カカシ真伝II 白き閃雷の系譜   作:碧唯

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生と死

あうんの門に着いたところで一人の忍に呼び止められた。

「サクモさん!」

「あぁ、伝言か?」

「はい、病院へ向かってください」

「病院…? わかった、ありがとう」

 

病院に着き、受付で名前を告げると案内の医療忍者は階段を下りていった…。

…地下? 病室は上だろ?

 

胸騒ぎは、確信へと変わっていた。

 

階段を下りた先にはカカシを抱いたビワコ様がいらっしゃった。

オレを見付けたカカシが嬉しそうに手を差し伸べるので、微笑んでそのまま抱き上げる。

 

奥の部屋から火影様と案内の医療忍者が出てきて、火影様が一言仰った。

「すまん…」

「いえ…、お忙しいところ、ありがとうございました」

オレはそれだけ言って、カカシを抱いたまま部屋の中に入った。

 

 

部屋の中には誰もおらず、真ん中に唯一つポツンと置かれた台には白い布がかけられている。

 

オレは左手でカカシを抱いたまま、右手でその布を全部取り払った。

 

セイランの顔は傷一つなく、まるで眠っているかのように穏やかな表情だった…。

血の気の無い真っ白な身体はところどころ黒ずんでいるが、一番驚いたのは、オレ自身が全く何の感情も湧いてこない事だ…。

 

オレは今まで数えきれないほどの命を奪ってきた。

もしかしたら、それでオレは感情を無くしてしまったんじゃないだろうか…そう考える程、怒りも悲しみも何も湧いてこなかった。

 

セイランを初めてオレの家に連れて帰った時、彼女のアザを見て、胸が張り裂けそうな程辛かった。なのに、何故今は何も感じないんだろう…。

 

裂傷がいくつもあったが、その内の幾つかは恐らく事切れた後につけられたものだろう…。そんな事も冷静に観察していた…。

 

Aランクでも十分こなせるセイランがここまで傷つけられるという事は、相手はどこかの上忍達だろう…。しかし、任務はCランクだと言っていた筈だ。

いや、国内のCランク任務でも、潜入している忍と鉢合わせになれば戦闘になる…。

それにCランクという事は、中忍や下忍だけの小隊だった筈、上忍クラスとやり合ったなら、他のメンバーも軽傷では済んでいないだろう…。

 

こんなに変わり果てた姿になってもカカシには母だと分かるのだろう…、先刻オレにしたように、嬉しそうにセイランの亡骸に手を伸ばした。

「母さんはねんねしてるんだよ…、このまま寝かせておいてあげよう」

 

「セイラン…、ゆっくり休んでくれ…」

そう言いながらいつものように口元のほくろを撫でてから、布を元のようにかけて部屋を出た。

 

 

その後、火影様と病院の担当と一緒に、葬儀の話などを事務的に済ませ家に戻った。

 

何も変わらない、セイランが泊まりの任務や宿直に出ている日と何も変わらない。

カカシを寝かしつけ、風呂に入って寝るだけ…それだけだ。

 

 

翌日、葬儀が行われた。

少し慌ただしいが、次の日からオレは任務に就く事が決まっていたので仕方ない…。

 

途中でカカシは寝てしまったので、ビワコ様が火影室に連れて行って寝かせてくれている。

 

セイランが最後に受けた任務の隊長がオレに頭を下げて言った。

「申し訳ありませんっ…」

彼は頬に絆創膏を張っていたが、見たところ大きな傷は負っていないようだ。

何故この人はこんな軽傷なんだろう…。相手は上忍クラスじゃないのか…?

オレは不思議に思ったが笑って言った。

「いえいえ、頭を上げてください。妻も忍ですから…、覚悟はできてました」

 

…オレは何故笑ってるんだろう。

覚悟なんて何一つできていなかったくせに…

当たり前だ、Aランクでも十分こなせるセイランが、いくら復帰後だからってCランクで命を落とすなんて…誰が考える?

