本当なら5巻の続きを書きたかったのですが、友人に貸してしまっているのでオリジナルのお話で繋いでいきます。主人公はパパで、2巻と3巻の間の話。
それでは、楽しんでもらえたら幸いです。
任務出発前
アルザーノ魔術学院の魔術競技祭における女王暗殺事件から半月が経ったある日。朝比奈零は友人でもある女王アリシアと情報交換も兼ねてお茶会をした後、宮廷の廊下を練兵場に向けて歩いていた。
(まさかアリスがあそこまで信一を気に入るとはな……)
零がセリカの張った結界を力尽くで突破した時には、既に赤熱化したナイフが投げられる直前であった。彼女本人から先ほど聞いた話では、どうやら信一はアリシアに直接殺害宣言をしたらしい。末恐ろしいことこの上ない。
話はそれだけに終わらず、その宣言をした理由はルミアの幸せを願ってのこと。政治的な事情でどうしようもなかったとはいえ、実の娘を追放した身であるアリシアにとって、ルミアの幸福を願ってそこまで啖呵を切ってくれた信一がどうしようもなく嬉しかったそうだ。
(だからと言って、
既に発送準備まで終えていたので、どうせならと自分も信一に向けて手紙を1枚いれさせてもらった。そろそろ自分の刀も返してほしいので。
今零の腰にはいつもの金刀はなく、予備で何振りも持っている
(王室親衛隊の練兵場にでもお邪魔するかな)
宮廷魔導士である零には本来宮廷魔導師用の練兵場があるのだが、白兵戦を戦闘の主眼に置く彼にとっては鍛錬用の道具があまり充実していないように感じる。むしろ、剣士が主戦力の王室親衛隊の練兵場の方が道具は揃っているというわけだ。
宮廷魔導士団の本部が郊外にあるので移動するのが面倒くさいというのが本音だが、それを尋ねる者は誰もいない。
というわけで、意気揚々と鍛錬の声が響く練兵場に入ったのだが…。
「…………」
誰も声をかけてくれない。零が練兵場に足を踏み入れた瞬間、軽く空気が凍ってからまるで最初から居なかったかのように鍛錬を再開する隊員達。挨拶くらいあっても良いじゃないかと肩を落とすが、どちらかと言えば原因は零にある。
なにせ、先日の女王暗殺事件で同行していたほぼ全ての親衛隊員をボコったのだ。結果として全ての責任は親衛隊隊長であるゼーロスが被り終息したのだが、個人の心情は別問題である。むしろ即追い出されないだけ親衛隊は紳士的と言えよう。
「ハァ……。寂しい」
誰も相手をしてくれない虚しさをため息で吐き出し、試し斬り用の丸太を目の前に立てる。親衛隊の標準装備であるレイピアの刺突訓練で使われる物なので本来ならばしっかり固定するのだが、零はあえてしない。
バランス良く立てたら、重心を落として右足を前に出し左足は軽く引く。左手四指で腰に差した鞘の部分を掴み、親指で鯉口を切る。右手は力を抜いた状態で柄を包むように添えておく———抜刀術の構えだ。
「すうぅぅぅ……」
長く深い呼気。目蓋は閉じず、自身の内側に目を向ける。この丸太に向けて放つ斬撃を想定する。瞬時に何百通りもの乱撃が浮かび、それを緻密に、精密に、濃密に整えて連撃へ変えていき———カッ!
