超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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炬燵にやる気を吸い取られる今日この頃。外どころかトイレに行くのも面倒です。あ、もちろんちゃんと行きますよ?

今回は戦闘シーンてんこ盛り。やっぱり一万字超えちゃいますね。


第29話 日常は終わりを迎えた

 死者の群れが一斉にアルベルトへと迫る光景を眼下に映しながらも、零の顔に焦りはない。

 

「アル、手助けいるか?」

 

「いらん。《吠えよ炎獅子》」

 

 アルベルトはそれだけ短く応えてから一節詠唱で黒魔【ブレイズ・バースト】を起動。自身に押し寄せる死者を巨大な火柱で一掃する。

 

「さすが……!」

 

 同時。零は乗っている太い枝を刀で切り、重力に任せて自分ごと落下していく。そのまま空中で【迅雷】を時間差起動(ディレイ・ブート)して着地までの隙をカバーするように()()()()()で枝をエレノアへ向けて蹴り飛ばす。

 

 人が乗っても折れない程の太さを誇る枝を、しかも満足に力の入らない空中で蹴ったにも関わらず飛来してくるソレはよくて致命傷、当たりどころが悪ければ即死する威力を内包している。エレノアには避ける以外の選択肢がない。

 

「くっ!」

 

 エレノアは零から距離を取りつつ、さらに死者を召喚していく。1体、6体、19体———地面から次々と現れる死者達が主人を守るように零へと走る。

 

「零、屈め」

 

「あいよ……っと」

 

 距離を詰めようと踏み込んでいた零は背中から掛けられた声に従い———刹那、頭上を二閃の雷槍が追い越していった。

 アルベルトの二反響唱(ダブル・キャスト)による【ライトニング・ピアス】。しかも時間差起動(ディレイ・ブート)。さらにその狙いも完璧であり、19体いた死者がちょうど重なる場所を通して合計13体の頭を消失させる。

 

 頭部を無くした13体の死者がゆっくりと倒れる中———バッ! ババッ———空中に無造作な黄金の残像が奔った。直後、残り6体の首が宙を舞う。

 

(なんという連携……!?)

 

 一糸乱れず、無駄が無い。お互いが可能な限り最小限の魔力消費で済むように動いている。

 

(ですが……)

 

 ———ニヤリ。エレノアの口が歪んだ。

 

「っ!?」

 

 零がアルベルトの【ライトニング・ピアス】によって頭を失い、倒れていた死者の横を疾駆した瞬間腕に強い圧迫感を覚えた。見ると、腕を爛れた手に掴まれている。

 

「「「 …………………………ッ!! 」」」

 

 その手の主はアルベルトによって頭部を吹っ飛ばされた死者。発声器官を無くした死者達は素早く立ち上がり、あっという間に零を囲む。

 

「チッ……頭が無くなったら動いちゃダメってのは最低限のマナーだろ」

 

 舌打ち混じりに苦言を漏らし———それを言い終えた頃には19体全ての四肢が胴体から離れていた。ボトボトボトっと、腐った19の胴と76の手足が地面を叩き、その音が周囲に響く。

 

 簡単な話だ。首を刎ねてもまだ歩くのなら足を斬り飛ばせばいい。掴んでくるのなら腕を斬り飛ばせばいい。死んでも動く存在と言っても、そもそも動く為のモノ(手足)が無ければどうしようもない。

 それでも【迅雷】による潜在能力解放と、零自身の技量があってこそのものだが。

 

「……くす」

 

 そんなデタラメな光景を見てもまだエレノアの笑みは消えない。

 

 自分の目の前、零の間合いのギリギリ外。そこにはすでに線形結界の魔術罠(マジック・トラップ)が仕掛けられている。

 操死【デッド・ライン】———その線を無断で超えた者の生命活動を問答無用で停止させられるものだ。

 

「いいですわぁ……そのまま……そう……こちらへ」

 

 もはやエレノアが抵抗しないと見た零は最短距離で詰めてきている。そして、あと三歩。そこで体をグルンっと時計回りに一回転させる。猛スピードで走り込んでいた慣性を利用し、左足を軸にして。

 その回転の勢いを【迅雷】の膂力に足し、脇構えにした刀を全力で振り抜く。

 

「———『飛花落葉』———」

 

 

 

ドォォォォォッオオオオォォォォンッッッ——!!

