超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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やっとテストが終わりましたよ。えぇ、終わりましたとも……2つの意味で(泣)


第20話 そんな国なら滅びてしまえ

『———父さん。最終種目終わったよ。優勝した』

 

「お疲れ様……と」

 

「ぐあぁッ!」

 

 通信結晶から聞こえた息子の声に返事を返しながら、親衛隊の1人を蹴り飛ばす。

 その1人は零が誘導して4人ほど別の親衛隊が集まっている場所に飛び込んでいき、一気に行動不能へ。たった一発の蹴りで国の精鋭たる王室親衛隊が5人纏めて無力化された。

 

「アル、リィエル。もう【変身】解いていいよ」

 

「ん」

 

「了解だ」

 

 零と一緒に逃げていたグレンとルミア……に変身していたアルベルトとリィエルは短く返事を返して姿を戻す。

 

「じゃ、ここ頼んでいいか?学院からだいぶ離れちゃったからさ」

 

「……分かった。全員叩き斬る」

 

「はは、斬るのはいいが殺さないようにな」

 

「今は戦闘中。そういう難しいことは叩き斬った後に考えてみる」

 

「……アル、頑張れよ」

 

「………………………」

 

 表情こそ変わらないが、アルベルトの背中から哀愁が漂っているように見えた。

 リィエルの猪突猛進で親衛隊が死なないように、なおかつ死なない程度に無力化しなければならない。相手を守りながら倒す。それはとても難しいことだろう。

 

 そんなアルベルトに頑張ってね〜とヘラヘラ笑いながら頭の中———脳に直接【ショック・ボルト】を撃ち込んで【迅雷】を起動。地面を爆ぜさせながら姿を消す。

 

 

 

 

 

 

 ゼーロスと対峙するように立つ信一。その背中にルミアを守るような立ちながらグレンは叫ぶ。

 

「待て、信一。まだ抜くな」

 

「何故ですか?」

 

「いいから。とりあえず俺に陛下と話をさせてくれ」

 

 刀は芸術品という見方が強いが、紛れもなく人を傷つける為の武器。それを抜くということは『殺意あり』と見られてしまう。

 国家元首の前でそのような行為を行えば言い訳の余地無く死刑になるのは目に見えていた。

 

 だが、グレンにはまだ戦う以外の方法が残っている。

 

「陛下。王室親衛隊が貴女の名を騙り、ルミアを狙って暴走している。でも安心してくれ。陛下を拘束していた親衛隊はセリカが張った結界の外。だから下知してほしい」

 

 

 ……なるほど、そういうことね。

 

 

 ここでやっと信一はこの騒動に対して納得がいく。

 つまり親衛隊は女王の命令ではなく、独自に動いていたのだ。恐れ多くも女王を武力の壁で拘束して。

 

 それを示すように、王室親衛隊隊長ゼーロスの顔が苦悶に歪む。今この結界にゼーロス以外の親衛隊はいない。ここでアリシア七世が下知を下せば従うしかなく、もし従わない場合はセリカとグレンが力ずくでという手段も取れる。なにせ、女王の命令に従わないのだから。

 

 

 ……こりゃあ、俺の出番はないか。良かった良かった。

 

 

 一応ゼーロスを見据えながらも内心ホッとしていた。戦わなくていいならそれに越したことはない。自分が戦い、傷付くとルミアやシスティーナが悲しそうな顔になるのだ。

 

 そんな信一の安堵を、誰でもない———

 

「ゼーロス。ルミア=ティンジェルを討ち果たしなさい」

 

 ———女王アリシア七世が突如打ち砕いた。

 

「……は?」

 

 信一の口から間抜けな声が漏れる。

 

 慌ててルミアの方を見れば、彼女は信じられないほど顔を青ざめさせていた。

 

「その娘は、私にとって存在してはならない者です」

 

「ちょ……陛下、何を言って……?」

 

 どうやらアリシアの言葉で動揺しているのは信一だけではないらしい。グレンもアリシアのまさかの発言に狼狽えている。

 

