時系列は、本編開始前。バニル視点です。
――ある日の事。
人類に敵対する魔王軍の本拠地、魔王の城。
その禍々しい城の廊下を、魔王軍幹部のひとりにして、邪神レジーナの信徒でもあるセレスディナが歩いていた。
神官服のような白いローブを身に着け、見た目だけなら美人プリーストといった感じだが、顔に浮かべているのは能面のような無表情。
そんなセレナの進む先から、数名のモンスターが歩いてきて。
舌打ちをしたセレナが壁際に立ちモンスター達に道を譲るも……。
「おっと、幹部のセレスディナさんじゃないですか! 幹部のくせにまともに魔法も使えないセレスディナさん!」
「自称レジーナ教徒のセレスディナさん、ちーッス」
モンスター達は、幹部であるにもかかわらず信仰する邪神が封印され、力のほとんどを使えなくなったセレスディナに因縁を付ける。
「うるせえよ。行くならとっとと行けばいいだろ」
そんなモンスター達を、セレスディナはつまらなそうにあしらおうとして。
「力を失ったっていうのにデカい口叩くじゃねえか? 俺がその気になれば今のお前くらい簡単に……」
「おう、人間が幹部だなんて前々から不満だったんだ。やっちまえ! やっちまえ!」
「大体レジーナなんて邪神、本当にいるのかねえ?」
セレスディナの言葉に反感を持ったモンスター達が、ニヤニヤと笑いながらにじり寄る。
追い詰められたセレスディナは、清楚な笑みを浮かべると。
「……へえ? いいのかお前ら。レジーナ様は復讐と傀儡を司る邪神だ。あたしになんかするつもりなら、レジーナ様の封印が解かれた暁にはきっちり復讐してやるから覚悟しろよ? それとも、魔王に無断で幹部であるあたしを始末するか? いいぜ、やってみろよ? 今のあたしじゃあ大した抵抗もできないってのは事実だ。だが貴重な幹部を無断で始末したお前らを魔王は許すかな? 結界の維持にも影響が出るだろうしな? ほら、試してみたいってんならやってみろよ。……そもそもあたしの担当は謀略と諜報なんだ。戦闘能力がなくたって十分に貢献しているんだぜ?」
表情とは裏腹に乱暴な口調で言いながら、逆にモンスター達に詰め寄っていく。
セレスディナを追い詰めていたはずのモンスター達が、その言葉に圧倒されたようにじりじりと後退りして……。
「ま、待ってくれ! 俺達が悪かった! だから魔王様には言わないでくれ!」
「ちょっとからかっただけなんだ! 許してくれ!」
口々に情けない事を言いながらモンスター達が逃げだした。
ひとり残されたセレスディナは、壁に背を預けるとキセルと煙草を取りだし。
「……ちっ」
煙草を詰めたキセルに火を点けて咥えると、舌打ちとともに紫煙を吐きだす。
下っ端相手とはいえ、自分の命を天秤に掛けての脅迫は気疲れしたらしく、セレスディナはしばらく俯いていて……。
そんなセレスディナの耳に。
(セレスディナ……、セレスディナ……。私の声が聞こえますか?)