 

 

 地鳴りのような低い轟音を響かせながら零の前方、扇形に60°ほどの空間が魔術罠(マジック・トラップ)ごと、エレノアごと、それこそ【ブレイズ・バースト】でも食らったかのように吹っ飛ばされていく。

 

「うぐ……くっ…!」

 

『飛花落葉』で上がった土煙の奥からエレノアの苦悶の声が聞こえていた。見えはしないが、【迅雷】を使っている零には音や微細な空気の流れから簡単にその位置を割り出すことができる。彼女は地面に仰向けで倒れている。

 

「終わりだ」

 

 振り上げられる左手。その手にはまるで手品のように、いつの間にか赤槍が握られていた。そして———グサッ!

 倒れたエレノアの心臓部分に突き刺す。

 

「ふぅ……」

 

 エレノアは第ニ団《地位》———天の智慧研究会においては内陣(インナー)と分類される高位階の者だ。組織の実態や内情にもそれなりに明るいはずなので、できれば殺したくはなかった。だが———どうもこの女は危険だと魔導士の直感が警鐘を鳴らしていた。情報は欲しいがこの女を生かしておいてはならない、と。

 

(まぁ、第ニ団《地位》はこいつだけじゃない。また別のチャンスが……)

 

「キシャアァァァァァァァァァアァァアッ!!」

 

「なっ!?」

 

 突如心臓を貫いたはずのエレノアが奇声を上げて体を起こした。槍で体を縫い付けるようにしてあるにも関わらず。槍の穂先から柄を体に通しながらも痛みを感じた様子は無く、滑るように起こしてくる。

 

 そして土煙の匂いで気付けなかった、このエレノアから漂う死臭。つまりこれは彼女が召喚していた死者。

 

(【セルフ・イリュージョン】を付呪(エンチャント)しての変わり身か!)

 

 素早く四肢と頭を落として周囲を見渡す。では、本物のエレノアはどこへ行ったのか。

 

「アル、後ろだ!」

 

「バレちゃいましたか!」

 

 空気の流れがそこだけ歪だった。根拠としてはそれだけだが、魔術師との戦闘では充分なものになる。

 エレノアはガサッと葉の擦れる音を鳴らしながらどこからともなく取り出したナイフでアルベルトの頭上からうなじにナイフを突き立てるところまで来ていた。

 

「ふ———」

 

 ———ガコォ!

 

 対してアルベルトを上体を落として魔導士礼服の裾を跳ね上げつつ後ろ蹴りを打ち上げる。その蹴りは見事エレノアの顎を捉え、脳震盪でナイフを手から取り溢させることに成功。だがそれだけでは終わらない。

 

「《()》ッ!」

 

 短い呼気と共に身を翻しての拳を全力で顔面へと叩き込む。刹那————パアァァァァン!インパクトの瞬間、魔力を直接炸裂させてエレノアの頭部を消し飛ばした。

 

 アルベルトとしても、零と同じ直感を得ていた。エレノアは危険だ、という。 何かが違う。今まで戦ってきた外道魔術師とは違う、禍々しい何かを持っている、と。

 

 だから殺した。

 

 

 

 ———そのはずだった。

 

「……っ!?」

 

 咄嗟に頭を傾けるアルベルト。直後、今まで彼の目があった位置に闇と黒い煙を切り裂いてナイフが通過していった。

 だが、それは牽制。本命は……

 

「アルベルト様、その端正なお顔をいただきますわ」

 

 魔力の炸裂を食らって仰け反った体を宙返りで戻したエレノアが新たなナイフをアルベルトの顔面に突き立てようとしていた。

 

「ウフフッ」

 

 避けられるタイミングではない。だからと言って時間差起動(ディレイ・ブート)で何らかの魔術を使って迎撃しようにも間に合わない。アルベルトにこの攻撃を対処する術は残されていなかった。