「いなければ良かった。愛したことなど一度もなかった。その子を生んだ我が身の過ち、悔やみに悔やみきれません」

 

「そ、そんな……それがあなたの本心なの?」

 

 アリシアの目は氷ですら生温いと感じられるほどに冷たい。その目を実の娘であるルミアに向けながら、心を壊すように残酷なことを言ってのける。

 

「えぇ、その通りです」

 

 たった一言。その言葉に、ルミアはがくりと力なく膝をついて項垂れ、涙を流す。

 

「ふはははっ!大義は我らに有り!」

 

 先ほどの苦悶に歪んだ表情が嘘のようにゼーロスは力を取り戻していく。

 そして右、左。両腰に吊るしてあるレイピアの柄に手を掛け———抜いた。

 

「さて、それでは大義に則り……私が直々に引導を渡してくれよう」

 

 その瞬間、ゼーロスから豪雨のような殺意が叩きつけられる。

 気を抜けば呑まれ、戦意を挫く。歯向かえば殺される。そんな見えない意思が生物の本能で感じ取れた。

 

「グレン先生」

 

 それを感じて尚、

 

「もういいですよね?」

 

 信一はゼーロスの目を見据えながら言った。

 

 女王の命令? 大義名分? それは家族(ルミア)の命より重いのか?

 ———答えは否だ。

 

 ゼーロスの殺意に応えるように、信一は左右に握った刀の鍔を親指で押して鯉口を切る。鍔と鞘の隙間から微かに覗く鈍色の刃。

 

「ほう……ニ刀と来たか。して少年、儂に挑むというのか?」

 

「………………………」

 

 信一は何も答えず、鯉口を切ったまま鞘に収まった状態の刀をクルっと回して柄を握る。

 

 

 ……40%まで上げて一気に決める。

 

 

 口上は無用。ただひたすらに斬るのみ。

 

「《疾くあれ》」

 

 ブオォゥゥン———ッ!

 

【迅雷】を起動。バキッ……バキバキと筋肉が引き絞られる音が信一の体から鳴っていた。

 それと同時に握っていた刀を開くように振るい、その遠心力で鞘を飛ばす。

 鞘は回転しながらゼーロスへと向かっていく。当たれば死にはしないものの昏倒は確実。当たりどころによっては再起不能すらあり得る、そんな人外の膂力で放たれた二本の鞘。

 

「フンッ!」

 

 それを低い裂帛と共に振り下ろした二本のレイピアがそれぞれを真っ二つに割る。四つに分かれた鞘はゼーロスの後方へと飛んでいくが、後ろのアリシアには掠りもしない。

 彼はそうなるように斬ったのだ。

 

 ———刹那、信一は勝利を確信した。

 

()った!」

 

「ぬっ……」

 

 鞘を飛ばすと同時に自分も踏み出し、既に刀の間合いにゼーロスを捉えていたのだ。

 右刀は首へ、左刀は胴へ。開いていた腕を、今度は閉じるようにしてゼーロスへと向かわせている。

 

 描かれる鈍色に輝く高さの違う2つの三日月。

 回避は間に合わない。レイピアで止めようするならばソレごと破壊する。

 人間の潜在能力を40%まで解放し、常人の20倍の膂力と速度で放たれる必殺の二撃。

 

 

 

「———未熟」

 

 それをゼーロスは一言、吐き捨てるようにして凌いでみせた。

 

 ———パパキイィィンッ!!