俯いていたセレスディナがハッとした表情を浮かべ顔を上げる。
(敬虔なる信徒、セレスディナよ。今、あなたの心に直接語りかけています)
「レジーナ様!? 封印が解かれたんですか!」
(いいえ、我輩です)
「!?」
種明かしをした我輩は、驚愕するセレスディナの前にニョキニョキと体を生やし。
「邪神レジーナだと思ったか? 残念! 我輩でした! おっとこれはなかなかの悪感情、美味である美味である」
「て、てめえ……。バニルか! やっていい事と悪い事ってあるだろ! 邪神の名を騙るとか罰が当たるぞ!」
「悪魔である我輩にそんな事を言われても」
我輩の言葉にセレスディナが舌打ちする。
と、そんな時。
廊下を通りかかったウィズが。
「こんにちは、こんなところでどうしたんですかバニルさん。あっ、セレスディナさん! 戻っていたんですか? セレスディナさんは情報収集と言ってなかなかこの城に戻ってこないので、こうして会うのは久しぶりですねえ」
「……あたしは結界の維持だけやってりゃいいあんたらと違って忙しいんでね。というか、ちょっと待て。それはなんだ? 何を抱えていやがる」
忌々しそうに答えたセレスディナが、ウィズが抱えているものを指さし問いかける。
ウィズは穏やかに微笑みながら。
「これですか? これはこのお城に放置されていた魔道具です。実は私、ここを出たら魔道具店を開く予定なんです。その練習をしようと思いまして」
ウィズが抱えているのは両手いっぱいの魔道具の山。
それも、どれひとつとして価値の低いものはない、一流の魔道具ばかりである。
「それ、放置されてたんじゃなくて保管されてた魔道具だろ。宝物庫の中身を勝手に持ち出すのはやめろって、魔王の奴に何度も言われてただろうが」
「違いますよ。こないだ宝物庫の魔道具を売ったら魔王さんに叱られたので、今回は別のところから持ってきたんです。埃っぽい物置みたいなところでしたから、きっと誰も使わないで忘れられていた魔道具に違いありません」
「あんたが宝物庫の警備システムをすり抜けて魔道具を持っていくから、普段は使っていない倉庫に魔道具を移すっつってたぞ」
「…………」
セレスディナの指摘に、ウィズが黙って自分が抱える魔道具を見下ろす。
「……うむうむ、そのガッカリの悪感情美味である。それと、魔王の血管が切れてポックリ行くやもしれぬので、知らなかった振りをして売るのはやめておくが吉」
我輩が忠告するとウィズは。
「し、しませんよそんな事! これはきちんと魔王さんに返しに行ってきます。……セレスディナさんも一緒に魔王さんのところに行きませんか? 戻ってきたばかりなら報告する事がありますよね」
ウィズと並んで歩きだしながら、セレスディナは少し考え。
「まあそうだけど、別に急ぎの報告もないしな。ウィズの用件が済んだ後にしとくよ」
「そんな事言わずに一緒に行きましょうよ。その後でお茶を飲みませんか? 私はリッチーになったばかりでこの城の方々と話が合わないんですよ」
「あたしもさっきからあんたとは話がかみ合っていない気がするけどね」
「ひどいですよセレスディナさん。同じ元人間同士、仲良くしてくれてもいいじゃないですか」
「あたしはあんたと違って今でも人間だ」
「そうだったんですか? でも、私だって心は人間のつもりです」
「いやふざけんな、心は人間ってどういうこった。あたしらは魔王軍だろうが」
話を続けながら並んで歩いていく二人の後ろに、我輩は黙ってついていき……。
――いい歳して老人にマジギレされ平謝りするウィズから、羞恥の悪感情をいただくのだった。
*****
――ある日の事。
セレスディナが魔王城の廊下を歩いていると、その先には壁に背を預けあぐらをかく我輩の姿があった。
「これはこれは。本日も機嫌がよろしくないようであるな、信仰する神を失いプリーストだかなんだか分からなくなった何者かよ」
「あたしの機嫌が悪いのはお前の顔を見たからだよ。お前がここにいるって事は、どうせこれからここでロクでもない事でも起こるんだろ?」
我輩の顔を見たセレスディナが舌打ちし、そんな事を言ってくる。
「我輩を疫病神か何かのように言うのはやめてもらいたい。我輩がここにいるのは、もちろん美味しい悪感情をいただくためである」
「やっぱりロクでもない事が起こるんじゃないか。あたしはもう行かせてもらうよ。巻きこまれるのはまっぴらだからね」
セレスディナがそう言って立ち去ろうとした時。
「――誰かそいつを止めてちょうだい!」
セレスディナがやってきた方向から、小柄なモンスターと、そのモンスターを追いかけてくる女が。
女の名はシルビア。
