超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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2週間半くらい空いちゃいましたね。ちょっと別の二次創作にも手を出してました。


聖女

 教会の中はよく掃除が行き届いていた。

 絨毯が敷かれた身廊を挟むように長椅子が並んび、最奥に祭壇。さほど広くはない。特別珍しいものは無く、築年数がかなりのものという事が柱の色から察せられた。しかしステンドグラスには力を入れたのか、他にはない引き込まれるような神聖さを感じさせる。

 

「こちらに運んでもらえますか」

 

 祭壇横の扉を開きながらリリーナが声をかけてくる。どうやらそちらが彼女や聖女の居住スペースに繋がっているらしい。

 

「なんだかこういうところって思わず黙っちゃうな」

 

「厳かな雰囲気はありますものね。わたくしは気が引き締まる思いになります」

 

「……今更だけど、武器持ち込んでるのは目を瞑ってくれるか?」

 

「軍人さんですもの。そんなことをしたら職業差別になってしまいますわ」

 

「助かる」

 

 調理場に着き、両手いっぱいの紙袋を調理台に乗せる。さらにポケットのじゃがいもを並べ、ついでなので仕分けをすることにした。足の早いものや緑黄色野菜、果物を分け、さらに質の良いものを選別していく。

 軍人である零の手際が思いの外良く、リリーナは驚いたと言う。それについて昔住んでいた港町の話をしていると、ドタドタとたくさんの足音がこちらに近付いてきた。

 

「おかえりなさい、お姉ちゃん!」

 

「リリ姉!おかえり!」

 

「今日のおやつ何〜?」

 

 元気な男の子が3人。年は10歳〜13歳くらいだろうか。調理場に入るなりリリーナを囲む姿は、どこか雛鳥を思わせて微笑ましい。

 その中の1人が零の姿に気付いた。

 

「あれ?この人誰…痛っ!」

 

「こら!人を指差しちゃいけないっていつも言ってるでしょ!あと言葉遣いも!」

 

「いってぇ……こちらの方はどなたですか?」

 

 軽くデコピンをされた男の子は涙目で零について質問してきた。

 

「こんにちは。俺はこの街に出た『悪魔』を退治しにきた宮廷魔導士……って言ってわかるかな?」

 

「あっ!僕知ってるよ!宮廷魔導士って、魔術を使う軍人なんでしょ?しかもすごく強い人しかなれないの!」

 

「まぁそうだな。いわゆる超強い軍人さんだ」

 

「すっげぇ!カッケー!!」

 

 この年の男の子ならば、『強い』というだけで憧れを持つのだろう。少年達は目を輝かせて今度は零を囲んでくる。

 その姿に、一瞬昔の息子の姿が重なって見えた。頬を緩め、頭に手を乗せる。するとすぐに質問攻めが始まった。

 どんな魔術を使うのか。どんな敵と戦ってきたのか。どんな鍛錬をするのか。正直鍛錬以外は子どもに聞かせるものではないだろう。というより守秘義務やら情報漏洩防止やらの事情があり、いくら子どもでも話せないことがほとんどだ。

 相手をしてやりたいが質問には答えられない。頬をかいて困っているとリリーナが忍び足で近づいてきた。

 

「こ〜ら!」

 

 ビシッビシッビシッ!瞬時に3連発のデコピンが少年達の額に放たれる。

 まったく同じポーズで額をおさえる彼らへ、腰に手を当てて妙に威圧感のある笑顔を貼りつけたリリーナは顔を近づけた。

 

「———ダメでしょ?」

 

「「「 ………… 」」」

 

 ちょっと気の毒になった。

 

「お、お姉ちゃんデートの邪魔されて怒ってる〜」

 

「リリ姉この軍人さんのこと好きなんだ〜」

 

「そうだそうだ!だから怒ってる〜」

 

 さささっと素早く廊下に出た3人はそのまま逃げていった。真っ赤に顔を染めているリリーナへ苦笑を浮かべるしかない。なんとフォローしたものか。

 さきほどとは別の意味で困っている零の視線に気付いた彼女はパタパタと両手を振って誤魔化すように早口で捲し立てる。

 

「も、もう!あの年頃の子はみんな『好き』に絡ませるんですから!零さまも気にしないでくださいね!」

 

「それはもちろん。それにしても、貴女はもう少しおっとりしてる人だと思ったんだけどな」

 

「うっ……あの子達はもうほとんど家族みたいなものですから!おしめだって変えたことあるんですから!」

 

「はいはい。あのキャラ作ってたんだってことはよくわかったよ」

 