 

 下ろしていたレイピアを二本とも振り上げ、刀の腹を打ってへし折る。言葉にすれば、彼がやったのはそれだけだ。

 

 回避が間に合わない? そもそもする必要がない。

 防げば武器ごと破壊される? なら破壊される前に逆に破壊してやればいい。

 

 40年前の『奉神戦争』を駆け抜け、戦い抜き、生き抜いた正真正銘の猛者である『双紫電』ゼーロスにとって、信一の攻撃などその程度に過ぎない。

 

「ハッ!」

 

 刀を破壊され、武器を失った信一へゼーロスは両手のレイピアを用いた七連撃。その一撃一撃が『双紫電』の名に恥じない、先ほどの信一の斬撃を童戯と嘲笑うかのような真の必殺を内包している。

 

「チッ……」

 

 折れた刀の柄をゼーロスに投げつけ、最初の二撃を捌いてその隙に離脱。

 ホルスターに収まっているレイクから奪った大型(シース)ナイフを素早く取り出して追撃に備える。

 

 しかし、ゼーロスは追撃をしてこない。

 

退()け、少年。儂とて無益な殺生はしたくない」

 

「……でも、あんたはルミアさんを殺すんでしょ?」

 

「それが陛下の為、ひいては国民の為だ」

 

「なら引かないよ」

 

 そう言いながらも、信一は確信していた。この男には勝てない、と。

 

 なにせ、ゼーロスは自分の刀を二振りとも破壊したのだ。それはつまり、破壊する程の()()があったということ。

 あの場面でそれが出来たなら、突きを放って心臓を串刺しにすることだってできた。だがやらなかった。今彼が言ったように『無益な殺生をしたくない』という理由で。

 

 

 ……さすがに格が違いすぎるなぁ。

 

 

 練度が違う。密度が違う。濃度が違う。深度が違う。

【迅雷】を使える信一の方が膂力と速度では上回るが、ゼーロスにはそれを軽く捩じ伏せるだけの技術と経験がある。

 

 膂力と速度と技術はジャンケンのような三つ巴になっている。

 技術は速度で突破できる。速度は膂力に殺される。膂力は技術で受け流される。

 しかし、経験は違う。

 経験は膂力、速度、技術のグーチョキパー全てに勝てる。そんな子どもが考えるような最強の手と同じなのだ。

 

 

 ……だからと言って、引き下がる気は毛頭ないけどね。

 

 

 自分がここにいるのはルミアの為。ゼーロスが国民の為に立ちはだかるのだと言うのなら、信一は家族の為に打ち破る。

 

 その変わらぬ決意をさらに固める信一へ、グレンの後ろからルミアが声を絞り出す。

 

「……シンくん、もういいよ」

 

「え……?」

 

「もう……戦わないで。私の為に傷つかないで……」

 

「ルミアさん?」

 

 力無く紡がれるルミアの言葉からは諦観が感じ取れた。

 

「陛下、私の命を差し出します。ですからどうか……こちらの2人を許してはいただけないでしょうか?」

 

「おい!何言ってんだ、お前!」

 

 グレンも感じ取ったようで、ルミアに対して大声を張り上げる。しかし、彼女はそれを無視してアリシアへと懇願していた。

 

「お願いします……どうか…お願いします」

 

「……わかりました。貴女がその命を差し出すというのならば、アリシア七世の名の下に、そちらの少年と魔術講師を免罪とします」

 

「ありがとうございます」

 

 アリシアの言葉に、項垂れていたルミアは立ち上がる。そしてグレンの脇をすり抜け、信一の脇をすり抜け、ゼーロスの前に立とうとした瞬間———信一が左のナイフを離して代わりにルミアの手を掴む。

 

「シンくん……?」

 

「ダメですよ、ルミアさん」

 

 少し手を引き、ルミアを抱き寄せる信一。その目はいつものように優しい。

 だが、その優しい目が今のルミアには辛かった。

 

「どうして……? 私が死ねば、もうシンくんは傷つかないで済むんだよ? 私がいたら、シンくんや先生が不幸になっちゃうんだよ?」

 

「だから死ぬんですか?」

 

「うん。もう……いいんだよ。実の母親にも死ぬことを望まれてる私は死んじゃったほうが良いに決まってるもん。私が死ねば……」

 

「———ルミアさん」

 

 信一の目は優しい。しかし、優しさと同じくらいの怒気を孕んでいる。

 

