煌びやかな内装のフロアで豪奢なドレスやピシッとスーツを着た男女が世間談義に花を咲かせる。ゆったりとしたリズムのジャズが空間に落ち着いた雰囲気を醸し出し、人々はグラスを片手にその空間を堪能していた。
ここは都心に位置する高層ビルの中。今宵は政治家や資産家などといった上流階級の社会人が集うパーティー。故にフロアの一角では政治家たちのコネ作りや腹の探り合いが繰り広げられている。…さて、そんな見た目はキラキラ、中身はドロドロな一室で衛宮士郎は何をしているかというと……
「失礼致します、こちらお飲物でございます」
………給仕に徹していた。
何故士郎がこんな事をしているのか? その理由は数時間前に遡る。
半蔵学園、応接室にて___
「失礼します」
「おお、よく来てくれた。元気にしていたか? 士郎」
室内のデスクでニッカリとした笑顔で士郎を迎える好々爺。何を隠そう、この人物こそ忍界の頂点に立つ者の一人、服部半蔵その人である。
通常の者であればかの御人を前に恐れ多いと萎縮してしまうものだが、士郎の場合は少し違う。
年長者として、飛鳥の祖父として社交辞令的な礼儀は尽くすがプライベートではかなりフランクに接している。
何せ士郎はこのご老公の人となりをよく知っている。大仰に讃えられてる割には昼行灯で、マイペース、そしてかなりのオープンスケベである。飛鳥の太巻き好きもこの老人が仕組んだものじゃないかと疑うほどだ。……下手したら小山よりタチが悪いな…。
つまりは肩書きは肩書き、本人の中身とは別物と士郎は考えている。だからこそ半蔵は士郎を気に入っており、信頼もしている。
「ええ、体調に問題はありません」
「ふむ…士郎や。久しぶりに会えたんじゃからもっと砕けて話してもいいんじゃぞ?」
「…誰もいないとはいえここは学園内ですよ」
半蔵の提案に拒否の姿勢を見せる。近しい仲とはいえここは学園。公共の場で周りに示しがつかないような行動は控えるべきである。
「言いたいことはよーく分かっとる。しかしな士郎、わしとてお前さんを孫の様に思っておる。忙しいなか漸く孫の顔が見れた老いぼれの細やかな願い、聞いてくれんか?」
「それに…」と半蔵は続ける。次の瞬間には陽気な笑顔を悪戯小僧特有のしてやったりな顔に変えて…
「さっきお前さんも言ったじゃろう? "誰もいない"と」
半蔵は忍の長として、士郎は戦場を戦い抜いたものとして気配察知力が非常に高い。よほどの手練れか、よほどの隙を突かれなければ気配を読み違えることはない。つまりここには聞き耳立てている者も覗き見している者もいないのだ。
「…はぁ〜、分かったよじいさん。これでいいか?」
半蔵の論破に士郎は折れる。これ以上拒否したらダダをこねそうだし…。
ちなみに士郎が愛称でじいさんと呼ぶのは前世を除いてこの世で3人。一人は今目の前にいる半蔵、もう一人は何故かこの世界でもご近所の藤村組組長、雷画。最後にもう一人いるのだがこの人の紹介は次の機会にしよう。
ちなみに士郎は幼少の頃、半蔵のことを半じいと呼んでいた時期があった。
「うむ、それで良い。さて、立ちっぱなしも何じゃ…そこに掛けてくれ。久々に膝を突き合わせて話そうではないか」
双方ともにソファに座って長々と近況報告や世間話を始める。そして…
「それじゃあ本題だけど、今回の呼び出しは仕事か?」
士郎は己が魔術の感覚を取り戻してからは裏の仕事をこなす様になった。勿論、それができる様になる前に切嗣とアイリの説得という難関を超えなければならなかったが…。
ともかくその関係で士郎は半蔵、もしくは半蔵と繋がりがある人物から依頼を引き受けているのだ。ただ士郎はあくまで半蔵に雇われている身であって、直属の部下ではない。そして正式な忍として所属していないのだ。
「うむ、ワシの知己に政治家がいてのう。其奴は都心のタワービルで開かれる会合パーティーに出席するそうじゃ」
先ほどまでのおちゃらけた雰囲気はナリを潜め、真剣な表情で話し始める。
「現議員たちの中では若手だが実力もあり、カリスマもある。そんなあやつを気に入らない輩もいてな」
なるほど…、俗に言う出る杭は打たれる、か。若いながら遣り手とくれば疎まれるのは道理。何かと黒い世界だからな。
「ということは護衛、か?」
「そういうことじゃな、件のパーティーに潜入して守り抜いて欲しい。…やってくれるか? "鉄心"」
半蔵の口から出る"鉄心"という名前。鉄心とは士郎の仕事におけるコードネームである。裏世界に身を置く以上、本名をさらすのは愚の骨頂。適当な名前を使っているのを知った半蔵が折角だから名付けてやろうとこの名前を授けたのだ。
コードネームで呼ばれたことを合図に士郎は双眸を鋭く細め、その裏の顔を覗かせた。その様はさながら獲物を定めた鷹のよう。
