超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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別にサブタイが思いつかなかったわけじゃないんだからね!(キモい)

ちょっと今回は長めです。話は一向に進まないにも関わらず。







第10話 家族を守れた少年のお話

 ヒューイ・ルイセンを悪く言う者は誰もいなかった。

 

 教え方は丁寧であり、多くの生徒から慕われていた。質問しにきた生徒には理解できるまで嫌な顔1つせず付き合った。

 

 そして、留年ギリギリの落ちこぼれを進級させられるほど優秀な講師だった。

 

 想像し得る限り先生の理想型と思われるヒューイ・ルイセンという講師。そんなヒューイ先生を悪く言う者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「暴力は関心しませんよ、信一くん」

 

 ヒューイは生徒に注意するような口調で優しく信一を諭す。

 喉元に突きつけられた剣など見向きもしていない。

 

 いつものように目を見てやんわりと注意する。

 

 そんなヒューイにルミアが叫んだ。

 

「お願いです!もう止めてください……ヒューイ先生!貴方はこんなことをする人じゃ……」

 

「残念ながら僕は元々こういう人間なんです、ルミアさん」

 

 困ったような八の字眉を作り、今度はルミアを諭す。

 

「ヒューイ先生が今回のテロリストの協力者だったんですか?」

 

「はい」

 

 信一は今でも信じられないと言いたげに聞くが、しかしヒューイは肯定した。

 願わくば、そうであってほしくなかったが。

 

 

 

 

 

 ———今まで慕われていた講師をルミアの前で殺すのは気が引けるから。

 

 

 

「死ね、()()

 

 家族に危害を加えてる時点で信一の心にあった今までのヒューイに対する好意は霧散していた。

 止まっている手とは反対の手で剣を振りかぶり、首を刎ね飛ばそうとする。

 

「もし僕を殺せば学院が爆破されますよ」

 

 その言葉に再び信一の手が止まった。

 

「どういうこと?」

 

「もうじきルミアさんは法陣の力で組織の元に送られるでしょう。それと同時に僕の魂と直結したこの法陣も起動し、僕の魂を食いつぶして錬成した莫大な魔力でこの学院が爆破されます」

 

 ヒューイはなんてことないように言っているが、それはつまり自分もろともここにいる全員死ぬということだろう。

 

 学院と括った時点でこの転送塔も例外じゃないはず。いくら石造りと言っても学院の敷地内にある時点で同じだ。

 

「何のためにあんたは死ぬの?」

 

「僕はね、信一くん。王族や政府関係者が学院に入学した時、自爆テロで殺害する為の人間爆弾なんです。もっとも、ルミアさんは少々特殊な立場なので生け捕りになったんですけどね」

 

「チッ!胸糞悪いことをやるバカ共だったな、てめぇら“天の智慧研究会”てのはよ!!」

 

 計画の全容を聞いたグレンが吠える。

 

 だがヒューイは涼しい顔でそれを受け流し、信一に微笑みかけて言葉を続けた。

 

「信一くん、今ならまだ間に合います。クラスのみんなとシスティーナさん、あとそこのグレン先生を連れて地下迷宮に逃げてください」

 

「今さら善人気取り?それとも笑えない冗談?」

 

「僕も一時とはいえ、君たちの先生でした。元生徒に死んでほしくないという気持ちはあります。君の【迅雷】なら爆破前に全員避難させられるでしょう?」

 

「その全員にルミアさんがいなきゃ意味ないんだよ」

 

 元々ルミアが攫われたから信一はジンやレイクを殺してここまで来ている。

 ここではい、そうですかと引き下がる気は毛頭ない。

 

「ですが、今君に何ができますか?君は【迅雷】が使えるだけの劣等生。システィーナさんだって優秀とは言っても結局は学生の領域を超えるほどではない。そこのグレン先生は三流魔術師。この白魔儀【サクリファイス】をキャンセルさせる手段があるにはありますが、打ち消すには圧倒的に魔力が足りてないと見えます」

 