「———今のルミアさんの家族はここにいます」

 

 それは魔術競技祭が始まった時、信一がルミアの手を握りながら言った言葉だ。

 改めてそれを聞き、ルミアの瞳が微かに揺れる。

 

「私は……今の家族を不幸にしたくないよ……」

 

「じゃあルミアさんを見捨てれば幸せになれるとでも?」

 

「……………………………」

 

「家族は家族を見捨てない。世界中の誰もがルミアさんの敵になっても、それでも家族だけは貴女の味方です」

 

 ここにシスティーナがいれば自分と同じことを言っただろう。信一に絶対の確信があった。

 だから次の言葉を信一はアリシアへと向けて紡ぎ出す。

 

「そもそも女の子1人幸せに生きることすら許されない国なんてさっさと滅べばいいんですよ。それとも———俺が滅ぼしてあげましょうか?そこの女王を殺せば良いのでしょう」

 

 それは明確なアルザーノ帝国に対する敵対宣言。国家反逆罪どころではない。国家を転覆させると宣言したのだ。

 

 瞬間、それを聞いたゼーロスからまたもや豪雨のような殺意……いや、豪雨すら生温い殺意の嵐が信一へと叩きつけられる。

 彼の目は少年に向けるものから、排除すべき賊に向けるものへと変わっていた。

 女王へと仇なし、国民へと害を為すそれは逆賊ですら生温い。

 

()えたな、国賊」

 

「吠えたよ、国防」

 

 もはやゼーロスにとって、女王アリシアにとって、そしてアルザーノ帝国にとって信一は敵になったのだ。ただ1つ、家族の為に。

 

 

 ……だけどどうする?こんな存在自体が卑怯な化け物に、一体俺はどうすればいい?

 

 

 

 

 

 

 グレンは信一の啖呵を聞きつつ、考えていた。何故アリシアはルミアを殺そうとするのか。

 そして、信一の父親であり元同僚である零が自分に言ったことを。

 

 

 ……セリカでもなく、零さんでもなく、俺にしかできないことってなんだ?

 

 

 セリカ=アルフォネアは大陸屈指の魔術師。第七階梯に至った魔術師の中でも最高峰の存在。

 朝比奈零はグレンが知る中で近接戦最強の魔導士。戦闘という分野なら彼に勝てるものはほとんどいない。

 

 

 ……俺がこの2人に勝るものってなんだ? 魔術じゃセリカの足元にも及ばない。格闘術なら零さんの足元にも及ばない。

 そもそも、俺が陛下の前に来ることでこのバカ騒ぎは終わると言ってた。しかし、事態は好転どころかむしろ悪化してる。おかしい。

 

 

「おかしい……か」

 

 

 ……まさか、俺だけっていうのは———!?

 

 

 ほとんど直感だった。だからそれを確信に変える為、グレンはアリシアに問いかける。

 

「陛下、そのネックレス綺麗ですね」

 

 いきなり、この状況にまるで関係の無いことを言ったにも関わらず———ゼーロスは硬直し、信一とルミアは目を瞬かせグレンを見つめる。セリカはニヤリと不敵に笑い、アリシアは冷たかった表情を明るくさせた。

 

 この状況でグレンの発言なら、信一とルミアの反応が普通だ。しかし他の3人はどう考えても不自然な反応を示した。まるでアリシアのネックレスに何かあるかのように。

 

「そうでしょう?私の『一番のお気に入り』です」

 

「『一番のお気に入り』……なるほど、ね。でもちょっと重そうですね?外したほうがいいんじゃないすか?」

 

「ふふっ、だめですよ。私はこれ、外したくありませんから。全然」

 

 

 ……了解だ、陛下。

 

 

 やっと、この状況を打破する方法が理解できた。確かにこれはグレンにしかできない。彼の()()()()()()の出番だ。

 

「ルミア、どうやらお袋さんはしっかりお前のことを愛してるようだぞ」

 

「え……?」

 

