パチっ…
「のう、半蔵。お前さんこんなところにいて良かったのか?」
パチっ…
「なぁに、店ならそこまで忙しくはない。なので分身を置いてきた」
パチっ…
「やれやれ…、また忍術をそんなことに使いおって」
パチっ…
「はっは! そう責めてくれるな。これでも重要な用事がある時にしかやらんよ」
パチっ…
「だといいんじゃがなぁ…」
淡々と弾く音が響く中、2人の老輩の男たちが向き合いながら雑談を交わす。ここは藤村邸にして藤村組本部、そのトップである組長"藤村雷画"の私室である。その部屋にて囲碁版を挟んで対面しているのは半蔵学園、その学園長に座する"服部半蔵"である。
「先程、連絡が入ったのだが…どうやら蛇女の忍が学園に来たそうじゃ」
「ほう…、ということはいよいよ仕掛けてきたか」
腕を組んだまま囲碁版に固めていた視線を半蔵へと移す。虎を思わせるような眼光は凄んでいるわけではないというのに十分すぎる迫力があり、並みの組員が見れば即座に目をそらすだろう。しかし親友である半蔵にとってはただの注視でしかなく、同時に雷画本人もその程度のことしかしていない。
「おうよ、とはいえ1人嗅ぎ回っていた娘に関しては士郎が対処してくれたので大事には至らなかったのう」
「その大事とは巻物の事か? それともその娘たちの事か?」
意味ありげに問いかける雷画は片腕を顎に添えて撫でさする。確かに超秘伝忍法書を奪われるのは半蔵学園にとっては最も避けねばならない事態だ。では娘達、蛇女の忍というのはどういう意味か? 答えはその忍法書にある。
____呪法・乱心
学園に隠された忍法書の中には偽物がいくつかあり、その偽造書にはこの呪式が施されている。解呪なしに紐解けば意識と精神を狂わせ、暴走させるという代物だ。そしてこの呪法の最も凶悪な所は書を開いた本人だけでなくその周囲にいる人間すらも狂わせ、必然的にお互いを殺し合わせるという点だ。
たとえ最後の1人が生き残ったとしても、呪法は精神の奥深くへと侵入を果たして発狂死させる。人としてはあまりにも残酷な最期になるだろう。
「無論、両方じゃよ。巻物を死守するためとはいえ未来ある若者にあのような結末を迎えさせるなど…」
言葉尻に顔を曇らせる半蔵。かつてとある戦いにて同じ呪法に囚われた犠牲者を見た半蔵は今でもその光景を鮮明に覚えている。狂った際に上げられた断末魔は叫びというよりは獣の吠え声。理性の色がかけらも見えない双眸は視界に捉えた者を端から襲いかかった。どれだけ血を流そうと、骨が砕けようとも狂人が止まることはなく、最後に犠牲者はこの世のあらゆる苦痛を一身に受けたかのように叫び続けて絶命を迎えた。
「あまりにも凄惨…、あれは人が迎えるべき死に方ではない」
「…その意味では士郎に感謝せねばなるまいな」
「まったくじゃ…、さてここからどう転ぶかのう」
碁石の弾く音がすっかり止んだ部屋で沈黙が広がる。一先ずは犠牲なく終わったものの、未だに状況は続いている。士郎が助っ人として控えているとはいえ、まだまだ油断はできない。
「…それは置いといて、雷画よ」
「む? なんじゃ」
「お前さんの羊羹、ワシのより大きくないか?」
半蔵が指差すのは互いの傍に置いてあるオヤツ用の栗羊羹。ただ囲碁を打つだけでは寂しいと女中さんに用意させた一品なのだが…。
「何を言うか…、ちゃんと均等に用意してあるわ」
「いやいや、ワシの目は誤魔化せんぞ? 確かにその羊羹はワシのより些か大きい」
「仮にそうだとしても食い終わった後にお代わりでも頼めば良かろう。……それとな半蔵」
「ん?」
「露骨に会話を逸らしてイカサマしようとするでないわ、たわけ」
半蔵の反対側の手に握られた(ちょろまかした)碁石を指差しながら雷蔵は親友の能天気さにため息を吐いた。
_______________
士郎side
「今回はどうにか大事にならずに済んだな」
「ええ、何とか」
言葉を交わすのは士郎と霧夜である。蛇女が襲撃を仕掛け、飛鳥たちが志を新たにしたその翌日に2人は報告のために屋上で合流していた。同時に飛鳥たちが学園内から目を逸らしていた内に紛れていた探索組のことをも耳にした時は流石の霧夜も肝が冷えかけた。