目を見開いた瞬間———パパッパンッ!零の右腕が霞み、風船が割れたような甲高い音が連続して周囲に響く。
「う〜ん…少しずれたか」
納刀した零は顎に手を当て、出来上がった
今まで丸太だった物は、いつの間にか木彫りの熊に姿を変えていたのだ。まるで一流の彫刻師が掘ったかのような躍動感溢れる熊。冬眠前を表現するように、振り抜いた前足の先には鮭がくっついている。しかし、肝心の熊の爪先が欠けてしまった。いつも手にしている金刀であればこのようなミスはしないのだが、やはり普段使わない刀では完璧を目指すのは難しい。
「さてと…これで誰か相手してくれるかなっと…」
零としては普通の鍛錬に飽きて始めたものだが、一般的観点から見れば文句無しの超絶技巧だ。剣士として、これを見て心躍らなければ嘘というもの。輝かせた目を自分に向けているだろうと期待して振り向くと———
「「「 ……………… 」」」
練兵場にいる全ての親衛隊がこれ以上ないくらいドン引きした顔を向けていた。
「え?なんで?」
あまりに予想外の視線に首を傾げそれぞれの隊員を見るが———バッ!目を逸らされた。
当然である。本来人間は刀で彫刻をしない。というよりできない。しかも本業は魔導士である者がだ。それを目の前で当たり前のようにされては羨望より先に恐怖が先立つのは少し考えれば分かることである。
なんかもう寂しくて虚しくて苦しくなってきた零は帰ろうかなっと考えた、まさにその時。
「さきほどの音はなんだ!!」
大気を震わせる低音が練兵場に響き渡った。こちらから目を逸らしていた親衛隊の面々は反射的に背筋を伸ばし、緊張と畏怖が混ざった視線を声の主へと向けている。
「た、隊長!」
その男はゼーロス=ドラグハート。先の事件で責を負い投獄されていた初老の古強者だ。
「よお、ゼーロスさん。釈放されたんだな。おめでとう」
「む、何故貴殿がここに?」
「鍛錬だよ。ここは練兵場だろう?」
「そうではない。何故宮廷魔導士の貴殿がここにいるのかと問うている」
「えっ⁉︎あぁ…えっと……あれだよ。あんたに会いに来たんだ」
目が泳ぎつつも、ここは冷静に嘘をつく。一応先ほどのお茶会でアリシアからゼーロスを釈放したことは聞いていたので、なんとか誤魔化せるはずだ。流石に移動が面倒だったとは言えない。
「儂に?」
「あ、あぁ。ほら、なんだかんだ俺達顔を合わせることは多くても個人的な会話ってほとんどなかっただろ?それに投獄されてて体鈍っただろうから、ちょっと運動に付き合ってやろうかな〜ってさ」
「ほう」
どこか疑るように目を細めつつも頷くゼーロス。恐らく嘘だろうことは見破り始めているだろう。所属は違うが、帝国の武力を持つ軍属というかなりアバウトに見た枠の中では同じ人種なので咎められることはないと信じたい。
黙考の後、確実にバレたことを悟らせる目をこちらに向けてきた。
「まぁ良い。そういう事情であるならば儂も歓迎しよう」
「え?いいのか?」
「構わん。そら、さっさと準備しろ」
「準備?なんの?」
「何を惚けている。運動に付き合ってくれるのだろう?」
そう言ってゼーロスは武器庫から刃を潰したレイピア二振りを持って来た。嫌な予感に顔を顰める零。
「申し訳ないが、貴殿の刀を模した剣はない」
「いや…いいよ。一応俺も刃引きしたやつ持ってる」
零は諦めて
「さすがは魔導士だな」
「どうも」
もはやゼーロスの中では自分と模擬戦をやることが確定事項らしい。王室親衛隊の面々はいつの間にか自分達から距離を取っていた。空気が読めなければ親衛隊は務まらないので、この行動は納得できる。腹立たしい。
だが、ここで意識を切り替える。ゼーロスは40年前の奉神戦争をレイピア二本で戦い抜いた正真正銘の猛者。あの戦争は魔術師も参加していた。当然ながら弓矢や試験段階の銃火器も導入されていた。その中でも己の心体のみで生き抜き、今ここで王室親衛隊隊長をやっているということは、つまりそれだけの技量があるということ。剣術に関しては他の親衛隊と一線を画すことは想像に難くない。正直、実戦では特務分室の同僚やセリカ・アルフォネアに並ぶレベルで戦いたくない相手だ。