 確かにヒューイの言う通りだ。

 

 石畳に書き込また五層構造からなる白魔儀【サクリファイス】は、一層ずつ解呪していくしかない。

 だが、そんなことを落ちこぼれの信一ができるはずはない。優秀なシスティーナも同様、そもそも学院で習っていないのだ。

 

 残る可能性はグレン。

 

 そしてそのグレンはヒューイの言葉が終わると同時にがり、と自身の右手首を噛み千切ってルミアを囲む転送法陣に飛びついた。

 

「《原初の力よ・我が血潮に通いて・道を為せ》!」

 

 黒魔【ブラッド・キャタライズ】の呪文を唱え、手首から指に滴る血で転送法陣の最外層に直接解呪術式を書き込んでいく。

 

 その速さは指先が霞んで見えるほどだ。にも関わらず書き込まれる文字のバランスを損なっていない。

 

「《終えよ天鎖・静寂の基底・理の頸木は此処に解放すべし》!」

 

 あまりないと先ほど自己申告した魔力を振り絞り、黒魔【イレイズ】を起動させて第一層を破壊する。

 

 休む間も無く第二層の解呪に取り掛かった。だが、第一層に比べそれは格段に複雑になっている。

 

 血を流し、魔力を一気に放出するグレンはひどいマナ欠乏症に陥っていた。血色と体温、どちらも感じさせない肌の色は死に関わる領域に踏み込んでいることなど一目瞭然だ。

 

「先生!もうやめてください!これ以上魔術を行使したら死んじゃいます!!」

 

「うるせぇ!気が散るから黙ってろ!!」

 

 転送法陣の中から涙を目に浮かべ、ルミアが叫ぶ。しかしグレンは聞く耳を持たない。

 

「システィとシンくんも先生を止めて!」

 

「「 ………………… 」」

 

 泣き叫ぶように放たれるルミアの言葉に、だが2人は悔しげに目を逸らすだけで動こうとしない。

 信一もシスティーナも今はグレンに縋るしかないのだ。ルミアを救う為に。だから何も言わず、何もできずグレンを見守るしかない。

 

「なんで……どうしてですか!先生が命を賭ける必要なんてないじゃないですか!?私は……私の為に誰かが傷つくくらいなら死んだっていいんです!!だから……」

 

「……思い出しちまったんだよ」

 

「え?」

 

「さっき信一と白猫を守ってた時にな。俺がなんで最近会ったばかりのガキどもを守ろうと思ってたのか」

 

【イレイズ】を唱え、第二層の解呪に成功。グレンは第三層へとフラフラ歩み寄って……喀血した。

 

 だが、すぐに第三層の解呪に取り掛かる。

 

「『正義の魔法使い』になりたかった……。悪い魔王を倒して、お姫様を救って、みんなを幸せにする『正義の魔法使い』になりたかった」

 

 吐いた血を指につけ、皮肉げに口元を歪めながらグレンは作業を続ける。命を惜しみなく使って。

 

「げほっ……ごほっ…でもな、『正義の魔法使い』なんてものは嘘っぱちだ!みんなを幸せにできると信じて疑わなかった魔術は……結局人殺しに1番特化した手段でしかなかった!こんなくだらなくて馬鹿馬鹿しい夢の果てに絶望して……それでも!!」

 

 血を吐き、命を搾り出し、【イレイズ】を唱えて第三層の解呪に成功する。

 

「諦めきれないんだよ!だからお前を救う。『正義の魔法使い』に掛けた時間は無意味だったかもしれない……無駄だったかもしれない……だけど無価値にだけはしたくないんだ!わかったか!!」

 

 もはや言うことを聞いてくれない体を鼓舞する為に叫ぶ。

 

 だが———それまでだった。グレンの中で何かがぷつんと切れ、先ほどとは比べ物にならないほど盛大に喀血する。

 

「ごぼっ……!?」

 

 そしてその血の上に倒れた。白いシャツは血を吸ってどんどん赤黒く染まっていく。それは一見、グレンが血の海に沈んでいくようにさえ見えるようであった。

 