魔王軍幹部のひとりであり、強化モンスター開発局局長にして、自らの体に合成と改造を繰り返してきたグロウキメラだ。
そんなシルビアが追いかけてきたのは……。
「なんだこいつ? コボルトじゃねえか」
そう、雑魚モンスターとして知られるコボルトだった。
気が弱く警戒心が強いコボルトは、セレスディナからやや離れた位置で足を止める。
「そうよ、その子は我が強化モンスター開発局が生みだした強化コボルト! 暴走して逃げだそうとしたけれど……あ、あら? バニルもいたのね」
ニヤニヤと笑いながらセレスディナに説明していたシルビアが、我輩の姿に気づき笑みを引き攣らせる。
「我輩の事はお構いなく。見通す悪魔の名において、これから起こる事に一切関与せぬ事を誓おうではないか」
「へえ? どうしてこんなところにいるのか知らないけれど、手を出さないって言うなら構わないわ。ねえセレスディナ、魔王軍幹部のセレスディナ! 悪いんだけど、その強化コボルトを捕まえてくれないかしら?」
戦闘能力が高くない上に、今は邪神の加護すら失っているセレスディナへの明らかな嫌がらせに。
「……あ? どうしてあたしがそんな事してやらねえといけないんだ? てめえの不始末はてめえで片付けろよ。それとも強化モンスター開発局ってのは生みだしたモンスターを逃がすためにあるのか?」
すかさずセレスディナが皮肉を返すも、シルビアは笑みを浮かべていて。
「あらあら、そんな事言っていていいのかしら? ほら、その子はあなたをターゲットにするつもりみたいよ?」
「ハッ。いくらあたしの戦闘力が低いからって、コボルトごときに……」
「その子にはね、コボルトをベースに、紅魔の森に出る爆殺魔人もぐにんにんの能力を掛け合わせてみたのよ。コボルトニンジャとでも名付けようかしら。……爆発魔法を使うから気を付けてね?」
「…………は?」
ポツリと声を上げるセレスディナを指さし。
コボルトニンジャが爆発魔法の詠唱を始めた――!
「畜生! ふざけんな畜生! コボルトが爆発魔法ってどういうこった!」
「アハハハハ! 魔王軍の幹部ともあろう者が、まさかコボルトなんて雑魚モンスターにやられないわよねえ?」
「クソッタレー!」
半泣きになりながら廊下を全力で駆けるセレスディナの後ろを、コボルトニンジャを追い立てながらシルビアが続く。
コボルトニンジャは走りながらでは詠唱できないのか、セレスディナを追いかけるだけで爆発魔法を使おうとしないが……。
爆発魔法を食らえば、今の弱体化したセレスディナではひとたまりもないだろう。
「……ふぅむ。もしもこのままコボルトにやられる事があれば、奴は魔王軍幹部の中で最弱と、後世まで語り継がれる事請け合いであるな」
「てめえ、バニル! 何を一緒に走っていやがる! 悪感情が欲しくてあそこにいたんじゃないのか! ていうか、もしかしなくても悪感情を出すのってあたしか! やっぱりロクでもない事が起こったじゃねーか! 畜生、お前を見た時点で引き返しておくんだった!」
「我輩と出会った時点で汝の背後には強化モンスター開発局の開発され局長がいたので、引き返しても結果は変わらなかったぞ? それと、我輩はこの件には関与せぬので、我輩の事は空気とでも思っておくが吉」
「こんな存在感のある空気があってたまるか!」
我輩を怒鳴りつけたせいか、セレスディナは息を切らして……。
「はあ……はあ……。ク、クソ……! そもそもあたしは頭脳派なんだ……」
足を縺れさせたセレスディナが、身を隠すつもりかドアノブに手を掛けた。
そこには――!
「いらっしゃいませ! ウィズ魔道具店にようこそ!」
空き部屋を勝手に使い、魔王城の宝物庫から持ってきた魔道具を勝手に棚に並べ、ウィズが店を開いていた。
「セレスディナさん! バニルさんまで! いらっしゃいませ! 今回も素晴らしい魔道具が揃っていますよ!」
「お、お前は何をやってんだ! こないだ魔王の奴に店を開くのはやめてくれって叱られてただろうが!」
「はい! 前回は廊下でお店を開いて魔王さんに怒られてしまったので、今回は空き部屋を使ってみました!」
状況も忘れツッコミを入れるセレスディナに、ウィズが笑顔で言う。
「そういう事じゃねーだろ……!」
セレスディナがハッとした表情で背後を振り返ると、そこにはリッチーであるウィズの魔力を警戒し足を止めたコボルトニンジャが。
シルビアも忌々しそうな表情を浮かべ。
「ウィズ……!? そ、そう……。人間と元人間で仲良しこよしってわけ? 構わないわ、コボルトニンジャ! まとめてやっておしまいなさい!」
そんなシルビアの指示を受けたコボルトニンジャが、今度こそ詠唱を完成させた――!
