超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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あけおめ!ことよろ!謹賀新年! 今年はなんとかお年玉を貰えましたが、来年から貰えなくなるんじゃないかと恐れ慄いています。

信一、死んだまま年越しさせてごめんね。


第30話 そして非日常が始まる

 5人分の軽食を抱えて部屋へ帰ってきたシスティーナを出迎えたのは、虚ろな目で気絶したルミアを抱えたリィエルと口から一筋の鮮血を流してピクリとも動かない信一の姿だった。

 

「リィ……エル……?」

 

「安心していい。ルミア()殺してない」

 

 感情の一切篭っていない、声帯に息を通して出したような音を口から紡いだだけ。言葉にも関わらず、その形をした音のようにしか感じられない。

 

「ルミアは……って……」

 

「……信一は殺した。グレンも殺した」

 

「えっ……?」

 

「わたしが殺した。2人とも」

 

 リィエルは淡々とそれだけ告げてシスティーナに背中を向ける。警戒などしていない。する必要など無い。言外に伝わってくる、システィーナを脅威と思っていない、と。

 

「どうして……?貴女、なんでこんなことを……」

 

「実はわたし、あなた達の敵」

 

 ルミアを連れ去ろうとする存在をシスティーナは知っている。目的の為ならどんな犠牲も厭わず、むしろ不必要に人を殺す存在を。

 一度、自分もその連中が起こした事件の渦中にいたことがあるのだから。その時もルミアは連れ去られそうになっていた。

 

「う、動かないで!」

 

 何も言わなければそのまま去ろうとするリィエルへ、システィーナはなけなしの勇気を振り絞って叫んだ。自分でも分かるくらい声が震えている。

 

 怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い!!

 

 恐怖だけが心を支配する中、それでも左手を———魔術を振るうのに最も適した手を向ける。

 

「……撃てばいい」

 

「……ぇ?」

 

「システィーナができる、一番強い魔術でわたしを撃てばいい。……わたしは、何もしないから」

 

 まさかの返しに、システィーナは戸惑うしかない。罠か、挑発か、もしくは舐めているだけか。

 いずれにしても、これはシスティーナにとって千載一遇のチャンスだ。どんな意図があるかはわからないが、この距離なら完全に優位なリィエルが待ってくれると言っている。

 

 酸素を吸い、非殺傷性の攻性呪文(アサルト・スペル)をリィエルが戦闘不能に追い込める程の威力まで高めようと呪文を紡ごうとして———

 

「くっ……ぁあ…………」

 

 口から出たのは掠れた吐息のみ。恐怖で震え、呪文など口にすることすらできなかった。

 

 やがて……

 

「……だめ。時間切れ」

 

 リィエルは何の感慨も持たずにシスティーナから視線を外し、ルミアを抱えて部屋を飛び出していった。

 あっ、と。小さな声と共に彼女の背中へ手を伸ばすが、当然届くはずもなく。気配はどんどん遠ざかっていく。

 

 ……不意に。がくんと膝をついて伸ばした手が力無く降りた瞬間、視界には死体のように転がる信一の姿が映る。否———死んだように、ではなく死んでいるのだ。

 

「しん……い…ち……?」

 

 赤ん坊のように床を這って信一の元へ。一握りの希望に縋る思いで彼の胸に耳を当てる。

 

 リィエルは殺したと言ったが、さすがに嘘だ。どうせ信一はいつものように自分をからかっているだけ。いきなり立ち上がって、驚かそうとしているだけ。絶対にそうだ!そうに違いない———

 

「あぁ……ぁああ…信一………」

 

 そんな希望は、鼓動の音が聞こえないという事実で簡単に打ち砕かれた。ルミアが連れ去られそうになった時は何も言えなかったクセに、嗚咽だけはしっかりと紡がれる。

 

 いつも優しく細められていた目は光を灯さず、安心させてくれる弧を描いていた口からは血が流れているだけ。

 

 もうお嬢様、と呼んでくれることもない。美味しい食事を作ってくれることも、寂しい時に手を握ってくれることもない。なにより……あの大好きな笑顔を向けてくれることすらない。