「「 先生っ!! 」」

 

 ルミアとシスティーナの悲痛な叫びが転送塔内に木霊する。

 

 もはやグレンは動けない。皮肉にも海に沈むような感覚が体を包み、思考がまとまらなくなっている。

 

 ———そのグレンの体を、信一は抱き上げる。

 そして、転送塔の螺旋階段……出口へと向かう。

 

 ルミアは安心したように息を吐いて信一に問いを投げた。

 

「シンくん……グレン先生は?」

 

「まだ生きています。ギリギリですが、適切な処置をすれば間に合います」

 

 グレンがいなくては、もう転送法陣の解呪なんてできない。だから信一はルミアを見捨て、生きる道を選ぼうとしている。

 

 それを悟ったシスティーナは信一の背中に叫ぼうとして……しかし何も言葉が出てこない。

 

 今ここで家族を見捨てる選択をした信一を責めて、じゃあ自分に何ができる?責めて、詰って、自分ができることはそれしかない。

 そんな簡単なことを理解したシスティーナは悔しそうに歯噛みした。

 

「お嬢様、こちらに」

 

「うぐっ……ごめん、ルミア」

 

「大丈夫だよ、システィ」

 

 永遠の別れを覚悟し、涙を流す少女2人。その2人の様子を無視して信一は再び声をかける。

 

「お嬢様、早くこちらに」

 

「……うん。じゃあね、ルミア」

 

「バイバイ。システィ、シンくん」

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔で2人は強引に笑顔を作る。家族との永遠の離別が辛いのは当たり前だ。本当なら抱き合いたい。

 それすら叶わないからこそ、笑顔で別れる。

 

 グレンを抱き上げて螺旋階段の途中にいる信一の元にシスティーナは歩いていった。

 

「お嬢様、グレン先生をお願いします」

 

 だが、あろうことか信一は階段にグレンを寝かせてそんなことを言い放つ。

 

「え?」

 

「階段から転げ落ちないようにしっかり抑えていてください」

 

 そして、自身の首からシスティーナに借りていたペンダントをグレンにかけてやり、転送塔に戻っていく。

 システィーナはその姿を呆然と見つめるだけで何も言わない。

 

「絶対にこの扉、開けちゃダメですよ?」

 

 信一はいつも通りの優しい微笑みをシスティーナに向け、そんなことを言った。

 

「なにしに行くの?」

 

「ちょっとルミアさんに今日のおやつ何が食べたいか聞いてきます」

 

「は?」

 

 此の期に及んで、この男は何を言っているのか。しかし、信一にふざけた様子はない。

 いつも通り笑い、いつも通り優しく、いつも通り日常を送る。

 

 そんな雰囲気をこの状況で醸し出していた。

 

「さっき言ったでしょ?今日のおやつはルミアさんの好物を作るって」

 

 それで思い出されるのはテロリストが来る前の教室での会話。

 ルミアが信一に共感し、それが嬉しかった信一は今日のおやつをルミアの食べたいものにすると言っていた。

 

 今、信一がその話をする真意とは?

 

 簡単だ。今日もルミアを入れた3人で信一の作ったおやつを食べる。

 何気ない会話をして、くだらないことで笑い合って。日常に帰るのだ。

 

「……そうね。なら早く帰りましょ、3()()で」

 

「はい」

 

 にっこり笑いかけ、信一は転送塔の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

「君は逃げないのですか?」

 

「逃げないよ」

 

 ヒューイは信一の行動が理解出来なかった。もう彼にできることはない。グレンが使い物にならなくなった時点で、ルミアは救えない。

 

 にも関わらずここに戻ってきた。

 

「まさか……ここで死ぬ気ですか?言っておきますが、学院の爆破はルミアさんを転送した後に行われますよ?」

 

「そんなことわかってるよ」

 

「だったら早く逃げなさい」

 

「そうだよシンくん!早くみんなのところに……」

 

