超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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原作9巻読んでたら遅くなっちゃいました(テヘペロ)
ちゃんと反省してますよ?

最近やっと気付いた自分の小説を書くのに不足した能力!
それは、重要な部分をまとめ上げる能力でした!!

という前振りをしたということは、つまり今回も長いというわけです。だって仕方ないじゃないですか! ロクアカって伏線多いんだから!!

てなわけで、楽しんでいただければ幸いです。




第18話 トラスト

「ハァ……ハァ……ここまで来れば大丈夫か?」

 

「そうだな」

 

 ルミアを抱えて走っていたグレンは息を切らしながら足を止める。

 

 場所は学院を飛び出し、フェジテの路地裏。それなりの広さがあるとはいえ、区切られた敷地で逃げ回っていればすぐに捕まると判断したグレンはすぐに学院を出たのだ。それに従い零も周囲を警戒しつつ並走していたのだが、彼は汗ひとつかかずケロッとしている。

 

「ルミア、降ろすぞ」

 

「は、はい」

 

 今のところ追っ手は撒いたので、休憩がてらルミアを降ろして壁にもたれかかるグレン。少女とはいえ人間1人抱えてかなりの距離を走ったので体力の限界がきているようだった。

 

「この程度で情けない」

 

「人間5人抱えて笑いながら帝都を走り回るアンタと一緒にすんな!」

 

「2年前の忘年会の話か? あの時は参加者が多かったから嬉しくてつい飲み過ぎちまったよ」

 

 なんとも迷惑な酔っ払いである。

 

 零の所属する宮廷魔導士団特務分室は、魔術がらみの事件でも特に危険度の高い事件を扱う都合上、よく欠員が出る。

 死亡したり凄惨な事件の現場に心が耐えられなかったりと理由は様々だが、そんな特務分室の参加人数が過去最多だったのが2年前の忘年会であった。

 

 今は亡き遊牧民の姫やその姫を亡き者にした狂気的な独善者、頭の固い特務分室の室長。筋骨隆々の爺さんに女顔の少年。青髪の猪娘と鷹の如く目つきの鋭い似非司祭。そして『正義の魔法使い』に憧れた愚か者。

 そんな濃いメンバーがまだ仲間として集まった最後の時だ。

 

「まぁ、今そんなことはどうでもいいか……」

 

 過去を思い返し、楽しかった思い出に浸るのは今じゃない。

 軽く頭を振って、零は座り込んでいるグレンを見下ろす。

 

「で、どうするグレン。 たぶんこのままここに居ても見つかるぞ?」

 

「そう……だな。とりあえず逃げる」

 

「その後は?」

 

「逃げながら考える」

 

「ははっ! お前らしい」

 

 行き当たりばったりの作戦にも程がある。にも関わらず、零はそんな今も変わらないグレンのやり方が嫌いじゃなかった。

 

 グレンは相手の先を読んで布石を打つより、その場その場で最善の手を打つ男だ。気の遠くなるような広さの砂漠の中にある勝利という一粒の砂を見つけ出し掴み取る。そうして数々の修羅場を潜り抜けてきたことを、彼に白兵戦全般を教えた零は知っていた。

 

 だから笑ってその作戦を受け入れる。なにせ———自分も同じやり方をするのだから。

 

 しかし、そんな笑い合う2人を理解できないと首を振る者がいた。

 

「どうして……どうしてそんなに呑気なんですか!」

 

 ルミアだ。

 

「私なんかを助けたせいで、2人も国家反逆罪で殺されちゃうんですよ! 女王陛下暗殺を企てた罪人の逃亡幇助の罪で!」

 

 彼女は恐れていた。大切な家族の父親と心奪われた男性が自分のせいで国に殺されることを。

 自分が死ぬことよりも、そちらを恐れていた。

 

「なのに……いた!」

 

「アホ」

 

 グレンはビシッとルミアの額を指で弾き、彼女の言葉を止める。その表情は心底呆れたと言いたげだ。

 

