このすばShort   作:ねむ井

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 時系列は、魔王討伐後。


このリッチー裁判に異議ありを!

 罪のない少女を助けるため命を落として、異世界へと転生し――

 なんやかんやあって魔王を倒した俺は、平和になった世界でのんびりと暮らしている。

 

 そんなある日の事。

 俺たちは、いつか話すと言っていたウィズの昔話を聞くために、ウィズ魔道具店へとやってきていた。

 アクアがたまに、自分だけは聞いた事があると言って自慢していたのだが、アクアの話ではちっとも要領を得なかったからだ。

 

「――そこでウィズはこう言ったわ。『杖を割ってあげる! 縦に』ってね!」

 

 縦に?

 

「待ってくださいアクア様! それは誰の話ですか! そんな事言った事も言おうとした事もないですよ!」

「だからお前は黙ってろよ。お前が口を挟むと話が進まないんだよ。ちゃんとした話はウィズとバニルに聞くからさ」

 

 さっきからウィズが話そうとするたびにアクアが横槍を入れて、バニルが宝箱から現れたところで話が止まっている。

 ……この悪魔は昔からロクでもないな。

 

「なんでよ! 私にも話させてくれたっていいじゃない! 氷の魔女ウィズの伝説を語る女神って、なんかかっこいいじゃない! たまには私も女神ムーブしたいのよ!」

「こ、氷の魔女と呼ぶのも出来ればやめていただければ……!」

「いいじゃないですか。紅魔族的にも格好良いですよ、氷の魔女ウィズ」

「……ん。私も子供の頃はそういった二つ名を持つ冒険者に憧れたものだ」

 

 めぐみんとダクネスがそう言ってウィズをからかっている。

 と、話の邪魔ばかりするアクアを忌々しそうに見ていたバニルが、前触れもなく立ち上がると、店の玄関へと向かいドアを開けた。

 ドアの向こうには、ドアノブに手を伸ばそうとした姿勢の人物が。

 

「あ……、ど、どうも」

「へいらっしゃい! 乗り気でもないのにわざわざようこそ参った、厄介事ばかり押しつけられ、王都に栄転したかと思えば再びこの街に左遷された苦労人よ!」

「じ、自分は左遷されたわけでは……!」

 

 そこにいたのは、黒髪ロングの仕事デキる系美人。

 かつて俺を国家転覆罪で死刑にしかけた事もある、王国検察官のセナだった。

 

 

 

「お茶ですが」

「あっ、いえ、お構いなく……」

 

 ウィズにお茶を出されたセナが、恐縮したように頭を下げる。

 そんなセナにダクネスが。

 

「王国検察官であるあなたがこんなところに来るとは珍しい。この店は主に冒険者向けの魔道具を扱っている店で、あなたのような方が必要とするものはないはずだが」

「いえ、その……。本日は仕事の一環として来たのですが……、アンデッドを敵視するアクシズ教のアクアさんに、同じくエリス教徒のダスティネス卿、それに魔王を討伐した勇者サトウカズマさん……ですか…………」

「おい、私だけ仲間外れにするとはどういう了見か聞こうじゃないか」

 

 俺たちの顔を見回しながら、うんうんと頷くセナに、突如としてめぐみんが噛みついた。

 

「ち、ちがー! お、落ち着いてください! そういう意味では……! その……、自分がここへ来たのは、とある噂の真偽を確かめるためだったのですが……。やはり間違いだったようですね」

「噂? 噂ってなんだ?」

「それが、ウィズさんがリッチーだという噂が出回っていまして」

 

 セナのその言葉に、店内の空気が凍りついた。

 

「な、何を! そんな! そんなわけ……!」

「おおお、落ち着いてくださいダクネス! そんなに騒いでは、まるで噂が事実だと言っているみたいですよ!」

 

 テンパったダクネスと、想定外の事態に弱いめぐみんが早速パニックに陥る。

 そんな中、ウィズが冷や汗を垂らしながら。

 

「……そ、それってどういった噂なのでしょうか?」

「なんでもよく晴れた日にウィズさんの頭から白い煙が出ているのを見たとか、夜に共同墓地で人魂の群れと戯れているウィズさんを見たとか、何年も前から住んでいるのにまったく年を取る様子がないとか。……そんなところですかね」

 

 どうしよう、大体合ってる。

 大体合ってるので、俺たちは何も言えない。

 店内の空気に気付かないのか、セナはあるものを取りだし机に置いた。

 

「まあ、皆さんがウィズさんと親しくしているのですから、噂はあくまでも噂なのですよね? コレに向かって、リッチーではないと言っていただくだけで結構ですので、ご協力お願いします。……ウィズさんはリッチーではないですよね?」

 

 それは、嘘を感知して音が鳴る魔道具。

 

 詰んだ。

 

 リッチーではないと言っても魔道具が鳴ってバレるし、リッチーだと言えばもちろんアウトだ。

 あわあわと口をわななかせていたウィズは、やがて覚悟を決めたように……!

 

「わ、私は……!」

「ウィズはリッチーですけど。それがどうかしたの?」

 

 そんなウィズを遮って、アクアがあっさりと告げた。

 

「えっ」

 

 声を上げたセナが、ウィズの顔と魔道具とを見比べるも……。

 ――鳴らない。

 そりゃそうだ、ウィズがリッチーなのは事実なんだから。

 

「バカ! お前バカ! 何言ってんの? 本当に何を言ってるんだよ!」

「ふわあーっ! な、何? カズマさんたら急にどうしたの? ついに私の美しさに気が付いてケダモノになってしまったの? こんな真っ昼間からそういうのはどうかと思うんですけど!」

「そんなわけないだろバカなのか。ウィズがリッチーってどういう事だよ!」

「どういう事ってどういう事? ウィズがリッチーなのは本当の事でしょう? リッチーって言ってもいいリッチーなんだから何も問題はないじゃない。まるでリッチーが悪い事みたいに言うのはやめてあげなさいな。リッチー差別はどうかと思います。アクシズ教はすべてを受け入れる宗教。それが悪魔かアンデッドでなければ、…………アンデッドでなければ……。ねえ待って? そういえばリッチーってアンデッドじゃなかったかしら?」

 

 長く一緒にいたことで、リッチーがアンデッドだという意識が薄れていたのか、問題しかないアクアの言葉に店内が凍りつく中。

 アクアが半泣きになってオロオロしながら。

 

「……今のって、なかった事になりませんか?」

「いえ、それは……。さすがにそういうわけには……」

 

 そんなアクアに、どこか助けを求めるような目をしたセナがウィズを見ると。

 ウィズはそれに微笑むと答えた。

 

「はい、私はリッチーです」

 

 

 *****

 

 

 ウィズがセナに連れられていった後。

 店内は騒然としていた。

 

「どどど、どうするんですか! ウィズが連れていかれてしまいましたよ! あのセナとかいう王国検察官は、以前カズマを国家転覆罪で処刑しようとした人です! このままだとウィズが……、ウィズが……!」

「いたたたたた! め、めぐみん、落ち着いてくれ!」

 

 めぐみんが喚きながら、ダクネスの髪をグイグイ引っ張っている。

 

「余計な事をする事にかけては並ぶ者のいない迷惑女神よ、汝はなぜこうも厄介な結果ばかり引き寄せるのか? 汝が余計な事を言わなければ何事もなく終わっておったのだ。厄介女神の飼い主は、きちんと手綱を掴んでおれ」

「俺にそんな事言われても」

 

 友人であるウィズが連れていかれた事でさすがに気が立っているのか、バニルが俺に無理難題を押しつけてくる。

 ……何事もなく?

 

「あわわわわ……、助けなきゃ……! みんなでウィズを助けに行かなきゃ……!」

 

 ウィズが連れていかれる原因となったアクアが、バニルの言葉も無視してどこかへ行こうとする。

 というか、コイツは以前俺が捕まった時には見捨てようとしてなかったか?

