超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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到着

 帝都北側にあるライツェル・クラス鉄道駅の5番線ホームから北西、湖水地方リリタリア方面行きの鉄道が夕陽に照らされながら出発した。

 アルザーノ帝国は魔導大国であるが、科学技術も諸外国に負けないくらいの発展を見せている。現代の帝国民が科学の代表格を述べよと言われれば、まず間違いなく今零が乗る蒸気機関車が上がるだろう。

 

「おぉ!これも美味いんだな」

 

 ゼーロスとの模擬戦で熱くなってしまった零はこの時間になってやっと昼食を口にできた。とは言え、朝パン屋で買って取っておいたリンゴのデニッシュ1個のみだが。買ってから9時間以上経って当然冷めてしまっているが、それでも美味であることに変わりはない。思わずにっこりである。2個買ったうちの1個をイヴにあげてしまったことをちょっと後悔している。

 彼が今いる場所は列車内の個室であり、中年男性の零がリンゴのデニッシュににっこりしてても周囲に不気味がる乗客はいない。

 車内販売で買ったコーヒーを軽く喉に流し込み、イヴからもらった今回の報告書を眺める。

 

(う〜ん…天の智慧研究会が関わってるのか?)

 

 正直、その可能性はかなり低いと考えられる。天の智慧研究会にも悪魔召喚師はいる。零も過去何度か交戦しているので、そこは別に疑う必要がない。当然まだまだいるだろう。魔術の発展の為ならどんな犠牲も厭わないロクでもない連中なのだ。

 問題は、何故『悪魔』なのかである。確かに人にとっては脅威的な存在だ。これから行く街にとって聖女が重要な存在である以上誘拐を阻止しようと抵抗されることは想定できるので、それを排除するにはうってつけだ。しかし、報告書を読む限り現聖女は危篤状態。もし排除の過程で現聖女が死ぬかもしれない。悪魔召喚師ならば召喚された『悪魔』の制御も多少できるが、もしもの事を考えれば人間の魔術師を使ったほうが安全なのではないか。 

 

(まぁ、その線で考えればこの『悪魔』は召喚されたものじゃないってのが妥当かな)

 

 便宜上の『悪魔』という呼称が使われた人間の誘拐犯だろう。だが、それでも天の智慧研究会の可能性が拭い切れていないことに気付いた。

 

(ならどうしてわざわざ儀式の日まで待つ必要がある…?)

 

 もう一度報告書の被害状況欄に目を通す。街の機能には一切被害を出さず、しかし宮廷魔導士を派遣するレベルの恐怖を演出した。

 あのボケナス共がわざわざそれだけの配慮をするだろうか。まるで自分(宮廷魔導士)がおびき出されたような形だ。

 

(狙いは宮廷魔導士なのか…?)

 

 特定の『誰か』、ということはない。それは軍上層部の采配によって誰が派遣されるかが決まる。どうせ軍上層部の中にも天の智慧研究会の連中は潜んでいるだろうが、今回自分を選んだのはイヴだ。彼女は普段の振る舞いこそアレだが、それでも効率良く手柄を立てるという思考で動く。わざわざ部下()の任務失敗という泥を被るとは思えない。

 一貫性がない。統合性がない。なにより情報が足りない。現地調査を行わなければわかることもあるかもしれない。

 零はそこで一旦思考を切り、夕食を求めて食堂車へ向かった。

 

 

 

 

 現地の最寄駅には夜中に到着した。なんとか駅近くの宿が取れ、そこで一晩過ごしてから街に向かう。

 ベッドとトイレ、1人がなんとか入れるほどの狭いシャワーしかないような部屋だったが、屋根があるだけマシである。

 そこでこれからのプランを考えていく。

 

(普段着で行くべきか、魔導士礼服で行くべきか)

 

 今回の任務は『悪魔』討伐だが、潜入の側面もある。普段着でも魔導士礼服でもそれぞれ潜入のメリットがあるので迷いどころだ。

『悪魔』自身は今日から6日後に来ると宣言しているが、それもどこまで信用していいのかわからない。相手は天の智慧研究会かもしれないのだ。むしろ信用できる要素など1つもない。