そんな相手と模擬戦ができるのだ。学ぶことは多いだろう。
「号令は貴様に任せる」
「はっ!」
自分達を囲むように並んだ隊員の1人を号令役に任じたゼーロスと目が合う。距離は7メトラほど離れているが、彼から放たれる闘気はビリビリと伝わっていた。
「王室親衛隊隊長、ゼーロス・ドラグハート。貴殿の胸を借りるとしよう」
「宮廷魔導士団特務分室執行官ナンバー13《死神》、朝比奈零。推して参る」
所属などの個人情報を伝える『名乗り』を使う古風なゼーロスに合わせ、零も久々に宣言した。
ここは魔導大国アルザーノ帝国。即死でない限り、大半の大怪我はすぐに法医魔術で完治する。ならば、模擬戦ではあるが『死合』ギリギリまで試合おうというゼーロスの意気に応えていくつもりだ。
零は刀を正眼———切先を眉間の高さまで上げ、攻撃にも防御にも転じられる基本の構えで相対する。
零とゼーロスの闘気が練兵場にいる全ての隊員を緊張させていた。それは張り詰め、張り詰め、張り詰めて、そして号令を任された隊員の声で弾ける。
「始め!」
———ドンッ!
先に動いたのはゼーロス。身体強化魔術を使ったとしか思えない、しかし純粋な身体能力のみの速さで7メトラもの距離を瞬時に詰める。
振るわれるは二刀レイピアによる神速の七連撃。そしてその中に混ざる喉を狙った正確無比の突き。全てが投獄のブランクを感じさせない精度で放たれる。
「フゥ……ッ!」
「ッ!?」
対して零は短い裂帛と共に一発の突き。しかし、片手でレイピアを扱うゼーロスと両手で刀を握る零ではリーチに差がある。
だが、ゼーロスは即座に体を捻って回避に移行。突きの軌道から素早く逃げた。
「チッ、さすがに無理か」
「初見殺しにしては拙いな」
間合いに入られたので、零は即座に胸目掛けて横蹴りを打つ。当たれば内臓くらい簡単に潰れる威力だが、それを敢えて受け衝撃を流すことに切り替えたゼーロスは両手で同時に突きを放った。
剣の勝負だと言うのに、早々に蹴りを使ったことに対して周囲の隊員から非難の視線を浴びながらも零は半歩下がり体を大きく反らして回避。さらに片手バク転のサマーソルトキックでゼーロスの股間を狙う。
卑怯と言うなかれ。模擬戦である以上、急所への攻撃は卑怯でもなんでもない。
片足を上げ、膝で蹴りを防いだゼーロスは零が体勢を直す前に既に追撃を仕掛けてきていた。左右から挟み込むような胴打ち。当たれば昏倒は免れない。
「あっぶない!」
———ギギンッ!
立ち上がると同時に切り上げ、返す刀で振り下ろしレイピアを弾く。ゼーロスに隙が生まれた。
「お返しだ!」
唐竹、袈裟斬り、右薙、右斬上、逆風、左斬上、左薙、逆袈裟、突き。
刀における斬撃九種類全てを瞬時に放ち、さらに最後の突きは一撃の間の中にさらに三撃混ぜておいた。しかし、冷静に対処される。
「この程度か《死神》?そのような曲芸、大戦中の武人ならばできば当たり前だったぞ」
懐まで入られカウンターの柄打ちが眉間に迫るが、それは牽制。首を傾けて避けたところへ、肘打ちが飛んでくる。この距離は斬り合いではなく、徒手格闘の距離だ。
ならばと、零は刀を手放す。剣の間合いをさらに詰めた超々近距離戦では邪魔でしかない。
肘打ちを敢えて人体の中で特に硬い額で受け、顎を狙って掌底の打ち上げ。当然避けられるが特に気にせず拳や手刀、肘や膝の連撃で追い込んでいく。狙いは臓器各種。加減はせず潰す気でいく。
一発でも食らえば終わりなのでゼーロスは下がるしかない。
「———そろそろ本気を出したらどうだ?」
レイピアを持ったまま腕を絡ませ、さらに足払い。
上下逆さの視界の中でゼーロスのレイピアが迫る。
(もう少し粘れると思ったんだけどなぁ…)
———ガギギギギギンッ!!