「ルミアさん」

 

 ルミアの言葉を遮るように信一は彼女の名前を呼ぶ。

 

「帰りましょう。俺たちの家に」

 

 有無を言わせない笑顔でいつも通りのことを言う。たったそれだけなのに……ルミアは悟った。

 

 ……シンくん、怒ってるなぁ。

 

 どうやらかなりご立腹のようである。その理由も検討はついている。

 ———嘘をついたからだ。

 

『私の為に誰かが傷つくくらいなら死んだっていい』と嘘をついたからだ。

 

 本当はそんなことない。死にたくないし、今の生活を手放したくない。

 システィーナがいて、信一がいて、クラスのみんながいて……そしてグレンがいる今の日常が大好きだから。

 

 でも……

 

「ダメだよ、シンくん。私がいたらまたみんなが危険な目にあっちゃうもん」

 

「構いません。俺が守ればいいだけです」

 

「私なんて……いなくなったほうがいいんだよ」

 

「そう思ってるのはルミアさんだけです。俺もお嬢様もクラスのみんなも、グレン先生だってルミアさんがいなくなったほうがいいなんて考えていませんよ」

 

「でも……」

 

 信一はハァ、と露骨にため息をついて見せる。

 

 この心優しい少女は何故他人の為に自分を蔑ろにするのだろうか?

 彼女が傷ついて辛くなるのが彼女自身だけだと本気で思っているのだろうか?

 

 それはバカな話だ。彼女の自己犠牲で自分たちが助かったとして、それで今後自分たちが幸せに暮らせるわけがない。

 残された者たちの気持ちを信一は誰よりも知っている。

 

 暗黒よりも暗い絶望が心を支配する嫌悪感。自分の無力さを嘆いて、泣いて、喚いて、それでも何も戻らない虚無感。

 

 結局ルミアがいなくなって幸せになる人なんて誰もいないのだ。

 

「ルミアさん、本音を言ってください。俺は昔言ったはずですよ?『死にたければ死ねばいい。自分がいない方がいいと思うなら消えればいい。でも、もし君が生きていたいと思うなら俺は———君の味方だよ』って」

 

「…………いいの?」

 

「もちろん」

 

 にっこりといつもの笑顔で頷く。理由なんてない。無条件になんの損得も考えず、ただその人の意志を尊重する者———それを家族と呼ぶのだから。

 

 自分はルミアの家族だ。だから彼女の意志を最大限尊重しよう。

 

「もっと……みんなといたい!学院のみんなと、シンくんとシスティと、グレン先生と、お義父様とお義母様と……みんなともっといたいよ!!」

 

「わかりました」

 

 頭を突き抜けるような多幸感に包まれた気分だ。こんな自分とさえ一緒にいたいと言ってくれる。

 

 信一はツカツカと歩きルミアの後ろ側にある石造りの壁を———

 

「《疾くあれ》」

 

【迅雷】の膂力を用いて思いっきり殴りつける。それだけで人の胴体ほどの穴が空いた。同時に拳から骨の砕ける音が鳴ったが、まぁどうってことはない。

 

 穴から見える外の景色は雄大だ。グレンが馬鹿高いというだけあって、学院やフェジテが一望できる。

 

「君は……何をするつもりですか?」

 

「家族と一緒に帰るだけだよ」

 

 グレンを抱き上げた時に床に置いた剣を拾い、空けた穴と自分の間にルミアがいるように立つ。

 

「ねぇ、ルミアさん。今日のおやつは何がいいですか?」

 

「今日は……そうだなぁ。シンくんの作ってくれるものならなんでもいいよ」

 

「1番困る回答ですね」

 

 軽口を叩き、適度にほぐれた緊張感。自分の作ったお菓子を美味しそうに食べてくれる家族の顔を思い浮かべて頰が緩む。

 

「ま、帰ってから考えるとしますか」

 

 そう纏めて、両手の剣を肩に担ぐ。使うのは超音速で得物を振るい、押しのけた大気でぶっ飛ばす荒技———『風刄(フウジン)』。

 

 これは転送法陣が五層あった時には使えなかった。この技の威力は自身が握る得物の長さに依存する。刀より短い剣2本ではできなかったが……しかし『正義の魔法使い』によって可能になった。

 

「フウゥゥゥ………」

 

 ゆったりと息を吐いて集中力を高め、体を弓なりに背骨の限界まで反らして引き絞る。

 

 ……やる事は5年前と変わらない。家族を守る。でも、結果は変える。家族を———

 

「《守り抜く》ッ!」

 

 バチイィィィィィ———ッ!!