 

「………………」

 

 だというのに、アルベルトの鷹のように鋭い双眸に焦燥はない。先ほどのナイフは想定外過ぎて驚いたが、それだけだ。

 エレノアがまだ死んでいないのなら戦闘続行、自分の役目に従うまでという意思がありありと見て取れる。

 

「遅いな……いや、俺が速いのか」

 

 振り下ろされた凶刃。それはアルベルトの顔に突き立つ寸前で止まっていた。軽い自画自賛と共に割り込んできた零の()()に挟まれることで。お得意の白刃取りだ。

 

「おや?」

 

 思わずエレノアの口から漏れた驚愕は仕方のないものだ。

 零の右手には刀、左手には赤槍。両手が塞がっている状態での白刃取りなのだから。

 

 零は刀を親指、人差し指、中指の三指で支え、残った()()()()でナイフを止めていた。

 

「……フン」

 

 驚愕の時間は与えない。アルベルトが零の脇や股、肩の上スレスレを時間差起動(ディレイ・ブート)させた【ライトニング・ピアス】で掠めていき、その先のエレノアに穴を空けていった。

 

「んっ……」

 

「死ね、外道魔術師」

 

【ライトニング・ピアス】の勢いで体が浮いたエレノアの腹に追撃の蹴りを打ち込んでアルベルトから距離を離し、冷たい声を浴びせながら、零は彼女の体に黄金と赤の斬撃を奔らせる。その数は刹那の先に十を超え、五十を超え、百を超え———

 

(どういうことだ?)

 

 振るう腕は止めずに零は目を見開いて自身が斬り刻んでいるエレノアを見ていた。

 ———刃が通った先から傷が、黒い煙を上げて塞がっているのだ。

 

 エレノアの体が浮いたから地に着くまでの1秒にも満たない時間に浴びせた斬撃は372。それだけの数を浴びて尚、今のエレノアには傷一つない。纏っていた衣服はボロボロになっているところを見るに、攻撃は間違いなく当たっているはずなのだが。

 

 これ以上の攻撃は無駄と判断し、もう一度蹴り込んで自分からも離す。

 

「酷いですわ、零様。女性はもっと絹を触るように優しく扱ってくださいな」

 

「俺は男女差別しない主義なんでね」

 

 接近戦ではさすがに分が悪いと考えたエレノアも、距離を詰めるようなことはしてこない。妖艶な笑みを2人に向けて軽口を叩くだけだ。

 

 やはりおかしい。あの回復力は法医呪文(ヒーラー・スペル)などの回復系魔術を軽く凌駕している。

 

「アル、少し本気出す。援護頼めるか?」

 

「任せ———っ!?」

 

 零が魔導士礼服の上着を脱ぎ、鞘の留め具に指を掛けたその時だ。アルベルトの目に起動していた遠見の魔術がある光景を映し出した。

 それは、リィエルの握る大剣がグレンを後ろから深々と貫いたものだった。

 

「アル!どうした!」

 

 アルベルトの異変に気付き、思わずエレノアから視線を外してしまった零。その隙を逃さず、エレノアは呪文を詠唱する。

 

「潮時ですわ———《爆》ッ!」

 

 エレノアの周囲に爆炎が上がり、辺りの視界を封じる。だがそんなものは【迅雷】で知覚能力が上がっている零には関係無い。そのまま爆炎に赤槍を突き立てようとして———グサッ!

 

「またか」

 

 その手応えに落胆のため息を溢して、右の刀を3回ほど振るう。赤槍に貫かれても尚こちらに手を伸ばす死者の五体を綺麗に落とした。

 

 死者を斬る時に生まれた風圧で爆炎も吹き飛ばしたが、案の定エレノアの姿は無い。逃してしまったようだ。

 

「追うか?」

 

「いや、それより緊急事態だ」

 

 珍しく忌々しげに表情を歪めるアルベルトへ、零は上着を着ながら怪訝な目を向ける。

 

「リィエルが裏切り、グレンを手にかけた」

 

「なんだと!?」

 