 

「ええい、落ち着かんか! 貴様が余計な事をすればするほど厄介な事になっていくのだ、災厄女神は大人しくしておれ!」

「何よ! ウィズが捕まったっていうのに、あんたは何をのんびりしてるの? あんたみたいなのを友達って言ってくれた、優しいウィズを見捨てるの? この薄情者!」

「フハハハハ、悪魔にとって薄情とは褒め言葉である! ありがとうございます! もちろん我輩やそこのネタ種族が警察署を襲撃すれば、囚われ店主を救出する事など容易いであろう。だが、今でこそガッカリ店主と成り果てたが、あやつの正体は氷の魔女とまで呼ばれた元凄腕冒険者にして、アンデッドの王であるリッチー。本気を出せば自力で逃げられんはずもない。本人がそうしておらん以上、救出しに行ったところであの強情店主が応じるとも思えぬ。それに、脱走リッチーとなれば二度と人の街で暮らす事は出来ぬであろうな」

 

 言い聞かせるようなバニルの言葉に、店内が静まり返る。

 そんな中、ダクネスが。

 

「……つまり、ウィズを助けたいのなら、正攻法で助けるしかないという事だな?」

「うむ。さすがは頭カチコチなだけはあって、こういった事には詳しいようだな。腹筋カチコチ娘よ」

「よ、余計な事を言うな……!」

 

 バニルの言葉にダクネスが顔を赤くする。

 ……余計な事を言うという点において、この悪魔はアクアと同類なんじゃないか?

 

「で、正攻法ってのは……?」

「王国検察官であるセナが連れていったという事は、ウィズの身柄はひとまず司法に預けられるはずだ。おそらく裁判に掛けられる事になるだろう」

「裁判? 俺、この国の裁判には嫌な印象しかないんだけど」

「ま、まあそう言うな。彼らは彼らなりに仕事をしているだけだ」

 

 でもあの時ダクネスがいなかったら、俺は死刑になってたと思う。

 やっぱりこの世界、嫌いだな。

 

「ていうか、リッチーを裁判に掛けるのか? なんの罪で?」

 

 リッチーが街に住んではいけない、なんて法律はないだろう。

 バニルが街中をうろうろしているのも認められるくらいだし、法整備が進んでいない系の問題だと思うのだが。

 普通のリッチーは街中になんか住まないだろうし。

 

「……いや、ウィズは元凄腕冒険者としての経歴もある。リッチーである事そのものを罪に問うのではなく、リッチーである事を隠して生活していた事の是非を問われるのではないか?」

「そこも別に申告義務なんかないと思うんだが。……いやまあ、知らんけど」

「そう……だな……。詳しい事は私にも分からないが……、一度実家に戻って父に話を聞いてみる。元凄腕冒険者のリッチーを裁判に掛けるなんていう大事なら、領主代理の父が関わっていないとは思えないからな」

 

 この世界の住人はモンスターを敵視している。

 人類に危害を加えない安楽王女でさえ、モンスターだからという理由で討伐対象になったくらいだ。

 アンデッドの王であるリッチーを、放置しておけるはずがない。

 ……これは今までのような、めちゃくちゃ強いモンスターが出てきて、めぐみんが爆裂魔法でドーンみたいな話ではない。

 もっと複雑な問題で…………

 

「それで、カチコミにはいつ行くの? この世界に三千万人の信者を有するアクシズ教団が助太刀するわよ」

「行かねーよ。お前は何を聞いてたんだ」

 

 

 *****

 

 

 その日の夕方。

 屋敷に帰ってきた俺たちは、広間でソワソワしながらダクネスの帰りを待っていた。

 ウィズの行く末について親父さんに訊くと言って出掛けていったダクネスは、まだ帰ってこない。

 そんな中、玄関のドアが叩かれた。

 めぐみんがドアの前に駆けていくと。

 

「……! ダクネス、どうでしたか? 何か分かりましたか? ウィズは……、…………」

「す、すいません。少しいいでしょうか……?」

 

 そこにいたのは、ついさっきウィズを連れていった王国検察官のセナだった。

 

 

 

「粗茶ですが」

「ど、どうも……!? お湯なのですが! 自分はこんな嫌がらせを受けるような謂れは……! い、謂れは…………」

 

 アクアが出したお茶がお湯になっていたらしく、激高し立ち上がったセナが、消沈したように再び腰を下ろす。

 

「いやまあ、話は分かったよ。あんたは自分の仕事をしただけで、本心ではウィズに刑罰を食らわせたくないってんだろ?」

「そ、そうです」

 

 そう。

 セナが俺たちのもとへとやってきたのは、リッチーだったからとウィズを捕まえてしまい、どうにか事を穏便に済ませられないかという相談のためだった。

 

「ウィズさんは魔王軍の侵攻の時も、それ以前にも、我々のために力を尽くしてくれていました。冒険者をやめ、リッチーになってこの街で魔道具店を開いてからも、人類に敵対する事なく平穏に暮らし……。それに、共同墓地でさまよっていた魂の浄化までしていたとか。ウィズさんが人類に危害を加えるとは思えません。それなのに、リッチーだからと言って処刑するなんて……」

 

 今なんつった?

 

「処刑? ウィズを処刑するってか? なんかこう、適当な罪状を言って形だけ罰則を与えるみたいな事はできないのか? あんたみたいに、ウィズに刑罰食らわせたくないと思ってる奴らは多いんだろ?」

「そうですね。警察官も検察官も、ほとんどはウィズさんに味方したいと考えているでしょう。……だとしても、法は法です。そしてウィズさんは魔王軍幹部として、魔王の城の結界を維持する役目を担っていました。人類に直接危害を加えてはいませんが、敵対しなかった事で城の結界を守っていたとも言えるのです。これは明確な利敵行為であり、国家転覆罪を適用せざるを得ません。そして国家転覆罪に問われれば、量刑は死刑となるでしょう」

「そんなバカな話がありますか!」

 

 重苦しい口調のセナに、めぐみんが目を真っ赤にし立ち上がった。

 そんなめぐみんを前に、セナは肩を縮めながら。

 

「ウィズさんがアンデッドであろうと、自分としては穏便に済ませたかったのですが……」

「いや、嘘を看破する魔道具まで持ってきてたんだから、穏便にも何もないだろ。今はこうして事情を知ったから冷静でいられるが、ウィズが連れていかれた直後のめぐみんはすごかったぞ。警察署を爆破してやるって息巻いてたからな」

「なんなら今からでも行きますが?」

「そそ、そうですか! すいません、やめてください! ……実はあの魔道具は故障しているはずだったのですが」

 

 ……ん?

 

「自分には王国検察官として、得た情報を王国側に報告する義務があります。ウィズさんがリッチーだというのであれば、職務上それを隠しておくわけには行きません。しかし、未確定の情報に関しては、報告するかどうかは検察官各自の裁量に任されているのです」

「まあ、そうだろうな。本当かどうか分からない情報を伝えられても、王国側としても困るだろうしな」

「はい。自分は魔道具店へ行く前に、持っていく魔道具を机に置いて、これからウィズさんがリッチーか確かめに行くのに魔道具が故障していたら困る、と大きめに独り言を言って席を離れました。同僚の中には自分と同じ考えの者がいますから、誰かが魔道具を取り換えておいてくれたと思います。自分が取り換えてほしいと頼んだわけではないし、魔道具が故障しているという確信もなかったので、これは報告義務に含まれません。……なので、ウィズさんにリッチーですかと質問して、違いますと答えてもらえば、それで終わりのはずだったんですが……」

 

 …………。

 

「えっと、じゃあ何か? あの時はどうせあの魔道具があるんだから嘘ついてもバレたって思ってたけど、アクアが余計な事さえ言わなければ、そもそもウィズが逮捕される事も裁判になる事もなかったのか?」

「そ、そういう事になりますね。あ、いえ、あの魔道具が本当に故障したものに取り換えられていたかどうか、自分は知らないのですが」

「……な、なーに? どうしてみんなして私の顔をジロジロ見てくるの?」

 

 お茶を淹れ直してきたアクアが、全員の視線を集めている事に気付き困惑する。

 

「まあ、アクアだからな」

「アクアですからね」

「ねえ待って? なんだかあんまり褒められている感じがしないんですけど。私がいない間になんの話をしていたの? 陰口はどうかと思うんですけど!」

「そ、それでいいんですか? いえ、自分が口を挟める事でもありませんが……」

 

 アクアのやらかしに慣れた俺たちの態度に、やらかされた側のセナが何か言いたげにするも、ウィズを告発してしまった負い目からか口を噤む。

 

「それにしても……、以前はカズマを国家転覆罪で告発するくらい頭が固かったのに、あなたもカズマと関わったせいで狡すっからい手を使うようになりましたね」

「おいやめろ、なんでもかんでも俺のせいにするのはやめろって言ってるだろ」

 

 しみじみと失礼な事を言うめぐみんに、俺は思わずツッコんだ。

 

「それで、俺に協力してほしいってどういうこった? 法律とかそういう話なら俺に出来る事なんて何もないだろ。そういうのに詳しいプロの人たちになんとかしてもらったほうがいいと思う」