「信一、お前はルミアに泣いてほしくないか?」

 

「もちろん」

 

「だったら頼みがある。誰も泣かず、みんなが求めるハッピーエンドの為に動いてくれるか?」

 

「ルミアさんがハッピーになるのなら、俺はなんだってしますよ」

 

「いい返事だ」

 

 この騒動を終わらせる。アリシアが願い、ゼーロスが求め、ルミアが泣かないハッピーエンドで幕を降ろす。

 

「何をするつもりだ、貴様?」

 

「決まってるだろ?陛下のネックレスを外して差し上げるのさ」

 

「———っ!? 余計な真似をするな!」

 

「まぁ、それが当然の反応だよなぁ……」

 

 恫喝するゼーロスに、グレンは肩をすくめてため息を1つ。

 

 

 ……ハァ、やるしかないか。

 

 

「信一、今から俺は一定効果領域内の魔術起動を封じる。その為にゼーロスのおっさんを止めてくれるか?」

 

「魔術起動を封じるって……そんなことが可能なんですか?」

 

「あぁ———俺ならできる」

 

「わかりました」

 

 半信半疑だが、ここはもうグレンを信じるしか手がない。

 それに、彼はルミアが泣かない方法があると言った。その方法の為なら信一は自身の命すらなんの躊躇いも無く使うことができる。

 

「でも先生、魔術の起動を封じられたら【迅雷】が使えません」

 

「お前が起動した後に封じるから安心しろ」

 

「だけど【迅雷】には弱点が……」

 

「知ってるよ。3秒、だろ?」

 

「……えぇ」

 

 どうやらグレンは【迅雷】の弱点も全て知っているようだ。父親の元同僚というのは嘘ではないらしいと、今さらになって再認識する。

 

「ルミアさん、下がっててください」

 

「大丈夫なの?」

 

「大丈夫です。俺を……俺とグレン先生を信じてください」

 

「……うん!」

 

 にっこり笑いかけ、ルミアをもう一度グレンの後ろへと下がらせる。

 

「ちなみに先生、俺が止められなかったらどうなりますか?」

 

「俺も死んで、信一も死んで、ルミアが死ぬな。だから全力で止めてくれ」

 

「了解です」

 

 自分が死ぬのもグレンが死ぬのも別にどうでもいいが、ルミアが死ぬのは許さない。

 それに、あそこまで啖呵を切ってしまったのだ。

 

 

 ……腹ァ括るしかないよね。

 

 

「何をするつもりか知らぬが、させると思っているのか?」

 

「もちろん思ってねぇよ」

 

「できればおとなしく見ててほしいけどね」

 

 もう、落ちたナイフを拾う隙はない。ゼーロスは信一とグレンの一挙手一投足を完全に見極めている。

 何か行動を起こせばすぐにでも二本のレイピアで斬りかかってくるはずだ。今度は殺すつもりで。

 

 武器が健在なゼーロスに対し、信一はレイクから奪ったナイフが一本。しかも、実戦で使うのは初めてときている。

 

 

 ……思い出せ。あの男のナイフ捌きを。

 

 

 彼は魔導器とナイフで信一の二刀を凌ぎ続けた。奇しくも今、信一はあの時のレイクの立場と同じだ。

 だからこそ、あの時の戦いを思い出す。

 

「行くぞ、信一。準備はいいな?」

 

「はい」

 

 スラックスのポケットに手を突っ込んで何かを握るグレンの声に応え、信一は右手のナイフを真っ直ぐ正面のゼーロスに向ける。やるしかないのだ。3秒間、このナイフ一本でゼーロスの攻撃を凌ぐ。

 

「行け!」

 

「させるかぁ!!」

 

 バッ! とグレンがポケットから掴んだ何かを取り出した瞬間、ゼーロスは人間とは思えない速さで彼へと向かう。

 

「《疾くあれ》!」

 

 その間に割り込む信一。身体からバキッ……バキバキという筋肉が引き絞られる音を上げながら、心の中でカウントダウンを開始した。

 

 

 ————————1秒—————————

 

 二本のレイピアを振りかぶりながら接近してくるゼーロス。その速さは先ほど【迅雷】を使って飛び込んだ自身を優に超えている。

 それに対し、信一は右手にナイフを掴んだままその場で体を時計回りに回転させる。

 

 ———30°、60°、120°、180°……パアァン!