「お前は罪人なんかじゃない。自分の命より他人を心配できる優しい俺の生徒だ」

 

「でも……だって……」

 

「それとも、お前は陛下の暗殺を企てたのか?」

 

「そんなこと……っ!」

 

 顔を伏せて震えていたルミアがパッと顔を上げた。その表情を見て、グレンは相好を崩す。

 

「その顔を見れば分かる。お前はそんなことしないし、考える奴じゃない」

 

 疲れた体に鞭を打ち、なんとか立ち上がってルミアの頭を優しく撫でるグレン。

 その2人の光景を見て、零も安心したように微笑む。

 

 

 ……なんだ。案外良い先生やってるじゃないか。

 

 

 だからと言って女生徒にボディタッチはどうなのかと思うが。ここは空気を読んでその事には何も言わないでおこう。

 

「ゴホン!」

 

 これ以上教師と生徒のイチャイチャした場面を見せられても、自分が蚊帳の外になるだけなのでわざとらしく咳払いを1つ。

 この場を仕切り直すように零は言う。

 

「まぁ、この場に罪人はいないってことだな。誰も国家に反逆なんてしてないわけだし」

 

「いや、アンタは反逆しただろ。王室親衛隊を5人ボコってたじゃんか」

 

「失礼なこと言うな。あれは()()抜いてあった刀を()()()に振ってたら()()()()そこにいた親衛隊に当たっちゃっただけだ。わざとじゃない」

 

「苦しすぎるだろ、その言い訳」

 

「うるさい。殴るぞ」

 

「……この世界は不条理に満ちている」

 

「あ、あはは……」

 

 零の雑な脅しにグレンはどこか遠くを見ながら嘆く。そんな彼にルミアはなんと言ったらいいのか分からず曖昧に笑うしかない。

 

 それでも彼女の表情からは適度に憂いが消えたのを見て取り、零も和やかな雰囲気ができたことに満足した。

 

「さてと……」

 

「もう大丈夫か?」

 

「あぁ」

 

 呼吸を整えたグレンは気合を入れるようにパンパンと自身の頬を数回叩く。

 そろそろ動かなくては場所を特定されてしまうだろう。王室親衛隊は馬鹿の集まりではない。ルミア達がもう学院にはいないことくらいとっくに気づいているはずだ。

 

 街中なので魔術を使って逃げるよりは人混みに紛れた方が得策だと判断し、グレンがルミアの手を取って歩き出そうとした瞬間———ある意味慣れ親しんだ感覚が背筋を走った。

 

「殺気!」

 

 すぐさまその気配の出所からルミアを守る位置取りを行う。

 

 殺気の出所———路地裏から見える通りの屋根には2人の男女がこちらを見下ろしていた。

 

 藍色がかった黒髪の男と青い髪の小柄な少女。

 

 無表情を浮かべる2人は見方によっては兄妹にすら見える。だがそんな微笑ましい雰囲気はなく、あるのは人間味を感じさせない冷酷なもの。

 そして、2人は零と同じ衣装に身を包んでいた。

 

「リィエル!?アルベルト!? まさか……宮廷魔導士団も動いているのか!?」

 

 グレンの驚愕と共に同時、小柄な少女———リィエルが屋根を蹴って地面に着地。そのまま手を石畳の地面に当てがい何かを口走る。

 そして手を地面から離すとその石畳がごっそりと消えて、代わりにリィエルの手には立派な大剣が握られていた。

 

 その大剣を担ぎ、リィエルはグレンに突進してくる。それはまさに猪突猛進を体現したかのような動き。

 

 今や彼女もグレン達を敵として狩りに来ていることが一瞬で理解できてしまう。

 

「いいいいやぁああああ———ッ!」

 

 少女らしい高い裂帛と共にグレンへ向けて跳躍。稲妻の如く鋭い一撃が振り下ろされる。

 

 

 

 

 

「ハァ……時と場合を考えろ、リィエル」

 

 

 刹那、グレンとリィエルの間に零がいた。

 

 