「サトウさんに協力してもらいたいのは、司法を超えてウィズさんを助ける方法はないかという事です。アンデッドの王リッチーである以上、自分の力ではウィズさんを助ける事は出来ません。ですが、サトウさんなら何か思いも寄らないような策を思いつくのではないかと……!」

 

 と、真摯に語るセナの前に、俺を庇うようにめぐみんが立ち塞がる。

 

「またこのパターンですか! 毎度毎度みんなしてこの男に頼ってばかりで、恥ずかしいと思わないんですか? 私だってウィズの事は助けたいですけど、もっと他に方法があるんじゃないですか!」

「……その、大変言いにくいんですが」

 

 そう言ったセナは、本当にものすごく言いにくそうな顔で。

 

「以前サトウさんは、魔王の幹部と交流があるかという問いを否定しましたね? そして、魔道具が嘘を感知しました。あの時の魔王の幹部というのは、ウィズさんの事だったのではないですか? 国家転覆罪は、主犯以外の者にも適用される場合があります。ウィズさんが魔王の幹部である事を知りながら黙っていたのであれば、サトウさんも罪に問われるかもしれませんよ」

「こいつらも知ってました」

「「「!!!!????」」」

 

 この際だからと巻きこんだ俺の言葉に、全員が驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 

 俺たちは裁判所へとやってきていた。

 傍聴席には、俺たちが話を広めた事もあって、ウィズの世話になった奴らが大勢詰めかけている。

 そのほとんどが荒事を生業とする冒険者だからか、裁判所内は不穏な空気が流れている。

 そんな中、俺はと言うと。

 

「ちょっとあんた、ウィズの事は私が助けるからどっか行きなさいな。悪魔の近くにいると臭いが移るんですけど!」

「何を言うか。すべてを台なしにする事に掛けては並ぶ者のいない天災女神よ。貴様がいても何の役にも立たぬので引っこんでおれ!」

 

 なぜか女神や悪魔と一緒に弁護人の席に立たされていた。

 弁護人が多すぎるという事で、めぐみんとダクネスは傍聴席にいるが、正直代わってほしい。

 

「おいお前ら、暴れんなよ。騒いだせいで退廷させられても知らないぞ。俺たちはウィズを助けるために来たんだって事を忘れるな」

 

 俺の言葉に、二人はお互いに睨み合いながら、渋々といった様子で大人しくなる。

 

 そんな時。

 

 係官に引き立てられ、手錠を掛けられたウィズが被告人席へとやってくる。

 この世界には弁護士なんて職業はない。

 弁護をするのは被告人の知人や友人なので、弁護人である俺たちがいたのはウィズと同じ被告人席だ。

 

「カズマさん! バニルさん、アクア様まで……。私のためにありがとうございます!」

 

 手錠以外はいつもと変わったところのないウィズが、そう言って微笑んだ。

 

「ウィズ、大丈夫? あの人たちにひどい事されてない?」

「心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫ですよアクア様。皆さんとても丁寧に扱ってくれて……。それに、牢屋で出してもらったご飯がとても美味しくて! 久しぶりに固形物を食べられたんですよ!」

「そ、そう。……ねえ、たまには美味しい物でも食べさせてあげなさいよって、私からそこのけちんぼ仮面に言ってあげましょうか?」

「いいんですよアクア様。売れない商品ばかり仕入れてしまう私がいけないんですから」

 

 ウィズとアクアの会話に気まずくなったのか、バニルが腕を組んだままそっぽを向いている。

 

 と、裁判長が木槌で机をコンと叩いた。

 

「静粛に! これより、国家転覆罪に問われている被告人、ウィズの裁判を執り行う! 告発人は、ダスティネス・フォード・イグニス!」

 

 裁判長の呼びかけに立ち上がったのは、口ひげを蓄えた男。

 ベルゼルグ王国において、王家の懐刀とも呼ばれる大貴族、ダスティネス家の現当主にして――

 この街の領主代行でもある、ダクネスの親父さんだ。

 眼光鋭くウィズを見つめる親父さんが、その隣に立つ俺たちを見ると……。

 …………笑った?

 厳しく引き結ばれていた親父さんの口元が、かすかに緩んだように見えたのは俺の目の錯覚だろうか。

 

「ねえねえ、パパネスにウィズを無罪にしてあげてって頼めないの? ここら辺で一番偉いのはパパネスなんでしょう?」

「まあそうだろうけど、親父さんにも立場ってもんがあるだろ。領主として、人間の街に住んでるアンデッドを野放しにするってわけには行かないんじゃないか」

 

 ダクネスも親父さんを説得してみると言っていたが。

 アルダープの嫁になってでも意地を張ろうとした、あのダクネスの親父さんだ、頑固さはダクネス以上だろう。

 本心ではどう思っていても、簡単にウィズの無罪を認めてはくれないだろうなあ……。

 

「検察官は前へ!」

 

 裁判長の宣言とともに、再び机に木槌が落とされ、セナが立ち上がった。

 

「では、起訴状を読ませていただきます。……被告人ウィズは、リッチーでありまた魔王軍幹部である事を隠し、魔道具店の店主としてこのアクセルの街に隠れ住んでいました。強い未練や恨みで自然とアンデッドになってしまったモンスターと違い、リッチーは自らの意思で自然の摂理を捻じ曲げ、神の敵対者となった存在。また魔王軍の幹部は魔王の城を守る結界を維持しており、生きているだけでも魔王軍側に大きな利がありました。人類と表立って敵対しない事はこの効果を最大限にするためとも考えられます。……よって、我々は被告人に、国家転覆罪の適用を求めます」

「意義あり!」

 

 セナが起訴状を読み終えるのと同時、アクアが声を張り上げた。

 それに裁判長が。

 

「弁護人の陳述の時間はまだです。発言がある場合は許可を得て発言するように。……というか、あなたには以前にも同じ事で注意したはずですね? 今回もまた言いたかっただけですか? その弁護人は退廷させるように」

「待って! 待って! 今回はちゃんと言いたい事があるわ! えっと、ウィズがいい子なのはみんな分かってるのよね? こんな裁判意味ないと思うんですけど」

「……、意味がないとは聞き捨てなりませんね。あまり浅慮な発言は慎むように。さもなければ法廷侮辱罪を適用する事になりますよ」

「だって! だって……!」

 

 冷たい口調の裁判長に、アクアが涙目になって何か言い募ろうとする。

 ……まあ確かに、この場にいるほとんど全員がウィズの無罪を望んでいるんだ、もう無罪でいいじゃんって言いたくなるのは俺にも分かる。

 

「では、退廷を……」

「すんません、ちょっといいですか」

 

 宣告しようとした裁判長を、俺は手を挙げて遮った。

 

「……なんですか? 発言を許可します」

「そいつは確かにバカな事を言ってますけど、後で必要になるかもしれないんです。俺が責任を持って黙らせるんで、退廷は勘弁してくれませんか」

「…………いいでしょう、ただしその弁護人が次に口を開いた時、それがいかなる理由によるものであれ退廷させます。あなたが責任を持つと言うなら、その時一緒に退廷してもらいます。いいですね?」

「分かりました」

 

 裁判長の言葉にコクリと頷いた俺は、アクアの口にバツ印が書かれたマスクを付けた。

 

「んむッ? むー!」

 

 宴会の神様らしくこういったグッズが気に入ったのか、アクアが口を開く事なくむーむー言ってくる。

 ……裁判長がなんかすごく微妙な顔をしているが、次に口を開いた時って言ってたし、これなら退廷させられる事もないだろう。

 

「……ええと、自分からは以上です」

 

 そう言ってセナが席に着くと、裁判長が。

 

「では続いて、被告人並びに弁護人の発言を許可します。陳述を!」

 

 

 

「――リッチーのウィズと申します」

 

 ウィズのその言葉に、傍聴席の空気がざわりと揺れる。

 裁判所に詰めかけた傍聴人たちは、検察官であるセナが、ウィズはリッチーだと主張していても、本人が認めるまでは信じきれていなかったのかもしれない。

 あるいは、信じたくなかったのか。

 

「検察官の言っている事は事実です。私はアンデッドで、本来生きている人たちとは相容れない存在です。私はこれまで人間を傷付けた事はありませんが、皆さんが私を怖がったり、疑ったりするのは当然の事だと思います。ですから、この裁判の判決が有罪であるなら、私はそれを受け入れます」

「むー!」

 