「…了解した」
「うむ……すまんな、お前さんとて学生の身ながら大変じゃろうに」
「別にいいって、じいさんには仕事を紹介してもらってるけど引き受けるかどうかは自分の意思で決めてるんだから。本当に無理なら受けないさ」
半蔵は士郎と知り合ってから少し経った頃から薄々と彼の危うい本質を感じ取っていた。彼は他者を守ることを是とし、そのためなら自分の身を削る。
以前半蔵は飛鳥に力の剣と盾というものを説いたことがある。これは半ば勘だが、おそらく士郎はソレをよく理解している。しかし彼は己を鑑定に入れていない。
半蔵が思う盾の強さは誰かを守るのは勿論の事、自分も生きて守り抜くことをも指している。確かに任務において命と引き換えに果たさなければならないものもあるだろう。だが人間はその決断を下す時、表面上は冷静に見えても内心はとても穏やかにはいられないもの。
その点において士郎は悪い意味で例外にあたる。士郎は決して"迷う"事なく自分を切り捨てる選択をするだろう。微塵の躊躇もなく、一時の葛藤もなく…機械的なまでに。
「ところでじいさん、そのパーティーはいつなんだ? 明日なら今の内に準備したいんだが…」
「今夜じゃ」
「…………はい?」
「だから今夜じゃ。 正確には午後7:30に会場のドアが開いて、8:00にパーティーが始まる…じゃな」
…現在の時刻は6:00、まだ一時間半は余裕があるが早めに準備をした方がいいだろう。
「今夜とはまた急だな……まあいい。じゃあこの辺でお暇するよ、じいさん」
「あ、そう急がんでも大丈夫じゃぞ〜。必要なものなら既に準備できとる」
「………………はい?」
再び硬直。
「ワシの方から切嗣殿に連絡してな。彼の部下が今、お前さんの荷物を持ってこっちに向かっとる。勿論、移動の足も用意してな」
用意周到だな……というか手配してあるならもっと早く言ってくれてもいいんじゃないか?と思わずにはいられない。
慌てて腰を上げた士郎は再度ソファに掛ける。
「さて、彼女がここに着くまで少しだけ時間がある。それまで世間話でもしようかのう」
ニヤニヤ顔で言う半蔵に疲れた表情で士郎は諦めたのであった。
ちなみに話の内容は今度店の手伝いに来るのか、いつになったら飛鳥を嫁に貰ってくれるのかと言うものだった。
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時と場所が移る、ここは士郎が潜入した会場から数百メートルほど離れたビルの屋上。ビルの中には既に人気はなく、暗さと静けさだけが包んでいた。
……いや、1人だけ居た。屋上の端側に黒づくめの男が腹ばいによこたわっている、………自分の服装と同じ色のスナイパーライフルを構えて。
「やれやれ、国民の税金がこういう所へ消えていくと思うとやりきれないものを感じるな」
呟く男はスコープ越しに標的を確認する。ターゲットである男は30後半でそろそろ40に迫ろうかという年齢。なるほど、かなりいい齢を迎える人間が集まる政財界においては十分若いだろう。
依頼とは別に調査した結果、暗殺対象は妻とまだ小学生の娘がいるときた。
対する依頼人は政界では名のある大御所。外面は穏やかに気取ってはいるが、その中身はどうなのやら…。
何せ依頼人は家族に関する質問を投げかけた時堂々と"そんなものはいない"と言い切ったのだ。濁すことも誤魔化す事なく虚言を吐くとは流石に予想しなかった。
「ま、知ったところでなにもかわらないだろうがな」
狙撃手である男はこの仕事にあまり乗り気ではなかった。まだ幼い子供のいる親を殺すというのもあるが、それ以上に依頼人が信用できないのだ。
報酬は前金を含めて弾み、完遂後に高飛びの手筈を整ってくれるのだが……いかんせんその前金額が気前良すぎる。
口封じのために始末されなければいいが……。
その時は対処すればいいか、と男は思いなおす。
「それにしても妙だな……」
男は前日に知ったが今回の依頼は自分以外にも雇われ人がいたのだ。どうやら自分はその中でも最終手段のようでもし、この時間までに対象が死亡した場合、手出ししなくていいとのこと。
そして今がその時間だ。どうやら他の連中は失敗したようだ。
「んじゃ、行動開始といこうか」
指をトリガーに掛ける。標的は現在、絶好のポイントに立っている。遮蔽物は少なく、周りにそれなりの人数が集まってはいるが頭はしっかり覗いている。
……トリガーに掛かった指に少しづつ力を加える。あと数グラムの重みを掛ければ、1人の男がこの世から去る。
…直前で邪魔が入る。
「…ちっ」
スコープに映ったのはタキシードを着たウェイターだった。トレーを差し出しながら飲み物を勧めている青年は丁度ターゲットに重なる形で立っている。