 彼はため息を吐きながら人差し指と中指を立て、そのピースサインをリィエルが振り下ろすであろう大剣の軌道上に置いておく。

 

 大剣は吸い寄せられるかのように彼の立てた指の間へと入り、挟まれ———そして挟んだ瞬間、即座に手首を返す。

 

「———っ!?」

 

 すると、まるで板チョコを割るようにパキッと何の抵抗も無く半ばから折れた。リィエルの表情が驚愕に染まる。

 だが、零は動きを止めない。

 

 折れて宙を舞っている刀身を今度は親指とそれ以外の四指で挟むようにキャッチ。それを大剣を振り下ろした態勢のため、がら空きになっているリィエルの頭部へと落とす。

 

「きゃん!?」

 

 ガゴォォンと空っぽの何かを金属製の物で叩く……例えるなら鐘のような音が路地裏に響いた。

 零がリィエルの頭部に落としたのは刃ではなく、大剣の腹。幅広の刀身は見事即席のハリセンとなったわけだ。

 

 

 

 

「このお馬鹿!! 一体何考えてるんだ!!」

 

「痛い」

 

 ———グリグリグリグリッ!

 

 グレンの両拳がリィエルの側頭部をえぐる。

 

「あの……この方達は?」

 

 グレンがリィエルへ、文字通り鉄拳制裁中で忙しそうなのを見て取ったルミアの袖を引っ張って問いかける。

 

 どうやら2人とも、ルミアを殺しに来たわけではないらしい。

 にも関わらず、何故リィエルはグレンに襲いかかったか。理由としては単純なもので、ただお預けだったグレンとの決着をつけたかったというだけであった。

 

 それを聞いたグレンはブチギレ、今に至る。

 

 閑話休題

 

 

 ちなみにリィエルの大剣はウーツ鋼という通常の鋼より圧倒的に優れた剛性、靭性を持たせた特殊鋼材でできている。

 そんなウーツ鋼製のハリセンでぶっ叩かれてなお、ケロっとした無表情のままグレンのお仕置きを受けるリィエルは只者じゃない。

 

 なにより零と同じ衣装を着ているのだからほとんど正体はわかったようなものだろう。

 

「俺の同僚だよ。 女の子がリィエルで、そっちの無愛想な奴がアルベルト。アルベルトのことはアルちゃんと呼んであげると急に脱ぎだ……おっと危ない」

 

 ルミアの質問に答えていると、アルベルトから【ライトニング・ピアス】が飛んできた。

 特務分室のツッコミは一般人にとって命に関わる威力のものが多いなぁと、先ほどの自分を棚上げしながら危なげなく避ける。

 

「無駄話は止めろ。俺はお前に聞きたいことがある」

 

「なんだよ」

 

「この事態が起きた理由だ。陛下と共にいたお前なら何か知っているだろう?」

 

「……親衛隊の忠誠心が暴走したとは考えないのか? このルミアちゃんが3年前に死んだ『廃棄王女』で、それをどこかで知った親衛隊が殺しにきていると」

 

「いや、そりゃ無理があるぜ」

 

 2人の会話にグレンが割り込む。

 

「そうだよ……落ち着いて考えればすぐにわかる。零さんが今俺たちといるのは、元々親衛隊と一緒にルミアを殺しにきたからじゃねぇか。そもそも、アンタが親衛隊の勝手な暴走に加担するとは考えにくい。さらに言うなら、わざわざ加担した奴らを裏切るなんてありえない」

 

「……………………」

 

 グレンの推理に零は黙り込むしかない。

 

 どうしてさっきまでのロクでなしな魔術講師のままでいてくれないのか。そんな胸中の憂いを知らない彼はルミアを守るように立ち、零に不信感の混じった眼差しを向けている。

 

「ハァ……正解だ。確かに俺はこの騒動の理由を知っている」

 

 観念したように息を吐く零。そんな彼にグレンは思わず掴みかかっていた。

 

「どういうことだっ!どうして黙って……」

 