「それだけじゃない。今リィエルは学院の生徒が宿泊している旅籠……恐らく王女の元へ向かっている」

 

「つまりエレノアは陽動だったわけか。クソ、やられた」

 

「反省は後だ」

 

 もはやこうして話してる時間すら惜しい。2人は頭の中でこれからの行動を整理し、自分が為すべき事の為に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 ———コトン。カップの載ったソーサーがテーブルに置かれ、ソファに座るルミアの前で小さな音を鳴らす。琥珀色に輝く紅茶が揺れていた。

 

「ここのお茶、結構美味しいですよ」

 

「うん……」

 

 自分の分も淹れ、持っていたティーポットをテーブルに置いてルミアの隣に腰を下ろす信一。ルミアへにっこり笑いかけるが、彼女の表情は曇ったままだった。

 

 ここは本来ルミアとシスティーナ、そしてリィエルの部屋なのだが、今はソファに座る2人きりだ。

 

 リィエルがどこかへ行ってしまった後、信一は一旦荷物を部屋に置いてからこの部屋に来ていた。その時からずっとシスティーナは沈むルミアを励ましていたが、どうにもルミアの顔が晴れることは無く、この場を任されてしまったのだ。

 

(お嬢様も人が好いからなぁ)

 

 ルミアを上手く励ますことができない自分に嫌気が差したのだろう。だからここは信一に任せ、自分は頭を冷やすついでに夕食を買ってくると言っていた。

 通常そんな使い走りのような事は従者である信一の役目なのだが、システィーナのあの表情を見せられてしまうと断れない。

 

 あれはあれでシスティーナの美点なのだ。ルミアが楽しめないのなら自分も楽しめない。本当はこの後クラスメイトと食事に行く予定だったが、リィエルを待つルミアを置いていくなど頭にもよぎらなかったのだろう。

 

「ねぇ、シンくん」

 

 ルミアの声と突如肩に掛かった重さで信一は意識を彼女に向ける。そちらを見ると、ルミアが自分の肩にもたれかかっていた。特にそれを咎めることなく、信一は優しく微笑んでみせる。

 

「なんでしょう」

 

「やっぱり……リィエルには迷惑だったのかな?本当は鬱陶しかったのかな?」

 

 ポツポツと、小雨のように弱々しく問いかけてくる彼女に信一はなんと答えたら良いかわからなくなる。

 

 ルミアも信一が明確な答えをくれるとは思っていなかった。困らせるつもりはなかったが、それでも誰かに聞きたかったのだ。

 

「どうなんでしょう。原因は先生なんだから、ルミアさん達が悪いということはないと思いますが……」

 

「でも……」

 

「それだけじゃ無いと思う、と言いたげですね」

 

「うん」

 

 形の良い眉が八の字を作った。彼女の気持ちの整理を手伝おうと言った言葉だが、どうやら失敗らしい。

 気まずい空気を誤魔化すように自分の紅茶を一口。カップを置いて、その手でルミアの頰を痛くならない程度につまむ。

 

「シンくん?」

 

「昨夜、ルミアさんはお嬢様とリィエルの3人で海岸に行ってましたよね?」

 

「あれ……バレちゃってたの?」

 

「偶然カッシュが見たんですよ」

 

 海岸は光が少なく、星が綺麗に見られる。港町に住んでいた信一にとっては日常の1つでも、海に来る機会が無い彼女達には新鮮だったことだろう。

 夜に出歩くのはやめてもらいたいが、そのあたりはせっかくだからと大目に見て話を進める。

 

「あの時、リィエルとはどうだったんですか?俺が知ってるルミアさん達と仲違いする前のリィエルはそれが最後なんですけど」

 

「普通……だったと思う。でも、少し距離が縮まったような気がした」

 

「そう感じたのは何故?」

 

「私達と友達なのは嫌じゃないって……はっきり言ってくれたから」

 

 そう言ってルミアはハッとなる。

 

 そうだ。リィエルは感情表現に乏しく多くを語らないが、嘘はつかない。あの時の言葉がリィエルの本心であることなど、考えるまでもないのだ。

 