自身の力量に落胆した零は腕を振るう。そこにはいつの間にか血を吸ったかのような赤槍が握られ、無数の火花を散らしながらレイピアを弾いていた。
ベタッと体の前面全体を使うように着地した零は、その姿勢から刺突をゼーロスのアキレス腱部分に放つ。もちろん刃引きはされているが、それでも当たればしばらくは立つことにも支障を来す一撃だ。
半歩足をずらすだけで避けられるが想定内。零の狙いはその先にある。
地面でうつ伏せに寝転がる零へ止めを刺そうとレイピアを構えるゼーロスだが、これまでの戦闘で培われた第六感が警鐘を鳴らしていた。一瞬迷った後、それに従って伏せる。瞬間、自身の首があった空間をうなじ側から刀が通過していったのを察した。
何故、というのは愚問だ。そんなもの目の前で寝転がっている男の仕業に決まっている。
「惜しい惜しい」
不敵な声音と共に逆立ちで立ち上がりつつ顔面目掛けて蹴りを放つ。その蹴りを捌いて仕切り直すように距離を取ったゼーロスの視界には右手に刀、左手に赤槍を握る零の姿があった。
「ふむ…槍を指先で操り、先ほど落とした刀の鍔に引っ掛けた…といったところか?」
「正解。指先の繊細な動きがポイントだ。お裁縫で練習してる」
「やっと本気になったようだな」
「正直全盛期のあんたならともかく、今のあんたなら一刀で十分だと思っただけど…。アテが外れたよ」
一刀一槍変則二刀流。剣士ではなく、あくまで魔導士である零が行き着いた魔術師殺しの極地。これと【迅雷】を以て零は多くの外道魔術師を屠ってきた。
「それが噂に聞く一刀一槍か」
「初見の奴はだいたい『目立ちたがり屋の一発芸』って鼻で笑うけど、あんたはそうじゃないらしいな」
「あのような絶技を見せられて笑えるほど耄碌はしていないつもりだ」
「そのわりには口の端が上がってるぜ?」
「すまんな。一剣士として、この高揚は抑えられぬ。あの戦争で世界中の強者とは一通り死合ったつもりだったが…いやはや、貴殿のような者がまだいたとなっては自身の知見の狭さを恥じるばかり」
「そいつはどうも」
「さぁ、まだまだ付き合ってもらうぞ。貴殿の持つ全ての武を儂に見せてくれ」
「夕方から任務に出発するんだ。それまでなら付き合うよ」
獰猛な笑みを浮かべた2人は、口上もそこそこに再びぶつかるのであった。
2人の模擬戦は昼前から始まり、零の任務出発ギリギリまで続いた。雌雄を決することはなく、お互いの武器が蓄積された衝撃に耐え切れず木っ端微塵になったことで決着となったのであった。
ちなみに王室親衛隊の練兵場は2人の模擬戦の余波で地面がボコボコになり、しばらく使えなくなったとのこと。結果として零は宮廷魔導士団以外の練兵場が出禁となったが、それはまた別の話である。
はい、いかがでしたか?なんか原作だといつの間にか釈放されてちゃっかり職場復帰していたゼーロスさん。2巻の最後のほうを読んだ感じ、結構早くに釈放されてたんじゃないかと思って牢から出てリハビリにパパと戦っていただきました。
次回はこの話の根幹、パパの任務についてのお話です。第二回人気投票一位だったお嬢さん、出番ですよ(ボソボソ)