「落ち着け、グレン」

 

 零の胸ぐらを掴み上げるグレンの手にアルベルトの手が重ねられる。

 

「零はわざわざ不信感を煽るようなことをしない。それはお前も知っているだろう?」

 

「———っ!……そうだったな」

 

「つまりこいつには言いたくても言えない理由があるということだ。違うか?」

 

「アルの言う通りだ。黙っていたことは謝るが、俺にも言えない理由がある。……だが信じてほしい。俺はルミアちゃんを守る為に行動している。それだけは誓って本当だ」

 

 虫のいいことを言ってるのはわかっている。何も言わないクセに信じてほしいなんてのは自分勝手なワガママなのも理解している。

 

 それでも信じてもらいたい。自分は決して敵ではないことを。

 まるで懇願するように、この中では最年長者であるにも関わらず零は頭を下げた。

 

「あの!」

 

 その姿を見て、今まで静かに事の推移を見守っていたルミアが声を上げる。

 彼女へと他の四対の瞳が向けられるが、それに気圧されることなくルミアははっきりと言う。

 

「私は信じます。 言えないことがあっても……それでも貴方は私を守ってくれましたから。その事実は変わりません」

 

「そっか……ありがとう」

 

 口では感謝の言葉を告げるが、それに反して零は内心呆れていた。

 

 

 ……この子は他人からの好意に素直過ぎるなぁ。

 

 

 あまりに無警戒で無防備。一度味方と認めれば信じ抜いてしまうだろう。

 それはとても危険なことだ。特に他人から命を狙われる立場ならなおさら。

 

「まぁ、ルミアが信じるならそれでいいよ。元々この人は仲間を裏切るようなことはしないしな」

 

「わたしは最初から零を信じてた。グレンとアルベルトは疑ぐり深い」

 

「当然だ。やすやすと信じた結果背中から刺されては笑い話にもならん」

 

 口では色々言っても、彼らは自分を信じてくれる。息子と同年代の彼らからの信頼は嬉しいものがあった。

 

「さて……では話を続けようか。一応王室親衛隊は女王陛下の勅命という大義名分で動いている。だが、女王陛下はそんな命令を出していない。ここまではいいな?」

 

「あぁ。でも女王は親衛隊が動いていることを知ってる」

 

「ふむ……」

 

「アルベルト。この状況を打破する作戦を思いついた」

 

「……………………」

 

 静かに手を挙げたリィエルをアルベルトは無言で見やる。それを発言の許可と取ったリィエルは凹凸があまりない胸を微かに張る。

 

「考えてもわからないものはわからない。だからまずわたしが正面から突っ込む。次に零が正面から突っ込む。その後グレンが正面から突っ込んで、最後にアルベルトが正面から突っ込む」

 

「「「「 …………………… 」」」」

 

「どう?」

 

 ————グリグリグリグリッ!

 

 グレンの両拳がリィエルの側頭部をえぐる。

 

「惜しかったな。どうせならそこは俺とリィエル、グレンとアルベルトの二人一組で別々の方向から突っ込んだほうがいい」

 

「は……! なるほど」

 

「なるほどじゃねぇ!」

 

 ———グリュグリュグリュグリュッ!

 

 グレンの両拳がさらにリィエルの側頭部をえぐる。

 

 痛い痛いと棒読みで喚くリィエルを放置し、グレンは零へと向き直った。

 

「なぁ、セリカも動けないのか?」

 

「そうだ。セリカ=アルフォネアも俺とまったく同じ理由で動けない」

 

「となると突破口がわからねぇな……」

 

「いや、それはあるぞ」

 

「はひょ?」

 

 サラッと重要なことを言われたグレンの口からなんともマヌケな声が漏れた。それにはとりあえずノータッチで言葉を紡ぐ。

 

「グレンが女王に直接会うんだ。彼女の目の前まで行くんだよ」

 

「それでどうするんだ?」

 

「そこからは言えない。だが、それが唯一の突破口だ。俺にも、セリカ=アルフォネアにもできない。だが、お前ならできるんだ」

 