「とはいえ、今後も彼女らは来るでしょう。…そして超秘伝忍法書を手に入れるためにあらゆる手段を取る」
「………」
士郎のセリフに厳しい眼差しを外へと向ける。士郎の言う通り、蛇女たちはこの先も目的を達成するためにどんな方法でも奪いに来る。それこそ元来の忍らしく、何を犠牲にしてでも…。
「それにしても、お前の予想通りに飛鳥たちは立ち上がったな。流石は幼馴染というところか」
「確信してただけですよ。確かに飛鳥はまだ未熟ですが弛まぬ努力と不屈の精神があります…、彼女たちは負けはしましたが完全に敗北したわけではありません」
「諦めない限り…というやつか」
そう、人が敗北するのは負けを受け入れた時ではない。負けた後に挑むことを諦めた瞬間にこそ敗北が決する。その点で言えば飛鳥は破格と言っていいほどの精神の強さを備えている。
「さて、そろそろここいらで失礼します。少し出向く必要が出てきましたので」
「ん? 隠れ部屋の罠が作動した事と関係あるのか?」
「ええ、とは言っても現時点では大した害はありません。ここからの交渉次第ではどうなるかは分かりませんが…」
「ふむ、説得できそうか?」
「以前だと難しそうでしたが…、見たところ希望はありそうです」
言いながら士郎は紅い外套と髑髏の仮面を取り出す。外套の方は生前から愛用していたマルティーンの聖骸布、仮面の方はなんと切嗣とアイリから贈られたものである。2人の伝手で制作された特別製であり、変声機能を搭載した優れもの。…ただ変声後の声がアーチャーのものだと判明した時は何とも微妙な気分になったが。
「では、霧夜先生も気をつけてください」
「ああ、お前もな」
屋上から飛び去る士郎を霧夜は見送る、今度こそ…間違わないと自身に誓って。
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???side
「クソっ!…オレがあいつに負けるなんて有り得ない!…あり得ないんだ!!」
苛立ちに満ちた声で荒れる男が1人。その男はとある財閥の御曹司に生まれ、のちにお家の裏の顔である忍として跡を継ぐと思っていた男。しかし…、現実は彼に残酷な結果を突きつけた。
「オレは落ちこぼれなんかじゃない!、忍の才能で…オレがアイツに劣ってるはずなど」
そう、男は忍としての才に恵まれなかった。その事実を悟った財閥の会長は素質を秘めた少女を養子に迎え、彼女に忍を継がせる決心を固めた。自分に寄せていた期待が奪われた男はやがて養子を妬み、嫉み、そして憎悪した。
_____「これはオレが継ぐべきものだ! お前なんかじゃない!!」
___「お兄様、その刀は…飛燕はお父様が私に託してくれたもの。返してください」
_____「うるさい! オレを兄と呼ぶな!! オレを呼んでいいのは……本当の家族だけだ!!!」
_____「っ!…」
_____「返して欲しいなら、力づくで奪い返してみろ!」
_____「…お許しください、お兄様」
実力を持って自身の資格を示そうとした男は結局、
「クソ! 何でだ!? 何故なんだ!!? …どうして、こんな…!」
撒き散らされた怒りは徐々に勢いを失い、声に抑えきれない悔恨と悲痛が滲み始める。男の名は村雨、鳳凰財閥の御曹司にして……斑鳩の義兄である。
「おやおや、随分と騒がしい侵入者だな」
「っ!」
突然かけられた声に村雨は咄嗟に構える。情けない姿を見られた羞恥も加わり、普段より反応が早い…と同時に村雨は声の主の姿に一瞬驚く。まず最初に目に入ったのは体をすっぽりと覆い隠すほどの紅い外套。道端でそんな姿の人を見かけたら通報されかねない。そして顔にあるのは禍々しさを感じさせるような髑髏の仮面。
「誰だ? …親父がつけた護衛か何かか?」
無論、彼が言うのは斑鳩の護衛の事である。飛燕を奪うという思惑が父親に悟られて斑鳩に護衛をつけたと村雨は思い込んでいるようだが実際は勘違いである。
「的外れな見解だな。私はただの雇われさ…、隠れ部屋に侵入した挙句に鳳凰家の家宝を盗もうとした輩に対処するためにな」
「貴様…、何故それを」