 

 頭の中で雷が弾けたような音が鳴り、それと同時に身体中の筋肉が音を立てて絞られる。

 

 そして、自身の体の前でX字を書くように2本の剣を目にも止まらぬ速さで振り下ろした。

 

 

 

 

 ドォォォォォッオオオオォォォォンッッッ——!

 

 

 

 凄烈な轟音が空気を震わせ、狭い室内の大気がルミアに向けて放たれる。

 それはさながら嵐の如き衝撃波。

 

 石造りの床に描かれた()()()()()()ルミアの座る石畳をベリベリ剥がしていく。

 しかしそれだけで威力が死んでしまうほど『風刄』は脆弱なものではない。

 

 狭い室内に収まりきらない衝撃波は外に逃げようとし、信一の空けた人の胴体ほどの穴に殺到。だが、穴の大きさは小さく衝撃波は逃げきれず———壁をさらに大きく破壊する。

 

「え?」

 

 その穴から空中にルミアは投げ出された。

 

「ルミアさん!」

 

 剣を捨て、信一も即座に走って飛び降りる。

 下からの猛烈な風で目を開けるのもやっとだが、なんとかルミアの手を掴みそのまま抱きかかえる。

 

 あとは【迅雷】を起動して強化した人体で着地すればいいのだが———

 

「んな……ッ!?」

 

 ———【迅雷】が起動しない。

 

 ここで信一は重大なことを思い出した。

 転送塔に入る前、ゴーレムを突破する時に3回。

 飛び出す穴を開ける時に1回。

 そして、『風刄』を使ってルミアを転送法陣ごとぶっ飛ばすのに1回。

 

 計5回、【迅雷】を使い切ってしまっていたのだ。

 もはや【迅雷】を起動する魔力すら信一には残っていなかった。

 

 ……チッ、仕方ないか。

 

「すみません、ルミアさん。どうやらおやつは作れなさそうです」

 

 腕の中にいるルミアに申し訳なさそうに謝る。自分はこのまま落下死する運命らしい。

 

 だが、ルミアだけは無事に生きてもらう。

 

「地面にぶつかる寸前で思いっきり横に投げます。そしたら全力で転がってください」

 

「でも…それじゃあシンくんが……」

 

 悲痛な面持ちでこちらを見上げるルミアに、信一はいつも通り微笑んで彼女の額に小さくキスをする。

 

 ……家族として、俺は貴女を愛していましたよ。

 

 たった3年間だが、ルミアもまたシスティーナに負けないくらい大切に思っていた。だから彼女が生きてくれるなら構わない。

 身勝手な話だとは思う。さきほどルミアには死ぬなと言ったくせに、自分は死ぬのだから。

 

 猛スピードで迫る地面。転送塔を守るように歩き回っていたゴーレムはもう動いていない。幸いなことに転送法陣と連動していたようだ。

 

 これならルミアが危ない目に合うことはない。

 

「……ダメだよシンくん」

 

「はい?」

 

 タイミングを外さない為に地面を凝視する信一に、ルミアは言った。

 

「私、シンくんの作るおやつが食べたいもん。だから……」

 

 ルミアの言葉が紡がれる瞬間……

 

「シンくんも生きて!」

 

 彼女の体が淡く発光し、抱えている腕が熱くなるのを感じる。

 落下中の暴風とはまた別の風が2人の髪を揺らす。周囲に光の粒子が舞う。

 

 そしてルミアの願いが力になるように、信一の中に莫大な魔力が生み出された。

 

 ……家族愛ってわけじゃないな。

 

 そんな不確かなものではないだろう。だが、今はそんな不確かなものだと信じたい気分だ。

 だから彼女の願いに対する答えは決まっている。

 

「《いついかなる時も、貴女の御心のままに》」

 

 バチイィィィィィ———ッ!!