 

いや、忍なんてそんなもんだ…。

どんな簡単な任務であっても、いつ命を落とすかなんて誰にもわからん…

そんなこと分かってた筈じゃないか…

 

 

次々と繰り返されるお悔やみの言葉に笑って答えるのにも疲れ、オレは人の少ない方へと足を運んだ。

 

セイランとも仲の良かったスオウとカズサは遠くから会釈をして去っていった。

オレがこういう事が苦手なのを奴らは知っている。

お前らはやっぱりオレを一番わかってくれてるな…。ありがとう…

 

 

「…え、それマジかよ!」

建物の陰から、ふとそんな声が聞こえた。

「あぁ、一緒の任務だった奴に聞いたんだ」

「え、じゃあ、サクモさんへの恨みで」

「…!?」オレは声を出しそうになるのを慌てて止めて、続きを聞いた。

 

「あぁ、なんでも敵の一人が何故かセイランさんがサクモさんの奥さんだって知ってて、そう言ったらしいんだ。で、別の奴の身内が以前サクモさんにやられてたらしくてな、セイランさんだけ執拗に狙われたらしい」

 

…何? オレは体中の血が音を立てて引いていく感覚に陥った…。

 

不意に後ろから肩を叩かれて驚く。

「サクモ…」火影様だった…。

その声に話していた二人が気付いて、こちらを見た。

「火影様! …サクモさん」

「しっ、失礼します!」

二人は慌てて去っていった。

 

「サクモ…」火影様がもう一度言った。

「ヒルゼン先生」オレはあえて以前の呼び方で呼んだ。

 

今からオレがいう事は、火影様に上忍のオレが言うんじゃない。

まだ下忍だった頃のオレが担当上忍の先生に言ってるんだ…。

 

「オレ、少しだけ柄にもない事言ってもいいですか?」

「なんだ?」

「忍の存在意義って何なのでしょうね…。忍とは…、憎しみや悲しみしか生まないんでしょうか?」

「……」ヒルゼン先生は何も言わずオレを見ている。

「里を守りたいと思う事が、愛する人の命を奪う事になるなんて…、考えてもいませんでした…」

「サクモ…」先生は苦しそうにそう呟いた。

そうだ、この方はオレの苦しみも自らの苦しみにしてしまう…。

「大丈夫です。また明日からはいつものオレに戻りますから」

精一杯微笑んで、そう言った。

 

オレは先刻の二人の話を頭の中で反芻していた。

明日からと言ったが、しかし今、気持ちを切り替えねばいけないようだ…。

 

「…火影様」

オレは自身のスイッチを切り替えるように、いつもの呼び方で呼んで話を続けた。

「私とセイランが絡んでいますので、掟に従い私はこの件に介入できませんが、先程の話が真実であれば…」

「うむ…。小隊長から報告は受けておったのだが、お前にわざわざ知らせる事でも無いと思って言わんように言うておったんだ…。こんな形で知ってしまうならワシから言ってやるべきだったな」

「お気遣いありがとうございます。ですが、今はそんな事より、里に間諜が入り込んでいる可能性を」

「うむ、敵は霧隠れだったそうだ。…だがお前は」

「承知しています。私が今まで手にかけてきた忍も、皆誰かの子供で、中には誰かの妻であったり夫であったり、親であったりもしたのです…。多くを手にかけてきた私が、今更、自分の妻を殺されたからと憤るのはおかしいですからね…。大丈夫です、私は復讐なんて考えておりません」

「うむ。…しかし、お前は里の為に手にかけてきたんだ。それは忘れるなよ」

「はい、勿論です。これからもそれは変わりません」

オレは微笑んでそう言い、礼をしておいてカカシを迎えに行った。

 

火影室に向かいながらオレは思考を巡らせていた。

 

オレ自身が敵国の手配書(ビンゴブック)に載っている可能性は大いにある。しかし、そこに家族の情報まで載る事は考えられない。

木ノ葉の手配書(ビンゴブック)だって家族なんて載っていない…。

セイランの名前で気付いたのか、顔を知っていたのかは分からないが、恐らく木ノ葉に潜入しているスパイがいて、名前か顔を知っていたのだろう。まぁ、気付いた奴自身が潜り込んでいた可能性が一番高いだろうな…。

セイラン以外の隊員が無事なら人相も覚えてるだろう、簡単に割り出せそうだな。

 

でもまぁ、セイランだけ狙われたっていうなら、あの隊長が軽傷だった事もありえるのか…。いや…、ありえるのか?