 確信を持って言える。その為に零はわざわざグレンを気絶させるようにして親衛隊の凶刃からかばったのだから。

 

「だけど、どうやるんだ? 陛下は貴賓席にいて、確実に王室親衛隊が護ってるだろ?」

 

「おまけにセリカ=アルフォネアもな。でも1つ忘れてないか? 今のお前は教師で、お前の生徒たちは競技祭に出場している」

 

「……っ! そうか! 俺のクラスが優勝すれば……」

 

「直々に勲章が下賜される。その時がチャンスというわけだ」

 

 八方塞がりと思われた状況に光が見えた。

 しかし、またここで新たな問題が発生する。

 

「でも、今俺とルミアは追われてる身だぞ? ノコノコ競技場に戻ったらあっさりと捕まっちまう」

 

「なら1つ作戦を提案する。まずわたしと零が……」

 

「それはもういい!」

 

 こいつは状況の深刻さを理解しているのだろうか。いや、きっとしてない。

 

 そんなお馬鹿ちゃんは放っておいて、グレンは施策に耽る。幸い、今日は昼休みにルミアからサンドウィッチを貰ったおかげで頭がよく回るのだ。

 

 

 ……ん? 昼休み?

 

 

 1つ、頭に作戦がよぎった。昼休みというキーワード。そして、自分が昼休みに何をしたか。

 

「これだ……!」

 

「何か思いついたのか?」

 

 競技場に戻れるだけでなく、優勝の為にクラスの指揮も取れる。そんな夢のような作戦を、彼は思い付いていた。

 

「あぁ。よく聞けよ———」

 

 その作戦を他の4人に話す。ほう、とリィエル以外から感心の声が漏れた。

 しかし、当然ながらこの作戦にも穴がある。それにいち早く気付いたアルベルトが顎に手を当てながら発言。

 

「しかし、その作戦では生徒からの信頼が重要だろう。そこはどうするつもりだ?」

 

 確かにその通りだと、グレンの眉間に皺が寄る。しかし……

 

「その信頼、もしかしたらクリアできるかもしれないぞ」

 

 零が不敵に笑って見せた。4人が彼に注目する中、ポケットを漁り出す。

 やがて零がポケットから取り出した物。それはアルベルトにも見覚えのある物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 競技場の熱気は衰えることを知らず、競技1つ1つが行われるごとに歓声が上がっていた。

 

「う〜ん……まずいわね」

 

 システィーナが唸るように呟く。

 

 まずいと言うのは、自分のクラスである二組の優勝が難しくなってきたことについてだ。

 

「今が4位。そろそろ何かの競技で1位を獲得しないと厳しいですね」

 

 午後の部が始まって早々担任のグレンがいなくなったことで、クラスの士気はあまり芳しく無い。

 

 一応クラスでトップの成績を誇るシスティーナがグレンに任されたこともあり指揮を執っているが、どうにも上手くいかない。信一も出来るだけ手伝うようにはしているが焼け石に水であった。

 なにより、システィーナ自身も昼休みが終わってから見当たらないルミアのことが心配で仕方がなかった。その不安がクラスに伝わっていることも、士気向上を阻害する要因の1つになっている。

 

 そんな時だ。

 

 ———リリッ、リリッ、リリィン

 

「「………っ!? 」」

 

 鈴を転がしたような音がどこからともなく聞こえてきた。信一とシスティーナは辺りを見回し、その音の出所を探す。

 だが、それがどこから聞こえているのかよくわからない。もちろん足元に鈴が転がっているわけでもない。

 

「あ、信一の通信結晶……」

 

「え?」

 

 信一の耳に着けられている通信結晶がチカチカと光っているのをシスティーナが見つけた。実はこの通信結晶を使っていなかった信一は耳元にあったにも関わらず、呼び出し音がわからなかったみたいだ。

 

「え……なんで…?だって今は仕事中じゃ……」

 