 

「しん…い…ち……ルミ…ア……ひっく……グス…」

 

 名前を呼んでも、応えてくれない。

 

 ルミアは天の智慧研究会に連れ去られた。信一はリィエルに殺された。一夜にして大好きな家族を2人も失ってしまったシスティーナは、それでも目の前の現実から目を背けたくて信一の体を抱きしめる。

 

 此の期に及んで、まだ自分は彼が抱き返してくれるという思いを捨て切れていない。

 

 ———その時だ。

 

 ばぁんっ!と。部屋の出入り口である扉が乱暴に蹴り開けられた。

 

「ひぅッ!?」

 

 自分でも情けないと思える声を上げ、信一の死体を抱く腕に力が入る。

 

「邪魔をするぞ」

 

 扉から男2人が入ってくる。

 1人は目つきの鋭い青年。もう1人は腰に刀を差した男性。2人ともその全身はずぶ濡れで、青年に関しては何かを背負っている。

 

「こんばんは、システィーナちゃん。5年ぶりだけど覚えてるか?」

 

 刀を腰に差した男性———零はさっさと部屋に入り、信一を抱えるシスティーナに視線を合わせて笑いかける。

 

「おじ…さま……?」

 

「お、良かった」

 

 にっこり優しげに笑って青年———アルベルトに手招き。彼は部屋の隅に担いでいる物を放った。

 

「せ、先生ッ!?」

 

 壊された窓から入る月明かりに照らされ、それの正体が露わになる。背中は真っ赤に染まり、全身は彼ら同様ずぶ濡れのグレンだった。呼吸は耳を澄ませなければわからないほど小さく、血色も失せている。

 

「力を貸せ、フィーベル。そいつは既に治癒魔術の効果を受け付かないところまで来ている。自身を癒すだけの生命力がもう残されていないからだ」

 

「うぁ……え……ッ」

 

「このままだとグレンは間違いなく死ぬ」

 

 死という言葉に、システィーナは縋るように信一を抱き締める。だが、彼はもう死んでいるのだ。徐々に冷たくなる信一の体温を肌で感じ、皮肉にもそれが引き金となってシスティーナの理性は臨界点を迎えた。

 

「もう嫌!なんで…さっきからぁ!!」

 

 叫び、信一の胸に顔を埋める。認めたくない現実ばかりが目の前に広がり、それを直視したくないというある種の我が儘がシスティーナを錯乱へと追い込んでいた。

 

「一体、私に何ができるっていうの!?もう嫌よ!誰か助けて……お願いだから助けてよぉ!!」

 

「落ち着け、フィーベル」

 

「うぅ……お父様ぁ……お母様ぁ……ッ!ルミア……信一……ぁあああ———」

 

 ついに全ての思考を放棄して泣き叫ぶ行為に逃げ込もうとした、その時。

 

「泣いて喚く事が、今お前が為すべき事なのか?」

 

「———っ!?」

 

 咎めるでもなく、叱咤するでもなく。ただただ冷たい声音で現実を告げるアルベルトの言葉に、システィーナはぎりぎりの一線で踏み留まる。

 

「ここで思考を放棄すれば、恐らくお前は一生後悔する事になる。それでもこの男を殺したいなら幾らでも泣き叫べ。俺は一向に構わん。後は葬儀屋の仕事だ」

 

「………………」

 

 思考が徐々に戻り始める。確かにアルベルトの言う通りだ。ここで自分がどれだけ泣き叫んでも状況が好転するわけじゃない。システィーナ1人なら泣こうが泣くまいが変わらなかったが、アルベルトは力を貸せと言った。

 それはつまり、何か自分にできることがあるという証左だ。状況を好転させられる何かが。

 

「システィーナちゃん」

 

 不意に、今まで2人のやり取りに構わず信一の体をペタペタ触ってなにやら確かめるような動作をしていた零が声をかけてくる。

 

「信一は死んでるが、ツイてる。これならこいつだけは救える」

 

「……ほ、本当ですか!?」

 