オレだったら…。 いや、詳しい状況も分からないのにこんな事考えるべきじゃないな…。

 

それに、この件はオレが考えても仕方のない事だ…。

身内同士は同じ小隊で組ませない、己自身や身内が関わる案件については携わってはいけない。

これは感情を抑え込む必要がある忍にとって、冷静さを欠きやすいという事から定められた掟だ。

だから、この件はオレが携わる事はできない。携わってはいけない…。だから、これ以上考えるのも止めだ…。

 

火影室の扉を開けると、危なっかしい足取りで歩いているカカシと目があって思わず微笑む。

「起きてたのか、さぁ家に帰ろう」抱き上げると、喜んでキャッキャと声をあげる。

そんなオレ達を見て微笑むビワコ様に、お礼を言って退室した。

 

 

それからの毎日は本当に大変だった…。

 

これまでもできる限り手伝ってきたつもりだったが、子育てと家事と任務、全部やるのは本当に大変だった…。

オレが任務でいない間、こんな大変だったんだな…。

ごめんな…、セイラン。

 

 

いつの間にか年が明け、冬も終わり、庭の桜が今年も花をつけた。

 

カカシはいつの間にか少しずつ言葉らしいものを喋るようになって、オレの事を「とーたん」と呼ぶのが可愛くて仕方なかった。

 

縁側でカカシを膝に抱き、桜を見ていた。

 

オレはカカシがまだセイランの腹にいた頃、ここでセイランと話していた事を思い出していた。

「来年は三人でお花見できますね」セイランはそう言っていた。

オレは翌年だけじゃなく、その次も、またその次も三人で見れると思ってた。そして、大きくなった桜の木の下でカカシの弟妹にも囲まれて花見をする未来を思い描いていた…。

 

「結局…、一回だけだったな…」

その一回すらカカシは覚えていないだろう…。

「ごめんな…」

そう言うと、カカシはオレを見上げ、そのカカシを見て…、オレはふと気付いた。

 

「あれ?お前…、ここにほくろあったか?」

 

セイランと同じ場所、口元にいつのまにか小さなほくろがあった。

 

それに気付いて何かの封が破られたかの様に、オレの目からは止めどなく涙が溢れてきた。

「…っ」

 

セイランが死んで、オレは初めて泣いていた。

三か月分の涙が溢れているのかと思うほど、どれだけ泣いても止められなかった…。

 

 

「とーたん?」

オレの目から出る水が不思議なのか、カカシがオレの顔をつねる。

 

「ごめんな…」

母さんの事、きっと何も記憶に残らないんだろうな…

物心つく前で、母を亡くす悲しみを知らずに済んだ事を良かったと思うのか

いや、せめて…、何か記憶に残る想い出を残してやって欲しかったな…

 

「…っ」セイラン、お前ももっとカカシと一緒にいたかったよな…

 

セイラン、ごめんな…

オレと一緒になってなかったら、死ななくて良かったんだよな…

お前を死なせる為にオレ達出会ったのかな…?

何の為に出会ったのかな…

 

オレ達が今までやってきた事は、いったいどういう意味があるんだろうな

必死にやってきたつもりだけど

結局まだバカみたいに戦争続けて殺し合ってるし…

オレは…、お前を死なせる為に… やってきたわけじゃ…ないっ!

 

オレが顔を歪めていると、カカシが顔を撫でながら聞いてきた。

「とーたん、たいたい?」

「大丈夫…、痛くないよ。ありがとな…、お前は優しいな…」

 

そうだな…、オレにはまだこの子がいる。

この子の生きていく里を守らなきゃいけない…

 

「お前が忍者になる前には戦争が終わるといいな…。いや、終わらせるように、父さんも頑張るよ…」

 

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