 

 半周し、一瞬だけゼーロスに背中を向けた時点でナイフの先端から風船の弾けたような破裂音が響く。同時に、その部分を一瞬だけ雲のようなものが広がった。音速を超えた証拠だ。

 

 

 —————————2秒——————————

 

 ゼーロスのレイピアが振るわれる。右は首に、左は胴に。先ほど信一が彼に斬りかかった軌道と同じ。

 

(まだ遅い……もっと早く!)

 

 ———210°、270°、300°……ジジッジジジィと音を立てながら空気の壁を突き破り続ける刃の部分が徐々に大気との摩擦で赤熱化していく。既に信一の右袖は肘から下が燃え落ちた状態だ。

 

 そして———360°に到達。

 

 ゼーロスの左、信一の右胴に迫るレイピアはちょうどナイフの軌道上にある。

 

「———『殺刄(サツジン)』———!」

 

 信一は体の回転をそのままに、さらに加速させていき……迫るレイピアの半ばを赤熱化したナイフの刃で———()()()()()

 

 

「……っ!?」

 

 ゼーロスの表情が驚愕に染まる。しかしそれも一瞬。

 短くなった左のレイピアは空振るが、右のレイピアは問題ない。間違いなく、信一の首を刎ね飛ばす。

 

 信一は既に左腕をレイピアの軌道上に置いているが、それはただの腕。籠手などの防具を付けていない腕ならば、それごと斬るまで。

 

 

 —————————3秒—————————

 

 レイピアの刃はゼーロスの振るう通り、一寸の狂いもなく完璧な角度で信一の左腕へと食い込んでいく。このまま腕を斬り落とし、首を刎ねる。

 

 ……そのはずだった。

 

「なにぃっ!?」

 

「ルゥゥアアァァァァァァァァッ!!」

 

 バキッ……バキバキ…バキッと、信一の左腕からレイピアを食い込ませたまま筋肉の引き絞られる音が鳴り続けている。

 そして、止まった。信一の左腕半ばで、ゼーロスのレイピアが。

 

 彼は勘違いしていた。信一の腕は()()()()()()()()

 

 変則的ではあるが、これも一種の白刃取り。

【迅雷】を使い、潜在能力を解放して引き絞られる筋肉でレイピアを止めているのだ。

 

 どちらの武器も封じた。それでもゼーロスは終わらない。左の斬り飛ばされたレイピアを離し、貫手を作って信一の喉へ。

 しかし、信一はそれよりも早く———シュパッ、と。手首のスナップと【迅雷】の膂力で赤熱化したナイフを投げる。

 

 ゼーロスに、ではない。彼が命を賭けてでも守るべき存在。

 ———()()()()()()へ向けて。

 

「貴様……ッ!?」

 

 信一がレイクとの戦いで学んだのはナイフの有用性だけではない。

 それは———自身の守るべき存在が突然狙われると焦る、というとてもシンプルなものだ。

 

 そして、タイムアップ。3秒が経過した。

 

 信一の投げたナイフは真っ直ぐアリシアの心臓へと向かっている。彼女も高位階の魔術師ではあるが、今この空間では魔術が封じられているのだ。防ぐ手段はない。

 

 刀を失い、右腕に大気の摩擦で大火傷を負い、左腕にはレイピアが食い込み……終いには現状戦闘能力のない者を狙う。そうまでして初めて、やっとできた明確なゼーロスの隙。

 しかし、その隙を突く手段が信一にはない。

 

 

 

 

「———これでいいんですか、グレン先生」

 

「あぁ、上出来だよ」

 

 そう、()()()()