「あぁ。だけど俺たちはグレンも救いたいんだ。だから頼む。アルに力を貸してくれないか?」

 

 さすがは親子と言うべきか。笑いかけてそう言う零の笑顔にはどこか信一の面影が感じ取れる。優しく、安心させてくれる、自分の大好きな笑顔だ。

 

 ———コクン。システィーナの目に力が戻り始める。完全に思考が戻ったわけじゃない。動揺はある。衝撃も色濃く残っている。

 でも、ここで自身の今為すべき事が泣き叫ぶことじゃないのは理解できでいた。

 

 アルベルトへ視線を移し、言葉を紡ぐ。

 

「……わ、私は……何をすればいいんですか?」

 

 

 

 

 

 

(強い子だ)

 

 5年ぶりにあったシスティーナへの感想はまさにその一言に尽きる。

 信一をフィーベル家に預けたあの日の彼女は本当にどこにでもいる貴族の一人娘だった。

 修羅場など知らず、日向の暖かい世界で平和に暮らす守るべき帝国の一市民。

 

 それが今では、自分の元同僚を救う唯一の存在になるとは。

 

(良い家族を持ったな、信一)

 

 アルベルトとシスティーナが言葉を交わしている間にある程度の検分は済ませていた。

 

 どうやら口から流れる血は内臓が潰れてせり上がってきたものではなく、倒れた衝撃で口内を切っただけのもの。その証拠に、血は鮮やかな色をしている。内臓から来る出血はもっとどす黒いので、もしやと思ったが幸い予想は的中していたようだ。

 だが安心は出来ない。事実信一は心肺停止の状態。死んでいることに変わりはないのだから。

 

(正中線から左側に指2本分……ここだな)

 

 体を起こさせ、気道を確保する為にやや後ろ向きで支えて頭が上を向くように調整。信一の右横に移動して右拳で体の前面を、左拳で背面を挟むように当てる。

 

 自分の後ろでは、アルベルトが黒魔【ブラッド・キャタライズ】で床に法陣を描いている。その間、システィーナはグレンに人口呼吸をしろと言われ初々しい反応を示していた。

 

(お前の家族も頑張ってるんだ。だから休憩時間は終わり……)

 

 バチイィィ———ッ!!

 

 時間差起動(ディレイ・ブート)で【ショック・ボルト】を脳内に撃ち込み、【迅雷】を起動。

 震脚と呼ばれる東方ではわりとメジャーな踏み込みの技術を使って片足立ちのまま運動エネルギーを生み出し、その反作用を両拳へ均等に伝えて——————ズズッッッッッッン!!

 

 信一の心臓を前後から全力で———それこそ胸骨が粉砕骨折するような勢いで殴りつける。

 

(帰って来い、信一!!)

 

 両手に伝わる、体の中で心臓がボールのように跳ね回っている感触。

 

 零は知っていた。この死に方には、ちゃんと生き返り方があるということを。

 なにせ———自分は何度もこのやり方で生き返っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 水の中から無理矢理引き上げられる錯覚と共に、目の前が一気に明るくなる。

 

「かはぁ……!? げほっ! 」

 

 一気に酸素を吸い込んだことで唾液が気管支に入り、咳が洩れた。ケホケホと生理反応に任せて水分を追い出す。

 

「起きたか、信一」

 

「ケホケホ……え? 父さん?」

 

 上体を起こした信一はキョロキョロと周囲を見回し、現状を確認。何故か自分はベッドに寝ていて、この部屋は爆発でも起きたかのようにボロボロだ。

 

「確か白金魔導研究所から帰ってきて……それでここでルミアさんとお茶を飲んで———ッ!?」

 

「おっと」

 

 意識があった最後の時まで記憶の糸を手繰り寄せた信一は必死の形相で立ち上がろうとするが、強い立ち眩みを覚えて倒れそうになる。零が首根っこを掴んで支えなければ、実際そうなっていただろう。

 

「落ち着け。病み上がり……というか死に上がりなんだから。まだ血が体に回り切ってない」

 

