幼馴染が根源の姫だった件   作:ななせせせ

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レディアヴァロン出なかったので初投稿です、通してください。


6

 ――振りぬいた拳は強かに頬を打ち据えていた。

 お互いに満身創痍。

 

 思えばこれまで一度だって私と、沙条綾香は喧嘩をしたことがない。

 ともすればこれは最初で最後の全力を出した喧嘩というものになるのかもしれない。

 

 そんな横道に逸れた思考をしていたからだろうか。

 綾香の繰り出したつま先蹴りが水下あたりに入った。

 

 

「はっ……! 随分と、腰の、引けた蹴り……じゃ、ない……? 笑わせるわね……!」

「膝が……震えてる、みたいだけど……?」

「馬鹿ね。これは……お兄様を想った結果よ」

「へ、へえ……?」

 

 

 昔からやせ我慢は得意だった。

 大した理由があるわけではない。

 ただ、玲瓏館美沙夜であるための意地。

 強くなければいけない。

 賢くなければいけない。

 気高く、美しく、冷酷に。

 

 魔術師の家系に産まれ、魔術師として育てられた私は、それしか知らなかった。

 

 

「……いい加減諦めよう? どう考えても私の方がお兄ちゃんに想われてるし」

 

 

 ……あ゛?

 

 

「……そうね、貴女は『沙条愛歌の妹』として想われているでしょうね。羨ましい限りですこと」

「はあああ⁉ そんなことないんですけど? お兄ちゃんと私はラブラブなんですけど⁉」

「その点私はお兄様に沙条愛歌とは全く関係なく、慕ってくれる可愛い後輩というポジションを得ているから……貴女とはレベルが違うわけ」

「何それ意味分かんないんだけど!! お兄ちゃんから直接そんな話を聞いたことでもあるの!?」

「お兄様のことなら言葉にされなくても察せるのが私よ? 当然じゃない」

「……あ゛?」

 

 

 ……いや、ちょっと盛った。

 本当は、あんまりあの人のことを理解できていないのだろう。

 そんなことは分かっている。

 とうの昔に理解させられている。

 

 そんな事実がどうしたというのか。

 確かに。

 確かに、玲瓏館美沙夜というという人間は、沙条愛歌の幼馴染であり、沙条綾香の兄代わりであり、玲瓏館美沙夜の将来の旦那様()である彼の本質を、その本性を、その本音を、これっぽっちも理解はしていないのだろう。

 

 だからどうした(・・・・・・・)

 

 そんな事実程度で揺らぐほど、玲瓏館美沙夜という人間は彼のことを見くびってはいない。

 彼の精神が常人のそれと違うことなど、あの日の時点ですでに理解している。

 理解しているからこそ――恋焦がれているのだから。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 お兄様との関係は小学校のあの一件があってもなお続いていた。

 と、いうのも。

 

 

「――君は本当に……欲のない子だね?」

「恐縮です……?」

 

 

 居間にはあの人の姿。

 

 ――いつの間にか、彼は父と仲良くなっていた。

 あの人はそういうところがあった。

 どういう人間であっても……特に年上の人間に、好かれる。

 

 不思議と人の懐に入ってくるというか、いつの間にかいるのが当然になっているというか……。

 まるで景色の一部のように、あるいは砂漠に湧いたオアシスのように。

 気配が薄いわけではない。

 むしろ形容しがたい濃密な気配を纏っている……後になって考えればそれはほとんど彼の幼馴染の残り香のようなものだったのではないだろうか。

 

 ……それはともかく。

 

 簡単に言ってしまえば、まるでこの世界に元々存在しなかったもののようだった。

 どこにいてもどこか違和感があり、どこにいてもどこか自然。

 遠回しに探りを入れてものほほんとした態度で受け流す余裕には隠しているものも見当たらなかった。

 だからこそ気になる。

 父もまた、そんな彼のどこかズレているところに気付いて、気になっていたのだろう。

 

 

「美沙夜、失礼のないようにね」

「はい、お父様」

 

 

 もう何度目かも分からないやり取り。

 同年代で「友人」と呼べるものの少なかった私を心配してなのか、それとも別の判断か。

 あの人を家に招いたときは毎回、私と二人きりになる時間を作っていた。

 