「しまっ……!」
状況を分かっていないウィズが首を傾げる中、シルビアが高笑いし、セレスディナが廊下に身を投げだして亀のようにうずくまる。
…………。
……しかし何も起こらなかった。
「しかし魔力が足りない」
ポツリと呟いた我輩の言葉に、高笑いしていたシルビアがピタリと笑いを止める。
「……あ、あら? 爆発魔法のスキルは持っているのは確かなのに……。コボルトだから魔力が足りなくて使えないのね」
「ク、クソが……!」
逃げ回っていた相手がただの雑魚だと知ったセレスディナは両手を突いた姿勢で打ちひしがれていて。
「フハハハハハ! フワーッハッハッハ! 苦労して生みだしたモンスターが雑魚だったガッカリの悪感情、そして散々逃げ回った相手がただの雑魚だったと知った羞恥の悪感情、大変に美味である! これほどの悪感情を同時に味わえるとは……! ご馳走様です!」
「畜生! バニルの独り勝ちじゃねえか!」
毒づいたセレスディナが、ウィズの店の商品棚からメイスを手に取ると、コボルトニンジャを殴り倒した。
*****
――ウィズが魔道具店を開くと言って魔王の城を出ていき、魔王の城のあちこちで唐突に現れていた魔道具店が現れなくなって、しばらくが経った。
なんだかんだでセレスディナを害意から守っていたウィズがいなくなった事で、セレスディナへの風当たりは以前よりも強くなっていて。
――そんなある日の事。
城の居心地が悪いからか、このところ情報収集と言って人間の街へと出向く事が多かったセレスディナが、珍しく魔王の城の廊下を歩いていると。
「あっ、幹部のセレスディナさん! レジーナ様とやらの電波は受信できましたか?」
「久しぶりですね! このところ情報収集とか言って人間の街に出掛けてたみたいですが、人間を裏切ったみたいにまた魔王軍を裏切るつもりですか?」
いつかのようにモンスター達に絡まれたセレスディナは。
「ちっ。またお前らか」
忌々しそうに舌打ちすると、余裕を見せるためかキセルと煙草を取りだし、火を点けて煙をゆっくりと吸いこむ。
「城で暇してるお前らと違って、こっちは仕事して疲れてるんだよ。あたしに下らない絡み方してないで、ちったあ鍛錬でもしたらどうだ?」
「なんだと貴様!」
「おうおう、言うじゃねえか。だったら俺達の鍛錬に付き合ってもらおう! まさか断らないよな? 幹部様よお!」
「殺せば問題になるかもしれないが、殺さなけりゃいいんだろ? なに、殺しはしねえ! 殺しはな!」
紫煙を吹きかけ挑発するセレスディナを、モンスター達が取り囲む。
「おいおい、あたしの担当は謀略と諜報。お前らみたいな脳筋と違って戦闘能力は高くないんだ。でもまあ、遠慮はするなよ。幹部様と戦闘訓練がしたいんだろ? ちょうどそこに、暇を持て余しているアンデッド中年がいるじゃねーか」
「ベベベ、ベルディア様!?」
「違うのです、これは……!」
セレスディナがキセルで差した先をモンスター達が振り返ると、そこには……!