「いや、落ち着いてる場合じゃないよ!リィエルがルミアさんを……」

 

「———いいから座れ」

 

 零の有無を言わさない口調に気圧され、興奮気味の頭が急激に冷える。

 信一はおずおずとベッドに腰を下ろし、父親へと今の状況を説明するように目を向けた。コクリと頷き、零は口を開く。

 

「まず、お前はさっきまで死んでいた。比喩とかじゃなくて、確かに心臓と肺が止まった状態だった。なんでそうなったかは覚えてるか?」

 

「……うん。リィエルに剣の柄頭で胸を打たれて、そしたら急に目の前が真っ暗になった」

 

「やっぱりか」

 

 父親のやっぱりという言葉には引っ掛かるが、とりあえずは頷いて話の続きを促す。

 

「まぁ、だから蘇生させた。止まったなら動かせばいいからな。それほど難しくはないさ」

 

「どうやって?」

 

「心臓を体の前後から殴りつける。学院で習っただろ?心臓に【ショック・ボルト】撃ち込んで刺激するやつ。それの物理バージョンだよ」

 

「え、【迅雷】で?」

 

「あぁ」

 

 思わずペタペタと自分の胸部を触って無傷が確かめる信一。あの膂力で殴ったのなら『蘇生』どころか『トドメ』になるんじゃないだろうか。

 

「安心しろ。骨が折れないように衝撃は浸透させたから。心臓も破裂しないギリギリの威力で叩き込んだし」

 

「色々規格外だね……」

 

 限りなく必殺技寄りの蘇生術だ。結果的に生きてるので特に文句はないのだが。

 

「でも、どうしてそんなこと父さんできるの?」

 

「軍の隠し芸大会でやったんだよ。【サイ・テレキネシス】で自分の心臓止めて、それから今のやり方で生き返るって感じでな」

 

「………………………」

 

 命懸けの仕事をしている以上、死んだり生き返ったりすることはあるだろうと思っていたが、まさか自分で殺して自分で生き返るという一発芸がこの技の原点とは……。

 

 絶句する信一の頭をワシワシと乱暴に撫で、零の目つきが父親のものから一騎当千を誇る魔導士のものに変わる。

 

「さて———おしゃべりはもう良いだろう。そろそろ意識もはっきりしてきたんじゃないか?」

 

「そうだね。ありがとう」

 

 信一も意識を切り替え、家族に危害を加える者全てを無価値なものと考えて排除する従者の顔になった。

 

 別段、信一にとって生き返った方法などどうでもいいのだ。ただ血が十分に全身を巡り、思考を安定させる為の時間が欲しかった。だからどうでもいいけど、有益そうな情報を聞いていただけ。

 

 ベッドから立ち上がり、はだけていた服を整えながらもう一度部屋を見回す。

 

「お互い悪運が強いですね、先生」

 

「まったくだ」

 

 ちゃっかり生きてたグレンにも、信一はもう驚かない。しかしグレンのベッドにもたれかかるようにして眠るシスティーナの姿を見て眉を顰める。

 

「お嬢様が何故ここに?」

 

「白猫がアルベルトと協力して俺を助けてくれたらしい。やっぱお前の主は優秀だな」

 

「いえ、お嬢様が優秀なのは当然です。俺が聞いているのは、どうして先生が起きているにも関わらずお嬢様へベッドを譲らないのかということですよ」

 

「すいませんでした!!」

 

 病み上がりとは思えない速さで素早くシスティーナをベッドに寝かせるグレン。それを見て満足気に頷き、次に壁に背を預けて腕を組んでいるアルベルトへ視線を向ける。

 零も立ち上がり、グレンの肩にシャツを羽織らせてやりながらアルベルトを見る。同じようにグレンも。

 

 三対の視線をその身に受け、アルベルトは壁から背を離して口を開いた。

 

「グレン、1つ聞かせて貰う。何故リィエルは裏切った?」

 

「『あいつの兄貴が現れた』……と言ったら、お前ならわかるだろう?」

 

「成る程な。案の定、お前が後送りにしてきた事のツケが回ってきたということか」

 