 穏やかに微笑んだまま、死刑を受け入れるというウィズに。

 何か言おうとしたアクアの後頭部を引っ叩いて黙らせる。

 

「……被告人は罪を認め、罰を受け入れると?」

「はい」

 

 裁判長の質問に、ウィズは穏やかに微笑んだまま頷く。

 

「国家転覆罪ともなれば死刑は免れませんよ? 永遠に生き続ける存在であるはずのリッチーが、そんなに簡単に生きる事を諦めて良いのですか?」

「……もともと私がリッチーになったのは、ベルディアさんの呪いを受けて死にかけていた仲間たちを助けるために、強大な力が必要になったからです。魔王城に乗りこんで呪いは解いてもらいましたし、夢だった魔道具店を開く事も出来て、仲間たちにお帰りも言えました。バニルさんとの約束を果たせないのは心残りですが、いつ浄化される事になったとしても後悔はありません」

 

 嘘を感知する魔道具を凝視しながらウィズの言葉を聞いていた裁判長は、その内容に胸を打たれたようにゆっくりと頭を振りながら。

 

「……その、バニル殿との約束というのは?」

「ええと、バニルさんの夢を叶えるためには、とても深い……この大陸で一番深いダンジョンよりも、もっと深いダンジョンが必要なんだそうです。バニルさんはそんなダンジョンを造れる、強い力を持った存在を探していまして……。今は魔道具店を経営してお金を稼いで、ダンジョンを造る費用にするために貯めています」

 

 ――チリーン。

 それまでウィズの言葉に反応を見せなかった魔道具が、初めて鳴った。

 ウィズに同情的な視線を向けていた裁判長が、その視線を鋭くする。

 

「被告人。この場で嘘をついてもすぐに分かりますよ。心証が悪くなるだけなので、真実のみを述べるように」

「えっ! そ、そんな、嘘なんて……。…………えっと、魔道具店を経営してはいますが、お客さんがあまり入らず、お金は稼げていませんし貯金もありません」

 

 ……魔道具は鳴らない。

 

「そ、そうですか。……ええと、被告人は刑を受け入れるとの事ですが、弁護人は何かありますか?」

「もちろんです」

 

 裁判長の言葉に、俺は立ち上がり――

 

 

 

「――こうしてウィズは、自称魔王軍幹部候補であるデュークを撃退し、またひとつ世界の平和を守ったわけです。そんなウィズが国家転覆を企んでいるなんてあり得ません! 確かにウィズはリッチーですが、俺たちと何も変わらない! というか、キワモノばかりのアクセルの街で数少ない常識人だと思います」

 

 俺はウィズとの出会いや、その後に見たウィズの活躍について熱弁を振るった。

 共同墓地で天に還りたがっている魂を導いていた出会い。

 機動要塞デストロイヤー戦では、爆裂魔法やランダムテレポートでいかに活躍したか。

 魔王軍幹部ハンスの討伐はウィズがいなければ危うかった事を。

 まあ少しくらいは話を盛ったが、ウィズの活躍は無理に褒めようとしなくても普通にすごい。

 

「ええと、弁護人の言い分は分かりました。分かりましたから、そのくらいで……。では、検察官。被告人に国家転覆罪が適用されるべきだとの、証拠の提出を」

「はい。これより証拠の提出を行い、被告人が国家転覆を企んでいた事を証明してみせます」

 

 キリッとした表情で宣言するセナが、助けを求めるように俺をチラ見してくる。

 ……そんな目で見られても。

 

「こちらは、ある人物の証言を集めた書類です。その人物とは、ウィズさんと同じ元魔王軍幹部であり、すべてを見通す大悪魔バニル殿」

「お前何やってんの?」

 

 俺とアクアがバニルを見ると、バニルはニヤニヤと笑っていて。

 

「いや、参った。悪魔というものは、美味しいご飯のためでなければ、基本的に嘘をつかぬ種族なのだ。聞かれた事に正直に答えていたら、国家転覆罪適用の証拠とされてしまったわ! 人畜無害な市民としては、警察の尋問に嘘をつくわけには行かぬからな! いや、失敬失敬!」

「あんたウィズを助けに来たんじゃないの? 何かおかしな事でも企んでるの? 邪魔するつもりなら、今日という今日は本気の破魔魔法を食らわせるからね」

「おっと、以前にも似たような事を言っていた気がするが、これまでは本気ではなかったという事か。我輩に手加減をしてくれていたと? これはまた是非とも礼を言わねばなるまいな、どうもありがとうございます!」

「おいやめろって。お前ら少しは落ち着いてくれよ。俺の貧弱なステータスを甘く見るなよ? 今お前らが争ったら最初に死ぬのは俺だからな?」

 

 俺の言葉に、二人は睨み合いながらも大人しくなる。

 どうぞと手振りで示すと、セナはやりづらそうにしながら。

 

「で、では、読みあげます。……被告人ウィズは、単独で魔王城を襲撃した際、その被害の補填として魔王直々に頼みこまれ、結界の維持だけを行うなんちゃって幹部として契約をした。人里で魔道具店を開いて人間に倒されないだけでも充分に助かる、と」

「それは先ほどの起訴状にもありましたな?」

「はい。起訴状の内容は主に被告人の証言をもとに作られていますが、こちらはその裏付けになると思います。いずれにせよ、被告人の行動は魔王軍に利するものであり、どのような意図であれ人類にとって敵対的だったと言わざるを得ません」

「では次に、キールのダンジョン在住の、自称元魔王軍幹部候補、リッチーのデュークさんの証言で……」

 

 ……元だの自称だのめんどくさい事になってるが。

 そういやあいつ、今はキールのダンジョンに住んでるんだったか。

 

 その後も次々と、ウィズにとって不利な証言が出てくる。

 

 王都に栄転するだけあって、セナは王国検察官として優秀なのだろう。

 ウィズの無罪を望んでいるなら、少しくらい手を抜いてくれてもと思うが……。

 証言したバニルにしろ、それを集めたセナにしろ、ここでウィズに対する疑いをまとめて晴らしてしまおうという考えなのだろう。

 バニルはニヤニヤと俺を見ているし、セナもチラチラと俺を見ているし。

 

 クソ、どうしてどいつもこいつも俺を頼ろうとするんだ?

 

「――以上の証言、証拠の数々から、被告人は人の街に隠れ住み一見平穏に暮らす事で、魔王軍を利する行動を取っていた事は明らかです。これが国家転覆罪の根拠です!」

「意義あり!」

 

 俺は立ち上がると、そう言った。

 

「確かにウィズは魔王に頼まれて幹部になったし、魔王城の結界を維持していた! でもそれは、人類に敵対するためじゃない! ウィズが幹部になった時点で、魔王の幹部は八人いて、ウィズひとりがいてもいなくても結界の維持に支障はなかった! そして! 幹部が減って結界が弱まった時、ウィズは結界を壊すためにアクアが浄化しようとするのを受け入れたんだ!」

 

 俺の言葉に裁判所内がざわつき、誰もが嘘を看破する魔道具を見るが、ベルは鳴らない。

 

「それと、ウィズは魔王軍に対して中立って事になってたが、その条件は、冒険者や騎士など、戦闘に携わる者以外の人間を殺さない奴に限るって話だ! そいつらはモンスターの命を奪って生計を立てているのだから、自分が逆に狩られる覚悟を持つべきだって! でも魔王軍幹部のハンスが一般人を殺したって知った時は、討伐にも協力してくれたぞ!」

 

 ハンスが温泉の管理小屋のじいさんを食ったと言った時、ウィズは亡くなったじいさんのために本気で怒っていた。

 

「それに……、俺が魔王討伐に行くってなった時、この大陸で一番深いダンジョンまでついてきて、俺を鍛えてくれたのもウィズだ! ウィズがいなければ俺は旅立つ事も出来ず、魔王も討伐できていなかったはず! そうしたら……ええっと、…………タイミング的に見て、王都は陥落して、アクセルは滅んでたな」

 

 ……マ、マジで?