「……な、なんだ。ベルディア様などいないではないか」
「よ、良かったな。あの方に弱い者いじめの場面など見られたら、地獄の鍛錬を課されていたところだ」
誰もいなかった事に安堵し、モンスター達が呟いた時。
「……ッ!?」
モンスター達の意識が逸れた隙に離脱しようとしていたセレスディナが、廊下に落ちていた土に足を取られた。
「あっ、てめえ! 逃げようとしてたな!」
「ベルディア様の名を出して我らの動揺を誘うとは! 幹部の風上にも置けぬ卑怯者め!」
「逃がすかよ! その根性、俺達が叩き直してやろうではないか!」
モンスターがセレスディナの腕を掴むと……。
セレスディナが手にしていたキセルから、煙草がその腕に落ちた。
「熱っ!」
火の点いた煙草が腕に落ちセレスディナが顔をしかめたのと同時に。
「あっぢゃあああああ! な、なんだこれは! 貴様、何をした!」
セレスディナが火傷をする原因を作ったモンスターも、セレスディナと同じように腕に火傷の痕ができた。
その様子を呆然と見ていたセレスディナが、ポツリと。
「……レジーナ様?」
頭上を見上げながら呟く。
「今度こそ封印が解かれたのですか、レジーナ様! ……ああ、力が……! 力が戻ってくる……! 感じます、レジーナ様のお力を……! 『パワード』……!」
支援魔法を使ったセレスディナが、自分の腕を掴むモンスターの手を振り払うと。
「……それで? 鍛錬っつったか? 根性を叩き直してくれるんだよなあ? それと、分かってるよな? あたしが信仰する邪神レジーナ様は復讐と傀儡を司るんだ。そう、復讐さ。これまで散々、散々、散々! あたしをいたぶってきてくれたんだ。覚悟はできてるんだよな? ええ?」
モンスター達に絡まれ続けてきたのがよほど腹に据えかねていたのか、セレスディナは笑顔を浮かべているが目だけは少しも笑っていない。
そんなセレスディナに。
「まま、待ってください! セレスディナ様! 立派な幹部のセレスディナ様ーっ!」
「すいませんでした! ちょっとからかっていただけなんです!」
「そうなんです、魔族のスキンシップっていうか……。悪気はなかったんです!」
モンスター達は顔を青くして後退りする。
「けっ。根性がねえのはどっちだか。まあ、あたしだって事を荒立てたいわけじゃないからな。お前らがきちんと謝ってくれるってんなら見逃してやるよ。とはいえ、これはあたしが信じるレジーナ様の教義には背く行為だ。……だからさ、ひとつ貸しだぜ?」
キセルに煙草を詰め直し、ゆっくりと紫煙を吐きだしながらのセレスディナの言葉に。
「は、はい! 感謝します、セレスディナ様!」
「このご恩は忘れません!」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうござ……、…………」
大げさなまでに感謝を表していたモンスター達が、ぼーっとした表情を浮かべ……。
「……よしよし、傀儡化も成功、と。これはバニルのいたずらなんかじゃなく、本当にレジーナ様の封印が解かれたみたいだな! ようやく肩身の狭い思いをしなくて済む! 見てろよ、あたしを軽んじた奴ら! 全員傀儡化してやるからな!」
歓喜に瞳を潤ませたセレスディナが、胸の前で両手を組んだ。
「ああ、感謝します! レジーナ様!」
そんなセレスディナの背後にニョキニョキと体を生やした我輩は。
「こんなところでそんな宣言をしても、汝が復讐したい相手には聞こえぬと思うが」
「バ、バニル……! うるせえよ! なんでお前がこんなところにいやがる! ていうか、さっきあたしが転びかけたのはお前のせいか!」
テンションが上がりすぎて口にした独り言を聞かれ、セレスディナは顔を赤くし声を上げた。
「……うむ! その羞恥の悪感情、大変に美味である!」
*****
――紅魔の里に封じられていた邪神レジーナが解放され。
力を取り戻したセレスディナが、傀儡を増やすようになって数日が経った。
ある日の事。
魔王城の中庭にて。
「あ、あんた達、正気に戻りなさい!」
「…………」
「…………」
焦ったように声を上げながら逃げてきたシルビアを、人形のように無表情なモンスター達が無言のままに追いかけてきて……。
さらに、中庭の反対側の出入り口からもゾロゾロとモンスター達が現れる。
「……ッ!」
前後を囲まれたシルビアが足を止める中。
「おいおい、魔王軍の幹部ともあろう者が逃げ回るしかないのかよ? 情けないと思わないのか?」
モンスター達の列が割れると、セレスディナがニヤニヤ笑いながら現れた。
「クッ……! こんな事をしてただで済むと思ってないわよね!」
「はあ? バカ言うなよ。これは正当な復讐だぜ? ま、復讐の連鎖ってのも嫌いじゃないがね。レジーナ様は復讐を司る邪神なんだ。すべての復讐を肯定してくださる。とはいえあたしも鬼じゃない。今ならひと言ごめんなさいを言うだけで許してやってもいいぞ?」
「そうしたら私もあなたの傀儡ってわけ?」
――そんな時。
中庭のベンチで寛いでいた我輩が立ちあがると。
「まあ待つが良い。男だか女だか分からぬ混ぜ物に、人形しか話し相手がいないぼっち神官よ。復讐など好きにすれば良いが、我輩が寛いでいるところで行うのはいかがなものか? 何をカッカしているのかは知らぬが、怒りっぽい時は小骨を食べると良いと聞く。我輩の仮面には魔竜の骨が使われているが、ひと口ならかじって良いぞ?」
「ふざけんな! またかよ! あんたがいるって事はまたロクでもない事が起こるんじゃねえか! なんでもかんでも見通してんじゃねえぞ! クソが!」
穏やかに話し合おうとする我輩に、突如として怒りだしたセレスディナが叫ぶ。
「我輩が寛いでいた中庭に入ってきたのは汝らであろうに。それに、今の我輩は悪感情を求める気分ではないのだ。本日はすでに首なし中年の悪感情をいただいたのでな」
「あんたの言う事なんざ信じられるか!」
と、セレスディナが叫んだ時。
モンスター達に囲まれていたシルビアが懐から出した物を地面に叩きつけた――!