 なにやら2人だけに分かる『何か』が今回のリィエルの凶行に繋がっているらしい。

 それから信一と零は黙って2人の会話を聞くことにする。

 

 それで分かったことは、このルミア誘拐の下手人が白金魔導研究所の所長であるバークスであること。

 元々リィエルの護衛は囮であり、圧倒的に護衛に向かないリィエルに油断して不用意に仕掛けてきた彼をアルベルトとリィエル二人掛かりで捕らえるのが本来の作戦であったこと。

 そしてこの作戦での誤算であるリィエルの裏切りは、元を辿ればグレンが軍属時代、彼女に関する『何か』を隠蔽したのが原因であること。

 

「なぜ止めなかった……アルベルト……ッ!?」

 

「言われなくとも、俺はこの作戦に従事する人員の変更を何度も提言した。だが、あの軍上層部が一度決定した事項を覆すと思うか?」

 

「……それは……ッ!」

 

「それに、俺とお前しか知らないリィエルの真実を上に暴露すれば……リィエルは無期封印刑か、魔術実験用のモルモットだ。それで良かったのか?」

 

「……そんなことは……ッ!」

 

 淡々とした口調で弾劾するアルベルト。それにグレンは頭を抱え、懊悩するしかない。

 

 そこで初めて零がアルベルトへ口を開いた。

 

「アル、この作戦は誰が考えた?……いや、違うな。この作戦は全容を包み隠さず女王陛下に聞かせてから認可を貰ったものか?」

 

 質問口調であるものの、零の目に疑いの色はない。

 

 なにせ女王であるアリシアはルミアに護衛を着けること自体は知っていた。そこに気を利かせ、自分を無理矢理割り込ませたのだ。ルミアと共に暮らす息子のそばに居られるように、と。

 

 だが、アリシアと個人的に親交のある零にはどうしてもこの作戦を彼女が認可するとは思えなかった。まるでルミアを撒き餌にするようなことを、実の母親であるアリシアが許すはずはない。

 

「答えてもらうぞ、アル」

 

 腰の刀に手を添える。だんまりを決め込むのなら抜刀も辞さないつもりだ。

 

「……貴様の考えている通り、この作戦は軍の独断だ」

 

「———ふっざけんなぁぁぁぁッ!!」

 

 アルベルトが肯定した瞬間、グレンが怒鳴りながら彼の胸倉を掴み上げる。

 

「お前らの都合に、あいつらを巻き込むんじゃねえよ!ゼロに限りなく近いけどその可能性がある、その情報一つ流してくれりゃ……っ!?」

 

「グレン先生の言う通りです。ですが、最初に可能性を隠蔽したのは先生でしょう?」

 

 グレンとアルベルトの間。ちょうど頸動脈のあたりにナイフを割り込ませた信一は目つきを鋭く変えてグレンを諭す。

 

「信一……てめぇ……」

 

「誤解しないで貰いたいのですが、別にアルベルトさんを庇うつもりはありません。俺からすれば、2人ともリィエルが危険分子であることを隠してたのは一緒ですから」

 

「……ふん」

 

 くだらないと言いたげに鼻を鳴らすアルベルト。彼を睨みながらも、首元に刃物があるとなっては離れるしかないグレン。

 2人を静かに見据えつつ、信一は続ける。

 

「リィエルが裏切った理由も、軍の意向も知ったことじゃない。今重要なのはルミアさんが誘拐されて、未だにそれが解決していないという現状です」

 

「「 …………………………… 」」

 

 信一から見れば、2人とも同罪だ。彼らがリィエルについて何を隠してるかは知らないが、話を聞く限りグレンにアルベルトを責める権利はないし、アルベルトにグレンからの糾弾を躱す資格があるとは思えない。

 

 そして、そんな2人のやり取りなど時間の無駄だ。状況の整理をするのならいざ知らず、くだらない喧嘩を聞いて居られるほど心に余裕などない。

 

「俺は一刻も早くルミアさんを奪還したい。そして父さんとアルベルトさんの任務もルミアさんの護衛。先生もその為の行動を起こすのでしょう?」

 

