クロックリターン・プラネット 作:機械系ヒロインバンザイ
しかし買えない…。金額とか支払い方法とか全巻キャンセルの手間とか色々考えるとやはり通常の初回限定版で我慢するしかない…。
『ナオトさま、この場所はいかがですか?懐かしくは思われませんか?』
どこかスピーカーのような不自然な響きの自分の声を気にも留めず、リューズは車椅子に掛ける主人に語りかけた。
リューズは
「………………」
ナオトは何も答えない。ただぼんやりと虚空を眺めているだけだ。
目の前にはかつて自宅代わりにしていた漫画喫茶。2人の数少ない思い出の場所だが、それでもナオトに変化は見られなかった。
リューズが多くのものを失って一ヶ月。不幸中の幸いだったのは、ナオトの命までは取られなかったことか。……自分では何もできず、言葉も話せずに意識があるのかないのかすら定かではない状態を果たして生きていると表現すべきなのかどうかは疑問だが。
アンクルは激闘の中で自らの力で自壊し、大破。マリーとハルターは行方不明だが、この様子では生存は絶望的だろう。
ーーーあの日。いきなり意識が暗転した。
それが電磁パルスによるものだと気付いたのは、脱磁されて意識が戻った直後。しかし、味方が脱磁してくれたわけではなく、単に敵が必要に迫られて脱磁装置で磁気を抜いただけの話だった。
しかも、脱磁されたからといって動けるわけでもない。武装の鎌は破壊され、手足も拘束されていた。
実のところ、リューズは敵についてはほとんど覚えていない。思い出せるのは、どう見ても素人としか思えない男達が群がり、拙い手つきで人工皮膚を無理やり引き剝がしながら自分のパーツを引き抜いていく様と、擬似神経が焼き切れる程の激痛、そしてパーツを無理やり外された際に生じるどうしようもない苦痛と不快感。それを見て怒り狂いながら泣き叫ぶ
外されたパーツが200を超えた辺りで動力の経路が完全に途絶えたのか、それ以降の記憶がリューズにはない。気がついた時にはボディはコンラッドによって作られたものになっていたし、ナオトは自我を失っていた。
ーーーナオトは人体実験のモルモットにされたのだと、リューズは告げられた。
敵の正体及び目的は不明。だが高度な電磁技術を持ち、アンクルをも上回る兵器を保有しているのは間違いないのだという。ナオトを救出し、パーツのほとんどが引き抜かれたリューズの残骸を回収してコンラッドに預けたのはマリーとハルターだそうだが、その2人も行方不明。リューズを目の前で解体されたストレスと実験に伴う多量の投薬の後遺症でナオトの脳には甚大なダメージが残り、もしかしたらもう二度と以前のようには戻らないかもしれない、とのことだった。
ーーーまさか、Ωと名乗るあの男だろうか?
しかし、ナオトを狙う人間は他にも無数にいる。余計な先入観を持つのは危険だ。
ーーーナオトを狙う人間があまりにも多すぎる。
(……ノミ以下、と評しましたが、訂正します。人間様はこの上なく危険な害虫でございますね)
もう、何もかも元通りにはならない。自分を以前の状態に復元できる技師はおらず、それどころか最も尊ぶべきナオトすら完治の見込みがない。そして、自分もアンクルも戦えないとなれば、敵の排除などできるはずもない。
(……………っ!)
車椅子の持ち手を握る手が震える。
(…せめて、ナオトさまが元に戻ってくださったなら)
ーーーもう、逃げてしまいたいと思った。元気になった主人とともにどこか遠くに逃げて、そこで静かに暮らせたらどんなに良いだろうと。
しかし、それは叶わない。この世界に逃げる場所などなく、そもそもこの身体では遠くに逃げることそのものが困難だ。
『…ナオトさま、そろそろ冷え込んできましたので、拠点に戻ろうと思います。他の場所への散策はまたの機会にいたしましょう』
『……そ、んな』
彼女にしてはあまりにも弱々しい呟きだった。
目の前に広がるのは、燃え尽きた黒焦げの家屋。コンラッドが提供してくれた隠れ家の慣れの果て。人目につかない場所の為か、騒ぎが起きた様子はない。建物一つが燃えたというのに、周囲は全くの無人だった。
(……もうここを嗅ぎつけてきたので?)