「仕事でね、部屋が侵入された際に警報と監視が出来るように細工している」
言いながら髑髏の肩に小さい何かが乗っていることに気づく。一瞬だけ見ればネズミだと認識できる生き物だが、よく見てみるとそのネズミは鉄で出来ているかのような姿をしている。そのネズミは士郎が試行錯誤の末に自身の属性に見合った使い魔の作成に成功した。今回の任務にあたって偵察や状況把握に用いている。
「ちっ…、飛燕は俺が持つべきものだ。鳳凰院の忍の後継としてな」
「かの家の正当後継者は斑鳩だ。お前じゃない」
「うるさいっ! あいつは…、あいつはそもそも鳳凰院の血筋じゃない。そんな奴に奪われてたまるかぁ!!」
怒りの形相で鎖鎌を引き抜く村雨。もはやその様子は近く者全てに噛みつかんとする獣のようだ。斑鳩に抱いた劣等感と明確な実力差に打ちのめされ彼の心の中は荒れ狂い、激情の渦を巻く。
「そうだ…、飛燕さえ手に入れれば俺こそが後継者だと証明できる!!」
「…それは果たしてお前の本心なのかな?」
「なに?」
分銅を回そうとした手が止まる。髑髏が、士郎が言わんとしている事が分からず躊躇を見せる。いや…、もしかしたら薄々と分かっているのかもしれない。
「言っただろう、一部始終を見ていたと。ならば答えろ…村雨」
問いかけながら歩み寄る。しかし村雨は攻撃を加える行動には移らず、僅かに目を見開く。それはさながら、何かを見透かされているかのように。
「飛燕を手に入れる? なら何故抜かなかった? 自分こそ後継者と証明したかったのなら鞘から抜き放って使いこなして見せればいい。だと言うのにお前はそれをせず自らの獲物で勝負を仕掛けた」
正しい跡継ぎだと示したいのならあの場で飛燕を使えば良かったものの、村雨はそれを実行しなかった。それを突きつけられた村雨は動揺が胸中に広がっていく。
「本当は分かっていたのだろう?」
「……れ」
「飛燕は自分ではなく、斑鳩の手にあるべきだと」
「………まれ」
「そして本当は…、彼女を…」
「黙れっ!!!」
一際大きな声を発する村雨。その姿は必死に何かを振り払おうとしているかのようだ。
「…否定しなかったな、村雨」
「……」
「提案がある…、もしお前の内心が俺の思っている通りなら」
士郎はただ村雨に目を向ける。彼の本心を待つかのように…、彼を信じるかのように。
「協力してもらいたい。今斑鳩たちはある脅威に直面している…、打ち勝つだけなら彼女達はできる。だが最善を果たすためには裏で動く者がもっと欲しい」
「裏だと?…」
「そうだ、この戦いの元凶はもっと根深い所にある。それを取り除かなければ繰り返されるだけだろう」
「………だから何だ」
「手を貸して欲しい、お前の本心が違わないのなら」
士郎の言葉に村雨は俯く。その顔には迷いが浮き出ている、だが言葉を紡ごうとしても何も思い浮かばず再び閉口する。
「返事は今すぐでなくともいい…。時間を置いてまた来るとしよう」
そう言い残して踵を返す。そのまま数歩歩いた士郎は空気に溶けていくかのように姿を消す。取り残された村雨はゆっくりと構えを解き、鎖鎌を手に持ったまま立ち尽くす。
「……斑鳩」
妹の名を呟く声は怒りに満ちておらず、静かなものだった。目を伏せる村雨の胸中を占めるものは…果たして何なのか。
皆さまご無沙汰です。読者のみなさんの感想版がちょくちょく送られる中、少しずつ書き足していきなんとか続きを投稿した次第です。まだまだ先は長いですがもうしばらくご辛抱ください。
よし…では皆さん。
生きていればまたお会いしましょう( ;∀;)
ガチャっ
ネロ「うむ! ここにいたか作者よ」
エリー「喜びなさい! 小鼠。あたし達2人のデュエットコンサートを独占できるなんて滅多にない幸運よ!」
ネロ「では早速始めるとしよう。余たちの美声に存分に聴き惚れるが良い!」
エリー「至高のヒットナンバーを聴かせてあげる!!」
ちょ…待って!せめて耳栓を…!!
___謎の現象により撮影機器が全壊したため、これ以上の収録は不可能となりました。尚、後に発見された作者は頭が破裂したかのように頭部がなくなっており夥しい量の血痕が残されていた模様です。