 珍しく信一がワタワタと慌て出す。元々夜限定で通信するように送られた物。それが昼間、しかも今は父親も仕事中のはずなのに鳴り始めたのだ。

 それに加え、信一は未だ心のどこかで父親と話すことを恐がっている。軽くパニックに陥っていた。

 

「あ……うぁ……」

 

「信一?大丈夫?」

 

 耳から下がっている通信結晶の前を信一の手が右往左往。言葉にならない声を出すだけで何もできない。

 

「———信一」

 

「あう……」

 

 凛としたシスティーナの声に、しかし信一は今にも泣きそうな顔で振り向く。これを無視したら父親に嫌われるかもしれない。でも、出たら出たで何を言っていいのかわからない。

 

 まるで迷子のような信一の手を———システィーナが両手で優しく包む。

 

「大丈夫。どうしてこのタイミングなのかはわからないけど、とりあえず話してみなさい。そうじゃないとあなたのお父さんにも伝わらないわよ」

 

「でも……」

 

「もし拒絶されたら慰めてあげるから。だから、一度話してみなさい」

 

 包んでいた手が信一の頬を挟み———コツン。

 軽くおでこをくっつけて、迷子になっている弟を安心させるように窘めるシスティーナ。

 

 その行為でパニックになっていた頭が急速に冷えていく。

 

「……わかりました。ちゃんと慰めてくださいよ?」

 

「ぎゅってしてあげるわよ」

 

「あれ痛いからイヤです。特にお嬢様のあばら骨が顔をゴリゴリして」

 

 遠回しに貧乳と言われ、システィーナの額に青筋が立つ。

 しかし、内心ではホッとした。そのくらいの軽口が叩ける程度には落ち着いてくれたらしい。

 

 信一はシスティーナから離れ、競技場の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

 ———リリッ、リリリリッ、リリィン

 

 未だ鳴り続ける通信結晶に手を当てがい、深呼吸を1つ。思わず不安で高鳴る心臓を落ち着ける。

 

 ……よし!

 

 なんとか落ち着いたのを見計らってピンッと指で通信結晶を弾いて通話を開始。

 

「と、父さん……?」

 

『あぁ、やっと出たか』

 

 結晶越しに、5年ぶりに聞く父親の声。その声音は少し焦燥に駆られているようである。

 

「あの……久しぶり…だね」

 

『そうだな。顔が見れなくて残念だが、とりあえずは元気そうな声で安心したよ』

 

「うん……俺もだよ」

 

 ファーストコンタクトは良好。声を聞く限りは憎悪のような負の感情は感じられない。

 

「それで…その……何か用?まだ昼間だけど」

 

『あぁ、かなり火急の用だ。……今お前の周囲に誰かいるか?』

 

 父親の不思議な問いかけに信一は首を傾げながら辺りを見回す。5年ぶりの会話を誰にも邪魔されたくなかった為、人目のない茂みに入り込んだので周囲に人は見受けられない。

 

「いないけど……」

 

『なら良かった。信一、落ち着いて聞けよ? ———ルミアちゃんが王室親衛隊に命を狙われている』

 

「———どういうこと?」

 

 零の言葉が耳に入った瞬間、信一の声音から緊張や恐怖が霧散し、何の感情も持たない冷たいものに変わる。

 

『何故襲われてるかは言えない』

 

「理由なんてどうでもいいよ。それよりルミアさんは無事なの?毛一筋ほどの怪我もない?」

 

『大丈夫だよ』

 

「なら良かった」

 

 安堵のため息を溢す。

 だがそれも一瞬。再び冷たい声で通信結晶越しの父親に問いかける。

 

「今ルミアさんはどこにいるの? 父さんと一緒?」

 

『あぁ。俺もちょっと親衛隊から狙われちまってな。だから一緒に逃げてる。ちなみにグレンもいるぞ』

 

「ふぅん」

 

 グレンのことだから、ルミアを王室親衛隊から庇ったのだろう。偶然グレンが迎えに行ったタイミングで親衛隊が仕掛けてきたというのは、彼にとってとても不運なことだがルミアが無事ならどうでもいいことだ。一応感謝はしておくが。