 先方にも宮廷魔導士が行くことは伝わっている。ならば相手側に潜入という側面を勘繰られない為に礼服で行く方がベターだろう。こちらの方が急遽戦闘になっても対応できるし。

 しっかりと着込み、最後に刀を腰に差して宿を出る。

 駅前の宿から歩いて1時間ほどだろうか。件の街が見えてくる。それと同時に周囲の自然が大きく破壊されていることに気付いた。災害の類では無い。木々が焦げたり岩が大きく抉れているのは魔術による攻撃だろう。つまり、ここ一帯で『悪魔』が脅迫行為をしたことになる。

 確かにひどい。魔導士の零はともかく、平和に暮らしてきた人々が見れば強い恐怖に囚われてること間違いなしだ。

 

「ん?」

 

『悪魔』の戦力について思考しながらさらに歩いていくと、街の入り口付近に立つ黒い影が目に入る。よく見ると、首からくるぶしまで包むトュニカにウィンプルという裾が大きな頭巾を被っている、修道服を着た女だ。所謂シスターだろう。

 そのシスターがこちらに気付き、清楚な仕草で手を振ってくる。

 

「もし?あなたが帝都から派遣された魔導士の方で相違ないでしょうか?」

 

「あぁ。宮廷魔導士の朝比奈零だ。貴女は?」

 

「失礼致しました。わたくし、この街の教会でシスターを務めているリリーナと申します。お待ちしておりました」

 

「お出迎え、ってことかな?」

 

「はい。ようこそ、聖女の街『セシリア』へ」

 

 随分と若い。恐らく20代前半か、もしかしたらまだ10代ということも考えられる。異邦人でありながら宮廷魔導士を務めている自分を見ても特に驚いた様子がなく、落ち着いた態度が年齢を曖昧化させていた。

 

「ありがたいが、街に着いたらまずどこに行くかは理解しているつもりだ。何故出迎えを?」

 

「差し出がましい真似はご容赦ください。わたくし達の聖女様がいるのはこの入り口から街を挟んで反対の位置になるので、それならば先に街の案内をと思いまして」

 

「……なるほど」

 

「もしかして不要でしたか?」

 

「いや、助かるよ。尋問するような口調になってすまなかった。『悪魔』が暴れた跡がすぐそこにあるのに、わざわざ待っていたのを不審に思ってしまってね」

 

「あら言われてみれば」

 

 口元を両手で押さえて、今気付いたと言わんばかりのリアクションだ。天然なのだろうか。

 

「ですが、あの『悪魔』さんは1週間後…あと6日後ですか?その日に来るとおっしゃっていたので、まだ安全なのでは?」

 

「それが嘘という可能性もあるんだ」

 

 少ないやり取りでわかった。このシスター・リリーナ、天然である。

 おっとりとした優しげな口調は否応無く安心感を与えてくれるが、それはそれとして危機感が無いのかと不安になってしまう。

 

「まぁいいや。お言葉に甘えて、街の案内をお願いできるか?」

 

「はい!任せてください」

 

 ドン!…というよりはポヨン!といった効果音が相応しい。得意気に拳で胸を叩くと、服の上からでも分かるくらいの波紋ができていた。

 

 

 

 

「この街は主に3つの区域に分かれております。入り口から観光客向けの旅籠、商業区、この街に住む方々の居住区となります。居住区のさらに奥にわたくしや聖女様が住む教会が建っております」

 

 隣を歩きながら意気揚々とシスター・リリーナは街の紹介をしてくれる。聞いた話では生まれも育ちもこの街であるとのことだ。しかし生まれてからすぐに両親を事故で亡くし、それからは今までずっと聖女と共に教会で暮らしていたらしい。

 

「観光客が来るのか?」

 

「あっ、今『こんな田舎に?』って思いましたね?」

 

『あ、あぁ…申し訳ない」

 

 正直、ここは街というより村と言ったほうがしっくり来る規模だ。街の周囲も大人の腰くらいまでしかないような柵で覆われているだけで、今のところシスター・リリーナ以外の住人とはすれ違うことさえしていない。

 

「『悪魔』さんが来てからはさっぱり来なくなってしまいましたが、それまでは毎月100人〜300人程観光にいらしてくださいましたよ?」

 