 初対面を果たし、一緒に商業区を抜けて教会に到着。会ってから1時間ほどだが、彼女のことはなんとなく分かってきた。頑張り屋さんだ。

 住人から聞いた話も相まって、なおかつ先ほどの少年達に対する対応だ。元々は活発な性格だが、シスターになったことから頑張って立場に合わせた振る舞いを身につけたのだろう。

 そして、そんなリリーナのことがこの街の住人は大好きなのだ。

 

「うぅ…頑張って練習したのに……」

 

「いや、いいんじゃないか?シスターがお淑やかじゃないといけないって決まりはないんだろう?」

 

「ダメです!次期聖女として、もっと聖女様を真似しないと!」

 

「次期聖女…なのか?」

 

「あ、今疑いましたね?」

 

『悪魔』が来る日は聖女継承の儀式の日。そう考えれば確かに次の聖女が既に決まっていても不思議ではないが、まさかリリーナが次期聖女とは意外だった。

 そんな思考が顔に出てしまい、ジト目で睨まれてしまう。

 

「ンンッ!そういえば、聖女を継承する儀式ってどうやるんだ?」

 

 この話をリリーナの地雷だ。そう直感し、すぐさま話を逸らすことした。

 誤魔化しを多分に含んだ疑問だったが、唐突に彼女の顔に影が落ちた。

 

「簡単ですよ———()()()のです」

 

「食べる?」

 

「はい。魔術的な加工を施した後に聖女様の脳髄と脊髄液を食すのです。しかも、聖女様がご存命のうちに」

 

 呼吸が止まる。食人を魔術儀式に落とし込んだ事例は聞いたことがない。

 いや、宗教が絡んだ儀式では形式を重んじる。もしかしたら、そのような悍しい行為を儀式とするのは、形式によるところがあるのかもしれない。しかし、そうだとしても……

 

「貴女は大丈夫なのか?聖女さんは貴女の……」

 

「ご心配いただきありがとうございます。ですが、わたくしが次期聖女となることが決定した時、覚悟を決めましたので」

 

 その目には強い決意が窺える。育ての親を食べなければならない覚悟とはどのようなものなのか。宮廷魔導士として数多くの修羅場をくぐり、およそ地獄と表現するのも生温い状況に陥ったことがある自分でさえ理解が及ばない。

 

「そうならない為の道も模索しました。わたくしが聖女になった時でも、聖女様が隣にいてくれたらどんなに幸せだろうかと夢想しました。でも……時間が足らなかったのです」

 

 覚悟を決めていたとしても、それを決して歓迎しているわけではない。リリーナの目に浮かぶ涙がそんな当たり前の事実を物語っている。

 

「ダメですね…覚悟決めたと言ったそばから…」

 

「構わない。食材を保管する場所だけ教えてくれれば俺がやっておくよ」

 

 涙を拭うリリーナに気の利いた言葉が見つからず、彼女が落ち着くまで2人の間には無言の時間が続くのであった。

 

 

 

 

 

 それから1時間ほどして、2人は聖女のもとへ行くため廊下を歩く。

 

「申し訳ございません。お恥ずかしいところをお見せしました」

 

「いいさ。家族が死ぬのは悲しいことだ」

 

「あの…できれば泣いてしまったことは聖女様にはご内密に……」

 

「別に言いふらしたりしないよ」

 

 さすがにそこまで性悪ではないつもりだ。少し気まずくはあるが、それだけのこと。何か彼女の好物などを知れれば夕食に出してやりたいと考えてしまい、自分のお節介度合いに零は苦笑を浮かべる。

 とはいえ、表情を引き締めなければならない。これから会う聖女はいわばこの教会の主人だ。いくら危篤状態とはいえ、最低限失礼のないように過ごしたい。

 

「こちらが聖女様のお部屋です。お休みになられているかもしれないので、確認してきます。もし起きていれば声を掛けるので、零さまはここでお待ち下さい」

 

「OK」

 

 リリーナが扉を閉めたのを確認してから服の裾などを整える。基本的に無神論者のつもりであるが、それでもやはり宗教的に上の人に会うとなると緊張してしまう。このような自分の姿を同僚が見たら驚くだろう。

 

「どうぞ」

 

 宮廷魔導士団の入団前にある面接でもここまで緊張しなかったぞ、と思いながら扉を潜ると、最初に目に飛び込んできたのは多くの管に繋がれた老婆だった。

 魔術的に管理されてなんとか延命している状態。顔はシワだらけで手足は痩せ細っており、聖女という神々しい響きとは裏腹に、本当にどこにでもいる危篤状態の老人にしか見えない。