余計に殺したら面倒だと踏み止まり指の力を緩める。ヤツが離れるまで待とうかと思ったその時…
男は見てしまった……こちらに振り向いたウェイターの顔を。
一瞬心臓が跳ね上がりそうになる。ここは会場から相当な距離がある、おまけに夜闇で姿は紛れている。そんな状況下でこちらが見えているなどあり得ない。しかし不運なことに男は明確に捉えられている証拠を見つけてしまう。
ウェイターは男と目を合わせたまま、ゆっくりと口を動かす。
"そ"
"こ"
"か"
今度こそ男は心臓が止まる錯覚に陥った。間違いない、ヤツは自分がみえている。どの方角の、どれ程の距離の、どのビルの上にいるのか正確に分かっている。そして今もなおこちらに意識を向けている。
「バケモンかよ……冗談じゃねえ!」
得体の知れない恐怖に駆られた男は即座に離脱の行動へ移る。見つかってはいてもまだ大きく距離が離れているという状況すらも気休めにならず全身に寒気が奔り続ける。
………しかし男の逃走が叶うことはなかった。
何故なら、サイレンサー越しの銃声が彼の意識を閉ざしたのだから。
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「ふぅ……これで依頼は完遂だな」
仕事を終えた士郎は早々に会場から退散し、タワービルの一階裏手に出る。連絡を取ろうとしたタイミングで待ち人が現れる。
「お疲れ様でした、士郎君」
「いえ、舞弥さんこそお疲れ様です」
士郎に声を掛けたのはスーツに身を包んだ若い女性。黒いショートの髪を切り揃え、切れ長の目がクールな印象を与える美女。所謂、デキる女という雰囲気を醸し出している。
彼女の名は久宇舞弥。魔術関連の仕事における切嗣の部下であり、今回の依頼のパートナーである。実のところ、この舞弥は士郎に仕事を教えた先輩で今では共に組んで依頼をこなすことも多々ある。舞弥が初めて士郎に仕事を教えた時、その手際の良さに舌を巻いたのだが。
「それにしても…相変わらず出鱈目な目の良さですね」
舞弥が言っているのは護衛対象を狙ったスナイパーのことである。パーティーでの食事が終わった頃から士郎はその存在を感知し、小型の通信機を通して舞弥に座標を送っていたのだ。麻酔弾で気絶した狙撃手は今頃、尋問のため移送されているだろう。
「いえ、早い段階で分かったのはあくまで距離と方角だけで正確な位置を掴むまでには時間がかかってしまいした」
「(………それでも十分常識外れですが)」
謙遜ぶりに関しても相変わらずな後輩に舞弥は小さなため息をつく。
「まあ、いいでしょう。…所で報酬の方ですが」
「それでしたら舞弥さんが全額持って行ってください」
すかさず受け取りの拒否を示した士郎。その気持ちいいまでの即答に舞弥は諦めたかのように目を瞑る。
「そう来るかと思って、既に報酬の7割を士郎君の口座に振り込んでおきました」
「………速いですね」
「こうでもしないと受け取る、取らないの口論で夜が明けてしまいますから」
「…………」
軽く毒を吐く先輩に閉口する。舞弥もすっかり士郎の扱いに慣れたようだ。
「それでは行きましょう。家まで送ります」
そして何事もなかったかのように車へと向かう。こうして士郎の一日は終わりを迎えたのであった。
オマケ
「それにしても俺が7割も貰って良かったんですか?」
「ええ、士郎君はパーティー客や従業員に紛れた刺客を片付けながらスナイパーも見つけたのですから当然でしょう。…それよりも士郎君」
「はい?」
「また"お店"を開けるというのは本当ですか?」
「もう知ってたんですか。まあ、限られた時間でしか営業出来ませんが」
「では、また士郎君お手製のケーキが食べれるのですね」
「舞弥さん、よく食べに来てくれましたね。良ければリクエストを受け付けますよ?」
「リクエストですか、………モンブランもいいですがここはあえてショートケーキでお願いしましょう」
「了解です」
「あ、ちなみにホールでお願いします」
「…はい?」
「ホールでお願いします」
「いや、あの…」
「ホールでお願いします」
「…………」
「ホールでお願いします」
「…分かりました」
これで大体士郎がカグラ世界でどのような日常を送っているかは分かっていただいたかと思います。前話でちょっと見過ごせない内容を見つけたので早めに修正させていただきますm(_ _)m では皆さま、まt…(プシュッ)
舞弥「標的の沈黙を確認……これより離脱します」
舞弥「…え、違う? 目標の人物と特徴が一致しない?」
…(作者だったモノ)
舞弥「………………」
舞弥「……依頼を続行します」(そそくさ)