 自分で言っていてドン引きなんだが。

 いや、冷静に考えると、そうなっていてもおかしくなかった。

 

「ウィズは人類の敵どころか、勇者である俺を送りだしてくれた、魔王討伐の功労者のひとりだ。そんなウィズを、国家転覆罪に問うのはどうかと思う」

「カズマさん……!」

 

 ウィズが、胸の前で両手を組み、目に涙を浮かべて微笑む。

 俺はそんなウィズへと。

 

「ウィズは前に言ってたよな? リッチーになっても心だけは人間のつもりだって。あれは今でも変わらないか?」

「……はい」

 

 魔道具はもちろん鳴らない。

 

 

 *****

 

 

 裁判長が、ゆっくりと口を開く。

 

「……なるほど。被告人の行動は魔王軍に利するものではあったが、その本心は人類の側に立っている、と。そしてまた、魔王軍幹部として結界の維持を担っていた一方で、人類のために多くの貢献もしている。利敵行為があったとしても、それはこれまでの功績を考えれば相殺されると考えて良いでしょう。以上の事実を勘案すれば、被告人を国家転覆罪に問う事は不適当であると判断します。よって……」

 

 と、そこで裁判長は言葉を止めた。

 それは告発人にして領主代理である、ダクネスの親父さんが手を挙げていたから。

 

「発言してもいいかね?」

「は。……も、もちろんです」

 

 ダクネスの親父さんは、裁判長の許可を得て立ち上がると、厳かな口調で語りだした。

 

「被告人ウィズ。元凄腕冒険者としての功績と、リッチーとなってアクセルの街に住むようになってからの行動を見るに、あなたを国家転覆罪に問う事は不適当だと私も思う。しかし、あなたがリッチーであるという事実が変わるわけではない」

「はい」

「以前、バニル殿が街に住む事を認めた時、ウィズ君に監督役を任せたね。しかしそのあなたも魔王軍幹部であり、リッチーであったという。私の立場としては、二人の共謀を疑わざるを得ない」

「……はい」

「そして、アンデッドの王であるリッチーが街に住む事は、住民を不安にさせるだろう。君の内心がどうだとしても、生者に仇なすアンデッドである事に間違いはないのだから。それに、アクセルの街には駆けだし冒険者を育てるという役割がある。そこにモンスターが住んでいては、冒険者の倫理教育の観点から悪影響が出かねない」

「そう、でしょうね……」

 

 親父さんの厳しい言葉に、ウィズは穏やかに頷いている。

 しかし穏やかに聞いていられない奴もいるわけで。

 

「ちょっと待ってくださいよ! ウィズが人間に危害を加えるなんて、これまでもこれからもあり得ませんよ! それに、カズマも言ってましたけど、ウィズがいなければ大変な事になっていたかもしれない事例はいくらでもあります! これだけ世話になっておいて、リッチーと分かった途端に手のひらを返すなんて、どれだけ恩知らずなんですか!」

「静粛に! 傍聴人の発言は認めていません! 静粛に!」

 

 傍聴席で声を上げためぐみんに、裁判長が木槌をコンコン打ち鳴らす。

 と、めぐみんの隣で同じく立ち上がったダクネスが。

 

「それに、ウィズは元凄腕冒険者でもある。彼女に助けられた者も数多くいるはず。冒険者を引退してからも、ここアクセルで魔道具店の店主として、冒険者が使うアイテムを売る事で貢献していた。こういった功績からしても、リッチーであるというだけで排斥するのは不義理ではないだろうか」

「めぐみんさん、ダクネスさん……!」

 

 二人の言葉に、ウィズが嬉しそうに目を潤ませた。

 

「静粛に! それ以上は退廷を命じますよ!」

「まさに、問題はそこだ」

 

 親父さんの厳粛な声に、裁判所内が静まり返る。

 裁判長の木槌よりも、親父さんの声のほうが、聞いている人を静かにさせる効果があるらしい。

 

「我々は恩知らずであり、不義理である。多くの功績を挙げた元凄腕冒険者を、彼女が人類に危害を加えたわけでもないのに、リッチーだからというだけで処刑しようとしている。恨まれても仕方のない事だと承知しているとも。今はすべてを受け入れると言ってくれているが、アンデッドは永遠に生きる存在。いつ心変わりして我々に牙を剥くか誰にも分からない。私は為政者として、そのような不穏分子を街の中に住まわせておくわけには行かないと考える」

「父上……!」

「……ウィズ君は、かつて氷の魔女と呼ばれた元凄腕冒険者であり、自然の摂理に反するアンデッドであり、しかも街の中で暮らしている。彼女がなんらかの事情で人類への敵意を抱いた時、爆裂魔法の一撃でアクセルの街は機能を停止するだろう」

「し、しかしウィズは、そんな事は……!」

 

 ダクネスが親父さんに反論しようとするも、何も言えずに口を閉じる。

 傍聴席にいる人たちも、親父さんの冷徹で反論を許さない空気に当てられ、なんだかんだ言ってもアンデッドだし……と言った感じのお通夜ムードになっている。

 そんな重たい沈黙の中、俺はポツリと。

 

「……そんな事言ったら、うちの頭のおかしいのも不穏分子でしかないんですけど」

 

 …………。

 

「えっ」

 

 あまりにもあんまりな俺の発言に、めぐみんが思わずといった感じに声を上げた。

 

「コイツ、街中で爆裂魔法の詠唱した事もあるし、屋敷から空に向けて実際に撃った事もあります。しかも、日課の爆裂散歩をしないと、ボンッてなるらしいですよ。ウィズが不穏分子だって言うんだったら、めぐみんこそ処刑しないといけないって事になりませんか?」

「待ってください! 急にどうしたんですか? 今日はウィズの弁護に来たんですよね? どうして仲間の背中を撃ってきたんですか? それ以上続けるつもりなら、いかに私の頭がおかしいかを証明する事になりますよ?」

「ほら、あんな事言ってますけど。処刑ですかね?」

 

 傍聴席から飛びだそうとするめぐみんを指さしての、俺の言葉に。

 

「い、いや、……もちろんそのような事はしないが」

「めぐみんはこれまで、毎日毎日飽きもせず爆裂魔法を使って、アクセルの街の人たちに散々迷惑を掛けてきましたよね。でも処刑されない。ウィズはただ穏やかに暮らしていただけなのに処刑される。それっておかしくないですか?」

「それは……、しかし彼女はリッチー、アンデッドだ」

「でもコイツ、前世は破壊神らしいですよ」

「……、そうですが何か?」

 

 バカみたいな話を肯定するめぐみんの言葉に。

 ……魔道具は鳴らない。

 親父さんが動揺した様子でベルを二度見しているが、鳴らないもんは鳴らない。

 エルロードでも鳴らなかったから大丈夫だとは思っていたが、……いや、なんで鳴らないんだろうか?

 

「それに、この街の住人はウィズがリッチーだったくらいで態度を変えるような奴らじゃない! おいお前らも言ってやれ!」

 

 俺は煽るように傍聴席を振り返るが…………。

 

 …………。

 ……誰も何も言わない。

 

「お、おいなんだよ、お前らだってウィズには世話になってんだろうが! 少しくらい味方してくれてもいいじゃないか!」

「いや、まあ……。そうだけどよ」

「でもよ、……アンデッドなんだろ? それもノーライフキング、リッチーだぞ」

「そりゃあ店主さんには何かと世話になったけどな。冒険者としては、モンスターはさすがにな。お前らだって、放っておいても危険はないのに安楽王女を討伐しただろ?」

 

 声を上げる俺に、お通夜ムードの冒険者たちは煮えきらない態度で。

 クソ、でもこればっかりはあっちが正論だ。

 この世界の人類にとって、モンスターとは排除すべき存在だ。

 特に害を為すわけでもない、またその恐れもない安楽王女でも、冒険者ギルドの沽券に懸けて討伐クエストが出されていた。

 アンデッドの王であるリッチーも、もちろん討伐対象だ。

 傍聴席に集まった冒険者たちは、親父さんの理路整然とした言葉に萎縮してか、互いに顔を見合わせるばかりでウィズを擁護しようとしない。

 そんな連中に囲まれて、掴みかかろうとするめぐみんをダクネスが止めている。

 

 俺はそんな彼らを見渡し、ポツリと。

 

「……喫茶店」

 

 裁判所内がざわっとした。

 俺のたったひと言ですべてを察した冒険者たちは、さっきまでのよそよそしい空気を霧散させ、危険がないならいいんじゃないかなという感じの受け入れ態勢になった。

 そう。

 この街にいるベテラン冒険者たちは、漏れなく例の喫茶店の常連。

 そしてあの喫茶店を経営しているのは、サキュバスのお姉さんたち。

 サキュバスと言えば悪魔でありモンスター、危険がなくてもリッチーであれば討伐対象だと言うのなら、彼女たちだって討伐対象という事になる。

 逆に言うと、サキュバスのお姉さんたちを受け入れるのであれば、リッチーも受け入れる事になるわけで。

 