 

 それよりこの状況の解決策を考えるのが先決だろう。

 

 王室親衛隊がルミアの命を狙う———順当に考えれば女王陛下が命令したと捉えるのが普通だ。しかし、ルミアは女王陛下の実の娘。

 そして、ルミアの様子から王女の立場を追放される前の親子関係はそこまで悪かったとは考えにくい。そもそも、生きていては困るのなら追放などせずに殺してしまえば良かったのだ。にも関わらず追放したのだから、親としての愛情が最後の一線を越えられなかったというのは自明の理。

 

 ———だったら何故今になってわざわざ殺そうとするのか?

 

 それが信一にはわからない。政治的な理由が存在するのか、それとも別の要因か。

 

 

 ……まぁ、やっぱり理由なんてどうでもいいか。

 

 

 信一にとって、ルミアが狙われる理由などどうでもいい。重要なのはルミアが狙われているという事実のみ。そして、それを阻止することが最優先事項だ。

 

「父さん。ルミアさんを守るにはどうしたらいい? 女王陛下を殺せばいいのかな?」

 

『それも1つの解決策ではあるが、やめておけ。 殺した後、お前が世話になってるフィーベル家が一族郎党皆殺しになる』

 

「チッ……これだから国の偉い人は面倒くさいなぁ」

 

 天の智慧研究会の連中達は殺せばそれで終わりだった。

 しかし、それが女王陛下となると話は変わってくる。

 

 彼女は紛れもない国家元首。それを殺したとなれば、歴史の教科書に載ってしまう程の大罪人だ。

 別に自分がそうなるだけなら構わない。だが今の信一の立場はフィーベル家の従者。従者の罪はそのままフィーベル家の罪になってしまう。

 

 家族を守る為の行動で家族全員が死ぬなど、本末転倒ここに極まりと言うしかない。

 

『でもほかの解決策はちゃんとある。———お前のクラスがこの魔術競技祭で優勝することだ』

 

「は? どゆこと?」

 

 何故ルミアを殺されない為の解決策がいきなり二組の優勝になるのだろうか。理解が追いつかない。

 

『どういうことと言われても、それが1番後腐れのない方法になる』

 

「よくわからないけど、父さんがそう言うなら信じるよ。でもさ、今結構ヤバい状況なんだよね。グレン先生がいないからみんなの士気も低いし、優勝するの厳しそう」

 

『それなら安心しろ。 そっちに俺の同僚2人が向かってる。時間的にそろそろ着いたんじゃないか?』

 

「その人たちがグレン先生の代わりになるってこと? ……こう言っちゃ悪いけど、信用できるの?」

 

 父親の同僚と言えば宮廷魔導士団———言うまでもなくて帝国側だ。親衛隊と一悶着やらかした今の父親はむしろ帝国の敵として認知されてる可能性があるので、この状況では信用できない。

 

『100%信用できる。グレンと全く同じくらいだ。お前にとってはな』

 

「俺にとっては……?」

 

 変な言い回しに首を傾げるが、父親が言うのならそうなのだろう。

 

『なぁ、信一』

 

「ん?」

 

 突然、父親の声が神妙なものに変わる。

 

『お前はルミアちゃんを守りたいか?』

 

「もちろん」

 

 即答。その質問に迷う余地など一切ない。

 

『本気で守りたいならそっちに行った女の子の方———リィエルって言うんだが、そいつを全力で守れ。それがルミアちゃんを守ることに繋がる。絶対だ』

 

「絶対……ね。わかった」

 

 父親もルミアを守る為に必死だと言うことは話していれば伝わってくる。そんな彼が言うのだから、それを疑う理由はまったくない。

 

『じゃ、こっちも親衛隊に見つかっちまったんでな。今から全力で逃げる。最終種目が終わったら連絡くれ』

 

「了解。……死んじゃダメだよ」

 