 

 レイピアを止めるために上げた信一の左腕。その下からグレンが鋭い踏み込みと共に現れる。

 

「がぁあああああああ———ッッッ!!」

 

 意気衝天。天に昇る龍が如く、グレンの昇天脚がゼーロスの顎を打ち上げる。

 

 その威力はゼーロスの体を浮かし、やがて……バタッ———

 脳を揺らされ、立てなくなる。意識はハッキリしているが、足腰に力が入らない。

 王室親衛隊隊長にして、『双紫電』のゼーロスは一介の魔術講師と生徒に敗れたのだ。

 

 

 

 

 

「俺たちの勝ちですよね?たぶん……きっと……メイビー……」

 

「えらく紙一重だけどな」

 

「まったくです」

 

 正直、勝利というにはどこまでも泥くさいものだが……それでもグレンと信一はゼーロスを下した。だが、勝負は決したというのにゼーロスは尚も立ち上がろうとする。

 

「いくらアンタでも、人間である以上しばらくは起き上がれねぇぞ」

 

「わ、わしのことなど……どうでもいいッ!それより陛下は!?」

 

 焦燥と絶望に染められた叫びを上げるゼーロス。あの状況で突然ナイフが投げられたのだ。魔術を使えないと言われた空間でアリシアが対処できたとは考えにくい。

 

「私は大丈夫ですよ、ゼーロス」

 

「ハァ……息子からの初めてのプレゼントが熱したナイフとか……。ちょっと悲しくなるな」

 

 ため息混じりのぼやきを溢すのは、手に赤熱化したナイフの刺さったネックレスをぶら下げている朝比奈零。

 

 彼はアリシアが首に提げていたネックレスの鎖を一瞬で斬り、そのまま振り回して信一の投げたナイフを防いだのだ。

 言葉にすれば簡単だが、それをあの刹那の時にやってのけるのは神業と言える。

 

「やっほ、父さん。やっぱりそのネックレスがこの騒動の原因だったの?」

 

「あぁ、条件起動型の呪い(カース)だよ」

 

「条件起動型……?」

 

「おい、グレン先生よぉ。ウチの息子がそんなことも知らないんだが、ちゃんと教えてんのか?場合によっては学院を通して抗議すんぞ?」

 

「うわぁ……モンペだ」

 

 グレンが心底面倒くさそうな顔を零へと向ける。

 それから彼もため息を吐き、やっぱり劣等生な信一に教えてやる。

 

「条件が成立したら死の呪いが起動する、それがこのネックレスだったんだよ。セリカと零さんが何も言えなかったところを見ると、その条件は信頼と伝統の『勝手に外したら装着者を殺す』、『装着から一定時間経過で装着者を殺す』、『呪い(カース)に関する情報を新たな第三者に開示したら装着者を殺す』ってところか?」

 

「正解だ」

 

 ナイフの刺さったネックレスをポイっと捨てて、何故か偉そうに腕を組んで頷く零。

 

「なぁ、『死神』。私の弟子って凄いだろう?あれだけのヒントしか与えてないのに答えに辿り着くなんて」

 

「まぁ……そうだな」

 

 なにやらセリカは零に弟子自慢をしているが、もう疲れちゃったグレンはそれを聞くのも面倒だと言わんばかりに信一へ講義を続ける。

 

「おおかた、その解呪条件が『ルミアの殺害』だった。だから王室親衛隊はルミアを狙ったわけだ」

 

「なるほど、そうだったんですね」

 

「ていうか、お前本当に何も知らないで国に敵対宣言したんだな……」

 

 呆れたようにグレンは信一を見やる。右腕の大火傷と左腕に食い込んだレイピアがとても痛々しい。

 しかし、信一はそんなグレンの呆れ顔になんてことのないように言う。

 

「家族の命を狙うなら俺はどこの誰だって殺しますよ」

 

「ハァ……お前はそういう奴だったな。親子そっくりだよ」

 