 

 頭の中で雷が弾けたような音鳴る。

 バキッ……バキバキと筋肉は引き絞られ………

 

 

 

 ドウゥゥウウゥゥゥゥゥゥンンン——ッッッ!!

 

 

 信一はルミアを抱え、右足と左足の下にクレーターを作りながらしっかりと着地した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び剣を握り、ヒューイの首元に添える。

 

「まさか転送法陣を吹き飛ばして無効化するとは思いませんでしたよ」

 

「…………………」

 

 しかしヒューイに臆した様子はない。だが虚勢というわけでもないようだ。

 ただ諦めたのだろう。

 

 そんな彼の言葉を無視して信一は口を開く。

 

「1つ、あんたに聞きたいことがある」

 

「なんですか?」

 

「どうしてあんたは自分の仲間達に俺が【迅雷】を使えると教えなかったの?」

 

【迅雷】は詳細こそ明かされていないが、強力な固有魔術だというのがアルザーノ帝国では囁かれている噂だ。

 実際消費する魔力は少なく、人外に膂力と速度を用いられるのだから噂に違わない。

 

 そんな【迅雷】を信一が使えると知っていたにも関わらず、ヒューイの仲間———ジンとレイクは知らされていなかったようであった。

 もし知っていれば、生徒であろうと真っ先に計画の障害として教室で始末されていただろう。

 

 にも関わらず、彼らはそれをしなかった。戦ったレイクの表情は本気で自分の速さに驚いていた。

 しかし、ヒューイはちゃんと自分が【迅雷】を使えると知っていたのだ。どう考えてもおかしい。

 

「そもそもあんたがルミアさんを誘拐する目的なら、どうして俺を進級までさせてくれたの?」

 

 今日自分たちが学院に来ているのは、このヒューイが突然辞めたことが原因だ。

 今日という日を彼が作ったと言っても過言ではない。しかもそれは計画的に行われたことだった。だったらなおさら自分がここにいることはおかしい。

 

 ヒューイの行なっていることは説明がつかないことばかりだ。

 

「さぁ……なんででしょう。もしかしたら、生徒達を守ってほしかったのかもしれませんね」

 

「……………………」

 

「“天の智慧研究会”に属する外道魔術師の僕が人間爆弾として過ごしてきたこの学院での生活が……優しすぎたのかもしれません。こんな僕を先生と慕ってくれた生徒達に死んでほしくなかった」

 

「……俺だけじゃ無理だったよ。グレン先生がいなきゃ、この計画を止められなかった」

 

「それは誤算でした」

 

 計画が頓挫したにも関わらず、ヒューイは清々しい表情をしている。

 

「本当に……()()()誤算です」

 

「あんたはどうして“天の智慧研究会”に?」

 

「そうするしかなかったんです。僕が生きる道は……もうそれしかなかった」

 

 少し……不思議な気分だ。まるで昔の自分を見ているような、そんな気分を信一は味わっていた。

 

 母を殺し、父の紹介で妹と共にフィーベル家にお世話になっている自分。

 何か事情があって外道魔術師とならざるおえなかったヒューイ。

 

 1つ歯車が違えば、自分もヒューイと同じ道を辿っていたかもしれない。

 

「信一くん」

 

「なに?」

 

「これからも“天の智慧研究会”はルミアさんを狙い続けるでしょう。僕がこんなこと言う資格なんてないかもしれませんが……彼女を守ってくれますか?」

 

「言われなくてもそのつもりだよ」

 

 もう話すことはないと、信一は剣を振り上げる。元講師だろうと、彼は家族に危害を加えた。信一にとって生かす理由はない。

 