「なっ……!」
「アハハハハハッ! このままあなたの傀儡になんてされてたまるものですか! 私を追いつめた事を後悔するといいわ!」
追いつめられヤケを起こしたようなシルビアの言葉とともに、砕け散った魔道具から真っ黒な煙が溢れ中庭を包みこむ。
「なんだこれ! どうなってんだ!」
「クソ、何も見えない! というか、俺は何をやって……?」
突然の出来事に傀儡化が解けたモンスター達がざわつきだし。
……やがて黒い煙が晴れると。
中庭の様子は見た目には少しも変わっておらず。
「…………、……なんだよ? どうなったってんだ?」
身を守るような姿勢を取っていたセレスディナが不思議そうに首を傾げる。
「おい、今のはなんだ? 不発っぽかったけど、どういう効果があるもんなんだよ?」
「さあ? 知らないわ。強化モンスターの開発に使おうと思っていた正体不明の魔道具なのよ。見た目からして割れれば効果があるのは分かっていたけれど、一発限りの代物だから使うのは初めてなの。どういう効果があるのかまでは分からないわね」
「お、お前……。そんなもん切り札みたいに使ったのか」
セレスディナが呆れたようにツッコんだ、そんな時。
「うぐ……! く、苦しい……」
モンスター達が苦しそうに胸元を押さえ、膝を突いた。
「――先ほどうっかりキメラが使ったのは、とある呪いを封印していた魔道具である。呪いを受けた者は苦しみながら衰弱し、やがて死に至る。強力な呪いだが、これにはもうひとつ特徴があってな。呪われた者が他者に触れるか、または触れられる事で呪いを移す事ができるのだ。移した者の呪いは解かれ、移された者がさらに他の者に呪いを移す事もできる。その名も『移るんデス』。本来は呪いを帯びた者が敵に触れる事で、相手が誰であろうと確実に勝利できるという、魔道技術大国ノイズで生みだされた暗殺兵器である」
二人の幹部と三十人ほどのモンスター達が、我輩の話を静かに聞く。
追いかけっこに駆りだされ命の危機に晒された事で、すでにモンスター達の傀儡化は解けている。
他者に触れる事で呪いを移せると聞いた者達が、幸運にも呪われなかった者をチラチラと見ていて……。
「『ブレイクスペル』! ……ダメか、あたしの魔法じゃ解けねえ」
セレスディナが解呪の魔法を使うも、プリーストとしての実力はそれほどでもないせいで効果がない。
不安そうに顔を見合わせるモンスター達にシルビアが。
「案ずる事はないわ。さっき私の部下を宝物庫に行かせたから、すぐに解呪のポーションを持って戻ってくるはず」
その言葉に中庭がホッとした空気に包まれ……。
――しばらくして。
「……シルビア様、言われたポーションを宝物庫から持ってきましたが、その……」
シルビアの指示で解呪ポーションを取りに行っていた鬼族が、中庭に入ってくると言いにくそうに口篭もる。
鬼族が腕に抱えたポーションの本数は、呪われた者達の半分ほどしかない。
「……あ、あら? 宝物庫にはもっと大量の解呪ポーションがあったはずだけど」
「それが、その……。宝物庫は荒らされた形跡がありまして……」
そんな鬼族の言葉に心当たりがあった我輩が宝物庫の様子を見通すと。
「魔王の城に賊が入りこむとは世も末であるなあ。……ほうほう? 見える! 見えるぞ! 宝物庫から解呪ポーションを盗みだす盗人リッチーの姿が! 経営の練習と称して解呪ポーションを売りさばいたようであるな」
「あの女! いなくなってまで祟るわね! ……やっぱり私が合体してやるんだったわ」
過去を見通した我輩の言葉に、シルビアが声を荒げる。
「ここにあるポーションじゃ呪われた連中は助けられねえって事か? どうすんだよ? まあ、とりあえず二本は幹部であるあたしらが貰うとして」