「お前は王女が今どこにいるか、分かっているのか?」

 

「わかりません。ですが貴方と父さんが、俺達が起きるのを待っていたということはある程度の目星がついているということなのでは?」

 

 父親はともかく、今までの言動からどこまでも職業軍人なアルベルトが、わざわざ自分達を待つとは考えにくい。命を繋ぎ止めたのなら、さっさとルミアの捜索に出る方が何倍も有益だ。しかしそれをしていない。つまり、する必要がないということだろう。

 

「……なるほど。頭は悪くないようだな」

 

「いえ、悪いですよ。ただ先生とアルベルトさんが、それだけの事を考えられるほど無駄な話をしていたというだけです」

 

 軽く皮肉を飛ばす信一にも特にアルベルトは気分を害した様子は無く———拳を固め、まるで写真が切り変わるような動きでおもむろにグレンを殴りつける。

 

 小さく声を上げて殴られた勢いのまま後方の壁に叩きつけられ、崩れ落ちるグレン。そんな彼を見下ろしてアルベルトは酷薄に告げる。

 

「さきほどの行動からお前が何も変わってないことがよく分かった。まったくもって忌々しいことにな。……だからこそ、俺はお前に期待するのかもしれないが」

 

 懐に手を入れ、何かを取り出して床で倒れ伏すグレンの傍らへ放る。ゴドンっと重い音を立てて転がるのは、幾つかのルーン文字が刻まれた一挺のパーカッション式リボルバー銃。

 

「この銃は……《ペネトレイター》……ッ!?」

 

 どうやらそれはグレンのよく知る物らしい。学院の講師に銃など必要ないので、彼が軍属時代に使っていた物だと信一は分析する。

 

「……ねぇ、父さん。もしかしてアルベルトさんってめちゃくちゃ良い人?」

 

「気付いたか。あんなナリをしてるけどな、アルはツンデレなんだ」

 

「そこ、黙れ」

 

 耳打ちでくだらない事を話し出す親子に苦言を呈し、アルベルトはそっぽを向く。

 

 なんだかんだ言って、アルベルトは甘い。敵に対しては一切容赦すること無く排除するが、一度仲間と認めた相手にはとことん義理堅い男なのだ。

 裏切ったリィエルすら……自分を刺した彼女すら、まだ助けたいというグレンの気持ちを察してチャンスを与えるようなお人好し。そんな彼だから、零もグレンも信頼できるのだ。

 

「信一、お前にもお土産持ってきたぞ」

 

「ん?俺に?」

 

「あぁ」

 

 アルベルトと同じように零は懐へ手を入れ———バサァ、と。なにやら至る所に革製の留め具紐が付いた黒いコートを取り出す。

 

「ごめん。どう考えても懐に入る大きさじゃないよね、それ」

 

「気にするな」

 

 さらに続けてブーツ……ではなく親指と他の4本指に分かれる二又状の黒い履物も出してくる。

 一体父親の懐はどこまで深いのか?物理的に。

 

「お、懐かしい。足袋(たび)だ」

 

「正確には地下足袋(じかたび)な。こっちのコートは纏黒(テンゴク)……防具だよ」

 

「天国?」

 

「違う、纏黒(テンゴク)だ。纏う黒と書く」

 

「なんか拗らせてるなぁ……」

 

 とりあえず“テンさん”でいいや、と心の中で勝手に改名しながら着てみる。

 

 丈は長く、足首まである。前はボタンで閉めるようになっていて、腰から上だけ閉じれば足の動きを阻害することもないだろう。

 なにより、ピッタリだ。まるで長年使い続けた包丁を握ってるかのように信一の体に馴染んでいる。

 

「サイズはぴったしだな。まぁ、お前のスリーサイズに合わせて作ったから当たり前だけど」

 

 どうして父親が自分のスリーサイズを知っているのか。ちょっと怖くて聞けない信一であった。

 渡された地下足袋も、今まで履いていなかったのが不思議なくらい馴染む。もうその辺りは考えないようにしよう。

 