「何か気付けましたか?」

 

「うん……うん!」

 

 やっと輝きを灯し始めたルミアの顔を見て、信一も口元を綻ばせた。やはりルミアに似合うのは笑顔しかない。

 頰をつまんでいた手を離し、今度は信一がルミアに軽く体重を預ける。彼女の頭に自身の頰があたり、髪が跳ねた。

 

「じゃあ、まずは次リィエルと会った時になんて言うか考えましょう。たぶんグレン先生に叱られてしょぼくれてるでしょうから」

 

「う〜ん……そうだね!シンくん、一緒に考えてくれる?」

 

「もちろん」

 

 リィエルとの関係修復には利がある。護衛も機能し、ルミアの安全性が増すのだから。

 

 ———いや、そんな合理的な理由は無粋だろう。もはや信一もリィエルとルミア達が一刻も早く仲直りして欲しいと願っていた。確かに護衛として、という考えはある。だがそれだけじゃない。

 

 友達だから。友達なのだから、仲良しの方が良いに決まってる。何も不思議なことではないはずだ。

 

 信一はまだ直接口に出して言えてはいないので、リィエルが帰ってきたらそれを伝えるのも良いだろう。その時、リィエルはどんな顔をするだろうか。

 

「ふふっ」

 

「どうしたの?急に笑い出して」

 

「いえ、なんでも」

 

 表情が死滅したような無表情を驚きに変えるのか。それともただ無言で頷くだけか。想像すると自然に笑いが溢れた。

 

 未だ隣で言葉を探すルミアのカップに紅茶のおかわりを淹れた、その瞬間。

 

 ———ドゴオォォゥゥゥゥ……!

 

 突然部屋のバルコニー側から鳴るけたたましい音が鼓膜を震わせる。2人はビクリと肩を震わせてそちらを見た。

 そこには先ほどから話題の中心にいた人物が散乱した扉の残骸の中に無表情で立っている。どうやら今の音はバルコニーに続く扉を破壊した音のようだ。

 

「こらこらリィエル、そんな事したらまたグレン先生の———っ!?」

 

 自分か家族の物以外ならどう扱っても気にしない信一はやんわりと注意しようとするが、彼女の持つ大剣を見て言葉に詰まった。リィエルが大剣を持っていることに、ではない。

 

 その大剣には、まだ臭いも残るくらい新しい血がベッタリと付着しているからだ。

 

「……リィエル。その血、何?」

 

 信一は腰を落とし、ホルスターに収まるナイフへと手を当てながらきく。もちろんルミアを庇う位置に移動して。

 

 今、刀は無い。自分の部屋に置いてきた荷物には刀も含まれていた。旅籠の中なら持ち歩くのは迷惑になると判断してのことだが、それはリィエルの答え次第で後悔することになるだろう。

 

「……………………」

 

 無言でこちらを見つめるリィエルの双眸。まるで壊れた操り人形のように温度を感じない。

 

「……グレンの」

 

「………………」

 

「……これはグレンの血。殺した時に付いた」

 

 淡々と。まるで今の天気を報告してくるような口調で紡がれた言葉に、ルミアは足元が崩れるような感覚に陥る。鼓動が早まり、平衡感覚が失われていく。

 

 ———リィエルは感情表現に乏しく多くを語らないが、()()()()()()。先ほど理解したばかりの事であり、不幸なことに疑う余地もない。

 

 リィエルが殺したと言った以上、グレンは死んだということで間違いないはずだ。

 

「で?グレン先生を殺した後に、剣を持ったままここへ来たのはどうして?」

 

 悲嘆に暮れるルミアとは対照的に、信一はさらに質問。素直なリィエルはその質問にもしっかりと答えてくれる。

 

「……兄さんがルミアを呼んでるから。だから、連れて行く」

 

「兄さん?」

 

「そう。実はわたし———天の智え……なんだっけ?とにかくそういうのだから」

 

「……そっか」

 

 ルミアを守る位置取りを維持したまま、瞬きを1つ。目を開く頃にはリィエルに対する全ての感情が消えていた。

 仲直りしたいという気持ちも。一緒に魚を食べた時に感じた親愛も。護衛としてだけでなく、純粋に友達になりたいという思いも。

 全てが砂に沈む水のように消えていく。

 

 そして残ったものは1つだけ———排除すべき敵という認識のみ。

 

「《死ね》」

 

 バチイィィ———ッ!