「リッチーって言っても、あの店主さんが人間に敵意を持つなんてあり得ないしな」

「それよりはあっちの頭のおかしいのが襲いかかってくる可能性のほうが高い。ていうか、実際にわけも分からず襲われた奴もいるからな」

「処刑かな?」

 

 口々に勝手な事を言いだした冒険者たちに、めぐみんがいきり立ち。

 

「おい、黙って聞いてればあんまりな物言いじゃないか! 紅魔族は知能が高いんです、あなたたちの顔は覚えましたからね! 月のない夜には精々気を付ける事です!」

「お、おお、落ち着けめぐみん! そういうとこだぞ!」

 

 めぐみんを押さえながらダクネスがツッコんだその時。

 

「ふふ、ははははっ!」

 

 告発人席の親父さんが突然笑いだした。

 

「はっはっは……。見事だ、カズマ君。リッチーは危険だという私の理屈を覆し、アンデッドに対する民衆の危機感さえもたったひと言で掻き消してしまうとは……」

「い、いや、まあ……。どうも」

「しかしひとつだけ問題が残る。バニル殿は、万一暴れだした場合にはウィズ殿が止めてくれるものと我々は期待していた。だが、そのウィズ殿もまた人に仇なす可能性があるとすれば、両名を止められる者が必要になるね?」

 

 …………ですよね。

 まあ、最低限の保険は必要だよな。

 

「……万一の時は、俺にウィズとバニルを止めろと?」

「それが出来るならば、二人が街に住む事を認めよう。しかし、カズマ君。今見せた機転は見事だが、君が直接的な戦闘を苦手としている事は知っているよ。ウィズ殿もバニル殿も相当な実力者。二人とも元魔王軍幹部であり、よほどの腕前でなければ立ち向かえるような相手ではない」

 

 クソ! 分かってはいたけど……。

 でも、そこまで聞ければ充分だ。

 

「確かに俺は戦闘力は高くない雑魚ですよ。でも、要するにいざって時にウィズとバニルをどうにか出来ればいいんでしょう?」

「出来るのかね?」

 

 厳しい表情ながらも、どこか面白がるような、そんな口調の親父さんに。

 

「……めぐみん、さっき預けておいたやつを」

 

 こうなる可能性を考え準備していたものを、弁護人席に持ちこむのは禁じられたので、めぐみんに預けておいた。

 

「こ、これでウィズは助かるんですか?」

 

 めぐみんが不安そうに訊いてくる。

 助かると言えば助かるかもしれないが……

 

 …………マジでやるのか俺。

 

 これは多分、禁じ手だ。

 魔王を討伐した時も、金に物を言わせてめぐみんに爆裂魔法を連発させたり、女神の加護を借りて魔王とタイマンしたりと、けっこうなズルをした自覚はある。

 でもこれはそういうのじゃない。

 蘇生はひとり一回みたいな、世界のルールに引っ掛かるかもしれない系のやつだ。

 めぐみんもダクネスも、あと隅っこにいるゆんゆんとペンギンの着ぐるみも、……ウィズを心配する奴ら全員が、俺へと縋るような目を向けてくる。

 

「任せれ」

 

 俺はめぐみんから、マナタイトを受け取った。

 

 

 *****

 

 

 そして――

 

「『ターンアンデッド』!」

「……ッ! うおおおおお!」

 

 現世に降り立った瞬間、即座に浄化魔法を使ったエリス様とウィズの間へと、俺は無理やり体を滑りこませた。

 俺の身体が白い光に包まれ……。

 怖い! 身体はなんともないけど、超怖いんですけど!

 浄化魔法が人間に効かないのは分かっていたが、魔法に向かっていくのはめちゃくちゃ怖かった。

 

「ウィズさん……? いえ、でも、この気配は間違いなく……!」

「ま、待ってくださいエリス様! ウィズを浄化してほしいんじゃなくて……! 事情が! 事情があるんです!」

 

 アンデッドの気配に反射的に浄化魔法を使ったのか、相手がウィズだったと知ったエリス様が、驚愕と悲哀が入り混じったような表情になる。

 しかしそのまま、手を前へ突きだし、ウィズを庇う俺へと鋭い目を向けてきた。

 

「カズマさんどいて! そいつ殺せません!」

「い、意外と余裕がありますねエリス様」

 

 懐かしいネタを口にするエリス様に、俺は頬を引き攣らせた。

 そう。

 禁じ手というのはエリス様の事。

 テレポートを使い天界へと飛んだ俺は、事情もロクに説明しないまま、頼みこんでエリス様を連れてきたのだ。

 今にも浄化魔法をぶっ放しそうなエリス様を前に、俺がどうしたもんかと悩んでいると。

 

「フフフフフ……フハハハハ、フハハハハハ! まずは初めましてだ、トイレの女神の後輩女神よ! 我輩は悪魔たちを従える地獄の公爵にして、すべてを見通す大悪魔バニルである! たかだか人間の小僧に連れてこられるとはわざわざご苦労様です!」

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 突如として挨拶を始めたバニルに、エリス様は問答無用で破魔魔法を放った――!

 

「ぐああああああああ!」

 

 バニルが白い炎に包まれ。

 炎が消えると、後には何もなく……。

 と、白い炎に包まれる前にバニルが投げていた仮面の下から、にょきにょきとバニルの身体が生えてきた。

 

「残念! なんのダメージも」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「な」

「『エクソシズム』! 『エクソシズム』! 『エクソシズム』――!」

 

 連続で撃ちこまれる破魔魔法に、バニルの身体が再生したかと思うと次の瞬間には土くれとなり、ボロボロと崩れ落ちる。

 ヤバい!

 本気のエリス様が怖すぎる!

 

「ええい! 少しは話す暇を与えんか! 狂犬女神の後輩だけあって貴様も礼儀というものを知らぬと見えるな!」

「バニルさ……、…………地獄の公爵バニル。まさかあなたがあの大悪魔だったとは……。悪魔と話す事など何もありません。悪魔に尽くす礼儀もありません。私があなたに望む事はひとつです、大人しく消滅してください」

「断る。小僧に誘われ実はウキウキで現世に降りてきた暇人女神よ、汝の」

「『セイクリッド・エクソシズム』――!」

 

 ……エリス様、暇なのか。

 今度ぷちぷちでも贈ってあげよう。

 

「ううむ、その苛立ちの悪感情、美味ではないがまあ悪くはないな。永く存在してきた我輩でも、女神の悪感情を食らったのはいつぶりか。いや、珍味珍味! ご馳走様です! 美味しくないご飯製造機の飯マズ女神よ、何をそうカッカしているのかは知らぬが、怒りっぽい時は小骨を食べると良いと聞く。我輩の仮面の一部には魔竜の骨が使われているのだが、ひと口だけなら齧っても良いぞ?」

「ぶっ殺」

「お、おお、落ち着いてくださいエリス様! ……お前も状況分かってんのか? これ以上エリス様を怒らせてどうすんだ、煽るだけなら帰ってくれよ!」

 

 はちゃめちゃに怖いエリス様の前に立ちはだかり、説得しようとする俺に、バニルが背後から。

 

「これは異な事を。暗黒店主が浄化され昇天店主とならぬよう、助力している我輩になんたる言い草か? 汝、毎度毎度背負わんでもいい苦労を背負いこみ、自ら不運を選択しておきながら被害者面する男よ。話が通じる我輩に、どこかの暴走女神と違って頼りになりますねと感謝を述べるが吉」

「おいやめろ、お前の言葉が一番刺さるんだよ。一応お前らのためになる事やってんだから少しは自重してくれよ」

「断る」

 

 こ、こいつ……!

 

「フハハハハハ! その苛立ちの悪感情、美味である! 悪魔やアンデッドと関わるという事はこういう事である! 矮小な人の身にてアンデッドの王と地獄の公爵を守らんとする身の程知らずな男よ! 貴様にその覚悟があるか?」

 

 目を赤く輝かせたバニルが、仮面の奥でニヤリと笑いながらそんな事を……!