 

「あ…あなたは……?」

 

「聖女様。彼は今回『悪魔』から聖女様を守る為にお越しくださった軍人さんですよ」

 

「それは…それは……」

 

 聖女はほとんど皮だけとなっている手をこちらに伸ばしてくる。恐らく握手を求めているのだろうの推測し、零は手を握った。

 

「聖女様はもう1日のほとんどを寝て過ごしておられますが、たまたま起きられてましたので」

 

「そうか」

 

 あまりにも弱々しい。しかし、握られた手は優しい温もりに包まれていた。何故だかとても安心する。

 ふと、唐突に今は亡き妻を思い出してしまった。一生守ると誓いながらも、最期の瞬間には側にすらいられなかった。子どもを守る為に自分を殺させた、世界で1番優しい殺人教唆を行った最愛の妻。子どもの成長を見守ることという、当たり前の幸せすら掴めなかった。

 何故この聖女に手を握られただけでそんな事を思い出してしまうのかはわからない。ただ、心に生まれた安心感が、妻と過ごしていた日々と似通っているのだ。

 

「リリーナ…お迎えまではあと何日ほどですか…?」

 

「あと5日です、聖女様。何か不安なことが?」

 

「いえ。ただ…待ち遠しくて……」

 

 5日後———聖女継承の儀式の日であり、『悪魔』が街を襲撃する日だ。

 

「あぁ…でも心配だわ…。あなたが1人で…やっていける…かしら……?」

 

「安心してください、聖女様。わたくしは立派な聖女として聖女様の後を引き継ぎます」

 

 聖女は反対の手をリリーナへと伸ばし、彼女はすかさずその手を握った。そして、僅かに崩した相好を零へ向ける。

 

「軍人さん…忙しいことは百も…承知でございます……。でも、もしこれからも…お仕事でこの近くに……訪れるので…あれば……少しだけでもこの子に…会いに来てくれませんか?…この子…結構寂しがり屋で……」

 

「わかった。約束するよ、聖女さん」

 

「ふふ……優しい手。硬くて、大きくて…マメだらけ…あなたの手は誰かを守り、助ける……そんな優しい手ですね…」

 

「そんな立派なもんじゃないよ」

 

 まるで慈しむように握られた手から、聖女の体温が伝わってくる。

 確かに自分は宮廷魔導士として多くの帝国民を守り、助かる為に刀を振り続けてきた。そして、助けた人の数だけ人を殺してきた。

 助けた数と殺した数、どちらが多いかは知らない。ただ、この手が血に塗れていることだけは確かだ。

 今までは別に気にしていなかった。この仕事は天職だと思っているし、始めた理由も、自分のできる事で1番稼ぎが良いからだ。

 だから、『優しい手』なんて言わないでほしい。家族を支える為に大金が貰える職に就き、しかしそんな家族すら守れない。妹を守る為に母親を殺して打ち拉がれる息子に背を向け、5年間も知り合いの家に預けて放置した臆病者なのだ。そんな自分の手が、『優しい』わけがない。

 

「あなたは俺が守るよ。『悪魔』なんかに手出しはさせない」

 

「…あら、情熱的……そんな事を言われたのは…60年ぶりくらい……かしら…?」

 

「ふふ、聖女様の初恋の方でしたっけ?」

 

「そうなの…あと5日で……逢えるのね…」

 

 恋する乙女。しわくちゃの顔で、それでも懸想する相手を思い浮かべて微笑む聖女にはそんな比喩がピッタリだった。

 話の流れからして、その相手は亡くなってしまったのだろう。そこまで分かって、納得した。聖女がリリーナを心配しながらも、妙に死を恐れていない理由はそこにあったのだ。

 

「俺はそろそろ失礼するよ。礼拝堂にいるから、何かあれば呼んでくれ」

 

 流石に、この聖女から『悪魔』に関する情報は出てこないだろう。ならば、少しでもリリーナとの母娘の時間を優先させてあげたい。

 そういえば、2週間前にもこんな温かな光景があったなと。零はルミアとアリシアが語り合う姿を2人に重ねて、聖女の部屋の扉を閉じた。




はい、いかがでしたか?

ルミアとアリシア女王のような、しかし血の繋がりがない母娘の聖女とシスター・リリーナ。自分、こういった家族愛的なのはどんな作品でも泣いちゃんですよね…(自分語り)
あとはもう一度街の様子を書いてから、『悪魔』との戦闘開始と予定しております。
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