呪いの影響で青い顔をしているセレスディナが、そう言うとちゃっかりポーションを手に取り。
「そ、そうね。幹部は替えが効かないから仕方ないわね」
さっきまで争っていたシルビアもうなずくと手を伸ばして……。
「おいちょっと待て! そもそもこんな事になったのはあんたらのせいじゃないか! どうしてあんたらが真っ先に助かろうとしてるんだよ!」
「そうだそうだ! まず俺らに飲ませてくれよ!」
そんな二人にひとりのモンスターが抗議すると、他の者達も口々に二人を責め立てる。
「もしもお前らがポーションを飲んで呪いを解いても、俺が触って移してやるよ!」
とうとうそんな事まで言いだしたモンスター達に二人は。
一切気にせず手にしたポーションに口を付けた――!
「ああっ! 本当に飲んだ! 貴重なポーションを!」
「こ、こいつら……! 構う事はねえ、やっちまえ! 触るだけなら幹部相手でも……!」
ざわつくモンスター達を前に。
「やめといた方がいいぜ? あたしのためじゃなく、お前らのためにな。レジーナ様は傀儡と復讐の邪神。あたしにやった事は、やった奴にも跳ね返る。つまり、あたしに呪いを移しても移した奴はまた呪いに掛かる。呪われた者が増えるだけってわけさ。ポーションがますます足りなくなるなあ? ああ、それと、あたしが命を絶たれると、殺した相手だけでなくその周辺にも呪いが降りかかる。魔王城を滅ぼしたいんでなければやめておけよ」
セレスディナが余裕の表情を浮かべそんな事を……。
それならばとシルビアを見るモンスター達に。
「あら、私は構わないわよ? 私に触れた子は合体してあ・げ・る。それなら必要なポーションの数は変わらないでしょう? ……というか、中庭にいるあなた達と私がひとつになれば、ポーションはひとつだけで十分なんじゃないかしら?」
妖艶な微笑とともに告げられたシルビアの言葉に、中庭は阿鼻叫喚に包まれた。
「お、おい、どうすんだよ! 俺達こんな事で死ぬのかよ!」
「嫌だ……。せめて戦いの中で致命傷を負って美女の胸の中で死にたい……!」
「美女じゃなくてもいい……、せめて普通の女の子に看取られたい……」
そんな中。
「……俺、テレポートが使えるんだ」
悪魔族のモンスターがポツリと告げた。
「お、俺がテレポートで人間の街に行って、そこでセレスディナ様を殺っちまえば……! どうせ死ぬならなるべく多くの人間を犠牲に……!」
「……!? ま、待て。早まるなって! 幹部であるあたしがいなくなったら結界を維持できなくなるんだぞ?」
覚悟を決めた様子の悪魔族に詰め寄られ、セレスディナが慌てたように声を上げる。
詠唱を始めたその悪魔族を、他の連中が必死に取り押さえ。
「待て待て! それはさすがにマズいだろ!」
「ああ、セレスディナ様はともかく結界はマズい!」
「死なせてくれ! 最後くらい魔王軍らしく死にたいんだ! オカマは嫌だ……! オカマになるのだけは……!」
取り押さえられた悪魔族が半泣きで藻掻く中。
「……まったく、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないのねえ? 失礼しちゃうわ、誰も無理やりにだなんて言っていないでしょうに。……さて、バニル。すべてを見通す大悪魔であるあなたなら、この状況をどうにかする方法も分かるんじゃないかしら? 私としてもこのまま無駄に犠牲を出すのは本意ではないもの」
シルビアが腕を組みその様子を眺めながら、我輩に向けてそんな事を……。
…………。