 

「うるせえええええー! 悪魔がどうとかアンデッドがどうとか、……女神がどうとか、知った事か! 覚悟があるかって? あるわけねーだろそんなもん!」

 

 まったく! どいつもこいつも、……本当にどいつもこいつも、俺をなんだと思ってるんだ。

 

「おいダクネスの親父さん! 見ての通り、俺にはエリス様を呼び出す手段がある! もしもウィズとバニルが暴れても、エリス様とついでにアクアがいれば止められるはず! これでも俺には二人の監視役は務まらないですかねえ!」

「……む。い、いや、カズマ君が頼む事でエリス様が来てくださるのであれば、悪魔やアンデッドへの対処としては最上だろうが……。しかし、君はつくづく予想を超えてくるね」

 

 さすがにエリス様の登場は予想外だったのか、親父さんは冷や汗を垂らしながらも、力強く頷いてくれる。

 よし! 親父さんは説得できた。

 この世界は貴族社会、法律だなんだと言っても最後に物を言うのは貴族の権力だ。

 領主代理であるダクネスの親父さんが認めてくれるなら、ウィズとついでにバニルはこの街で平穏に暮らしていけるだろう。

 検事席のセナも、ホッとした様子で息を吐いていて。

 

 ――そんな中。

 

「……なるほど。そこにいるリッチーとこの悪魔への対抗策として私を呼びだしたのですね? ……それで、カズマさんが二人の監視役になって、二人は穏便に街で暮らす、と? ですが、もっと簡単な解決方法がありますよ?」

 

 笑顔を浮かべたままのエリス様が、手のひらをこちらに突きだした姿勢のまま。

 超怖い雰囲気を微塵も薄れさせる事なく。

 

「この場で二人を滅してしまえばいいのです。先輩と私の二人掛かりなら可能です」

 

 畜生! 今度はこっちか!

 

「ままま、待ってくださいエリス様!」

「カズマさん、口を開かないでください。あなたは武器よりもスキルよりも、その狡すっからさが一番怖いんです。どんな説得も聞き入れませんからね」

「いや、そうじゃなくて……。エリス様、知らないんですか? 裁判所内ではいかなる魔法も使用を禁止されているんですよ?」

「えっ」

 

 まあ、さっきテレポートを使った俺がどの口で言うんだって話だが。

 誰もツッコまないので続ける。

 

「まあ、女神様のやる事ですから、人間の決まりで縛るなんて不敬かもしれませんね? そう思うのであれば、どうぞ魔法をぶっ放してください」

「ズ、ズルい! それはズルいです! 本当にズルいですよカズマさん! そんな言い方をされたら思い留まるしかないじゃないですか! これだからあなたの事は絶対に敵に回したくないんですよ!」

「俺だってエリス様と敵対なんかしたくないですよ。だからここは話し合いで解決しませんか?」

「お断りします。アンデッドは自然の摂理を捻じ曲げる存在です。見つけ次第、その場で浄化するしかありません。そのリッチーがどれほど善良であろうと、例外はないんです」

「それは絶対なんですか?」

「ええ、絶対です。エリス教徒でも、アクシズ教徒でも、悪魔とアンデッドであれば間違いなくその場で滅します」

 

 …………。

 ……エリス様相手にこういう事するの、本当に心が痛いな。

 

 でも、その言葉が聞きたかった……!

 

「それなら、うちの駄女神様にも話を聞いてみましょうか?」

 

 俺はアクアの口からバツ印のマスクを外した。

 

 

 

「――あ、あのね、エリス。その……、ウィズは確かにリッチーだけど、とってもいい子なのよ。だから、なんていうか……見逃してあげてくれませんか?」

 

 さすがに女神の天敵であるアンデッドを見逃せと言うのは気まずいのか、エリス様の前に立ったアクアはいつになく歯切れが悪い。

 そんなアクアの言葉にエリス様は。

 

「先輩!? どうしちゃったんですか! アンデッドと見れば見境なく浄化していたあの先輩が、そんな……!」

「ち、違うのよ? アンデッドなんてナメクジの親戚みたいなものだし、今でも見掛けたら浄化しているわ。そう、こないだもね? ルーシーズゴーストとかいう、未練を残して長い間この世に漂っていた霊に、聖なるグーを食らわしてやったわ」

「そうです、アンデッドはこの世の摂理に反した存在、ただそこにいるだけで世界を歪めているんです。ウィズさんがいい人なのは私にも分かりますが、だからと言って見逃していい理由にはなりません」

 

 ナメクジっぽいから浄化すると言うアクアと、この世の摂理に反するから浄化すると言うエリス様の間には、まあまあ無視できない食い違いがあるような……。

 俺がそんな疑問を抱いていると、アクアが首を傾げて。

 

「……? どうしてエリスがウィズの事を知っているの?」

「えっ! そ、それは……! ええと、……そ、そう! たまに! ごくたまにカズマさんの動向を見守っている事がありまして! その時にウィズさんの事もチラッと見た事が……!」

 

 クリス様ですね分かります。

 

「えー? エリスってばそんな事してたの? ひょっとして暇なの? だったら私の仕事も手伝ってほしいんですけど。久々に天界に戻ったら、こっちにいた間に溜まってた仕事を片付ける事になって、天使の子たちが文句ばかり言うのよ」

「いえ、その……。私はこっちの世界の担当ですので、日本担当の先輩を手伝うわけには……」

「そうなの? こないだクリスがカズマさんにって、日本の漫画を持ってきてたわよ? あれってエリスがあげたやつでしょう? エリスも日本に行けるんだったら、日本担当の仕事も手伝ってもらえると思うんですけど」

「!!!!????」

 

 ……こいつマジか。

 初めてアクアを尊敬したかもしれない。

 マジギレしていたエリス様のペースを乱しまくっている。

 

「わ、分かりました! 私に出来る事があれば少しだけお手伝いしますので! それよりも今はウィズさんの事です!」

「……そうね。エリスの言う事も分かるけど、でもね? 聞いてちょうだい。ウィズったらこないだ私が浄化しようとしたら、私の役に立つなら浄化されてもいいなんて言うのよ? いずれ誰かに浄化される身なら、私に浄化されたいって……。……エリスったらそんないい子を浄化しようって言うの? まったく、カズマさんといい、人の心をどこに落っことしてきちゃったの? 私も一緒に探してあげましょうか?」

「ままま、待ってください! 心情的に辛いというのは私だって理解できますよ! ですが、相手はアンデッドなんです! 神の天敵なんです!」

「だからね、見逃してあげてほしいんですけど」

 

 だからねってなんだよ。

 

「ダメです! ダメですよ! いくら先輩の言う事でも、アンデッドを見逃すなんて事を許すわけには……!」

「大丈夫よ。何か問題が起きても、最後にはカズマさんが、しょうがねえなあって言いながら大体なんとかしてくれるわ」

「俺かよ」

 

 どいつもこいつも本当に、俺をなんだと思っているんだろうか?

 俺は日々を自堕落に過ごしたいだけの小市民なんですけど。

 

「い、いやまあ、出来るだけの事はします……けど……」

 

 ジッと俺を見つめるエリス様に言うと。

 

「では、カズマさんがいなくなった後は?」

「えっ? いや、俺としては屋敷もあるし、ずっとこの街に住んでいくつもりなんですけど……」

「サトウカズマさん、あなたは人間なんですよ。いずれ天寿を全うし、この世界を離れる時が必ず来るでしょう。ウィズさんやそこのおかしな悪魔は、その後も永遠に存在し続けるのです。何十年も、何百年も……。あなたがいなくなった後、もしも彼らが暴走したら誰が止めるのですか?」

「それは……」

 

 俺がいなくなった後? 正直そんなもん知った事かと思うが……。

 今ここでウィズやバニルの存在を受け入れさせるという事は、そこまで考えないといけない事なのだろうか?

 何も言えなくなった俺を、エリス様が憂いに満ちた表情で見ている。

 そんな時。

 すべての成り行きを受け入れるような、穏やかな笑顔を浮かべたウィズが。

 

「そういう事でしたら、カズマさんが亡くなる時に私も浄化していただけませんか?」

 

 アンデッドとしてはあり得ないウィズの言葉に、エリス様が絶句し。

 その言葉に、アクアが答えた。

 

「ええ、分かったわ」

「先輩!?」

 

 エリス様が声を上げ、アクアを見る。

 アクアは、ごくたまに見せる、お前は誰だよと言いたくなるような、女神らしい慈愛の表情を浮かべていて。

 

「…………。そう、ですか……。…………分かりました。先輩がそこまで言うのでしたら、この場はお任せします」

 

 そう言ったエリス様が、ウィズたちから一歩下がった。

 それはエリス様が敵意を収めたという事で。

 

「それじゃあ……!」

「はい。リッチーのウィズ、そして大悪魔バニル、二人がこの街に滞在する事を、女神エリスの名において認め…………、みと…………、ど、どうにかしておきます」

 

 アンデッドと悪魔が街に滞在する事を認めるのは、女神的にアウトらしい。

 俺の蘇生を誤魔化してもらった事と言い、エリス様には本当に苦労を掛けるなあ……。

 

「い、いろいろとすんません」

「まったく、先輩と言いカズマさんと言い……。仕方ないなって思わされちゃうのがズルいですよ」

 

 纏っていた剣呑な空気を消し、穏やかに苦笑したエリス様が、ふと。

 とある一点を凝視して……?

