話を続けたい気持ちはあるらしく、クレアはアイリスをチラチラと見ながら言葉を濁す。
と、アイリスがハッと何かを思いついたように表情を明るくし。
「お、お兄様! 私はお兄様の話を聞いたのですから、お兄様に私の話をされても文句は言いません。でもそれなら、私だってクレアの話を聞かせてもらってもいいはずです! クレアは
私に小さい頃の話を聞かれてもいいの?」
クレアが恥ずかしがるだろうと思って言ったのだろう、アイリスのそんな言葉に。
「もちろんです! アイリス様に私の話を聞いていただけるなんて光栄です!」
クレアが満面の笑みを浮かべそう言った。
*****
――翌朝。
いつものように早起きした俺は、ベッドの上での優雅な朝食を終えて。
今日はアイリスが顔を見せに来なかったなと思いながら廊下に出ると……。
頬を膨らませたアイリスが俺の前を速足で素通りしていった。
そんなアイリスの後を、クレアが泣きそうな表情で追いかけながら。
「待ってくださいアイリス様! 昨夜の事は謝ります! カズマ殿との会談は週に……す、数日に一度にしますから……!」
クレアの言葉にアイリスが足を止めると。
「わ、私……、私、クレアの事なんて嫌いです……!」
そんな事を口走った。
「……ッ!?」
突然倒れたクレアを俺は抱きとめる。
「クレア!? おい、しっかりしろ! 大丈夫だ! ほら、昨夜言っただろ! アレは反抗期的なアレであって本気じゃないはずだ! お前の事を好きだからこそツンツンしてるんだよ!」
俺の必死の訴えにクレアが薄っすらと目を開けると。
「は、はあはあ……。ありがとうございますカズマ殿。お陰様で致命傷で済みました」
「アクアー! こいつにヒール掛けてやってくれ!」
さすがにそこまでの反応をするとは思っていなかったのか、倒れたクレアを見たアイリスがオロオロしていた。