「何か名物でもあるのか?」

 

「わたくし個人としては周囲の湖で獲れる川魚と申したいのですが、やはり大半の方は聖女様を目当てにいらっしゃいますね」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 確かに聖女という存在は珍しい。信心深い信者ならば一度は御目通り願いたくなるものなのだろう。宗教にはてんで興味の無い零にはわからないことだが。

 

「お恥ずかしい話、そういった観光に来てくれた方々のお金でこの街が成り立っていると言っても過言ではありません」

 

「聖女さんはこの街の経済の要でもあるんだな」

 

「……はい」

 

 意外、とは思わない。聖女が神聖な存在であることは理解しているが、やはりそれを利用して金を稼ごうと考える輩が現れても不思議じゃない。どこか汚い行動に思えなくもないが、それがなくては生きていけない人も確実にいるのだ。街ぐるみで名物にされる気持ちがどんなものなのかはわからないが、それは零がどうこう言う問題ではない。

 

「ですが、そのおかげで行商の方が来なくても皆不自由なく暮らしております。聖女様もきっと喜ばれているでしょう」

 

 尊いものを見るような目でシスター・リリーナは街の奥へと視線を送る。恐らく危篤状態の現聖女に対する感謝と尊敬だろう。

 

「立派な人なんだな。聖女さん」

 

「はい!それに加えて、わたくしの祖母であり母であり姉でもある大切な家族なのです!あの方はこの街に住む方々全ての幸せを常に祈っておられるのですよ!それに……」

 

「わかったわかった。それは後で聞くから今は街の案内を頼むよ」

 

 どうもシスター・リリーナはえらく聖女に心酔しているらしい。話の流れからして育ての親でもあるので当然かもしれないが、反抗期とかなかったのだろうか。たぶんないな。

 二児の父としてなんとなく疑問に思ったが、この様子だとありえない。そう心の中で断言すると、前方から市場特有の掛け声が聞こえてきた。シスター・リリーナに目配せをすると、微笑みを浮かべて答えてくれる。

 

「そろそろ商業区ですよ」

 

「それでか。結構元気なんだな」

 

「きっと零さまのおかげですわ。今日宮廷魔導士の方が到着と知って、みなさんとても安心したご様子でした」

 

「顔も見ていない相手にどうしてそこまで安心感が持てるんだ?」

 

「う〜ん…この街のみなさんは大体そんな感じですよ?なんて言うんでしょうか…すごく大らかなんです」

 

「ふぅん」

 

 不思議と納得できてしまった。

 そんなこんなで歩いていると喧騒に包まれる。売られているものは野菜や果物がほとんどだ。行商が来ていないことと、不細工な形のものが多いところを見ると、恐らく家庭菜園で採れたものを商品にしているのだろう。

 シスター・リリーナが足を止めて並んでいる商品を熱心に品定めしている。案内されている側の零も仕方なく彼女の後ろから商品を眺めていると、その露店の店主がリリーナに話しかけてきた。

 

「おっ!リリーナちゃん、珍しく男連れてるねぇ〜。お似合いだよ」

 

「ふふ、こんにちは。この方は帝都から派遣された宮廷魔導士さんですよ?」

 

「おやそうかい!ありゃ?よく見たら外人さんじゃねぇか。年はリリーナちゃんと同じくらいかい?」

 

「そういえばおいくつなんです?」

 

「正確な年は実のところ自分でも分からないんだ。一応40よりは手前のはずだが」

 

「40⁉︎こりゃたまげた!」

 

 東方の人間はアルザーノ帝国が属する北セルフォード大陸の人間から見ると幼く見えるらしい。こういったやり取りは零にとってそこまで珍しいものではないのだが、周囲の驚愕の反応には未だ慣れない。

 

「ちなみに妻子持ちだ」

 

「「 えっ!? 」」

 

「そんなに驚く?」

 

 というか、この店主は自分を宮廷魔導士と知ってここまで態度を崩さないのか。シスター・リリーナが言っていたことは本当のようだ。この街の人、超大らかである。

 

「なんだい!やっとリリーナちゃんにも恋人ができると思ったのになぁ〜」

 