死体を確認する余裕はない。保管されているアンクルのボディが無事か気になるが、それよりもナオトの安全確保の方が先だ。
建物の様子からして、燃えてからかなり時間が経っていると思われるが、油断は禁物。未だに敵が残っている……いや、それどころか。
(上空2万メートルの高度からこちらを見下ろし、あえて泳がせている……という可能性もあります)
仮に敵がΩならば、もう打つ手はない。こちらが認識できない高度から一方的に殲滅されて終わりだ。
(……少し負担が大き過ぎますが、仕方がありません)
もしも相対機動が使えれば、と思わずにはいられないが仕方がない。意図的にリミッターを解除し、ボディの機構が破損するのを覚悟の上でナオトの身体を抱えて全力でダッシュする。
(………遅い)
あまりにも、遅すぎる。
作ってくれたコンラッドには申し訳ないが、それにしてもこのスピードでは駄目だ。これでは、主人を守りきれない。
(……理解しています)
複雑怪奇なIntial-Yシリーズの
ーーーだが、それだけでは意味がない。
リューズにとってはナオトの安全が第一で、それ以外は瑣末なことだ。自分のボディの美しさを保ちたいという願望も、元の自分の姿がナオトに気に入られているから、という理由でしかない。
ダッシュの負荷に耐えきれず、擬似神経が数本焼き切れる。姿勢制御の正確性が14%ほど低下したが、問題ない。その程度の誤差は人工知能の演算で無理矢理調整する。
(……きつい、ですね)
内心でつい弱音を吐く。
そもそも、本来のボディではない身体を動かすだけでも、人工知能を相当に酷使する。ましてや激しい運動をしながら姿勢制御の補助演算など、本来のボディでなければかなり無理のある行いだ。
隠れ家から2キロほど離れ、人通りの多い道路へ出た。好奇の視線が刺さるのも無視して、リューズはひたすら前に進む。
ーーー本来の彼女の聡明さならば、あるいは解決策を見出せたかもしれない。しかし人工知能を酷使し、思考力が大幅に低下した今のリューズは手頃な宿で休眠を取る、という程度のことしか考えられなかった。
『……大変お待たせ致しました。かなりの負担をおかけしてしまい、申し訳ございません、ナオトさま』
とあるホテルの一室。限界を迎えつつあったリューズは、そこで一度休眠を取ることにした。
まずナオトの服を脱がせ、濡れタオルで丁寧に身体を拭く。点滴の針を抜かないように注意しながら、丹念に。その間もナオトはうんともすんとも言わない。ただされるがままになっていた。
やがて替えの服に着替えさせ、脱がせた服を袋に詰める。休眠後に洗濯するためだ。本当ならすぐにでも眠って最適化を行いたいところだが、リューズにとってはナオトの世話の方が優先だった。
『ナオトさま、お食事です』
不幸中の幸いというべきか、ナオトは少量ならば食事ができる。無論強く噛むことはできないので流動食だが、それでも点滴のみの栄養補給よりは圧倒的にマシだ。
ごく少量をスプーンで口まで運び、流し入れる。そしてそれに僅かに反応したナオトがゆっくり咀嚼し、飲み込む。どんなに語りかけても反応しないのに、食事で反応するとは、わたしは流動食以下なのでしょうかーー?などとネガティヴな考えがよぎったが、それもすぐに『何も食べられないよりは良い』と思い直す。
僅かな量を30分かけて食べさせ、まるで幼児にするように歯磨きを終わらせ、そこでようやくすべきことが終わった。あとはいつものように最適化のための睡眠をとるだけだ。
『お休みなさいませ、ナオトさま』
隣で眠るナオトの横顔を見ながら、リューズもまた休眠状態に陥った。
介護系ヒロイン・リューズさん。
主人公を介護したり、主人公のために傷つきながら立ち向かうヒロインっていいよね!