 

 即興改変した【ショック・ボルト】を脳に撃ち込んで【迅雷】を起動。バキッ……バキバキ……という筋肉を引き絞る音を鳴らしながらナイフを抜いてリィエルへ肉薄する———否、していた。

 既に背後へと回り込んでいた信一は、リィエルが振り向くことを考慮した軌道で頸動脈へ斬撃を四閃。

 

「……んっ」

 

 対して、死角からの攻撃にも関わらずリィエルは最初の二撃を大剣で防ぎ、次の二撃を屈んで避ける。そして立ち上がりながら———ブオォン!竜巻の如く強烈な斬り上げを放ってきた。

 

 目前に恐ろしい速度で迫る大剣の刃。下半身、上半身までは下がることができたが、顎から顔面を割られそうになる。

 

「っと」

 

 カンッと甲高い音が響き、顔の左側ギリギリを大剣が擦過していった。右のナイフを逆手に持ち替え、柄頭で大剣の腹を殴って逸らしたのだ。

 

「ルミアさん!逃げて!」

 

 追撃の唐竹割りを横に飛んで避け、跳び二段蹴りを放ちつつルミアへと叫ぶ。

 

「あっ……あぁ……シン…くん……?」

 

 しかし、へたり込んだルミアの口からは錯乱した不明瞭な音が漏れるのみ。グレンが……想い人が殺されたことを受け入れることが出来ないようだ。

 いや、厳密には違う。以前起きた魔術学院自爆テロ未遂事件の時にも、ジンがグレンは死んだと言ったことがあった。その時のルミアはここまで錯乱していなかったはず。今彼女がこのような状態になった原因を正確に述べるのなら———リィ()()()()グレンを殺したからだ。

 

 自分の親しい人が親しい人を殺すというのは想像以上に精神へのダメージとなる。それが原因で信一の妹は昏睡状態に陥ってしまったほどなのだから間違いない。

 

(クソッ!)

 

 内心でこの状況に悪態を吐き、作戦を切り替える。ルミアがまともな精神状態ならば彼女が逃げるまでの時間稼ぎをしていれば良かったが、そうもいかなくなった。

 

 首を刈り取るような薙ぎ払いを伏せ、そのまま足払いをかける。しかしリィエルは軽く飛んだかわし、空中で一回転。膂力、重力、遠心力を乗せた稲妻の如き一撃を振り下ろしてきた。

 

「ふぅ……!」

 

 一旦床にナイフを刺し、空いた両手で白刃取り。そのまま後ろに転がり、足をリィエルの腹に当てて後ろへ———先ほどまで飲んでいた紅茶の乗っているテーブルを超えるように投げ飛ばす。

 

 リィエルの戦闘スタイルは錬成した大剣と身体能力強化の魔術である白魔【フィジカル・ブースト】を併用したゴリ押し。【迅雷】を使って近接戦を行う信一とかなり似ている。

 

 

 

 一見効果が同じように思える【迅雷】と【フィジカル・ブースト】だが、決定的な違いがある。【迅雷】は潜在能力の解放、【フィジカル・ブースト】は身体能力の強化という点だ。

【迅雷】は本来2%しか発揮されない人間の潜在能力を解放、リミッターを強制的に解除して2%以上に上げることで身体能力だけでなく知覚能力も上がる。対して【フィジカル・ブースト】は2%しかない身体能力を上げるだけのもの。言ってしまえば、【迅雷】は【フィジカル・ブースト】の上位互換なのだ。

 

 つまり、リィエルは勝てる相手———そのはずなのに……

 

(なんでだ?)