「あと、ほら。お前の部屋から持ってきたぞ」

 

 その声と共に放られたのは刀の入った布袋。中にはちゃんと女王から貰った真銀(ミスリル)製の刀が二振り入っている。

 

「刀は背中でX字に背負うのがオススメだ。腰に差しておくと動きの邪魔になる時があるし、鞘が防具として働く。袖にホルスターも付けといたから、ナイフはそこにしまえ」

 

「了解」

 

 プラプラと“テンさん”にぶら下がる留め具紐で言われた通りに刀を留め、ナイフを納める。

 

 着てみて分かったが、この装備一式は完全に戦う為だけのものだ。今までは周囲の人達に威圧感を与えないように武器を見えないよう持ち歩いていたが、その必要性は一切感じない。武器を抜く効率がどこまでも重視されている。

 

「コートと地下足袋は防弾防刃製で【トライ・レジスト】も付呪(エンチャント)しておいたからある程度の基本三属呪文は防げるはずだ」

 

「それはありがたいんだけどさ……これ、すごく暑い」

 

「あぁ。防御力に重点を置き過ぎて通気性が皆無だからな」

 

 元々温暖な気候のサイネリア島。日が沈んでもそこそこ暖かいのだ。そんな場所でコートを着れば、単純に暑い。既に信一の額には汗が浮かんでいた。

 

「ハァ……」

 

 パタパタと襟から風を送る信一の姿を見て、アルベルトがため息を吐きながら“テンさん”の裾に人差し指でなにやらルーン文字を描く。すると、途端に暑さが引いて快適な温度になった。

 どうやら【エア・コンディショナー】を付呪(エンチャント)してくれたらしい。これは学院の制服にも付呪(エンチャント)されているもので、服の中を快適にする効果がある。

 

「あと耐圧性はない。だからさっきみたいな死に方はするけど……まぁ、大丈夫だろ」

 

「父さんが蘇生させてくれるもんね」

 

「こらこら。お前もそろそろ親に頼りっきりなんて年じゃないだろ?自分のことは自分でやる———自分が殺されたなら自分で生き返りなさい」

 

「それもそっか。さすが父さん、言う事が違うね」

 

「これでも宮廷魔導士団の一員だからな」

 

 グレンとアルベルトが心外そうな視線をぶつけてきているが、特に気にする事もなく零は言い切った。

 いくら宮廷魔導士団でも、止まった心臓を物理衝撃のみ使って自分で動かせるほど人間を辞めてはいない。そもそも、その発想自体が頭おかしいの一言に尽きる。

 

 説明を終えたことを流し目で伝え、信一の準備も完了。零が説明している間にグレンも準備は終わっていた。

 

 信一とグレンは示し合わせたわけでもなく、同時にベッドで眠るシスティーナへと目を向ける。

 

「行ってきます、お嬢様。朝食までには帰りますね」

 

 小さく寝息を立てるシスティーナの寝顔へ優しく笑いかけて言ってやる。

 

 すると、それは偶然なのか。

 

「……お願…い……ルミアを……助けて……」

 

 そんな寝言を呟いた。目尻に光るが見え、それが彼女の願いだと分かる。

 

「いついかなる時も、貴女の御心のままに」

 

 返す言葉など、決まっていた。

 

 魔導士が2人、魔術講師が1人、そして従者が1人。4人の影がその部屋を後にする。

 

 

 

 

 

(さぁ、リィエル———次は俺が殺す番だよ)







はい、いかがでしたか。死ぬとか殺すとか、ちょっと物騒な単語がたくさん出てきましたね。不快な思いをさせたようでしたらごめんなさい。

この話を書いてて分かりましたが、大抵の最強キャラは言動がおかしい。
自分の中では父親を最強にしたつもりなのですが、なんかやる事なす事を言葉で説明してたら完全にトチ狂っちゃいました♪
軍の隠し芸大会で自分の心臓止めたり← 一応伏線です。

というわけで、2018年も読者の方々に楽しんでもらえるよう頑張ります!!
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