 俺がその視線を追うと、そこには。

 

「……あら、いつぞや仕留め損なった着ぐるみではないですか。どうしてこんなところに? 丁度良いです。少しむしゃくしゃしているところなので、憂さ晴らしに付き合ってもらえませんか? ええ、ほんの少しだけ…………、すぐに終わりますから」

「ピィ!」

 

 穏やかに笑ったエリス様に、傍聴席の隅にいたペンギンの着ぐるみが鳴いた。

 

「アレなら別にいいわよ」

「…………! …………ッ!」

 

 アクアの無情な言葉に、ゼーレシルトがガタガタと震えだし、着ぐるみの無表情な目が助けを求めるように俺を見ていて……。

 俺はウィズから魔力を貰うと、エリス様の袖をそっと掴みテレポートを使った。

 

 ――この後めちゃくちゃ説教された。

 

 

 *****

 

 

 ある晴れた日の昼下がり。

 店が定休日のその日、俺たちはウィズ魔道具店を訪れていた。

 ウィズが連れていかれてしまい、途中で終わっていたウィズの昔話を、今日こそ聞かせてもらうためだ。

 ウィズの店の前に立った俺がドアノブに手を伸ばすと、ドアが内側から開き。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様!」

 

 メイド服を着たウィズが現れて……。

 

「『エクソシズム』――!」

 

 アクアが魔法をぶっ放した。

 

「華麗に脱皮! フハハハハハ、お色気店主と思ったか? 残念、我輩でした! おっと、これはこれは、ガッカリの悪感情だけではなく苛立ちの悪感情までも……? 美味である美味である! ご馳走様です!」

 

 変身を解いたバニルは、大男の姿なのになぜかメイド服を着ている。

 

「おいやめろ、なんで変身を解いたのにメイド服のままなんだよ。お前が着てるとメイドさんのイメージが汚される気がしてくるからやめてくれよ」

「この服を着るのが色ボケ店主でなくて残念だったか? これは我輩が小僧を監督役と認め、平穏に暮らす事を誓った表明であるのでな」

「嘘じゃん。ウィズが監督役だった頃はそんなの着てなかっただろ」

「何を言うか。あの頃は店のエプロンを身に付け、店長に絶対服従の店員として振る舞っていたであろうが」

「いや、けっこうな頻度でウィズになんとか光線撃ってたよな?」

 

 店長に絶対服従とかブラックな事を言うのも、なんか心が痛いのでやめてほしい。

 そんなバニルに、勝手に店の中に入ったアクアが。

 

「ちょっと変てこメイド! メイドならメイドらしく、お茶の一杯でも淹れなさいな! お客さんが待ってるんですけど! ほら、早くしてー、早くしてー」

「ええい、貴様がメイド扱いするな自堕落女神め! ここは喫茶店ではないと何度言ったら分かるのだ!」

「ほーん? メイド服を着ているくせに、あんたのメイドぢからはその程度なの? ごめんなさいね? 人の悪感情啜って辛うじて生きてる寄生虫みたいな存在に、メイド道のなんたるかを理解しろなんて難しすぎたかしらね? プークスクス!」

 

 と、そんな時。

 

「い、いらっしゃいませ、ご主人様!」

 

 店の奥から現れたウィズは、バニルと似た感じのメイド服を着ていて……。

 そんなウィズにめぐみんが。

 

「どうしてウィズがそんな格好をしているんですか? あなたまでカズマに色目を使うつもりですか?」

「あれえっ? ち、違います! 違いますよ! これはバニルさんに、私たちはカズマさんの監督下に入ったのだから、メイド服を着て出迎えるのが作法だって言われて……! そんな……、色目なんてそんな……! カズマさんには皆さんがいらっしゃいますし、私なんか……!」

「いいかウィズ。真剣に忠告するが、あの男はやめておいたほうがいい」

 

 めぐみんの質問に、ウィズが顔を赤くして慌てだし、ダクネスが真剣な口調で失礼な忠告をしている。

 ……嫉妬かな?

 いやー、辛いわー、モテる男は辛いわー。

 

「見ろ、あのだらしない顔を。あれは私のウィズへの忠告を、嫉妬かと勘違いしてニマニマするような、そんな男だぞ」

 

 あれっ?

 

「そうですね。意志が弱くてちょっと誘われるとフラフラついていってしまいそうだったり、そのくせ肝心な時はヘタレだったり……。たまに私はすごくダメな男に引っ掛かったのかもしれないと思う事はありますね。まあ、そういうところも好きだと思う私はもうダメなんだと諦めましたけど」

 

 おっと、思ってたよりも俺の評価が低いですね。

 

「おいお前らふざけんな。俺をダメ男扱いするのはやめろよ。魔王を倒したサトウさんだよ? もっとチヤホヤされてもいいくらいだろ」

「そういうとこですよ」

「氷の魔女は名声にこだわらず、モンスターを討伐し人々を守ろうとする、禁欲的で求道的なところがあったと聞く。そんなウィズまであんな男に引っ掛かるところは見過ごせない。考え直してくれ」

「ま、待ってください! 私はそんな! カズマさんの事はなんとも……!」

 

 ……いやまあ、近所のキレイなお姉さんみたいな感じのウィズまでもが、俺の事を好きになるなんて事はさすがに期待していないが。

 そこまで否定されると、さすがに心に来るものがあるな。

 ていうかあいつら覚えとけよ。

 

「フハハハハハ! フワーッハッハッハッハッ! まさか残念店主をご奉仕店主にしただけで、これほどの悪感情を得られるとは! 羞恥に苛立ちにガッカリの悪感情! 美味である美味である! おっと、またもや苛立ちの悪感情! 本日は食べ放題であったか! ご馳走様です! フハハハハハ! フハハハハハハハハッ!」

 

 と、笑いながら店内を転げ回るバニルに、メイド服姿のウィズが。

 

「……バニルさん。嘘だったんですか? 私、すごく恥ずかしい思いを我慢してメイド服を着たんですけど、作法だって私に言ったのは嘘だったんですか? ……実は私、バニルさんをとっちめるための必殺魔法を開発していたんですよ」

「やっちまいましょう! 散々調子に乗っているその悪魔に、たまには目に物見せてやりましょう!」

 

 いつかのマジギレな雰囲気を漂わせるウィズの背後で、めぐみんが目を赤くしていて。

 さらにはダクネスとアクアまでもがバニルを追い詰めていき……。

 そんな四人に囲まれたバニルは、その場に胡坐を掻くと。

 

「まあ待て、落ち着くが良い。人というのは話し合いが成立する種族である。諸君、話し合おうではないか」

「女神ですけど」

「紅魔族ですけど」

「リッチーですけど」

「わ、私は……、…………」

 

 みんながそれぞれの種族を告げる中、特に言う事がなかったダクネスが気まずそうにしているが、そもそもコイツは人じゃなくて悪魔だろうに。

 

「『エクソシズム』!」

「華麗に脱皮!」

「――ッ! 捕まえました! あなたはこの仮面が本体でしたね? ではこの辺に爆裂最高とでも書いてやりましょうか。……消えないペンみたいな魔道具はないのですか?」

「あ、ありますあります! バニルさんがガラクタと言ったアレが役に立つ時が……!」

「わ、私は……、私はどうすれば……!?」

 

 ダクネスがあぶれてますけど。

 

「おい落ち着け。お前ら落ち着け。そんな事より、ウィズの昔話をだな……」

 

 俺が呼びかけるも、誰もがバニルをとっちめるのに忙しいらしく、俺の言葉を聞いていない。

 その後も復活したバニルの殺人光線でダクネスが焦げたり、アクアの浄化魔法の余波を食らってウィズが消えかけたり……。

 今日もウィズの昔話は聞けそうになかった。

 

 ……まあいいか。

 ウィズは街を追いだされずに済んだんだ、そのうちまた話してくれる機会はあるだろう。

 

 




・「キールのダンジョン在住の、自称元魔王軍幹部候補、リッチーのデュークさん」
『このラスボスリッチーにお仕置きを!』
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