「わたくしは恋人を作るつもりなんてありませんよ。シスターですから」

 

「かぁー!いつの間にかこんなにお淑やかになっちまって!昔は半袖短パンのやんちゃ坊主みたいだったのによー」

 

「も、もう!昔の話はやめてください!」

 

 店主とシスター・リリーナがそんなやり取りをしていると、周囲の人々が集まってきて次々の彼女をからかうのに加わっていく。

 生まれも育ちもこの街ならば彼女のことを昔から知っていて当然だ。その上、どうやら人気者でもあるらしい。顔を真っ赤にして照れてるシスター・リリーナだが、そこに負の感情はない。からかっている人達からも温かい何かが溢れているように感じられる。

『悪魔』の脅威に晒されながらも、ここの住人はたくましく生きているのだ。

 

「ほれリリーナちゃん、こいつも持っていきな!おまけだよ」

 

「今日採れたトマト、いつもより甘かったの!持っていってちょうだい」

 

「おい(あん)ちゃん!あんたが街守ってくれるんだってな!これ食べていっちょ頼むよ!」

 

 いつの間にか両手が食材の入った紙袋でいっぱいになったリリーナを見かね、零も手を貸す。すると、今度は魔導士礼服にいっぱいのジャガイモを詰められてしまった。

 

「いやちょっ!金が出せない…」

 

「お代はいいよ。宮廷魔導士なんていう凄そうな人が来てくれたんだ!お礼の先払いだと思っとくれ」

 

「だけど……」

 

 なんとか払おうと思ったが、両手が塞がったせいで財布を取り出せない。頑張って取り出そうと四苦八苦してるうちに背中を押されてこちらも両手が紙袋でいっぱいのリリーナと共に商業区を追い出されてしまった。

 

「……大らかでもあり、強引なんだな」

 

「ふふ。みなさん、気の良い方ばかりですので」

 

「そうみたいだな。とはいえ、こんなに食料貰っても困るんじゃないか?聖女さんと貴女の2人暮らしなんだろ?」

 

「いえ。うちの教会は孤児院の役割も為していますから、これくらいの量は3日で無くなってしまいます」

 

「孤児院…か。この街は孤児が多いのか?」

 

 リリーナも元は孤児。この街は聖女のおかげで経済的な困窮は免れているので、事故や事件などが原因と考えられる。

 零の考えていることを察したのか、リリーナは悲しげに眉根を落とした。

 

「悲しいお話なのですけど、観光客に紛れて教会に捨てていく人がいるのです。聖女様のいる教会ならば見捨てられることは無いと考える方が多いみたいで……」

 

 思ったよりも事情は深刻らしい。聖女の教会に預けるのは最後の親心か。同じ親として怒りが湧いてくるが、自分は母親を殺し、妹を昏睡状態にしてしまった息子を置いて仕事に逃げた身だ。同じ穴の貉と言われてしまえばそれまでである。

 ハァ…とため息で自己生産した怒りを吐き出し、暗い話題を変えるようにリリーナへ軽口を叩く。

 

「そういえば、やんちゃ坊主だったのか?」

 

「できればお転婆、と言ってほしいものです。わたくしも一応女の子ですよ?」

 

「悪いね。今の貴女を見ていると想像できない」

 

「ふふ…そうかもしれませんね」

 

 自分を変える努力もしたのだろう。成長によって変わることはあれど、意図的に変化させるのはそこそこ難しい。とはいえ、同僚でありながら演技中は別人なのではと疑わせる者もいるので不思議ではない。職業によってはそういうことも必要なのだろう。

 それからも雑談を交わしながら住人の居住区を抜け、小さな川に架かる一本橋の先に十字架を掲げた建物が見え始める。並んで歩いていたリリーナは小走りで零の前に立ち、振り返ってにこやかに告げた。

 

「さぁ、着きましたよ。ようこそ我が家へ」

 




はい、いかがでしたか?舞台となる街の全容を説明する回になってしまいましたね。できればもう少し書きたかったのですが、長くなりそうなので続きは次回に持ち越します。

自分はだいたい5000文字〜7000文字くらいを目指して書いてます,なんとなくこれくらいが一話の読み応えとしてちょうど良いのかな、と考えています。
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