 

 確かにリィエルの剣術の腕は高いが、以前剣を合わせたゼーロスほどではない。信一との差は十分【迅雷】で埋め切れる程度のものだ。

 ゴリ押しという戦闘スタイルも、【迅雷】で受け流してカウンターを叩き込める絶好のもの。疑いようも無く相性が良い相手のはずなのに、どうしても殺し切れない。

 

 まるで左利き用の包丁を右手で使っているような、どうしようもないやり難さ。単純な強さだけじゃない、別の何かがリィエルにはある。

 

 

 

 投げ飛ばした勢いを使い、倒立後転の要領で立ち上がりつつナイフを抜いて———ズバゥッ!テーブルに右手を突いて片手逆立ち回転蹴りを放つ。

 

 この蹴り方は人体の中でも特に威力の出せるものの1つ。それに【迅雷】の膂力とバランス感覚を加えられ、全く無駄の無いものになった。

 

「……っ!?」

 

 ———パキイィィィ……! 信一の蹴りを防ぐ為に盾にした大剣が真っ二つに折れる。

 

(よし!)

 

 足を振り抜き、床に着地した信一は———ガチャンッ!自分とリィエルの間にあるテーブルを乗っているカップやティーポットごと蹴り上げた。

 90°回転したテーブルは今、視界を遮る壁となっている。つまり、2人は互いが何をしているか見ることができない。

 

(でも……俺には分かる)

 

 潜在能力を解放した人間の知覚能力で空気の流れからリィエルの態勢が手に取るように分かる。彼女は自身に迫るテーブルに驚き、間抜けにも手を伸ばしていた。

 

 信一はナイフを担ぐようにして体を仰け反らせる。使う技は『風刄(フウジン)』。超音速で得物を振るい、先端から発生した衝撃波で吹っ飛ばすという荒技だ。

『風刄』は技の性質上、威力は振るう武器の長さに依存する。今握っているナイフでは刀や剣のような威力は出せないが、それでも体重の軽いリィエルを外へ飛ばすくらいはできるだろう。まずはルミアの安全を確保することが先決なのだから。

 この技には一瞬の溜めがあるので、テーブルはその隙を作る為に蹴り上げたのだ。

 

 

(……ん?)

 

 蹴り上げた部分が頂点を超え、130°ほど回転したあたりで裏側にいるリィエルに違和感を覚える。顔……おそらく視線はテーブルに固定したままだが、右手をブンブン振り回しているようだ。乗っていたカップから溢れた熱い紅茶でもかかったのだろうか。

 

 さらに体を仰け反らせ、溜めを作る信一は眉を顰め———すぐにリィエルの狙いに気付いて目を見開く。

 彼女は熱がっているのでは無い。()()()()()のだ。

 

 瞬間、目の前で回転していたテーブルが消えた。視界には新しく錬成された大剣を握るリィエルの姿。

 

(やっぱりか……!)

 

 彼女が手を振っていたのは、テーブルを蹴り上げたことで宙を舞っていたティーポットやカップ、ソーサー、果ては溢れた紅茶を右手に集めるため。そして、最後に目の前のテーブルを使った。今手に持っている大剣を錬成する材料に。

 

 柄頭をこちらに向けた状態で迫ってくるリィエルに、信一は対処できる態勢ではない。『風刄』を撃つ為に仰け反った体は、相手から見れば隙だらけなのだ。

 

———ズッッッッッッッッッッッッッッン……!!

 

「ガ……ハァ………っ!?」

 

 大剣の柄頭が左胸……心臓部分に深く沈み込む。瞬間、止まった。

 完璧な角度と威力による非穿通性の衝撃が心臓を強制的に止めた———止められたのだ。

 

 血流が止まり、突然脳に酸素が行かなくなったことで信一の意識が遠のいていく。視界が斜めっていき、真横へ。

 バタンっと、倒れた衝撃すら信一には認識することができず……

 

「……ごめん」

 

 耳へと届いたリィエルの呟きを最後に聞き、信一は心肺停止———死亡した。





はい、いかがでしたか?信一死んじゃった☆

まぁ、フィーベル家の従者は殺されたくらいで終わってしまうような奴には務まらないんですけどね。
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