 家族の幸せが第一。信一の心にあるのは結局それだった。

 

 そんな講師と生徒———自分を下した2人にゼーロスは問いかける。

 

「貴様等……一体何をした……?なぜ、呪い(カース)が発現しなかった……?」

 

「あぁ、そういえば。どうしてなんです?」

 

「その正体はコレだ」

 

 ゼーロスの疑問に信一も賛同。続いてルミアもグレンに視線を送る。

 それに対し、グレンはスラックスのポケットから古めかしい一枚のカードを取り出して見せる。

 

「……アルカナ……?『愚者』の……?」

 

 大アルカナのNo.0。『愚者』のアルカナ・タローだった。

 

「こいつは俺の魔導器。愚者の絵柄に変換した術式を読み取ることで、俺は一定効果領域内における魔術の起動を完全封殺できる」

 

「それって無敵じゃないですか?」

 

「俺も魔術を起動できないから無敵ってわけじゃねぇよ。んで、呪い(カース)も魔術には変わらないだろ?だから俺の固有魔術【愚者の世界】の影響下じゃ起動できねーってことさ」

 

「へぇ」

 

 今さらになって、グレンの格闘術が達者なのを信一は思い出した。父親を怖がるなら指導を受けたことはあるんだなぁ〜程度に思っていたが、グレンは魔術を封じて物理で倒すというのが本来の戦闘スタイルらしい。

 

「魔術を封じる……『愚者』……まさか貴公は……!?」

 

「さぁな?なんのことだかサッパリ」

 

 ゼーロスの最後の疑問には答えず、プイッとそっぽを向いてしまった。

 それを見て追求はできないことを理解し、ゼーロスは隣の信一へと目を向ける。

 

「そこの魔術講師はわかった。……しかし少年、貴様はなんなのだ?」

 

 本来ならゼーロスにとって信一などを取るに足らない矮小な存在だ。【迅雷】を使っていようとそれは変わらない。そもそも経験の差が違う。あの程度の膂力と速度、『奉神戦争』で戦いに出た者にとっては対処することなど当たり前のことだ。

 

 だが、信一はそれを覆した。自身の持てる力を使い、ゼーロスの立場まで利用して食らいつき、勝利への布石とした。

 そんな少年が只者のはずがない。だから聞かずにはいられなかった。

 

「貴様は一体……何者なんだ?」

 

 脳が揺れて動けないゼーロスの疑問に、信一はフッと笑って答える。

 

「『超速い慇懃無礼な従者』にござい……ごふぁッ!?」

 

 胸に手を当て、慇懃な態度でお辞儀……しようとした信一にルミアはタックルのような勢いで抱き着いてきた。

 

「あぁ……シンくん、シンくん……」

 

 目にいっぱいの涙を溜めて体にしがみついてくるルミアに、信一はオロオロとするしかない。

 

「また、こんなに傷ついて……ふえぇ……ヒグ…」

 

 そんなことは知ったことかとついにルミアは泣き出してしまう。

 そんな彼女に対して信一は「あ〜」とか「えぇっと〜」とか言葉にならない声を出して慌てふためくだけ。

 

 大火傷を負った右腕で抱き締めるわけにもいかないし、レイピアの食い込んだ左腕は血が滴っていているため論外。

 もしかしたらさっきまでより厄介な状況なんじゃないかと思いながら、今や『双紫電』ゼーロスより強力な『泣いてる女の子』ルミアの対処を必死に考える。

 

 

 ……父さんの前だからもうちょっとカッコつけておきたかったなぁ。

 

 

 そんなことを悔やみつつも、このルミアの温もりが彼女の生きている証でもあり、守り抜けた証左であることを理解して表情を綻ばせるのだった。





信じられるか?この話、アニメだと3分程度だったんだぜ……(戦慄)

戦闘シーンがちゃんと読者の皆様にしっかり伝わったかが不安です。特に『殺刄』の部分。自分の文章力でちゃんと伝えられるか、結構挑戦してみたんですよ?

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