「私は月(見うどん)。黄身がいれば輝けるよ」

ウォッカ と ジンの飯話

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「逃がすかよっ、怪盗キッド!」

 やわらかなシートに重い体を預け、地上の灯りに照らされる夜の雲をウォッカはぼんやりと眺める。

 重く垂れさがった鉛色した雲は雨の前兆をはらみ、ちょうどカーステレオから流れるラジオでも荒れた天気に気をつけるようにアナウンサーが話していた。空を飛んでいる白く大きな鳥も、家路を急いでいるのかあっと言う間に通り過ぎてビルに隠れて見えなくなった。

 日が陰り一気に気温が下がりつつある、こんな日には早く帰って、あたたかい飯でも食いたいものだ。

 

 夕食はなににしようかと余計なことに傾きかけた思考は、ドアを開閉する重低音と、どさりと身を投げ出すように座る男の存在に断ち切られる。

 

「兄貴ぃ、遅かったですね」

「さっさと出せ」

 

 黒い帽子と前髪に隠された表情は読めないが、命じる口調に滲む感情は空と同じように下り気味で、自分がここで待機している間になにがあったのか機嫌が悪そうだった。もっとも、機嫌がいい時なんてめったにないのだが。

 ウォッカは短く返事を返すと、車を発進させる。

 ネオンの明かりが後ろへと流れる車内は、ラジオを消したこともありエンジン音が響くだけで静かだ。ルームミラーで後部座席を見るが、腕を組んで目をつむる姿からは押し殺す空気を発しているようだった。きっと、ジンと長く組み、多少なりとも内面が読み取れる自分でないと、この空気を恐れて委縮するだけだろう。

 

 ぽつりと、雨粒がガラス面に当たったのと同時に遠くで落雷が光った。

 

(ブリ起こしキターーー(゚∀゚)ーーー!)

 

 数秒してから遅れた轟音に反射的に身をすくめる。普段からもっと激しい銃声や爆発音を聞いているのにこればかりは慣れそうになかった。だが、どんなに大きな音であっても、聞こえてきた心の声まではかき消せなかった。

 一瞬で脳内がブリ一色に変わる。

 刺身にするか、かるくブリしゃぶにするか、今夜は冷えそうなので鍋もいいかもしれない。冷蔵庫の中身をピックアップしながら今夜の食事について考えをまとめていく。冷えた日本酒ならあるが、ほかの野菜はすこし心もとなかった。それに一番肝心のブリがない。

 

「さっきラジオでやってたんですけど、冬の雷のことをブリ起こしっていって、ブリの美味しい季節の合図だそうなんすよ」

 

 後ろに向けて喋るが、返事は返ってこない。だが沈黙はいつものことなので特に気にせず、さらに重ねて喋っていく。

 

「そんなこと言ってたらブリを食べたくなりやしたね。ちょっくら買いに行ってもいいですかい?」

「……好きにしろ」

「ありがとうごぜーやす」

 

 許可が出たことにハンドルをより強く握りしめると、遅くまでやっているスーパーに進行をとる。やはり鍋だな。野菜もたくさんとれることだし。春菊、いや水菜をたっぷりいれてハリハリにしよう。ミゾレにして体を温めるのもいいかもしれない。

 ぽつぽつ数えられる程度だった雨粒は、いまや滝のような雨に変わっていた。さらにその雨音をつんざくように雷も鳴り響く。

 

「鍋なんてどうです」

「ああ、それでいい」

 

 今度の返事は少しばかり明るかった。よかったどうやら機嫌が少しはよくなったようだ。ウォッカは悟られないように安堵の息を吐いた。外は荒れ模様だが、車内は互いに許しあう穏やかな静けさがあった。

 

 

 誰にも話したことはないがウォッカは他人の心が読めた。

 

 読めるといっても、調子のよい時だけ、それも表面的な感情がごくわずかに読める程度だ。それぐらいだったら他人の感情の変化に機敏な者の方が優れているだろう。

 

 能力に気が付いたのは幼少期だった。

 だが、それを話す気にはなれない両親のもとに生まれ、それは隠しておいたほうがいいと思うほどの環境で育った彼は心を許せるものなどおらず、ただ波風たてないように動き回って生きていた。

 アル中でヒステリックな母親が男と出て行ってからは、ギャンブル狂いでクズの父親と暮らしてきた。料理だけはうまかった母の代わりに台所に立たされ、マズければすぐに殴られたから調理の腕は上達したが、それを親に感謝できるほど出来た人間ではなかった。

 やがて、抱えられるほどのちっぽけな荷物を持って家を出て、生き抜くために不良に混じり裏街道を渡り歩いているうちに段々と転落していき、ついには真っ黒極まりない犯罪組織に入ることとなった。

 そこでも、他人の心を読み、うまく立ち回っていった。

 そうしているうちに紹介されたのがジンだった。他人と付き合うのがうまいお前ならば気難しいジンともうまくやれるだろうと、コードネームとともにサポートの仕事を任された。前任者は気を損ねて殺されたと聞き、震えあがりながら必死に彼のために働き続けた。

 

 だが、だんだんと心を読んでいるうちに気が付いた。

 

 こいつ・・・メシのことしか考えてねえ!

 

 任務で敵のアジトに踏み込む時も、ボスに呼び出されて向かう時も、スナイパーゴーグルを覗く時も、激しい銃撃戦の最中でさえ、夕食なににしようかと考えていた。

 なにを考えているのかわからないと、同じ組織の幹部からも恐れられている男が、昼はカレーかラーメンか真剣に悩んでいるのだ。警察組織を相手取っている時には大体、取り調べから連想してカツ丼食べたがっているとしれば、彼を恐れているFBIや公安はどう思うだろうか激怒するだろうか。まあ、十中八九信じないだろうが。

 ジンが組織に属しているのだって、高級料理店に通えるほどの給料がもらえるのと、仲の良い幹部が趣味のいい料理店をよく知っていて連れて行ってくれるから。そして社員食堂のメニューが充実しているからだ。

 

 意外な面を知れば、気が楽になるもので、それ以降はどんどんと距離を詰めていき、時々は怒られるものの前任者たちのように殺されることもなく、うまくやっていった。

 それに彼は懐に入れたものには意外とやさしく、口は悪いが失敗すればフォローしてくれるし、面倒みもよかった。下心なく、兄貴と呼び慕うようになるのも早かったし、必然であった。

 

 

 ウォッカはアクセルを踏み込むと、雷が鳴るたびにブリ起こし来たと内心歓喜するジンの兄貴のために、スーパーへと急ぐのであった。

 

 一瞬、車を追い越していくスケートボードの少年がいた気がするが、坂道でもないのにあんなスピードで走れるはずもないのできっと見間違いだろう。なんか3mくらいジャンプしてたし。


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