この窓の外に日が昇らなくなってから、どれだけの時間がすぎたのだろう。何千万秒の暗闇が人理継続保証機関を包んでいる。カルデアの一室、召喚例第二号の工房に、眠っていない唯一のマスター候補生が訪れていた。
「ダ・ヴィンチちゃんの素敵な工房へようこそ。今日は何がお望みかな?」
死後、作品の姿を借りて理想の肉体を手に入れた人間が、美しい女の顔で問う。性差などくだらない幻想であり、真理の具現たる美の前では無意味と語る彼、あるいは彼女の名を、レオナルド・ダ・ヴィンチと言う。
ダ・ヴィンチの前に立っているのは二十歳にもならない少女で、指にはきつく包帯が巻かれていた。もう何ヶ月も現代では見られない夕焼けのような髪と、本来の探索対象であった街を埋める焔のような虹彩を持つ少女。
「常態観測分の聖晶石は、今いくつ?」
「12個だね。向こう一週間くらいは新しい聖晶石は回収できないと思ってくれ」
常態観測。それはシバとトリスメギストスが今も続ける、未来の観測だ。過去も現在も燃え尽き、未来も同じように消失した。けれどこの場所だけは焼却からとりのこされたのだから、カルデアの未来だけは蛍火のように存在する。
その微かな未来を観測により確定させる瞬間、僅かな
けれど、常態観測だけが聖晶石を作り出す手段ではない。焼失していない個人の未来を確定させることはカルデアそのものの観測よりずっと容易く、短時間でずっと多くの聖晶石を得ることができた。
それは数多の未来を一つに収束させる行為、ありえた未来を終息させる行いであって、決して成人すらしていない少年少女に推奨されるものではない。だというのにその少女は悲痛な表情を浮かべることなく口を開く。
「……五時間分、おねがい」
「ご贔屓のほど、ありがとうざいます。……でも聖晶石の補充は、慎重にね?」
「わかってるって」
薄っすらと笑みすら浮かべて、一年前まで魔術など知りようもなかった少女は言う。散々危険性について説教されているというのに、不安と悲鳴を押し殺して少女は今日も未来を売り渡す。
「それじゃあ明後日の朝までには用意しておくよ。他に何かあるかい?」
工房の主が、準備は万端かと言わなくなったのはいつだったろう。絶対に会いたい、会わねばならない相手がいるのだと数十時間分も一気に頼んだ時からか。箍が外れたかのように数週間もせずその部屋を訪れるようになったからか。
転ばぬ先のなんとやら。そのために先そのものがなくなっては意味がないのに。それで世界が救われるのならと、愛すべき後輩のいないであろう来年のために。それで母に会えるのならと少女は、世界のために人生を削り続ける。カルデアスの火が消えるまで、カルデアスに灯がともるまで、彼女はきっとそうし続ける。その先に僅かに残った人類の揃って迎える2017年が存在すると信じているが故に。
―――君に、幸運がありますように。