「もちろん見通しているとも。……我輩の名はバニル。地獄の公爵にしてすべてを見通す大悪魔とは我輩の事! 我輩に見通せぬ事などこの世にありはせぬ! ポーションよりも呪われ者の方が多いこの状況も、我輩に掛かれば簡単に解決してくれる! あっと驚きのその方法とは……!」
「……そ、その方法とは?」
シルビアが期待の篭る口調で訊いてくる。
暴れていた悪魔族も、その悪魔族を取り押さえていたモンスター達も動きを止め、我輩の言葉を待っていて……。
「教えぬ!」
我輩はそんな彼らに宣言した。
「フハハハハハ! フハハハハハ! なんと大量のガッカリの悪感情、美味である美味である! ただ中庭で寛いでいただけなのにこんな幸運に恵まれるとは、これも我輩の日ごろの行いが……。おっと、落ち着くが良い呪われ者どもよ。その呪いは生物にしか効かぬゆえ、土くれでできた我輩の体に触れても無意味だぞ?」
悪感情を食し上機嫌の我輩に、呪われたモンスター達が我先にと触れてくる。
「無意味……、無意味であると言っておろう! ええい、やめんかうっとうしい! そんな事をせずとも悪感情の礼に教えてやるわ。……ポーションの数は足りぬが、幸いここには受けた行為をそのまま跳ね返す迷惑神官がいるであろう? 迷惑神官が誰かの呪いを受け取り、そこに呪われた者が無理やりポーションを飲ませる事で、迷惑神官はお役立ち神官となり、ひとつのポーションで二人分の呪いを解除できるであろう」
我輩のアドバイスを聞いたモンスター達が、期待に満ちた目をセレスディナに向けると。
セレスディナは鼻で笑い。
「へっ。やなこった。どうしてあたしがお前らの呪いを解くのに協力しないとならないんだ? 大体、こうなったのはお前らがあたしをこれまで散々バカにしてくれたからじゃねえか。レジーナ様は傀儡と復讐の邪神。あたしの力が戻ったからって、今さら仲良しってわけには行かねえよなあ?」
「そんな……!」
「お願いします……! お願いします、セレスディナ様……!」
懇願するモンスター達に、セレスディナはニヤニヤと笑いながら。
「……そうだなあ。それなら、さっきまでの続きってのはどうだ? お前らがシルビアをボコボコにして、ごめんなさいを言わせてくれるんだったら、あたしもお前らの解呪に協力してやってもいいぜ?」
そんなセレスディナの言葉に、モンスター達がざわつきながらセレスディナとシルビアを見比べ……。
…………。
「ごめんなさい」
シルビアがポツリと告げた。
「……あ?」
「ごめんなさいと言ったのよ。……さ、これでその子達の呪いを解くのに協力してくれるんでしょう? こんなバカな事で魔王様の兵を失うわけには行かないわ」
腕を組んだシルビアが、顔を逸らしながら告げた謝罪の言葉に。
「ちっ。わあーったよ、今回の事は手打ちって事にしてやる! これで貸し借りなしだ! おら、呪われてる奴こっちに来い!」
セレスディナは舌打ちすると、近寄ってきたモンスターに手を触れた。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます……!」
「おう。これは貸しだぞ? まあ、容量の無駄になるし傀儡化はしないでおいてやるよ」
*****
――数時間後。
「待ってくれ! 待ってくれ! 呪いを解くのには協力するから! だからその前に、トイレに……もがが」
大量のポーションを飲まされ、内股になって震えるセレスディナの口に、さらに解呪ポーションが無理やり突っこまれる。
「おお、お前ら覚えとけよ! あたしは傀儡と復讐の邪神レジーナ様の信徒、ダークプリーストの……、………ッ!!」
…………。
…………………。
「……………………………………あっ」
「……ううむ、その恥辱と屈辱の悪感情は我輩の好みではないな。ゼーレシルトにでもくれてやるがいい」