『死なないよ。『母は強し』って言うが、父だって強いんでな』

 

 軽口を叩き、通話が切れる。切れる寸前、奥から男達の怒号が聞こえた。父親はこれからグレンとルミアと共に逃走劇をおっ始めるようだ。

 

 しかし、心配はしていない。なにせ父親なのだから。

 

 耳から下がっている通信結晶を一撫でして、信一は競技場へと歩を進める。父親の同僚がもう着いているかもしれないし、そのうちの1人はルミアを守ることに繋がる人物なのだ。

 それに、もう1人も優勝する為にクラスの指揮を執ってくれると言っていた。クラスメイト達を説得しなければならない。

 

 そしてクラスのところまで戻ると、なにやら誰かを囲んでいるようであった。

 軽くクラスメイトをかき分けてその中に入る。

 

 クラスメイト達が囲んでいたのは、藍色がかった黒髪の男性と青髪の小柄な少女。そして宮廷魔導士団の礼服を着ている。どうやらこの2人で間違いなさそうだ。

 

「あ、信一! この人が急に来て……」

 

「事情はある程度知っています。この人たちがクラス指揮を執るということでしょう?俺たちを優勝させる為に」

 

「なんで知ってるのよ?」

 

「父から聞きました。アルベルトさんとリィエルさんで間違いありませんね?」

 

 振り返って聞くと、2人は頷いた。無口で表情が変わらないところは少し人間味を感じないが、特に気にするほどでもない。

 

 その時、唐突に2人の方向からこちらに向かって突風が吹く。急に吹いた突風に煽られる女子生徒のスカート。

 信一は刀の入った布袋でシスティーナのスカートを後ろから抑えて、完璧に守りながら、

 

 

 ……ん? これって……もしかして?

 

 

 風に乗って自身の鼻腔をくすぐった匂いに違和感を覚える。

 

「……あぁ、なるほどね」

 

 そして、その違和感の正体を見破り、何か確信を得たように笑った。

 

 

 ……父さんがこのリィエルって子を守れって言った理由、アルベルトさんが俺にとってグレン先生とまったく同じくらい信用できるって言った理由。どちらもよくわかったよ。

 

 

「お嬢様、彼らの指示に従いましょう。どうせ二組の目標は『優勝』なんです。だったら誰の指示に従っても変わらないでしょう?」

 

「確かにそうだけど……でも……」

 

 未だに猜疑心の拭いきれない目を彼らに向けるシスティーナ。

 そんな彼女に、リィエルが近寄ってそっと手を握る。

 

「……お願い。信じて」

 

「あ……」

 

 何かに気付いたように、システィーナはリィエルの瞳を覗き込む。

 そして頷き、彼女はクラスメイト達に告げる。グレンにクラスを任された生徒として。

 

「みんな、この人達は信用できるわ。間違いなく、グレン先生とまったく同じくらいに!」

 

 

 ……さすがお嬢様。手を握られただけで気付きましたか。

 

 

 システィーナの様子に、信一は内心心から拍手を送っていた。

 それからありとあらゆる褒め言葉を並べ、心の中でべた褒めする。ついでにそんな聡明な彼女の従者である自分は世界で1番幸せだと確信していた。

 

 システィーナと信一。別々のベクトルではあるがどちらもクラスの中では信頼されている2人が確信を持って言うものだからか、二組の生徒に『優勝』への渇望が再び湧き始める。

 

 優勝したい。クラスメイト全員で優勝を掴みとりたい。

 

 その気持ちはこの時、間違いなく一つであった。

 

「さて、お手並み拝見といこうかしら。ア ル べ ル ト さん?」

 

 システィーナに挑戦的な笑みを向けられ、アルベルトは気まずそうに頬を掻く。

 その2人を見るリィエルの横顔に、やはり信一は見覚えがあった。





はい、いかがでしたか?

アルベルトさんがいると話が円滑に進みますね。だとしても1万文字越えはひどいですが。

たぶん次回あたりから1万文字以内に収まると思います。……たぶん。
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