 尤も、出会いが出会いなのであまり会話が弾むことも少なく。

 ただその日は、その口からとある名前が出た。

 

 

「……そういえば、美沙夜ちゃんも小学生になったんだよね」

「はい」

「そっか。実は俺の幼馴染の妹もちょうど同じ年齢でさ――沙条綾香っていうんだけど」

「沙条――っ!?」

「うん、あ、もしかして知り合いだった?」

「え、と……遠くから見かけるだけです」

「そっか」

 

 

 あまりにも自然で悪意のない態度から放たれるその名前は、普通の人間ならほとんど関わるはずのないもの。それを今、この家で出すということはやはり――

 

 

「たまたま隣に越してきたのが愛歌で、綾香ちゃんはそれから6年後に生まれてね」

「……ええ」

 

 

 そこから始まったのは長い思い出話だった。

 ……いや、思い出というか、惚気?

 話自体は緩急のつけ方も上手で、聞いていて飽きないけれど内容が……心なしか口の中がじゃりっとした。

 

 

「と、まあそんなわけで綾香ちゃんも俺の大事な人だから、二人が友達になってくれたら嬉しいよ」

「アッハイ……」

 

 

 私は何を聞かされていたのだろう。

 そして私は何故こんなにも無性に苦いものが欲しくなっているのだろう……

 分かったのはこの人がものすごく沙条愛歌のことを好いているという事実だ。

 ついでのように綾香の基本的な性格とかも聞いたけど、印象が薄すぎる。

 

 そんなことを考えていると、ぽつりとつぶやくように、

 

 

「――本当にさ。愛歌も綾香ちゃんも、そんで美沙夜ちゃんも。みんな幸せになってほしいな」

「……私に、幸せ? どうして?」

「目の前の親しい人のことだぜ? 幸せに生きていてほしいと思うのは当たり前でしょ。友人でもそうなんだから親でも――惟慧さんだって君の幸せを願っていると思うけど?」

 

 

 幸せ。

 考えたこともなかった、が――

 

 そう、面と向かって言われてみると。

 どこかむずがゆいような温かさがある。

 幸せになってほしいと。

 そう願われるような存在であることが。

 そして魔術の師という側面の強かった父もきっとそうであるという言葉が。

 どうしようもなく嬉しい。

 

 それをどうにかしたくて、私は唯一触れられていないその人に水を向けたのだ。

 

 

「――お兄さんは」

「うん?」

「お兄さんは、幸せになりますか」

「……さあ、どうだかね?」

 

 

 ――ふつり、と。

 

 胸中に言いようのない感情が沸き起こる。

 これまでの付き合いで彼が善良すぎるほどに善良で真面目な人間であることは分かっている。

 その倫理観は極めて真っ当で、嬉しいことは嬉しい、悲しいことは悲しいと感じられる正常な感覚も持っている。

 そして、目標の壁がどれだけ高かろうと突破しようとする諦めの悪さがある。

 

 なんだろう。

 この人には――何が見えているのだろう。

 

 他人の幸せを願ったその口で、自分のそれは諦めていると聞こえる言葉を紡ぐ彼は。

 一体なんだというのか。

 自分のそれについてはともかくと横に置いて他人のそれを願ってしまうようなその諦めは。

 

 ……ああ、わかった。

 これは怒りだ。

 この私の幸せを願っておきながら自分は一人それから離れようとするとは何を考えているのか。

 

 

 ――その姿に、どうしようもない気持ち悪さと、怒りと、それと同じくらい悲しみを覚えたのだ。




お前がこのSSを更新しないのはお前の勝手だ。
だがそうなった場合、誰が更新すると思う?
――万丈だ。


まあそれはともかく、美沙夜ちゃんってトゥサカ先輩の元になった存在なわけですよね。
ということはつまり自己犠牲覚悟マシマシ(に見えるだけ)の男を前にちらつかせればヒロインレースに参戦してくれるって寸法ですよ

第三部のメインヒロインは?

  • 沙条愛歌
  • 愛歌ちゃん様
  • 根源接続ラスボス系お姉ちゃん
  • 半ゾンビファブリーズ

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