 だが、彼のおかげでルミアを守れたのもまた事実。だから自分は彼の生徒として殺す。

 

「あんたはテロリストより先生のほうが向いてるよ。さよなら、ヒュ()()()()()

 

「はい、さようなら。信一くん」

 

 そして、振り下ろそうとした瞬間———

 

「待て、信一!」

 

 転送塔の螺旋階段からシスティーナとルミアに肩を借りたグレンが待ったをかけてきた。

 信一は不満そうにグレンを睨む。

 

「なんですか……っと」

 

 グレンから何かが投げられ、それをキャッチ。どうやら通信結晶のようだった。

 その通信結晶は既に通話ができる状態にある。

 

『朝比奈か?』

 

 そこから聞こえてくる女性の声はセリカ・アルフォネアだ。

 

「こんにちは、アルフォネア教授。何かご用ですか?」

 

『あぁ。まだヒューイ・ルイセンは殺してないな?』

 

「今殺すところです。それでは」

 

『ま、待て!殺すな!』

 

「何故ですか?」

 

 信一は顔が見えないのをいい事に、露骨に鬱陶しそうな顔をしている。

 

『“天の智慧研究会”の情報をそいつから聞き出したい。殺さず警務官に引き渡せ』

 

「お断りします」

 

『…………どういうつもりだ?』

 

「どういうつもりも何も、俺はフィーベル家の従者です。主達を危険に巻き込んだ時点で相応の報いを与えるのに理由はありませんよ。それに……」

 

 言葉を切り、信一の眼光が鋭くなる。例えるなら彼の持つ刀のような触れれば斬れてしまうような鋭利さ。

 それを通信結晶に向ける。

 

「ヒューイ・ルイセンの身元調査を怠り、このような事態を招いた学院側にも少なからず非があるはずです。その学院側に属するアルフォネア教授の意見に俺が耳を貸す義理はないと思われますが?」

 

『ガキ……身の程をわきまえろよ』

 

 通信結晶から聞こえるセリカの声から穏やかさが消える。

 

 第七階梯に至った大陸屈指の魔術師にただの生徒が歯向かっているのだ。彼女の心中が穏やかでないのは誰でも理解できる。

 

 だが、信一がここまでするのには理由がある。正直な話、セリカが止めた時点で信一はこのヒューイ・ルイセンに殺す以上の価値を見出していた。

 あとはセリカがその意思を汲み取ってくれるかどうかだ。

 

『……何が望みだ?』

 

「ふふ、そうこなくっちゃ♪」

 

 さすがは大陸屈指の魔術師。声だけでも充分伝わったらしい。

 

 それに対して信一は嬉しそうに笑う。しかしそれも一瞬。

 剣をヒューイに向けながら、再び眼光を鋭く変える。

 

「別に高望みはしません。俺の望みは学院内に於けるシスティーナ・フィーベル、及びルミア・ティンジェル両名の安全です。もし彼女達が危険な目に遭った場合、迅速な対処とそのお手伝いをしていただきたい」

 

『クッ……わかった。約束しよう』

 

「ありがとうございます、アルフォネア教授。これからもお互いに良い関係を築いていきましょう」

 

 白々しくそう締めくくり、通信結晶をグレンに投げ渡す。

 

 これでやる事は終わった。そう安心した瞬間……

 

「あ、あれ……?」

 

 視界がグニャリと歪み足元が覚束ない。フラフラっと数歩たたらを踏み、信一はバタリと倒れて意識を失った。




はい、どうでしたか?

本当はね、この話で一巻の話はおしまいの予定だったですけどね。
アルフォネア教授が話しかけてくるから終わらなかったよ(すっとぼけ)

信一がルミアちゃんを助けたのは簡単に言うと、将棋で負けそうだから将棋盤自体をひっくり返すのと同じです。実に狡い!

次回は【迅雷】の術理とか、クラスメイトと話し合って一巻の話を締めます。本当だよ?
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